ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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波乱万丈の休み -③-

 

 

 

 朝比奈なずなと名乗ったひまわりのヘアピンが特徴的な2年生。

 僕らは試着室のカーテン部分を境界線とするように向き合っていた。

 

「噂通り長い髪だね。今日は髪を結んでいるみたいだけど、普段からそうしないの?」

 

 噂。鬼龍院先輩も言っていたが、彼女の言い方から考えると見た目の噂のようだ。

 男でこれだけ長い髪。噂になるのは当然だろう。

 

「必要性を感じません」

 

「変わっているね。鬱陶しくないの?」

 

「気にしません」

 

 ジャブ程度のコトダマはまだまだ準備運動。彼女がこちらを分析するのはこれからだろう。

 

「でも今日はオシャレしているんだね。服も買いに来てるみたいだし」

 

「付き添いですよ」

 

「彼女の?」

 

「いいえ。同行人のです」

 

「え~、彼女じゃないんだ。女の子2人と遊んでいたからどっちが本命か気になったのに」

 

 驚いた素振りを見せるが、彼女の瞳孔に変化はない。

 こちらの人間関係を慎重に探って来る。

 

「頭脳明晰、運動神経抜群って聞いていたから彼女はいると思ったんだけどね」

 

「それも噂による推測ですか?」

 

「そうだね。どんな噂か知りたい?」

 

「いいえ。それより分析は順調ですか?」

 

 目が点になった。今度は瞳孔にも変化がある。

 どうやら、自分の思惑がばれているとは思っていなかったみたいだ。

 しかしそれは一瞬の反応。彼女はすぐに自然体に戻る。

 

「……分析したつもりはなかったんだけど、見すぎちゃったかな? ごめんね。でもあの坂柳さんと休日に歩いている男子がいたら気になっちゃうよ」

 

 彼女は素早く話題を変え、違和感なく切り返したことで会話を続ける。

 

「他学年の事なのに随分と知っているようですね」

 

「今知っている途中かな。情報は力だからね。もうこの学校には慣れたでしょ?」

 

 彼女は携帯を見せながら告げる。

 この学校に限らず情報は1つの強力な武器だ。

 特に、この学校が用意する特別試験でアドバンテージを取るためには必要不可欠と言っていい。

 

「ええ。退屈な試験ばかりですよ」

 

 あえて攻める。彼女が僕を分析しているのは分かっている。

 なら次は僕の何を分析しているかを見極める必要がある。

 実力を細かく見ているのか、性格か、交友関係か、趣味嗜好か。それらを確かめるためにこちらから仕掛ける。

 

「……へぇ、随分余裕があるんだね」

 

「Aクラスでもないのに、という枕詞を忘れていますよ」

 

「あはは、そんな性格は悪くないよ」

 

 彼女の表情に変化はなかった。

 慎重な性格ゆえに情報を集めに来たのか。余裕から来たのか。それとも単純な興味か。

 だが今の反応に嘘はないので、Aクラス至上主義といった傲慢な性格ではない。

 数秒の沈黙が続く。お互いに出方を窺っているため均衡状態に入った。

 しかしすぐに彼女の口角が上がった。

 

「……やめた!」

 

 彼女は笑って宣言した。彼女から緊張感が抜けていく。

 僕は察しがついたが、念のために聞く。

 

「何をですか?」

 

「分析。ちょっと君には勝てなさそうだからね」

 

 彼女は舌を出して笑うことで、白旗を掲げた。

 

「ごめんね。嫌な気分にさせちゃった?」

 

「構いません。それより、なぜ分析を?」

 

 もちろん、そう言って彼女は優しそうに笑う。

 安堵。誰の、と聞かなかったのはわざとだ。

 僕の警戒心を解けたと勘違いしたか、自分の目的を察せられなかったことにほくそ笑んでいるのか。

 どっちでもいいが、彼女にはまだ裏がありそうだ。

 

「シンプルな理由だよ。君の実力を知りたかったから。言ったでしょ、1年生は知っている途中でだって」

 

「どうして1年生に興味を?」

 

「それは秘密。個人的な理由だからね」

 

 人差し指同士をクロスし、否定される。

 単に年下の友人が欲しかったから……それは違うだろう。

 仮に友好関係が目的ならば、僕に近づきはしない。僕の第一印象は最悪の自覚がある。 

 何か意図をもって僕に接触したのは明白。人を選んで声を掛けたということだ。

 ……情報不足。さすがにこれ以上のことは掘り返せない。

 

「それで、それで。何で君は坂柳さんと遊んでいるのかな?」

 

 肘で僕の腹を数度突き、話題を変える。

 分析を止めたとはいえ、会話は続行するようだ。

 

「偶然です。面倒に絡まれていた僕を彼女が助けてくれてから一緒にいます」

 

「面倒から助けてくれた。つまり坂柳さんの意思で助けたってことね」

 

 何度か頷き、事実を確認していく。

 

「あの坂柳さんが他クラスの男子を助けるんだ」

 

「意外ですか? 彼女は困っている他者に手を差し伸べる人間ですよ」

 

「……それって条件付きだよね?」

 

「はい。冷酷なイメージも間違いではありませんが、助けの対価を求めるのは当然です。それでも、龍園翔に比べたら良い人ですよ」

 

 彼女は人の上に立っていなきゃ気が済まない性格です。

 知りもしない他人を助けるようなお人よしではないが、知っている人物なら基本助けるでしょう。かなりの対価を要求するでしょうが。

 

「比較対象、おかしくない?」

 

「まったくですね」

 

 地面を突くカンッと高い音。その音ともに坂柳さんが試着室に現れる。

 彼女は朝比奈さんにゆっくりと近づいていく。

 それに気づいた朝比奈さんは彼女の顔を見て、ひきつった笑顔を見せた。

 

「そ、それじゃあ、他の試着室も空いたことだし、私はこれにて失礼するね」

 

 朝比奈さんは駆け足で去っていく。

 少し離れた所で友人と合流し、試着室に入っていった。

 

「まったく、あなたに寄って来る女性は多いのですね」

 

「偶然です。普段は誰にも話しかけられません」

 

 坂柳さんは籠を床に置き、額を拭う。

 その籠には男性ものの洋服がたくさん揃っていた。モノトーン系からカラフル系まで幅広く。良くこれだけの枚数を持ってこれたものだ。

 枚数を確認し、そこからの組み合わせを考える。少なくない時間マネキンとして拘束される未来を見た。

 

「まぁ、良いでしょう。それでは、イズルくん。この服からどうですか?」

 

 彼女はさっそく、持ってきた籠から上下の服を取り出す。

 

「お手柔らかにお願いします」

 

 僕は坂柳さんの選んだ服を着始めた。

 神室さんも帰ってきてさらにパターンが増える。

 僕は黙って、超高校級のモデル兼マネキンと化した。

 

 この時間、坂柳さんと神室さんは合う色やパターンを談笑交じりで考えていた。

 その様子は、対等な友人に見えた。

 

 

 

 3人の親密度が上がった! 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 

 午後5時を知らす音がショッピングモールに響き渡る。

 マネキンになったり、荷物持ちになったり、クレープを食べたり、休憩スペースでゆっくり雑談したりと、僕たちは休日を楽しんだ。

 朝から遊んだためか、2人は見た目以上に疲労していた。

 

「イズルくん、今日は久しぶりに楽しい時間を過ごせました」

 

 僕たちは現在、ケヤキモールの出口へと向かっていた。

 坂柳さんを中心に、神室さんが右、僕が左だ。隊列は崩れず、ゆっくりと歩いていく。

 坂柳さんは杖があるため片手だけだが、神室さんの両手には少なくない荷物がある。

 かくいう僕も買わされた服が入った袋をいくつか持っている。

 

「退屈ではありませんでした」

 

「フフ、それは良かったです。今日はたくさん写真も撮れましたし、本当に良い1日でした」

 

 彼女は荷物を持った手でポケットを擦る。そこに今日の写真が入った携帯があるのだろう。

 思い出に浸るように感慨深い表情を浮かべていた。

 何枚か写真を撮られたり、一緒に撮ったりしましたが、喜んでいるなら構わない。

 

「もしかすると、真澄さんと初めて心の底から笑いあったかもしれませんね」

 

「……気のせいよ。元々私は半ば強制的に来たんだし」

 

「フフ、そういうことにしておきましょう」

 

 言葉のわりに満更でもない顔を浮かべる神室さん。

 彼女と坂柳さんの関係や出会いは聞いてないが、普段はプレイヤーと駒の関係なのだろう。

 しかし、今日の彼女たちは笑い合っている仲良さげの女子2人。傍から見ればそうとしか見えなかった。

 

「この後、僕は夕食のためにスーパーに寄ります。あなたたちはどうしますか?」

 

「私もスーパーに行く。冷蔵庫に何もなかったし、買いに行かないと」

 

 神室さんはついていく意思を見せる。

 

「私は買い出しの必要はありませんが、2人が行くならついていきますよ」

 

 坂柳さんは特別試験に参加していなかったために、買い物の必要はない。

 逆に僕や神室さんは試験終了日の翌日なので冷蔵庫は空。買い物は必要不可欠だ。

 

「それとも3人で外食に行きますか?」

 

「三食とも外食は嫌かな。流石にポイントの浪費が凄いし」

 

「では、僕も遠慮します。特別試験で痛い目を見たばかりですし」

 

「……ああ、橋本くんから聞きましたよ。20万ポイントを使って放送を乗っ取ったとか。ポイントは大丈夫なのですか?」

 

「問題ありません。堀北学からポイントをたかりました」

 

 生徒会長からもらったポイントはもらった時点で僕のものですが、それを初日からブレーキ踏まずに使いまくるのは気が引ける。

 今度またポイントが必要になる時は必ずあります。

 そのためにも節約はした方が良い。

 

「今日は何を作る予定なのですか?」

 

「未定です。あなたは何か決めているのですか?」

 

「私は真澄さんに作ってもらう予定なので大丈夫ですよ」

 

 さらっと他人任せの発言をする。びくりと揺らす神室さんの肩から、今聞いたことは聞くまでもない。

 

「誰も作るなんて言ってないんだけど」

 

「良いじゃないですか。私は真澄さんの料理好きですよ」

 

「煽てても無駄。今日は作らないわよ。あんたの荷物持ちで疲れてるし」

 

「それは申し訳ありません。でも私、今日の朝言いましたよ。真澄さんには役目があると」

 

「荷物持ちになって家政婦になるのなんて絶対嫌」

 

 心底嫌そうな神室さんにその反応1つ1つを楽しむ坂柳さん。

 そんなやり取りをしたまま、僕たちはスーパーに到着する。

 少し入り、食材を見ていく。そこで異変に気付いた。

 

「……ねぇ、これって」

 

 隙間がたくさんあるガラガラな食品売り場。

 もう少し見回ってみると、野菜や無料品コーナーの食材などの手を加える必要がある食材はまだ少し残っていた。

 しかし、冷凍食品や市販惣菜、インスタント系統の食べ物は全滅していた。

 理由は言うまでもない。

 

「そりゃ、みんな買うもんね」

 

 特別試験が終わったって食材が必要なのは僕たちだけじゃない。

 他の1年生だって同じ考えをする。

 1年生160人のうち、どれくらいの割合が自炊をしているかは知らないが、一定数は自炊する人がいる。

 していなくても、旅行帰りで食材は何もない。買い出しは必要だ。

 このように、1年生が一斉にスーパーに立ち寄ったがゆえにこの結果になったのだろう。

 

「どうしますか?」

 

 坂柳さんは僕たちに聞く。

 スーパーにある余ったもので夕飯をすますか、それとも外食に行くか。

 

「……私は外食にするよ。さすがにここからじゃ食べれるものは限定されるし」

 

「僕は作ります」

 

 僕は隙間だらけの無料品コーナーから豚のひき肉を手に取る。

 作る料理を決めたので、もう一度店内を回っていく。いくつか残っていた木綿豆腐と野菜の無料品コーナーに転がっていた長ねぎを取る。 

 この野菜は鮮度や大きさが一般的に見たら期待できないレベルだが、僕から見れば立派な食材。どうにでもなる。

 僕は籠を見つけ、その中に食材を入れていく。

 

「何を作る予定なのですか?」

 

 僕の作るものが気になり、後をついてきた2人。

 坂柳さんは籠の中身を見ながら、尋ねる。

 

「麻婆豆腐です」

 

 卵や玉ねぎ、ジャガイモ、鶏肉などが売り切れていて、豆腐が目に入ったのでこれが一番手っ取り早いと判断しました。

 家にはやたら調味料がありますし、ちょうど良い。

 しかし、順調に素材を集めていたが、ここで1つ問題が生じる。

 

「生姜とニンニクは……売り切れですか」

 

 自分で作る以上妥協はしたくない。

 そのため僕は諦めずに探す。そして、奇跡的にニンニクを見つけた。

 しかし生姜はない。

 

「イズルくん、生姜なら私が先日買ったものを譲れますよ」

 

 坂柳さんは魅力的すぎる案を僕に言う。相変わらず、幸運はサボらずに働いていた。

 

「いいのですか?」

 

「ええ。ただし、私と真澄さんの分も作っていただけますか?」

 

 彼女は無償で何かを与えることをしない。

 供与には対価を。品のある笑みで交渉する。

 

「構いません」

 

「フフ、ではここの会計はお任せください」

 

 食材が揃ったため、僕たちはすぐに会計をしに行く。

 米、豆腐、無料の長ねぎと豚のひき肉、そしてニンニク。米が少し高かったが、坂柳さんが全て払ってくれる。

 

「期待してますよ。料理人の才能もお持ちなのでしょう?」

 

 僕はその質問に頷く。

 坂柳さんは年相応の幼い笑みを見せる。

 神室さんも誘えば、タダ飯を食えることに歓喜してついてきた。

 僕たちはケヤキモールを出て寮に帰っていく。

 綺麗な夕焼けを見ながら雑談していると、いつの間にか寮のエレベーターに到着する。

 

「料理は僕の部屋で作ります。あなたたちは先に自室へ。買った荷物を置いてきてください。

 準備が出来次第連絡しますが、都合の良い時間はありますか?」

 

「私シャワー浴びたい。今日たくさん歩いて疲れたし、仕分けとかの時間もあるから7時過ぎで良い?」

 

 神室さんの意見に坂柳さんも賛成のようだ。

 

「分かりました。その時間で行きましょう」

 

 2人は頷き、僕たちはエレベーター内で1度解散した。

 僕は素早く部屋に戻り、買ってきた荷物を置き、仕分けしていく。

 

 ────ピンポーン

 

 一通り仕分けを終えると、玄関のチャイムが鳴った。

 時刻はまだ5時30分程。2人が来るにしては早すぎる。

 他の人間が来たと考えて良い。

 誰が来たのかを予想しながら僕は覗き穴から来訪者を確認する。

 そこには部屋着の見知った男子が映っていた。

 僕は玄関を開けた。本当に今日は良く人に会う。

 

「よォ、タダ飯たかりに────」

 

「────お帰り下さい」

 

 反射に従って、開けた玄関を素早く閉める。

 不良だ。何が目的なのかも一瞬で理解した。

 僕は何も見なかった。

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

「それで、あの生徒会長から50万ポイントもらって事なきを得たってわけか」

 

「はい、ポイント問題は解決しました」

 

 椅子に座る龍園くんとタオルで髪を拭いている僕。

 結局、僕は彼を部屋に入れた。

 迷惑だったが、一生チャイムを連打されるよりはましだ。

 その後彼をくつろがせている間に僕はシャワーを浴びて部屋着に着替えた。

 

「そういうあなたはタダ飯に来たらしいですが?」

 

 僕のベッドで横になっていた龍園くんは顔だけこちらに向ける。

 

「てめぇにポイントがないと踏んでいたからな。お前にポイントをくれてやる代わりに飯を作らせようと思ったが……」

 

「残念でしたね。僕には幸運の才能もあるのです」

 

「黙れ。てめぇがどんな才能を持っていようがもう驚かねえんだよ」

 

 不機嫌そうに龍園くんはそう言う。

 ドライヤーで髪を乾かし始めれば、ドライヤーの音にすら文句を言う始末だ。

 

「……で、今日の飯は何を作る気なんだ? 豆腐やネギがあったが」

 

「麻婆豆腐です。ですが、あなたの分ではないですよ」

 

「けちけちすんな。1人で食い切れる量じゃないだろうが」

 

「この後坂柳さんと神室さんが来ます。彼女たちの分です」

 

 にやりと不気味に笑う。オモシロイネタと判断したらしい。

 

「クク、坂柳か。胃袋まで掴みにいってるとは、本当にぞっこんのようだな」

 

 龍園くんはベッドから起き上がり、話を進めていく。

 

「偶々今日遊び、その流れで作ることになっただけですよ」

 

「どんな流れだ。まぁ何にしろ、てめぇも中々のたらしだな。今のところ本命はどいつだ? 坂柳か、ひよりか、それとも伊吹か?」

 

 龍園くんはこの手の話題が嫌いじゃない。僕の女性関係がよほど気になるようだ。

 坂柳さんのような他のクラスの中心人物と話すことは十分注意しろ、そんな警告をすると思っていたが違うらしい。

 

「本命なんていませんよ。僕に恋愛感情があると思っているのですか?」

 

「お前にだって性欲が多少あるだろう? なら、本能的に感じるものがあるはずだぜ」

 

「ないですね」

 

「クク、そうかよ。なら、そういう感情が出てきたら教えろよ。面白そうだ」

 

 僕が適当に答えると龍園くんは笑いながら告げる。

 髪を乾かし終えると、僕の携帯電話が鳴った。確認すると、その着信は坂柳さんだ。

 数回のコールの後、電話は繋がる。

 

『もしもし。準備が終わったのでそろそろ部屋に行ってもいいでしょうか?』

 

 時刻は6時を過ぎたくらいだ。

 予定の時間より1時間ほど早い。

 

『真澄さんが来るまでにチェスを一局打ちたいのです。大丈夫でしょうか?』

 

『嬉しい誘いですが、お断りします。今、龍園くんが部屋に押し掛けてきています』

 

『龍園くんが?』

 

 僕は彼女に乱入モンスター襲来のことを説明する。

 

『……フフ、なるほど。いっそう出向きたくなりました。彼とは少しお話がしたかったですし、彼の分の夕飯も作ってあげてください。“私の”奢りということで』

 

『分かりました。龍園くんに伝えておきます』

 

 それを最後に通話を切る。

 僕は携帯を弄っている龍園くんに今の内容を説明する。

 龍園くんは大笑いした後、理解を示した。

 

「では、龍園くん。ご飯を炊いてください」

 

「はっ? 俺は客人だぞ」

 

「何もしない人間に僕は料理を作る気はありません。手伝ってください」

 

 大きな舌打ちと共に彼は動き出す。

 炊飯器は学校がオススメしていた非常に安く使いやすいものなので説明の必要はない。

 米を研ぐ龍園くん。写真を撮って石崎くんにあげたら、彼は噴き出すだろう。

 数分後、玄関のチャイムが鳴った。

 

「フフ、お邪魔しますイズルくん」

 

 片手に袋を2つ持った坂柳さんを僕は迎え入れる。

 珍しく帽子を被っていない。そのため、今日着ていたものと違う白いワンピース姿もどこか新鮮に感じる。

 彼女は杖の先端を拭いた後、靴を脱いだ。

 

「それは……チェス盤ですか。本格的なものですね」

 

「ええ。少々値が張りましたが、買って正解でした」

 

 2つある袋のうち、片方は生姜で、もう片方はチェス盤だ。

 前回対戦した時から約2か月。どれくらい強くなったのか、僕はついつい期待してしまう。

 彼女は頼んでいた生姜を僕に渡し、部屋の奥に進んでいく。

 

「……フ、フフ、こんばんは、龍園くん。随分と家庭的なのですね」

 

「黙れ。笑うな」

 

 坂柳さんは杖を小刻みに震わせる。

 心底愉快そうに不機嫌な龍園くんを見ながら横を通過していく。

 彼女はカーペットに座った。

 

「で、俺に何の用だ、坂柳」

 

 米を研ぎ終わり、炊飯器を起動させた龍園くんは学校側の支給品である小さな机に肘を置き、対面するように座る。

 僕は彼らの仲裁が出来るように2人の真ん中に位置するベッドに座った。

 彼の表情には笑みが零れ、この話し合いを楽しもうとしていた。

 

「────これからの試験の話」

 

 坂柳さんは薄く笑いながら目的を告げる。

 

「クク、内容を聞こうか」

 

「単刀直入に言いましょう。今後CクラスにはAクラスを優先的に狙ってほしいのです」

 

 龍園くんも薄く笑い、会話を続けていく。

 

「その理由は?」

 

「葛城くんの失脚ですよ。現状、彼と私の派閥の勢力は彼の方が有利になってしまいました。どこかのクラスのせいで」

 

「ククク、そりゃ残念な話だ。お前はその身体のせいで試験に参加できない。だから、対策が出来ない。

 それだけで狙われるには十分すぎる理由だが、そのクラスは随分と卑怯な真似をしやがる」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべる龍園くんに、同種の笑みをぶつける坂柳さん。

 似た者同士の煽り合いはゴングを鳴らすまでもなく始まってしまう。

 

「卑怯だなんてとんでもない。してやられてしまいました。

 ですが、そのクラスのリーダーはどうやら余程私が怖いようですね。まともに戦えば勝てないと言っているようなものですよ。そう思いませんか、龍園くん?」

 

「気遣いの上手いオレでもさすがに擁護できないぜ、坂柳。負け犬の遠吠えに聞こえちまう。それに────」

 

 ────まともに戦っても、俺が勝つ。

 龍園くんは自信に満ちた表情で告げた。

 

「フフ、正直に言いましょう。お見事です。退屈なクラス統治が一転、まさか立場がここまで悪くなるなんて思いもしませんでしたよ」

 

 挑発的な笑みを止め、素の表情で坂柳さんは心情を吐露する。

 

「そうかよ。それで追い詰められたお前は今どんな気持ちだ?」

 

「追い詰められた? それは少し違いますよ」

 

「……何?」

 

 ここにきて初めて龍園くんの笑みが消える。

 未だ余裕が崩れない坂柳さんは続けた。

 

この程度(・・・・)、追い詰められた内に入りません。むしろ、良いハンデですよ」

 

「……クク、やっぱりお前は厄介な女みたいだな。

 だが、どうする? 俺は厄介なお前の意見を受ける気は起きねえ。ここで退場してもらった方が後は楽だからな」

 

 坂柳さんは自分の台頭を目的に、葛城くんが引っ張るAクラスの現状を壊すことを頼んでいた。

 龍園くんからすれば、坂柳さんは厄介な邪魔者。ここで退場してもらった方が状況はかなり楽になる。

 もっとも、彼ならばあえて復活させるくらいはやりかねませんが。

 

「どうして私があなたに頼むかわかりますか?」

 

「俺が一番可能性があるからだろ」

 

「ええ、正解です。でも100点は上げられません。

 正確に言うのならば、Cクラスが一番可能性があるからです」

 

 彼女はそう言って僕の方を見る。

 Cクラスには僕が所属している。暗に龍園くんより、僕の存在が大きいと言っている。そしてその意図に気付かない龍園くんじゃない。

 

「ククク、なるほどなァ。今ここにはお前を守る盾はいない。

 ここで襲われちまえば、お前に為す術はないことは分かっているよな?」

 

「確かに、今暴力を振るわれてしまえば私には勝ち目が0です。

 でも、これは事実。あなたは確かに敵と認識する相手ですが、イズルくんに比べれば大したことありません」

 

 言い終えた瞬間、龍園くんの動きが加速する。

 立ち上がった後、坂柳さんの胸倉に手が届かせる。

 超分析力にそう映る。

 だから、そうさせないためにより速く動いた。

 僕は彼が立ち上がるよりも早く、彼の肩に手を乗せる。

 

「手荒な真似はしないでください」

 

「……ちっ、余計なことしやがって」

 

 龍園くんは怒りを抑えた。

 僕は彼にカーペットを直すように指示した後、坂柳さんの方を向く。

 

「あなたもこの結果が見えているのに無意味な挑発をしないでください」

 

「乙女心ですよ。守ってくれる男性はとてもカッコイイものです」

 

 魅惑的な笑みを浮かべてそう言う。

 この場で超分析力を持っているのは僕だけじゃない。

 彼女も見えていたのに引く姿勢を見せなかった。そうしなかったのは偏に彼女のプライドの高さゆえだ。

 

「Aクラスは別に何もしなくても今後落ちていきます。なぜなら今のAクラスは敵を作りすぎた。多すぎるポイントを持ったがゆえに、今後の特別試験で全てのクラスから狙われる」

 

 現在のAクラスのポイントは1518cp。

 他クラスとの差は1番近いBクラスでさえ約500cpの差がある。

 この学校で卒業後の恩恵を受けられるのはAクラスのみ。他のクラスに狙われるのは必然と言っていい。

 

「だから俺に頼まなくても良いってわけか」

 

「ええ、待っていれば簡単に落ちぶれて私が台頭できる機会がやってきます。しかし……協力を申し込んでおいた方がその機会はもっと早くなる」

 

「そんなに待っていられないってか。随分と好戦的だなぁ、おい」

 

 龍園くんは嬉しそうに笑う。やはり彼らは似た性格同士だ。

 

「この学校でイズルくんとまともな勝負ができる人はおそらくいません。

 そんな人物がいるCクラスに協力してもらえれば、葛城くんの派閥が潰れるのはもっと早くなる。

 どうですか、龍園くん。私が早く台頭すればするほど、戦える機会は早くなりますよ」

 

「クク、人を操るのは俺より上手いぜお前。そう言われちまうとどうも協力したくなっちまう」

 

「では、協力してくれますか?」

 

 龍園くんは良い笑顔を見せて、

 

「────断る」

 

 拒否する。

 

「なぜなら俺は全てのクラスを潰しに行くからな」

 

 その発言に坂柳さんは声を出して笑う。

 

「フフフ、交渉は決裂ですね。ですが、応援してますよ龍園くん」

 

「ほざいてろ。お前がもう一度台頭してきた時はこいつを従えといてやるよ」

 

 龍園くんが僕を指差して宣言する。

 そうなったら僕としてもオモシロイ結果だ。

 

「いいえ、あなたでも“本物”の天才は倒せません。その役目は同じ天才である私の役目です」

 

「天才、才能、喧しい奴らだ。勝者に必要なのは才能じゃねぇよ」

 

「フフ、実にあなたらしい答えです。しかし、不正解ですよ」

 

「違うな、勝った方の理論が正解だ」

 

 似た者同士でも心情や性分は違う。

 2人の戦いは、どちらも成長しきった状態であるならば実にオモシロイものになる。

 これは期待してもよさそうだ。

 同時に、

 

 ----彼らの戦いに僕は邪魔だ。

 

 将来、彼らの戦いの場を提供する計画も立てておきましょう。

 

「さて、そろそろ神室さんも来るので準備をしましょうか」

 

 僕の静止で2人は言い合いを収める。

 

「料理人の才能、存分に見せてもらいますよ」

 

 坂柳さんは立ち上がり、キッチンに寄って来る。

 超分析力は極めれば他人の才能を模倣することが可能だ。

 彼女は僕の邪魔にならない位置に立ってこちらを観察しようと臨む。

 

「邪魔だけはしないでくださいね」

 

「もちろんです」

 

 エプロンを着て、調理に取り掛かる。

 その後、時間通り到着した神室さんが合流する。

 龍園くんの存在に驚き、坂柳さんに弄られる。

 彼女は苦労人のようだ。

 

 この後、料理を振る舞い、皆に絶賛してもらった。

 

 龍園くんと神室さんが食事後自室に戻った後、僕と坂柳さんは心置きなくチェスを楽しんだ。

 彼女はあの時よりも強くなっていて時間を忘れるほどに打ち込んでしまった。

 

 

 坂柳さんとの親密度が上がった!

 

 

 

 




50話目。
だから記念してプール編も書くよ。
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