ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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パラサイト

 

 

 

 

 

 船内1階は居酒屋やバーなどの学生には出入り出来ない施設がいくつかある。

 学生は立ち入り禁止にされてはいないが、その大人の雰囲気から気取った学生でもなければ寄り付かない。

 現在の時刻は23時を回り、先生方も休息を取っている。何人かの先生はこの階でくつろぎながら静かに過ごしていた。

 そんな数あるバーの1つに、3人の先生が集まっている。

 薄暗がりな照明に照らされながらソファーに腰掛ける先生方の手には、酒の入ったグラスが収まっていて、それぞれの飲み方で口に運ばれている。

 

「いや~、今年の1年は凄いね~」

 

 身体をソファーに預けながら間の抜けた声を出す女性はBクラスの担任である星乃宮先生。

 彼女はストレートのウイスキーを豪快に飲んでいる。

 そんな彼女を1人は若干引き気味で見て、もう1人は同意するように軽く笑いながら酒を飲んでいる。

 Dクラスの担任、茶柱先生とAクラスの担任、真嶋先生だ。

 

「チエ、ペースが早すぎだぞ」

 

「そんな早くないって。それに試験が終わって、明日は休暇。多少飲み過ぎても心配ナッシング!」

 

「……程々にしてくれ。船内には生徒もいるんだ。失態を顕にしないでくれ」

 

「サエちゃん固すぎ~」

 

 星乃宮先生は綺麗な姿勢でソファーに座る茶柱先生に指を差しながら笑う。

 茶柱先生は諦めるように溜息をつき、ポケットから携帯を取り出す。

 

「何を見ているんだ?」

 

「チエの言うことも間違いではないと思ってな」

 

 携帯には事細かに示された情報があった。

 

 

試験結果

 

 

 鼠────裏切者の正解により結果3とする。(優待者:Aクラス←裏切者:Cクラス)→以下同様

 

 牛────裏切者の正解により結果3とする。(Bクラス←Dクラス)

 

 虎────裏切者の正解により結果3とする。(Cクラス←Aクラス)

 

 兎────裏切者の正解により結果3とする。(Dクラス←Aクラス)

 

 竜────裏切者の正解により結果3とする。(Dクラス←Bクラス)

 

 蛇────裏切者の正解により結果3とする。(Cクラス←Dクラス)

 

 馬────裏切者の正解により結果3とする。(Dクラス←Bクラス)

 

 羊────裏切者の正解により結果3とする。(Bクラス←Dクラス)

 

 猿────裏切者の正解により結果3とする。(Bクラス←Aクラス)

 

 鳥────裏切者の正解により結果3とする。(Aクラス←Dクラス)

 

 犬────裏切者の正解により結果3とする。(Cクラス←Bクラス)

 

 猪────裏切者の正解により結果3とする。(Aクラス←Bクラス)

 

 

 Aクラス……変動なし    プラス150万pp

 Bクラス……プラス50cp   プラス200万pp

 Cクラス……マイナス100cp  プラス50万pp

 Dクラス……プラス50cp   プラス200万pp

 

 

夏休み後の各クラスポイント

 

 

 Aクラス 1518cp→1518cp

 Bクラス 895cp→945cp

 Cクラス 680cp→580cp

 Dクラス 235cp→285cp

 

 

 

「全部結果3で終わるんなんて、もしかして初めてじゃない?」

 

 先ほどまでソファーにだらしなく座っていた星乃宮先生は片手を茶柱先生の肩に回し、画面をのぞき込む。

 ついでに回した手で茶柱先生の胸に触れた。

 片眉を動かした後、茶柱先生は自分の同期をひっぺがす。

 

「いけず~」

 

「距離が近い。お前の無節操は本当に変わらない」

 

「いいじゃん。同じ女の子だよ」

 

「……女の子はやめろ。今年いくつだと思っているんだ」

 

「あっ、年齢の話はダメ~」

 

 星乃宮先生はいつの間に空に変わったグラスにもう一度ウイスキーを入れる。

 

「それにしても……今年は生徒の質が高いよね。Aクラスなんて超優秀じゃん。

 1518cpってことは1ヶ月15万円のお小遣いだよ! 何でもし放題じゃん!」

 

「そうだな。今年は本当に優秀だ。過去1番と言っていい。

 葛城を筆頭に精鋭揃いだ。それに理事長の娘さんである坂柳もいる」

 

「そんなこと言ったらうちも負けてないもんね。一之瀬さんがいずれ真島くんの生徒を倒しに行くからね~」

 

「はは、そうか。だが、背後には気を付けろよ。今年のDクラスは一味違うぞ」

 

「知ってるって。サエちゃんが下剋上狙っちゃうくらいには期待しているもんね」

 

 真島先生とはお茶らけて会話を話す癖に、茶柱先生へは目が笑っていない星乃宮先生。

 茶柱先生は得意げな顔こそしないが、挑発に対して薄く笑う。

 

「元々そんなもの期待していなかったが、今年はあるのかもな」

 

「……めっずらしい。サエちゃんがそんな風に思うなんて」

 

「思いたくなるさ。それほど今年のDクラスは特殊だ」

 

「……ふーん、確かにそうだけど、サエちゃん忘れてない? 下剋上の最初の相手はCクラスなんだよ」

 

 星乃宮先生は色っぽく口を開き、蠱惑的な表情を浮かべる。

 どこか見下すような、絶対に不可能だと言わんばかりの趣旨を瞳だけで訴えてくる。

 

「……カムクラか。あれは今年のジョーカーだな」

 

「あはは、言いえて妙だねぇ~。彼がジョーカーなら、龍園くんはキングがピッタリだよ」

 

 張りつめた空気は続くことなく壊される。そもそもここは酒場、無粋な空気は不要だ。

 Dクラスを堰き止める2枚の壁。

 分厚く、固く、突破するのは容易ではない。

 

「真島くんもしてやられたもんね。アナウンスの時の真島くんと言ったら……、『お、俺の声……だと』って。……あっはは、あはははははははははは!」

 

「ふっ、あれは確かにひどい慌てようだったな」

 

 対照的な笑い方をする両者に対して、真嶋先生は狙っていた酒が先に開けられた時のような渋い表情で答える。

 

「……うるさいぞ。サエだって自分の声を真似られた時はクールな表情から間抜け面に変わったじゃないか」

 

「デリカシーのない言い方だな。私は驚いただけだ。あの顔から私の声が出てきたことに」

 

 チビチビと飲んでいた先ほどよりもペースが上がる茶柱先生。

 空になったグラスにラムベースのカクテルを注いでいく。その飲み方に嬉しそうに笑った星乃宮先生と、互いのグラスをぶつけあう。

 だんだんと酒が回っているようだ。

 

「女の子にそんな言い方ダメだよ真島くん。だから前の彼女に振られちゃうんだよ~。

 この前見たよ、新しい彼女とデートしているところ~」

 

「……余計なお世話だ。それにお前らを女の子とは見れん」

 

「そういうところだぞ真島。だから朴念仁ぽいくせに意外と女癖が悪いんだ」

 

「……おい、サエ。お前だいぶ回ってないか?」

 

 狼狽える真島先生をゲラ笑いで爆笑している星乃宮先生。

 先程まで良かった茶柱先生の姿勢は崩れ、頬も赤くなり始めていた。

 その後同期である彼らは積もる話もあったのか飲み明かす。

 1日で試験が終わったことで、翌日は休日だ。

 

 次の日に頭を抱えて歩く茶柱先生が噂されることはもはや予定調和だった。

 

 

 

 ──────────────────

 

 

 

 

「おはよう、綾小路くん」

 

 目が覚めて一番、目に入ったのは微笑んでいるイケメン。

 制服姿の彼がなぜここにいる。そう考えるが自分が寝ぼけていることに気付く。

 今はルームメイトだった。だんだんと意識が覚醒していく。

 なぜ自分がここまで熟睡していたか、特別試験が行われていないか。

 ボーッとしているオレを、彼はベッドに座りながらこちらを見ていた。

 

「高円寺くんと幸村くんはもうどこかに行っちゃたよ」

 

 首だけを動かし、時計を見ると今は11時半。随分長く眠っていたようだ。

 昨日寝たのは12時過ぎくらいだった。

 思い返すと、昨日は怒涛の一日だった。

 運動こそしてないが、この学校に来てから一番頭を動かしたし、暗躍するために根回しをした。

 自分の思っている以上に疲れは溜まっていたためか、こんな自堕落な起床を迎えた。

 しかし、それはそれとして、さぞ良い快眠だった。

 

「……おはよう平田」

 

「ははは、まだ眠たそうだね」

 

「むしろ寝すぎていつもより眠いくらいだ」

 

 気が緩んでいる笑いを見せる平田。

 そうか。試験は終わらせたんだった。だから平田の雰囲気にどこか余裕があるんだな。

 普段から笑顔を絶やさない平田だが、昨日はどこか緊張感に迫られた表情をしていた。

 だがそんな面影はどこにいったのか。

 大仕事を終えた後の達成感でもあるかのように機嫌が良さそうだ。

 

「制服を着ているってことは、どこかに行っていたのか?」

 

「そっかまだグループチャットを見てないんだね。今日の10時から堀北さんが皆を集めて今回の試験について説明したんだよ。

 僕はそれの手伝いをしてきたんだ」

 

 オレは携帯を操作して、友人間で使えるグループチャットを開く。

 そのチャットにはDクラスの生徒がほぼ全員参加していて、そこで堀北が今回の試験について通達していた。

 オレは寝坊したという訳だ。

 

「試験の説明は必要かい?」

 

「いや、堀北から聞いている。大丈夫だ」

 

 身体を起こし、伸びをする。

 試験は終わった。だが、やることが1つ残っている。

 ゆっくりと覚醒した脳はやるべきことを算出していく。

 

「綾小路くん、そろそろ正午なんだけど昼食を一緒にどうかな?」

 

「行かせてくれ。ちょうど腹も減っていた。……凄く」

 

 その前に腹ごしらえから。

 腹が減っては何とやらだ。人間は三大欲求には逆らえない。

 特に、生きるために最も必要な食欲は良く満たす必要がある。

 

「はは、確かに朝からずっと寝ていたからね。フードコートで良いかい?」

 

「頼む。オレはその間に準備をしておくよ」

 

 オレは立ち上がり、準備を始める。

 平田はその間携帯を弄っている。素早く手が動いていることから誰かに連絡を送っているようだ。

 

「待たせたな、もう行けるぞ」

 

 笑って立ち上がる平田。どうやらメールのやり取りは終えたようだ。

 オレは平田に付いていき、目的地に到達する。

 平田はフードコートと言っていったが、まさにその通り。

 オレたちは手近な席に座り、辺りを見渡す。たくさんの店が並んでいる。

 皆が聞いたことのあるような有名チェーン店からやや高そうな雰囲気のある店、より取り見取りだ。

 オレはパスタ、ラーメン、蕎麦などの麺類やハンバーカーなどのジャンクフードに目が奪われる。

 

「夢のような光景だな」

 

「はは、大げさだね。早速選びに行こうか」

 

 平田はブレザーを席に掛ける。

 誰かに席を取られないように席の確保を完了し、2人で注文を見て回る。

 オレはさっき目についたハンバーガーが気になったので、それを注文しにいく。

 平田も丁度同じものが目についていたらしく、オレとは違うハンバーガーを注文する。

 待ち時間は雑談しながら待つ。その後注文を受け取り、確保していた席に戻った。

 友人と、昼ご飯を選び、雑談し、一緒に食べる。夢にまで見た理想の学園生活。

 平田、いや平田様。ありがとうございます。

 

「平田くん!」

 

 見た目に反して豪快に食べる平田。一口が大きく、良く食べる。

 平田がサッカー部で、食べ盛りだったなと思い返していながら、オレも口いっぱいにハンバーガーを頬張っていると、平田を呼ぶ声がした。

 

「……軽井沢さん」

 

「誰かと一緒に食べるって言ってたからここかなと思ったけどやっぱりそうだったね」

 

 嬉しそうな声をフードコートに響かせながら、軽井沢と彼女が率いる2人の女子がやって来る。

 

「えーっと……軽井沢さん、さっき断りのチャットを送ったと思うんだけど」

 

「その後その人も一緒で良いから食べようって送ったはずだよ?」

 

 そう言われ平田はチャットを確認して、困った様子を見せる。

 ここに来る前に送っていたメールは軽井沢宛てのようだ。

 

「……僕はまだ未読だったよ?」

 

「そんな固いこと言わないでさ、ね?」

 

 おそらくその連絡は確かに来ていたのだろう。

 チャットには未読、既読機能が備わっているので、意思疎通が出来ているかは簡単に判断できる。

 だが、未読のまま一方的に突撃されたら、平田の都合は潰される。

 軽井沢たちはそんな平田を余所に、別のテーブルと椅子を引っ張り出し、席を作る。

 

「僕は綾小路くんと2人っきりで話したかったからメールを送ったんだよ」

 

 おい、やめろ平田。その言い方だと変な誤解を生む。

 

「……え? それって私より大事なの?」

 

 言わんこっちゃない。

 目が点になりかけた軽井沢はオレを少し睨んでから、男女関係において相手の言葉を詰まらせる禁断の言葉を使う。

 

「そういうことじゃない。僕にも都合はあるんだよ」

 

 真面目な表情で平田が告げると、軽井沢は彼の心境を理解したのかすぐに引き下がった。

 

「……分かった分かったって。今度はちゃんと連絡するからさ」

 

 笑いながら手を合わせて謝罪の印を作る。

 勘弁してくれ。後ろにいる栗色の長い髪を持つ女子も同じような表情を浮かべているぞ。

 

「綾小路くんだっけ? ……君も良いでしょ?」

 

 さすがに兎グループで一緒だからオレの名前は覚えてくれたようだ。

 しかしこの状況、滅茶苦茶断り辛い。

 平田は心配そうにこちらを見てくれる。ありがとう、その気持ちは受け取っておく。

 ────正直運が良い。軽井沢に会えたのは手間が省けた。

 

「オレは構わない」

 

「ほら、綾小路くんも良いって言ってるよ」

 

 オレが簡単に了承したことで軽井沢の機嫌は見るからに良くなる。

 彼女からすれば、オレはいてもいなくても変わらない。重要なのは平田がいるかどうかだ。

 

「……分かったよ」

 

 自分のせいで巻き込んでしまった申し訳なさ。他人に気を遣わせたことによる申し訳なさ。

 それによって平田は気まずそうな表情をオレに浮かべる。

 安心してくれ平田。むしろグッジョブなんだ。

 そうして軽井沢たちは平田を囲むように座り始める。

 軽井沢ともう1人、いかにも陽キャといった女子が平田の隣を陣取った。

 それの対面上にオレがいて、隣には栗色の髪をした女子が座る。

 ちなみに軽井沢以外の生徒はザ・陽キャの方が佐藤麻耶、栗色の髪を持つ方が松下千秋と言う。

 一応クラスメイトだから名前は覚えているが、絡みは一切ない。

 

「お邪魔しちゃってごめんね平田くん」

 

「いや、謝るなら僕じゃなくて綾小路くんにしてくれ。彼は大勢で食事をするのがあまり得意ではないんだ」

 

「なるほどね。……ごめんね、綾小路くん」

 

 松下が手を合わせて可愛らしく謝る。佐藤と軽井沢もそれを機に続いた。

 

「大丈夫だ。大勢で食べるのもたまには悪くない」

 

 そういうと平田はまた気まずそうにする。

 また気をつかわせたとでも思っているが、そんなに気にしなくていいぞ。

 

「それにしても珍しいよね。平田くんが2人っきりで食事だなんて。2人は結構仲が良いの?」

 

 松下がオレたちの関係に首をひねる。

 同じように不思議そうな表情を浮かべる佐藤。平田と言ったら大勢に囲まれて食事というのが決まりなのか。

 日の光を浴びる人間と影の中にいる人間では、住む世界が違うことを再実感する。

 

「特別試験を通じて話すようになったな」

 

「そうだね。部屋も一緒だし、最近だと綾小路くんの顔を見なかった日はないんじゃないかな?」

 

「確かにそうだな」

 

 オレたちの関係を2人は興味深そうに聞いているが、この話を面白く感じない者もいる。

 ムスッとした態度をし、若干頬を膨らませる軽井沢だ。

 

「ごめんって軽井沢さん」

 

 いち早く気付いた松下はすぐに謝って機嫌を取る。

 

「……でも軽井沢さんが結構独占欲強いんだね。彼氏の友人にまで嫉妬しちゃうんだね」

 

「ち、違うわよ。そういうんじゃない」

 

 佐藤に弄られる軽井沢には、カースト上位の女子特有の怖さがない。

 

「平田くんも今度からはちゃんと誰といるかは連絡してよね!」

 

 若干顔を赤らめて言う軽井沢に平田は子供を見る保護者のような笑みで対応した。

 普段は見れない軽井沢の様子をオレはしっかり観察する。

 

「それで何の話をするつもりだったの? 平田くんってみんな平等って感じで特定の友人とか作らなそうだったから気になる」

 

「今日は試験についてかな。やっと試験も終わったし、お互い頑張ったからそれのお疲れ様会って感じだよ」

 

「……お互いに頑張った?」

 

 佐藤の質問を丁寧に答える平田だが、佐藤はある一点が疑問に思ったらしい。

 それもそうだろう。クラスでは目立たない位置にいるオレがどこで頑張ったというのだ。

 同じグループだった軽井沢はじっと探るようにこちらを見てくる。

 

「綾小路くんは裏方で頑張ってたよ。堀北さんの指示を僕に伝えたり、彼女の手伝いをずっとしていたからね」

 

 平田がオレのやったことをある程度暈しながら、目に見える成果を彼女たちに知らせる。

 その言葉に彼女たちは分かりやすく驚いた表情を見せた。

 

「なるほど、綾小路くんって堀北さんと仲良いもんね! じゃあ、今回の試験の裏MVP的な存在なのかな?」

 

「いや、俺は本当に手伝っただけで大したことしていない。今回の試験で勝てたのは堀北のおかげだ」

 

「謙遜しちゃって~」

 

 オレは気取らないそぶりを見せながら、ハンバーガーを口に運ぶ。

 

「良い食べっぷりだね。私もお腹すいてきちゃったよ」

 

「確かに、じゃああたしたちも決めに行こう!」

 

 続くように佐藤が言うと軽井沢も立ち上がり、3人で昼食を選びに行った。

 

「ごめんね綾小路くん。随分気を使わせてしまった」

 

「大丈夫だ。こういう賑やかなのもたまにはいい」

 

 オレは食べ終わった食器を持ち、立ち上がる。

 平田の分もついでに片付けようと思ったが、彼の皿にはまだハンバーガーが残っていた。

 オレは片付けに行く。

 レストランなどと違い、店員が片付けるのではなく、自分自身で片づける。

 知識にはあったが、初めての体験になんだか嬉しくなる。

 

「ちょっとやめてよ!」

 

 軽井沢の声が聞こえた。様子を窺うと3人の女子生徒に囲まれているようだった。

 そのうちの1人はCクラスの真鍋。おそらく残り二人も同様にCクラスの生徒だろう。

 そこには松下や佐藤の姿が見当たらない。

 おそらく違うものを頼みに行くために分かれて行動したのだろう。

 1人になったことを見計らって距離を詰められたのか、はたまた偶然か。

 どちらか分からないが、トラブルは放置するものじゃないな。

 真鍋が軽井沢の右手を掴んでいることから険悪な雰囲気が目に見えている。

 オレは素早く食器を返し、トラブルに自ら突っ込んでいく。

 

「痛い! 離してよ!」

 

「他人の痛みが分かるならもっと気を付けて行動しなさいよ。あんたの迷惑な行動で何人傷ついてると思っているの」

 

 血走った目、というよりはどこか優越感に浸っている瞳を連想させる真鍋。

 どうやら、伊吹の言っていたことは間違いないらしい。

 自分より弱いものに力を見せつけ、自分の欲求を満たしている。趣味の悪いことだ。

 

「手を放せ」

 

 やや低く調整した声色で警告しながら割り込んだオレは真鍋の左手を右手で掴む。

 真鍋は突然の乱入者に一瞬状況がしどろもどろになる。

 だが、すぐにオレの手を振り払い、強烈な睨みを利かせた。

 

「……何あんた、いきなり割り込んできて。ヒロインを救ったヒーローになったつもり? 

 もっとも、ヒロインはどんな男にも寄り添う尻軽女だけど」

 

 興奮状態の真鍋は乱入者を認識しながらも、その敵意は依然として軽井沢に向いている。

 オレは自分の背で軽井沢を隠すように体勢を変え、先程と同じ声色で言い返す。

 

「今騒ぎを起こすのはお前にとっても良くない状況だぞ」

 

「はっ? 悪いのはその女なんだけど」

 

「お前たちの間にトラブルがあるのは知っている。だが、今先に手を出したのはお前だ。

 証拠はここにいる全員が目にしている。そして何より、ここにはさっきまでカムクラがいたぞ。問題を起こしてまずいのはどっちだろうな」

 

 カムクラの名前に分かりやすい反応を見せる。

 狼狽えながらもオレの言葉が嘘であるかどうかを判断しようとしている。

 が、リスクを考えればこいつは何もできないはずだ。

 

「ちっ」

 

 舌打ちをして真鍋たちは引き返す。

 伊吹には感謝しなきゃな。おかげで何とか切り抜けられた。

 

「……ありがとう、助けてくれて」

 

「気にするな……と言いたいが、何かあったのか? 昨日も訳ありだったようだが」

 

「それは……」

 

 騒ぎの中心から人気のない所まで離れた後、軽井沢はお礼を言った。

 丁度二人っきりになれた。オレはこのチャンスを逃さず、彼女という人間を分析するための探りを入れる。

 オレの質問に軽井沢はまごまごとする。

 

「オレで良ければ相談に乗るが、それとも平田に伝えようか?」

 

「……待って、平田くんにはこの件のことを言わないで」

 

「分かった。一応理由は聞いていいか?」

 

 少し考えてから軽井沢は答えた。

 

「平田くんは優しすぎるからよ。こういうトラブルが起こった時にちゃんとした対処をしてくれない。

 例えば、暴力を振るわれたら、暴力を振り返すんじゃなくて言葉での説得の場を設ける。目には目の精神じゃなくてどこまでも平和的な解決をする。

 それじゃあ、解決なんて一切できない。分かり合えない人っているんだもん。

 だから────」

 

 言葉を伸ばし、オレとの距離を一気に詰めてくる。

 片手を両手で掴み、彼女は要求を告げた。

 

「────あんたみたいな強い人に助けてほしい。私は真鍋たちから嫌がらせを受けてるの。……助けて」

 

 普段とは比べ物にならない弱弱しい声で彼女は告げた。

 オレはこの時、軽井沢の本質を垣間見た気がした。

 ────この女は誰かに寄生するタイプの弱い人間かもしれない。

 なぜこんな人間がスクールカーストの上位にいる。

 平田という彼氏、町田に接触していた事実、そしてオレへの接触。

 何となく、理解した。

 もっと情報がいる。今思いつきつつある方法を取るには軽井沢の情報が足りなすぎる。

 

 そこで頭に浮かんだのは平田洋介。

 こいつをもっと利用しなければならない。

 

 可能であるならば、軽井沢 恵を一度壊し、新たな寄生先を作れるかもしれない。

 

「分かった。相談に乗ろう」

 

 そう言うと、軽井沢は嬉しそうに笑った。

 助けを求める者に手を伸ばしてくれる人間の手を掴んだ軽井沢。普段の強気な態度なら、一人でも解決可能な気がするのにそれをしない。

 違和感には理由がある。

 オレは思考を加速させていく。

 

 

 軽井沢が使える人間かどうか、船内のうちに見極める。

 その策は少しずつ纏まりつつあった。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 誰もいないデッキに1人の男が足を運ぶ。

 長い黒髪が心地よい潮の香りを運ぶ風によって靡かれる。

 彼は特に周りを確認することなく、太陽に向かって話し始めた。

 正午を迎え、灼熱では形容できない温度で輝きを放つ太陽へスピーチ練習でもするかのように彼は口を動かす。

 

 

 

「────これが試験の全てです」

 

 

 

 

Act・1

 

 

「試験の始まりは無人島試験が終わって3日後の夕方からです」

 

「高円寺くんと雑談をしていた時でした。放送が流され、船内の空気は変わりました」

 

「彼との会話は有意義で、今回の試験に高い意識で臨もうというきっかけをもらいます」

 

「自分でも分からない未来を自分の手で作り出す。そのために精一杯の準備をしようと心掛けました」

 

「そしてその日の夜、試験の説明がされ、試験の全容が明らかになります」

 

「内容とは、12~14人で構成される計12グループでディスカッションを用いて『優待者』を見つける試験」

 

「僕はこの試験の内容を把握し、自分の行動を決めました」

 

 

 

Act・2

 

 

「翌日8時に試験の肝になる『優待者』が発表され、各々のクラスが自クラスの『優待者』を確認するために動き出します」

 

「その後、Aクラスはそもそもの会話をしないことで『優待者』を守る策を」

 

「Bクラスは様子見から。Dクラスも同様の行動を見せました」

 

「午後13時、それぞれの思惑を胸に1回目のグループディスカッションが始まります」

 

「竜グループは各クラスの主要メンバーが集まり、レベルの高い議論が期待できそうでした」

 

 

Act・3

 

 

「まず動きを見せたのはAクラス」

 

「葛城くんの策の説明により、全クラスを結果1で終わらせる策を提案しました」

 

「しかし、これには反論が多く、可決の気配はまるでありませんでした」

 

「そんな中、僕も自分の意志で動き始めます。予測の出来ない未来のために」

 

「その兆しをいち早く気付かせてくれたのはDクラスの堀北さんでした」

 

「彼女は僕をしっかり分析し、行動を制限しようと対抗しました」

 

「そんな彼女に敬意を払い、僕は場を乱し始めます。自身が竜グループの『優待者』と名乗ることによって」

 

「その後さらに場を混乱させ、準備に取り掛かりました」

 

 

Act・4

 

 

「議論を重ねた竜グループにて、僕は全ての敵になるように振る舞います」

 

「極めつけにAクラスの優待者を1人当て、1回目のグループディスカッションを終わらせました」

 

「役者たちの感情に混乱というスパイスをふりかけ、新しい結果を待ち望みます」

 

「この時櫛田桔梗、堀北鈴音、この2人には可能性を感じたためにより辛い試練を与えました」

 

「この期間、ある問題が起きましたが、それは試験とは関係ないので一旦置いておきましょう」

 

 

Act・5

 

 

「ある問題への試行錯誤、試験の結末の予測。

 二つの準備に手間取りながらも2回目のグループディスカッションが始まります」

 

「僕は始まってすぐに気づく。ある生徒の顔つきが1回目の時と違うことに」

 

「その生徒は堀北鈴音。不安を抱きながらも決意を固めた表情を浮かべた彼女が動き出します」

 

「まず彼女は僕の偽の優待者宣言を見抜き、場を動かします」

 

「そして彼女はシンプルな提案をする。他のクラスに協力してほしいという提案を」

 

「彼女の交渉は成功し、見事他クラスを味方に付けることに成功します」

 

「この時点で、堀北鈴音は予想以上の成長を見せていました」

 

「しかしこれで終わってはツマラナイ。僕はさらにひと手間を加えます」

 

 

Act・6

 

 

「僕は竜グループの優待者を暴露する。

 固めた意思を出来立ての瘡蓋を剝がすように搔きむしる」

 

「しかし彼女はその魔手から何とか逃れます。かなり追い詰めましたが、彼女は諦めずに自らの策を貫き通しました」

 

「その後櫛田桔梗の暴走で竜グループの試験が終わり、彼女の策、言ってしまえばCクラスを追い詰める策は実行に移ります」

 

「万々歳、一件落着。そう思わせてからの足掻きを僕は開始しました」

 

 

Act・7

 

 

「最後の足掻き。アナウンスを乗っ取り、嘘の放送を行った」

 

「全てを巻き込み、さらに予想の出来ない結果を。そのために全ての生徒へ公平な延長戦を届けました」

 

「葛城くんにも、一之瀬さんにも、龍園くんにも、堀北さんにも」

 

「知っての通り、この試験は堀北さんが、Dクラスが勝ちました」

 

「分からない未来に自分の意志で一歩を踏み出した。

 無人島試験からは想像すらできなかった人間が短期間でここまで成長する」

 

 

「素晴らしい。まさに予想外の結果と言えるでしょう。

 同時に僕の才能で予想外は作れるという予想通りになってしまいましたが、それを踏まえても今回は+の結果でした」

 

 

 

「────以上が、この試験の全容です」

 

 

 

 『良』、今回の評価はこれが妥当でしょう。

 男はそう言って、誰に話しているのか分からない長い説明を止めた。

 

 

 

 




こんにちは、ディメラです。
これにてchapter4終わりです。
結構頑張りました。現場からは以上です。
矛盾があったらすぐに修正します。

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