ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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櫛田さんにアンチ・ヘイトありです。
嫌な人はプラウザバック。


詭弁

 

 

 

「カムクラくん、堀北さんを潰すために私と協力してほしいな!」

 

 隣に座る少女がこちらに体を寄せて懇願してくる。目の前にいる金髪の少女が表裏のない笑顔を見せてくる。

 発言に嘘はないことから、それが彼女の本当にやりたいことと理解するのに僅かな時間すらいらなかった。

 

「嫌ですけど」

 

「……はぁ?」

 

 整った顔からは考えられない剣幕で睨んでくる櫛田さん。ドスの利いた声は女子高生が出してよい声ではない。

 今しがた断られたにもかかわらず、彼女は行動を起こす。今度は僕の右手を両手で掴み、それを僕の胸の高さまで持ってくる。

 

「……協力してほしいな!」

 

「嫌ですけど」

 

 先ほどの質問をなかったことにして強引にやり直してくるが、先程と一言一句違わず返す。 

 笑顔を見せながらも眉はピクピクと動いていて、怒りが這っているのは丸わかりだ。

 僕の手をゴミでも捨てるかのように投げた後、彼女は笑顔を消し、今度は真顔で言った。

 

「協力しろ」

 

「嫌ですけど」

 

 青筋が浮かび始め、我慢の限界が近い。

 普段は隠している彼女の本性だが、もう知られている人間と二人きりの前ではさすがに面倒な気づかいなんてする様子はない。

 それにしてもまだ諦めないようだ。さらに距離を詰め、彼女は体を僕の右腕に当てながら、上目遣いをする。

 

「……協力……してほしいなぁ。……ダメ?」

 

「ダメですけど」

 

「あはは、とっても殺したい!」

 

 媚びるような声で殺害予告してくる女性はあいつや絶望の残党で見飽きている。ついでに言えば、ろくな奴がいない。

 さすがに懲りたのか、彼女は元の位置へと体を寄せた。

 

「はぁ、……こんなに身体寄せてやってんのに、全く表情が変わらないの普通にショックなんだけど。逆に気持ち悪い」

 

「取り乱した方が良かったですか?」

 

「まさか。こちとらあんたが演技していることが分かる(・・・・・・・・・・・・・・・・)のよ?いっそう気持ち悪いわ」

 

「でしょうね。犯罪者の行動を理解できるのは同じ犯罪者であるのと同じように、嘘つきを見つけるのが得意なのは同じ嘘つきでしょうから」

 

 櫛田さんはその言葉に自虐気味に鼻で笑う。しかしすぐに、愉快そうな笑みを浮かべる。

 

「まぁでも、あんたの行動が演技だったとしても、あの取り乱しは面白かったよ。褒めてあげよっか?」

 

「あなたの機嫌が良いのはそこからですか。性格が悪いですね」

 

「はっ、あんたに言われたくはない」

 

 足を組みなおしてから彼女は話を続ける。

 

「それで、どうしてあんたは協力してくれないわけ?この試験で他クラスの生徒が秘密裏に会う理由なんて一つしかない。それはあんたも分かっているでしょ?」

 

 もちろんだ。彼女がここに来た理由は堀北鈴音を潰すための協力者探しもあるだろうが、本命はとある情報に関する話し合いだ。

 その情報とは、優待者について。彼女がこの情報戦を制するために持ってきた武器であり、試験攻略必須のカギ。

 そしてなぜ彼女がその情報を持っているのか、それは彼女が────竜グループの優待者だからだ。

 

「だからですよ。先のグループディスカッションでも言いましたが、僕は優待者の存在を知っている。当然、あなたが竜グループの優待者だということもね」

 

「……へぇ~、一応聞くけどそれはあんたの情報収集能力が高いから、ってわけじゃないのよね?」

 

「さぁ、僕の目や耳になってくれる優秀な生徒が各クラス1人ずついて、僕に情報を教えてくれているかもしれませんよ」

 

「見破らせる気しかない嘘ってのは本当にイライラしちゃうのよね私。だってさ、それって見え辛い上から目線ってことでしょ。

 自分が相手より上だって認識してるカスじゃないと使えない方法だよね」

 

 イライラを隠さない声色が直に伝わってくる。

 この後の態度に反映して面倒になりそうなので、仕方なく言い直す。

 

「……あなたの質問には、正しいですよと答えましょう。理由は簡単ですね。

 なぜなら、この学校で随一とも言える情報収集能力を持っているあなたが知れないのならば、他の誰かが知れる可能性は限りなく0に近い」

 

「最初っからそう答えやがれ糞男」

 

 棘のある言葉を吐く彼女。『超高校級の希望』の肩書きを持つ僕相手にここまでストレートな罵詈雑言を言ってくる人間は初めてだ。

 初めての感覚に対して、気分が少し高まっているのを感じる。まるでマゾヒストのようなことを言っているが、別にそういう意味じゃない。

 それはそうとして彼女はというと、そのイライラを収めるためか、立ち上がり、歌を予約する機械を持って帰ってくる。

 

「歌うのですか?」

 

「あんたが消えた後にね。ストレス発散にもなるし」

 

「ふーん、採点も出来るんですね」

 

「何あんた、カラオケ来たことないの?」

 

「来たことはありますが、歌ったことはありません」

 

「何しにカラオケ来てんの?金の無駄以外の何でもないじゃん」

 

 実際の所、基本的に龍園くんがカラオケを会議場所に選ぶ傾向があるため、カラオケに足を運んでいる。

 もちろんケチな彼が奢ってくれる訳でもないので、本当に金の無駄でしかない。が、監視カメラのないこの場所は会議に適しているので、仕方がないとも言える。

 

「で、優待者を知っているあんたはこの後どうするつもりなの?竜グループも終わらせる気なの?」

 

「ツマラナクなったら即終わらせます」

 

「結局はあんたの気分ってわけね。ねぇ、私を当てるのは構わないし、むしろ当ててくれた方が嬉しいまであるんだけどさ、私に協力できることってないの?この試験以外でも私は使えるし、どう?」

 

 彼女は元々、『優待者』という情報を渡すことの対価として、堀北鈴音を潰す協力を求めていた。

 しかし、対談相手は優待者の情報をすべて持っていたので、残念ながら対価交換できない。なので彼女は今、自分の能力を売り込むことで、対価交換を成立させようとしている。

 つまるところ彼女は自分の未来に対して投資してくれと言っているのだが、残念ながら彼女に出来て、僕に出来ないことはまずない。いてもいなくても関係ない。やはり、協力関係を結ぶには旨味が少なすぎるというものだ。

 だが、なぜそうまでして堀北鈴音に拘るのか。彼女は承認欲求の塊で、自分より能力の高い人間を嫌悪する。

 それらを踏まえても、僕の目線から見れば、現段階では櫛田桔梗の方が堀北鈴音より総合的には優秀だ。容姿に関しても好みが分かれるので、そこまで卑下する必要もない。

 ここまで考えた上で、何かがある、僕は彼女たちの間に切らなければいけない縁のようなものが存在すると推察した。

 

「そうまでして堀北鈴音を消したいのですね。その理由を聞いても?」

 

「うざいから」

 

 簡潔に告げる彼女は嘘を言ってはいないが、すべてを話したとは言い切れない。

 

「この試験の必勝法を教える、この情報と交換条件ならどうですか?」

 

「嫌。堀北を潰すのにちゃんと協力してくれるなら少しは考える」

 

「そうですか。なら、協力しましょう」

 

「……即決かよ」

 

 はぁとため息をつき、『裏』の顔で呆れた視線を向ける。

 そんな彼女に僕はとある画面を開き、見えるように携帯をテーブルへ置いた。

 

「何これ、誰の連絡先?」

 

「龍園くんのです」

 

「は?なんであんな頭のおかしい奴の連絡先なんて知らなければならないわけ」

 

「協力するのは彼だからですよ」

 

「……あ?あんた今、協力するって言ったわよね」

 

 睨む彼女に何ともないような仕草で右足を椅子に乗せ、いつもの姿勢を作る。

 

「ええ。だから彼を紹介したんですよ。こと潰すことに関しては彼の得意分野ですからね」

 

「あんたが直接協力してくれればいいのよ。その男との余計な関わりはいらない」

 

「僕が直接協力するならば、簡単に終わりますよ。でも堀北鈴音はいずれさらに成長する。

 成長度は予測できていますが、予測を上回る可能性が1%でもあるのならば潰すのは勿体ない。彼女の希望を消すにはまだ早い」

 

 彼女は1分1秒でも早く堀北鈴音を潰したい。

 時間をかけると宣言しているような僕に協力しろとこれ以上は言わないだろう。

 そしてこれで約束は守った。堀北鈴音を潰すためのつては提供した。後は彼女から堀北鈴音との関係性を聞けば良い。

 

「……結局、あんたも堀北の味方ってわけね。もういいわ。あんたよりは龍園の方がまだ使えそう」

 

「では、あなたたちの間にある理由を聞かせてくれますか?」

 

 その言葉に反応して悪意の籠った瞳がぎろりと睨んでくる。

 そのまま鼻で笑い、彼女の綺麗な唇が動いた。といっても口パクでだ。ゆっくりと動いた口から分かったのは2語の言葉を伝えてきたこと。

 そしてその言葉は「むり」という否定を表していた。

 

「協力はしましたが?」

 

「私はあんたの協力に納得していない」

 

「だから言わない、ですか」

 

 僕は目を細めて彼女を見る。ビクリと僅かに揺れる彼女から警戒が窺えるが、その瞳の力強さは健在だ。

 何者にも屈しない、そんな割れやすい想いを心の強さで補強している。

 

「……強引な手段を使って私を従わせようとしても無駄だよ」

 

「会話を録音しているんでしょう?確かにそれならば記録として残ってしまうので手は出しづらいでしょう。それに先の会話で、あなたは協力するなら必ず答えるなどとは言っていませんしね」

 

「……そういうこと。残念ね」

 

 しかし何を勘違いしているのか。その行動、言動に僕はついつい溜息をついてしまう。未だ自分が交渉できる立場にいるという愚かな考えに人間らしさを感じるが、残念ながらそれは見飽きている。ツマラナイ。

 先程のグループディスカッションではあれだけ『詐欺師の才能』とその先にある才能の末路の一端を示唆したにもかかわらず、彼女は全く危機感を持っていない。

 いや、全くは言い過ぎか。本当に何も感じてないのならば、彼女はグループディスカッションが終わってすぐに僕に連絡をかけたりはしない。何せ次のディスカッションまでは十二分に時間がある。

 他にやることはいくらでもあったにもかかわらず、彼女はすぐに僕のもとに現れた。予定通りの行動をしている。

 しかし僕に話をつけるという行動に至ろうとした過程に可能性はいくらでもある。それこそただ早めに終わらせたかったという可能性。同じ才能を見たせいで無意識に来てしまった可能性。偽物の優待者をカミングアウトした僕の行動が彼女の最善の道につながったという可能性。

 まぁ、なんにしろだ。いくらツマラナくても彼女をここで手放すわけにはいかない。竜グループのキーマンである彼女をせっかく誘導したのだからこのまま帰すわけにはいかない。

 そんな彼女はというと、ため息をした僕に不快さを覚えたのかさらに強く睨んでいた。

 自分が優位に立っていると認識する人間を蹴落とすなど簡単だ。方法はいくらでもある。

 しかし、彼女は地獄を通ってもらわねばダメだ。あの学級裁判ほどとは言わないが、ある程度の絶望を超えてもらわねば『未知』なんて起きない。

 だから僕は前と同じようにあの才能(・・・・)を使用する。

 

「……ひっ!?」

 

 雰囲気を変え、殺気を飛ばし、限りなくあいつに近い演出の準備を開始する。

 癖とは簡単には治らない。人の目を見てしっかりと話を聞くそぶりを何度もやっていた彼女は、急に雰囲気が変わった人間にもその瞳を合わせてしまう。

 彼女は身じろぎし、ゆっくりと僕から距離を取ろうとした。

 もちろん、より過酷な道を進ませるつもりなので逃がさない。彼女の小さな左手を右手で掴み、椅子に固定する。

 ガタガタと歯ぎしりしながらも言葉を発しようとする櫛田さん。僕はそんな彼女へとお互いの鼻が触れそうになるほど顔を近づけて告げる。

 

「教えてくれますよね?」

 

「……い、嫌!」

 

 僕を排除しようと、容赦なく平手打ちを顔面に放とうとする。その行動に僕は近づけた顔をもう一度遠ざけることで対処する。

 その一瞬で彼女は立ち上がり、距離を取ろうとするが、彼女の左手は僕の右手で椅子に固定されている。

 立とうにも立つことのできない状況下でやることは1つ。原因を取り除くことに他ない。彼女は必死な形相を浮かべながら、両手で僕の手を放そうと試み始める。

 もがいても、もがいても、いつになったって僕の手が彼女を離すことはない。

 

「離せ、離せ、離せ、離せ!」

 

 歯ぎしりは止まり、声を荒げられるのは恐怖より生存本能が表に出ているからだろう。

 しかしいくら声を荒げてもここはカラオケ。質の差はあれど、防音室なのは変わりない。何よりこの場は密会だ。人気のない所でやるのは当たり前、友人の助けなんて期待しない方が良い。

 

「離す条件はもう言ってますよ」

 

「……言う訳ないでしょ!離せ糞男!」

 

「それほど言いたくないことなのですか。正直、あなたの口から言わなくても、僕ならいずれ簡単に推測できてしまう。しかし、僕は出来るだけ早く知りたいんですよ」

 

「何それ、いずれ知れるって意味分からないこと言うな!」

 

「事実です。才能に愛された僕なら今すぐでなくてもいずれ知れる。要は時間の問題なんですよ」

 

「ふざけるな!なら、あんたも潰す対象だ。私の過去を知るやつを私は許さない……絶対に!」

 

 僕の言葉を鵜呑みにするが、それは既に彼女が冷静な判断が出来ていない証拠でもあった。

 しかし、まだ駄目だ。生存本能で奮い立つ彼女は徐々に絶望へ抗い始めている。二回目とはいえ、あの龍園くんですら目を逸らした絶望に僕への怨念や負の感情だけで一身に立ち向かってくる。

 怯えが憎しみに変わり、彼女の脳内は僕を潰すことでいっぱいだ。素晴らしい精神力だ。

 しかし、それにしても、

 

 

「この僕を潰す、ですか。随分────オモシロイことを言ってくれますね」

 

 

 その一言を兆しに、僕はかつて身にまとっていた時と、すなわち、『超高校級の絶望』として活動していた時と同じレベルの気迫で彼女の抵抗をへし折りにいく。

 さらに強くする最悪な気配。イカれている、そんな表現が可愛く見えるような存在が『絶望の残党』だった。

 崇拝する女の死体から左手や目を移植する者。崇拝する女の子孫を残そうとするために死姦する者、子宮を自分に取り込もうとした者。餓死という絶望を得るために断食を趣味のごとく行う者。ある実験のために両親を実験台に差し出した者。

 これは一例だ。他にやったことなんていくらでも挙げられる。

 それが、人間らしさのかけらもない人の形をした絶望だ。それが放っていた気配と同等のものを、僕は今、たった一人の少女に向けている。

 

「どうしました、力が弱まっていますよ」

 

 抵抗する力が抜けていく。瞳から憎悪は消え、代わりに涙が零れる少女。嗚咽を交えながらも、呼吸器官を正常に動かすのに精一杯で話すことなんて出来そうにない。

 僕はここまでやって、やっと彼女の右手を離す。ついでに気配も普段通りに戻した。

 すでに力が抜けていた彼女は床に尻餅をつき、魂が抜けたように両腕や体を前のめりに動かした。その光景はまるで頭を垂らし、許しを請う罪人のようだ。

 

 

「さて、ここからはあなたが選んでください。何もしないか、龍園くんの協力を得るか、僕の協力を得るか、あるいは他の選択肢か。

 その精神状態であなたがどう動くのかを期待します。僕の知りえない未来を期待します。……あなたなら絶望を超えられると期待します」

 

 僕は立ち上がり、介抱が必要な少女を無視してカラオケルームから出ていく。

 役者の調整は済んだ。これで、僕にも予測不可能な結果が待っているかもしれない。

 後はグループディスカッションにて場を乱せばより良し。

 善悪で僕の行動を判断するのならば、この行いは言うまでもなく悪だ。それでも僕の欲しいものは予測を超えた先にしか存在しない。

 絶望に落ちながらも希望を追い求め、絶望に浸りながらさらなる絶望を追い求めた狂人2人の行動に、今ならば少しだけ理解できる。

 希望であり、絶望であり、どっちつかずの僕が求める未知はこの2人に劣りこそするが、同種のものだ。

 

 そう考えながら、僕は自室の帰路を歩いていた。

 

 近い未来、退屈が消えるかもしれないと思うと、歩みは早くなっている気がした。

 

 

 

 

 

『────それが、本当に胸を張れるお前なのか?』

 

 

 

 

 

 自分と同じ声が、自分の意志と関係なしに、頭の中で響いた。

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 

 早歩きで廊下を歩いていた私はとうとう綾小路くんに指定された場所へと到着する。

 指定場所は人気のないテラス。見える景色は青一色だが、その雄大な存在感は試験を焦る気持ちを静め、心を落ち着かせてくれる。

 柵に手を当て、何も考えずに海を眺めながら人を待つ。空の色や雰囲気が違えば、随分とロマンチックな光景になっていたかもしれない。

 らしくない妄想にとらわれながらも、ゆっくりとした時間の経過を感じられる自分はこの危機的な状況でも精神的な余裕を持てているようだ。

 

「早いな」

 

 声を掛けてきたのはDクラスの綾小路くん。私の隣の席で、学校では一番言葉を交えた生徒。そして実力をひた隠して生活する得体のしれない存在だ。

 彼は私の隣に来て、柵に腰掛ける。

 

「私も今着いたところよ」

 

「それは良かった。急いだかいがあったという訳だ」

 

「急いだ?何かしていたの?」

 

「佐倉から相談に呼ばれていたんだ。すぐに終わったんだが、その後山内に絡まれかけてな。撒くのに少し時間を使った」

 

「……佐倉さんに。綾小路くん、随分友達が増えたようね。入学当時のあなたとは思えない進歩を残しているわ」

 

「羨ましいか?」

 

「まさか」

 

 軽口を叩き合える程度の仲と思われるのは癪だが、気軽な会話を欲していたので心の中で彼に感謝する。

 集団行動が得意ではない私からすれば、常に周りに人がいるのは好ましくない。煩わしいのなんて以ての外だ。

 そういう意味で、不必要な会話をしない彼は隣にいてもまだましな存在だった。

 

「それで、本題に入って良いのかしら?」

 

「ああ。まず確認したいんだが、鼠グループの試験終了アナウンスは流れたか?」

 

「ええ。あの放送は試験中であっても全てのグループ共通で流れるものと認識していいわ。平田くんや櫛田さんもそれぞれ別のグループに情報を聞いていたけど、アナウンスが聞こえたと言っていたわ。

 加えて言うのならば、鼠グループに連絡も取っていて本当に終了していることの確認は出来ているわ」

 

「なるほどな。鼠グループの誰が早まったのか知らないが、今回の試験は波乱万丈のようだな」

 

 綾小路くんは軽く空を見ながらため息をつく。事情を全く知らない人間からすれば、このような反応が正しいのだろう。

 何らかのきっかけによって鼠グループの誰かがプライベートポイント欲しさに試験を終わらせてしまった。十分ある可能性だが、実際は違う。

 

「綾小路くん、確かにこの騒動は誰かが早まったから起きたものよ。けど、これはその誰かによって意図的に引き起こされたものでもあるわ」

 

「……何?それはどういう意味だ」

 

「さっき起きた事件を全て説明するから長くなるけど、構わないわね?」

 

 確認を取った後、彼は頷く。

 そこから私は事の顛末を詳しく話した。

 葛城くんの言っていた試験自体を拒否する作戦。Bクラスとの協力関係が続いていること。そしてカムクラくんの暴走。

 

「────以上よ。情報を整理出来たらこの状況に対するあなたの率直な意見を教えてほしい」

 

 先ほどは無表情で身体を柵に預けていた彼だが、前のめりになり、口元に右手を当て険しい表情を浮かべていた。

 彼がここまで真剣な表情を浮かべることに驚きはしたが、逆に言えば彼がこの試験に協力的であるという証明だ。それに気づいたことで気分が少し良くなる。

 事なかれ主義を送っている彼は目立つことを嫌っているが、先の試験と言い今回と言い随分と積極的だ。

 それから少しすると彼は息を吐いてこちらに顔を向けた。

 

「……さて、どうしたものか」

 

「率直な意見を聞きたいのだけど」

 

「手厳しいな。驚いて言葉が出ないよりはましだろ」

 

 茶化すように言う綾小路くん。しかし、彼の目つきはいつになく真剣なままだ。

 

「……堀北、お前ならこの状態からどうやって試験を攻略する?」

 

「私はあなたの意見を聞いているんだけど……」

 

「答えてくれるなら俺も答えるさ……真剣にな」

 

「そう、無人島試験の時に言っていた『Aクラスに上がるための手伝いを本格的にする』というのは本当のようね」

 

「お前が自分自身でオレと同じように考えることが出来るまで『影』に徹してくれるならな」

 

「清々しいくらい腹が立つ言い方ね」

 

 オレはお前より上、そう仄めかしてくる彼に僅かないら立ちがあるが、目的を達成するのが先だ。

 我慢し、私は素早く意見を告げる。

 

「私なら、優待者を見つけることに力を入れるわ」

 

「妥当だな。だが、それじゃ勝てないな。なぜならもっと先にやるべきことがある」

 

「もっと先にやるべきこと?」

 

 ああ、と頷く彼はそのまま続ける。

 

「今日の朝も少し話したが、クラス間で競い合う時、一番警戒すべきところはどこだと思う?」

 

「Cクラス。龍園くんもカムクラくんも一癖も二癖もある人だと理解しているわ」

 

 今日の朝私を茶化しにきた龍園くんも、試験で好き勝手をするカムクラくんも不安要素の筆頭に位置する。

 確かにAクラスの葛城くんやBクラスの一之瀬さんや神崎くんも警戒しなければいけないだろう。だが、行動が予測しづらいこの2人の方が警戒度は上だ。

 私の答えに満足したのか彼は表情を変えることなく、別の質問をする。

 

「じゃあ、現状一番警戒しないといけないのは誰だと思う?」

 

「……カムクラくんね。彼が本当に優待者を知っているかどうかも不明だけど、試験自体を滅茶苦茶に踏み荒らしている彼は何をしでかすかが分からない」

 

「正解だ。そして奴は何らかの方法で優待者を知っている。交友関係が広いという噂は聞いたことがないから全てのクラスに予めスパイがいる訳ではない。未来予知じみた観察能力で何かを知ったと考えるのが妥当だろう。

 もちろん、何も考えずに試験を無茶苦茶にしている可能性もないとは断言できないがな。なんにせよ、これが奴が有利である理由だ。つまり、この試験を攻略するにあたって一番の障害はカムクラであり、こいつをどうにかしない限り勝ち目は薄いだろう」

 

 敵の情報を綺麗にまとめていき、理詰めで攻略を開始していく綾小路くん。正しく整理された情報に口を挟む理由なんてない。

 発展して考えるなら、優待者の情報を同じクラスの龍園くんに共有している可能性も高い。

 より一層、時間が惜しくなってきた。好き勝手される前に彼らと同じ土俵に上がらなければ。

 そう思考を加速させていくと、いつの間にか1回目のグループディスカッション終了時と同じような心境になっていた。

 焦ってはいけない。私は自分の心をゆっくりと抑えていく。

 

「そうね。だからこそ私は優待者を見つけることで彼の有利を抑えるべきと思っていたのだけれど、あなたは違うというのでしょう?なら、あなたならどう攻略すればよいのか教えてほしいわ」

 

「そうだな。オレが本当に勝つつもりならば、少なくとも同じ土俵に立つ(・・・・・・・)ということはしないな」

 

「……それはどうして?この試験で一番重要なのは優待者を見つけることでしょう?」

 

 この試験で重要なのは優待者を正確に見つけること。試験のどの結果に導こうとしても優待者の存在は必要だ。

 仮にCクラスとDクラスが対立し、お互いの優待者を全て知っているとする。この時、Cクラスが動きを見せてDクラスの優待者を当てようとするのならば、Dクラスも同じように優待者を当てようとすれば良い。

 このようにお互いがお互いの抑止力になれば均衡状態を作れる。最終的に結果1で終わらせることこそ互いの利益になるのは言うまでもないだろう。

 これは各クラス間の優待者がそれぞれ3人ずつという指定があるからこそ出来る。すなわち、優待者は交渉材料であり、試験の結果に大きく作用すると言って差し支えない。

 

「正しいな。優待者を見つけることが出来たら場の均衡を保てる。普通なら試験を中断状態に持っていけると考えるだろう。でも今回に限って言えば、この理屈は絶対ではない」

 

「今回に限って?」

 

「簡単な話だ。……場を乱して遊ぶ人間がこの程度で止まると思うか?」

 

 その言葉に私は腕を組み、今一度考えさせられる。

 勝利の方程式を正しく組み、目的達成への道標は出来ていた。が、それは本当にかの狂人に通用するだろうか。

 私に限らず、人は時に自分のやっていることが常識と考えてしまう。常識とは何だ?皆の言う当たり前とは何だ?それは万人に適用されているのか?

 否だ。そんな法則は存在しない。人一人が言う常識が適用されている世界ならば、ある人が言うことが正しいゲームのような世界ならば、そこに個性はないだろう。

 しかし、私たちの生きているこの世界はゲームではない。人は個性を持ち、様々な行動を起こす。交じり合うことで全く知らない結果を導くことも多々ある。

 たった一つの普遍の常識などない。絶対にコントロールできる場など存在しない。

 ゆえに、1人の狂人によって不規則が作られる可能性は十二分にあった。

 

「……ならどうすれば良いの?」

 

「聞いてばかりとはお前らしくないな」

 

「本格的な協力をするって言ったのだから、あなたの意見を参考にしているだけよ」

 

「そうか。だが俺はこれ以上お前に何かを言うつもりはない。既にきっかけは言ったしな」

 

「きっかけ?……ちょ、ちょっと待ちなさい!まだ話は!?」

 

 会話中に突然、彼は柵から腰を上げ、来た道を帰り始める。

 私は行かせないように素早く身を動かし、ポケットに突っ込んでいる彼の右手を掴んだ。

 捕まった彼は立ち止まり、溜息をした後に話し始めた。

 

「……葛城のやっていたことは間違いじゃなかった。試験の放棄はいくら話し合いの場を乱されようとも、そもそもの話し合いの場を消そうとする行動(・・・・・・・・・・・・・・・・)だからな。

 あとはBクラスと協力関係ならば、使わないと損をするぞ。……ヒントは言った。────手を離せ、堀北」

 

 色があるようで色がない彼の瞳は普段の彼からは全く想像出来ず、私の背筋が凍る。

 ついついその豹変に手を放してしまうと、彼はこちらを振り返ることもなくどこかへ歩いて行った。

 言いたいことが山ほど浮かんでくるが、それよりも彼の言っていた今のヒントを持ち歩いているメモ帳に残す。

 が、今すぐにはヒントから連想が出来そうになかった。

 もう一度、だだっ広い海を見ようとするも、雲によって暗い景色に変わろうとしていたので。気分をリセットすることも出来なそうだ。

 

 

 私はいったん部屋に戻り、コーヒーの一杯でも飲んで落ち着いてから考えようと、行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やりたいことの一つが終わったって感じ。
矛盾あったら指摘お願いします。

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