ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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思考の産物

 

 

 

 場面は2回目のグループディスカッション開始から3時間前に遡る。

 人気のないテラスにて、私は人を待つ。

 太陽は沈み、夏の特徴である少し遅い夕焼けが体内時計に指標をくれる。

 雲はある程度消えているので、景色は申し分なく、待ち時間を長いと感じることはなさそうだ。

 

「待たせたな」

 

 背後から聞きなれた低い声が聞こえる。どうやら待ち人が来たようだ。時間を無駄にすることはなくなった。

 

「遅いわよ」

 

 私の方が僅かに早いだけで、全く待っていないが、何となく常套句な気がしたのでそう言う。

 

「これでも出来るだけ早く来たんだがな」

 

「女の子と待ち合わせをする時は少なくとも10分前行動を心掛けなさい。だからモテないのよ」

 

「……“女の子”ね」

 

「何か文句でも?」

 

 私は不満ありげな表情を浮かべる彼を視線で黙らせる。

 彼こと綾小路くんは首を横に振り、否定を表す。

 

「顔つきが変わったな。3時間くらい前のお前とは大違いだ」

 

「そうね。試験への対抗策が浮かんだことで、心の余裕が出来たからかしら」

 

「みたいだな。上から目線で気に食わないとかも言ってくると思っていたが、存外大丈夫そうだ」

 

「余裕ができたからと、言ってあなたの発言に怒りを覚えないわけではないのよ?」

 

 握り拳を作り、腕を上げた。

 彼はその行動に両手を上げて意趣返しをする。

 茶番が出来るほど余裕があることを認識し、本題へと切り出す。

 

「答え合わせよ。あなたの言っていたヒントを使って導いた私の答えの」

 

「聞かせてもらおう。どうやって勝つつもりなんだ?」

 

「……まず────竜グループを終わらせる」

 

 その言葉に綾小路くんの眉が動いた。反応を見せる辺り、不正解という訳ではなさそうだ。

 

「どうやって? そこには何のメリットがある? そもそも優待者が誰だか分かっているのか?」

 

「優待者は櫛田さんよ。……あなた、竜グループの優待者を知っていたからあんなヒントを出したんじゃないの?」

 

「正確に言うのならば、そう推測していた。1回目のグループディスカッションで兎グループの優待者にある程度の目星をつけたことと、兎グループと竜グループのメンバー表を見たことで法則らしきものを見つけた。

 まぁ、2グループしか見ていないから情報不足だったし、今でも確信には至っていないがな」

 

「そう……でもやっぱり、優待者には法則があるってことね。おそらくカムクラくんは……」

 

「Cクラスで全てのグループメンバーを確認したんだろうな。統率力の差が出たな」

 

 纏まりのなさはDクラスの大きな弱点。他のクラスと比べても差は激しい。

 情報の共有、裏切りの可能性などクラス単位で協力できるかできないかで生じる差はその後の結果に大きく関わってくる。

 今になって、自分たちがこの学校の不良品だったことを再認識した。

 

「それで、結局どうやって勝つつもりなんだ? 優待者は自クラスの人間だから当てさせるのは理解したが、そこにメリットはなさそうだが?」

 

 少し考え込んでしまったために、話は中断してしまったが、綾小路くんがすぐに再開させる。

 

「竜グループの優待者を当てさせて、グループディスカッションを終了させる。確かにそれだけならメリットよりもデメリットの方がはるかに大きいわ」

 

 優待者を当てられたクラスは-50cp(クラスポイント)、加えて優待者を当てた人物に50万pp(プライベートポイント)、その人物が所属するクラスに50cpが与えられる。

 合計で100cpものポイント変動が行われる。クラスポイントは月のポイント支給にかかわる重要なポイントであるために、失ってはいけないものだ。

 これだけならばメリットなどなく、デメリットのみと言えるだろう。

 

「でも大きなメリットがある。それはカムクラくんの遊び場を消せること。彼の遊び場がなくなる。すなわち、彼の試験が終了する。

 適当に他のクラスの優待者を消して、本来得られるポイントが消えることも、試験を乱すという妨害も出来なくなる。そしてもう1つ、不確定要素である櫛田さんも消すことが出来る」

 

 カムクラくんを消すことは言うまでもなくメリット。妨害者には退場してもらった方が好都合だ。

 加えて櫛田さんもだ。彼女は今、精神が不安定だ。先程の彼女との会話から、その原因はカムクラくんとの接触と見て間違いない。

 裏切り行為と言える他クラスとの接触を、平然と行う彼女がいては何をされるかわからない。

 

「確かに大きなメリットだな。だがメリットとデメリットを比較した時、それは本当に結果がプラスに導かれるのか。クラスポイントを削ってまで実行する価値のある作戦とオレは思えない」

 

 綾小路くんは策の欠点を追求する。

 私にヒントを預けた張本人である彼のことだ。どうせ私の出した解答の全容を知っている。にもかかわらずこの質問。

 意地も性格も悪いなんてもんじゃない。

 

「ただ普通に優待者を当てさせたらね。でも────他クラスと協力してするなら話は違う」

 

「他クラスとの協力……それは具体的にどういうことだ?」

 

「どこかのクラスと交渉して、お互いに優待者の情報を交換するのよ。そしてその優待者をお互いに当てて、変動するはずのポイントを0にする」

 

「なるほどな。つまり、1:1交換というやつか」

 

 私の言っていることは、1:1交換、あるいは等価交換というべきものだ。

 例えば、Aクラスと協力したとする。私たちはAクラスに優待者である櫛田さんの情報を教え、同時に、Aクラスは自分のクラスの優待者をDクラスに教える。

 そしてお互いに教えてもらった優待者を当てれば、この策は終了だ。なんて難しいことはない。

 この時、お互いに結果3と結果4のルールが行使される。

 結果3は、答えた生徒の所属クラスに50cpを与えると同時に、優待者の正解者へ50万ppを支給する。また優待者を見抜かれたクラスは逆に-50cpのペナルティを受ける。

 結果4は、答えが間違った生徒が所属するクラスに-50cpのペナルティを与え、優待者へ50万ppを支給すると同時に優待者の所属するクラスは50cpを得る。

 

「これが拾えるだけのポイントを出来る限り拾った勝ちに繋がる」

 

「かつマイナスの可能性を減らせるだな。この試験で最も恐ろしい結果は1つのクラスにおけるポイントの独占。

 本来話し合いだけではポイントの独占は不可能だ。誰かしらが裏切る。だが、優待者の法則が本物で、存在する以上、遅かれ早かれ誰かしら気付く。これを利用されて大量得点を1つのクラスに許すのは完全敗北と言っていいだろう」

 

 1:1交換をすると、交換した間でポイントの変化は0になり、最大で得られるポイントが減る。

 そして同時に母集団が減ることによって、受ける可能性のあるダメージ、すなわち奪われるポイントが減らされる。

 この試験は干支に準えた計12グループで成立している。自クラスの優待者がいるグループを抜かしたら狙えるグループは9グループだ。

 この策を一度利用すれば、狙えるグループは8つに減り、計10グループ。二度使えば、狙えるグループは7つに減り、計8グループ。

 このようにグループ数は減っていき、ポイント増減の変動は小さくなっていく。

 

「そしてどこか1つのクラスと徹底的に協力すれば、優待者を外さない限り、減るポイントはなくなり、ポイントはプラスになるだろうな」

 

 例えばBクラスと協力して、お互いの優待者をすべて交換するように当て合えば、残りグループは6グループ。それでいて6つのグループの優待者はAクラスかCクラスかに限定される。

 減らされるポイントはなくなり、あとは攻めるだけ。得られるポイントこそ最大限に比べれば少ないが、cpもppも増える可能性はかなり高い。

 日々の生活ですらやや苦しい者もいるDクラスからすれば、それは恵みの雨になること間違いなしだ。

 

「……その通りよ。そしてこの策の成功率は────」

 

「────高いな。なにせ竜グループを終了させることに否定は生まれないからな。

 敵の敵は味方。共通の敵がいる以上、そいつは優先的に排斥される。ヘイトを買い過ぎたわけだ」

 

 割り込んできた彼は頼んでもいない代弁をする。図々しい。自分勝手なその様子は厚かましささえ感じられる。

 青筋が立ちかけるが、何とか我慢し説明を聞く。

 

「その後は……3つのクラスでCクラスだけを集中狙いするか、BもしくはAクラスと協力して残り二つのクラスの優待者を狙うか。どちらに転んでも好都合だ」

 

 体勢を変えつつ話続ける綾小路くん。依然として相手の顔を見ながら話すことに変わりなかったが、その姿勢に私は一驚し、イラつきを忘れる。

 彼は木製の柵に両手を掛け、腰を置く。彼の後ろに寄りかかる物などない。加えて言うのならここは船の上だ。

 波の揺れは不規則で、いつ急な変化が来るかなど人間には予測できない。危険と隣り合わせだ。万が一のことを考えて柵から降ろさせるべきだろう。

 しかし、両手を離してもピクリとも動かないのは、彼の体幹が良いことを示している。ゆえに、背を預け、リラックスしながら話しているようにすら感じてしまった。

 

「……あなた、本当に良い性格しているわ」

 

 俯瞰する様子は余裕に。その様子に悪態をついてしまう。

 何せ彼はつらつら思考するわけでもなく、淡々と策を説明しているのだ。

 明らかに計画そのものを知っていなきゃ出来ない芸当。表情に変化はないが、あっけらかんとしたその様子は私に実力の差を見せつけるには十分だった。

 

「それでこの策を主軸にしていくとして、何が障害だと思う?」

 

 いつの間に会話の主導権を奪われ、話し手から聞き手に変わっていた。

 

「策自体には障害はないわ。ただ、懸念はある」

 

「……そうか。その懸念は何だ?」

 

 一拍子おいてからの彼の反応に気になるが、とりあえず聞かれたことに対して答える。

 

「カムクラくんよ。彼はこの試験の法則、裏技に気付いている。彼の試験を終了することが出来たとしても、その法則を他のCクラスの生徒に教えられたら……」

 

「最悪のケースで試験が終了するだろうな。正直、その可能性はかなり薄いと思うが……、対策は必要だ」

 

 カムクラくんが知っているであろう法則を、龍園くんや他の中心人物に話されたらたまったものじゃない。

 この試験は確かにクラスの垣根が取り払われた試験だが、本質はクラス同士でのポイントの取り合いには変わらない。

 クラスが勝つために策を巡らし、協力して行われる。

 個人の試験が終了しても、クラスの試験が終わったわけではないのだ。

 

「お前ならどうする?」

 

「……そんなことをさせる前に全ての試験を終わらせる」

 

 正解だろう。でも、それを実行することは私には(・・・)不可能だろう。

 想定していた致命的な問題とはここなのだ。

 すべての試験を終わらせるにはカムクラくんのように法則を知るしかない。

 それが出来なかったから何度も悩んだ。

 

 しかし、

 

 

「存外、落ち込んだ様子を見せないんだな」

 

 

 私には(・・・)出来なくても、綾小路くんには(・・・・・・・)出来るかもしれない。

 人とのかかわりが下手で、他人との必要以上なコミュニケーションを好まない事なかれ主義者。

 それでいて、未知数な実力を持っていて、自分より良い結果を高い確率で持ってきてくれるかもしれない人。

 兄さんが認めた人が身近にいるのだ。

 悩んで悩んで追い詰められた私は1人でやることの限界さを痛感した。

 ────だから他人に頼った。いや、一方的だから利用したの方が正しいか。

 まだまだねと、私は心の中で自虐気味に笑う。

 

 無人島試験の時、彼は言った。自身の影になれと。

 彼の考えた策をあたかも自分の考えた策として。成果の上塗り役になれと。

 乗り気ではない。が、使えるならその関係を十分に利用させてもらおう。

 

「ええ。だって、あなたの実力なら出来ると思ったから」

 

「身勝手だな。それに、オレにはそんな実力ないぞ」

 

「もう白々しいわよ」

 

 私はそんな様子に薄く笑った。なんだか彼の表情も明るく見える。

 

「任せて良いわね?」

 

 そして、

 

「ああ。オレにも都合があるからな……いや、意地か」

 

 張りのない声は徐々に聞こえなくなる。

 最後の方は聞き取れないが、彼にしてはやる気がありそうな表情が私に期待を、『希望』をくれた。

 

「私はこれからBクラスに今回のことを説明しに行くわ」

 

「妥当だな。Aクラスには?」

 

「……グループディスカッションの流れに任せるわ。協力してくれたらラッキーくらいよ」

 

「分かった。……俺はもう行くぞ。やらなきゃいけないことが山積みしているからな」

 

 綾小路くんは柵から降り、行動を開始しようとする。

 

「お願いするわ。本当は2回目のグループディスカッション前に終わらせたかったけど……」

 

「無理だな。他クラスの意向も関係している以上、勝手な決定は信用を失ってしまう。準備もある。築き上げたものは大切にしておこう」

 

「そうね。じゃあ、私も失礼するわ」

 

 お互いにある程度同じ道を進む。

 その後それぞれの目的のために別々の道へと進んでいった。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 

 長い廊下を歩き続け、私はBクラスの生徒が使用している部屋付近に到着する。

 目的は一之瀬さん、神崎くんに会うこと。考えた策を実行できるかどうかを相談するためだ。

 アポはない。生憎だが、私は彼らの連絡先など知らない。一之瀬さんに関しては暴力事件の時に知る機会があったが、その際は綾小路くんを通す形で連絡をしてしまった。

 あの時の私は友達なんて必要のないものと思っていて、一々自分のアドレスを渡す必要はないとお高くとまっていた。

 余分なプライドが無駄な時間を使用させているのが現状。しかし口を動かす前に手を、足を動かせるべきと行動を起こす。

 

「そこのあなた、一之瀬さんが今どこにいるかわかる?」

 

 私は部屋に戻ろうとしていた1人の女子生徒に声を掛ける。

 彼女はビクリと肩を揺らした後に、私の方へ顔を向けた。

 見知った顔だった。彼女の名前は確か……白波千尋。無人島試験でBグループのリーダーを務めていた人だ。

 

「あなたは……堀北さん。帆波ちゃんに何の用なの?」

 

 弱気な態度から人と接することが苦手な人間だろう。

 私の高圧的な態度がさらに彼女の人見知りを助長させてる気がしてならない。

 

「今回の試験について話し合いたいことがあるの。この試験で勝つために協力してほしい。それと、出来れば神崎くんにも連絡を付けたいわ」

 

「試験で勝つために……。わかりました。帆波ちゃんは同じ部屋なのですぐに呼べます。けど神崎くんは……ごめんなさい。今は無理です」

 

 無理とはやや辛辣だ。神崎くんは気遣いの出来る人だと思うが、それでも女子に嫌われているのかと推測してしまう。

 人間には相性というものが存在するので深い追及はしないが、何とも意外だ。

 私がお礼を言うと、彼女は少し待ってと言いながら一つの部屋へ入る。

 1分もすると、彼女は戻ってきた。その横には、一之瀬さんもいた。彼女は無事、約束を守ってくれたようだ。

 そう考えていると、一之瀬さんは人当たりの良い笑顔で話しかけてくる。

 

「やぁ、堀北さん。無人島試験ぶりだね! 何とも大事な話があるとか」

 

「今回の試験についてよ。けど、その前に一つだけ確認しておきたいことがあるわ」

 

 私は前置きを素早く済ませるために会話を円滑に進める。

 

「確認したいこと?」

 

「ええ。それはまだBクラスとDクラスの協力関係が続いているかどうかよ」

 

「うーん、私個人としては全然良いし、寧ろ暴力事件、無人島試験でも協力的だったDクラスとは仲良くしたいと思っているかな」

 

「関係は良好……そう解釈していいかしら?」

 

「かな。千尋ちゃんもDクラスとは良い関係だと思うよね?」

 

 横にいる白波さんも頷いてくれた。どうやら確認はいらなかったようだ。

 

「なら尚のこと話をしたいわ。この試験で勝つための策について」

 

「……ほんと恐ろしいな堀北さん。試験始まってまだ一日も経ってないんだよ。行動力があるね」

 

「正確に言うなら、行動せざるを得なかった、よ。あなたのことよ、どうして鼠グループの試験が終了したか知っているでしょう?」

 

「……そうだね。早めの行動をしなきゃとは思っていたよ」

 

 苦笑いを浮かべながら首を撫でる一之瀬さん。 

 やはり彼女も対策の1つは考えていると思ってよいだろう。

 

「あの、帆波ちゃん。どうして鼠グループは終了しちゃったんですか」

 

 白波さんはおっとりとした口調で一之瀬さんに聞いた。

 しかし一之瀬さんは一瞬顔を強張らせた後、すぐに笑って応答した。

 

「それはまだ明かせないかな。100%の保証もないから今度教えるよ。

 それより千尋ちゃん、これから神崎くんも交えて堀北さんと話すつもりなんだけど……」

 

「……神崎くんとですか。分かったよ。気を使ってくれてありがとう」

 

 よほど神崎くんのことが嫌いらしい。そのお礼は彼に失礼だろうに。

 そう思いつつ、彼女が部屋に入っていくのを私は見送った。

 その間に一之瀬さんは携帯を取り出し、耳に当てる。 

 会話相手は神崎くんだ。どうやら呼び出してくれている。

 無駄のない時間の使い方とコミュニケーション能力は素直に尊敬する。

 

「今大丈夫だって。会う場所決めたからそこで合流しよう」

 

 彼女の指示に異論はないので、早速歩き出す。

 行く場所はラウンジ。あの場所は広いが、落合場所としては最適だ。

 彼女のことだ。人の耳が届かない所は把握済みなのだろう。ラウンジもクラスで集まったりしない限り、人は来ない。

 

「ごめんね。せっかく出向いてくれたのに」

 

「気にしないわ。アポを取ってないのは私だから」

 

「そっか。堀北さんとは連絡先交換していなかったね。交換しようよ」

 

「……お願いするわ。ラウンジに着いたら交換しましょう」

 

 歩きながら携帯を取り出すのは危ないのでしない。

 ラウンジにいれば神崎くんのも手に入るかと考えれば一石二鳥だ。

 

「それにしても白波さんは神崎くんのことがよっぽど嫌いなのね」

 

 道中、ついつい暇だったので雑談がてら話題を振る。

 神崎くんは客観的に見ても顔が整っているし、悪い印象もない。

 それを会いたくない程に拒絶した白波さんは少し興味深かった。

 

「えーとね、そういう訳じゃないんだ。白波さんは神崎くんに寧ろ感謝しているんだよね」

 

「どういう事? そんな風には見えなかったけど」

 

 一之瀬さんは少ししんみりとした顔をして話を続ける。

 

「千尋ちゃん、無人島試験が終わってから男性不信になっちゃってさ、だから神崎くんが嫌なんじゃなくて男性が嫌なんだよ」

 

「……そういう事ね」

 

「そういう事。でも、そんな千尋ちゃんに神崎くんは優しく励ましてくれていたの。だから恥ずかしさと怖さが重なっちゃってより一層会いづらいんだって」

 

 意外とたらしだよね神崎くんも、と笑いながら彼女は付け加える。

 

「ああいった男女混合の試験はクラス内のトラブルを助長させてしまうのは困りものね」

 

 私の勝手な推測に一之瀬さんは苦笑いをして応答する。

 

「クラス内のトラブルじゃないんだよね」

 

「それは聞いてもいいことなのかしら?」

 

 勝手に人のプライベートを他人に話すことは良くない。一之瀬さんもそこは分かっているはずだ。

 しかし彼女は頷き、話を続けた。

 

「無人島試験、BクラスはAクラスとCクラスに出し抜かれちゃったじゃん。

 その出し抜かれた理由が千尋ちゃんにあるの。でもそれは責めることのできない理由で、今は落ち着いているけど本人もトラウマを抱えちゃっている」

 

 だんだんと苦笑いは消え、真剣な表情で彼女は話していた。 

 その表情は笑顔が特徴的な彼女には珍しく、怒りの感情が少し垣間見える。

 

「龍園くんに脅されちゃったの。それも私を引き合いに出されて。

 私やクラスの皆に酷いことをされたくなかったら、クラスを守るためにクラスを売れって。それで千尋ちゃんは私たちを守るために自分が悪役になることを選んだ。……誰も責められなかったよ」

 

 私は息を呑む。あの試験の裏側ではそんなことが起きていたのかと。

 龍園くんは危険だ。不良そのものの素行に加え、暴力を使用することを非と考えない人間。

 おそらく、白波さんとの取引でも暴力をちらつかせたのだろう。確かに彼女を責めることは出来ない。

 試験にこそ負けてしまったが、Bクラスの誰もが傷つかなかったのは彼女の功績だ。

 

「私は龍園くんを許せない。確かに彼の行動は一枚上手だった。でも傷つけて良い人なんていないんだよ」

 

「なら彼に一泡吹かせましょう」

 

 私がそう言うと彼女は呆気に取られる。

 

「私の考えている策は対Cクラスが想定よ。この試験で圧倒すれば、龍園くんは何も言えなくなるわ。良い仕返しになると思わない?」

 

「……あはは、確かにそうだね。もっと期待しちゃうじゃん堀北さん」

 

「ついでにカムクラくんの出鼻も挫いてやるわ」

 

 2人で笑った。傍から見れば仲良く見えるだろう。

 自分が少し変わったことを実感できる。人との関わりは重要だ。

 彼女は話しやすく、友達が多いことにも納得できた。

 

「一之瀬、堀北」

 

 気づいたらラウンジに到着していた。そこには神崎くんの姿が見える。

 どうやら準備万端のようだ。

 

「堀北、策を思いついたというのは本当か?」

 

「ええ。でもこの策はあなたたちBクラスとの協力が必要不可欠なの」

 

「なるほどな。なら話を聞かせてくれ」

 

 間髪入れずに神崎くんはイエスと答えてくれる。

 彼らBクラスは本当に良い人が多いのだなと実感した。誰もマイナスの可能性を話してくれないがために心は穏やかだ。だが、それゆえに失敗の可能性が心を過ぎってしまう。

 

「……自分で言うのもなんだけど、無人島試験ではこうやって協力を仰いだ上で私は失敗してしまったのよ。それでも良いのかしら」

 

「あの策にはBクラスも異論なかった。失敗なんて誰にでもある。俺たちもあの策が最善だと思ったから協力したんだ。

 それをお前1人の責任にはしないし、追求する気なんてない。まして、もう協力しないなんて言うはずもないさ」

 

「そういう事だよ堀北さん」

 

 2人は微笑み、私を励ます。

 気分が良いことだ。裏表を感じない彼らからは嘘を疑う気にもなれない。

 

「ありがとう。なら早速、策を説明するわ」

 

 そうして私は綾小路くんとまとめた策を彼らに説明していく。

 優待者の事、1:1交換の事、櫛田さんの事、カムクラくんの対処法などなどすべてをゆっくりと口にした。

 彼らは相槌を打ち、時にメモをし、分からない部分や気になる部分は最後にしっかりと質問をしてくれた。

 

 そして彼らは私に協力してくれると言った。

 

 私は心の底から喜びが溢れそうになる。

 これでやっと勝ち筋が見えてきたからだ。

 

「────お前には驚かされてばかりだな。1回目のグループディスカッションの時とは様子も大きく違う。何か心変わりがあったんだな」

 

「……まぁ、そうね。立ち止まってばっかりじゃいられないから」

 

 口角が上がるのを感じる。

 気づいたら笑顔で言っていた。それほど今は気分が良いのだろう。

 

「……はは、そうか」

 

 歯切れの悪い神崎くんの言葉に一之瀬さんが突っかかる。

 

「あれれ、神崎くん。もしかして堀北さんに見惚れちゃった?」

 

「……別に……そういう訳じゃない」

 

「本当かな~」

 

 ニタニタと笑う一之瀬さんとやや狼狽える神崎くん。 

 仲睦まじい彼らのやり取りにこっちも笑みが零れる。

 しかし、策の説明に忘れがあったことに気付く。私はすぐにそれを説明するために神崎くんへ話しかけた。

 

「言い忘れていたわ神崎くん。櫛田さんのことについてよ」

 

 神崎くんはすぐに真剣な表情に戻り話を聞く姿勢を作った。

 

「もし彼女が暴走したら──────を頼むわ」

 

「……良いのか? 少々強引すぎる気がするが」

 

「今の彼女は正直何をするか分からない。カムクラくんと接触している可能性もあってもしかすると裏切るかもしれないわ。だからこれで良いわ。そしてこれは最後の手段よ」

 

「承知した。判断はこちらでする。任せてくれ」

 

 そうして話は終わり、私たちは各自部屋へと向かった。

 空白だらけのアドレス帳には2つの新しい名前が追加された。

 

 

 

 堀北 鈴音、一之瀬 帆波、神崎 隆二の親密度が上がった!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室で寝転ぶ無機質な男は自分のやるべきことを頭の中で確認していく。

 自クラスの状況、自分のグループから使えるもの、試験を終わらせる方法、試験攻略の法則。

 そのために必要なものを考えた上で、自分の未来を安定にするための手段も忘れない。

 そしてある懸念が脳を過ぎる。

 

 自分には手足のように動く駒が足りないという懸念を。

 

 

 堀北 鈴音は予想以上の成長を見せており、これからDクラスの顔になる。────違う。

 

 佐倉 愛理は根本的な能力が足りず、その性格は穏やかすぎる。────違う。

 

 須藤 健は身体的な能力に問題はないが、素行や性格に問題がある。────違う。

 

 櫛田 桔梗は能力的に問題はないが、裏の性格が致命的すぎる。────違う。

 

 平田 洋介は裏で行動するには目立ちすぎる上に、偽善が邪魔になることがある。────違う。

 

 

 有力な候補を挙げつつも、彼らが自らの手足になり、行動できるとは思えない。

 しかし、男にはある1人の少女の顔が脳に浮かび、その少女の能力を分析していく。

 嬉しいことにその少女は彼の求めている能力が、「才能」があるかもしれないと分析結果が出る。

 

 男の今回やることは決まった。

 

 無人島試験で手に入れたつてを使いつつ、試験の法則を完璧に暴き、堀北鈴音を利用する。そして試験に勝つ。

 

 加えてーーーー同じグループにいる少女、軽井沢(・・・ ) ()を自分の駒として迎え入れる。

 

 

 

「さて、やるか」

 

 

 

 男は体を起こし、行動を開始した。

 

 

 

 




矛盾があったらすぐ修正します。
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