ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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裏側

 

 

 

 

 

 ベッドから立ち上がったオレは携帯を開く。

 ルームメイトである平田洋介に後で会えないかと連絡するためだ。

 オレは時間指定をし、彼に連絡を送った。返信がすぐにくるか分からないので、次の予定を終わらせるための行動を開始する。

 赤が特徴的なブレザーを羽織り、廊下へ出ようと扉に手を掛ける。

 しかしドアノブを動かすことなく、扉は開いた。

 

「あれ、綾小路くん?」

 

 偶然にも目的の人物は部屋に帰ってきた。

 メールを送ったことはどうやら無駄足になったようだ。

 

「今外に出るのかな? はは、丁度入れ替わりだね」

 

「いや、丁度平田に用があったんだ。今暇か?」

 

「この後、夜ご飯を食べる予定になっているけど、それまでは大丈夫だよ」

 

 平田はニコリと笑い、了承してくれる。

 ベッドに腰を下ろすと、平田は早速、話の場を作ってくれる。

 今この場には同じルームメイトである高円寺と幸村はいない。つまり二人だけの空間だ。

 秘密の話をするならもってこいの状況だった。

 

「真剣な表情だね。ちょっと怖いよ」

 

 突然そんなことを言う平田。別段変わった表情をしたわけではないんだが。

 

「話は試験についてってことで良いんだよね?」

 

 平田はこちらの用件を察し、素早く本題へと会話を進める。

 さすが平田だ。しかし、オレの表情が真剣に見えるとはどういうことだろう。

 ふと、思考が過ぎり、疑問を口にする。

 

「ああ。だが、そんな表情しているのか?」

 

「うん。無人島試験の時と同じ表情をしているよ」

 

 客観的に見てそうなのだから正しいのだろう。

 そう判断し、湧き出そうな「白」から連想される記憶群を遮断する。今は試験に集中しようと気持ちをリセットした。

 

「そうか。話が早くて助かる。早速良いか?」

 

 平田は笑顔のまま首を縦に動かす。

 

「平田、オレは軽井沢について少し聞きたい」

 

「軽井沢さんの? 分かったよ。けど、一応僕は彼氏だし、彼女のプライバシーに関することは言えないよ」

 

「構わない」

 

 先に言っておくが、別に軽井沢 恵という人間に恋愛感情を持っている訳ではない。

 今回の試験、オレは茶柱との約束を守るためにもう一度だけ暗躍する。

 だから勝利を掴みに行く。勝利条件は言わずもがな他クラスよりポイントを多く得ることだ。

 だが、それだけじゃだめだ。2度も暗躍をすればDクラスにはそういう人物がいると感づく者が現れる。

 その時、オレが疑われないためにする必要がある。

 隠れる陰はもう出来ている。堀北だ。だが、この学校の中心人物を出し抜くにはまだ足りないとオレは判断した。

 だから今後、何かしらのことが起きた時、自分の手足になれてかつ、情報を得ることが出来る存在が必要だ。

 オレの身を守るために。

 そしてこれらの条件を持ち、可能性があると判断したのが、軽井沢 恵という人間だ。

 

「何が聞きたいんだい?」

 

「まずは軽井沢の交友関係とクラス間での立場だな。カーストと言ってもいい。彼氏である平田目線の評価を知りたいんだ」

 

 オレから見た軽井沢は紛れもなくクラスカースト上位の存在、もっと言えば女王と言った位置でもある。

 クラスの女子の中では、櫛田と双璧をなせるコミュニティを持っている。

 カースト上位なら当然、様々な情報を得るルートを持っている、そう考えて良いだろう。それもDクラスだけでなく、他クラスとの交友関係もあるはずだ。

 条件の一つは満たしている。

 

「軽井沢さんは女子の中でも発言権を得ている立場だと思うよ。……カーストは女子の中でもトップだと思うよ」

 

 平田は渋った顔で彼女のことを話す。「平等」を好む平田からすれば、カーストという言葉は良い響きではないのだろう。

 しかし、平田は説明を続けてくれる。

 

「主に仲の良い人たちは佐藤さんや篠原さん、後は松下さんとかかな。でも遊んだりする時は他クラスの人とか、それこそ櫛田さんとか他のDクラスの生徒とも友好的だよ」

 

 彼氏である平田は彼女の交友関係をある程度教えてくれる。

 データとしてはとても良い情報。やはり軽井沢は良い立ち位置にいる。

 今後の試験の目や耳となってくれる可能性のある人物だ。

 オレは次の質問をする。

 

「平田と軽井沢は……その、本当に彼氏彼女の関係なんだよな?」

 

 平田は少し目を見開くが笑ってすぐに答える。

 

「そうだよ。もしかして、あんまり釣り合ってないように見えた?」

 

「いや、むしろお似合いの印象だ」

 

「ははは、何だか少しむず痒いよ」

 

 世辞ではない。男子のカーストトップにいる平田とお似合いなのは女子のカーストトップだろう。

 お互いに陽気で、美男美女。非難するなど、嫉妬以外にない。

 だが、腑に落ちない点もある。それは彼らの恋人としての距離。それは本当に世間一般の恋人と同様の距離感と言えるのだろうか。

 オレ自身、彼女が出来たことがないので正確な判断は出来ない。しかし、彼らの他人めいた距離感に違和感を持つ。

 

「付き合ってどれくらいになるんだ?」

 

「4か月くらいかな。意外と時間が経つのは早いね」

 

 それなりの時間を過ごしている。なのに、彼らから余所余所しさを感じる。

 例えば、未だにお互い苗字呼びなところ。4か月も付き合えば、恋人へのABCは2つくらい済ませてるものじゃないのか? 

 

「彼女とは、どこまで行ったんだ?」

 

 平田は氷漬けされたかのように固まった。

 場が沈黙した理由に、オレはすぐに気づいた。が、それより早く平田が答えてくれる。

 

「あの、綾小路くん……その質問は必要かな?」

 

「……正直、そんな必要ないな。個人的に気になっただけだ」

 

「はは、ストレートすぎてちょっと驚いちゃったよ」

 

「すまん」

 

 それに関してはこちらに非があるのですぐに謝る。

 しかしある程度の指標は取れた。後は残りのグループディスカッションで見極め、それ次第だ。

 

「もう聞くことはないかな?」

 

「いや、もう1つ。平田、────Aクラスの橋本の連絡先を持っているか?」

 

 平田はオレの質問にキョトンとした後、何だそんなことかと言わんばかりに答える。

 

「橋本くん? 持っているけど、それがどうしたんだい?」

 

「連絡を取ってほしいんだ。少し落ち合いたい」

 

 その言葉に平田はやや目を細める。訝しんでいる表情だ。

 この試験中において、他クラスとの接触をすることは2つの可能性を示唆する。

 1つは協力の申し出、もう1つは裏切りだ。

 平田にはどう見えているか。単独行動をしようとしているオレを。

 もちろん、裏切りだ。人格者である平田でも、こればかりは見逃せない。

 だからこちらから牽制する。

 

「勘違いしないでくれ。これは堀北からの指示なんだ」

 

「堀北さんの?」

 

 平田は猜疑心に満ちた目をした。

 無人島試験2日目、同じようにこの言葉を使い、あの時の策を平田に納得させた。

 だが、無人島試験を過ごしていく内に平田はオレを不審に思ったはずだ。

 特に無人島試験終盤での単独行動、あれが引っ掛かるのだろう。

 

「堀北は葛城以外にも坂柳へのつてが欲しいらしくてな。だから坂柳派の人物でも地位の高い奴に伝えてほしいことがあるそうだ」

 

 それっぽい嘘をつく。出来ればこれで納得して欲しいものだが。

 平田は黙って考え込んでいる。

 

「……申し訳ないけど、それは出来ない。綾小路くんだからじゃなくて、この試験中に1人で暗躍する人を僕は信用できないんだ」

 

 返ってきた言葉は非。やはりこの男は優秀だ。だが今は、その優秀さが邪魔でしかない。

 

「それに綾小路くん、悪いけど僕は堀北さんの命令ってところも本当か疑っているよ」

 

「なんでだ?」

 

「言われたことをそのままやるってのは意外と難しいからだよ。たとえ、堀北さんの命令だったとしても、彼女が具体的な命令を出していたとしても、それを実行したのは君だ。

 言われた任務を全うする君は、みんなが思うよりずっと優秀だ。……僕はそう思っている」

 

「買い被りすぎだな」

 

「そんなことはないよ。むしろ、僕は堀北さん1人で計画を立てられるとは思っていない。君と協力して立てたと言われた方が信憑性があるよ」

 

 平田にしては珍しい言葉だった。彼は堀北の能力を批評したのだ。

 批評。非難とまではいわないが、誰にでも平等に接する男が言うとなると言葉の重みが違う。

 

「堀北を侮っているな。あいつはコミュニケーション能力はイマイチだが、他の能力は高いぞ」

 

「確かに堀北さんの能力は凄いよ。今回の試験でも僕じゃマネできない推理力を持っていた。でも1人で全部抱え込んだ人間が無人島試験の策みたいな視野を広くした策を取れるとは思えない」

 

 断言する平田。そこには強い意志があった。

 これ以上騙そうとするのは悪手だな。

 平田とのパイプは重要だ。仲違いする訳にはいかない。

 

「綾小路くん、君は君の意志で彼女のために協力しているんじゃないか?」

 

「だとしたら?」

 

 この発言に平田の表情が少し動く。

 

「……それは認めるってことで良いのかな?」

 

「そうだな。言われっ放しってのは嘘だな。だが、オレは堀北のために協力しているんじゃない」

 

 全ては……オレ自身のために。

 喉まで出かけた言葉を抑え、オレは再度平田を見る。

 平田の表情が顕著に動いた。予想外のことに驚いたからではなく、怖いものでも見たかのように。

 

「事情は話せない。だが協力してほしい」

 

「綾小路くん。正直言うと、僕には……言葉は悪いけど君が不気味に感じるよ。その雰囲気、そしてその瞳も」

 

 オレは確かに堀北と多い時間過ごしている。

 平田はそのことを知っている。無人島試験でも、その前の暴力事件でも一緒にいたと平田は認識しているはずだ。

 だが、オレは少々動き過ぎた。これはオレの失敗だ。あの時、あの試験の時、茶柱との約束など無視し、もっと早く身を隠すべきだった。

 無人島試験、平田はオレとの接触が多かった。積もった違和感がこの現状を引き起こしているのは間違いなかった。

 

「綾小路くんのやることがクラスのために最善というのなら、僕は協力を惜しまない。

 でも何の説明もなしにただ協力することは出来ないよ。それも単独行動で。もっと僕たちを頼ってくれないのかい?」

 

 以前聞いた言葉を性懲りもなしに聞いてくる。

 協力。一般的なそれとオレの知っているそれは別物だ。

 

「……確かにそうだな」

 

 だが、オレは納得の意を見せる。それの方が手っ取り早いと感じたからだ。

 嘘にも種類がある。こういった優しさを見せる嘘も時には必要だ。

 平田は真意を知ることなく大喜びする。

 笑顔を見せ、胸に手を当てる。自分を頼ってくれとジェスチャーを添えている。

 

「今からやることは、この船上試験での法則を見つけるためのことだ」

 

 両手を上げ、観念したかのようなポーズをする。そして正直に答えた。

 平田はやはりというか、この発言に大いに驚く。

 

「試験の法則!? そっか、……だから単独行動を」

 

 まだ何も言ってないが、平田はこちらの都合よく解釈してくれた。

 オレはそれに乗っかって話を続ける。

 

「そんなところだ。皆に協力を要請してしまうとかえって動き辛いんだ」

 

「確かにそうだね。でも、僕にくらい要件を言ってほしい。さすがに疑っちゃうよ。頼ってくれれば、僕は手助けするよ」

 

「ああ、今度から気を付けるよ」

 

 そう言って会話が終わる。

 平田はというと、携帯を素早く動かす。操作を終えると、画面をこちらに見せた。

 そこには橋本宛のメッセージが綴られていた。

 

「これで良いかな?」

 

「ああ、問題ない。助かったよ平田」

 

「良いよ。これからはもっと頼ってよ」

 

 頷きで返し、オレは立ち上がった。

 すると瞬く間に平田の携帯が音を立てる。

 平田は確認すると、

 

「橋本くんからだ! …………大丈夫だってさ! すぐ向かうって返すけど良い?」

 

「ああ、頼む」

 

 オレはブレザーを整え、扉へ向かう。

 部屋を出る前に平田へもう一度お礼を言う。

 平田は笑って送り出してくれた。

 

 

 

 

 

 ある言葉が頭を過ぎりかけた。

 偽りの関係に喜ぶ平田洋介に対して。

 だが、何となく、そう何となく、その言葉を噛み締めた。

 

 無人島試験であそこまで後手に回ったのはある人物のせいだ。

 今回の試験で柄にもなく、期待している自分がいる。

 推し量りたい。自分を壊せるのかどうか。

 オレの心はそう言ったプラスの気持ちを持っているはずなのに。

 

 なのに、なぜか。

 

 

 

 つまらない。その言葉に少しだけ嫌悪を感じた。

 

 

 

 ──────────────────

 

 

 

 

「あれれ、誰かと思えば綾小路くんじゃん」

 

 平田が指定した場所に辿りついたオレは周囲を確認していた。

 この場所は豪華客船の非常階段前。ここまでの道は一本道で人気などあるわけがないが、念のためは忘れない。

 確認していると、奥から目的の人物が歩いてきて、こちらに話しかける。

 

「平田くんに呼ばれたはずなんだけどねぇ~」

 

 心底可笑しげに笑っているのはAクラスの生徒、橋本 正義。

 無人島試験で出来たオレの交渉人だ。

 

「メールにはオレの名前があったはずだが」

 

「冗談だよ。気楽にいこうぜ、綾小路」

 

 馴れ馴れしく距離を詰めてくる橋本は肩を組もうと手を伸ばす。

 オレはその手を払い除ける。

 

「お前とオレは交渉するされるだけの関係だ。余計なスキンシップは必要ない」

 

「怖いねぇ、さすが自分のクラスを救わなかった男だ」

 

 ニヤニヤと笑うその顔は人をイラつかせる。人によっては、手が出そうだ。

 もっとも、俺からすればどうでもいい。

 

「いやな、正直な所ほんとに疑問なんだわ。何で表舞台に出ないのか。あの時お前はすべてを知っていた。

 AとCクラスのやろうとした計画の全てを。実際、もう少し頑張れば勝てた可能性は少しはあっただろう?」

 

「終わったことだ。結末はオレの言った通りになっただろう。これでオレの価値は示されたはずだが」

 

「お前の言った通りの未来になったら、協力関係を設けてほしい……だったな」

 

 オレの言った通りの未来。それはAクラスとCクラスが勝つという未来。そしてどうやってその未来に辿りつくまでの過程。

 それをこいつに話した。そしてもし、この未来が正しかった時は今後協力する機会をくれと言ったのだ。

 もちろん、初めはこいつから情報を引き出そうとした。だが、それは出来なかった。

 こいつにはあの試験の時、裏切りの先約があったからだ。契約で縛られている以上、こいつを動かすのは不可能だと悟ったオレはこいつを予定通り、交渉人にした。

 

「でも、書面に証拠なんてないよなぁ」

 

 常におちゃらけた雰囲気で話す橋本。だが、目は笑っていない。ただふざけているお調子者ではない。

 こちらの出方を窺っていることは丸わかりだった。

 

「その時はその時と言ったはずだが?」

 

 オレは特に何かの仕草をすることなく、橋本にそう言う。

 握り拳を作る必要などない。橋本はオレの身体能力を知っているからだ。

 

「冗談だ。木の上を平然と移動する奴と喧嘩なんて御免だからな」

 

「悪いが冗談言っているほど暇じゃないんだ。お前との接触も控えたかったくらいだしな」

 

「つれないことを言うなよ。まぁ、この機会に連絡手段を作っておくのは賛成だ」

 

 お互いに携帯を取り出し、連絡先を交換する。

 徐々に名前が増えてきたアドレス帳に思うところはあるが、今はそんなことよりもだ。

 

「目的を果たすぞ。橋本、お前のグループのメンバーを全員見せろ」

 

「……それだけで良いのか? てっきりオレはAクラスの優待者全員を教えろと聞いてくると思ったんだが」

 

「優待者の把握は99%済んでいる。だが、まだ確定してはいない。お前のグループメンバーを見れば、100%の保証を得ることが出来る」

 

 橋本の眉がピクリと動いた。釣れた、そう考えて良いだろう。

 正直こいつから情報をもらって法則の真実性を上げる必要はない。

 先ほど平田に適当な自クラスのメンバーのリストを見せてもらえれば、簡単に保証できる。

 だが、こいつに食いついてもらわなければならない。オレがこいつにとって有能と示し、こいつにとっての1番、すなわち御贔屓様になる必要があるからだ。

 勿論オレと橋本は違うクラス。いずれ競い合う時が来るだろう。その時橋本はオレの実力を他の人物に話すかもしれない。

 だが、話した所で勝てない。一番はこいつだ。こいつの下にいれば勝てると思わせれば、橋本という人間は裏切らない。

 むしろ、橋本という人間はスパイという形でオレの駒になりえる。

 今は橋本を従順にさせる段階という訳だ。

 

「大きく出たな。それでその法則とやらは教えてくれるのか?」

 

「そのつもりだ」

 

 現状残っているグループは鼠グループを除く11グループ。

 鼠グループの優待者は法則に従うとAクラスにいる。だが十中八九、カムクラが当てている。

 優待者が1人減っており、Aクラスはピンチと言って良い。

 

「オレがお前に接触したのは今後の信用を得るためだ。そのために、オレはこの試験の未来をまた伝える」

 

「なるほどね、それでお前という人間を信じろという訳か。お互いに利がある関係とするために」

 

「AとDが競い合う時はお互い不干渉、それ以外の時はお互いに手を貸せるように。悪い条件じゃないはずだ」

 

「ああ、悪くねえ」

 

 不気味な笑みを浮かべる橋本。これがこいつの本性と見て良いだろう。

 

「そしてもう一つ────」

 

「────オレの存在をばらすな、だろう? ほんと、そこだけは心底理解できないぜ」

 

 あの時と同じように、オレの存在を露呈させないよう念を押す。

 ただの口約束だろうと書面に書こうと、橋本という人間は自分の目的のためなら手段を選ばない。

 Dクラスの人間と暗躍するし、無人島試験では裏切り行為に走っている。そんな行為を平然とする。

 なぜなら橋本は最終的に勝っている立ち位置が欲しいという欲求があるから。だからどんな可能性も簡単には捨てない。

 同時に価値のなくなった可能性はすぐ捨てる。何があっても。

 だからそこはどちらでも良い。重要なのは裏切らせないという事だけ。

 常に価値ある選択肢があれば、橋本はまだ信用できる人物だ。

 もっとも、この状況を作り出せるかは賭けだった。そればっかりは「運」が良かったというしかない。

 

「ほらよ。これがオレのグループのメンバーだよ」

 

 橋本は自分でメモしたであろう紙が映っている携帯画面を見せつける。

 オレはそこから一応の確認をするとやはり、優待者の法則は適用された。

 橋本が嘘の情報を渡していない辺り、接触は好感触と言っていいだろう。

 そして橋本が携帯では録音をしていないことも確認する。

 他の機器を使っている可能性もあるが、待ち合わせてからすぐに行動に移したため、そんな余裕はないと見て良い。

 可能性は0に近い。

 

「1人で納得すんなって。俺にも教えてくれよ、法則ってのはどんなだ?」

 

「この試験の優待者は干支の動物の順番と割り振られた生徒達との名字の順に関連性がある」

 

 優待者の法則。それは今言った通りだ。

 例えば、竜グループ。竜の干支は子、丑、寅、卯、辰と5番目。

 竜グループの優待者は櫛田だ。竜グループは安藤、葛城、神座、神崎、櫛田と5番目。

 このように数字が一致した時こそ、優待者の法則は機能する。

 例えば、オレが属している兎グループ。兎は4番目で、4番目に位置する生徒は────軽井沢だ。

 意外にもシンプルな法則だ。

 

「はっ? そんな簡単なことなのか?」

 

 橋本は半信半疑ながらも携帯を動かし、確認を始める。

 そして確認が終えると目を見開いた。

 

「マジかよ……確かに当たっていやがる!」

 

 橋本はもう一度携帯に視線を戻し、素早く動かす。

 どうやら別パターンも試しているようだ。

 別パターンを試す。すなわち、試せる優待者を橋本は複数人把握しているということだ。

 さも当然にこの行動をしている橋本はやはり侮れない相手だ。

 

「なぁ、綾小路。教えてくれたってことは、当然この法則使って良いということだな?」

 

「構わない……と言いたいが、今回はやめた方が良い」

 

「……なんでだ?」

 

 橋本の疑問は至極当然だ。

 目の前に食事があるのに食べれない。そんな感覚だろう。

 

「既にオレは策を実行している。今お前が勝手に優待者を当てると綻びが起きる」

 

「自分勝手だな。それを俺が聞く必要はあるのか?」

 

「ないな。だが安心しろ。旨味0という訳ではない」

 

 オレの忠告じみた言葉に橋本は怪しい笑みを零しながら、オレの返答を待った。

 

「この試験、DクラスはBクラスと協力する。この法則を使ってAクラスとCクラスの優待者を根こそぎ当てる」

 

「おいおいちょっと待てよ。それじゃあ、Aクラスはぼこぼこにされるじゃねぇか」

 

 橋本が割り込むことで話が中断される。

 もっともの疑問だが、早とちりだ。

 

「話を最後まで聞け。その際Aクラスにも協力を仰ぐつもりだ。そして3クラスでの協力関係を作りCクラスだけを集中狙いする」

 

「……おっそろしいなぁ! 誰でも一番最初に思いつく簡単な作戦だが、それに現実性を持たせて実行するお前に驚きだ」

 

 大笑いする橋本を無視しつつ、オレは念のため周囲を確認する。

 防音室などにいない限り、声は意外にも反響するものだ。だが杞憂に終わる。人の気配は今のところない。

 

「そんでCクラスが滅多打ちにされるのが今回の未来ってわけか。だが────少々割に合わねえな」

 

 余裕を失わない橋本は両掌を重ねてうなじに持っていく。

 加えて、非常階段に繋がる扉へと寄りかかった。

 

「俺らの現状のリーダー、葛城は自分の意見はそうは変えない。

 もしその策にあいつが乗らなかった時、法則を知っているオレは泣き寝入りしなきゃならねぇのか? 酷い話だぜ」

 

「なら好きすれば良い。好きに当てても良いが、その時はBクラスとDクラスを敵に回すことになるぞ」

 

「はは、脅しか。やめてくれよ。小心者の俺にはしんどいぜ」

 

 これでも余裕はなくならない。

 十分だ。やはりこいつは交渉人として良い。

 自分の意見を言いつつ、すぐに次の可能性を考えている。はったりではなく、何かしらの策があるからの余裕だ。

 仮にはったりでも大した演技力と言っていい。

 自らの思考だけで最適を探せる。偏に言うと賢い。

 引き際を知っていることはもちろんとして、引いてはいけない場面も把握している。

 しっかりと自らの利になる判断が出来ている。

 優秀だ。分析はある程度完了した。

 

「悪いな。少し試させてもらった。お前の交渉人としての腕を」

 

「はっ、人が悪いぜ。冷や汗をかいちまった。それで、そう言うってことはなんか用意してくれてるんだろう?」

 

「ああ、もし葛城が動かなかった場合、こちらで指定した人物を当ててもらう」

 

「それはどこのクラスだ?」

 

「Cクラスを2つ。本来、Bクラスと山分けするはずだったポイントだ」

 

 ニコリと笑う。どうやら満足したようだ。

 ここまでの話を纏めよう。

 もし葛城が協力するなら、3クラスで協力してお互いに優待者を当て合った後、Cクラスのポイントを山分けする。

 クラス1つ辺り(Aクラスを除く)、50cpと50万pp。得れるポイントはかなり少ないが、Cクラスには-150cpと-150万ppのペナルティがいく。

 もし葛城が協力しないなら、Dクラスは予定通り50cpと50万ppを手に入れ、AクラスにはCクラスの優待者を2つ当ててもらい利益を得る。

 という筋道だ。

 が、もちろんこれには穴がある。カムクライズルという男が作った穴が。

 AクラスはCクラスから既に負債を受けている。

 そのせいで、この試験では2人以上優待者を当てなければプラスにはならない。

 そして何より自クラスの優待者の数からして、そもそも1:1交換が出来ないのだ。

 

「なるほどな。それ以外のクラスは各々好きにしろという訳か」

 

「いいや、違う」

 

 状況を飲み込んだはずの橋本だったが、オレからの否定にきょとんとする。

 ここでこいつの理解を浅くしておけば、もっと良い立ち回りが出来るだろう。

 だが、オレは今後のことを考え、橋本の好感度を上げておく。

 あえて1:1交換の策を言わなかったのはここで信頼を得るため。

 Aクラスのピンチを消してくれた存在には図られたとはいえ、借りが出来る。

 

「違うってのはどういうことだ?」

 

「それは────」

 

 そうしてオレは橋本に全ての説明をする。

 カムクラがAクラスの優待者を当てていること。カムクラが優待者の法則を知っていること。

 だから早めに全ての試験を終わらせなければならないこと。そして腹いせの報復を受けないように1:1交換の策を取り、防御を固めること。

 

「どうだ? 納得できたか?」

 

 我ながら意地悪な質問だ。余裕そうだったポーズを崩し、扉を背に空気椅子をしだし、右手を顔に当てて思考している橋本。

 明らかに動揺している。

 

「……出来るかよ」

 

「だろうな。だが結局やることは変わらない。オレはこの策を実行する」

 

「……ちっ、葛城の判断次第ってわけか。むしろあいつが頑固のままでいてくれた方が得れるポイントは多いとまできた。それにCクラスにダメージはどっちにしろ行くのか」

 

 状況を理解していく橋本にオレは頷いて正解を伝える。

 

「Aクラスの現状について恨むなら、それはオレではなく、カムクラにしてくれ」

 

「過ぎたことを恨んでも意味ねえよ。問題は現状に対する判断。今後の事を踏まえた判断だ」

 

 既に意識を切り替えたようで、橋本はAクラスが最適になる方法を懸命に考える。

 もうそれぞれの判断だ。こちらの伝えたいことも伝えた。

 後で連絡を取ればよいだけだ。

 

「オレは部屋に戻るぞ。まぁ、アドバイスをするなら現状維持に全てを懸けろくらいだな」

 

「簡単に言いやがって」

 

「まぁ、判断が出来たら一応連絡はくれ」

 

 オレは部屋へ戻るために、来た道を戻る。

 時間的にも夕食の時間だ。2回目のグループディスカッションまでは既に2時間を切っているので、それぞれ何かしらの行動に移っているだろう。

 帰路についていると携帯が鳴った。

 内容を確認すると堀北からだ。どうやらBクラスとの交渉に成功したらしい。

 

 計画が順調に運んでいることに安堵しながら、携帯をしまった。

 

 

 

 




矛盾があったらすぐに修正します。

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