ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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 前回までのあらすじ

 1回目のグループディスカッションが終わり、各々反省し、次の策を考えていた。
 予想外のことが起こったのにやや不機嫌なカムさんとその不機嫌に巻き込まれる龍園と椎名。
 悩んで悩んでやっと勝利の策を見つけた堀北。他にも彼らなりの行動を起こしている。
 それぞれが勝つために暗躍する中、とうとう2回目のグループディスカッションが始まろうとしていた。


前進

 

 

 

 

 

 

 

 この世界は何だ。

 見えている景色は本物か? 話している人物は本当に人間か? 

 脳が認識しているだけで、見える世界は膨大な数の英数字が並ぶプログラムではないだろうか。

 多くの疑問を持ちながらも僕は試験の指定部屋でいつもの姿勢で過ごしていた。

 2回目のグループディスカッションはもう始まっている。

 現在の時刻は試験開始から3分程経過したといった所か。ピリピリとする空間で誰も会話を始めない。皆が様子見だった。

 しかし、その空間はどこか心地よい。なぜなら僕にしては本当に珍しく集中力というものがなかったからだ。

 いや、あるにはあるのだが、割かれているリソースのほぼ全てが試験に向いていない。

 この静かな空間は物事を考えるにはもってこいだった。

 

『……日向 創。なぜ彼の声が聞こえたのか』

 

 解決しなければならない疑問を頭に浮かべながらもその解決策がない。

 だが、分かっていることもある。それはこの世界が仮想空間、それも新世界プログラムに近い世界であること。

 脳内に直接声が聞こえるのは、薬物をやっていたり、被害妄想などからだ。

 大昔の預言者どものように神の啓示が聞こえたわけでも、解離性同一性障害による精神疾患から来たものでもない。

 もちろんどれも僕には適用されない。……薬物投与はされているから100%の否定はできないが。

 しかし何にせよ、あの時僕の脳内に直接声が聞こえたという事実は変わらない。

 この事実に即して考えると、この世界は少なくとも現実世界とは考えられない。

 

『……もっとも、この世界が仮想空間でも問題はありませんが』

 

 いかにこの世界が仮想空間だとしても僕のやることは変わらない。普通に「卒業」すれば良いだけ。これと言って未来が大きく変わったわけではない。

 それに今の僕は新世界プログラムの時のように権限を持っているわけではないのだ。権限を持っていると思われる日向創に抵抗できるとは思えない。

 彼はこの世界に干渉できるという時点で、ほぼ必ず僕と同じ才能を持っている。

 さすがにこの状況下では、僕も僕自身を相手にするのはしんどいだろう。

 よって、この世界のルールに準ずる他ない。

 

『後回しで良いでしょう。とりあえず、試験に臨みますか』

 

 足搔いても無駄な状況に立ち向かう必要はない。僕がそう判断したのだからそれが正しい。

 順応し、次に彼が接触するときにもう一度考えればよい。

 今はせっかく整えた舞台の行く先を見ることが優先だ。

 ……自分のやっていることに思うところはある。たった一言で揺さぶられたのはさすが僕と同じ才能を持つだけはあると思ったが、今は少々忌々しい。

 

 だが、これ以上の思考は余計だ。むき出しの敵意がチクチクと刺さり、僕の意識は現実に戻った。

 僕は特に反応することなく以前と同じ場所に腰掛けている。多くの視線が警戒を教えてくれる。

 何もしない、彼らにとってこの行動がかえって不気味になっているのだ。

 しかし、警戒しているにしても、他のクラスが何の動きも見せないのは少々不自然だ。BとDは僕を警戒しているのに話を始めない。

 奥手だ。行動を起こさないことは、身勝手な僕に優待者を当てられる可能性を危惧していないことになる。だが、彼らはそこまで愚かじゃない。

 よほど慎重なのだろう。……仕方ありませんか。

 

「いい加減様子見を終わらせたらどうですか?」

 

 発言のない裁判なんてツマラナイ。

 僕のことを警戒しているから、クラスの作戦に従ったという訳じゃないだろう。

 ならばきっかけさえあれば状況は変わる。

 

「そう。……カムクラくん、あなたには今の状況が様子見に見えるのね」

 

 答えてくれたのは堀北鈴音。迷いや懸念がない表情が1回目のグループディスカッションとは違うことを物語っている。

 どうやら、何かしらの策を考えてきたと見ていいだろう。

 

「違うのですか?」

 

「違わないわ。みんな、あなたが何をするのか警戒しているのよ」

 

「では、その警戒に応えるとしましょう。……堀北さん、あなたに選ばせてあげますよ。どのグループを終了させたいですか?」

 

 その言葉に緊張が走る。どのクラスの生徒も身構え、僕の発言に耳を傾けていた。

 

「どのグループも選ばないわ」

 

「では僕が選びましょう。まぁ、安心してください。次もAクラスの優待者を当てるので、あなたたちに直接的な害はありませんよ」

 

 ただ乱す。理由もなく、未来に向けて混乱を投資する。

 もちろん、この発言を聞いて黙っていられないのはAクラス。リーダーである葛城くんは発言に噛みつく。

 

「まるでAクラスの優待者が分かっているような言い方だが、結局ははったりだろう? 場を乱す行為はもうやめろ」

 

「はったりと認識しているのならば、わざわざ声を掛ける必要はないでしょ? 放っておけば勝手に自滅するだけ。被害を受けたクラスはむしろ利益が出るのだから」

 

 葛城くんは黙る。張り合いのないことだ。

 

「優しいですね。こんな僕に遠回しの忠告をしてくれるあなたに感謝して当てないで上げましょう」

 

「……学校の用意した試験を遊び場とする奴の感謝などいらん。お前の発言はもう辟易する」

 

「遊び場? とんでもない。感謝の場ですよ」

 

「嘘をつくな。分かってもいないことをペラペラと話し、それに反応した人間で遊ぶ。浅はかだ」

 

「その言い方では僕が人を道具のようにして遊んでいるようではないですか。ひどいですね」

 

「慇懃無礼。それが貴様だ」

 

「それはあなたでしょう? 評価が欲しくて上辺だけは真面目な生徒を演出している。でもその本性は学業の良し悪しで人を判断し、態度を変える人間。違いますか?」

 

「違う。確かに俺は学業の良し悪しに拘る。だがそれだけで人を判断してはいないし、俺はどんな人間にも態度を変えない」

 

 葛城 康平の言っていることに嘘はない。当然だ。彼は真面目が動いているような人間だが、そこまで愚かではない。

 Aクラスのリーダーとして人を見る目も十分にある。偏見に対しても正しく紐解いていき、真実をしっかり見つけてから評価する。

 

「素晴らしい。さすがAクラスのリーダーですね」

 

 僕は彼の態度に対して、拍手喝采を送った。ぱちぱちという乾いた音が何にも邪魔されずに響く。

 葛城くんの睨みはより強くなる。その強い視線には負の感情がたっぷりと乗っていた。

 

「では議論をしますか」

 

 拍手を止め、周りを見渡す。険しい顔つきに何も感じない辺り、僕は今も昔も変わっていないようだ。

 

「……議題は何だ?」

 

 一番最初に乗ってきたのはBクラスの神崎くん。

 

「もちろん、このグループの方針ですよ。このグループがどの結果で終わるのかを話し合いましょう」

 

「……良いだろう。それははっきりしておきたかった」

 

「待て神崎、むやみにこいつに乗るな」

 

 横やりを入れてくる葛城くん。しかし、神崎くんは言い返す。

 

「現状維持では何も変わらない。それに黙っていれば、こいつは本当に他のグループの優待者を学校に報告する。

 当たっているかいないかは別にして、得られる可能性のあるポイントを減らすのは得策ではない。葛城も反抗するより従った方が危険が少ないのは分かっているだろ?」

 

「……お前の意見は分かった。だが、なおさら俺たちは議論に参加しない。初めに言った通り、俺たちは自分たちの意見を変えるつもりはない」

 

「……危険な道だぞ?」

 

「それでも我々は話さない。話してボロを出す可能性は消したい」

 

 会話に参加しない。自分たちは蚊帳の外にいるから安全と思っている。

 作戦としては悪くない。彼らは僕が優待者を知っていると断定していない。ゆえに、僕が適当に暴れていると判断し、試験放棄の作戦を実行している。

 結果として失敗だが、そこには明確な思考の跡があるのだ。

 

「Dクラスも参加させてもらうわ」

 

 堀北さんがそう言うと平田くんもやる気十分な表情を浮かべて話し合いに臨もうとする。

 かくいう彼女(・・)はこちらを見はするが、その目は薄暗く、不調が連想できる。

 僕は心の中で彼女に感心する。心が折れているのではなく、折れかけている。まだ倒れたわけではない。

 予想通りの過程だが、絶望を受け入れるだけでなく、抵抗するというもの珍しさに僅かに興味が湧く。

 しかし、その興味はすぐに失せた。議論が始まるからだ。

 

「時間が惜しいわ、早速始めましょうか」

 

 堀北さんは司会進行を奪い取って話を進める。皆が一応は聞き取れる姿勢を作れたことを確認する。

 ぐるりぐるりと回っていく視界。疑心暗鬼を持ちながらも議題を見据え、話し合っていく。

 自分の持つ情報を複数の弾丸として隠す。必要な場面でコトダマとして使用するために。

 邪魔な雑音を打ち落とし、可能性のあるブラフを見極め、正しい答えに向かって賛否をするために。

 

 

 

 

 ────議論開始。

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

「Dクラスの方針は決まっているわ。私たちは結果1を目指しながら戦う。でも必要とあらば、私たちは結果3や4に変更することも厭わないわ」

 

「俺たちBクラスも同意見だ。結果1を目指すことに否定はしない。このグループで優待者を共有することを決めるならば、なおよいと思う」

 

「そんなことできるわけないじゃないですか。BとDはAクラスの有利を許せるのですか?」

 

「確かに結果1で終わることは実質的にAクラスの有利に繋がるわ。でもDクラスにも+があるわ。もちろん他のクラスもね」

 

「ふーん、では僕がそんなことをさせないと言ったら、あなたたちはどうしますか?」

 

「私たちは戦うわ。あなたがこの試験を滅茶苦茶にしようと、手の届く結果があるならば、それを掴む努力は怠らない」

 

「素晴らしい精神です。ですが安心してください、滅茶苦茶にするつもりはありませんよ。前回も言いましたね? なぜなら僕が……竜グループの優待者なんですから。結果1は簡単に導けますよね?」

 

 

 

 ────それは違うわッ! 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 その一言ともに議論の場はバラバラに砕けていく。

 視界が広がり、思考を乱そうとする言葉を弾いた。

 堀北鈴音は嘘を壊した。

 

「カムクラくん、もうあなたの嘘に付き合っているわけにはいかないのよ」

 

「嘘など言っていませんが」

 

「なら証明するまでよ」

 

 堀北さんは力強い声で話を続けた。

 僕は何も言うことなく、彼女の証明に耳を貸す。

 

「1回目のグループディスカッションで、あなたは自分が優待者だと名乗り出たわ。初めは私もあなたが優待者なのかを疑っていた。

 けどこの行為は結果4をわざと導かそうとするための作戦だった。偽物の優待者として名乗り出ることで他の人に学校側へ間違った答えを送らせようと誘導した。

 なぜこんなことをしたのか、その理由は自分のクラスに本物の優待者がいたから。そう考えればこの作戦を行う理由はある。あえて間違えさせ、間違えたことで得られるポイントを簡単に手にすることが出来たのだから」

 

「……その説明は1つの可能性でしょう? 僕はこのグループを結果1に導こうと勇気を持って発言しただけです」

 

「確かにそうね。可能性であることは変わらないわ。でも私はこのグループの本物の優待者(・・・・・・)を知っている。だからあなたが嘘を言っていることも分かる」

 

 堀北さんの発言にざわめきが起きる。

 嘘はついてない。彼女は本当に優待者の存在を知っているようだ。1回目は知らない様子でしたので、櫛田さんから情報を共有したと見ていいだろう。

 

「それは興味深いですね。是非ともその本物の優待者とやらを教えてほしいです。本当に結果1で導くつもりがあるのならば」

 

「ええ、構わないわ。────けどその前に、カムクラくんあなたの携帯を、学校から送られてきたメールを見せてくれないかしら」

 

 その言葉に僕は右足を下ろし、両肘を机に付け、組んだ手を自分の鼻に当てる。

 自身の赤い瞳を脅すように彼女に向けた。しかし、彼女は怯まない。

 はてさて、いったい何が彼女をここまで成長させたのでしょうか。

 

「本当にあなたがこのグループのために名乗り上げたというのならば、可能なはずよね?」

 

「……冷静に考えればそうだな。先の話し合いでは少し取り乱してしまったために思考から外れていた。……どうなんだカムクラ?」

 

 神崎くんが彼女の意見に追い風を送る。

 彼の言った通り、彼女の言い分は冷静で、それでいて正しい。最も合理的な判断だ。

 だが、そんなことを僕が対策してないと本当に思っているのだろうか。

 

「それと、あなたには質問にも答えてもらうわ」

 

「質問?」

 

「ええ。でもその前に送られてきたメールを見せて」

 

 強い言葉で彼女はそう言う。間髪入れずに僕は言葉を返す。

 

「どちらも嫌だと言ったら?」

 

「言わせないわ。答えないなら……こちらにも考えがある」

 

 彼女は言い切った。

 凛とした姿勢と変化が起きない顔立ち。それでいて、その瞳からは真剣さが連想できる。

 やはり、何らかの策を用意しているようだ。

 

「いいでしょう。そちらの質問に答えましょう。そして……」

 

「!? ……躊躇なし。よほど自信があるみたいね」

 

 僕はロックを解いて、横にいる彼女へ携帯を手渡した。

 

「自信? 残念ながら、僕は物事を行う時に自信を持ったことなど一度もありませんよ」

 

 戯言ね、小馬鹿にしながら彼女は小さく細い指で僕の端末を操作し始める。

 そしてすぐに、彼女は目を見開いた。間髪入れずに僕を睨む。

 それもそうだろう。聡明な彼女のことだ。躊躇いなく携帯端末を渡した時点で、僕が何らかの対策をしていると予測していたのだろう。

 しかしいざメールを確認してみると、そこには何の偽証も用意されていないメールがあるだけ。そこにあるのはカムクライズルが優待者ではないという情報だった。

 

「堀北、どうだった?」

 

「……彼は、優待者ではないわ」

 

「……そうか。つまり、このグループのためというのは嘘だったわけだ」

 

「ふん、初めからそう言っているだろう」

 

 神崎くんの確認を機に、他クラスからの視線は強くなった。

 こればかりには葛城くんもぼそりと口を叩く。

 

「……あなた、どういうつもり? なんで……」

 

「なんで何も対策をしないの、ですか? その解答ならあなたが用意した質問の時に答えますよ」

 

 学校側のルールとして『メールの改編やコピーは禁止』というものがあった。

 これは優待者のメールに対して、絶対的な安心を持たせるためだ。ルール破りがバレてしまえば、罰は必須。

 リスクが高いのは言うまでもない。ゆえに何も手を加えなかった……訳ではない。

 もちろんメールへの改竄や複製がダメでも、SIMカードや携帯本体に細工することは出来るので、対策は可能だろう。

 その気になれば、超高校級のハッカーやプログラマー、メカニックなどの才能を使って、証拠を残さないメール改竄も出来る。

 だが、元々何もする気はなかった。なぜなら今回の目的は勝つことではないのだから。加えて言うのならば、時間や余裕もあったわけではない。日向創の接触やその後の思考を優先した結果がこれだ。

 

 だとしてもだ。

 

 分析する機会は多々あった。今、僕の視ているこの議論の未来では、少なくとも彼女がこの試験を終わらせるとは映っていない。

 どう足搔いたところで、損得勘定に縛られ、限りなく多いメリットを諦めずに取りに行くはずだ。

 発想力、時間、視野、思考力。よりよい未来を得るための選択肢、そこに到着し、正解を導く力を彼女はまだ持ち合わせていない。

 特に視野の狭さについては無人島試験で露呈している。固い考えでは、分岐され続ける未来から正解に辿りつくのは困難だ。

 

「……質問は2つよ。どちらもシンプルなこと。……あなたはどうしてこんなことをするの? 本当にこの試験で勝ちたいの?」

 

 険しい目つきと固い表情筋。彼女は熱くもないこの部屋で頬に汗を流す。

 こんなことというのはもちろん、試験を乱すことだ。ポイントを掛けた勝負で目指すものは勝利。でも当然をしない人間が目の前に現れた。

 理解不明な行動を自分に説明したい。知らないことを知ろうとしている。

 そのためにどんなことからも情報を集める。そこに邪な考えはない。

 純粋に知りたいと思う感情に僕は敬意を表した。理解の出来ないことに向き合った彼女の心の強さを称賛します。

 だから僕は正直に答える。

 情報を取捨選別するのは彼女だ。信じるか否かは彼女次第。

 僕は翼のように手を広げ、ゆっくりと真実を伝える。

 

 

「────見たいんですよ、僕の知らない未来を」

 

 

「……知らない未来? つまり未知ってことかしら」

 

「ええ、その通りです。だから勝っても負けてもいいんですよ。何が起こったって良いんですよ。

 誰かに縋って生きていくのも、誰かのレールの上で反抗するのも、絶望の底に落とされようと、どれだけ醜く抗おうと、何が起きようと前へ進もうとするその過程に意味がある。

 そしてその過程の先にある僕の知らない未来が、『希望』があればいい」

 

 

 ────つまり、たいそうな計画も動機もはなっから用意してないんですよ。

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 私の隣にいる人物は手を広げてそう言った。

 抑揚もなく、それが真実か嘘かなんて判断できない程に中性的で平坦な声で告げた。

 誰もその意見に追及できない。言葉を失った。あまりに平然と言うので疑うことを放棄しかけた。

 でも、十分信じるに値する情報だ。疑った上で信じられる程度には根拠があった。

 もう思考停止する時間は終わりだ。悩む時間は十分だ。

 知りたいことは聞けた。推測も十分だ。

 ────彼は竜グループの試験を簡単には終わらせない。分からない結果を期待しているのだから、結果を見るまではやめないだろう。

 確認は出来た。これ以上、やられっ放しはごめんだ。

 

「……そんな理由で試験を乱していたのね」

 

「推測はしていたでしょう? ……さて、僕は本当のことを言いました。次はあなたですよ」

 

 カムクラくんは機械的に物事を進めていく。

 

「そうね。なら真実を言うわ。どうして私が本物の優待者を知っているのかもね」

 

 皆の顔つきが変わり、再度聞く姿勢を作った。

 カムクラくんは右足を椅子に乗せ、その上に右腕を添える。以前と同じように独特な姿勢を作り出した。

 

「なぜ私が本物の優待者を知っているか。それは、私のクラスに本物の優待者がいるからよ」

 

「……今度は君の番か」

 

「試験に参加する気のない人は黙っててもらえないかしら?」

 

「これは失敬。だが、なぜそんなことを今言うのか疑問に思ってしまってな」

 

 茶々を入れてくる葛城くんを一刀両断、それくらいの勢いで言葉を言葉で切り伏せる。

 だが彼もその程度では怯まず、反論を作り出す。ポーカーで言うところの、ショーダウンだろう。論を発展させ、場外のヤジを消さなくてはならない。

 

「現状、カムクラが嘘をついていたことが露呈したのだ。つまり、奴はCクラスにいる他の優待者をかばうために嘘をつき、あわよくば学校に間違った回答をすることで試験に勝利しようとしていた。

 カムクラを除くCクラスの誰かが優待者だということは明白だ。なぜそこを追求しない」

 

「理屈で自らの視界を曇らせるなんて愚策だわ。あなただって本当は分かっているのに理解の出来ないことだから受け入れない。だから私の発言に疑問を持つのよ」

 

「……理解の出来ないことを含めないのは当然だ。予想外のことを気にして本来行動できたことが出来なくなるのは時間の無駄。限りなく誤算を消していくのが論理的な思考というものだ。きみは屁理屈で視界が曇っているようだな」

 

「目を逸らさないで。理屈も屁理屈も関係ない彼が狂人であることを始めに追及したのは、葛城くん……あなたよ。現状を理解できてない? そんなこと、ありえないでしょ?」

 

 彼は理解しているはずだ。カムクラくんの言っていることに100%の判断ができなくても、彼の行動理念やその思想に感づいている。

 でも、彼は限りなく不確定要素を取り除く。滅茶苦茶なカムクラくんの行動に理屈があると決めつけて、それを踏まえた上で彼は守りに入る。

 守り続ければ、得る点こそないが失う点もない。トップのAクラスだからこそ取れる策で、勝利の確実性は非常に高い。

 しかし、それでは前には進めない。

 

「彼をこのまま放っておけば、またどこかのグループが終了する。それはAクラスにとっても無視できないことよ」

 

「……それでも我々は…………いや、耳を傾けよう」

 

「葛城くん!?」

 

 動いた。

 動かざること山のごとし、そう形容できそうな男がついに決断した。

 彼は責任感とプライドを一度思考から外した。良し悪しは一概に判断できないが、彼が前に進んでくれることに、心の中で笑った。

 同時に手ごわい相手と認識した。この行動は山勘だろうが、場の展開についていくことを優先したのだろう。ただただ頑固という訳でもなさそうだ。

 

「ありがとう」

 

「礼などいらん。むしろ君の発言に俺は少し動かされたのだ。感心する」

 

 皮肉やお世辞ではないようだ。素直に受け取っておこう。

 

「皆、オレの我儘に少しだけ付き合ってくれ」

 

 葛城くんは申し訳なさそうに他のAクラスの生徒と和解する。見た感じ、他のAクラスの生徒も賛成してくれるようだ。

 彼が協力的な姿勢を見せてくれれば、Cクラスによりダメージが入る(・・・・・・・・・・・・・・・)

 それも一方的に。この試験は結果1に導くことは非常に困難だが、どれか1つのクラスを陥れるのはそう難しくないのだ。

 3クラスが協力してしまえば、質の高い優待者の情報が集まり、勝率は鰻登り。勝ち方の1つだろう。

 

「ふーん。……それで、あなたのクラスにいるという本物の優待者とやらは誰なのですか?」

 

 カムクラくんが話を戻す。先程と違う点は、葛城くんへの態度が冷たく、興味関心がない様子からごく普通に戻ったこと。

 彼の行動原理に乗っ取れば、これはやや予想外だったと推測してもよさそうだ。

 

「それは……まだ言わないわ」

 

「妥当ですね。いくら結果4のルールがあるとはいえ、裏切りの危険性を考慮しないのはリスクが高い」

 

「……あなたがそれを言うのね」

 

「説得力が違うでしょう?」

 

 無表情でこちらを煽ってくる彼に舌打ちが漏れそうになるが、何とか堪える。

 

「……彼の言う通り、今はまだ優待者を言うことは出来ない。だから最後のグループディスカッションで言うつもりよ」

 

「堀北、それはメールも見せるということでいいんだな?」

 

「ええ。しっかりとね」

 

 神崎くんの質問は当然だろう。第2のカムクラくんを生まないためにする行動。

 他のクラスの表情を伺うと、不満そうな顔を見せている人物はいない。

 つまり、この発言で信用は得れたということだ。

 さすが神崎くんだ(・・・・・・・・)。彼は話を続ける。

 

「となると、問題はそこで裏切り者が出ないようにすること……だな」

 

 葛城くんはここで一安心しただろう。

 もし、先程の段階で発言をせず、放置していたらAクラスが一方的に狙われることになっていただろう。

 私としても、彼が味方になってくれたのは嬉しい誤算だった。

 

「ええ、だから次の議論は『裏切者を出さない協定』あるいは『互いに利が出るような契約を結ぶことについて』話し合いたい。この後の時間はこれについて話し合いたいのだけど、構わないわね?」

 

 裏切らないということを約束し、その代わりに求めるものを提供する。提供するものは主にポイントになるだろうが、これで対価にはなる。

 もっとも、3つのクラスが協力している以上裏切ることなんてほぼないので、支払うポイントもないだろう。

 何せ現状は共通の敵がいる。

 そして共通な敵を倒すために協力するよう私が誘導した。カムクラくんの身勝手を利用したのだ。

 Cクラスを倒すことに協力していれば、Cクラスから奪えるポイントを山分けできる。

 裏切らない限り、圧倒的有利の状態でポイントを啜れる。

 これらを踏まえた上で、より具体的で整合性のとれたものを作れるよう議論をこの場で行いたい。

 

「Bクラスは問題ない」

 

 神崎くんを筆頭にBクラスの生徒達は頷く。

 

「Aクラスも問題ない。その契約をうまく結べれば、結果1を導き出せるのだからな」

 

 他のAクラスの生徒も不満はなさそうだ。

 残るは、

 

「Cクラスはどうかしら?」

 

 カムクラくんは何かを考えるそぶりを見せるだけで何も言わない。

 他のCクラスの生徒はその様子におろおろと慌てている。

 それもそうだろう。もし彼がこの場で賛同を示さなければ、C以外のクラスは手を結び、一方的にCクラスの優待者を当てていくだろう。

 目に見えた敗北だ。彼の王様である龍園くんも怒りを示すこと違いない。

 

「それが、あなたの結論ですか。しかし────まだ何か企んでいますね?」

 

「……だとしたら?」

 

 次の言葉を待つ。

 そして彼は、彼の口角は、

 

 

「素晴らしい」

 

 

 私はその表情に困惑する。

 敵意や悪意、覇気、狂気、嘘、才能。カムクライズルとは、それらを巧みに操る妖怪のような人間だと思っていた。

 しかし、この表情は、まるで、普通の人間のようだった。

 

「それが聞けただけであなたは僕の予想を超えている。この短い期間で成長したということです」

 

「……誉め言葉は選んだ方が良いわよ。気持ち悪い」

 

 つい悪態を漏らす。それしか言えない辺り、私は本当に成長したのか疑問に思ってしまう。

 

「あなたに敬意を表します。だから、Cクラスも協力しましょう。そして、あなたの思い描く未来を達成できるように、精進してください」

 

 その発言に他のCクラスの生徒は溜息をつく。最悪の事態は去ったようだ。

 だが────私はもう油断しない。

 彼が何を考えているのかは依然として分からない。どう行動するのかも分からない。だからこそ、次の警戒は怠らない。

 

 

 

 

「では、Dクラスの優待者である『櫛田 桔梗』をどう共有するか、話し合いましょう」

 

 

 

 彼は起爆装置を押した。

 でも、私は逃げない。この話し合いさえ、今日さえ、終われば私たちの勝ち(・・)だ。

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりだったので大まかなあらすじ付けました。
矛盾があったら修正します。

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