ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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進取果敢

 

 

 

 

「それでどうする。ここにいる皆で協力してプライベートポイントを払うか?」

 

 

 龍園が去り、他の質問をしようとしてして矢先、神崎が提案する。

 20万pp。一個人が出すには大きな支出だ。

 だが、Cを除く3クラスは協力状態。分割して払えばさほど大きな金額には感じない。

 

「私は賛成よ」

 

 堀北が意見を示す。

 この場にいる者はその理由を聞くために耳を傾ける。

 

「情報開示を強いてしまえば、一番試験を早く終わらせられる。

 これ以上トラブルに巻き込まれることもなくなるし、何よりさっき説明した策はスピードが命。他のクラスの誰かに先を越されたくない」

 

「そうだな。ここにいる者は堀北の策に賛成しているんだ。策成功のために俺も協力しよう」

 

 神崎の意見を折り目にBクラスが賛同の意を見せる。

 20万ポイントを3クラスで分けて払えば1クラス辺り66666.6(    ・)pp。

 やや高いが、クラス単位なら払えない額ではない。

 

「……出来る限りは協力しよう」

 

 低い声を唸らせ、葛城も続く。

 

「あまり乗り気ではなさそうね」

 

「いや、策自体に不満はないし、賛成している。

 ただ、この策はただでさえ得られるポイントが少ないのに、ppを使わねばならないと思うと……どうもな」

 

 20万ポイント。トップを走るAクラスも浪費はしたくないようだ。

 3クラスで割るとはいえ、試験の報酬が減ることには変わりない。

 その事実に重い空気がこの場を流れる。

 

「……すまない。士気を下げたかったわけではない」

 

 葛城は申し訳なさそうに謝罪する。

 誠心誠意が伝わるので、皆誰も責める気にはならない。

 

「確かにあなたの言っていることは事実よ。でもこの策が成功すればクラスポイントも上がる。

 加えてCクラスにも大打撃よ。……報酬が減るという事実は変わらないけど、こう考えればそこまで不安になることはないんじゃないかしら」

 

 堀北にしては珍しくフォローを入れる。

 この場には一之瀬がいる。彼女がやってくれるであろう雰囲気の調整を堀北は不器用ながら行っているのだ。

 空気を読み、プラス思考を見せる彼女はこの試験を通じて本当に成長している。

 

「……それはそうだな。だが、Aクラスは特に得られるポイントが少ないのだ。

 それにあの龍園の態度を見た所、まだこちらの策には気づいてないんじゃないか?」

 

「……確かに龍園くんは私たちが行おうとしている策に気付いていないでしょうね。

 3クラスの協力によってCクラスが一方的な展開になることは彼も想定しているのだろうけど、1:1交換には勘づいてない。

 もし気付いていたら、今この場から立ち去るわけがないわ」

 

 龍園は既にこの場にいない。

 奴はこちらの思惑を勘違いしているからだろう。

 3クラスで組み、一方的にCクラスを狙うことは理解している。

 しかし、その後の展開に余裕があると思っている。試験が1日で終わるとは思っていないためにこの場から去った。

 おそらく2日目以降も試験が続くことを見据えている。だから今日は立ち去り明日に備えた。アナウンスの真実を暴くための準備として、今頃クラスメイトからppを回収しているだろう。

 だが、オレたちの策の真髄は1:1交換だ。一方的にCクラスを叩くだけでなく、その後すぐに試験を終わらせ、完封する。

 

「……龍園くんはまだこちらが優待者の法則に気付いていることを知らないってことかな」

 

「ついでに言えば、彼自身、優待者の法則に気付いてないわ」

 

 一之瀬の言う通りだ。もし気付いているなら、龍園はここに残り、力づくでもオレたちの策を止めていたはずだ。

 得られるポイントがあるのに全て奪われるのは誰でも防ごうとするはずだ。

 

「なら、まだ待っても良いじゃないか。得られるポイントは少しでも多くしたい。

 それこそこの策を明日の朝に決行すれば良い。機材トラブルが本当だとしても、今日中に終わるはずだ。時間は十分にある」

 

 確かにAクラスからすればそれはありだ。今ここでppを払わず、明日の朝まで待ち、機材トラブルが終わってから策を決行する。

 得られるポイントは増える。ただでさえ、この策でcpが変動しないAクラスが望むのも無理はない。

 だが、危険すぎる。龍園がもしその間に優待者の法則に気付いたら? 

 相手はCクラスの暴君と呼ばれる男だ。皆が今夜寝て脳をリフレッシュしている間に、奴が寝ずに、懸命に思考して優待者の法則に気付きでもしたら、深夜中に試験は終わる。

 今日中に機材トラブルが終わったとしてもその具体的な時間は分からない。文字通り、日にちが変わった瞬間に終わるのか、それとも延長して深夜に終わらせるのか。

 そして何よりカムクラだ。気分が急に変わって試験を終わらせに来たら、それこそ一巻の終わりだ。

 オレの分析では、現状奴に対抗できる生徒はいない。強いて言うなら高円寺くらいだろうが、性格上協力は難しい。

 今の状態では奴の好き勝手を許してしまう。勝利の確率は大きく減少する。

 

「確かに検討の余地はありそうだが……」

 

 神崎が悩みながら言う。

 Aクラスの言い分は分からないわけじゃない。

 少しの延長程度なら、融通を利かせられる。そう、皆が思い始めている。

 良くない雰囲気だ。

 

「我々とて+になると思ったから組んだのだ。……少しくらい我儘を通させて欲しい」

 

 葛城は頭を下げ、懇願した。

 その様子に場の雰囲気は許す流れにどんどん変わってしまう。

 たかが1日。されど1日。

 どちらを選ぶのか。最終選択するのはこの策の立案者だ。

 堀北、お前はどちらを選ぶんだ? 

 

 

「断るわ」

 

 

 凛とした立ち姿。断言した堀北に葛城はやや驚く。

 オレはそんな堀北を見て、どこかから何かが込み上げてくる(・・・・・・・・・・)のを感じた。

 それが何なのかは今は置いておこう。今は堀北の意見を聞こう。

 

「私はもう侮らないと決めた。龍園くんは危険よ。

 悠長なことを言って負けてしまえば話にならない。今この場でppを集め、すぐにでも試験を終わらせるべきよ」

 

「……しかしだ。同盟相手の意見も聞いてほしい」

 

「考慮しているわ。けど、今回は我慢してほしい。

 あの放送は確かにAクラスからすれば好都合なのかもしれない。あなたたちの運が良くてたまたまの放送なのかもしれない。

 でも、何か引っかかるのよ」

 

「何が引っかかるんだ?」

 

「この放送のタイミングよ。あの放送は……、勘だけど、あまりに出来過ぎているわ」

 

 堀北は不安げな顔を浮かべる。

 葛城はその言葉を馬鹿にすることなく返答した。

 

「勘だと?それはあまりに弱い意見だな」

 

「……Cクラスに対してあまりに良いタイミングの放送、Dクラスからすればあまりにタイミングの悪い放送。

 たまたまかもしれないけど、仕組まれたようにしか感じないの」

 

「確かにその解釈もできる。だがそれはネガティブな考えだ。

 早く試験を終わらせたいのも理解できる。だが少しは待っても良いんじゃないか?ポジティブに考えてみよう」

 

 被害妄想、陰謀論。

 考えすぎな堀北、その節が否めない。

 しかしどちらの考えも理解できるからこそ、この場にいる者は言葉を発しない。

 決めるのは二人だ。そこに口出しをしない。

 

「いいえ。やっぱり待っていられない。ここは絶対に引けないわ。

 報酬が減るのは許してほしい。今やらなきゃ────ダメなの」

 

 必死。感情を表に出し、強い瞳を向ける堀北。

 そんな強い意志に葛城は怯んでしまう。

 論理を投げて説得する堀北。らしくないその姿は入学当時のあいつから連想できない。

 その強い意志からは、根拠のない信頼が浮かんでくる。

 

「どうして、そこまで強く否定できる。

 お前はこの判断が絶対に間違っていると言えるのか? この決断をした後の未来が間違っていると言えるのか?」

 

 諦めきれない葛城はしつこく反論する。

 

 

「決断やその後の未来が間違っているかなんて誰にもわからないわ。……わからないのよ。

 でも、待ってるだけの未来よりも、自分で選んだ未来の方が────後悔しないことは知っている。

 私は考えて、悩んで、協力してもらって、そして導き出した策を押し通す。だから私はあなたの意見を否定する」

 

 

 それはただの我儘。感情だけで自分の策を押し通そうとする1人の少女の我儘だった。

 

 

「悪いけど、後ろを振りむいている余裕はないわ。策はまだ完遂してない。途中で放り投げることなんてしないわ」

 

「……お前の意志は分かった。その誠実さを見込み、Aクラスはお前を信じよう」

 

 意見は一致した。

 堀北の強い意志が頑固な葛城を曲げたのだ。しかし、なぜか葛城は不満げな表情を浮かべなかった。

 堀北は薄く笑った後すぐに、指示を飛ばす。

 後はこの場で20万ポイントを用意するだけだ。

 葛城、一之瀬、平田がそれぞれのクラスを集め、今支払えるポイントの合計を効率よく集計していく。

 それぞれのクラスが確認を終え、集計した3人の生徒に分割分のポイントが集まった。

 

「俺は本当にDクラスを侮っていたようだな」

 

「今回の策は堀北さんの独案だよ」

 

「だとしてもだ。Dクラスは協調性こそ劣るが個々の強さは粒ぞろい。

 そして今回、堀北というクラスを纏めれるリーダーが台頭してきた。もう油断できない相手だ」

 

 葛城が素直に認めたゆえに出た言葉を平田は嬉しそうに笑う。

 クラスが褒められたことはクラス想いの彼にとって、自分が褒められるよりもよっぽど嬉しいのだろう。

 かくいう堀北はつんけんした態度を見せている。こういうところは相変わらずだ。

 

「……準備は出来たのか?」

 

 やり取りを見ていた真島先生は最後のボスを倒す前に確認をしてくれるゲームのキャラのような言葉を選ぶ。

 葛城が同意を示したことで、集計役の3人はポイントをすぐに支払う。

 真島先生は金額に間違いがないかをチェックをした後、薄く笑った。

 

「……正直、この放送を聞いた生徒たちは何が起こったかどうか分からず戸惑い、自クラスのことで手いっぱいで、ましてクラス間の協力なんて出来ないと思っていた。

 だが、我々教師は生徒たちを侮っていたようだ。ははは、今年は豊作だな」

 

 普段から厳格な先生が純粋に褒めてくれる。

 生徒は自分たちの努力が報われたことに心の底から込み上げてくるものがある。

 しかし今はまだ試験中。油断してはいけない。皮肉にも今回の試験を騒がせた男から教わったこと。

 過程はどうあれ、彼らは体験して学んだ。

 堀北だけではない。どのクラスの生徒も一段階成長していた。

 

「さて、ではあの放送の真実を話そう」

 

 真島先生の方を向き、話を聞く姿勢を作る。

 真剣な顔つきをしている生徒達に真島先生はまた嬉しそうに笑う。

 

「────あの放送は偽物だ。

 機材トラブルは起こっていない。今この瞬間に優待者の情報を送っても正確に受理される」

 

 皆の目が見開く。

 偽物。つまり、機材トラブルなんて嘘。あの放送にいくつ嘘があるかではなく、放送そのものが嘘ということだ。

 何が目的だったのかを考える。

 おそらく不測の事態への対応を見たかったのだろう。

 優待者を知っている生徒には覿面の放送。慌てて事を間違えれば、一巻の終わりとまで言える。

 意地が悪い。この学校が普通の学校ではないことを再認識する。

 堀北も策の成功が見えたのか胸をなで下ろす。

 

「あの放送は学校側の用意したものではない。ある一人の生徒がppを支払ったことで行われた緊急放送だ」

 

 嫌な感覚が肌を走る。

 ある生徒。

 匿名性のためか名前を暈した真島先生だが、この場にいる者は一斉にある人物が連想される。

 

「その生徒は20万ppを支払うことで一度のアナウンスと口止めを要求した。そしてあの放送を行った(・・・)。これがあの放送の真実だ」

 

 放送を行った? 

 オレはその言葉に疑問を抱く。

 その言い方ではまるで真島先生が放送をしたのではなく、その生徒が放送を行ったように聞こえる。

 嫌な可能性が真実味を帯びた。

 

「……先生」

 

 一之瀬が震えた声で真島先生を呼ぶ。

 彼女もオレと同じ可能性に至ったのだろう。

 自分の記憶が蘇らせる。あの放送の声は誰がどう聞いても真島先生の声だったという事実を。

 ボイスチェンジャー? 声真似? それにしてはあまりに精巧すぎる。

 しかし真島先生に嘘を吐いている様子は見受けられない。

 

「あの放送は、先生が行ったのではないのですか?」

 

「……残念ながら私が行ったものではない。あれはその生徒が私の声を真似て言ったものだ」

 

 これが真実だ。

 その生徒……いや、あのタイミングでこんなことが出来る生徒は1人しかいない。

 カムクライズル。奴は竜グループの試験が終わった後、あの虚偽放送を行った。

 虚偽放送だけなら焦りさえしない限りすぐに見抜ける。簡単だ。先生に事情を聴けば良い。

 だが、あの放送は真島先生が言うから(・・・・・・・・・)効果があるのだ。

 先生は採点側。平等に評価するために試験に直接関係しない。

 

 だから俺たちは誤認した。

 

 真島先生が放送を行った。だからあの放送は学校側からの通達だ。

 真偽は別にして何かの試験の1つであり、少なくともあの放送全てが嘘と疑うことはすぐに思考から外れる。

 そう、認識の差異を意図的に引き起こされた。

 違和感のある文。優待者の法則を知っているものにだけ伝わるメッセージ。

 

『嘘』で『真実』を覆う? 冗談じゃない。レベルが違う。

 

 人は歩ける地面があることを当然に思っていて、地面に感謝なんてしない。当たり前のことは当たり前だからその有難みを忘れてしまう。

 先生の声だったのでこの放送は学校からの通達、これを当たり前と受けいれた。

 あの放送を聞いた時点から、オレたちは違和感を見つけ、それをあてにして前に進もうと歩みを始めた。

 しかし、気づかぬうちに歩ける地面はなくなっていて底なしの影の中へ知らぬ間に飲み込まれていた。

 影の中では真実という光が見えない。当たり前の事に疑いを向けることが出来なかったから影の牢獄に閉じ込められていた。

 強引なセールスマンや悪徳商法による有無を言わせぬ圧力があったわけでもない。騙されたという認識すらなかった。

 極めつけなのはタイミングだ。皆がカムクラという災害を排除でき、一安心した直後。

 竜グループが終わり、他グループで動揺が走っている時だ。その直後のアナウンス、狼狽えても仕方ないと言わざるを得ない。

 

「そう落ち込むな。これだけのことをされて君たちは見事正解に辿りついている。 

 むしろ、ここまで素早く対処できたことを誇っても良いのだ」

 

 真島先生はこの場にいる者を励ます。

 勝ったという実感が徐々に生まれる。

 終わり良ければ総て良し。

 少しずつ陽気な雰囲気が戻っていくことをオレは実感した。

 だが聡いものは感じている。この結果はあくまで生かされた結果であること。

 もし払うポイントが途方もない額だったら? そう考えたらこの試験は詰んでいたかもしれない。

 

「……綾小路くん? どこに行くの?」

 

 堀北が移動しようとしたオレを呼ぶ。

 視線が集まり、何かの発表をする前のような気分になる。

 

「……申し訳ないがトイレに行きたくてな。さっきから行きたかったんだが……タイミングを逃してて」

 

 周囲からドッと笑いが起こる。

 ピリピリと僅かに残っていた緊張感がなくなっていく。

 

「さっさと行ってきなさい。後はこっちで何とかするわ」

 

「……なんかすまん」

 

 オレはやや小走りで扉へと向かう。

 部屋を出て、トイレの位置を確認する。トイレは近い。

 だが距離の問題など無視し、オレは最速で目的の地へと向かっていく。

 このみっともない様子を誰かに見られていることはなさそうだ。人の気配を確認するが、感知しない。

 何とか男子トイレにオレは駆け込んだ。

 良かった。間に合った。

 そう思いながらオレは右手をズボンに向かわせる。

 

 ────ポケットにある携帯電話を取り出した。

 

 道中、オレの頭にあったのはこれだけだ。尿意ではない。

 試験に勝つための策。

 素早く橋本に通話を掛ける。

 一回目のコールを終える間もなく、通話は繋がった。

 

 

『オレだ』

 

『……よう、何の用かな?』

 

『その様子だと、やっぱり裏切る予定だったみたいだな』

 

『はは、その様子だと、何もかもお見通しみたいだな』

 

 お茶らけた様子の橋本。

 こいつは優秀だ。優秀ゆえに裏切る可能性があることは十二分に注意している。

 それの牽制を試験終了直前に入れる。

 

『竜グループの誰かと通話状態を維持しているな? ついでに言えば、お前と、当てる優待者と同じグループの生徒、竜グループの誰かと通話している生徒の3人がそこにいるはずだ』

 

『…………ははっ、なんでわかるんだよお前』

 

 引き気味の声が通話越しに聞こえる。

 簡単な話、オレがお前の立場で裏切るならそうしていると思った。それだけだ。

 

『しかし、少しは見逃してくれないかね~。あまりに得られるポイントが少ないと思うんだ。

 それに狙うのはBクラスが本来得れるポイントだけだからさ』

 

『前にも言ったがやっても構わない。多くを敵に回すことにはなるだろうがな』

 

『その脅しは前聞いているよ』

 

 はぁとため息をつく橋本。どうやらまだ諦めきれないらしい。

 

『ここで裏切れば坂柳の台頭も難しくなるぞ』

 

『そんなことは関係ない。最終的に勝った所でオレのポジションがあれば良いんだからな』

 

『良い考え方でもあり薄情な考え方でもあるな』

 

 ほっとけと橋本は吐き捨てる。

 

『ポイントは重要だ。それはお前も理解しているだろう?』

 

『いずれ集められる。今回はそれで手を打ってくれ。得られるポイントは0じゃないんだ』

 

 橋本は黙り込む。数十秒後、観念したかのように今日一大きなため息をつく。

 

『……分かったよ。Cクラスと差が開いたってだけで成果としては十分。今回は我慢しますよ』

 

 どうやら諦めてくれたようだ。

 オレは感謝の意を伝え、携帯を切る。

 これで暗躍にも一区切りがついた。

 

(役目が1つ終わった)

 

 そんな独り言を心の中で零す。

 後は軽井沢恵を見極めるだけ。この試験でオレのやるべきことはそれだけだ。

 トイレから出て、竜グループの部屋に戻ろうとする。

 

 ────見覚えのあるシルエットがオレの行く手を塞いでいた。

 

 

「……カムクライズル」

 

 

 

 ──────────────────

 

 

 

 

 

「準備は出来たかしら?」

 

 綾小路が消えた後、堀北は指揮を執っていた。

 リーダーとしてまだまだ拙い所が見受けられるが、策の発案者だけあって誰もが彼女を信用してリーダーとして受け入れている。

 この場にいる者は見た目通りのクリアで美しい声を聞き逃さず、素早く策の実行に神経を注いでいる。

 

「うん、Bクラスはメールを送ってもらう準備もバッチリ! あとは指示1つで行けちゃう感じ!」

 

「Aも同様だ。いつでもいける」

 

「Dクラスは少し待ってね。ちょっと連絡が返ってこない子がいるんだ」

 

 準備とは優待者を当てるための連絡。

 グループを終わらせるためには、優待者と優待者のいるクラスのメンバー以外で、同グループの生徒がメールを送らなくてはならない。

 それの連絡を取り、Dクラスだけが遅れている。

 統率力の差がでている。クラスの意見を纏められるほどの絶対的なリーダーはDクラスにいない。

 しかし、ないものねだりは出来ない。今あるもので彼らは全力を尽くしている。

 

「うん、準備できたってよ! 遅れてごめん!」

 

「分かったわ。じゃあ一斉に合図を送って頂戴。

 ──────これでこの試験を終わらせる」

 

 堀北が素早く号令をかける。

 と同時に皆の手が動く。

 素早くメールを打ち込んでいく。どの内容も共通していて優待者を学校側に送って良いというGOサイン。

 ゆっくりとゆっくりと流れていく時間。

 試験の運命を決める時間が進んでいく。

 録画した番組が見たいだけで余計なコマーシャルはスキップする。そんなように今の待ち焦がれる時間を飛ばしてほしい。

 しかし時間とは無情で一方向に一定の分だけ進まない。

 そんな中でも彼らは己を信じ、結果を待ち望む。

 努力は報われる。絶対という保証はないが、報われて欲しいと強く想える。

 

 そして彼らの真っ直ぐな姿勢は良い結果をもたらした。

 

 

『牛グループの試験が終了しました。牛グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。

 

 他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』

 

 

『虎グループの試験が終了しました。虎グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。

 

 他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』

 

 

『兎グループの試験が終了しました。兎グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。

 

 他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』

 

 

『蛇グループの試験が終了しました。蛇グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。

 

 他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』

 

 

『馬グループの試験が終了しました。馬グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。

 

 他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』

 

 

『羊グループの試験が終了しました。羊グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。

 

 他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』

 

 

『猿グループの試験が終了しました。猿グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。

 

 他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』

 

 

『鳥グループの試験が終了しました。鳥グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。

 

 他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』

 

 

『犬グループの試験が終了しました。犬グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。

 

 他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』

 

 

『猪グループの試験が終了しました。猪グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。

 

 他の生徒の邪魔をしないで気を付けて行動してください』

 

 

 アナウンスが続々と流れていく。

 10回のアナウンス。既に終わっている2つのグループを含め、合計12グループ。

 干支に準えたこの試験のグループ数は12。

 すなわち、全ての試験が終了した。

 

 堀北の策は成功した。

 竜グループの面々から笑みが溢れていく。常に固い表情をしている葛城や神崎すら傍から見ても分かるほど喜んでいる。

 今回の試験、クラスポイントの変動は少ない。そのため、クラス間の序列移動は起こらない。

 

 彼らは勝ち取った未来を噛み締めている。不安や杞憂はこの場に入ることを許されていない。

 未来は変わる。多くの分岐を得て誰にも分からないものになっている。

 人の掌では収まりきらない。無限の可能性を持っている。

 ゆえに面白いものなのだ。

 

 彼らは大きな障害があっても理想の未来に到着した。

 得たものは報酬だけではない。自信というもっと大きなものも手に入れた。

 

 

 

 

『大丈夫そうだな』

 

 

 

 

 世界の傍観者は告げる。

 希望に満ちた生徒たちの様子を見て笑った。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 竜グループの試験会場と同じ方向からやって来たカムクラはオレと話せるほどの距離まで寄ってきた。

 オレより少し高い身長。毛量分を足せばさらに大きく見える。

 こいつと一対一で会うのは今日の朝ぶりだ。

 非常に長いようで短かった。内容の濃い1日がやっと終わる。

 早く大団円を描かせてほしいものだ。

 

「随分暴れたみたいだな」

 

 静かな圧を込め、オレは話を切り出す。

 

「ええ。しかし今回の試験はどうやら敗北に終わりそうです」

 

 相変わらず丁寧な口調。誰に対してもフラットに接することのできる口調なので、話しやすいのかもしれない。

 だがそれを込みしてもこいつとの会話は警戒する。

 

「敗北か、試験である以上勝者と敗者がいるから仕方ないことだが……」

 

「気を使う必要はありません。勝とうが負けようがそんなのどうでも良いので」

 

「……そうか」

 

 淡々と、オレには決して理解の出来ない言葉を告げる。

 頷くことも首を横に振ることもしない。

 

「それより綾小路くん。堀北さんは随分と成長しましたね」 

 

 変わらない無表情にしては、機嫌が良さそうだと直感する。

 

「そうか? オレには分からないが、同じグループだったお前が言うならそうなんじゃないか?」

 

 声色を取り繕うようにオレは白を切る。

 堀北は今回の試験で大きく成長した。その理由は目の前にいるこの男のおかげだ。

 敵に塩を送ったことをカムクラは実感している。意図的にやった行動が成功して内心は大喜びしているかもしれない。

 予想の出来ない未来とやらを見るために、あの状況を作った。

 それを見事破った堀北はカムクラの中で暗く、重たかった夜空に現れた一際輝く星のように輝いているだろう。

 

 

「本当に素晴らしいですよ。

『待ってるだけの未来よりも、自分で選んだ未来の方が後悔しないことは知っている』

 あの発言には、ついつい()の面影を見てしまいました。諜報員と暗殺者の才能を併用した甲斐がありましたね」

 

 

 その発言にオレは警戒度を上げた。

 ────こいつ、今までどこにいた? 

 カムクラの言うこの発言は先程の堀北の発言だ。

 こいつはあの言葉が聞こえる場所にいた。

 少なくとも部屋の外から中の会話は聞こえない。会議をする部屋なのである程度は防音だからだ。

 まさか……、

 

「それにしても……相変わらず頑なですね。実力があるのに表に出るのがそんなに嫌なのですか?」

 

 オレの思考など関係ないかのようにカムクラは話題を変えた。

 仕方なく会話を続ける。

 

「……前にも言ったがオレは表に出ないし、お前の言う実力はないんだ」

 

 カムクラは仏頂面を張り付け、睨みつけてくる。

 

「それに目立ったりするのは嫌いだからな。人前で批判されたり、恥をかきたくない」

 

「僕に嘘は通じないと前にも言いましたが?」

 

「嘘じゃないぞ」

 

「仮に真実だとしても、あなたからは回避性パーソナリティ障害の傾向はありません」

 

「……なんだそれ? あまり難しい言葉を使わないでくれ。分からない」

 

 カムクラは重いため息をつく。

 これだけ出来ないアピールをすれば嫌気がさし、オレと関わる気は失せるはずだ。

 しかしカムクラの目に失望は現れない。面倒なのに目を付けられたと辟易とした気持ちが湧き出てくる。

 

「まぁ、良いでしょう。それに今回、あなたには堀北さんの成長を促してもらいました。オモシロイ未来が見れました」

 

「オレは促してないんだがな。まぁ、面白い未来が見れたならよかったじゃないか」

 

 会話をしていると、ジジジとスイッチを入れたばかりの特有の音が船内放送に流れる。

 立て続けに各グループの試験終了アナウンスが流れていく。

 どうやら、向こうは終わったようだ。

 

「終わりましたか。では僕も部屋に戻るとしましょう」

 

 カムクラが自室へと引き返そうとする。

 その前に、オレは疑問に思ったことをカムクラに質問する。

 

「そう言えば、なんでここにいるんだ?」

 

 なぜここにいるのか。

 先程の発言も踏まえれば、これは聞かなければいけない質問だ。

 オレはその真意を量るために、やや雰囲気のある声色を作り、もう一度問う。

 

「何か目的でもあったのか?」

 

 カムクラは無表情のまま答える。

 言葉の裏には不機嫌があるわけでもなく、普段と変わらない折目高な口調でだ。

 

「────結末を見届けたかったんですよ。

 あとは……龍園くんから逃げるためです。彼は僕を見つけるために先ほどこちらに来た。これで丁度入れ違いになりました」

 

 やはり……こいつは。

 確かにあの部屋には、いくつかの死角がある。人の気配が多すぎて気づけないのは難しいかもしれない。

 本当に信じ難い事実だ。おそらく、オレがあの部屋に入る前から……。

 

「それでは僕はここで」

 

 カムクラはこの場から去っていく。

 以前のように何か言われるかと身構えていたが、その様子はない。

 

 理解の出来ない相手だ。何か通ずるものがあると思っていたが、それも気のせいに感じてくる。

 

 オレは過ぎたことを考えながら、竜グループの部屋へと戻った。

 笑顔溢れる空間。他クラス同士でも楽しそうに話している。

 その様子を見る真島先生も非常に嬉しそうだ。

 クラスの垣根を超えた試験でこの結果が待っていた。理想的な結末なのだろう。

 勝った。彼らを見ていると、オレにもその実感が再び込み上げた。

 

 

 オレは勝利の味を噛み締めながら、部屋へと足を踏み入れた。

 

 

 

 




矛盾があったらすぐに修正します。

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