人の嘘を全て見抜ける。そんな人間存在するだろうか。
いいや、そんな人間は存在しない。出来るというならば、そいつは常人にはない力を持つエスパーだ。
人と嘘は切っても切れない関係にある。
そして、人は生まれながらに嘘つきだ。生きていく時間が長くなるにつれて嘘に慣れ、息を吐くように平然と使っていく生き物だ。
もちろん嘘にも種類はある。良い嘘もあれば、悪い嘘もある。
しかし、相手を思いやった嘘でも、勘違いや知識不足から生じる嘘でも、結局本質は変わらない。
人を騙す。これに尽きる。
嘘は嘘。時に事実と立ち位置が変わったとしても、それは表裏があるカードが反転したわけではなく、上から嘘というカードが覆いかぶさっただけだ。
では、嘘は悪いものなのか。
────それはまた別の話だろう。
『竜グループの試験が終了しました。竜グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。
他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』
2回目のグループディスカッションは始まっている。
首を上に動かすと、時計の針が丁度半刻に到達していて、同時に試験終了のアナウンスが流れた。
それぞれ好き勝手な行動をしていた兎グループ。Aクラスは椅子から離れている。試験を放棄する策を行使しているため、会話をしない。
Cクラスは4人いる生徒が3:1で分かれている。真鍋と呼ばれる生徒を中心にした3人と伊吹 澪という1人の生徒。
傍から見ればいじめが連想される。しかし、そういったわけではないらしい。伊吹が1人を好み、離れた所にいるだけなのでその心配は意味のないものだ。
Bクラスは一之瀬を中心に話していて、Dクラスは各々好きなことをしている。
しかしこの終了アナウンスによって、皆同じ反応を見せる。
驚愕。特にAクラスの生徒は顕著だ。
竜グループ。ある程度この試験を把握しているものならば、クラスの中心人物が集まるグループだと記憶しているだろう。
そのグループの終了。すなわち、試験が動いたということ。
緊張が走り、誰一人声を発しない。
「さて、どうしたものかねぇ」
静寂を破ったのはBクラスの一之瀬。携帯を片手で操作している。
ぽつりと呟いた独り言だが、こと静寂を晴らすための機会としては最適だった。
「……おい、一之瀬。お前何か知っているのか?」
続くのはAクラスの町田。
訝しんだ眼を向けながら、こちらの出方を窺っている。
他の生徒達も町田の発言を機に周囲の動きを確認した。
Aクラス・竹本茂 町田浩二 森重卓郎
Bクラス・一之瀬帆波 浜口哲也 別府良太
Cクラス・伊吹澪 真鍋志保 藪菜々美 山下沙希
Dクラス・綾小路清隆 軽井沢恵 外村秀雄 幸村輝彦
兎グループのメンバーはこの通り。
優待者の法則を使うと、綾小路、一之瀬、伊吹、軽井沢の順番から4番目の軽井沢が優待者なのは確認できる。
「私は何も知らないよ。竜グループの試験が終了した、ただそれだけだよ」
「それにしては携帯をやたら動かしているように見えるが」
「皆今の状況が分からなくって相談の連絡がいくつか来ているんだよ」
「そうか。……自分で考えることすらできない、Bクラスとはいっても全員が優秀ではないようだな」
「さぁ、どうだろうね」
状況の進展がなかったことに不満があるためか町田の機嫌は良くない。
厭味ったらしくそう告げるが、一之瀬に軽く流される。
面白くなさそうな表情を浮かべた後、再びAクラス同士で固まる。反応のない相手はつまらないらしい。
Aクラスは固まって試験を放棄していれば勝てる。強者ゆえの余裕は彼らに焦りを生ませない。
状況はまた膠着状態へと戻る。各々のクラス内のみで話したり、携帯を触っている。
しかしその状況は好都合だ。今のうちにオレは堀北へ現状のことを報告してもらうためにメールを送る。
「綾小路くん」
いつの間に近づいていた一之瀬。
オレの携帯をチラリと見ると、ニコリと笑う。
さらに距離を詰めると、オレの耳元に顔を寄せ、囁いた。
「竜グループは上手くいったってさ」
「何のことだ?」
「あれれ? 堀北さんから聞いてないの。堀北さんと一緒にいるから相談しているものだと思ったんだけど」
もちろん素っ惚けているだけだ。
試験の内容は知っている。そのことについてより早く情報をくれた一ノ瀬には感謝しているくらいだ。
一之瀬は距離感を戻し、座っているオレの横で顔もむけずにまるで秘書のように話す。
「誰に連絡したの?」
「堀北だ。今のアナウンスについて聞きたくてな」
「堀北さんからは本当に何も聞いてないの?」
「少しは聞いている。次の話し合いの時、試験を動かす。そのための準備をすると言っていた」
「なるほどね。じゃあ安心して良いよ。堀北さんの作戦は成功しているよ」
そう言うと彼女はBクラスの生徒がいる方に戻っていく。
時を同じくしてオレの携帯が反応を見せる。堀北からだ。
素早く携帯を動かし、報告に目を通していく。
一之瀬の言う通りだ。どうやら成功したらしい。そしてこの後のことについて2つ質問があった。
その解答と一緒にまとめるとこうだ。
1.Aクラスの対応について。試験放棄の策を行っていた葛城くんだが、直前でこちらに協力を申し出た。
この後、3クラスで2人ずつ優待者を出し合い、1:1交換を行う。残った優待者はBとDで交換する。この手筈通りで良いかどうか。
→問題ない。葛城に策を伝える時、櫛田もその場に呼んで説明しておけ。一石二鳥だ。
2.カムクライズルの動きがどこか不審であること。こちらの行動を読んでいる節があるのに何もしてこない。
どこか警戒しておくことはあるか。
→問題ない。強いて言うのならば、出来るだけ早くすべての試験を終わらせるべきくらいだ。
終わってしまえば、奴は何もできない。
オレはやっと慣れてきた携帯操作を完了させ、堀北に返信する。
数分後、また返信が来る。
内容は説明やらの時間もあるので、少々時間がかかる。一斉に学校へメールを送るのは21時ぐらいになるとのことだ。
問題はない。この間にカムクラが腹いせに全てのクラスの優待者を龍園に伝え、その指示で試験が終了することもない。自分で指示することも同様だ。
リスク度外視の策に移る危険性を龍園という男は含んでいる。だが、それよりも早くこちらの策が決まる。
竜と鼠を除く全てのグループは20時から21時の間試験をしている。仮に龍園が試験中に全ての指示を終え、メールを送れる状況を作っても統率力の問題で時間がかかる。
Bクラスのように信頼が出来るリーダーがいるなら話は別だが、恐怖で支配したリーダーには安心がない。
Cクラスの人間はリスク度外視の龍園の指示に疑問を持つ。彼らが物言わず、機械のような人間でもない限り、時間はさらにかかるだろう。
「綾小路氏、暇でござるよ」
次の準備をしようとしていたオレに可笑しな口調をした男子が話しかけてくる。
彼は外村。男子からは「博士」と呼ばれ慕われている。その愛称通り、歴史や機械に詳しいオタク系男子だ。
やや太り気味で眼鏡をかけている身なりをしているのは、少々失礼だが、イメージ通りと言っていい。
「少し待ってくれ。今メールを打っている」
「メール? 誰にでござるか?」
「堀北だ。さっきのアナウンスについて聞きたくてな」
「おお、なるほどなるほど!」
理解不能な言動や語尾は置いておき、距離感や会話の調子などに気が使えているので、コミュニケーション能力は決して低くない。
外村はオレから少し離れる。メールを見ないような心がけはこちらとしてもありがたい。
オレは彼の行動に感謝しつつ、メールを打つ。
相手はもちろん堀北……ではなく、Aクラスの橋本だ。
葛城が堀北の策に乗ったことを伝える。
予定通り1:1交換を続けるのは理解してくれたが、どうも橋本はもう少し得るポイントが欲しいようだ。
我儘なことだ。今回は我慢してもらおう。
もしも裏切ろうとするならば、止めなくてはならない。しかし、その準備は既に出来ている。
「おい、綾小路」
また誰かがオレに話しかける。
外村ではない。あいつにしては声が低い。
声の方を向くと、知的な見た目の男子がいた。
彼は幸村。眼鏡をかけ、まさに優秀という感じの生徒だ。
見た目通り優秀で、Dクラスで一番の学力を誇っている。
ちなみにこの試験ではルームメイトでもある。
「堀北に状況を聞いたんだな? なら、メールが来たら俺にもその内容を話してくれ」
どうやら先程の外村との会話が聞こえたらしい。
状況を判断したかったのだろう。そしてちょうど良くオレがいた。
タイミングはばっちりだ。
「わかった。なら、軽井沢も呼んでくれないか? あいつもこのグループの1人だ。説明はいるだろう」
「……断る。俺はあの女が苦手だ。お前がやってくれ」
不機嫌そうな顔を見せる幸村。
下手に嘘を付吐くより、感情を顕にしてくれた方が信用できる。
どうせ軽井沢には反応を見るために話しかけるつもりだった。二度手間になるが、それは仕方ない。
「分かった。メールが来るまで少し待ってくれ」
そう言うと、幸村は頷いて去っていった。
するとすぐに橋本から連絡が来る。内容を確認すると、旨味を理解したらしく今回は我慢してくれるようだ。
「幸村、外村」
オレは二人を呼び、先程のアナウンスについて説明しようとする。
もちろん、オレのことは暈してだ。
2人はやることもないためすぐに近づいて来る。
一段落付いた。肩の荷を下ろそう。
オレはゆっくりと彼らに説明をした。
説明を終えると、
『緊急アナウンスを通達します。ただいま機材トラブルにより、学校側への連絡がつかなくなっております。
そのため現在メール対応が出来ない状況にあり、優待者の情報を送っても報告を受け取れない
もし本日中に優待者の用件があった生徒につきましては、大変申し訳ございませんが、報告を見送っていただきます。
全ての生徒にシンキングの時間を確保するための処置でもあることを伝えます。
機材が直り次第、メールにて連絡を送らせていただきます。
お手数をかけるようで、申し訳ございません』
予想外の放送が流れた。
その内容を理解することは一瞬で出来た。だが、すぐに様々な可能性が頭を過ぎる。
オレの考えがまとまらない中、周りも右往左往していた。
誰もこんな事態予測していない。
「……何それ?」
ざわざわと狼狽える生徒たちの中で、一之瀬の声を拾う。
全く以って同意見。
この放送に対して様々な疑問が飛び交う。
まず大前提として、この放送の真偽だ。
声は
この時点でいたずら放送の線はほぼ消える。そもそもどこの部屋から放送をしているのかも生徒は知らされていないので、いたずらの線はかなり低い。
元々、このアクシデントは起こるべきものだったのか?
オレはその可能性を考慮する。
『全ての生徒にシンキングの時間を確保するための処置でもあることを伝えます』
この一文はあのアナウンスに必要のない文章だ。機材トラブルを伝えるだけならこの文はいらない。
まるで、優待者の法則を知っている生徒だけに秘匿メッセージを送っているようだった。
優待者の法則を利用し、1日で試験を終わらせることは理論上可能で簡単だ。
しかしそれでは、他の生徒達の考える時間が無くなり試験として必要な評価が出来なくなる。
筋は通っているように感じる。
もしこの仮定が本当ならば、アナウンスは偶然ではなく必然。故意に機材トラブルを起こしているという線は濃厚になる。
────だが、それを考慮してもあのアナウンスは不可解すぎる。
一見筋は通っているように感じるが、ならなぜ「優待者の法則」というものを作った。
どのクラスでも一発逆転が出来る裏技として用意したならば、1日で終わることも考慮していていいはずだ。
それに優待者の法則を知らなくても、この試験で『早さ』は重要だ。単純に素早く『嘘つき』を見つけた生徒はどうする?
既に優待者を発見していた生徒に対して、「他の生徒にも考える時間を与えているからもう少し待ってね」というのは先に分かった人に対してあまりに不公平。
この理屈が通じるならば、そもそも何を評価しているのか分かったもんじゃない。
あまりに奇妙な現象だ。学校側は何を考えている。
もしこの放送がいたずらだったとしても、誰がなぜ行ったかは見当がつかない。
情報が足りない。今何が起こっている。
「ちょっとあんた、大丈夫?」
高い声がオレの思考を中断させる。気づけば、声の主はすぐ隣にまで来ていた。
その女子生徒は今回の試験での目的の1つ。軽井沢恵だった。
「あんた、顔色が悪いわよ。どうしたの?」
軽井沢は嘯く様子もなく伝える。
客観的に見てそれほどオレの表情が強張っていたということに繋がる。
だが、いくら予想外のことが起きたとはいえ、それだけでオレの表情が目に留まる程変化する訳ではない。
つまり、そんな些細な変化に軽井沢は気づいたということ。良い観察力を有している。
「いや、特に問題ない」
「問題ないって……あのアナウンスになんか都合の悪いことでもあるの?」
「特にないが、強いて言うなら驚いたくらいだな。学校側が試験の公平性を消してどうするって思った」
「ああ、確かに。それは言えてる。この段階で優待者に気付いてる人とかからすれば、超迷惑って感じだもんね」
「この段階で気付いている奴はそうはいないと思うが」
「それもそうね」
軽く笑う軽井沢。どうやらただ気遣ってくれただけのようだ。裏はないだろう。
彼女は町田の方へと立ち去っていく。平田という彼氏がいつつ何とも自由なやつだ。
軽井沢のおかげで良くも悪くも一旦集中が途切れた。良い休憩になった。そのことに感謝しつつ先程から鳴っていた携帯に目を通す。
橋本からだ。いずれ堀北からも似た連絡が来るだろう。
オレは気合を入れ直して、再度試験に集中した。
────────────────────────
時刻は21時になり、2回目のグループディスカッションが終了する。
先ほどのアナウンスでもさほど慌てている様子のなかったAクラスはすぐに部屋から出ていく。
作戦を変えないらしい。褒めるべきか貶すべきか、評価の難しい所だ。
続々と退出していく他クラスの生徒を尻目に、一之瀬は少し唸りながら腕を組んでいた。
「どうかしたのか?」
何かを考えているようだが、おそらく先ほどのアナウンスだろう。
「いやね、さっきのアナウンスどうも腑に落ちなくてさ」
「堀北も似たようなことを言っていたな。気がかりな点があるって。まぁ、オレにはさっぱりだが」
「そうなんだよね。納得しようとすれば出来るんだけど、なんかねぇ~」
一之瀬も同様にあの文が気になっているのだろう。
優待者の法則を知っている生徒に対してメッセージ性のある文。たとえ知らなくても聡い生徒には違和感を持たせる。
ちなみに今優待者の法則を知っているのは、俺とカムクラ、橋本、堀北。策の説明の際に説明したであろうからCクラスを除く竜グループの面々も含まれるだろう。
「とりあえず先生に事情を聞いてみようかなって思うの」
「そうだな。それが賢明だ」
アナウンスが本当だろうと誤りだろうと運営に聞くことは間違いないだろう。
どちらにしても監督側の彼らが正解を直接言うことはないが、1つの情報を得ることにはなる。
オレも堀北に頼んでおこう。
「綾小路くん、今から先生に会うために堀北さんのとこへ行くんだけど一緒にどう?」
一之瀬はクラスの皆と引き上げるかと思っていたから、その発言に俺は驚く。それにもう先生と会う準備は出来ているようだった。
他のBクラスの生徒を見ると、リラックスするように肩の力を抜いている。
張りつめた試験とのon/offを切り替えたようだ。
「さっきのアナウンスについて質問するんだけど、道中、一人だと寂しくてさ」
「そ、そうなのか」
オレはきょどったふりをしながら一之瀬の真意を見抜く。
どうやら彼女はまだオレのことを信用したわけではないらしい。
彼女の強い眼光は堀北と一緒にいるオレの実力を分析しようとしている。
だが、口実が出来たのは好都合だ。どうせ堀北に連絡してもらう予定だったが、自分の目で見た方が情報の信用度は高い。
「オレで良ければついていくよ」
「よし、決まり!」
一之瀬は指パッチンをしながら笑った。
「痛っ!?」
一ノ瀬と共にBクラスの生徒を見送ろうとした時、出入り口から大きな声が聞こえた。
見ると、Cクラスの真鍋が尻もちをついている。その隣には携帯を片手に持つ軽井沢がいた。
状況はながらスマホをしていた軽井沢が真鍋に激突したと見て良いだろう。
「あっ、ごめんね。私急いでいるから」
「ちょっと待ちなさいよあんた!」
軽井沢は小走りで部屋を出ていく。
真鍋は立ち上がろうとするが、強めに腰を打ったのかふらついている。
その様子に他のCクラスの生徒が手を貸す。
「あいつ、こうやってリカのことも突き飛ばしたのね」
鬼の形相を見せる真鍋。どうやら前にも似たようなことがあったらしい。
真鍋は悪態をつきつつも部屋を出ていく。恨みを晴らす相手は逃亡しているため何とも嫌な気分だろう。
オレは彼らが出てった後に、見計らったかのように立ち上がったCクラスの伊吹を捉える。
そして一之瀬に断りを入れてから追いかける。一之瀬は2つ返事で用件を了承してくれた。
エレベーター付近で追いつくと、オレは遠慮がちに声を掛けた。
「ちょっといいか?」
「何?」
追ってくるオレの存在には気づいていたためか、少し警戒した様子で伊吹は振り向く。
「軽井沢の件について少し聞きたいんだ。真鍋たちと軽井沢の間に何があったか知っているか?」
オレがそう言うと、伊吹は奇妙な何かを見るような視線を向ける。
「あんたさ、私が無人島試験でやったこと忘れたの? なんでそんな気軽に話しかけてこれるわけ?」
無人島試験において、伊吹はDクラスにスパイとして潜入していた。
連れてきたのは厳密に言うと山内だが、その場にいたオレたちも伊吹に騙され、一杯食わされた立場なのだろう。
にもかかわらず、平然と話しかけてきたオレの行動が釈然としないらしい。
「無人島試験は終わったからな」
「私はあんたたちの敵だったんだけど」
「スパイについて思うところは少しあるが、試験で勝つためにやった行動なんだろ? なら責めることなんてない」
「……あんた、ちょっとずれてるよ」
「よく言われる」
伊吹はやや重い溜息をつく。その様子からは呆れて何も言えないということが分かる。
「それで、軽井沢と真鍋たちのことだっけ? 私が知っているのは軽井沢がCクラスの奴と揉めて、真鍋がその確認という名の嫌がらせをしようしているくらいだな」
「なるほど、助かった。しかし、ひどい言い方だな。同じクラスメイトで仲間じゃないのか?」
「冗談言わないで。あんな性悪女と仲間なわけないでしょ。気色悪い」
「そ、そうなのか」
容赦のない罵倒にオレは少したじろいでしまう。女の関係は怖いというのを感じたからだ。
「良いこと教えてあげる。真鍋はね、誰かさんが怖くてその指示に従っちゃう弱虫よ。でも自分より弱いと判断した相手には別。そしたら簡単に弱い者いじめを始める、言ってしまえば屑よ」
「ゆ、有益な情報を感謝する」
言うことを言ってスッキリした伊吹はエレベーターに乗った。
良いことを聞いた。軽井沢と真鍋は1回目のグループディスカッションから険悪な関係だった。
伊吹の言うことを信じれば、おそらく軽井沢が何か迷惑をかけたのだろう。
軽井沢は普段の性格から見てもトラブルメーカーだ。作ったトラブルにプライドからか謝らず、面倒に発展しているのだろう。
そして真鍋は弱い者いじめが好きらしい。
真鍋の視点では、
「あいつが本当に使える人間なのかを確認するべきだな」
独り言を零した後、歩みを再開して一ノ瀬と合流する。
「じゃ、早速行こうか!」
一之瀬と横並び、目的地に向かう。
「綾小路くんはさっきのアナウンスのこと本当はどう思っているの?」
「本当も何も、さっぱりだ。普通に機材トラブルじゃないのか?」
「確かにその線はあるよ。でも語尾の不安定さとか、何か説明できないもどかしさがない?」
「まぁ、言われれば感じるくらいな」
「……そっか」
軽い雑談にしてはこちらをやたら分析してくる。
それでも気分が悪くならないのはひとえに彼女のコミュニケーション能力の高さだ。
会話の所々に見せる屈託のない笑顔は不快感をなくさせる。
このような会話をもう少し続けていると、目的地へと到着した。
そのまま竜のプレートが目印の部屋に入っていく。
「……綾小路くん?」
部屋に入ると堀北がこちらをやや驚いた様子で見てくる。
オレが来るのは予想外だったことが推測できてしまう。
「私が連れてきました! 道中1人は寂しかったもんでねぇ~」
一之瀬がピースと一緒に弁明する。
周囲には堀北の他にもCクラス以外の竜グループの面々が揃っているだけでなく、Aクラスの真島先生もいる。
「そう。……綾小路くん、鼻の下が伸びているわよ」
「伸びてない」
オレは適当にあしらい、本題に移るように目で促す。
「葛城くん。これで全員揃ったわ。早速────」
「────ちょっと待てよ」
入口から誰かの声が聞こえ、皆の意識が逸れる。
そこには、Cクラスの龍園翔がポケット片手に佇んでいた。
「なんだかおもしれえことしてるじゃねえか。俺も交ぜろよ」
「……龍園か。なぜここに来た?」
葛城くんは素早く龍園に対応する。
「おいおい、竜グループにもCクラスの奴はいるだろう? そいつから密告を受けて来てやったんだよ」
「密告だと?」
「ああ。まぁ、目的の馬鹿はいなかったが、さっきのアナウンスについては俺も興味があったから参加したくてな」
目的の暴露、密告。何のことだか知らないが、奴には用があったらしい。
竜グループの面々は何か思い当たる節があるらしく、それぞれ様々な表情を見せる。
予想外の訪問者だが、正直龍園を退場させる理由はない。純粋に説明が聞きたいのなら、余計なことはしないはずだ。
「構わないわ。時間も時間だから早くしましょう」
「おい堀北!」
「彼は確かに危険な存在だけど、追い出す理由にはならないわ」
堀北はAクラスの生徒相手にもピシりと言い放つ。その姿に龍園は少し驚いた様子を見せた後、嬉しそうに笑う。
「クク、感謝するぜ鈴音。前より良い女になったな」
「名前で呼ばないでって、言ったわよね?」
「敬意を表して呼ばせろと、言ったはずだが?」
龍園はゆっくりと歩きながら堀北の隣に立つ。
堀北はその鬱陶しさに溜息をつく。
「……では真島先生、先程のアナウンスについて説明をお願いします」
葛城の良く通る声が皆を真島先生の方に向かせる。
真島先生は腕を組み、堂々とした姿を見せている。全員が聞く姿勢を作ったことを確認した後、話を始める。
「先に言っておくが、我々教師はこの試験での監督側。直接的な答えは言えない。
そのため先程のアナウンスについては、君たちの質問に対して、試験に関さない限り答えよう。ただ、おそらく殆ど抽象的な答えになると思われるので、そこは君たちの推測に任せることにする」
あのアナウンスはやはり試験で重要視している。現段階では、偽物の線は限りなく薄いと考えられる。
生徒たちはそれぞれ目配せをして誰が一番最初に質問するかを決めようとしていた。
しかし、そんな些細なことなど関係ない男がここにはいる。
「あのアナウンスに『嘘』はいくつある?」
周りの反応も見ずに颯爽と質問する龍園。
彼の質問は皆が気になっていたことをしっかり捉えているので、反対はない。
「それは言えない。口止めされている」
「口止めだ? ちっ、面倒な学校だな」
懐疑的すぎるが、ある疑問が浮かぶ。『何に』口止めされている? 学校か? もし学校側に口止めされているなら、わざわざ「口止めされている」と言う必要はない。「それは言えない」だけで十分だ。
他の何かに口止めされている可能性もなくはない。
だがそんなことよりもだ。龍園の質問によってあのアナウンスに嘘がある可能性が極めて高いことが判明した。
問題はどこが嘘なのか、そしていくつ嘘があるか。
生徒たちは龍園に続き、次々に質問していく。
「どこに嘘がありますか?」
「嘘はある。だが、どこかは言えない」
嘘はある。どこかは見抜けということか。
「このアナウンスは想定通りなんですか?」
「想定通りではない」
メッキが剝がれていく。想定通りではない。では急遽行ったということだ。
なぜ急遽変更した? 誰に言われた? 学校側の通達か?
「なぜ想定通り試験を行わないのですか?」
「言えない」
これも言えない。何かが急遽やらなければいけない理由があった。
しかし、これ以上の推測が出来ない。
他に情報がないのかと考えている時、再び龍園が動き出す。
「なぁ、真嶋センセイよぉ。随分と言えないことが多いな」
「……それに関してはすまないと思っている」
「クク、もしかしてあんた、何かに脅されている。あるいは絶対に守らなきゃいけない契約か何かを学校側としていないか?」
良い着眼点だ。龍園がいることで話の展開が早い。
これの返答次第で初めに浮かんだ疑問が少々現実味を帯びそうだ。
「ああ。試験の勝敗を左右しない程度には真実を教えて良いと言われている」
「そうかよ。なら、それはプライベートポイントを払えば教えてくれんのか?」
「……可能だ」
不気味な笑みを浮かべる龍園。ここにきてプライベートポイントを払えば真実を知れることが知れた。
大きな一歩だ。
「いくらだ?」
「20万ポイントだ」
「……あっ? そんな安いのか?」
「高いか安いかは人によって判断が変わる」
聞き終えると龍園はまた笑う。
そして両手にポケットに手を入れ、背を向けた。
この場から立ち去ろうとする行動に堀北がいち早く反応し、引き留める。
「あなた、もう質問はないの?」
「ああ、これ以上は無駄だからな。……それよりもだ」
龍園はククという独特な笑い声を大きくし、もう一度振り返る。
1人1人、じっくりと嘗め回すように見てから楽しそうな笑みを浮かべる。
「お前ら雑魚共が手を組んだのは本当らしいな。だが、この展開ならまだ俺にも勝つ可能性があるぜ」
自分自身を疑っていない者の面構え。その自信ある立ち姿は十分な雰囲気があり、虚勢には全く見えない。
「戯言を。3クラスが組んだ時点でCクラスの負けは決まっている。もっと言えば、自分のクラスメイトを制御できなかった貴様の責任だ」
「クク、耳が痛い話だ。だが、くれてやるつもりだった今回の試験もまだ楽しめるかもしれねえぜ」
葛城の言うことは正しい。Cクラスの立ち位置ははっきり言って絶望的だ。
だが……、もし……、龍園が優待者の法則に気付きでもしたら立場は一変する。
部屋から出ていく龍園。最後まで奴の余裕はなくならなかった。
やはりCクラスのリーダーというのは伊達じゃない。
いち早く試験を終わらせる必要がある。
Cクラスの危険度をオレは再確認した。
矛盾があったらすぐに修正します。