ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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Chapter5
体育祭


 

 

 

 都内と都内を遮る川。そこには移動するために必要な大きな橋が掛けられている。

 200m以上あるその橋は中央部分が大破しており、人間の交通利便という本来の機能が失われていた。

 しかし、そんな橋にも役割があり、立ち寄る人間はいる。

 僕はその人間を観察する。

 その女は慣れた手つきで川に何かを放り投げる。それを幾度か繰り返す。

 持っている分を捨て終わったら1度消え、また同じものを持って帰ってくる。

 帰ってくる時には、自分の身体と同じか、それより大きな物体をいつも運んでいる。

 その物体の全長は平均1m60cm程で、時に大きいものだと2m近くあった。

 その女は不気味な笑みをこぼしながら、せっせとことを進めている。

 僕は観察をやめ、近づいていく。

 

「誰だ、オメー」

 

 黒……だった瞳。充血によって血走っているその赤い目は僕を捉える。

 鍛えられた筋肉は女の奇抜な服装から分析できる。

 黒のスポーツブラに肩部分が破けている上着を羽織っただけの上半身。下半身に関してはボクサーパンツしか履いていない。

 

「その死体(・・)はあなたが作ったものですか?」

 

 僕の言葉に彼女は首根っこを持って引き摺っていた死体に目を向ける。

 死体にはいくつもの傷跡がある。特に顕著なのは殴打の後。

 彼女の赤く染った両手には乾いた血が付着している。

 

「違う。もう死んでた」

 

「ならなぜ、死体を運んでいるのですか?」

 

「一緒にいさせたいからだ」

 

 そう言って、女は大破した橋から死体を投げた。

 ごみを捨てた後のように手を払う仕草もをした後、血にまみれた両手を見る。

 

「こんな世界になっちまったんだ。死んだ後くらい、一緒にいてやらせたいだろう」

 

 俯瞰したような眼を、神仏に頼むような眼を見せた。

 まるで自分が第三者の立場にいるように。

 

「だって、一緒にいたらあったかいんだ(・・・・・・・)

 

 捨てた死体が全て彼女の手によるもではないとしても、彼女の手は汚れている。

 すでに温かさなんて感じられない人間。行動と言動が矛盾している。

 

「死体は冷たいですよ。それに川に放り捨てたら温もりなんてありません」

 

「……何言ってんだ、お前」

 

 威嚇するような低い声をだし、こちらに身体を向ける。

 そして合図もなく、殺意を飛ばして突撃してきた。

 血で滲んだその右手に力を込める。

 完成されたフォームから十段以上の跳び箱を越せるくらいに跳躍し、その勢いを殺さずに拳を振りぬいてくる。

 凄まじい『運動能力』だ。

 しかし、相当な『速さ』と『パワー』が分析できるが、あまりに隙だらけ。

 僕は必要最小限の動きで躱し、彼女の首に手刀を振り下ろした。

 

「ゴフッ!?」

 

 強引に軌道を逸らされ、勢いがそのままの身体は地面を擦ることで動きが止まっていく。

 うつ伏せで倒れ、唾液と血が混じったものを吐き出し続けている。

 

「……オメー、強いなぁ」

 

 呼吸が落ち着くと、彼女は顔を向けずに呟く。

 

「オレは、弱いんだ。いっつも奪われる立場。皆を守ろうとしても、オレは何もできていない」

 

 身体を強引に動かし、立ち上がる。

 突然の自分語りに興味はわかないが、その行動は一応観察する。

 

「だから────弱さは素晴らしい」

 

 女は、超高校級の体操部は、絶望の残党は僕を見た。

 口角を限界まで上げたその不気味な笑み。ぐちゃぐちゃな瞳。

 行動がおかしいだけでなく、文節も脈絡も大概おかしかった。

 

「弱いとな、何でもされるんだぜ。下着を取られて働かせられ────」

 

「────弱さを露呈するのは構いませんが、そこから変わろうとしない人間なんてツマラナイ」

 

 僕は言葉を被せ、彼女を見下ろす。

 すると、

 

「……なんで、そんなひどいこと言うんだよ」

 

 彼女は泣きだした。

 ぼろぼろと大粒の涙を零し、子供の癇癪のように叫びだす。

 一貫しない情緒。絶望に伝染された人間ならよく見る光景だ。

 

 

「うおおおおおおおおお」

 

 

 背後から雄叫びが響く。

 図太い男の声はだんだんと近くなる。

 その数秒後、2mほどの背丈を持つ男が僕の頭上を軽く越え、彼女の前に立った。

 彼女の叫び声を聞いて助けに来たかのような登場。だが、その男もイカれていた。

 

「……おっさん」

 

 特攻服のような白の恰好。

 彼女と同様な赤い瞳。そんな特徴の男は彼女の前で膝を折り、諭すように両手を肩に乗せた。

 

「お前は弱い。だがよく頑張った。なら次は限界を超えてみんかい!」

 

「……無理だよおっさん」

 

 彼の鼓舞に、彼女はさらに涙をこぼす。

 そして状況に割り込んだ男は、

 

「ああ、そうじゃのぉ。何せお前さんがやらずに儂が限界を超えるんじゃあ! 

 選手なんて必要ない。『マネージャー』であるこの儂が出向けば良いんじゃあ!」

 

 彼女の頬を叩いてそう言った。

 悦に浸る不気味な笑みは狂気が混じっている。

 それなりの力が入っていたためか、女の方は二回転して倒れた。

 

「『超高校級のマネージャー』は人の身体を知り尽くし、選手を必要以上に鍛え、必要以上に壊すことが────」

 

「────もういいです。あなたたちはツマラナイ」

 

 

 下半身に力を込め、最高速度で移動する。

 反応の遅れた筋骨隆々な男はガードすらできない。

 

 

 僕はこの退屈な寸劇を物理的に終わらせた。

 

 

 

 

 

 

「嫌な夢を見ましたね」

 

 僕は頭を押さえ、上半身をベッドから起こす。

 超高校級の絶望に落ちた2人の人間。 

 どちらも身体能力に優れていた。しかし彼らはその力を悪用し、あらゆるものを破壊していた。

 しかし、才能とは使い方だ。

 僕も彼らと同じことが出来るが、そんなことはしない。

 

 正しく才能を使う。

 伊吹さんに教えてもらった人を想う気持ちを思い返す。

 未だ理解できたわけではないが、知っていかなければいけないもの。

 日向創が言っていたことも込みすれば、僕は櫛田桔梗にも同様なことをしていることになる。

 

 ────感情を知る。

 そのためにはもっと多くの人に関わっていく必要があった。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 夏休みが終わり、授業が始まった。

 レベルも少し上がり、本格的に難しくなってくる頃合い。

 午前授業を見ていれば、その反応は顕著だ。

 しっかり課題と予習を終えた生徒は何の支障もなくスタートダッシュを踏み切れたが、夏休みを遊びつくした学生は悲鳴を上げながら、必死に授業へくらいついている。

 この学校のクラスは完全な1つの社会。

 勉強が苦手な人間は苦手のままにしてはいけない。

 1人のミスはクラスのミスへ。出来ないからやめますは出来ない。

 連帯的に責任を押し付けることで苦手からも逃げられないようにしている。

 この方法は良い面も悪い面もあるが、それの言及はしない。

 

「席についてください」

 

 午後の授業開始の合図であるチャイムが鳴り響き、坂上先生が入って来る。

 生徒は指示に従い、それぞれの席に着く。

 クーラーが効いている教室であるため、窓は開いていないが、最近になって暑さは和らぎ、秋の心地よい風は吹きだしている。

 季節の変わり目だ。

 クラスを見渡すと、夏服のYシャツを着ている人もいれば、早めに冬服のYシャツを着ている人もいる。

 割合的には未だ夏服が多いようだ。

 

「今日から授業が再開し、まだ体が慣れない人が多いでしょうが、2学期は9月から10月末まで体育祭に向け体育の授業が増えます」

 

 体育祭と聞いた途端に一部から悲鳴が上がった。

 この手の行事は楽しみにしている生徒の方が多いが、やはり一定数は毛嫌いしている生徒もいる。

 

「そのため新しい時間割と体育祭に関する資料を配ります。資料の方は学校のHPにも詳細が載っているので、必要な方は参照してください」

 

 坂上先生は先頭の生徒に列の人数分のプリントを渡し、受け取った生徒は自分の分を取って素早く後ろに回していく。

 全員にプリントが回ったことを確認し、話を再開する。

 

「詳しい説明をしていくので、まずは資料を捲って見てください」

 

 話を聞きながら資料に目を通していたので、詳しく丁寧な説明は必要ないが、念のため聞いておく。

 

「体育祭は全学年を2つの組に分けて勝負する方式を採用している。

 君たちは白組に決まった。そしてBクラスも同様に白組で戦うことになっている」

 

 全学年の入り混じった試験。

 学年ごとに、4クラスを赤と白の組に分け、6クラスの対抗試験になるようだ。

 CクラスはBクラスと。AクラスはDクラスと。2年3年も同じ分け方だろう。

 一番上のクラスと下のクラスを組ませることでバランス調整している。

 つまるところ、これまで敵対気味だったBクラスとは今回味方ということになる。

 

「次に体育祭のもたらす結果を説明していきます。説明は一回しか行わないのでよく聞くように」

 

 坂上先生は資料に書いてあることをより詳しく口頭で説明していく。

 僕はそれを資料と照らし合わせながら聞いた。

 説明は以下の通りだ。

 

 

体育祭におけるルール

 

 

 ・全員参加競技の点数配分(個人競技)

 結果に応じて1位15点、2位12点、3位10点、4位8点が組に与えられる。

 5位以下は2点ずつ下がっていく。団体戦の場合は勝利した組に500点が与えられる。

 

 ・推薦参加競技の点数配分

 結果に応じて1位50点、2位30点、3位15点、4位10点が組に与えられる。

 5位以下は2点ずつ下がっていく。(ただし、最終競技のリレーは3倍の点数が与えられる)

 

 ・赤組対白組の結果が与える影響

 全学年の総合点で負けた組は全学年等しくcp(クラスポイント)が100引かれる。

 

 ・学年別順位が与える影響

 総合点で1位を取ったクラスにはcpが50与えられる。

 総合点で2位を取ったクラスのcpは変動しない。

 総合点で3位を取ったクラスはcpが50引かれる。

 総合点で4位を取ったクラスはcpが100引かれる。

 

 

「負けた組にペナルティがある以上、ただの行事ではないことはわかりましたか。

 手を抜いて体育祭を切り抜けようとしていたら、少々痛い目を見るかもしれませんよ」

 

 さも冗談のように笑っているが、言っている言葉は現実を突き詰めているので、一部の生徒は全く笑えない。

 

「勝った組には何があるんだ」

 

 坂上先生が説明を一旦終えると、龍園くんが質問する。

 

「何もありません。マイナスの措置を受けないのみです」

 

「クク、旨味のない行事(・・)だな」

 

 その発言から教室内が騒がしくなる。

 今までのように大きなリスクと見返りがセットだと思っていたら、それがないのだ。

 

「クラス別のポイントもしっかりと計算されることにはなっているので注意してください。

 仮にBクラスだけが飛びぬけた活躍をして白組が勝てても、総合点が最下位だった場合100cpのペナルティがあります」

 

 つまり、楽して勝っても得はなく、寧ろ損がある。

 片方のクラスのみが活躍しすぎると、全体としてポイントがマイナスになる可能性。

 仮に学年別総合点で1位を取り、50cpを得ても赤組に負けたら、-100cpとなる。負けた上に総合点で4位になったら、合計200cpも失う。

 よほど生徒たちに全力で参加してほしいようだ。

 僕は次のページを先に見る。

 

 

 

 ・個人競技報酬(次回中間試験にて使用可能)

 各個人競技で1位を取った生徒には5000pp(プライベートポイント)の贈与もしくは筆記試験で3点に相当する点数を与える。

 各個人競技で2位を取った生徒には3000ppの贈与もしくは筆記試験で2点に相当する点数を与える。

 各個人競技で3位を取った生徒には1000ppの贈与もしくは筆記試験で1点に相当する点数を与える。

 各個人競技で最下位を取った生徒にはマイナス1000ppのペナルティが科せられる。

 

 ────点数を選んだ場合他人への付与は出来ない。

 ────所持ポイントから払えない場合、筆記試験で-1点を受ける。

 

 

 ・反則事項について

 各競技のルールを熟読の上遵守すること。違反した者は失格同様の扱いを受ける。

 悪質な物については退学処分にする場合有。それまでの獲得点数の剥奪も検討される。

 

 ・最優秀生徒報酬

 全競技でもっとも高得点を得た生徒には10万ppを贈与する。

 

 ・学年別最優秀生徒報酬

 全競技でもっとも高得点を得た学年別生徒3名には各1万ppを贈与する。

 

 

 どうやらこれが報酬らしい。

 今までの試験に比べれば少ない。だが、代わりにテストの点と交換することが出来る。

 勉強が苦手の生徒で、かつ運動が得意な生徒からすれば嬉しい報酬だ。

 もっとも、運動が苦手な生徒からすれば、地獄のような試験だ。

 個人種目で最下位を取れば-1000pp。加えて、

 

 ・全競技終了後、学年内で点数の集計をし下位10名にペナルティを科す。

 ペナルティの内容は各学年ごとに異なる場合があるため担任教師に確認すること。

 

 まだペナルティがある。

 

 

「……先生、このペナルティってなんすか」

 

 真剣な表情で石崎くんは告げた。

 彼からすればこの試験はテストの点を稼ぐチャンスだ。だから最後まで集中している。

 

「1年生に科せられるのは次回筆記試験におけるテストの減点です。

 総合成績下位10名の生徒は10点の減点を受けるので注意してください。

 詳細な減点方法は決めていませんが、この下位10名の発表は、筆記試験説明の際に通告されます」

 

 初めから減点ということは赤点ラインより多く取らなくてはいけないこと。

 人によっては相当厳しい試験だ。

 

「ちなみに、体育祭を欠席した場合もペナルティ対象になるので気を付けてください」

 

 事細かに決められたルールは生徒を逃がさない。

 逃げようとしていた幾人かの女子は抵抗すら許されない。

 坂柳さんは可哀そうですね。彼女は運動できない。必然的に欠席扱いだ。

 いよいよ彼女も窮地に立たされる可能性が出てきた。

 

「次のページを見てください。ここに体育祭で行われる種目全てが載っています」

 

 ページをめくる音が一斉に聞こえた後、ざわめきが大きくなった。

 見てみると、全13種目の競技が記載されていた。

 全員参加種目が9つ、推薦参加科目が4つだ。

 

 

 ・全員参加種目

 100m(メートル)走

 ハードル競走

 棒倒し(男子限定)

 玉入れ(女子限定)

 男女別綱引き

 障害物競走

 二人三脚

 騎馬戦

 200m走

 

 ・推薦参加種目

 借り物競争

 四方綱引き

 男女混合二人三脚

 3学年合同1200mリレー

 

 最低8種目出なければならない試験。

 これらを1日でやるらしい。時間的にも体力的にも厳しいものになりそうだ。

 12種目出ても得られるppは多くない。そもそも個人種目でしかppは発生しない。

 推薦参加種目は借り物競争以外が団体競技なのでポイントは得られないだろう。

 退屈な試験になりそうだ。

 

 

「この量の試験を1日でやるために応援合戦や組体操などの競技はありません」

 

 体育祭よりかはスポーツテストに近い。

 純粋な運動能力を測るテスト。競技の多さから考えても、体力、筋力、アジリティと細かく分析されそうだ。

 

「最後になりますが、皆さんにはこの参加票を完成させていただきます」

 

 坂上先生は紙の束を取り出し、教卓の上に置く。

 

「ここには全ての競技の参加者を詳しく記してもらいます。誰がどこの種目に何番目に走るか、これくらい具体的にです。

 提出期間は体育祭の1週間前から前日の午後5時までの間。提出期限を過ぎた場合、すべてランダムになりますのでご注意を」

 

 試験で重要な紙。誰が受け取るかは言うまでもない。

 

「非常に重要なものです。締め切り時間以降はいかなる理由があっても入れ替えることは許されません。

 以上で説明を終わりにします。何か質問はありますか?」

 

 グルッと教室を見回す。何人かの生徒はちょっとした疑問を感じているのか顔を合わせたり小声で話している。

 だが、誰も坂上先生に確認しようとしない。

 龍園くんも何かを考えている様子だ。

 

「ないようですね。次の時間は第一体育館に移動し、他学年との顔合わせとなります。

 それまでの間は君たちの自由に時間を使ってください」

 

 坂上先生からの許可が出たことで、抑圧されていた静けさが爆発する。

 それぞれのグループへと集まり、好き勝手に体育祭について話し始める。

 龍園くんは未だ動かないが、石崎くんに指示を出し、参加票を運ばせる。

 彼はそれに目を通していて、まだ会話を始める様子はなさそうだった。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 説明が終わってから10分ほど経過した。

 龍園くんは行動を開始しているが、未だ全員に何かを伝える様子はない。

 石崎くんとアルベルトを引き連れ、Cクラス全員に何かを聞きまわっていた。

 

「ねぇ、カムクラ」

 

 前の席に座る伊吹さんが椅子を動かさず、体だけをこちらに向ける。

 先ほど資料に目を通していたので、今しがた読み終えたのだろう。

 

「あんたは全ての推薦種目に出るつもりなの?」

 

「龍園くんの指示次第ですが、僕自身としてはそこまで出る気はありません」

 

 その発言が意外なのか、伊吹さんは瞠目する。

 

「何で? あんたならどんな種目でも勝てるでしょ。ポイント欲しくないの?」

 

「ポイントは欲しいですが、独占はしません。

 全ての推薦種目に僕を出せば勝つのは簡単です。しかし、他にも出たい人がいるはずです。参加枠のことを考えれば、他の人にも機会を設けるべきでしょう」

 

 折角、プライベートポイントが稼げる機会なのだ。

 大した金額じゃないが、ポイントはポイント。すなわち、金だ。

 金の魔力はとてつもない。時に三大欲求すら抑え込む。 

 そして今回に限ってはテストの点数も得ることが出来る。

 

「勉強が苦手でテストの点数を稼ぎたい人、自分の強みをアピールしたい人、そんな人たちもいるはずですから」

 

「でも、負けたら元も子もないじゃん」

 

「なら負けないようにトレーニングすれば良いだけです」

 

「……トレーニングって。まぁ、確かにこの体育祭はガチでやらなきゃダメそうだから正しい判断だと思うけど、どうやってトレーニングすんのよ」

 

「安心してください。マネージャーやトレーナーの才能は持っていますから」

 

「……へぇー」

 

 伊吹さんは棒読みで腑抜けた声を出す。

 その間の抜けた声のせいで、知能指数が下がった人に見えた。

 

「それで、あなたは参加しないのですか?」

 

「別に良いかな。ポイントは多ければ多いほど欲しいけど、このクラスには私より運動神経良い奴も何人かいるし、そもそも個人種目で稼げる」

 

 彼女は一度立ち上がり、椅子に座り直す。

 先ほどの身体だけを向けるのではなく、身体の前部を背もたれに乗せる。

 開脚して座っているために、少々危ない格好と言っていい。

 

「よぉ、待たせたな」

 

 僕たちが話していると、龍園くんが参戦する。

 後ろには当然のように石崎くんとアルベルトが控えている。

 

「それで、あなたは何を聞いて回っていたのですか?」

 

「1つはポイント徴収だ。ほら、お前らも早く30,000よこせ」

 

「ああ、今日は9月1日でしたね」

 

 僕は7月から行っていたポイント徴収こと、ポイント税のシステムを思い出す。

 月の初めに配られるpp(プライベートポイント)をクラスのポイントとして溜める。

 節約や特別試験対策としての役割を持っているこの策は悪くない。ポイントがほぼ空の人間以外は反発しないだろう。

 いくら龍園くんと言えど、勝手にこのポイントは使用しない。

 然るべきところでしか使われない。現在は3万pp×40人×3か月分=360万pp全額が貯蓄されているだろう。

 

あのポイント(・・・・・・)は集まりましたか?」

 

「後でもらう予定だ。葛城が3万に減らせとうるさかったが……クク、今さらプライベートポイントの有用性に気付いたところで遅いってわけだ」

 

 そして彼にはAクラスとの密約もある。

 月に4万pp×36人=144万pp。大量のppを隠し持っている。

 これから毎月、彼の懐に約270万ずつ入っていく。

 途方もない量だ。やはりこの策を通してしまった葛城くんは甘かった。

 現状しか見ていなかった葛城くんと未来を見ていた龍園くん。そしてプライベートポイントの理解度の差。

 

 その結果がこれだ。

 

 プライベートポイントの有効性を船上試験で知った葛城くんは今頃後悔しているだろう。

 少なくとも、彼は3万ポイントで抑えるべきだった。

 しかし現在のAクラスのポイントは1518。月15万以上もらえる彼らすれば、4万はやや痛いが払えない額じゃないのだ。

 

「Aクラスはこれから君を狙うでしょうね」

 

「だろうな。パニックこそ葛城は起こしてないだろうが、奴らは死に物狂いでオレをヤりに来るだろうな」

 

 余裕綽々の龍園くん。彼は狙われるスリルすらも楽しんでいるのだ。

 僕は坂柳さんがこれをどう攻略していくかに期待する。

 

「もう1つは推薦種目についてだ。これはオレの独断で身体能力の高い奴に出る意思を確認してきた。

 今回の試験、活躍を残しておかなければクラスポイントも減らされる。

 それが分かっている以上、得られる点数の高い推薦種目で結果を残しておけば万が一はない」

 

 裏を返せば、個人種目で何かミスをしても問題ない。

 運動が得意ではない人からすれば、クラスに迷惑をかけても致命傷にはならなくなったので、ありがたい話だ。

 

「目星は付きましたか?」

 

「ある程度はな。後はポイント欲しさで出たい奴らを調整する」

 

「それは時間がかかりそうですね」

 

「時間ならいくらでもある。焦ることじゃねえ」

 

 そう言って龍園くんは僕の机の上に座る。

 そして見下ろしながら命令をする。

 

「それよりもだ、お前は全ての推薦種目に出ろ。これは強制だ」

 

「良いのですか? 他に出たい人の枠を確保しづらくなりますよ」

 

「大事なのは結果だ。ポイント欲しいだけの雑魚を出して結果が実らなかったじゃ話にならない」

 

 現実的な話だ。

 実力の伴っていない意見は統率者に淘汰されて終わり。

 欲しいのなら実力を付けてからではないといけない。

 

「分かったな。今後の方針のためもあるから拒否権はないぞ」

 

「ええ。構いませんよ」

 

 僕が了承すると、龍園くんは机から降りた。

 そのまま2人の護衛を連れて教卓へ移動する。

 そして参加票を手に持ち、皆の視線を集めさせた。

 

「注目しろ。現段階で決まったことを話す。

 推薦種目についてだが、全ての枠にカムクラを出す。理由は言わずもがな結果のためだ。

 ポイントが欲しい野郎もいるかもしれないが枠は1つ潰す。文句はねえな?」

 

 低い声でただ話しているだけだが、威圧感のある声だ。

 彼が話し始めたら、騒がしかった教室も途端に静かになり、報告はスムーズに聞こえる。

 

「……反対意見はないな。

 ならもう1つのことだ。これに関してはオレが決めさせてもらう」

 

 指示語の対象である参加票を皆に見えるよう上にあげる。

 

「ある程度はお前らの意見は汲んでやるつもりだが、決定権はオレにある。

 そしてこれは増える体育の授業でお前らの身体能力を見てから決めさせてもらう。だから死ぬ気でやれ。以上だ」

 

 これまた反対意見なく、スムーズに可決する。

 事を終えた龍園は自分の席へと戻っていく。

 その後を観察すると、机の中からファイルを取り出し、参加票をしっかり管理した。

 

「龍園って、プリントとかぐちゃぐちゃにしたり、折れ目たくさん作るタイプじゃないんだ」

 

 伊吹さんは偏見しかない龍園くんのイメージを吐露する。

 見た目と言動から見ても大雑把なイメージはあるため、否定はしづらかった。

 その後すぐに授業終了のチャイムが鳴り響き、僕たちは体育館に行く準備を始めた。

 

 

 

 




体育祭編スタートです。
矛盾あったら即修正します。

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