ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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櫛田桔梗さんにアンチ・ヘイトありです。
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詭弁

 

 

 

「カムクラくん、堀北さんを潰すために私と協力してほしいな!」

 

 隣に座る少女がこちらに体を寄せて懇願してくる。

 表裏のない笑顔を見せ、媚びを売る姿は小動物を連想させる。さぞかし、学年中で人気がある生徒と言える演技能力だ。

 だが、僕の目にはそれが嘘だと映る。笑顔の裏に張り付いたどす黒い感情が分析できれば、このやり取りのおぞましさも同様に理解が追いつく。

 発言に嘘はない。これこそ、彼女の本当にやりたいことなのだろう。

 

「お断りします」

 

「……はぁ?」

 

 櫛田さんは整った顔からは考えられない剣幕で睨んでくる。

 ドスの効いた声で拒否をなかったことにしようとするが、僕が恐れるわけないので、その努力は無駄になる。

 今度は僕の右手を両手で掴み、それを僕の胸の高さまで持ってくる。

 

「協力、してほしいな!」

 

「お断りします」

 

 先ほどの質問をなかったことにして強引にやり直してくるが、一言一句違わず返す。 

 笑顔を見せながらも眉はピクピクと動いていて、怒りが這っているのは丸わかりだ。

 僕の手をゴミでも捨てるかのように投げた後、彼女から笑顔が消える。

 

「協力しろ」

 

「お断りします」

 

 青筋が浮かび始めた。

 普段は隠している彼女の本性だが、もう知られている人間と二人きりの前では隠す気はない。

 

「……協力、してほしいなぁ。……ダメ?」

 

 どうやら、まだ諦めないようだ。

 さらに距離を詰め、彼女は体を僕の右腕に当てながら、上目遣いで願いを口にする。

 

「ダメです」

 

「あはは、とっても殺したい!」

 

 媚びるような声で殺害予告してくる女性はあいつや絶望の残党で見飽きている。ついでに言えば、ろくな奴がいない。

 さすがに懲りたのか、彼女は元の位置へと体を寄せた。

 

「はっ、こんなに身体寄せてやってんのに、全く表情が変わらないとか逆に気持ち悪ぅ」

 

「取り乱した方が良かったですか?」

 

「まさか。こちとらあんたが演技していることが分かる(・・・・・・・・・・・・・・・・)のよ? いっそう気持ち悪いわ」

 

「大したものです。僕の演技が見抜ける人間はそうはいない。同業者ゆえの分析能力ですね」

 

 櫛田さんはその言葉に自虐気味に鼻で笑う。

 犯罪者の行動を理解できるのは同じ犯罪者であるのと同じように、嘘つきを見つけるのが得意なのは同じ嘘つき。

 本人もその節は理解しているようだ。

 しかしすぐに、愉快そうな笑みを浮かべる。

 

「まぁでも、あんたの行動が演技だったとしても、あの取り乱しは面白かったよ。褒めてあげよっか?」

 

「性格が悪いですね」

 

 彼女の機嫌が良かったのは、僕の狼狽が起因しているようだ。

 未だ上機嫌に笑い続けていた。

 

「それで、どうしてあんたは協力してくれないわけ? この試験で他クラスの生徒が秘密裏に会う理由なんて一つしかない。それはあんたも分かっているでしょ?」

 

 本題に入れと、櫛田さんは鋭い視線で訴える。

 彼女がここに来た本命は堀北鈴音を潰すための協力者探しもあるだろうが、実際重要なのはとある情報に関する話し合いだ。

 その情報とは、優待者について。彼女がこの情報戦を制するために持ってきた武器であり、試験攻略必須のカギ。

 なぜ彼女がその情報を持っているのか、それは彼女が────竜グループの優待者だからだ。

 

「先のグループディスカッションでも言いましたが、僕は優待者の存在を知っている。当然、あなたが竜グループの優待者だということもね」

 

「……へぇ~、一応聞くけどそれはあんたの情報収集能力が高いから?」

 

「僕の目や耳になってくれる優秀な生徒が各クラス1人ずついて、僕に情報を教えてくれました」

 

「見破らせる気しかない嘘って本当にイライラする。上から目線を楽しんでいるカスとやってる事変わらないって気付けよ」

 

 獣の唸りのように低い声が伝わってくる。

 だが、僕に見下されることは変えようのない真実なので、受け入れてもらうしかない。

 

「嘘は吐いていませんよ」

 

「黙れ、この大嘘吐き。……法則、あるんでしょ?」

 

 敵意丸出しの目が細くなる。

 流石に聡い。1回目のディスカッションで僕の嘘を見抜いた以上、僕が今回の試験で本当に優待者を知っていることは理解している。

 そしてその要因があること。いくら僕の情報収集能力が高くても、この分野は櫛田さんの得意分野。

 仮に誰かに頼って情報収集していれば、ずば抜けて広い彼女の情報網に引っかかり、忽ち情報を知られてしまうだろう。

 だが現状、網に獲物がいなかったということから、櫛田さんは僕が情報収集以外の何かで試験の抜け穴を見つけたと察しを付けた。

 まさに、逆転の発想だ。

 

「知りたいですか?」

 

「教えてくれるなら。でも、タダじゃないんだろう?」

 

「はい。対価は僕を退屈させないことです」

 

「無理。誰が好き好んであんたの機嫌を取らなきゃいけないのよ」

 

 媚びを売ることは得意分野だが、素面では抵抗があるようだ。

 

「……で、優待者を知っているあんたはこの後どうするつもりなの? 竜グループも終わらせる気なの?」

 

 試験の法則を諦めた彼女は、今後の話に移る。

 情報収集に徹する姿は殊勝な心掛けだ。情報を渡す相手が自クラスではなく、他クラスというのが残念な点だ。

 

「ツマラナクなったら終わらせます」

 

「はっ、あんたの気分次第ってわけね。……ねぇ、私に協力できることってない? なんなら、私を当ててくれてもいいからさ」

 

「ありません」

 

「……あっそ」

 

 彼女は元々、『優待者』という情報を渡すことの対価として、堀北鈴音を潰す協力を求めていた。

 しかし、僕が優待者の情報を全て持っていたので、対価交換ができない。そこで彼女は、自分の能力を売り込むことで対価交換を成立させようとしている。

 つまるところ、彼女は自分の未来に対して投資してくれと言っているのだ。

 しかし残念ながら、彼女にできて僕に出来ないことがない。

 協力者として必要不可欠な人材ではなく、協力関係としては旨味が少ない。

 

 だが、なぜそうまでして堀北鈴音に拘るのか。

 

 この一点が僕の決断を鈍らせる。

 彼女は承認欲求の塊で、自分より能力の高い人間を嫌悪する。

 それらを踏まえても、僕の目線から見れば現段階では櫛田桔梗の方が堀北鈴音より総合的に優秀だ。容姿に関しても好みが分かれるので、そこまで卑下する必要もない。

 何かがある。数値だけでは測れない、切らなければいけない縁のようなものが。

 

「そうまでして、堀北鈴音を消したい理由はなんですか?」

 

「うざいから」

 

 簡潔に告げる彼女は嘘を言ってはいないが、全てを話したとは言い切れない。

 

「この試験の必勝法を教える、この情報と交換条件ならどうですか?」

 

「嫌。堀北を潰すのに協力してくれるなら考える」

 

「そうですか。なら、協力しましょう」

 

「……即決かよ」

 

 はぁとため息をつき、裏の顔で呆れた視線を向ける。

 そんな彼女に僕はとある画面を開き、見えるように携帯をテーブルへ置いた。

 

「何これ、誰の連絡先?」

 

「龍園くんです」

 

「はっ? なんであの頭おかしい奴の連絡先を渡すわけ?」

 

「堀北鈴音潰しの協力者が彼だからですよ」

 

「……ねぇ、あんた今、協力するって言ったよね?」

 

「ええ。だから彼を紹介しました。こと潰すことに関しては、彼の得意分野です」

 

 こめかみが震えている。

 今すぐ大声を出そうとするほどに、怒りが込み上げているようだ。

 もっとも、ここはカラオケ。多少の大声では彼女の本性が露呈するようなことはない。

 

「……あんたが直接協力して。その男との関わりはいらない」

 

「僕が直接協力するのはツマラナイ。堀北鈴音の成長は僕の予測を上回る可能性がある。ここで潰すには勿体ない」

 

 ギリッと、奥歯を噛み合せる音が聞こえた。

 彼女は1分1秒でも早く堀北鈴音を潰したい。

 時間をかけると宣言している僕はストレスそのもの。しかし、だからと言って暴力至上主義の男を頼るのはリスキーな選択肢だ。

 

「……結局、あんたも堀北の味方ってわけね」

 

「僕は誰の味方でもありません」

 

 悪意の籠った瞳がぎろりと睨んでくる。

 要領の得ない会話に、溜まっていた怒りが捌け口を探していた。

 

「……ほんと、ふざけてる」

 

 彼女は携帯を取りだし、僕の携帯を見て連絡先をメモする。

 交渉成立。致し方ない決断だったようだが、彼女は龍園くんを頼ることにしたらしい。

 

「では、どうしてあなたが堀北さんを消したいのですか?」

 

「……あんたさぁ、こんな取引で本当に私が答えると思ってたの? ウケるんだけど」

 

 鼻で笑い、彼女の綺麗な唇が動いた。

 嘲笑う姿はまさに性悪。念書のない取引に応じることはなく、放棄しようとしていた。

 

「協力はしましたが?」

 

「あんなの協力じゃない。そもそも、龍園の連絡先くらい私の情報網で簡単に取得できる」

 

「しかし、あなたが僕を通じて連絡先を得たことに変わりはない」

 

 櫛田さんの肩がビクリと揺れる。

 恐怖と警戒が震えとして現れている。だが、その瞳の力強さは健在だ。

 何者にも屈しない、そんな割れやすい想いを心の強さで補強している。

 

「強引な手段を使って、私を従わせようとしても無駄だよ」

 

 櫛田さんは携帯をポケットから取りだし、こちらに見せつける。

 録音状態を示す画面。録音時間は既に20分を越えていた。

 しかし、

 

「ツマラナイ」

 

 僕の才能は至上の才能。

 データの改竄など、必要な器具を揃えることから始めても片手間出できてしまう。

 

「……あんた、本気?」

 

 僕が立ち上がれば、近かった距離が遠くなる。

 ジリジリと、櫛田さんは後方に下がっていく。

 未だ自分が交渉できる立場にいるという愚かな考えに人間らしさを感じるが、残念ながらそれは見飽きている。

 加えて、先程のグループディスカッションではあれだけ『詐欺師の才能』とその先にある才能の末路の一端を示唆したにもかかわらず、彼女は危機感を持っていない。

 

「予定通りここに来たとはいえ、やはりツマラナイですね」

 

「……はっ? な、何の話をしてんのよ、あんた」

 

 もっとも、多少感じてはいただろう。本当に何も感じてないのならば、彼女はグループディスカッションが終わってすぐに僕に連絡をかけたりはしない。

 何せ次のディスカッションまでは十二分に時間がある。

 他にやることはいくらでもあったにもかかわらず、彼女はすぐに僕のもとに現れた。

 他の理由の可能性はある。それこそ、ただ早めに終わらせたかったという可能性すらも。

 

 しかし、同じ才能を見たせいで、その末路を想像してしまったとしたら? 

 

 無意識下にそう意識してしまった。そう仕向けた。

 ツマラナイ。あぁ、ツマラナイ。

 しかし、いくらツマラナくても彼女をここで手放すわけにはいかない。竜グループのキーマンをせっかく誘導したのだからこのままでは帰さない。

 

「言い方を変えましょうか」

 

 実に丁度いい。

 彼女という未知を作る為にも、成長の機会を与える良いタイミングだ。

 手段は選ばない。

 自分が優位に立っていると認識する人間を蹴落とすなど簡単だが、なまじ意思が強い彼女は獣道を通ってもらう。

 あの学級裁判ほどとは言わない。だが、ある程度の絶望を超えてもらわねば『未知』なんて起きない。

 

 ────だから、僕は前と同じようにあの才能(・・・・)を使用する。

 

「……ひっ!?」

 

 雰囲気を変え、殺気を飛ばし、限りなくあいつに近い演出の準備を開始する。

 癖とは簡単には治らない。人の目を見てしっかりと話を聞く素振りを繰り返していた彼女は、どんな状況でもまず相手の目を見てしまう。

 彼女は身じろぎし、震えた身体を僕から離そうとする。

 しかし、不安定な動きは持っていた携帯を床に落とす。

 

「偶然、すなわち幸運。ツマラナイ」

 

 ガンッという音とともに床を滑る携帯は、回転しながら僕の足元へ。

 拾えば、櫛田さんは即座に口を開く。

 

「……か、返してよ!!」

 

「堀北鈴音との関係性を教えてください。それが条件です」

 

「ふざ、けんな!!」

 

 僕を排除しようと、櫛田さんは顔面目掛けて平手打ちを振り切る。

 しかし、避けるまでもない。直後、櫛田さんの体勢が崩れる。焦りと慣れない行動に、足元がおぼついたのだ。

 もたれ掛かるはクッション。背もたれに上半身からダイブする姿はなんとも惨めだ。

 

「大した精神力ですね。まだ抗いますか」

 

 ぐちゃぐちゃになった髪と引き攣った表情。

 しかし、ガタガタと歯ぎしりしながらも抵抗の意思がある。

 無意味な抵抗。だが、反発の意思がなければ未知は始まりすらしない。

 

「先に言っておきますが、言わなければ勝手に調べます。そして、僕が調べる以上、謎は謎ではなくなる。しかし、できるなら本人から聞いた方が手っ取り早い」

 

 彼女は僕の話なんて聞く素振りなく、立ち上がり、懸命に距離を取ろうとする。

 必死な形相を浮かべて、この状況を打破しようと試行錯誤している。

 

「……絶対に、言わない。あんたみたいな奴が一番信用できない。すぐに吹聴するに決まっている」

 

「言いませんよ」

 

「嘘だ!!」

 

 歯ぎしりは止まり、声を荒げられるのは恐怖より生存本能が表に出ているから。

 そうまでして知られたくない秘密に、僕は興味がむしろ湧く。

 櫛田桔梗は一学年において、一之瀬帆波と並んで人気の高い女子生徒だ。その行動は善性に溢れ、そのコミュニケーション能力は非常に高い。

 だが、その評価は上辺のもの。本来の彼女は、どす黒い本性を隠して他者に接している。

 仮面を被って善人を演じ、その高い評価を得ることに快楽を覚えている訳だ。

 自分本来の性格を嫌悪すべき対象として認識しながらも、満たそうとする承認欲求。

 歯止めが効いていないそれが、その過程でどう実って行ったのか……実に興味深い。

 

「まさに、詐欺師の才能。本当の自分を晒せる相手を作らない限り、その呪縛は永遠とあなたに纏わりつきますよ」

 

「上から目線で鬱陶しいんだよ!! 余計なお世話だ!!」

 

 具体的な反論なしに、彼女は僕の言葉を聞いてしまう。

 既に冷静な判断はできていない。

 生存本能で奮い立ち、絶望へ抗うことに必死だ。

 怨念と負の感情だけで一身に立ち向かってくる精神は評価に値するが、まだまだ足りない。

 新しい彼女へ殻を指る準備のために、まずは今までの下地を破壊する。

 

 

「教えてくれないならば、仕方ありません」

 

 

 その一言を兆しに、僕はかつて身にまとっていた時と、すなわち、『超高校級の絶望』として活動していた時と同じレベルの気迫で彼女の抵抗をへし折りにいく。

 イカれている、そんな表現が可愛く見えるような存在が『絶望の残党』だった。

 

 崇拝する女の死体から左手や目を移植する者。

 崇拝する女の子孫を残そうとするために死姦する者。

 子宮を自分に取り込もうとした者。

 餓死という絶望を得るために断食を趣味のごとく行う者。

 ある実験のために両親を実験台に差し出した者。

 

 これらは一例だ。他にやったことなんていくらでも挙げられる。

 それが、人間らしさのかけらもない人の形をした絶望だ。それが放っていた気配と同等のものを、僕は今、たった一人の少女に向ける。

 自身の知りえない未知を自分の手で作るために、

 

「……い、いや」

 

 瞳から憎悪は消え、代わりに涙が零れる。

 嗚咽が混じるにつれて、呼吸器官が異常をきたしていき、胸を抑える。

 正常な動作ができなくなれば、足が解れ、床に尻餅をつく。

 魂が抜けたように体が前のめりに倒れ伏す。その光景はまるで頭を垂らし、許しを請う罪人のようだ。

 

「その立ち回りを続けるには、あなたの実力は不足している。今日のように、潰される未来が待っているだけです」

 

 精神的に追い詰めれば、彼女は自分の“希望”を叶えるために行動を起こす。

 龍園くんか、僕か、あるいは他の選択肢か。

 はたまた、絶望を正面から克服するために────自分の病魔を治療してもらう人間を見つけ出すか。

 

「あなたの今後の選択に期待します」

 

 僕は立ち上がり、介抱が必要な少女を無視してカラオケルームから出ていく。

 役者の調整は済んだ。これで、僕にも予測不可能な結果が待っている……かもしれない。

 後はグループディスカッションにて場を乱せばより良し。

 

 善悪で僕の行動を判断するのならば、この行いは言うまでもなく悪だ。

 

 それでも僕の欲しいものは予測を超えた先にしか存在しない。

 絶望に落ちながらも希望を追い求め、絶望に浸りながらさらなる絶望を追い求めた狂人2人の行動に、今ならば少しだけ理解できる。

 希望であり、絶望であり、どっちつかずの僕が求める未知はこの2人に劣りこそするが、同種のものだ。

 

 そう考えながら、僕は自室の帰路を歩いていた。

 

 近い未来、退屈が消えるかもしれないと思うと、歩みは早くなっている気がした。

 

 

 

 

 

『────それが、本当に胸を張れるお前なのか?』

 

 

 

 

 

 自分と同じ声が、自分の意志と関係なしに、頭の中で響いた。

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 

 早歩きで廊下を歩いていた私はとうとう綾小路くんに指定された場所へと到着する。

 指定場所は人気のないテラス。見える景色は青一色、その雄大な存在感は試験を焦る気持ちを静め、心を落ち着かせてくれる。

 柵に手を当て、何も考えずに海を眺めながら人を待つ。空の色や雰囲気が違えば、随分とロマンチックな光景になっていたかもしれない。

 らしくない妄想にとらわれながらも、ゆっくりとした時間の経過を感じられる自分はこの危機的な状況でも精神的な余裕を持てているようだ。

 

「早いな」

 

 綾小路くんが到着した。彼は私の隣に来て、柵に腰掛ける。

 

「私も今着いたところよ」

 

「そうか。急いだかいがあったな」

 

「急いだ? 何かしていたの?」

 

「佐倉から相談に呼ばれていたんだ。すぐに終わったんだが、その後山内に絡まれかけてな。撒くのに少し手間取った」

 

「……佐倉さんに。綾小路くん、随分友達が増えたようね。入学当時のあなたとは思えない進歩を残しているわ」

 

「羨ましいか?」

 

「まさか」

 

 軽口を叩き合える程度の仲と思われるのは癪だが、気軽な会話を欲していたので心の中で彼に感謝する。

 

「それで、本題に入って良いのかしら?」

 

「ああ。まず確認したいんだが、鼠グループの試験終了アナウンスは流れたか?」

 

「ええ。あの放送は試験中であっても全てのグループ共通で流れるものと認識していいわ。平田くんや櫛田さんもそれぞれ別のグループに情報を聞いていたけど、アナウンスが聞こえたと言っていたわ。

 もちろん、鼠グループが終了していることも確認はできているわ」

 

「なるほど。鼠グループの誰が早まったのか知らないが、今回の試験は波乱万丈のようだな」

 

 綾小路くんは軽く空を見ながらため息をつく。事情を全く知らない人間からすれば、このような反応が正しいのだろう。

 何らかのきっかけによって鼠グループの誰かがプライベートポイント欲しさに試験を終わらせてしまった。十分ある可能性だが、実際は違う。

 

「綾小路くん、確かにこの騒動は誰かが早まったから起きたものよ。けど、これはその誰かによって意図的に引き起こされたものでもあるわ」

 

「……何? それはどういう意味だ」

 

「さっき起きた事件を全て説明するから長くなるけど、構わないわね?」

 

 確認を取った後、彼は頷く。

 そこから私は事の顛末を詳しく話した。

 葛城くんの言っていた試験自体を拒否する作戦。Bクラスとの協力関係が続いていること。そしてカムクラくんの暴走。

 

「────以上よ。情報を整理できたら、あなたの率直な意見を教えてほしい」

 

 先ほどは無表情で身体を柵に預けていた綾小路くんだが、軽く前のめりになり、口元に右手を当て険しい表情を浮かべていた。

 彼がここまで真剣な表情を浮かべることに驚きはしたが、逆に言えば彼がこの試験に協力的であるという証明だ。

 事なかれ主義を送っている彼は目立つことを嫌っているが、先の試験と言い、今回と言い、随分と積極的な対応を見せている。

 

「……さて、どうしたものか」

 

「率直な意見を聞きたいのだけど」

 

「手厳しいな。驚いて言葉が出ないよりはましだろ」

 

 綾小路くんは茶化すように言う。しかし、彼の目つきはいつになく真剣なままだ。

 

「堀北、お前ならこの状態からどうやって試験を攻略する?」

 

「私はあなたの意見を聞いているんだけど……」

 

「答えてくれるなら俺も答えるさ」

 

「……そう、無人島試験の時に言っていた『Aクラスに上がるための手伝いを本格的にする』というのは本当のようね」

 

「お前が自分自身でオレと同じように考えることが出来るまで『影』に徹してくれるならな」

 

「清々しいくらい腹が立つ言い方ね」

 

 オレはお前より上、そう仄めかしてくる彼に立ちが込み上げてくる、目的を達成するのが先だ。

 我慢し、私は素早く意見を告げる。

 

「私なら、優待者を見つけることに力を入れるわ」

 

「妥当だな。だが、それじゃ勝てないな。なぜならもっと先にやるべきことがある」

 

「もっと先にやるべきこと?」

 

 ああ、と頷く彼はそのまま続ける。

 

「現状、一番警戒すべきところはどのクラスだと思う?」

 

「Cクラス。龍園くんもカムクラくんも一癖も二癖もある人だと理解しているわ」

 

 今日の朝私を茶化しにきた龍園くんも、試験で好き勝手をするカムクラくんも不安要素の筆頭。

 Aクラスの葛城くん、Bクラスの一之瀬さんや神崎くんも警戒しなければいけないだろう。だが、行動が予測しづらいこの2人の方が警戒度は上だ。

 私の答えに満足したのか彼は表情を変えることなく、別の質問をする。

 

「じゃあ、現状一番警戒しないといけないのは誰だと思う?」

 

「……カムクラくんね。彼が本当に優待者を知っているかどうかも不明だけど、試験自体を滅茶苦茶に踏み荒らしている彼は何をしでかすかが分からない」

 

「正解だ。そして、奴は何らかの方法で優待者を知っている。交友関係が広いという噂は聞いたことがないから全てのクラスに予めスパイがいる訳ではない。未来予知じみた観察能力で何かを知ったと考えるのが妥当だろう。

 もちろん、何も考えずに試験を無茶苦茶にしている可能性もないとは断言できないが……、なんにせよ、これが奴が有利である理由だ。つまり、この試験を攻略するにあたって一番の障害はカムクラであり、こいつをどうにかしない限り勝ち目は薄いだろう」

 

 綾小路くんは敵の情報を綺麗にまとめていき、理詰めで攻略を開始していく。

 正しく整理された情報に口を挟む理由なんてない。

 発展して考えるなら、優待者の情報を同じクラスの龍園くんに共有している可能性も高い。

 より一層、時間が惜しくなってきた。好き勝手される前に彼らと同じ土俵に上がらなければ。

 そう思考を加速させていくと、いつの間にか1回目のグループディスカッション終了時と同じような心境になっていた。

 焦ってはいけない。私は自分の心をゆっくりと抑えていく。

 

「そうね。だからこそ、私は優待者を見つけることで彼の有利を抑えるべきと思っていたのだけれど、あなたは違うというのでしょう? なら、あなたならどう攻略すればよいのか教えてほしいわ」

 

「そうだな。オレが本当に勝つつもりならば、少なくとも同じ土俵に立つ(・・・・・・・)ということはしないな」

 

「……それはどうして? この試験で一番重要なのは優待者を見つけることでしょう?」

 

 この試験で重要なのは優待者を正確に見つけること。試験のどの結果に導こうとしても優待者の存在は必要だ。

 仮にCクラスとDクラスが対立し、お互いの優待者を全て知っているとする。この時、Cクラスが動きを見せてDクラスの優待者を当てようとするのならば、Dクラスも同じように優待者を当てようとすれば良い。

 このようにお互いがお互いの抑止力になれば均衡状態を作れる。最終的に結果1で終わらせることこそ互いの利益になるのは言うまでもないだろう。

 これは各クラス間の優待者がそれぞれ3人ずつという指定があるからこそ出来る。すなわち、優待者は交渉材料であり、試験の結果に大きく作用すると言って差し支えない。

 

「正しいな。優待者を見つけることが出来たら場の均衡を保てる。普通なら試験を中断状態に持っていけると考えるだろう。でも今回に限って言えば、この理屈は絶対ではない」

 

「今回に限って?」

 

「簡単な話だ。場を乱して遊ぶ人間がその程度で止まると思うか?」

 

 その言葉に私は腕を組み、今一度考えさせられる。

 勝利の方程式を正しく組み、目的達成への道標はできていた。が、それは本当にかの狂人に通用するだろうか。

 私に限らず、人は時に自分のやっていることが常識と考えてしまう。

 

 常識とは何だ? 皆の言う当たり前とは何だ? それは万人に適用されているのか? 

 

 否だ。そんな法則は存在しない。

 人一人が言う常識が適用されている世界ならば、ある人が言うことが正しいゲームのような世界ならば、そこに個性はないだろう。

 しかし、私たちの生きているこの世界はゲームではない。人は個性を持ち、様々な行動を起こす。交じり合うことで全く知らない結果を導くことも多々ある。

 たった一つの普遍の常識などない。絶対にコントロールできる場など存在しない。

 ゆえに、1人の狂人によって不規則が作られる可能性は十二分にあった。

 

「……ならどうすれば良いの?」

 

「聞いてばかりとはお前らしくないな」

 

「本格的な協力をするって言ったのだから、あなたの意見を参考にしているだけよ」

 

「そうか。だが俺はこれ以上お前に何かを言うつもりはない。既にきっかけは言ったしな」

 

「きっかけ? ……ちょ、ちょっと待ちなさい! まだ話は!?」

 

 会話中に突然、彼は柵から腰を上げ、来た道を帰り始める。

 私は行かせないように素早く身を動かし、ポケットに突っ込んでいる彼の右手を掴んだ。

 捕まった彼は立ち止まり、溜息をした後に話し始めた。

 

「葛城のやっていたことは間違いじゃなかった。試験の放棄はいくら話し合いの場を乱されようとも、そもそもの話し合いの場を消そうとする行動(・・・・・・・・・・・・・・・・)だからな。

 あとはBクラスと協力関係ならば、使わないと損をするぞ。……ヒントは言った。手を離せ、堀北」

 

 色があるようで色がない彼の瞳は普段の彼からは全く想像出来ず、私の背筋が凍る。

 ついついその豹変に手を放してしまうと、彼はこちらを振り返ることもなくどこかへ歩いて行った。

 言いたいことが山ほど浮かんでくるが、それよりも彼の言っていた今のヒントを持ち歩いているメモ帳に残す。

 が、今すぐにはヒントから連想が出来そうになかった。

 もう一度だだっ広い海を見ようとするも、雲によって暗い景色に変わろうとしていたので、気分をリセットすることもできない。

 

 一度部屋に戻り、落ち着いてから行動することに決めた。

 

 

 




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