ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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一閃

 

 

 

 争いは嫌いです。

 心の中でそう思う私の本心。友人と呼べる存在が少なく、基本的1人でいることが多かった私の本音だ。

 叶うことならば、学年内で試験以外のいざこざが起きてほしくない。願わくば、試験でも……。

 皆が穏やかな気持ちを持って、読書を嗜める世界になったらなぁ。

 そんな起こりもしない妄想をしながら私は豪華客船内の自室から呼び出された場所に向かっていた。

 現在は特別試験中であり、1回目のグループディスカッションが終わって20分ほど経った頃だろう。

 

「おや?」

 

 対面に歩いてくる男子生徒に目が行く。

 男子生徒にしてはやや長めの髪、無作法にポケットヘ突っ込んでいる両手、いつもより不機嫌であるためかいっそうはっきりと感じる不良の雰囲気。

 Cクラスのリーダー兼王様の龍園くんが珍しく一人で歩いていた。

 私が彼に気づいて歩みを止めると、彼はこちらに気づき、まっすぐ近づいてきた。

 

「こんにちは、龍園くん」

 

「……よぉ、ひより。ちょうど良い。ここで話そうか」

 

 元々、呼び出されていたところではなく、その道中であったので急遽予定変更。立ち話だが、彼も私も気にしなさそうだ。

 それにしても私を睨んでくる彼は見るからに不機嫌だ。でもどうして彼はこんなに不機嫌なのか、そのような疑問は浮かびません。

 なぜならその原因が分かっているから。彼は一回目のグループディスカッションが終わった時点で起きたことを私に聞こうとしているのだ。

 どうして私なのか、それは私が所属しているグループが鼠グループだからに他ない。

 

「どうして鼠グループの試験が終わったかを聞きに来たのですか」

 

「話が早くて助かるぜ。それで、どこの馬鹿がとちりやがったんだ?」

 

 私はさっそく本題に入ってくる彼に対して予め用意していたものを彼に渡そうと準備する。

 携帯を取り出し、素早くある画面を開こうとする、しかし、あまりこの手の機械を素早く扱わない私の動作はどうやら拙かったらしく、龍園くんは卦体なものを見るような表情で待っていた。

 

「これを見てくれれば全てが分かります」

 

 満を持してある画面を開き、携帯を彼に渡す。

 彼は不機嫌だったが、乱暴に取り上げることもなく、丁寧に携帯を自分の掌に載せる。

 そしてその画面を見ること十数秒、見終えると彼は溜息をついた。

 その行動に私は首を傾げる。目がつりあがったり、青筋を浮かべるものかと思っていたが、予想に反して彼は落ち着いていた。

 

「……あの糞ワカメ。滅茶苦茶しやがって」

 

 しかし、悪態は吐くようだ。その行動が龍園くんらしくてついつい微笑んでしまう。

 その様子を見た龍園くんは何笑ってやがると不機嫌を顕にしながら、携帯を返した。

 開きっぱなしの画面。そこには個人間で行えるチャット画面の履歴が映っている。

 チャットの差出人はカムクラくん。その内容を要約すると、『合図を送ったら鼠グループの優待者を学校側に送ってほしい』というものだ。

 一回目のグループディスカッションが始まる前に送られてきたこのチャットに私は心底驚いたが、彼の事だから何か意図があってやると判断し、この提案を承諾した。

 報酬も待遇すると言っていたので、断る理由はありませんでした。

 ちなみにこのチャットを龍園くんに見せれば大丈夫と後付けで送られていた。そこに関しては少し不安もあったが、結果は御覧の通り。大丈夫でした。

 

「怒らないのですか?」

 

「他クラスの馬鹿が適当に試験を終わらせるっつう最悪の展開は避けられた。怒る必要はねえ」

 

「そうではなくて、カムクラくんに対してです」

 

「あいつにはこの試験での自由を許している。もしキレるとしたら、試験が終わってクラスポイントが減っていた時だな」

 

 無人島試験では彼の自由を止めていた彼だが、今回は初めから許していた。

 ゆえに理不尽に怒ることもない。普段の彼の行動と態度からは少し想像できないが、意外にも龍園くんは寛容だ。

 しかし、最後に(・・・)結果を残せたらという枕詞つきの厳しい制限はありますが。

 

「ではクラスポイントが減っていたら、私もお咎めありということですか?」

 

「そういうことになるな。まぁ、その考えが出来ている時点で十分な所はあるがな」

 

 実行犯はカムクラくんであって、仲介人の私は悪くない。

 そんな性悪女になるつもりはないので、責任を負っていることは重々承知だ。

 

「それにしても、無人島試験もこの試験もひよりは即終わりか。暇な時間が多いだろ?退屈しねえのか?」

 

 最悪の事態を避けれてすっかり機嫌が戻った彼は話題を変える。

 普段1人の私にも、彼は会えば会話をしてくれます。もっとも彼の周りにはいつも人がいるので、その集団に入れない。

 伊吹さんやカムクラくんなら大丈夫ですが、他の人とはまだ接しづらくどうしても避けてしまう。

 特に石崎くんやアルベルトくんには申し訳ない。話せるには話せるが、まだ対面では話しづらい。

 

「確かに時間は余りますが、退屈はしていません。この船にある程度本は持ち込みましたし、仮に読み終わっても読み返せばよいだけですし」

 

「相変わらず本の虫か。その時間を少しでもオレに割いてくれたら文句はないんだがな。どうだ、退屈させねえぜ?」

 

「……何度も言ってきましたが、私は争いが嫌いです。試験では精一杯を尽くしますが、必要以上の諍いは起こしません」

 

「つれねえな。だがひより、────そろそろ結果は残してもらうぜ」

 

 不敵な笑みでこちらを見てくる彼の発言に私は硬直する。

 結果。彼が拘る主張で、彼が暴力を使ってまで得ようとするもの。

 彼にとって、物事を成就させようとした時に必要なのは結果。その過程は関係ない。どれだけ過程がひどく、仮に惨たらしいものでも結果さえよければそれでいい。

 理解はできる。私は自分が穏やかな人間だとは思うが、決して優しい人間ではない。

 でもそれを納得できないし、許容できない。犠牲前提の争いが嫌いだ。

 最小限の、可能な限り0の被害でなくては争いなんてしたくない。そんな甘い考えを本気で考えてしまう。

 

「2回の特別試験でお前は結果を残していない。どちらも途中リタイアだ。この学校で特別試験は避けて通れないのは、もうわかってんだろ?

 争いが嫌いなのは十分承知しているさ。しかしだからといって、お前だけ争いに参加しないという選択肢はない。このクラスは一蓮托生だからな」

 

 試験からは逃げられない。どう足搔いてもぶつかる壁なのだ。

 もし逃げれば、クラスに迷惑がかかる。それも具体的な数値としてデータが残る。

 続ければ、クラスから居場所が消えるのは必然で、その上相応の仕打ちが待っているだろう。

 

「オレのクラスに結果を残せない無能はいらねえ。どれだけ賢く、能力を持っていてもな」

 

 力強い一言に私は何も否定しない。無言で頷き、彼を見据える。

 

「重々承知しています。次の試験で結果を残します」

 

「言質はとった。次がお前にとって不得意な試験でも結果は残してもらう」

 

「仮に不得意な試験でも、やり方はいくらでもあります。私一人マイナスの結果でも、クラスがプラスになれば良いのでしょう?」

 

「クク、本当に惜しいなひより。頭脳もある上に度胸も据わってやがる。これで伊吹ぐらい好戦的なら最高だったな」

 

 龍園くんは確かに怖い人です。恐怖を支配し、平気で暴力を向ける。性格はお世辞にも良いとは言えない。

 けれど彼の主張は理解できる。だからこそ、このクラスの指導者が彼なことに私は不満はない。

 

「期待してるぜ。オレは何もできない奴にここまで強くは言わねえからな」

 

「ありがとうございます。龍園くんもこの後の試験頑張ってください」

 

「はっ、誰に言ってやがる」

 

 それもそうだ、と思い返す。

 立ち話に区切りがついたので、私は部屋に帰ろうと行動に移そうとする。

 

「では、私はここで失礼し……」

 

 そう言い切ろうとして帰路を向くと、見知った人がこちらに歩いてきた。

 黒一色の長髪に隠れた中性的な顔つきをしているクラスメイト。

 

「カムクラくん」

 

 この試験の台風の目である彼がこちらに歩いてきた。

 どうして、と考えると、鼠グループのことで確認をしに私のもとに来たのかもしれない。

 そう、若干の私情が籠った希望的観測をしてしまう。

 でも、ゆっくりと近づいて来る彼は何も反応を見せない。その様子に龍園くんも疑問を持ったのか。去ろうとしていた足を止める。

 

「……カムクラくん?」

 

 もう声が聞こえるには十分な距離にいる彼は私の声を聴いて立ち止まった。

 そして────その真紅の瞳が私を捉えた。

 その瞬間、私は本能的に一歩後ろずさった。同時に、引いた足に力が入らず、体が後ろに傾く。

 一瞬の出来事だが、脳内での時間感覚は遅く、彼が普段と何か違うということを倒れながらも理解できた。

 

「何のつもりだ、カムクラ」

 

 後ろに何もなく、なすすべなく倒れるだけだった私の体が止まる。

 それが支えられていることに気づくには時間が必要だった。何せ、あの龍園くんが自身の右手を私の背に回し、受け止めていたからだ。

 

「その気迫をひよりに向けるってことは何かミスでもあったか、天才さんよぉ」

 

 煽る龍園くんだが、その目つきに油断や余裕はない。

 真剣な瞳がカムクラくんを射抜いていた。

 そうしていがみ合っていると、とうとう彼は言葉を発した。

 

「江ノ島盾子、苗木誠。この2人の名前に聞き覚えは?」

 

 何か重要なことを言われるのかと身構えていたが、実際に聞かれた質問はというと人名を知っているか否か。

 女性と男性。それぞれ知らない名前にやや困惑するも私はすぐに答えた。

 

「……私は知りません」

 

「知らねえな。そいつらがオレらと何の関係がある」

 

 私と龍園くんの答えはどちらもNo。カムクラくんはその答えを聞くと、何のアクションもせずに言葉をつづけた。

 

「……そうですか」

 

 それだけ言うと、彼は歩みを再開し、私の横を通り過ぎていく。

 その行動に龍園くんは何も言わない。彼も違和感を感じ、触れるもの全て傷つけるような今のカムクラくんを引き留める必要はないと判断したのだろう。

 後ろから聞こえる足音が途絶えるまで、私は動くことが出来なかった。

 

「ちっ、何だあの野郎」

 

 横目で彼を追っていた龍園くんは彼の後ろ姿が見えなくなった後、舌打ちと文句を吐き捨てる。

 

「いつまで寄りかかってやがる。どけ、ひより」

 

「……すみません。ついつい楽な体勢でしたので立つことを忘れてました」

 

 そう言い、私は自分の足でしっかり地面を踏みしめる。

 男性に支えられるのは初めての経験だが、まさか初めてが龍園くんとは想像もしてなかった。恋愛小説のような喜劇的なものを想像していたが、現実はそう上手くいかないようだ。

 けれども、恋愛感情とは違うが、心の底で初めて龍園くんの男らしさを感じたのは内緒です。

 

「龍園くん、ありがとうございます」

 

 気にすんなと言って、ポケットに手を入れる彼の立ち姿はさも当然のことをしたと主張しているように見えた。

 確かに、彼の周りには他の女子生徒がいたり、遊ぶ時も女性がいる時が多いと聞くので、こういう異性間のやり取りには慣れているのでしょう。

 

「あの龍園くん、カムクラくんの事なんですけど何か知っていますか?」

 

「さぁな。あの雰囲気でいるってことは何かがあったんだろうが、おそらく気にするところじゃねぇ。

 もしひよりがミスをしていたら、真っ先にそのことを聞いて来るしな」

 

 私はその言い分に納得する。どうやら、自分のミスとかではなさそうだ。

 自分が原因ではないと知れると、本当の原因に知りたくなるのはもはや人間の性。踏み込み過ぎると火傷じゃすまなそうだが、それでも気になってしまう。

 

「まぁいい。今はあんま踏み込み過ぎんな。触らぬ神に祟りなしってやつだ。……クク、正確に言うのならば、触らぬ神座に祟りなしか」

 

 頭を掻き、面倒事は避けたがる仕草。彼には特別試験が残っているので、考えることを増やしたくない。

 クラスポイントまでかかってるのだから試験に集中したいはずだ。

 そうやって平然と1つの目的を絞って考えられるのは彼の賢さあってこそ。目的の多分化は意外にやってしまうことなので素直に尊敬する。

 そして何より、

 

「龍園くんって意外に物知りですよね。四字熟語やことわざもしっかり知っていますし」

 

「意外は余計だ。俺をそこらの馬鹿共と一緒にするな」

 

「それはちゃんと勉強しているってことですね。つまり、あれです。えーと……なんでしったっけ……」

 

「何言ってるんだお前」

 

 昔読んだ学園ものの小説で龍園くんのようなキャラクターがいたのをふと思い出したが、如何せん名前がはっきり出ない。

 喉に小骨が刺さったような感覚なので、思い出してスッキリしたい。なので私は脳をフル回転させる。

 一生懸命記憶を掘り返していくと、7秒ほどでその単語を思い出した

 

「……そうだ!インテリヤクザです。龍園くんにぴったりだと思います」

 

「……お前、本当に度胸は据わってるな」

 

 はぁ、と溜息をつく龍園くん。

 私なりに頑張って褒めたつもりでしたが、どうやら彼にはお気に召さなかったようだ。

 

 

 そういうやり取りをもう少しだけ、龍園くんと続けた。

 立ち話にしてはそれなりの時間を使ってしまった。

 

 

 龍園 翔と椎名 ひよりの親密度が上がった!!

 

 

 

 

 ────────────────────────────────

 

 

 

 

 2回目のグループディスカッションが始まるまでの時間はどんどんと迫ってきている。

 椅子に座り、もう飲み干してしまったために空のティーカップを眺めるが、何とも言えない気分。そこから視線をずらして部屋の窓を眺めると、雲に向かって太陽が沈もうと励んでいる。やはり何とも言えない。

 時刻は16時に近づいてきている、と言った所だろうか。

 次の集合時間は午後の8時から。残り約4時間。

 

「……ダメね。何も思いつかない」

 

 考えたって考えたって、正しいと思える答えを得ることが出来ない。焦りや緊張があるわけでもないのに、どうしても解答に導けない。

 綾小路くんは言っていた。

 障害はカムクライズルであること、Bクラスとの協力関係を利用すること、Aクラスの行った試験放棄の手段が間違っていないということ。

 ここから導ける答えは何がある。

 一番有効かもしれないと考えたのは、BクラスとDクラスもAクラスと同じく試験放棄をすることくらいだ。

 そうすればカムクラくんの排除は出来る。今の彼は言ってしまえば、構ってほしくて仕方のない子供のようなものだ。

 行動原理は自分が楽しいか否か。身勝手に場を乱して、それを見て笑う……顔には出ないけど。

 試験というおもちゃ箱をひっくり返し、中にあった竜グループの生徒というおもちゃからどれで遊ぶかを選んでいる子供。

 そんな子供の対処法は簡単だ。無視してしまえばよい。すなわち、Aクラスの手段だ。

 しばらく無視していれば、子供は飽きて遊びを止める。そして違う遊びを探しに行く。

 カムクラくんも違う遊び方を考えるか、ひっくり返したおもちゃ箱を放置するだけだろう。

 

「けどそれは理屈が通じる相手に限って。常識に囚われて考えちゃいけない」

 

 これも綾小路くんが言っていたことだ。

 クラスポイントとプライベートポイントが手に入る試験。言ってしまえばお金が手に入る試験で手を抜く理由はない。

 自分の将来が関わっている試験を放棄する理由はない……というのが常識。でも彼はその常識を土足で踏み荒らした後に、整備も何もせず通り過ぎていく。まさに災害のようのものだ。

 そしてそんな彼の性格は把握している。おもちゃ箱をひっくり返して「はい、おしまい」……なんてことはあり得ない。

 つまらない、そう思った時にはまたどこかのクラスの優待者が当てられてしまう。

 真正面から話し合うのもダメ、無視して放置しておくのもダメ。じゃあどうすれば良いんだ、そんな泣言が出てしまっているのが現段階だ。

 

「……やっぱり優待者の法則を探すしか」

 

 結局、原点に戻ってくる。これでは意味がない。

 もう私一人で考えるのは進展がないことを物語っていた。

 私はポケットから携帯を取り出す。

 

「……孤高と孤独は違う。本当に兄さんの言うとおりね」

 

 誰かに頼ろうとしても連絡先はスッキリとしている。

 綾小路くんからはヒントをもらってもう手伝ってくれないかもしれない。

 後頼れそうなのは櫛田さんだが、彼女も私に力を貸してはくれないだろう。

 普通のクラスメイトならいざ知らず。嫌いな人間から相談されても、彼女は取り合ってくれない。

 本当に────私は無力だ。

 そう打ちひしがれていると、部屋のドアがコンコンと鳴った。

 今部屋は私一人なので、ルームメイトの生徒が帰ってきたのだろうか。

 私はドア前まで移動し、扉を開けた。

 

「堀北さん!!」

 

 扉を開けると爽やかな雰囲気のあるイケメンが立っていた。

 イケメンの名前は平田洋介。同じクラスの中心人物であり、試験で同じグループの生徒だ。

 しかし、輪の中心にいるような彼が珍しく焦っているようだった。

 

「部屋にいてくれて良かった。今から時間あるかい?」

 

「時間はあるけど、何をそんなに慌てているの?……まさか試験について何かわかったの?」

 

「いや、試験については進展はないかな。ごめん。でも、試験には少し関係があるんだ」

 

 試験に関すること。それだけで私は彼の言葉を聞こうと判断する。あわよくばきっかけを作れれば良い、そう思った。

 

「それで、その試験に関することって一体何かしら?」

 

「……櫛田さんのことだよ。彼女、体調が悪くなってしまったようなんだ。

 1回目のグループディスカッションが終わって部屋に帰ってきてから、相当調子が悪いみたいで、同室の人たちが心配して寄り添っても大丈夫の1点張りのようなんだ」

 

「……全く、何をしているのかしら」

 

 無人島試験で体調を崩した私を煽っていた彼女が今度は体調不良とは。

 天罰というものだろうか。

 責めるつもりはないが、目の上のたんこぶとなった彼女に同情する。

 

「それで、櫛田さんが試験をリタイアするつもりということを私に伝えに来たということかしら?」

 

 携帯のチャット機能で送ればよいものをと思うが、そもそも彼と連絡を交換していない。

 難癖つけたくなるが、自分にも原因があるので我慢した。

 

「それもあるんだけど……出来れば櫛田さんに会ってほしんだ」

 

「……どうして?彼女が私を呼ぶ理由なんてないでしょう?」

 

「同室の子からの話だと、櫛田さんは虚ろな目をしながら堀北さんの名前を言っていたらしいんだ。

 多分、試験をリタイアすることに関する責任を感じているんじゃないのかな?だって彼女は……」

 

 続きの言葉を躊躇う平田くん。だが、周りを確認してすぐに決心がついたのか小さな声で真実を口にした。

 

「彼女は竜グループの優待者だからね」

 

「……それは櫛田さんから聞いたのかしら?」

 

「……? そうだよ。グループディスカッションが始まる前に、櫛田さんは堀北さんにも連絡したと言っていたけど……」

 

「聞いてないわよ」

 

 やや厭味ったらしく言うと、彼は心底驚いた様子を浮かべる。

 こんな時は彼女の嘘を褒めてあげるのか、平田くんの善人っぷりを揶揄してあげるか。

 

「連絡ミスがあったんだね。ごめん。試験が始まる前に口頭で確認すれば良かった」

 

「あなたのせいじゃ……もういいわ。とにかく、私は櫛田さんの所に行けばいいのね?彼女の部屋はどこ?」

 

「案内するよ」

 

 明らかに櫛田さんのミスなのに彼は何故か謝る。この優しさというか愚かさというか。何にしろ辟易する。

 ニコリと笑い、こちらの身支度に気遣ってドアからやや離れるところすら何だか鬱陶しく感じてしまう。

 

「もういけるわ」

 

「そっか。じゃあ僕についてきてね」

 

 部屋の鍵を閉め、そのまま平田くんについて行く。

 程なくして彼女のいる部屋に到着した。

 数回ノックをした後、すぐに扉が開き櫛田さんのルームメイトと思われる2人の女子が出迎える。

 平田くんは事情を説明し、彼女たちにこの部屋を貸してほしいと伝えた。彼女たちは気前よく出ていってくれる。さすがの人望だ。

 事前準備を終わらせ、私たちはベッドの上にある布団に目を向けた。

 明らかに突起している布団。おそらく、両手で膝を抱えながらその上に布団をかぶせたのだろう。

 

「寝るにしては随分な体勢ね。あなたの寝相がそこまで悪いと思わなかったわ」

 

 動きはない。ここまで言われて動きを見せない辺り、相当重症だと判断した。同時に、本当に体調が悪いだけなのかとも推測する。

 本当に体調が悪いだけならば、彼女はすぐに私に伝えるはずだ。嫌いな人と長い時間一緒にいたいとは思わない。さっさと終わらせて当然だ。

 

「めんどくさいわね」

 

 私はそう言い、その布団を容赦なくひっぺがえした。

 平田くんとは違い、私は言葉での接触を前提になどしていない。なので、これの方が合理的だ。

 何の抵抗もなく捲られる布団。そこには案の定、体育座りをして蹲っている彼女がいた。

 乱れたワイシャツにぼさぼさの髪の毛。僅かに上げた顔から見えた瞳に光はなかった。異常だ、ただの体調不良ではない。

 良く見ると、赤を基調にしたブレザーはベッドの横に脱ぎ捨てられている。まるで自暴自棄、それが正しい現場考察だった。

 

「……櫛田さん?何があったんだい?」

 

 平田くんの質問に彼女は答えない。ただ虚ろの瞳を見せるのみ。

 

「どうしたんだい?もしかして……誰かにいじめられたのか?」

 

 彼は恐る恐る聞く。言いづらいことを言葉にするように。

 けれども彼の目つきは険しい。優しく接するというには少し変だ。それほど真剣とも考えられるが、私には櫛田さんがいじめられたと断定しながら話しているように見えた。

 彼のような偽善者にはいじめが相当受け入れられないようだ。

 それでも櫛田さんは答えない。

 

「……何とか言ったらどう?」

 

 じれったい。確かに今の彼女はとても見ていられない様相だが、何も答えてくれなければ話は進まない。

 しかし、予想以上に早く停滞していた会話が進むことになる。

 

「……平田くんさ、席を外してくんない?」

 

 急に名前を呼ばれたことに僅かに驚く平田くん。

 しかし出来る男はチャンスを逃さない。

 

「うん、わかった」

 

 たったそれだけ言い、すぐに出口へと向かった。

 その際私にアイコンタクトをする。後は任せたと言わんばかりの期待が読み取れる。

 バタリと扉が閉まる。2人だけの空間が完成した。

 

「あれが演技じゃないんだよ。本当に人のことを心配している。気持ち悪いよね。ま、エゴもたっぷりなんだけどさ」

 

 カラカラと自嘲気味に笑いながら彼女は話す。

 そして両手を両膝から離し、ぶらりとベッドに下ろした。

 

「ねぇ、堀北」

 

 目は合わせてくれないが、櫛田さんは私を呼んだ。

 話す気になった彼女に私は聞く姿勢を再度作る。

 

「……た…………、」

 

「……た?」

 

 何かを言おうとしたが、彼女は急に言葉を続けない。

 だが言い直し、すぐに続きを話した。

 

「なり()い自分になろうとすることって、そんなに悪いこと?」

 

「……悪い訳ない。むしろ目標に努力することは素晴らしいことよ」

 

「そう。でも私には、私の目標には……壁が多すぎる」

 

 見たことのない彼女の様子に私はたじろいでしまう。

 裏の彼女を知っている人間なら誰しもこの反応をするだろう。

 

「私ね、イカれてた。どんだけ絶望に打ちひしがれても、まだ可能性はあるって希望を持てるのよ。最後に私さえ何とかなればね」

 

「自慢かしら?なぜ私にそんなことを?言った所で何も変わらないわ」

 

「あんたはいずれ私が退学にする。もしくは、それ以上の絶望に呑まれて壊れる。だから別にあんたに話しても問題ない」

 

 あんたは真面目ちゃんでイカれてないから、そう言いながら、乾いた笑みと虚ろな視線が私を見る。

 そして私は彼女の目的を確認した。薄々勘づいてはいたが、どうやら彼女は自分の過去を知る人間を消そうとしている。

 彼女のことは噂でしか聞いたことがないが、それでも許せないだろう。彼女が彼女であるためには。なりたい自分になるには。

 

「可哀そう。あんたはあの男に目を付けられている。でも、あんたは折れずに馬鹿正直に対峙する。そして絶望する」

 

「……あなたがそうなっているのは『あの男』のせいなのね」

 

 あの男とはカムクラくんか龍園くんで間違いないだろう。

 試験中にこうなったということはカムクラくんと見るのが妥当だ。

 

「それより櫛田さん、あなたが優待者というのは間違いないのね?」

 

「そうだよ」

 

「あなたがカムクラくんの嘘を見抜けたのは自分が優待者だったから。……彼と何かあったのかしら」

 

 カムクラの名前に肩を震わせる櫛田さん。反応を示したことはやはり彼と関係がある。

 私は最悪の展開を考える。彼女がもしカムクラくんと接触して優待者を知らせていたら。

 アドバンテージがまた相手に行ってしまう。

 

「さあね。てか、何焦ってんの?まさか、まだ試験に挑むつもり?」

 

「当り前よ。私は途中で試験を投げ出さないわ」

 

「ふーん、勝てもしない戦いに挑むなんて馬鹿みたい」

 

「まだ勝てないと決まったわけじゃないわ。それにあなたの力も────」

 

「────無理。私は私が最後に笑えるように立ち回る。あんたに協力する余裕なんてないの」

 

 割り込んだ彼女には本当に余裕がないように見えた。

 何があったのか知らないが、今の彼女は虚勢を張っているだけだ。肩は未だ震え、覇気のない気配。目には泣いた後まで残っている。まるで……助け(・・)を求めているような顔だ。

 怯えている自分に嘘をついて、それでも目的を果たそうとする。

 どうして彼女は、そこまでして他人に頼らないのだろうか。

 私が言えたことではない。でも、最近になって多少はその大切さに気付いてきたのだ。

 確かに自分のことを知られるのは少し怖い。でも人は1人じゃ生きていけないから誰かに頼る。

 誰かに頼ることは決して弱いことではない。

 

「ほら、もう出ていって。正直、あんたの顔を見ているだけで虫唾が走るのよ」

 

 では、なぜ私を呼んだんだ。……裏の顔を知られている相手だったからか?確かに愚痴を言うにはもってこいだが、裏の顔を知られたくない彼女にしてはリスクが大きい。

 

「……念のため聞いておくけど、試験には出るのよね?」

 

「気分次第」

 

 適当に答える櫛田さん。まともに取り合ってくれそうな雰囲気はもうなく、これ以上の会話は望めなかった。

 致し方なく、私はここから出る。後ろから刺すような視線が飛んできたが、私は無視して進んでいく。

 部屋の前には平田くんが待機していた。彼は事の顛末を聞くために近づいて来る。だが、私は彼に説明するのも面倒な気分になっていた。

 身内に爆弾を抱えた。その事実に私は頭痛が止まない。

 試験に参加しないAクラス、試験を乱すCクラス、全く纏まらないDクラス。ここに来たのは試験解決の手立て探しなのに、悩みの種を増やしてどうするんだ。

 本当にリタイアしたくなる。いっそ、誰かに櫛田さんを当てさせて他のグループで得れる分で巻き返す方がましかもしれない。

 ダメージは大きいが、それでも竜グループで暴れられて爆発するよりは────

 

「────当てさせる?」

 

 何かが引っ掛かった。張っていた網に獲物が飛びついたように。

 思考が加速していく。声を掛けてくる平田くんの声に反応することも忘れるほど没頭していく。

 爆発されて困るから一刻も早くカムクラという爆弾の解除を考えていた。そこに櫛田という新しい爆弾が加わり、たまったものじゃない。

 でも彼らを、爆発しても意味がない所で爆発させればよい。わざわざ触れ合わせる場所を、土俵を作る必要はない。

 そしてその場所を消すためには協力が必要だ。

 言われていたピースが当てはまっていく。たった今浮かんだ方法ならば試験解決の可能性がある。

 だが、致命的な問題もあった。

 私はもう一度携帯を取り出し、ある人物に電話を掛ける。

 2コール目で相手は電話に出てくれた。

 

「もしもし、綾小路くん。今大丈夫かしら?」

 

『今は大丈夫だ。……何かわかったのか?』

 

「ええ、答え合わせをしたい」

 

『……分かった。場所はさっきの場所でいいな?』

 

「構わないわ」

 

 短い通話を終えた私はすぐに先程のテラスへと向かうとする。

 

「ちょっと、堀北さん!?」

 

「ごめんなさい平田くん。説明は後でするわ」

 

 途中から棒立ちで待っていた平田くんが私の移動に待ったをかけたが、私は自分のやることを優先する。

 やっと、試験を攻略できる可能性が見えてきた。

 私はやや早歩きで目的の場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




矛盾があったらすぐ修正します。

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