ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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cp→クラスポイント pp→プライベートポイント


狂人

 

 

 

 試験当日の正午間近。現在地は豪華客船の地下フロアのとある会議部屋。

 Cクラスの生徒全員は龍園 翔の指示でこの場に集まっていた。時間も時間なので、生徒たちはそれぞれ携帯食料を所持していて、友達と談笑を交えて食事を行い、自由にこの場で過ごしている。

 このクラス内でも多少はスクールカーストというものは存在していて、地位の高いものから広いスペースを占有し、そこからそれぞれ仲の良い集団で分かれていた。

 ちなみに僕は龍園グループに属するのだろうが、現在は1人部屋の端で突っ立っている。

 もっとも、このクラスのバラモンである龍園くんのグループとその他という分類が正しいので、その他のカーストなどあってないようなものだが。

 そうこうしている内にとうとう正午を知らせる船内チャイムが鳴り、龍園くんは声を上げた。

 

「注目しろ」

 

 低く、良く通る声はたった一言で集団を自分に注目させることに成功する。

 

「石崎、全員いるな?」

 

「は、はい。40人全員います」

 

 良し、と薄く笑う王。彼は石崎くんとアルベルトにアイコンタクトで指示を送った。

 2人の手には大きめの袋が握られている。

 

「全員、2列に並べ。そして優待者かどうかが分かる画面が見えるように携帯を見せろ。確認が終わったら袋に携帯を入れろ」

 

 禁止事項だ。強引に携帯を確認して優待者を確認する行為は学校側にばれてしまえば、退学という重い処罰が待っている。

 しかしそんなもの関係ない。この場で否定など許さない。その雰囲気が分かる程、龍園くんの態度と指示は淡々としていた。

 

「一応言っておくが、少しでも抵抗したり、このことを報告しようと考えている奴は……わかっているよな?」

 

 クラスメイト全員を睨み、言葉の重みをその背後にある暴力で強くし、威圧する。

 反論はない。誰も逆らわない。彼らは龍園くんの言う通りに2列に並び始める。

 彼の言葉に嘘はない。それを彼らは知っているからだ。そして指示通り、携帯の画面を見せている。

 アルベルトの隣に金田くん、石崎くんの隣に伊吹さん、それぞれクリップボードを持って聞き取った情報を纏めていた。

 

「おい、今回の試験をてめえはどこまで見えてる」

 

 部屋の端の方にいた僕の方へと近づいて話しかけてくる龍園くん。

 統計を取っている時間は僕との話をする。時間を効率よく使っているようだ。

 

「嘘や誇張はなしだ。ありのままを教えやがれ」

 

「……自分のグループを出し抜くことは容易でしょう」

 

「てめえの所はリーダー格がうじゃうじゃいるが?」

 

「愚問です。あなた風に言うのならば、彼らは雑魚です。何も問題ありません」

 

「クク、頼もしい限りだなァ」

 

 顔を手で覆い、独特の笑いを見せる王。彼はすぐに真顔へ戻すと、話を再開する。

 

「この試験、必ず裏がある」

 

 彼は力強く断言する。何かを掴んでいるのは明確だった。

 

「まず、この試験は何らかの基準で決められている。明らかに雑魚共のグループもあれば、お前のグループのような所もある。頭の良さ、リーダー格、総合評価の高さ。基準は知らねえが、明らかにお前のグループは偏ってやがる。

 オレはこれを一定以上の実力での分類と見ている。特別試験っつうぐらいだからな。それもシンキングが重要な試験。ある程度の実力が拮抗してなければ、話し合いをしたところで決着は早い。そんな試験無駄だ」

 

「でしょうね。試験である以上、何かを評価しているのは間違いありません」

 

「だが、完全に実力を拮抗させるなんてのは不可能だ。全体の能力値が高いがコミュ障だったらこの試験じゃただの役立たず。偶然のミスやその逆の閃きでもバランスは崩れる。

 そもそも生徒の質が高いAの連中が結局有利になる。まぁ、それも含めて実力って言えば、何も言えねぇがな」

 

「ええ。ですがこの試験に裏があるのは間違いがありません。この試験の抜け道、あるいは逆転の何かが」

 

「クク、それを見つけるのが今回の勝利条件ってわけだ。後はどこのクラスを潰すか、だな」

 

「それはあなたの方針です。あなたが決め、あなたが纏め、あなたが導いてください。

 そしてその先にある未来が僕の予想を変えられるように……」

 

 そこまで言って僕の口は動きを止める。

 高円寺六助との会話を兆しに「自己」について考えることが増えてきてはいたが、まさかこんな形で再認識する羽目になるとは少し意外だ。

 やはり僕は、「未知」をこれ以上なく希望しているらしい。淡い希望にも希望するらしい。

 

「あ?何言い淀んでやがる」

 

「……いいえ。少し気付いたことがあっただけです」

 

「それは試験についてか?」

 

「僕自身の事ですよ」

 

「そうかよ。紛らわしいこと言ってんじゃねえ」

 

 僕が欲しいのは僕の知りえない未知。しかし、それは滅多に現れない。

 

「ないなら創る。簡単なことです」

 

「あ?」

 

「龍園くん、僕は今回の試験を自由にやらせてもらいます。だからこの試験において、僕をあなたの使える手段から外しておいてください」

 

「クク、何に気づいたか知らねえが好きにしやがれ。ただし、尻拭いはさせるなよ」

 

 

「龍園氏」

 

 

 僕と龍園くんが話していると、金田くんが2枚のクリップボードをもって近づいてきた。

 これすなわち、統計が終わったということ。龍園くんはその統計情報を受け取り、目を通した。

 

「なるほどな。Cの優待者はこいつらか。金田、こいつらにこう伝えろ。

 絶対に裏切るな、バレるなってな。この2つが守れるのならば、報酬は弾んでやるとな」

 

 素早く指示を出すと、彼はクリップボードを僕に投げつける。

 

「早く目を通しやがれ。だが、何かわかってもオレに絶対教えるなよ」

 

 楽しみを奪い取られたくない暴獣は切れ気味でそう言う。

 そんなことする訳ないが、一応頷きをしておいた。

 僕は渡されたクリップボードに目を通す。そこには優待者である生徒の名前、所属している干支、そのグループのメンバー全員の名前。

 丁寧にまとめられている情報から、不明点を、謎を、規則性を探し始める。

 

 そして、分析が完了した。

 

「……もう法則が割れたのか?」

 

 黙っていた僕に龍園くんは問いかける。ツマラナイと無意識に出そうだった言葉を押さえ、解答する。

 

「断定はできません。しかし、ある規則性は見つけました」

 

「え?それは本当ですかカムクラ氏!?一体それは何で……ッ!?」

 

 やや機微な動きをして驚きを表現した金田くんはずれた眼鏡を戻し、再度目で訴えかけてくる。

 僕はそんな彼に言葉を返そうとするが、拳がそれを遮った。

 鈍い音が腹部から聞こえ、金田くんはその激痛に蹲る。

 

「金田、てめぇはオレの話を聞いてなかったのか?」

 

「……い、いいえ。すみません、少し気になってしまいました。次から気を付けます」

 

「なら良い」

 

 周囲から注意の声はない。それがこの男が支配するクラスだ。

 龍園くんは何事もなかったかのように、声を発する。

 

「今回の方針……いや、お前らのやってはいけないことを伝える。今回の試験はこれさえやらなければあとは何をしても構わねえ。好きにして良い」

 

 区切りをつけてから彼は言葉を続ける。

 

「1つ、結果1と結果2にさせること。2つ、独断で自分のグループの優待者をメールで送ること。たとえ、優待者が分かっても必ずオレを通せ。

 以上だ。もう解散していい。自分の携帯を回収して、各々好きにしろ。ただし、優待者の奴は金田の伝言を聞いてから帰れ」

 

 その言葉を最後に彼は出口へと1人で歩いて行った。

 これにて、特別試験の会議は終わったようだ。

 彼の指示通り、Cクラスの生徒は解散を開始した。

 

「金田くん」

 

「後で僕の携帯に、各グループのメンバーを送ってください」

 

「分かりました」

 

 それを最後に僕もこの場から立ち去った。

 数分後部屋に戻ると、金田くんから情報が送られてきた。その情報を全て確認し終え、僕はある策を思いつく。

 そしてある人物にその策を伝えておく。ある人物はそれを承諾し、僕の試験に望む姿勢は完成された。

 

 

 ───────────────────────────

 

 

 

 

 特別試験1日目。現在の時刻は12時57分。

 1回目のグループディスカッションが始まるまで、とうとう3分を切っていた。

 目の前には扉。竜の文字が書かれているプレートが目印になっている大部屋の扉だ。僕はそれをゆっくりと引いた。

 扉の先には大きな円形の机と14の椅子。アクション映画などで見られる会議室のように、椅子は机を取り囲んでいる。

 

「俺たちが最後みたいですね」

 

 例のごとく他のCクラスの生徒を引き連れている僕に対して、その中の1人である園田くんが話しかけてくる。

 そうですね、と適当に返してすぐに僕はこの部屋を見渡した。頭上、横端などの死角を確認するが目立った監視機器は見当たらない。

 しかし、これは試験だ。何かしらの評価を得るためにこちらを把握できる手段を用意していると考えるのが主流だろう。

 確認し終えたので椅子へと向かう。椅子に座り仲睦ましく話しているBクラスとDクラスは会話を止め、机からやや離れているAクラスもこちらを注視し始める。

 警戒が非常に強いことは分析するまでもないことなので、特に気にせず手頃の席へと座った。ちなみに隣は片方が園田くん、もう一方は堀北さんがいる。

 

「いや~、みんなカムクラさんのこと警戒していますね」

 

「そうですね」

 

「こんな警戒されてたら動きづらいんじゃないんですか?」

 

「そうですね」

 

「……あのー、何かあったんすか?」

 

「そうですね」

 

「…………今日の朝ご飯は?」

 

「サンドイッチです」

 

「あ、そこはちゃんと答えてくれるんすね」

 

 漫才を終えた僕は右足を椅子の上に置き、さらに右手を自身の右足に置く。リラックスできる姿勢を作り、これから始まる試験に望むためだ。

 どんな物事にも柔軟に対応できるようにするためのリラックス……というのはもちろん嘘。ただ単純にこの体勢が一番楽だからしているだけだ。

 

 

『ではこれより1回目のグループディスカッションを始めます』

 

 

 程なくして簡潔で短いアナウンスが流れる。時間は定刻。試験は開始した。

 当然というか。状況は分からない、周りの人間は知らない、そんな状況で口を開く人間はすぐに現れない。

 しかし、このピリピリとした空間でも、櫛田桔梗という少女は心地よい笑顔を見せる。

 

「みんな良いかな?知らない人も多いと思うし、学校からの指示もあるからとりあえず自己紹介しない?」

 

 椅子から立ち上がった彼女は、この一瞬でこの場にいる人間全員にきっかけを与える。

 その大胆ともいえる一歩目のおかげか、場をつなげる者は現れた。

 

「俺も賛成だ。もしかしたらこの部屋のどこかに音声を拾うマイクがあるかも知れない。従っていて損はないだろう。他の皆はどうだ?」

 

 続けたのはBクラスの神崎くん。彼は周囲を見渡し、全員に櫛田さんの問いかけを広げる。

 

「Aクラスに異論はない」

 

「勿論Dクラスも異論はないよ。……Cクラスはどうかな?」

 

 小さな微笑みを浮かべ、彼女は僕に問いかける。

 上っ面の下には、負の感情が垣間見えるが、特に気にせず僕は答える。

 

「構いませんよ」

 

 ほっ、とわざとらしい溜息を吐いた後、彼女は言いだしっぺの法則ねと言って笑い、自己紹介を始めた。

 

「櫛田桔梗です。試験だから敵同士になっちゃうけど、みんなとは仲良くできたら良いなと思っています」

 

「僕は平田洋介。同じグループだけど協力できることがあるならば、みんなで協力出来たら良いなと思っているよ。よろしくお願いします」

 

「堀北鈴音よ」

 

 櫛田さんに続いて、他2人のDクラスの生徒も自己紹介を終え、彼女は腰を下ろした。これを皮切りにBクラス、Aクラスと自己紹介が続き、とうとうCクラスに回ってくる。

 

「カムクライズルです。よろしくお願いします」

 

 簡素な自己紹介の後に彼らは続く。

 

「園田正志です。よろしく~」

 

「鈴木英俊」

 

「野村雄二だ」

 

 これで全員分の自己紹介が終わった。

 とりあえず顔と名前の一致でも行うのかと思いきや、間髪入れずにAクラスのリーダー格、葛城くんが新しい話題を持ち出す。

 

「自己紹介が終わったのならば、俺から良いか?」

 

「私は構わないけど、みんなはどうかな?」

 

 先ほどと同じように彼女は皆へ確認する。反対意見はなく、葛城くんは発言権を得た。

 

「進行役という大変な役を押し付けてすまないな櫛田」

 

「大丈夫だよ!こういうの結構楽しいからさ!」

 

「それは良かった。……では早速。俺はこの試験で竜グループを結果1として終わらせたい。なぜならそれが一番得られるポイントが多いからだ。

 最終的には優待者のいるクラスが多くポイントを得られるという結果にはなってしまうが、これがどのクラスも損害を受けない良い方法だと思う、どうだろうか?」

 

 妥当。そう言える提案だと僕は判断する。

 結果1で終わるには、試験最終日の指定された時間にグループ全員が優待者の名前を学校側にメールで送信し、送った名前が全員一致していれば導き出せる結果だ。

 成功すればグループ全員に50万pp、優待者には+50万ppして計100万ppが報酬となっている。

 確かにこの方法ならば、どのクラスも平等にもらえて全員がハッピーエンドの予定調和が待っていた。

 しかし、そんなツマラナイ手段に全員賛成とはいかない。

 

「葛城、悪くない手段だし、それは全員が得をする点から見れば最善だと俺も思う。だが、よりにもよってAクラスのお前がそれを言うのは少々ずるいんじゃないか?」

 

「ずるいことなどしていないぞ神崎。このグループの最善を俺は言っただけだ」

 

「惚けるな。それは一番上のクラスで、安全圏から見下ろしているクラスだからグループの最善と言えるだけ。他の3クラスはそうは思っていない。

 何せこの学校はAクラスで卒業しなければ明確な地位はもらえない。そしてAクラスへの近道はこの特別試験における大量のポイント移動だ。もし、お前の意見が最善ならば、Aクラス以外は貴重な試験の一回を諦めろと言われているようなものだ」

 

 クールな雰囲気とは大きく異なり、神崎くんは饒舌に葛城くんへと食い下がる。

 無人島試験によるAクラスの一人勝ちは大きい。ただでさえ大きかった差がさらに広がってしまったのだから必死なのは仕方ない。彼の言い分は正しく、Aクラスで卒業したい生徒ならば賛同するだろう。

 

「Dクラスも神崎くんと同意見だよ。確かにこのグループが結果1で終われば大量のポイントが入る。目指すことは否定しないけど、それじゃあ広がった差は縮まらない」

 

「ついでに言うのならば、少々楽観視しすぎだわ。優待者という存在がいる以上、裏切りが現れる可能性は非常に高い。安全に結果1に導けるとは思えないわ」

 

 平田くん、堀北さんと続く。

 しかし、彼らの発言が終わると、葛城くんはほくそ笑む。

 

「君たちの意見も我々は理解しているつもりだ。裏切りがあれば、どこかのクラスの一人勝ち。これはどのクラスも危惧することで、避けたいことだ。ならば、『絶対に結果1で終わらせる方法がある』、そう言ったら君たちはもう少し耳を傾けてくれるかな?」

 

 その発言にこの場にいる者は注目する。

 たしかに、その方法はある。非常に簡単で、確実性があり、それでいてツマラナイものだ。

 もっとも、僕がいる限り絶対にさせませんが。

 

「それで、その方法ってやつは何なんですか?」

 

「────その方法は『最初から最後まで話し合いの場を持たないことだ』」

 

 園田くんの問い掛けに葛城くんは待ってましたと言わんばかりに堂々と告げる。

 十分な声量があったので誰にでも聞こえていて、簡単な内容なので誰にでも理解できたでしょう。

 

「……確かにその方法ならば、確実に全員が得できます。必要以上にクラス間の亀裂を作らなくても良いかもしれません。しかし神崎くん……」

 

「そうだな安藤、これには罠がある。なぜならこのグループの全員が50万ppをもらったとしても、それは決して平等(・・)な結果とは言えないからだ」

 

「神崎くん……それは竜グループにおけるAクラスとCクラスの人数がBクラスとDクラスより一人多いということだね?」

 

 平田くんの確認に神崎くんは頷く。

 このグループはAクラスとCクラスが4人ずつ、BクラスとDクラスが3人ずつの計14人で構成されている。

 もし仮にこのクラスが結果1で終われば人数が1人多いAクラスとCクラスが50万pp得するのは自明の理。優待者がAクラスかCクラスにいたとしたらどちらかはさらなる利を得ることになる。

 それを許すBクラスとDクラスではない。当然の主張だ。

 

「結局、AとCが得をする。それを見過ごすわけにはいかないぞ」

 

「確かに竜グループだけならばその結果になるだろう。だが12グループ全てを、結果1にすればこの問題は解決し、平等になるんじゃないか?」

 

「……何?」

 

 葛城くんの思わぬ反撃に神崎くんは低い声で疑問を言葉で表した。

 その行動に薄く笑った葛城くんはこの問題の解決策を伝える。

 

「出来るだろう。いや、このグループのメンバー(・・・・・・・・・・・)だからこそ出来るはずだ。

 お前たちも気づいているだろう?この場には各クラスのリーダー格が揃っていることを」

 

 その言葉にそれぞれが各クラスのリーダー格を見渡した。

 誰一人、現れた事実に対して驚きを持ってなく、逆に当然と言わんばかりのすまし顔を見せているのが論より証拠だった。

 

「今この場で各クラスで伝えれば良い。そうすれば1学年全員が50万ppを手に折れることが出来る。これまでの傾向を見る限り、この学校は公平性を重視している。

 つまり、十中八九優待者は各クラス3人ずついる。優待者の差もない。……Dクラスはcpが低いゆえに、ppも少ないはず。悪くない提案だと思うが?」

 

「……そうだね。確かに悪くない提案だと私も思う。Dクラスは他のクラスと違って下地が固まっていないもん。……少ないppを我慢しながら使って、上のクラスを目指すのは精神的に厳しいところがある」

 

 相変わらず、大した演技だ。僕は櫛田さんに対して今すぐ拍手喝采を送ってやりたくなる。

 心の底からクラスメイトを心配しているようなやや震えた声色、顔をやや下向きにして、わずかにある隙間から覗かせる真剣な顔つき。

 限りなくリアル。その面の下にある欲望を完璧に隠している。その結果に導いた時、彼女が得するという欲望が分析される。

 

 ────その完璧な演技によって、試験攻略の最終ピースが埋まった。

 

「Bクラスも悪くないはずだ。PPが集まれば、さらに貯められることになるぞ。有事の際の彼女(・・)に集めたppがな」

 

「……!?……あんた、なんでそれを」

 

 それっぽく何かを伝える葛城くんに対して、Bクラスの津渡さんがひどく驚愕した。

 それに葛城くんは再び薄く笑う。

 

「噂程度の事だったが、その態度から見るにどうやら本当のようだな。鎌をかけて正解だった。

 それで、Bクラスはこの提案をどうする?それとも彼女(・・)がいないと決められるものも決められないか、神崎」

 

「……そうだな。Bクラスのリーダーはあいつだ。オレの権限1つで決められるものではない」

 

「ならば構わないさ。彼女と相談して決めてくれ。元々、我々はこの提案を次の話し合いの場が始まるまでは待つつもりだ。

 他のクラスもしっかりと相談してくれ。そして良い返事を期待する」

 

 顔を右斜め下に落とし、眉の辺りに険しい線が引かれている神崎くん。自分に決断力があれば、もっとしっかりしていれば、そういった悔しさや不甲斐なさが彼の表情に出ていた。

 

「それにしてもおかしな話だ。このクラスはリーダー格が集まっているはずなのに、まさか一之瀬がいないとはな」

 

 腕を組みなおし、ぽつりと重要な一言を零す葛城くん。

 それは僕も気になっていたことだ。なぜ彼女がいないのか、それが解せない。規則性がない。

 彼女は伊吹さんと一緒の兎グループにいたはずだが、あのグループに目ぼしい人間は綾小路 清隆のみだったはずだ。

 

「Cクラスはどうするつもりだ?」

 

 僕が考えようとした矢先、葛城くんの言葉が思考を遮る。

 僕はそんなどうでもいい質問を無視し、一之瀬さんがこのグループにいない理由の試行錯誤に再開する。

 

「……カムクラさん、どうするつもりですか?」

 

「どうもしません」

 

 1つ離れた席から野村君が聞いてくるが、適当に返す。

 一之瀬 帆波。Bクラスの実質的なリーダーであり、資質も、能力も、魅力も十分に持ち合わせている人物。

 この学校で総合的な能力が高い生徒を選ぶならば、彼女は各クラスのリーダー格の中でも筆頭だ。

 そんな彼女が竜グループにいないのはやはりおかしい。何か理由があるにしても情報が少なすぎますね。

 

「どうもしないだと?カムクラ、まさか貴様も龍園がいなければ何も決められないのか」

 

 会話が聞こえた葛城くんが、低い声でそう問いかける。

 無視する予定だったが、一之瀬さんに対する情報は少なく、思考しても無駄だと既に悟っている。仕方ないので僕は答えるとにした。

 それに良いタイミングだ。少し試してみよう。

 

「言葉通りですよ。どうもしない。結果1を目指すならば勝手にしちゃってください」

 

「ふっ、それはつまり、我々の提案を飲むということだな?」

 

「そんなこと一言も言っていませんが」

 

 即座に返すと、ぎろりと険しい眼光がこちらを射抜く。

 それを合図に葛城くんの横にいる西川さんが畳みかけるように続いた。

 

「……ねえ、あなた。真面目に答える気がないのならば黙ってくれない。葛城くんの時間を無駄に使わせないで」

 

「至って真面目ですよ。冗談でも、狂言でも、虚言でも、戯言でも、偽言でも、危言でも、泣言でもありません」

 

「このっ……!」

 

 両手で机をたたいて立ち上がる西川さん。

 

「やめろ西川。そいつはお前が相手できる奴ではない」

 

「あなたでも僕の相手は出来ませんがね」

 

「……なるほど、今分かった。どうやら貴様より龍園の方がまだ話が通じるようだな」

 

「それはどうでしょうか。暴力至上主義の彼も才能至上主義の僕もどっちもどっちですよ。お互いに他人の事なんてどうでもいいですから」

 

「もういい。黙れ狂人め」

 

 一際強い睨みを利かせた後、葛城くんは静かに深呼吸し、心を落ち着ける。

 楽しくない。相手をイラつかせるように言葉を選んでみましたが、これは僕が欲しいものではない。

 他人の悪感情が好きな人種は一定数いますが、やはり僕は違うようだ。

 

「……ねえ、カムクラくん。ちょっといいかしら?」

 

 お隣さんから声がする。両隣は園田くんと堀北さんです。

 聞こえてくる声は聞きやすい女性の声なので、声の主は堀北さんだ。視線のみを向け、会話に臨む。

 

「何ですか?」

 

「あなたはこの試験で龍園くんから指示を受けているのかしら?」

 

「あなたを口説け、そう受けていますよ」

 

「嘘ね。『あいつに指示はいらない。好きにやらせることこそ最善に繋がるからな』、彼はそう言っていたわ」

 

 嘘はついていない。つまり、龍園くんと堀北さんは僕について何かを話したことがあるということだ。

 少し考えたことに僕はあることに気づいた。

 

「今日の朝ですか。あの時に彼と何かを話したのですね」

 

「ええ。まぁ、これと言って特に内容のない話だけれども」

 

「謝った方が良いですか?彼が迷惑をかけたと」

 

「白々しいわ。それよりも、あなたは指示を受けてないかどうか。それはどっちなの?答えないならば、自分で好きに行動しても良いと認識するかしら」

 

「あなたには適当にはぐらかしてばかりでしたからね。正直に答えましょう。

 今回僕は自由にして良いという許可をもらっています。指示は受けていませんよ」

 

 僕の解答が意外だったのか彼女は少し驚いてから、会話を続けた。

 

「そう。つまり、あなたは龍園くんの傀儡じゃないのね。ならもう一つ聞かせて。

 さっき言っていたどうもしないという言葉は結果1で終わらせる作戦に賛成も否定もしないという意味で良いのかしら?」

 

 僕はそれに頷くと堀北さんは続ける。

 

「そう判断する理由はあなたがこの試験に興味がないから?それともそういう気分だから?」

 

「さぁ、どっちでしょうか」

 

「いいえまた嘘ね。だってどっちでもないもの。

 あなたはこの状況を打破する方法を思いついている、違うかしら?」

 

 今日初めて、興味が引かれることが起きた。周囲の視線もその言葉に反応し、僕たちに引き付けられる。

 彼女は確信があるのかほぼ断定している。僕は彼女の推理が聞きたくなったので、この後の言葉も正直に答えることを決めた。

 

「そう考えた根拠を教えてください」

 

「良いわ。まず、あなたは自分のやりたいこと以外はすべて適当にこなすわ。うちのクラスの高円寺くんみたいにね。特に会話では顕著。会話に飽きたら興味や関心がまるで感じられないかしら。

 さっきの葛城くんとの会話、いつかの図書館でしていた山脇くんとの会話、無人島試験2日目の私との会話、どれにしろあなたはひどく退屈した表情をしていたわ。そこで私なりに考えたの。どうしてあなたがそんなに退屈するのかを」

 

 僕は右足を下ろし、彼女の方に上半身を向ける。しっかりと聞き入れる体勢を作った。

 

「といってもそんなに難しいことじゃなかった。答えはシンプル、あなたの異常な能力の高さよ。

 無人島試験であなたの非常に高い能力は噂から事実に変わった。確かに一人で何でも出来るような能力があれば、大抵の物事はつまらないんでしょうね。そしてそれがあなたの口癖にまでなっている。

 だから私はその高すぎる能力があるのならば、この状況を打破できると仮定した」

 

「まさか、それだけじゃないでしょう?」

 

「ええ。答えがあると仮定するならば、思考を止めるわけにはいかないもの。けれども普通に考えたら思いつかなかった。この試験でポイントを多く手に入れるためには結果1、独占したいなら結果3。

 それが限界だったわ。でも、もし兄さ……あなたならもっと違う角度で考えると思った。だから一度突拍子もないことを考えてみたのよ。

 ────もし優待者の存在を知っているなら、そもそも議論なんて不要なんじゃないか、とね」

 

 その言葉を言いきり、彼女はその美形をそらすことなく僕に向き合った。

 隣同士の席はそこまで間があるわけではないので、しっかりと彼女のことが視界に入っている。

 

「もしあなたがこのグループの優待者を知っているならば、葛城くんの提案なんて聞く必要ない。加えて、その余裕綽々の態度にも納得がいくわ。

 むしろ無関心を装い、最終日直前で優待者を学校に知らせればCクラスの一人勝ちなんて作戦も立てられる。どうかしら、少なくとも遠からずだとは思っているわ」

 

「……誰かの入れ知恵、ですか。それでも素晴らしいですよ、堀北 鈴音」

 

 堀北さんに対して心の底から賞賛を送る。予想外だ。彼女がこの場で僕の行動に制限を加えられるなんて思いもしなかった。

 

「正解ですよ堀北さん。僕はこのグループの優待者を知っている。優待者を知っているから、葛城くんの提案なんてどうでもいいんですよ。

 だって────────」

 

 竜グループにざわめきが起きる。優待者はこの試験における幹。知ることが出来れば、それは勝利をもぎ取ったのも同然だろう。

 当然、他のクラスは焦る。だが、この場にいる人間は各クラスの優れた人間。取り乱したりせず、僕の次の言葉を待っている。聞いてから次の方針を考えようとしていた。

 

 でも堀北さん、あなたはまだ甘い。その推理には穴がある。だから僕の行動を制御しきれない。

 

 

 

 

 

 ────僕が竜グループの優待者なんですから。

 

 

 

 

 そう言うと、誰もが言葉を失う。

 瞳に映る金髪の少女がどこかひきつった表情をしていたのを僕は見逃さなかった。

 

 

 

 


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