ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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Chapter4.5
波乱万丈の休み ー①ー


 

 

 

 

 特別試験が終わり、学生寮に戻って初めての朝を迎える。

 8/1から2週間、生徒たちは豪華客船を有意義に過ごしていた。

 夢の生活は終わった。

 プライベートポイントを使用する必要がなかった生活は終わったのだ。

 この学校は1ヶ月に1度、クラス単位で測った成績をもとにしてポイントが支給される。

 生徒たちはそのポイントを自由に使えて、計画的に毎日を過ごしている。

 自由にというのはもちろん、食事などの生活に必要なことすべてが含まれている。

 光熱費や家賃など住に関することは支払わなくてすむものもあるが、衣食は自分のポイントを使う必要がある。

 そこで人の性格が見える。

 例えば自炊するか、外食するか。節約を考えれば前者が良いが、自分で使える時間を増やしたいなら後者も捨てがたい。

 などと、プライベートポイントは生活に必要不可欠のものだ。

 そんな健康に気を使わなければいけない生活が戻って来る。

 

「さて、どうしますか」

 

 自室の椅子に腰掛ける僕は携帯で自身のプライベートポイントを確認する。

 

『0ポイント』。

 

 画面に映された数字に変わる様子はない。微動だにしない。一切動かない。

 現在は8月中盤。ポイントが支給されるのはどう見積もっても後半月ある。

 僕は無料飲料水を飲んだ後、冷蔵庫へと足を運んだ。

 中には冷えた無料飲料水のみ。2週間の旅行に行く、そのため冷蔵庫に食材を残しておく必要性は感じなかった。

 冷凍食品などない。米もパンも効率よく使い切った。

 あるのはやたら集まっている調味料たちぐらい。

 超高校級の料理人の才能を行使するために必要だったものだ。

 

「……仕方ありません。誰かに借りに行きますか」

 

 思い立ったが吉日。都合よく言葉を用い、僕はすぐに行動を起こす。

 昨日の豪華客船で食べた夕食が最後の晩餐になるのは笑えない。

 連絡先を開き、名前を確認していく。

 龍園くん、アルベルト、石崎くんのCクラス男子3人。

 伊吹さん、椎名さんのCクラス女子2人。

 高円寺くんの他クラス男子1人。

 坂柳さん、一之瀬さんの他クラス女子2人。

 最後に生徒会長の堀北学。

 これらが僕の持っている個人連絡先です。その中から第一候補、第二候補を決め、電話を掛ける。

 ちなみに候補はアルベルトと石崎くんです。

 

 ────どちらも出ない。

 

 現在の時刻は午前8時。どうやら彼らはまだ睡眠中のようだ。

 石崎くんはどうせ寝ていると思っていたので期待していませんでしたが、まさかアルベルトまで寝ているとは。

 慣れない場所でだいぶ疲れが溜まっていたと僕は推測し、アルベルトの安眠を願った。

 こうなると次の候補が必要だ。

 龍園くんには断られている。伊吹さんにはやや聞き辛い。高円寺くんは面倒くさい。

 残る候補を考えていくが、そもそも特別試験終わり後の朝一番から叩き起こすのも非常識だ。

 それを踏まえると堀北学か坂柳さんはまだ候補に入る。

 が、やはり焦る必要もないと考えなおした。

 気ままに待とう、そう思った。

 暇つぶしがてら散歩しようと身だしなみを整え、外に出る。

 ちなみに服装は白の無地Tシャツと黒のテーパードパンツ、黒のレザーシューズだ。

 僕は寮を出て並木道まで歩いていく。

 ここは各学年の寮へ続く道の分岐点でもあるため、ある程度人が通る。

 

 そう、上級生もだ。

 

 やはり僕は幸運だった。僕はこちらに歩いてくる男女2人を見つける。

 暑い日なのに制服を着ている男女2人は僕に気付き、接近して来た。

 

「久しいな」

 

「ええ、久しぶりですね堀北生徒会長。朝ご飯確保です」

 

「……何を言っているんだお前は?」

 

 僕は戸惑う堀北学の反応を無視する。

 この人からポイントをもらうことを決意した。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 ケヤキモール。学生が使える複合施設の名称だ。

 カラオケやボウリングといった娯楽に関する施設や食べ歩きや学校帰りによれるカフェなど様々な店が揃っている。

 さらには家具などを含めた生活必需品が買える場所もあるだけでなく、ケヤキモール内のイベントも豊富で、外からの店もオープンしている時がある。

 現在僕はこのケヤキモールのカフェで食事をしている。

 

「……満足したか?」

 

「デザートも欲しいです」

 

「図々しいな。一応言っておくが他人のポイントだぞ」

 

「人の金で食う飯はうまいと龍園くんが言ってました」

 

 足を組み、優雅にコーヒーを啜る僕に対して、生徒会長はため息をつく。

 僕たちは四角形のテーブルを境にして対面に座っている。周りに人影はなく、こちらの話し声を聞ける人物はいない。

 ちなみに一緒にいた橘さんは彼の指示で学校に向かった。

 どうやら、彼は僕と会話したかったらしく、2人っきりの状況を所望していた。

 なので僕は朝食を奢ってもらうことを条件にその提案を受けた。

 

「無人島試験、船上試験での結果は聞かせてもらった。随分と暴れたようだな」

 

「ここの生徒会は随分権力があるのですね。昨日終わったばかりの試験の報告を一生徒が知っているなんて」

 

「特権というやつだ。生徒会に入れば、かなりの情報を知れるぞ」

 

「勧誘は以前断りましたよ」

 

 旨味をちらつかせ、生徒会勧誘をしてくる生徒会長。

 姑息な方法のくせに、両手を組み、こちらを分析してくる姿は真剣だ。

 

「期待の新人にたった一度の勧誘で終わる訳ないだろう? どうだ、お前の能力なら副生徒会長の座を設けてやっても良い」

 

「生徒会には入りません」

 

「……そうか。残念だ」

 

 僕が堅固な意思を見せると、生徒会長は鼻を鳴らす。

 訳あり。そう分析した僕はポイントを得るために彼の悩みを聞くことを決意する。

 

「何か個人的な思惑がありそうですね」

 

「まぁな。お前に協力して欲しかったんだが────」

 

「────こちらの条件を呑んでくれるなら多少は考えますよ」

 

 僕は食い気味に彼の声を遮る。

 さすがに勢いが凄かったため、生徒会長は目を見開き、驚きを見せる。

 しかしすぐに僕の発言を薄く笑った後、丁寧に応える。

 

「その条件とは?」

 

「ポイントください。僕は今無一文です」

 

「ふっ、なるほど。それは一番信用できる理由だな」

 

 お金。何だかんだ一番信用のあるものです。

 金は命より重いとまでは言いませんが、天秤には掛けられます。

 

「それで、あなたの個人的事情とやらは何ですか?」

 

 取引を素早く実行するために、早速目的へと踏み入る。

 

「南雲雅を覚えているか?」

 

「覚えていますよ。この学校の副生徒会長ですね」

 

「そうだ。オレの悩みというのはその南雲を止めてほしいということだ」

 

 鋭い眼差しを見せる生徒会長からは嘘の気配はなく、超分析にも映らない。

 生徒会長からの副生徒会長を止めてほしいという依頼。目の上のたんこぶというか、下のたんこぶというか、面倒な話になりそうだ。

 

「その依頼はあなたが卒業した後ということですか? 現在はあなたの存在が抑止力になっているように見えますが」

 

「今はな。だが奴はオレがいなくなった後にこの学校の理念を変えるつもりだ。

 オレはそれに納得できん。だから、次の世代で南雲に立ち向かえる人間を探している」

 

 理念を変える。この実力至上主義の学校を変えるですか。

 どう変えるかわかりませんが、そう発言できることから他にやれることは全て終わっていると見てよい。

 噂では2年生ほぼ全員が彼の統一下にあると聞く。生徒会長の言い方的にも嘘ではなさそうだ。

 

「南雲はこの学校をもっと徹底的な実力至上主義の学校へ変えるつもりだ。それの阻止をして欲しい」

 

 そう言って彼は携帯を取り出し操作する。

 

「携帯を出せ。ポイントを先に払おう」

 

「僕はまだ受けると言ってないのですが?」

 

「いや、お前は遅かれ早かれあいつに目を付けられる。安心した生活は送れなくなる可能性がある。

 その時にオレの依頼を反故にさせないための投資だと思ってくれればよい」

 

「……あなた、元々断らせる気なかったですね」

 

 強引だが、効果的な交渉だ。

 こちらが切羽詰まった状況なので、先にポイントを与え、投資という形で半強制的に縛る。

 こちらの情報不足を見抜いた上で、僕が知りえない情報で殴る。

 ただ依頼を受けたというより、一杯食わされた気分になる。

 

「お前が本当に無一文だったからな。こういう交渉が一番手っ取り早いと思ったわけだ」

 

 クールな顔から薄く笑みが零れる。

 

「適切な処置です。さすが堀北さんの兄ですね」

 

 その言葉によって生徒会長は眉間に皴を寄せる。

 

「オレの能力に鈴音は関係ない」

 

「二人とも素晴らしい能力を持っていることを褒めただけですよ。

 そうだ、生徒会長。彼女は今回の試験を通じてとても成長しましたよ。兄として褒めてあげれば、彼女は喜びます」

 

「断る」

 

 葛城くん以上の頑なさを見せる生徒会長。

 そのくせ、堀北さんが成長したことを嬉しく思っている。

 兄妹の愛情というものだろう。

 

「……話を戻すぞ、携帯を出せ。ポイントが必要なのだろう?」

 

「さて、どうしたものですかね」

 

 僕は足を組みなおして考える。

 南雲雅を止めるために協力してほしい、この約束を守れば僕は現段階でいくらかのポイントをもらえることになる。

 死活問題絶好調の僕には嬉しい話だ。

 しかし、肝心の南雲雅に興味が湧かない。

 確かに彼の能力は素晴らしかった。一高校生にしては過剰すぎるほどの実力をもっていると言っていい。

 でもそれだけ。敵として強大な壁であるのは間違いなく、今の龍園くんや堀北さんが様々な勝負をしても勝てる確率は低そうだ。

 出し抜けそうなのはそれこそ坂柳さんぐらいだろう。

 しかし、僕の遊び相手となると話は別だ。相手にはなるが、現在は事足りている。

 

「……気分次第です。まぁ、頭の片隅に置くくらいはしておきましょう」

 

「よし。交渉成立だ」

 

「口約束で構わないのですか?」

 

「構わないさ。他にも候補はいる」

 

 彼の眼に適った人のみがこうやってポイントを餌につられている。

 次に協力を持ちかけられるのが誰かは知りませんが、面倒にならないように願っておきましょう。

 僕は携帯を出し、彼からポイントを送ってもらうのを待つ。

 

「オレは時間に余裕があるわけではない。これ以上橘に任せっきりなのもいけないしな」

 

「……あなた、このポイントは」

 

「この程度の投資安いものだ。お前にこの約束を意識させるならな」

 

 生徒会長は立ち上がり、素早くこの場を去っていく。

 制服を着ている辺り、生徒会の仕事とやらが夏休みでもあるのだろう。

 しかしそんなことよりもだ。

 僕は先ほどまで1桁だったポイントを再確認した。

 

『50万ポイント』。

 

 1桁から6桁になった。元々あったポイントが倍以上になった。

 さすがに増えすぎだ。

 これで僕はますますあの約束を無視しづらくなったわけだが……。

 それにしてもこの金額をポンと渡せる生徒会長はさすがだ。

 

 

「……まぁ、損はないので納得しましょう」

 

 

 正直、言いたいことはたくさん思いつくが、これで死活問題は解決だ。

 とりあえず僕は飲み物をもう一杯頼むことにした。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 時刻は9時を回り、ケヤキモール内にある店が開き始める。

 カフェや映画館などはもっと早く開いているが、基本的には9時に開店だ。

 特にやることもなく暇なので、折角もらったポイントで暇つぶしをする。

 食材の買い物は最後にするとして、何から始めるかを考えがてら移動を開始した。

 喫茶店、書店、雑貨店、家電店。歩けば歩くほど様々な店があった。

 そのまま前進していると、僕はある人だかりを見つける。

 気になったため近くに寄っていくと、丁寧に看板が設置されていた。

 占い。それに続くように、料金とコース、時間が書かれている。

 

「意外に人気があるものですね」

 

 2人1組で並んでいる列を傍目に僕は告げる。

 男女あるいは女子2人が主になるが、稀に男子2人も視界に入る。

 非科学的なものを信じる人は一定数いるが、たかが占いにここまでの人気があるとは。

 それほどここの占い師の腕がいいのか、この学校に占いが好きな人が多かったのか。

 どっちだか知りませんが、僕にはどうでもいいことだ。

 占い師の才能くらい持ってますし、そもそも僕は1人。並んでも受付が出来ない。

 僕はこの場から立ち去ろうとする。

 

「おや、君も占いに来たのに1人だったのかな?」

 

 聞きやすい女性の声。それでいて聞き覚えのない声。

 声の方を向くと、占いの人だかりから歩いてくる1人の女子生徒が僕に話しかけてきた。

 170を優に超える身長、他の色が入らない白の長い髪、網目のカチューシャ、ルビーのような赤い瞳。

 これらの特徴を持つ女子は少なくとも1年生にはいない。

 

「見ない顔だが、その長い髪と赤い瞳。もしかして君は入学当初噂になっていた1年生なのか?」

 

「あなたは誰ですか?」

 

 クールな雰囲気に良く似合った私服。だが、それに目がいかない程、彼女の顔は整っている。

 

 

「これは失礼した。私は鬼龍院 楓花。……君の1つ上の先輩かもしれない女だよ」

 

 

 2年生。

 南雲雅と同じ学年の生徒だ。先程の約束のせいで内心警戒してしまう。

 状況から判断しても彼女は1人で占いに行ったら受付が出来なかった一般生徒。

 僕を見つけたのは本当に偶然なのだろう。

 そしてこうして僕に声を掛けてきたということは、僕を付き添いにして占いの受付をしようとしている。

 その可能性が高そうだ。

 

「それで君の名前は?」

 

「カムクライズル。あなたの言う噂は知りませんが、確かに僕は1年生ですね」

 

「そうか、やはり君が」

 

 納得した彼女は薄く笑う。

 どんな噂が流れていたかは知りませんし興味ありません。どうでもいい。

 しかしどうでも良くないことが1つ。彼女は僕に興味を示した。

 

「占いに興味があるのか?」

 

「興味ありません」

 

「そうか。私もだ」

 

 じゃあなぜこの場にいるのか。

 

「興味がないということは、大方人混みが出来ていたから見に来たのだろう? そう、私も同じだ」

 

「あなたの推測は正しいです。そう言うあなたは僕を連れにして占いを受けようと?」

 

「大正解だ後輩。話が早くて助かる」

 

 おそらく彼女はケヤキモールをうろついていたのだろう。そこで人込みを発見し、僕と同じように看板を見ていた。

 暇だった彼女は占いを受けようとしたが、2人1組でないと受けられないことを知る。

 そこに丁度立ち去っていく1人の人間がいたから声を掛けた。

 

「それでどうだ、私の暇つぶしに付き合う気はあるか?」

 

「遠慮しておきますよ、先輩」

 

 断られるのが意外だったのか彼女は首を傾げた。

 少し考えた後、続ける。

 

「……後輩、占いをされた経験はあるのか?」

 

「ないですね」

 

「なら経験してみようじゃないか。何事も経験は大事だぞ。私と同じようにここに来たということは暇なのだろう?」

 

「暇ですが、他人に占われるのは時間とポイントの無駄です。自分でやった方が早い」

 

「自分でやった方が早い? それはつまり、後輩は占いが出来るという解釈で良いのか?」

 

 興味深そうにこちらを見る先輩。

 彼女の視線が強まった。ただ見ていただけから僕を分析しようと変えたのだろう。

 

「その解釈で正しいです。占いが出来る人間が占いをされにいくなんてツマラナイでしょう?」

 

「確かにそうだな。行く道理もない。だが私は後輩に少し興味が湧いたぞ。暇ならこの後私に付き合え」

 

「嫌です」

 

 別に彼女に興味がない訳じゃない。

 むしろ立ち姿だけでも分かる彼女の強者としての雰囲気は分析しがいがありそうだ。

 しかし、彼女からは高円寺くんと同じ雰囲気を感じる。

 こちらに気を遣わずに自分のやりたいことをして振り回してきそうだ。

 これでも特別試験は終わったばかり。ポイントも手に入ったし、さすがに1日くらいはゆっくりしたいものです。

 

「こんな美人からの誘いだぞ? 断るなんて一生分の運を使い切ってしまうかもしれないぞ」

 

「先輩は美人ですが、僕の運を全て使ってくれるくらいなら、なおさら行きませんよ。むしろ感謝して断ります」

 

 彼女は心底愉快そうに笑う。

 幸運の才能は状況次第ではどんなことにも対処できるツマラナイ才能だ。

 この才能がなくなってくれるなら、僕ももう少し手加減がしやすくなる。

 

「運を信じない奴は何人も見たことあるが、いらないと思う奴は初めて見たな。

 よりいっそう興味が湧いた。とりあえずこれ以上の立ち話もなんだ、カフェに移動して話そう」

 

「カフェは朝行ったのでいいです」

 

「ならあそこの休憩所にしよう」

 

 近くの休憩スペースを指差し、決まったことのように話す先輩。

 面倒くさい。

 ゆっくりと過ごしたい気分なのに全然逃がしてくれない。

 

「……しつこい女性はモテないらしいですよ」

 

「ほう、そうなのか。私はしつこくないがモテないぞ。

 聞いてくれよ後輩、この歳になって彼氏の1人も出来たことがないんだ」

 

「先輩、相談なら友人にしてください」

 

「生憎だが、友達と呼べる人間はいないんだ。いつも寂しい思いをしている。可哀そうだと思わないのか?」

 

 鬱陶しい。ついつい本音が漏れそうになるが、何とか抑える。

 そもそも本当に友達がいなく、寂しい思いをしている人間はこんな風に話しかけてきたりしない。

 

「可哀そうとは思いますが、僕には関係ないことです」

 

「酷い人だな。後輩、さてはモテないな?」

 

「知りもしない他人からの好意なんて興味ありません」

 

「同感だ。他人からの採点など何の意味もない。

 だが、私たちは名前を知っている。知っている人の好意なら無下には出来ないだろう?」

 

「今日が初対面ですけどね」

 

 ダメです、この女全然止まらない。

 僕は溜息をついた。彼女はこの話し合い自体を楽しんでいる上に、こちらを分析しようとしている。

 面倒この上ない。未だ折れる気はなさそうだ。僕に予定が出来ない限り、彼女からは逃げられないのでしょうか。

 仕方ありません。最後の手段です。

 ────走って逃げましょう。

 

「おっと、待った。逃がさないぞ」

 

 僕が振り返ろうとすると、彼女は僕の手を掴んだ。

 予備動作があったとはいえ、それなりのスピードだったはずだ。

 相当な身体能力を持っていることは間違いない。

 

「勘弁してください先輩」

 

「観念してくれ後輩。最近面白味のある人間がいないから私も退屈なんだ」

 

 得意げな顔して笑う先輩。

 僕が本気で力を入れる気がないのをわかっているためか、彼女の掴む力は弱い。

 逃げようとすればいくらでも逃げれるが、彼女も多少は追いかけてくるだろう。

 ショッピングモールで鬼ごっこ。高校生のやることではない。

 どうやら、観念するしかないようだ。

 

 

「そこで何しているのですか────イズルくん」

 

 

 第三者が僕を呼んだ。

 聞き覚えのある声。僕は素早く彼女の方を向く。

 150㎝程度の身長、混じりけのない白い髪、日を避けるための白いカット帽子、サファイアのような青い瞳。

 そして細い体を支える杖。これらの特徴を持つ生徒は1人しかいない。

 

「……坂柳さん」

 

 

 

 僕がそう言うと彼女はニコリと笑った。

 

 

 

 




chapter4.5開始です。
3〜5話で終わらせる予定です。

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