ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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chapter4開始します。
この二次創作も1周年になりました。そのお祝いとして挿絵をplguxさんから頂きました。
超嬉しいです。ぜひ見てください!

【挿絵表示】



Chapter4
齟齬


 

 

 

 その男には、名前がなかった。

 この世に生を受けた瞬間につけられた名はあったかもしれない。なかったかもしれない。

 

 

 その男には、国籍がなかった。

 どこかの国で生まれたが、それがどこかは分からない。

 

 

 その男には、戸籍がなかった。

 1人の人間ではあったが、親族との関係や身分を確定するものがなかった。

 

 

 その男には、個性がなかった。

 会う人会う人が彼を知っていて、知らなくて、ころころと見方が変わる。

 

 

 

 その男には、才能があった。

 

 

 

 名前も、国籍も、戸籍も、個性も、その才能が有れば関係のないものだった。

 

『超高校級の詐欺師』

 

 それが彼の持つ唯一の存在証明。『誰かになる』という選択肢しか選べなくなった呪いであり、誉れ。

 

 今、僕の視界で、足搔き、無謀な行動を繰り返す男はそういう人間だった。

 

 砕けた高層ビルの下層階から見下ろしている僕は、その男の行動を分析する。

 炎蔓延るこの街だった場所には、「絶望の残党」を捕らえようとする組織がやってきている。そして彼はあろうことか、その組織の簡易本部に突撃していた。

 迎え撃つ銃火器を躱し、近代兵器の隙間を掻い潜る。暗視ゴーグルをつけ、黒煙の中でも正しいルートを判断し、最速で簡易拠点に走っている。

 肥満体型と呼べる大きな身体を素早く揺らし、彼はとうとう簡易拠点に到着し、組織の電波源を破壊した。

 高らかに笑いながら、懐から取り出した旗のようなものを地面に突き刺す。

 まるで自分がここにいることを証明するように。

 

 それが終わると彼は戦線離脱した。一瞬で容姿を変え、その組織の兵士と全く同じ姿になって逃走している。

 幸運なことに、彼は僕のいるビルへと逃げ込もうとしていた。

 僕は彼と『対話』するためにビルの入口へと先回りを行う。ものの数分するとまた違う姿の彼が現れるのは予想通りだった。

 

「……誰だ貴様」

 

 白を基調としたスーツがはち切れそうになっている体型の男であり、暗視ゴーグルをつけた男。彼は敵意を持って問いかける。

 僕はその問いを無視し、自分の言葉を優先させる。

 

「まだその才能を使っているのはなぜですか?」

 

「……何?」

 

「なぜ、あなたはその才能を常に使っているのですか?」

 

「ふん、何を言っているんだ貴様。俺は『超高校級の御曹司』十神白夜、才能を常に使っているわけではない。その格がにじみ出ているだけだ」

 

「いいえ、僕が聞いているのは『詐欺師』の才能ですよ」

 

 僕が核心を突くと、目の前の男は体が一瞬硬直した。それが驚きを表しているのは丸わかりだ。

 

「貴様……、なぜ俺のことを」

 

「質問に答え、僕を満足させることが出来たのならば、その問いに答えましょう」

 

「……良いだろう。なら聞け。この()の言葉を」

 

 彼は舌打ちをした後に彼はそう切り出した。

 相手だけが持つ一方的な情報に嫌な感情1つ見せず。いや、むしろ嬉々として、自分自身のことを話す。矛盾が浮き彫りになっていく。

 

「僕はキミの言う通り、『超高校級の詐欺師』と呼ばれる人間さ。どんな人間も騙せて、どんな人間にもなれるただ1人の人間さ。

 さて、どうしてこの才能を使うかだったね。簡単さ。それは僕が『何にでもなれるからさ』。それが()だからさ」

 

 暗視ゴーグル越しでも分かるぐちゃぐちゃの瞳。説明になっていない答え。

 

「だから僕は、存在を認められる!俺として、肯定される!……あれ?でも僕は結局誰かに成り代わっているなぁ。

 あれれ、なぜだ?おかしい、僕は、俺は、オレは、なぜ……なぜなぜなぜなぜ?」

 

 笑いながら、その後もなぜなぜと唱え続ける目の前の男。

 

「────ツマラナイ」

 

 詐欺師の才能とは、言うなれば『嘘』をうまく使うことのできる才能。

 自分も他人も『騙す』才能。ゆえに、その存在を認めてもらうには『他者からの肯定』しかなかった。

 それが成り代わった人に対する肯定だと知りながらも、苦悩しながらも続けることしかできなくなる誉れ。

 リセットは『死』のみ。それが呪いともいえるこの才能。

 

 僕は未だ笑い続ける男の前から離脱する。

 満足した答えはなく、この絶望に退屈し始めた。

 そして僕はその退屈を消すために新たな観測地点へと歩みを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「……それが彼との対面でしたか」

 

 時間は加速し、現代。無人島特別試験が終了して二日後。誰もいないラウンジにて。

 赤を基調とした特徴的な制服を着こなす僕は独り言を零し、持っている小説に視線を落とす。

 クラスメイトの椎名さんから借りたこの小説は『詐欺師』をテーマにした小説だった。

 ゆえに、昔あった彼のことを思い出していた。

 ────そして同時に、劣化版とはいえ同じ才能を持つあの少女も。

 

 

 

「自分自身を失わずにいる彼女は、自身を認め、受け入れてくれる仲間に会えるのでしょうか。

 そしてその仲間に自分という存在を曝け出すことが出来るのでしょうか」

 

 

 一つの楽しみを思い出した僕は持っていた本を閉じた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 無人島での試験が終わってから3日。僕たち高度育成高等学校の生徒を乗せた豪華客船では、何事も起きることなく、平穏な時間が流れていた。

 天候は常に晴天。嵐や高波などの災害も起こらず、何不自由ない生活が生徒たちに与えられていた。

 過酷な島でのサバイバル、そんなものは通り過ぎた。特別試験で、有頂天と言えるほどの快感を得た生徒、辛酸をなめる結果となった生徒、それぞれが区別できないほど学生たちは青春を謳歌していた。

 事実、楽観した雰囲気が客船内ではそこかしこの生徒から観察できた。

 

 僕は現在、椎名さんから借りた本を片手に、豪華客船のデッキにいる。無人島での特別試験が始まる前に椎名さんと一緒に過ごしていたデッキであり、以前彼女と座ったベンチがある場所だ。

 あまりに暇を持て余していた僕は暇つぶしがてら、あまり人が来ないこの場所で読書をする予定だった。

 しかし、先客がいた。そのベンチには名前も知らない男女が仲良く話していたのだ。

 彼らは確か、お互いに違うクラスの人間だ。僕は一度見たものを自分自身で忘れようとしない限り、基本的に忘れない。

 無人島試験での観察によって、顔と名前は一致しないが、顔と所属するクラスはすでに一致していた。

 まあ、僕の記憶能力などどうでも良い。

 そんなものより気になることは、彼らが『恋愛』というものを楽しんでいること。

 それとなく聞こえてくる噂でしかないが、最近になって複数のカップルが誕生したそうだ。

 そして視界に入る距離感の近い男女も、カップルなのでしょう。ただベンチに座っているのではなく、お互いの手を握りながら談笑していた。

 

「……場所を変えますか」

 

 小さく独り言を零し、どこか違う場所へといくための候補を脳内で上げていく。

 ちなみにこの独り言は視界に入るカップルには全く聞こえていない。彼らは完全に自分たちの世界に入っている。

 

「今日は趣向を変えてみますか」

 

 行く場所を決めた僕はさっそく行動に移す。僕は早歩きでデッキを後にして、屋上にあるプールへと向かった。

 何の弊害もなく屋上に到着し、早速水着が借りられるショップへと入る。そして黒い水着を借り、更衣室へ。

 着替え終わったら、最後にトロピカルジュースなるものを注文し、パラソルが張られているビーチチェアに直行した。

 

「カムクラさーん!」

 

 しかし、今日は物事がうまくいかない日らしい。そろそろ昼食の時間なので人は少ないと思っていたが、そんなことはなかった。

 僕がビーチチェアに腰掛け、寝転ぶとすぐに強面の男が仲間を引き連れて現れる。もう説明する必要もないでしょう。彼らは石崎くんとその愉快な仲間です。

 せっかく一人でゆっくりと過ごすためにプールサイドから一番離れた場所を確保できたというのにまた煩くなった。

 

「プール来るんなら、連絡くださいよ!偶然、ビジュアルが見えなきゃ気づかなかったじゃないっすか」

 

「一人で過ごすためにここに来たのですから、連絡しませんよ」

 

 ビジュアル。まぁ、こんな特徴的なのは僕を置いていないので目立つのは仕方ない。

 一瞬、バッサリと切ってしまおうかと考えるも、正直どうでもいいので考えるのを止めた。

 

「ほら、言っただろう大地、カムクラさん今日OFFだって」

 

「確かにそうだけどよ……、でもこの人しか俺たちの『希望』を叶えてくれないだろうしよ」

 

「まぁ、そうだけどよ。さすがに面倒をさせるわけにはいかないだろ」

 

 珍しく、本当に珍しく石崎くんが真剣に悩んでいた。

 近くにいる愉快な仲間こと、小宮くんも同様だ。

 僕はその珍しい反応にやや興味を持ったので、石崎くんに問いかける。

 

「石崎くん、『希望』とはどういうことですか?説明次第では手伝って上げても構いません」

 

「本当ですか!?嘘は言ってないですよね!?」

 

 大きな声で、かつ目をルンルンと輝かせる石崎くん。

 

「はい、嘘は言ってないです」

 

 その言葉を小宮くんとともに確認すると石崎くんはガッツポーズをした。

 

「じゃあ、まずプールサイドに来てもらっていいですか」

 

「プールサイド?……まぁ、良いでしょう」

 

 僕はビーチチェアから立ち上がり、円形の細いテーブルに置いてあるトロピカルジュースの隣に持っていた本を置いた。

 言われるがままに彼らの後をついていく。そして目的のプールサイドに到着した。

 そこにはCクラスの生徒たち、主に女子生徒たちが遊んでいるプールがあり、彼女たちは楽しそうにバレーをしていた。

 

「それじゃあ、お願いします!カムクラさん!」

 

 石崎くんは理由も説明なしにサラリーマン顔負けのお辞儀を全力で繰り出してきた。

 この時点で、彼が何をお願いしてくるのかを推測した。否、推測してしまった。

 血走った目、普段よりややうるさい鼻息。そして彼らの視線の先にあったもの。

 僕は自分の優秀すぎる超分析力にON、OFFはつけられないかと考えてしまった。

 

「……一応聞いておきますが、何をしろと?」

 

「カムクラさん……、カムクラさんのその分析力で────女子のスリーサイズを分析してください!」

 

 石崎くんはお辞儀を解除し、これまでで一番気合が入っているであろうキメ顔を見せ、叫ぶように僕へと願いを言った。

 もちろん僕の返答は、

 

「嫌です」

 

 こうだ。

 当たり前です。全く、一瞬でも彼らに協力してあげようと考えた僕の落ち度です。

 

「そ、そんなぁ……」

 

 石崎くんは片膝を曲げ、落胆を表現する。

 隣にいる小宮くんは、顔に手を当て、やっぱり駄目だったかと嘆いていた。

 しかし、これで終わったかと思いきや、石崎くんはまだ終わらんと言わんばかりに顔を上げ、こう告げた。

 

「……カムクラさん、俺はこの船に来る前に和食を扱う新しい店を発見しました」

 

「それがどうしましたか」

 

「────そこの草餅、奢れるだけ奢ります」

 

 ピクリと、若干だが僕の眉が動く。

 ふーん、石崎くんにしては中々の交渉材料を作りましたね。

 確かに無料で満足するまで、その草餅を食べれるのならば、僕に得はある。

 ですが、

 

「結構です」

 

 断固たる拒否を見せつける。

 今度こそ、石崎くんの両手両膝が地面に付き、土下座のような構えで諦念を表現した。

 しかし、伏兵からの最後の足掻きがさらに僕の時間を奪うことになる。

 

「けどカムクラさん、本当にスリーサイズを分析出来るんですか」

 

「出来る出来ないで言うのならば、出来るが正しいでしょう」

 

「なんか変な言い回しですね」

 

 小宮くんからの質問に僕はそれっぽく答える。何せこの表現は完璧に正しいとは言えないからだ。

 もし彼の質問に完璧に正しく答えるならば、出来るではなく、見ただけで勝手に出来てしまうだ。

 先ほども言ったが、僕の超分析力にはON、OFFなどはない。どれだけ見たくないものでも、軽く見ただけである程度のことは分析出来てしまう。

 その気になれば、服の上からでもスリーサイズを分析できる超分析力が、水着姿という露出度の高い服装下で分析出来ないはずがない。

 

「はっ、じゃあカムクラさんはその情報を独占し────ぐぇぶ!」

 

 バシャァーン!!と大きな飛込音がプール上に鳴り響いた。その音にバレーをしていた彼女たちはもちろん、他のプールで遊んでいた生徒たちもこちらを気に掛ける。

 原因は僕だ。余計なことを口走ろうとした石崎くんを蹴り飛ばし、ダイビングさせた。これが事の顛末。

 

「ゴボボ……何するんですか!カムクラさん!」

 

「自分で考えてください」

 

 そう石崎くんに告げ、ビーチチェアへの帰路を歩みだす。

 その際後ろでは、小宮くんがお疲れ様で~すとあいさつしながら石崎くんを救出しようと手を伸ばしていたが、彼もプールに引きずり込まれ、またもや大きな音が鳴り響いていた。

 馬鹿だなと二人のことを再認識した。

 僕は自分自身の評価などどうでもいいが、自ら進んで評価を下げにいく行為は基本的にしないので、二人の行動に理解を示すことはしない。

 まぁ、しかし、そんな馬鹿だからこそ、超高校級の希望の超分析力をこんな風に使うというある種の偉業を達成できたのかもしれませんが。

 と、感心だか侮蔑だか定義しづらいことを考えながら歩いていると、とうとうビーチチェアに到着した。

 

 ──────そして絶句した。

 

 

 

「やあ、カムクラボーイ。この本は君のかな?実に良いチョイスだ」

 

 

 

 僕の購入したトロピカルジュースを飲みながら、本を読んでいるブーメラン水着の男。

 そいつはビーチチェアで寝転びながら、良い笑顔でこう告げる。

 

「Are you free?」

 

 

 どうやら、今日の僕には安寧というものがないらしい。

 

 

 

 ──────────────────────────

 

 

 

 

 高円寺六助。高円寺コンツェルンの一人息子であり、高度育成高等学校の一年生。

 体格、容姿、分析力、身体能力、運などなど非常に優れており、Dクラスに在籍している人間とは思えない能力の高さを持つ男。

 聞けば、学力の方も高く、さすが高円寺コンツェルンの一人息子と言えます。

 もし僕が十神白夜という人間の存在を知らなければ、「超高校級の御曹司」と断定していたでしょう。

 しかし、そんな御曹司様といえど完璧な人間ではない。どんな人間にも欠点はある。

 彼もその一面を持っていた。それが非常に常識はずれな性格。破天荒さはまさに台風だ。

 

「やはりここのスイーツは中々だねぇ」

 

 僕と対面するように座る台風こと、高円寺六助。彼はこの店で提供されたゼリーを口に運んでいた。

 かくいう僕の目の前にも同じスイーツがある。出されたものなので遠慮なく頂く。

 

「どうだい、カムクラボーイ。中々だろう?」

 

「そうですね。確かにこのゼリーは中々のものと言っていいでしょう」

 

「そうだろう?ハハハ!」

 

 味を確かめ、感想を言っただけなのに彼はたいそう上機嫌に笑う。

 

「脂肪分も少なく、味も良い。運動後のスイーツタイムにはぴったりな食品さ」

 

「ゼリーは消化にも良く、腹に残りづらい。スイーツタイムというにはやや遅いこの時間帯にはもってこいですね。

 夕食も何の弊害もなく食べれそうです」

 

「もちろんだとも、三食しっかり食べるのは基本中の基本。そこを配慮していない私ではない」

 

 ちなみに現在の時刻は、16時を回っている。

 昼過ぎに彼と遭遇してから、2時間程彼の運動に付き合わされた後、一度部屋に戻った。

 そして髪を乾かしてから、この場所でもう一度落ち合う約束をしていた。

 前々から彼と約束していた食事の時間を取ったからだ。

 

「しかし、やはり君は興味深い人物だねぇ。私とともに運動をして付いてくるだけでなく、疲労した様子が全くない。水泳は得意分野だったのかい?」

 

「いいえ、得意ではありません。まぁ、そもそも、どんなことも『得意』と感じたことは一度もないのですが」

 

「ハハハ、面白いことを言うじゃないか。ではその真意を聞こうじゃないか」

 

 笑いながらも薄く赤い瞳はしっかりと僕を捉えている。人の本質を見透かそうとする強く、迫力のある瞳。

 いずれ日本を背負う、そう言っていた豪語は何の根拠もない自信ではなさそうだ。

 

「あなた……ある程度の推測が出来ているのに僕に話させるのですか?」

 

「確かに私の推測はあっているだろう。だが、君の口から出る言葉に『価値』がある。私はそれを聞きたいのさ」

 

「『価値』がある?『評価』したいの間違いでしょう?」

 

「いいや、それは違うさカムクラボーイ。君と話すことに対して、私が『価値』があると判断している。

 この私自身がだ。この時間、問答に私が『価値』を付けている。だから君の言葉にも『価値』があるのさ」

 

 決めるのはすべて自分、遠回しにそういっているのが把握できるこの言葉に僕は適切な四字熟語を送る。

 

「……唯我独尊……あなたにふさわしい言葉ですね」

 

 褒める必要はない、そう言ってゼリーを口に運び、この時間をしっかりと堪能している高円寺くん。

 このタイプの人間は何度か見たことがありましたが、ここまではいなかったなと思い返す。

 

「さて、リアクションをもらおうか、カムクラボーイ」

 

「……簡単なことですよ。僕はどんな物事でも完璧にこなせます。

『得意』とは多義語ですが、総じて比較対象より優位にある時に用いられる言葉です。全てが完璧ならば優劣のつけようがないでしょう?」

 

「ハハハ、確かにその通りだ。全てが完璧に出来れば、『得意』などなく、そう感じる必要もない。

 参考になる意見だ。だが────少し訂正させてもらおう」

 

 含みを持たせて反論してくる高円寺くん。

 僕は彼の言葉が少しだけ気になったので耳を傾ける。

 

「全ての物事が『得意』であっても、その『得意』なことを全て楽しめなければ完璧ではない」

 

「僕が完璧ではないと?」

 

「そうだとも、完璧とは私のみの称号さ」

 

 この男の行動原理はどこまでいっても、自分自身が気の赴くままにだ。理解も納得も簡単だ。

 だが、この男の完璧の定義は理解できない。

 僕はそこに興味が湧いたので、話を続けた。

 

「楽しむ?そんなものがなくても物事は完璧に出来ます」

 

「楽しまなければ完璧ではない。と、新しい理解を取り入れたらどうだい?」

 

「そんな理解を取り入れた所で結末は見えています」

 

 そう、そんなものは関係ないのだ。どれだけ努力し、楽しんでも。

 確かに「好きこそものの上手なれ」のような言葉も存在している。

 努力しよう────そう思って物事を行ったところで、好きという一途で、楽しいという行動源には勝てない。

 楽しんでる人間からすれば、より深い楽しみを得るために努力するのは必然だからだ。スタートダッシュですでに遅れている。

 ────だが僕には関係ない。どれだけ綺麗事を並べたとしても、僕の才能の前では関係ない。

 

「だから────つまらないと言うのかい、カムクラボーイ」

 

 僕はその言葉を聞き、ピクリと眉が動く。

 高円寺くんは僕の反応に気づきながらも、お構いなしに話を続けていく。

 

「なぜ、自分で楽しもうとしない?なぜ、つまらないと言ってそこで諦めるんだい?なぜ、自分から楽しみにいかないで他者に期待する?」

 

 高円寺くんは途中から席を立ち上がり、3つの質問をやや情熱的に言った。

 だが、答える前に高円寺くんはさらに話し始める。

 

「君はその実力をどうして自分自身のために使わない?」

 

「使っていますよ。だから僕の『評価』は高い。先程のあなたとの運動でも、僕は自分自身のために才能を使用しています」

 

 その答えに高円寺くんはノンノンといって人差し指を左右に揺らす。

 

「実にナンセンスの答えだ。必要なのは『評価』ではなく『価値』さ。……そして分かったよカムクラボーイ」

 

「……分かった、何がですか?」

 

「私は君が楽しいと感じられないのは君の怠惰から来るものではないか、そう思っていた。だが、実際どうもそういう訳じゃない。

 ────君はただやる必要があったからその才能を使っている。違うかい?」

 

「ええ、別におかしなことではないでしょう?」

 

「確かにおかしくはない。凡人の中では、他者からの『評価』が欲しい、皆に自分はこれだけのことが出来ると誇示し、自己顕示欲を満たす者がいる。私のクラスメイトにもそういう人材がいるので見慣れている。

 だが、君からはそのような兆候が見られない。先程の運動でも、君は自分自身で実力を出したというが残念ながら私にはそうは見えなかった。

 ただ、やった。必要だからやった。そんな機械的な動作に私は見れた」

 

「機械的、……なるほど、楽しまずに物事を的確に行っていく僕はもの言う機械だと?」

 

 言いえて妙ですね。作られた希望である僕は人だが、その本質は機械に近い。

 ただ言われたことを、頼まれたことを、達成するだけの機械。

 高円寺くんはその分析力で僕の本質を垣間見たのでしょう。ゆえにこんなことを聞いてくるのかと理解する。

 

「それもNoだ。君は機械ではなく生物。楽しむという『感情』が本能的に備わっている人間さ。

 そして君は物事の楽しみ方が分からないだけ。まだ未経験なだけじゃないのかい?」

 

「……あなた、結局何が言いたいのですか?」

 

「ハハハ、簡単なことさ。

 要約するのならば、君は完璧ではない。楽しむことが出来ないからだ。だが、君は人であるから、経験していく内に自らを楽しませることが出来る。そう言ったのさ」

 

 僕はその言葉に何も答えない。そんなものはどうでもいいと、一蹴すればいいだけの話なのにだ。

 そうして黙っていると高円寺くんが再び話し始める。

 

「……ふむ、少々大人げなかったかな?だが勘違いしないでくれカムクラボーイ、君を貶している訳ではない。

 私は君がもったいないと感じてしまった。私と同等、それ以上のポテンシャルを秘めている男がこんな窮屈ではダメだと」

 

「……ふーん、アドバイスですか。自分以外に興味がないあなたがですか。らしくないですね」

 

「それほど君に期待しているということさ」

 

 ハハハハハ!と、高円寺くんはレストラン中に響き渡る程の高笑いをする。従業員も何事かとこっちを見る始末だ。

 今日一番でうるさい、そんな率直な感想が浮かぶが、その後10秒するかしないかでその高笑いが終わった。

 ────そして唐突に僕と高円寺くんの2人の携帯がポケットから鳴り響いた。

 

「おや、マナーモードにしていたんだがねぇ」

 

 マナーモードにしていても音が強制的に出る。それも二つの携帯が同時に。

 キーンという高い音は学校側からのメールが発信された時の受信音。この状況を考慮すると重要性の高いことが分かるものだった。

 僕も携帯を取り出し、メールの中身を確認しようとする。だがその必要はなくなった。船内にアナウンスが入ったからだ。

 

 

『生徒の皆さんにご連絡します。先程、全ての生徒宛に学校側からの連絡事項を記録したメールを送信しました。

 各自携帯を確認し、その指示に従ってください。また、メールが届いていない場合には、お手数ですがお近くの教員まで申し出てください。

 非常に重要な内容となっていますので、確認漏れのないようお願いします。繰り返します────』

 

「なるほど、これはこれは」

 

 アナウンスを聞き終え、即座に携帯を確認した高円寺くんの反応を見てから僕も携帯を操作する。

 送られてきたメールを開くと、そこには次のことが書かれていた。

 

『間もなく特別試験を開始します。各自指定された部屋に、指定された時間に集合して下さい。

 10分以上の遅刻をした者にはペナルティを科す場合があります。本日20時40分までに2階205号室に集合して下さい。

 所要時間は20分程ですので、お手洗いなど済ませた上、携帯をマナーモードか電源をOFFにしてお越し下さい』

 

 特別試験、メールには確かにそう書いていた。無人島試験が終わってから3日、豪華客船を堪能し、気が緩み始めたこのタイミングで始まるようだ。

 相変わらず質の悪い学校ですね。

 

「カムクラボーイ、君の指定された場所と時間を教えてくれたまえ」

 

 高円寺くんは携帯をしまい、再度僕の方を向いてこちらに問いかけてきた。

 

「205号室、そして20時40分ですね。あなたは?」

 

「私は209号室で18時だねぇ」

 

 高円寺くんは携帯画面を見せながらそう言った。

 時間と場所が違うが、他の文章は全く一緒だ。先程のアナウンスでは全生徒にこの連絡がいっていることから、他のメールも同様で、部屋と時間だけが違うと見ていいだろう。

 

「まぁ、だからどうしたって話ですが」

 

 生徒を指定された部屋に分け、限定した状況での特別試験。

 僕はその試験の全容を推測しようとするも、さすがに情報不足だと判断し、思考を止めた。

 

「高円寺くん、そろそろ指定された部屋に行く準備をした方が良いのでは?」

 

「それもそうだねぇ。きりも良かったので、私はここらでお暇させてもらおうじゃないか」

 

 自分が行きたくないと決めたら絶対に行かない性格の彼だが、さすがに試験には多少興味を持っているようですぐに行動を起こした。

 

「See you カムクラボーイ!スクールに戻ったらまた食事を交わそうじゃないか」

 

「構いません」

 

 別れの挨拶を言い終えた彼は常人なら速足と呼べるような速度の歩きでこの場から去っていった。

 僕は彼との会話内容をしっかりと記憶する。

 彼は言った。この僕でも、自らの意志で楽しむことが出来ると。

 そんなことを言われたのは初めてだ。でもなぜだか、もどかしさなどはない。

 

「……僕自身で『未知』を導き出せば、それは楽しいものなのか」

 

 第三者の視点から観測を続けてきた僕が、自ら積極的に才能を使う。そして場を乱す。そこから生まれる「未知」はあるのか。

 他人が作り出す「未知」ではなく、僕が作り出す「未知」はオモシロイのか。

 予測は出来る。どうせツマラナイ未来が待っている。だが、もしその未来が変わる可能性が生まれたら。莫大な時間があるこの環境ならばもしかするとがあるかもしれない。試してみるのも一興とも思えた。

 そんなことをまじめに考えていると、再び携帯が鳴った。今度はキーンという高い音ではない。学友間で使えるチャットアプリに連絡が来たことを告げる音だ。

 僕は素早くアプリを開き、送信者を確認した。このタイミングで僕に連絡してくる人間は一人、龍園くんだ。

 

『指定された部屋と時間を教えろ』

 

『205号室、20時40分。あなたは?』

 

 聞かれたことだけを返す。すぐに既読が付く。

 

『207号室、19時。余計なことはするなよ』

 

 それ以降彼から何もこなかった。分かったのは彼とは違う時間ということのみ。推測する必要性はまだなさそうだ。

 指定された時間にはだいぶ余裕があるので、現状暇になった僕は早歩きで自室に戻った。

 

 

 

 

 高円寺 六助との好感度が上がった!!!

 

 

 

 

 




そしてもう2つ、plugxさんから頂いたものがあります!

1つは20話、「真意」にて挿絵が追加されました!


【挿絵表示】


もう一つがこちらです!


【挿絵表示】


ぜひ見てください!

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