ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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いつもよりやや長い


天災

 

 

 

 

 

 

 静まり返った部屋。今、自分の口の中に溜まった唾を飲みこめば、きっとこの場にいる生徒全員に聞こえてしまうだろう。

 奇抜な髪形をした男の発言が作り出したその部屋では、誰もが黙り込んでいた。

 部屋内にある時計を見ると、残り時刻は約40分。時計の針だけが何物にも遮られず前へ進んでいる。

 円形の机に14人で座って話しているので、お互いの表情は常に見ることが出来る。

 映るのは、驚愕か荒唐な表情を浮かべている同級生たち。そして不気味な無表情を浮かべる下手人。

 私たちは彼に対して動かぬ口の代わりに目で訴える。

 それが現状最大限の抗いだった。

 

「優待者の共有について話し合いを続けるのでしょう?」

 

 大量の視線を気にすることなく、彼は話し合いを再開する。

 止まらない。絶対的な不利な状況を自ら作り出し、そこに飛び込んで尚、彼から余裕はなくならない。

 

「……貴様という人間は本当に」

 

 今までよりいっそう強い睨みを利かせる葛城くん。

 カムクラくんは涼しい顔で受け流す。

 

「堀北、Cクラスに協力する気はないようだ。こいつらを抜きに、我々だけでも話し合いをしよう」

 

「何を言うんですか、僕は議題を分かりやすく提示しただけですよ」

 

「混乱させただけだ!」

 

 真面目で慇懃な物腰の印象が強い葛城くんが唾が出るほど口を開け、怒鳴る。

 正当な怒りであったため、その怒鳴りに誰も物怖じしない。

 

「冷静じゃないですね。だから、らしくもない短慮が露呈します」

 

 すぐに返答したカムクラくんはまた訳の分からないことを言う。

 どこに短慮があったのだ。事実、葛城くんはその発言に戸惑う。

 カムクラくんは葛城くんの方に身体を向け、自分の瞳を見ろと言わんばかりの迫力で彼の目を見て話しだす。

 

「あなたは僕の発言を聞いた時、試験で勝つための様々なことを思考したはずです。

『櫛田桔梗』が本当に優待者なのか? 本当に優待者なら今ここで試験を終わらせることがベストではないか? しかし、嘘の可能性もあり結果4をまた誘発させようとしている可能性もある。それに、結果1に導ける方が将来性を考えれば、安全性や他クラスとの関係良好と言った旨味がある。

 これらのことを踏まえた上で現状ベストなことは僕を共通の敵のままでいさせ、どの状況になってもマイナスにならないよう立ち回るべきだ」

 

 緩急のない声がゆっくりと耳を通過していき、状況を理解していく。

 いや、理解しようとするが、理解しがたいことだった。

 彼はテレパシーでも使ったかのように思考を読んだのだ。

 勿論比喩だ。人間にテレパシーは使えない。思考を誘導し、まるで読んだように見せることは出来ても、直接読むなんて不可能だ。

 でも、カムクラくんは思考を読んだとしか思えなかった。

 

「怖いですね。正当性を持った怒鳴りは合法的で反撃をさせない暴力と変わらない」

 

「出鱈目を……」

 

「ええ、もちろん出鱈目ですよ。しかし、あなたの視線、仕草、表情、会話をするまでの間、そしてこれまでの状況。そういった挙動から推測した僕の言葉は出鱈目ではありません」

 

 カムクラくんの発言に葛城くんは黙り込む。

 何も言い返せない所を見ると、事実だったことが窺えた。

 末恐ろしいことだ。自分たちの敵の大きさを再認識する。

 

「先程の場面、あなたが冷静だったならば、会話をせず黙っていたはずだ。黙っていれば、被害はなかった。

 急に策を変え、堀北鈴音に賛同したことは予定外の行動でしょう? 積もる焦りは不確定を呼び、結果を分岐させる。それはあなたが一番嫌った行動なのに」

 

 葛城くんは驚きを隠せなくなり、表情が僅かに歪んでいく。

 

「あなたの我儘はあなた自身を苦しめていき、その被害はクラスにまで伝染する。そして更なる自責の念があなたを苦しめる」

 

 それが決まった未来かのように話していくカムクラくん。

 彼の行動に確定は出来ないが、今は葛城くんを追い詰めているようだ。

 しかし、葛城くんは悪意に屈せず立ち向かう。

 

「……確かに、現状はオレの我儘がAクラスに迷惑をかけているかもしれない。だが、あの時の判断は間違っていると思っていない。

 たとえ最善の選択ではなかったとしても、結果はまだ分からない。後悔するのは後で良い。その程度の嫌味で俺が曲がると思うな」

 

 葛城くんは動揺を誘う言葉を強い意志で跳ね返した。

 この行動はさすがAクラスのリーダー格だと素直に尊敬する。

 目だけを動かし、時間を確認すると残り時間が半分にいきそうだった。

 

「いいえ、僕が推測した未来はそう簡単には変わらない。あなたは失敗を繰り返す。いずれ、坂柳有栖にその座を奪われる」

 

 戯れ事と判断した葛城くんは無視をした。カムクラくんもまた興味を失ったのか、話題を変える。

 

「やはり、まだツマラナイですね。まぁ良いでしょう。

 それより、余った時間を有効に使いましょう。そうですよね、堀北さん?」

 

 私の方に身体を戻し、議論を再開させようとする。

 私は黙り込む。今のやり取りだけでも彼に話術で勝てるのか不安になったからだ。

 正直、時間を稼げるかすら分からない。

 

「待ってください、カムクラさん!」

 

 本当に彼を止められるかと疑問を思っていた最中、予想外の方向から待ったの声が飛ぶ。

 それは彼と同じCクラスの生徒からだった。

 

「何ですか鈴木くん」

 

 カムクラくんの両隣に座るのは私と園田くん。そしてその園田くんの隣に座っているのが鈴木くんだ。

 そんな鈴木くんに対して、カムクラくんは目だけを動かし、様子を窺う。

 たったそれだけの仕草だが、鈴木くんはビクリと肩を揺らす。恐怖を感じていることは簡単に連想できた。

 しかしそれでも彼は話し続ける。

 

「……このグループの優待者が『櫛田桔梗』なのは本当ですか?」

 

「さぁ、どうでしょうね。本当かもしれませんし、嘘かもしれません」

 

 相変わらず要領の得ない返しで他人の神経を逆撫でする。

 その様子に鈴木くんは怒りの表情を見せる。

 

「ふざけん……ないでください。今あなたのやっていることは、龍園さんが言っていたことに対する反逆です」

 

「反逆ですか。それはいったいどう意味ですか?」

 

「惚けないでください! 試験開始前に、龍園さんが言っていたでしょう! この試験でやってはいけない2つのことを!」

 

 鈴木くんはやや感情を顕にして怒鳴った。

 優先された感情が怒りのため、彼から恐怖はもう感じられない。

 それにしてもまさか……、いや、間違いない。

 これは仲間割れだ。

 突如起きたこの流れは時間を稼ぐにしてもカムクラくんの行動制限にしても好都合だった。

 しかし時計の針は半分を過ぎた所しか示していない。まだまだこの時間は続く。

 

「ああ……、結果1と結果2にしてはいけないことと、優待者の情報を学校側へ勝手に送ってはいけないでしたか」

 

 さらっと手の内を晒すカムクラくん。

 それに対して鈴木くんは驚き、瞬きを何度もしていた。

 本当のことを話すとは思ってもいなかった。そこまで具体的なことを言うとは想定外だった。そんな理由が推測できる。

 すなわち、今カムクラくんの言っていることは真実と見ていいだろう。

 

「……そうです。あなたはそのうちの1つを今まさに実践しようとしている。

 もっと言えば、1回目の話し合いの時、勝手に優待者の情報を送っている!」

 

 確かにそうだ。彼は先ほど私たちに協力すると言った。

 私たちに協力する、それは結果1に導こうとしているとして差し支えない。

 ────だが、忘れてはならない。カムクラくんはその直後に櫛田さんが優待者だと告げたことを。

 嘯いただけならまだ良かったがこれは真実だ。

 判断が出来ていない人が多数だが、この発言は嘘と断定するには早計で、ある程度真実味がある。

 だからこそ、結果4という不安を助長させる。最悪、嘘を見抜けず結果2にすらなりかねない。

 何にしろ、どの陣営の立場にいても最悪の一手と言って間違いないだろう。

 

「それで?」

 

「それで……じゃないんですよ。このままじゃ、ルールを破ったあなたのせいでこの試験で負けてしまうかもしれないんですよ! 

 もし3クラスが協力なんてしたら、一方的な結果が待っています。Cクラスのクラスポイントは激減し、得られるポイントがなくなってしまいます! 負けてもいいんですか!?」

 

 この状況で協力関係を作られてしまえば、逆転は難しい。それは言うまでもない。

 鈴木くんは正しく状況を理解し、クラスのための行動を見せている。

 彼もまた竜グループにいるのだ。各クラスの中心人物が集まったこのグループは話し合い次第でそれぞれのクラスの方針が変わる可能性が大いにある。

 それを察し、止めようと行動を起こす辺り、彼は優秀だ。

 しかし、

 

「それで?」

 

 この男には常識は通用しない。優秀なだけで止まるなら、ここまでの苦労はしない。

 先ほどと全く変わらない姿勢と声色、言葉。反復するようプログラムされた機械のように繰り返す。

 一方的な結果になろうが知ったことではない。そう解釈できる発言に鈴木くんは絶句してしまう。

 

「それであなたはどうするんですか?」

 

「……龍園さんに報告する」

 

 鈴木くんは携帯を取り出し、脅すように見せつける。

 

「ツマラナイ。……まぁ、今回の行動は僕のクラス内での立場を下げる役目もあるので予想通りでも仕方ありませんか」

 

 ポツリと呟くが、それは意味が分からないことだった。

 立場を下げるというのはどういうことだ。まるっきり分からない。

 

「報告したければどうぞ。今回の試験、蚊帳の外にいる彼は時間こそあれど、試験の法則に辿りつくのはもう少しかかるでしょう。

 なので今頃彼はやや不機嫌です。彼の怒りに触れないよう気を付けてください」

 

「……俺は本当に言いますからね」

 

 アドバイスを添えて返したカムクラくん。

 証拠を押さえられたことで大人しくなった犯罪者のように静かになったわけでもない。

 いまもって余裕はなくならず、この忠告を心底どうでも良いものと思ってすら感じる。

 鈴木くんはその態度に戸惑いつつも、携帯をしまった。そして、無言で下を向く。

 ビクビクと震えている身体には、恐怖が戻ったのだろう。

 私は彼が恐怖を感じながらも言いたいことを言い切ったことに称賛する。今の行動を同じ状況下で言える人間が果たして何人いるだろうか。

 

「さて、話を戻しましょう。堀北さん、あなたのクラスの優待者は『櫛田桔梗』ですよね?」

 

 再び話が振出しに戻る。私は彼の方を向き、一拍おいてから返答した。

 

「……どうでしょうね。たとえそうだとしても『はい、そうです』って私が返すと思う?」

 

「否定はしないんですね」

 

「口車には乗らないわよ。私はさっき自分のクラスに優待者がいると言った。

 そしてこのグループのDクラスの数は3人。イエス、ノー、どちらを答えても確率は残り2分の1になる。わざわざそんなへまはしない」

 

「良い解答です。ですが、まだ固い」

 

 その評価に対して異議を唱えたくなったので目を細くする。

 

「そういう表情もですね。あなたは正直すぎる。美徳ではありますが、もう少し嘘を学ぶべきです」

 

「その上から目線。さっきの解答に正解がある言い方ね」

 

「さっきの正解を言うなら、相手に真意を悟らせないよう真実を『事実』と『嘘』で覆えば良かった……ですね。

 もしくは大量の『嘘』で覆い隠すか。イエスと答えようがノーと答えようが、そこから多くの嘘を吐けば、絡まった嘘の糸はほどくのが難しくなります」

 

 言論を事実と嘘で塗り固めろ。

 混雑した場所から真実を抽出することは確かに難しい。嘘塗れの状況も同様だ。

 状況を打破するための正しいコトダマを大量に集め、正確に使えなければ、どちらの議論もゲームオーバーだ。

 そして今は突破するだけのコトダマが足りない。

 

「あなたは先ほど『事実』のみを口にした。グループの人数も確率もすべて『事実』です。

 だから『櫛田桔梗』が優待者ではないという因果関係も成り立つ。しかし同時に『櫛田桔梗』が優待者であるという関係を否定したわけではないのですよ」

 

 私は彼の言いたいことを理解する。

 事実と嘘を混ぜて話せ。それが上手い嘘のつき方だ。そう言いたいのだろう。

 嘘を巧みに扱う詐欺師のように。…………櫛田さんのように。

 ……気分があまり良くない。連想させられた(・・・・・・・)

 集中が少し乱れながらも私は挫けず彼の話を聞く。 

 

「だからただの平行線。議論が進まないだけで、後退する訳ではない。そして────それは時間の浪費(・・・・・)です」

 

 じりじりと何かが押し寄せてきた。

 赤い瞳は私を見透かしている。そう感じてしまった。

 それが切羽詰まった気持ちを生み、焦燥が表情を蝕む。

 

「その焦った表情を出してはいけないのですよ、堀北さん」

 

「……何の話かしら」

 

「別に『事実』と『嘘』を混ぜて話しても……時間稼ぎ(・・・・)は出来ますよね?」

 

 ……忌ま忌ましいことに全くその通りだ。虚を突かれ、心の余裕がなくなったゆえに焦った。

 無意識かつ些細な変化なのになんで気付くんだと悪態をつく。

 しかし、言われっぱなしは捨て置けない。私は抵抗する。

 

「確かにそうね。『事実』だけだろうと『事実』と『嘘』を混ぜようと時間稼ぎ(・・・・)は出来る」

 

「あなたの言う通りです。それで────時間稼ぎは出来ましたか?」

 

 言葉の意識が、矛先が変わった。

 喉元に刃物を突き付けられているような気分だ。

 何もかも分かっているような口ぶりに冷や汗が流れる。

 焦ってはだめだ。集中しろ。

 これ以上ボロを出すわけにはいかない。

 私は一度大きく息を吐く。ため息をつき、呆れた様子を見せることで余裕を糊塗する。

 その少しの間に、一旦心を落ち着かせる。

 そしてカムクラくんの行動に対処できるように一挙一動を警戒した。

 

「時間稼ぎ? 私はそんなことはしていないわ。あなたこそ、時間の浪費を止めたらどうかしら?」

 

「僕に『嘘』は通用しません」

 

 しかし、そんなことは無駄だと言わんばかりにカムクラくんが行動を開始する。

 彼は右手で私の顔を指差す。

 そしてそのままある場所(・・・・)に指を動かした。私の視線はその誘導通りに時計(・・)を捉えた。

 

「見すぎですよ」

 

 ────表情が歪んでしまった。

 その言葉に思い当たる節が脳内で溢れる。

 数回だ。それに目線だけで見ているときもあった。

 主観的はあり得ないと否定する。だが客観的に見た時、時計を追っていた私の表情はどうだったか。

 ミスへの悔いる気持ちが反省を始めようとする。今は試験中だというのに。

 

「それで、次はどうしますか?」

 

 追い打ちをかけるように彼は続ける。

 私は彼の発言を一旦無視する。

 

 しかし、またここでミスをした。

 

 その一瞬で、彼が、とうとう爆弾に手を付けたからだ。

 彼の標的が変わってしまった。

 

「櫛田さん、あなたからも反論を聞きたいのですが?」

 

 中性的な声は何にも遮られず櫛田さんの元へと到着する。

 

「……反論かぁ」

 

 久しぶりに聞く彼女の声。2回目のグループディスカッションで口を動かしたのは今回が初めてだろう。

 何を言い出すのか分からない。今の彼女に普段のような愛想は見当たらない。

 だからと言って姿勢や声色、雰囲気に異常がある訳ではない。誰にでも人当たりが良く、笑顔を絶やさない櫛田さんがいないだけ。取り繕っていない自分自身を出しているような、ごく普通な女子生徒のようだ。

 ただ、焦点が合っているか分からない瞳は普段のイメージとの差異を生む。

 結果、傍から見れば、やや不機嫌な櫛田桔梗。それが共通認識だと感じた。

 

「そうやって私に話させることで優待者の真偽を計ろうとしているのかな?」

 

「さも当然なことを言うのはやめてください。これは議論ですよ」

 

「そうだね。でも変に感じたんだよ。断定しているように感じたからさ」

 

「それは正しい感覚です。僕はあなたたち3人の中であなたが一番怪しく感じましたので」

 

「それはどうして?」

 

「2回目のグループディスカッション中、あなたの表情は暗かったからです」

 

「そっかぁ…………ウソツキ」

 

 大きく弧を描く笑みを浮かべる櫛田さん。目を細くし、ケラケラと笑う彼女のその様子はどこか妖艶な雰囲気があった。

 そんな普段の彼女からは絶対考えられない変化に、竜グループの面々は注視する。

 

「嘘つきですか。しかしそう言われても仕方ありません。何せこの試験で勝つためには嘘を有効活用した方が勝ちやすい」

 

「違うよ。私の表情が暗いから優待者だと思ったんじゃないでしょ?」

 

「と、言いますと?」

 

 カムクラくんの返しに櫛田さんは鳥の囀りのように可愛らしい声で笑う。

 表情も生き生きとしたものに変え、会話を続ける。

 

「惚けないでよ。この試験の必勝法を知っているって言ってたじゃん」

 

 必勝法。その言葉が意味すること。それは全グループの優待者を知る方法だ。

 

「でも、カムクラくんは予想のつかない未来……だっけ? それを見たいから試験を終わらせないんでしょ?」

 

「前半は正しく、後半は間違いです。終わらせないのではなく、終わらせられないですよ」

 

 だんだんと落ち着き、冷静さを取り戻してきた私は考える。

 もはや何が正しいのか分からなくなってきた彼の発言。理屈で動かない以上、彼の習性から行動を推測するしかない。

 ただ、現状はっきりしていることは彼が予想外の未来を見るために試験で遊んでいるという事。櫛田さんの言う通り、彼はそれを見るまで試験を終わらせないはずだ。

 だからこそ、私たちは勝機を見出したのだ。

 自分を鼓舞する。

 そうだ。だから諦めずに前へ進むと決めたのだ。

 

「……じゃあさ、今カムクラくんが一番やられて欲しくないことってさ、私が優待者と名乗り出ることで良いんだよね?」

 

 希望をへし折るかのように、懐から自爆装置を取り出そうとするように、彼女は笑顔を絶やさず言った。

 愛くるしい表情から連想できない発言はグループメンバーの思考を急停止させる。

 

「それがあなたの選択ならば……僕は止めません」

 

 カムクラくんは変わらない表情でそう言った。

 そして声色も変わることなく会話が続く……はずだった。

 

 

 

 

「ただ────それは最もツマラナイ結末です」

 

 

 

 

 この場が静かだったためか、カムクラくん自身が声を張り上げたのか。

 果てしてどちらが正しいのかは分からないが、私の聴覚は過剰に反応した。

 彼から「つまらない」という言葉を引き出したことは予想通りの未来だったということ。

 彼の目的から逸れている時だ。つまり、彼はまた予想外の状況を作るために行動を開始する。

 一連の思考を終え、私は再び身構えた。

 

「別に今のあなただけに期待しているわけではありません。絶望に耐えられても、必ずしもすぐに前へ進むわけではありません。

 しかし、選んだ選択がそれなのは興醒めです」

 

「蛮勇と勇気は違うからね。だから……今の私はあなたの思い通りにさせるのが嫌だから、精一杯の嫌がらせに徹するよ」

 

 相手を見下す強烈な視線。声色と雰囲気は怒気を含んでいて、彼女が怒っていると誰もが連想できた。

 性悪。そんな評価が本来の櫛田さんには正しい。今はそんな本性が表に出ている。

 しかし誰も勘違いすることはないだろう。

 試験を乱す敵に対して、櫛田さんは激怒している。この簡単なシナリオがあれば、彼女の本性はバレない。

 むしろ、どんな人にも優しいという何とも嘘っぽい風評より、嫌なことに対して嫌と言えて怒れるという人間味がある噂が広がり、彼女の評価は今より上がりそうだ。

 

「それが予想通りでツマラナイと言っているんですよ」

 

「つまらなくていいよ。試験で遊び、人をおもちゃのようにいじるカムクラくんに好き勝手させない」

 

 言い切った彼女に声を掛けたくなる。それほど強い意志を感じた。

 だが、言ったことを思い出して欲しい。彼女はカムクラくんへの嫌がらせをするために自分が優待者だと名乗る、そう言ったのだ。

 すなわち、彼女はこのグループの試験を誰かに終わらせようとしている。

 それはダメだ。ポイントの変化が、私たちの策に異常を来たす。

 ここでAクラスやCクラスの生徒に櫛田さんを当てられてしまえば、Bクラスとの策は台無しだ。

 

「諦めただけのあなたが随分と粋がりますね。────堀北さんは前に進んでいるというのに」

 

 優待者だと証明できる携帯を取り出しそうとしていた櫛田さんの動きが止まった。

 私と比べられること。嫌いな人間と比較されること。

 その煽りの効果は覿面だ。自身の左ポケットへと向いている彼女の表情はそれこそ右隣に位置する平田くんしか窺えない。

 平田くんはビクリと体を揺らし、怖じ恐れる。想像するに般若のごとき表情でもしているのだろうか。

 

「何が言いたいのかな?」

 

 カムクラくんへと向き合った表情はニコニコした人当たりの良い顔。

 平田くんは足で椅子を引いた。表情も引いていることから、正真正銘のドン引きを見せている。

 

「成長の差ですよ」

 

 バン! そんな大きな音が部屋に響き渡る。

 それは櫛田さんの右手から生じていた。彼女が携帯を机に置いた音。

 全員の視線はその音の発生源に集中する。

 

「何とでも……言えばいいんじゃないかな。もうこの試験は終わらせてあげるからさ!」

 

 隠す気のない怒気が彼女から溢れる。

 失言だ。先ほどの状況とは違い、あることを指摘されたことによる逆上。彼女の噂に黒い噂が追加される可能性が大いにあるだろう。

 しかし、そんなことよりもだ。

 彼女は本当にこのグループを終わらせようとしている。そうはさせない。

 私は神崎くんへと目を動かし、あらかじめ決めておいた合図を送った。彼はすぐに反応を見せた。

 状況がまずい方向へ辿っていたことを気付いていたのだろう。さすが、状況が良く見えている。

 

「……幕引きですか」

 

 カムクラくんはポツリと独り言を零す。

 私は彼の行動を警戒するために彼の方へ向き合った。

 驚くことに、彼はこちらを見ていた。もしかすると今の合図に気付いたのかもしれない。

 だが、気づいた上でその発言ならば……。

 いや、油断してはいけない。彼がこちらの予測を上回ることは何度も見た。

 今この状況すらも彼の掌の上だというのならば、正直、私にはもう為す術がない。

 しかしその時はその時だ。また考え直す。まだ負けてなんかないんだ。

 そう考えていた私に彼は、

 

「見事です堀北さん。あなたの勝利です」

 

 そう言った。

 掌の衝突する乾いた音が木霊する。

 そして長いようで短い拍手を終えると────彼は立ち上がった。

 何もしない。それがむしろ怖い。

 彼が何かを用意していないことがより何を考えているのか分からなくなる。

 

 

『竜グループの試験が終了しました。竜グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。

 

 他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』

 

 

 

 試験終了のアナウンス、そして同時に全生徒へとメールが届いた。

 私は神崎くんを見ると、彼は薄く笑っている。最終手段は成功したと見て良いだろう。

 櫛田さんが暴走した時は何かをされる前に試験を即終了させる。

 手筈通りの動きができた。間違いはなかった。

 

 

 ただ、置き土産をもらった。

 

 

 勝ったはずにもかかわらず、私の心には何とも言えない感情が残された。

 既に扉前へ移動していた彼は颯爽とこの部屋から出ていく。

 その後ろ姿から分かる彼の異質さをまじまじと実感する。

 

 

 だが、私の特別試験は終わった。

 今は……それで良しとしよう。

 

 

 

 安堵し、私は勝利を嚙み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その部屋はハッカーの真似事でもしているように12枚のモニターがあった。

 何も映していない1枚を除いて11枚のモニターは赤い生徒たちを映している。しかしその1枚はある理由でうごいてないだけで、決して誤作動を起こしているわけではない。

 モニターには現在進行形で生徒たちが映っている。すなわち試験の真っ最中だ。映る時計にはそろそろ21時を示そうとしている。

 この部屋には椅子が4つある。それぞれの椅子には記録用紙を持った大人が4人座っていた。

 どうやら彼らは試験を観察し、不正がないかどうかを随時確認しているようだ。

 つまり、それぞれのクラスの担任4名が集まり、試験を見守っている。

 Aクラスの真島先生、Bクラスの星乃宮先生、Cクラスの坂上先生、Dクラスの茶柱先生。

 それぞれ真剣な目つきで業務を全うしていた。

 

 

 そこに、ガチャリと何かを開く音が響いた。

 

 

 大人たちはその異変に気付き、一斉に扉の方へと振り向く。

 扉前には幽霊のような人間が立っていた。

 大人たちはその人物の登場に驚きを隠せていなかった。

 

「……どうしてここが分かった。いやそれより……、扉には鍵が閉まっていたはずだが?」

 

 真島先生は困惑しながら訪問者に問いを投げる。

 訪問者は一歩ずつその歩みを大人に近づけながら言葉を返す。

 

 

「────僕は運が良いんですよ(・・・・・・・・・・)

 

 

 黒一色の髪を怪しく揺らす怪物。

 理屈も道理も彼の前では文字通りただの記号。

 怪物は先生方の前まで到着すると歩みを止めた。

 

「何の用だ? お前の試験は終わったはずだが」

 

 この場所が分かったこと、開いてないはずの扉を開けれたこと。それらに対応することは一旦置いておく。

 冷や汗を流しながらも真島先生は怪物の質問に応答する。

 彼らは大人。人間が様々な経験を得て子供から羽化した存在だ。

 子供とは違い、突然の襲来という未知にも対応する。

 

「僕の試験は存外ツマラナイ結果で終わってしまいました」

 

「あれだけ暴れたのにか?」

 

「あれだけ暴れたにもかかわらず、あっけない幕切れでした。だから────」

 

 怪物は言葉を溜める。

 大人たちはその言動に予測を立てながら、次の対応の準備をした。

 

 

「────僕も少しは足搔きましょう。堀北さんがそうしたように」

 

 

 何かの思惑がある怪物は携帯を取り出す。

 その画面には彼のプライべートポイントが映っている。

 合計は約20万程度。

 Cクラスは6月の暴力事件もあってもらえるポイントが他のクラスより減少している。

 それにしては多く残っているな、その程度の量だ。

 

「……言っておくが今回の試験はppを利用してもルールの変更は出来ない」

 

「そんなことしませんし、僕のポイントでは足りない」

 

「では、何をする気だ?」

 

「アナウンスと口止めです。僕の全ポイントと引き換えに、放送器具を一度だけ貸して欲しいんです」

 

 標的を絞った怪物はたったそれだけのことに全てのポイントをベットする。

 真島先生は他の先生に目配せする。おそらくこの試験でこの行動をする生徒は初めてなのだろう。

 その例外に対して大人たちは素早く目で意見を伝えていく。

 確認するとどの先生も否定を見せない。1つの手段として納得している。

 すると、真島先生はにこりと笑い答える。

 

「果たして何をするのか分からないが……面白い。受け入れよう。だが、少々意地悪な質問をいいか?」

 

「構いません」

 

「25万……いや、30万ppだ。もし君の提案がこの値段でなければ受け入れないならば、君はどうした?」

 

 大人は生徒を試す。

 今ここにいるのは世界中のありとあらゆるところを探したって類を見ない唯一の生徒。

 そんな彼の意見を大人は期待しながら待っている。

 

「そうですね。……律義に集めたと思いますよ」

 

「君にしては随分と普通な意見だな」

 

「全ての試験を終わらせると言った方が良かったですか?」

 

 平然と恐ろしいことを言う。自然体の怪物に対し、先生方は普通が合わないことを再認識した。

 

「安心してください。そんなツマラナイことしませんよ」

 

 ポイントを支払う準備をする怪物に真島先生はあることを添える。

 

「……特定の個人への攻撃、非人道的な嘘などの最低限のモラルは守るように」

 

 無人島試験のように誰かを傷つかせない。そんな牽制だ。

 

「ええ。しかし、この試験の本質は『嘘』。ある程度は寛容に受け入れてください」

 

 怪物はポイントを担任である坂上先生に支払う。

 専用のマイクの前に足を運ぶ。スイッチの位置を確認してから彼は何度か咳き込み、声を調整する。

 

 

 怪物はスイッチを押した。

 

 

 




矛盾があったらすぐに修正します。

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