ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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測定

 

 

 

 

 教室から移動を終え、体育館に到着する。

 周囲を確認すると、総勢400名以上の教師と生徒。

 全学年の生徒が赤組と白組に分かれて纏まっていた。

 Cクラスも白組の方へと向かい、集団へ合流する。

 集められた生徒たちが床に座ると、数名の生徒が前へと出てきた。

 全員の視線が集まる。

 

「俺は3年Bクラスの石倉だ。今回白組の総指揮を取ることになった」

 

 体格の良い生徒が前に立って話し始める。

 服の上からでもしっかりと筋肉の発達が分かるので運動部だろう。

 

「1年生に1つだけアドバイスをする。

 余計なことかもしれないが、体育祭は非常に重要なものだということを肝に銘じておけ。

 体育祭の経験は必ず別の機会で活かされる。これからの試験で遊びのような試験も出てくるが、必ずどこかで活かされるものがある。

 どれも重要な試験だと認識して挑んでくれ」

 

 曖昧なアドバイス。

 彼らの経験則のまとめのようだが、確かに余計なことだ。

 

「君たちも知っての通りこの学校はAクラスでしか恩恵を得られない。

 だからこそ、この体育祭で結果を残し、どの学年もAクラスとの差を埋めていこう」

 

 石倉先輩は周囲を見渡して更に言った。

 

「全学年が関わっている種目は最後の1200mリレーのみ。それ以外は学年種目ばかりだ。

 今から各学年で集まって方針について好きに話し合ってくれ」

 

 石倉先輩の言葉を皮切りに各学年の生徒達が行動を開始する。

 龍園くんは動きを見せなかったが、一ノ瀬さん率いるBクラスがぞろぞろと集まって来る。

 Cクラスは迎え撃つように立ち上がり、龍園くんを先頭に纏まる。

 僕は龍園くんの後ろに立った。石崎くん、アルベルトも続く。

 そして、

 

「Cクラスのみんな、私は一之瀬帆波。一応、このクラスの代表です。同じ白組としてよろしく!」

 

 一之瀬さんは意気揚々と自己紹介をする。

 

「これまでは敵対してばっかりだったけど、今回は味方として頑張ろうね!」

 

 2回の特別試験、特に無人島試験では明らかな敵対関係だった2つのクラス。

 因縁ある相手であるため、お互いに距離感を縮めるのは難しい。

 しかし、それを簡単に壊すような導入。一之瀬さんは好意的に接触を図る。

 

「クク、言葉の割には躾が成ってないぜ一之瀬。オレへのその視線、止めさせろよ」

 

 全体的に固い表情を浮かべているBクラス。

 険しい表情で龍園くんを睨む生徒も一定数いる。

 原因は言わずもがな無人島試験だ。

 

「あれは勝負だったんだ。勝者がいれば敗者もいる。当然だろ?」

 

 不気味に笑う龍園くんにBクラスからの視線は凄味を増す。

 それを涼しい顔で受け流す龍園くんに一之瀬さんは真面目な表情で言う。

 

「そうだね。でもさ、この視線が試験に負けちゃったから向けられているものじゃないことくらい分かっているでしょ?」

 

「分からないな。言葉を使って教えてくれよ」

 

 火花が散るくらいバチバチとぶつかる2つの視線。

 険悪。これから協力していくクラス間とは到底思えない。

 

「で、お前はこの試験でどう勝つつもりなんだ?」

 

 本来の目的へと話を戻す。

 余計な会話を省き、時間を有効的に使う。

 

「その方針を今から決めていくんだよ」

 

「なるほどな。つまり、お前にはまだこの試験での勝ち方が思いついてないってわけだ」

 

「……その言い方だと龍園くんは思いついてる、そう認識していいのかな?」

 

「ああ、その認識で合っている」

 

 はったり……ではなさそうだ。

 勝ち方を模索したかは知らないが、この試験でやるべきことは抑えているように感じた。

 

「なら、その勝ち方をご教授してもらえないかな?」

 

「その前に確認だな。お前はオレの策がどんな策でも協力できるのか? 信じれるのか?」

 

「それは策次第だよ」

 

「なら、時間の無駄だ。Bクラスがオレを信用できない以上、お前らはオレを信じない。結局腹の探り合いになる」

 

 左手をポケットに突っ込み、右手で一之瀬さんを指差す。

 

「ここで時間を使っても、どうせAクラスを狙う相談しかしない。

 お前らはAクラスを積極的に狙って、自分たちとの差を縮めたい。そしてDクラスの評価を相対的に上げる。邪魔者であるAクラスをどかし、協力関係にあるDクラスを上げるのが理想だからな。

 さらに理想を言えば、活躍しなかったAクラスにペナルティの-100クラスポイントを与えたい。

 こんなところだろ?」

 

 龍園くんの指摘に一之瀬さんは黙り込む。

 反対の意思が見られないので、この沈黙は肯定とみなしてよいだろう。

 

「ここで問題なのがDクラスの評価が相対的に上がるということだ。お前らと協力してAクラスを潰すのも1つの策だ。

 だが、相対的に上がって来るDクラスはオレたちCクラスにとって邪魔でしかない」

 

 後ろからこちらを掴み倒そうとする手が近づくのは好ましくない。

 龍園くんの主張に間違いはなかった。だが、これの解決策もある。

 

「なら、白組が勝てば良いんじゃないかな? 体育祭で勝って、さらにAクラスにダメージを与えられるよ。

 よりいっそう私たちの協力は必要不可欠になるけど、目的が共通になれば協力しやすくなると思わない?」

 

「クク、確かにその通りだ。だが、それはあまりに確実性が低い。

 なぜなら、オレは上級生を信じてないからな」

 

 勝つために思考を巡らす。

 使えるものを使い、どんな犠牲が出ても最終的な勝利を見据える龍園くんにとって、自分の指示に従わない実力未知数の上級生など邪魔でしかない。

 白組の総指揮官がいるくらいだ。3年生中心に物事が運ばれていくに違いない。

 そこに勝利の保証を見出すのは難しい。

 

「噂じゃ、2年はAクラスのアホに支配されつつある烏合の衆らしいじゃねえか。そんな奴らに協力してやる必要はない」

 

 周囲からの視線が強くなる。

 いきなり険悪な話し合いをしていた1年生にある程度注目は集まっていただろうが、今の龍園くんの上級生を馬鹿にするような発言でさらに視線が集まったからだ。

 BクラスとCクラスの生徒達は少し慌てた様子を見せ始める。

 しかし、龍園くんと対峙する一之瀬さんは全く怯まずに話を続ける。

 

「それを踏まえて、龍園くんは策があるってことかな? ────そしてそれはDクラスを優先的に攻撃するってことで良いのかな?」

 

 ポケットから手を出そうとしていた龍園くんの行動が止まった。

 やはり、一之瀬帆波は侮れない。

 発言からの推測のみでここまでたどり着けたのは見事だ。

 

「……ほぉ、中々鋭いな。当たりだぜ。だが、だからこそ分かっただろう。俺たちの協力は難しいと」

 

「BクラスとDクラスは協力関係にある。だからこそ時間の無駄かぁ。なるほどね」

 

 一之瀬さんは唇に手を当てる。

 Cクラスを取るかDクラスを取るか。将来的なメリットデメリットを考察していく。

 

「一応最後に聞いといてやるよ。オレと協力する気はあるか?」

 

「すぐには答えられないよ。でも、一意見として考える余地はあると思ったよ」

 

「クク、十分だ」

 

 龍園くんは笑い、Cクラスの生徒全員を率いて歩き出す。

 明確な指示がない中、彼の後ろに他の生徒は付いていき、体育館を去っていく。

 僕もその波に遅れずに付いていった。

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 1ヶ月後に開催される体育祭に向け本格的な準備が始まった。

 週一度設けられた2時間のホームルームは自由にして構わないことになり、各々のクラスごとに判断を委ねられている。

 先日、龍園くんが体育館から即帰宅を指示したために、Cクラスの方針は早めに決まった。

 といっても、龍園くんの判断を基準にして決めるというだけだ。

 全員参加種目に出る順番や推薦競技で誰が出るかは体育の授業で運動能力を見てから決める。

 広まっている噂通りの龍園くんならば、実力のある人のみを集める方針で固めていきそうだが、存外やる気がある人間やポイントが欲しい人間にも好待遇するつもりのようだ。

 彼の成長が感じられる。もう、ただの暴君とは言えなかった。

 加えて彼はBクラスとの協力を完全に断っていない。良い判断だ。

 入学当初の彼だったら、協力をはじめから視野に入れず、自分の好きな風に暴れ、ヘイトを集め、勝つために行動していた。

 今回も勝つために行動していることに変わりないが、より広い視野を持って策の質を上げている。

 

「まずはお前らの基礎体力を見せろ。全力でやれ」

 

 龍園くんは手に持った握力測定器を石崎くんとアルベルトに渡した。

 現在はホームルームの時間だ。

 学校側から基礎体力を計るための施設や器具を使えるようにしてもらっているこの時間はクラスの好きに行動していい。

 Cクラスは早速、龍園くんの指示で運動能力を計っている。

 それぞれが体操服である指定のジャージを着てグラウンドに出て来ている状態だ。

 

「……監視ですか。行動の速さから見てもAクラスですね」

 

 皆が握力を計っている中、僕は集団から少し離れ、こちらを見ているジャージ姿の人間を観察する。

 無人島試験で顔とクラスは一致している。

 確認すると、やはりAクラスの人間だった。さらに眺めていると、神室さんの姿も見えた。

 

 ────おおおおおお! 

 

 先頭集団が騒がしくなる。

 見てみると集団の真ん中にはアルベルトがいた。

 

「クク、やるじゃねえかアルベルト」

 

 集団に戻ると、龍園くんも褒めていた。

 言うまでもなく握力の記録だろう。僕は記録係の金田くんから、クラスの統計を見してもらうために接触する。

 

「どうですか?」

 

「男子はあと龍園氏と石崎氏とカムクラ氏だけですよ」

 

 僕が記録用紙に顔を近づけようとすると、金田くんはすぐに意図を察し見せてくれる。

 記録は男子だけならず、女子も載っていた。ちなみに伊吹さんは40㎏で、椎名さんは23㎏でした。

 

「おお、さすが龍園さん!」

 

 石崎くんの声が聞こえてくる。どうやら龍園くんも終えたらしい。

 僕もさっさと終わらせよう。

 

「いくつでしたか?」

 

 金田くんが聞くと龍園くんは少し自慢気に言う。

 

「オレが65.3㎏で、石崎が57.1㎏だ」

 

「おお、凄いですね。アルベルト氏を抜けば、龍園氏が一番です」

 

 ちなみにアルベルトの握力は90.1㎏。

 生まれ持った肉体と日々鍛えている筋肉から見ても妥当な結果だ。

 もう少し鍛えれば、簡単に100㎏に到達するだろう。

 

「おら、カムクラ。お前で最後だ」

 

 龍園くんは握力測定器を僕に渡した。

 僕は握力測定器のモニター側を自分の目で見えるように持つ。

 これを握るのは、才能のデータを計られていた時以来だ。

 握力測定器の限界は100㎏。これならばわざわざ効率よく出す必要なんてない。

 

 僕はレバーに手をかけ、瞬間的に力を込めた。

 2秒程同じ力で握ったので、記録は固定される。

 

「……記録はいくつっすか?」

 

 いつの間にかできた人だかり。

 見れば女子生徒もこちらに寄ってきていた。

 僕はモニターを観客たちに見せる。

 

「……100㎏ってマジすか!?」

 

 モニターには100.0㎏の数字。

 それを見た周囲は大はしゃぎを開始する。

 僕はさらに囲われるが、そのまま左も同じように実行する。

 

「Oh……」

 

 測定を終えると、一番最初にアルベルトの悲しそうな声が聞こえた。

 どうやら握力には自信があったらしい。

 

「……ゴリラが」

 

「失礼ですね。これでもセーブしてますよ」

 

「……クソゴリラが」

 

 引き気味な表情でこちらを見る龍園くん。罵倒にはいつものキレがない。

 

「ちょっとカムクラさん、筋肉触らせてくださいよ! その身体でアルベルト以上ってやばいでしょ!」

 

 先程の記録に興奮止まない石崎くん。

 僕の身長は179㎝でアルベルトは190㎝に近い。

 腕の太さを見ても、アルベルトに軍配が上がる。

 なのに出た記録は僕の方が上だった。

 皆が驚くのも無理はない。

 

「……石崎くん、鬱陶しいですよ」

 

 僕は右手を石崎くんの頭に乗せる。

 たったそれだけで石崎くんは息を引き取ったかのように静かになった。

 

「それで龍園くん、四方綱引きはこの記録を元に決めるつもりですか?」

 

「……ああああ、痛いッ! し、死んじゃう! 死んじゃうっすよカムクラさん!」

 

 綱引きは握力だけではなく、握る人間の体重や脚力の強さも関係してくるので、一概に決定して良いかは悩む所だ。

 しかしこの記録は1つの指標になる。

 ついでに理由もなく、石崎くんの頭を握る。

 

「うるせぇぞ石崎。ある程度の目安にはするってところだな」

 

「い、いや、龍園さん。わ、悪いの俺じゃなくてカムクラさん!」

 

「何だお前、オレが間違っているとでも言うのか?」

 

「今回ばかりは200%間違ってます!」

 

 悲痛な叫びが響き渡る。

 周囲はオーバーリアクションのためか半笑いしていて、石崎くんを誰も助けなかった。

 僕たちはそのまま他の測定の準備を開始した。

 

 

 

 石崎くんとの親密度が上がった! 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 握力測定を終えたCクラスは続々と次の記録を残していた。

 握力、100m走、反復横跳び。この3つを計り終えた所で、1度龍園くんがクラスを集合させる。

 

「今度は二人三脚だが、組む奴はこちらで決めている。

 安心しろ、適当にきめたわけじゃねぇ。さっきの100m走の記録を元にしている」

 

 龍園くんは金田くんから受け取った記録用紙を元に、組み合わせを発表していく。

 記録は几帳面な金田くんが管理しているので、ミスはないだろう。

 

「小宮、足引っ張んなよ」

 

「お前こそだぜ石崎」

 

 全員の発表が終わり、それぞれがパートナーを見つけていく。

 僕は呼ばれていたパートナーを探す。聞いていて分かったが、女子は女子と、男子は男子と、同性同士の組み合わせをしていた。

 どうやら、数字だけの最適を取ったわけではないようだ。

 

「おっ、俺はカムクラさんとみたいだね」

 

 ヘラヘラと笑いながらこちらに近づいて来る男子が1人。

 彼は園田正志。サッカー部に所属している彼は、先程の100m走でも良い記録を出していた。

 

「念のため言いますけど、全力で走らないでくださいよ。俺追いつけないっすから」

 

「安心してください。あなたの最高速度に僕が合わせますよ。

 むしろ、僕に遠慮して最高速度が出せない……なんて結果にならないでください」

 

 僕がそう言うと園田くんは元気に返事をした。

 やはり彼は龍園くんより僕の方を頭と見据えている傾向がある。

 特に態度の違いが顕著だ。

 考えながらも手を動かし、僕たちは足を結ぶ。

 

「ふーん、必ずしも速度が近い者同士で組んだわけではないのですね」

 

 走る準備を終えた僕は周りの組み合わせを分析する。

 僕と園田くんのように足の速い人間は足の速い人間と組んでいるが、記録が平均に近かったり、平均以下の人たちはある規則性を持って組み合わせが出来ている。

 それは平均に近い生徒は平均以下の生徒と組むことだ。どうやら遅い者同士で組ませはしなかった。

 遅い者同士で組ませたら、勝つ確率は絶望的。確実に5位以下になってポイントを失ってしまう。

 そのあたりの救済処置を兼ねて組んでいる辺り、かの暴君は本当に視野が広くなっているようだ。

 

「俺たちの番っすよ」

 

「ええ。では、僕に気にせず思い切り走ってください」

 

 僕たちは念のため足にまいた紐を結び直し、スタートの合図を待った。

 合図がなると、僕たちは走り出した。

 初めこそ若干戸惑っていた園田くんだったが、僕が付いてくることがはっきり分かったので遠慮することなく、全力で走り始める。

 僕はその速度に合わせる。サッカー部なだけあって運動神経は良い。リズム感も良く、簡単に合わせられた。

 

「まじで俺たち早くないっすか!?」

 

 走り終えた園田くんは息を切らしながらも喜びを見せる。

 

「あなたが初めから遠慮しなければ、もっと早いですよ」

 

 僕がそう言うと園田くんは頬に手を当て、言いづらそうな表情を見せた。

 

「僕に何か不満があるのですか?」

 

「あ、ちがいます。ただ、カムクラさんの髪が結構当たるなぁと思って」

 

 苦笑いを浮かべて告げた。

 自分の髪を持つ。確かにこれは迷惑だ。

 僕は推薦種目である男女混合二人三脚も出る。

 今回は同性であったがためにこの程度で済んだが、異性になるともっと嫌な顔をされる未来が簡単に見える。

 

「確かにそうですね。では、今度からはヘアゴムをしてきます」

 

「……頑なに切りませんよね」

 

 狐のような横目で僕の髪を見る園田くん。

 僕はそんな彼から離れ、ヘアゴムを借りれる宛てを探す。

 

「カ、カムクラくぅん」

 

 歩いていたら、掠れた声が聞こえたのでその方向を見る。

 しかし、視界には何もない。

 

「こ、こっちです」

 

 視線をもう少し下に落とすと、へばっている椎名さんを見つけた。

 日陰で壁に寄りかかるように座り、休憩してるようだ。

 今日は暑さ控えめだが、運動が苦手な彼女からすれば地獄のような時間に変わりない。

 

「私、今回の試験、結構……ダメかもしれません」

 

「知っています」

 

 息も切れ、会話すら厳しそうな椎名さん。

 反論しない所を見るに、本当に疲労でへとへとなのだろう。

 

「椎名さん、ヘアゴム持っていますか?」

 

「……持って、います。一応、頑張るつもりで……持ってきたんです」

 

 通常時より語彙が少ない椎名さんはポケットから水色のヘアゴムを取り出し、僕の方に手を伸ばす。

 手を伸ばすだけで辛そうな表情。運動が苦手なのもあるが、長いこと運動していないのも原因ですね。

 

「今度から日々運動していきましょう」

 

「……はい。ですが、今回は……言い訳させてください。私、まだ、プールの日の筋肉痛が取れてないんです」

 

 あの日から2日経ったが、彼女の身体は年に見合っていない筋肉痛を迎えているらしい。

 僕はヘアゴムを受け取り、ポニーテールを作った。

 

「あ、後は頼みました」

 

 グーサインを作り、僕を送り出す。

 

「やかましいです」

 

 彼女は日陰で冷めている床へと寝転んだ。

 まったく、先日はどんな本を読んだのでしょうか。

 

「カムクラさん、龍園さんが呼んでましたよ」

 

 僕が椎名さんから離れてすぐに、小宮くんが報告する。 

 彼は指差しで行くべき場所を指してくれたので、僕はお礼を言った後、すぐに向かう。

 そこには龍園くんともう1人、話したことのない女子がいた。

 

「来たな。今からやることは分かっているか?」

 

「推薦競技の男女混合二人三脚でしょう?」

 

「その通りだ。そして優しいオレはコミュ障のお前のためにパートナーを決めておいた」

 

 嘘しかない龍園くんの話を無視し、僕はその女子を見る。

 同じクラスである以上、名前と顔は一致してる。しかし、話したことは一度もなく、名前以外は彼女のことを僕は知らなかった。

 

「こうやって話すのは初めてだね。私は矢島。これでも陸上部の期待の新人です!」

 

 陽気な雰囲気で挨拶する矢島さん。

 どうやら彼女が僕と組む相手らしい。

 

「お前には勝ってもらう必要がある。だからパートナーも最高の奴を用意した。

 矢島の100m走の記録は女子の中でもトップ。これで文句を言われちゃ、さすがに贅沢だぜ」

 

「安心してください。たとえ誰と組んでも僕が負けることはありません」

 

「クク、むしろ負けるところを期待しちまうぜ」

 

 相変わらずの性格の悪さが露呈する。

 しかし、それだけ言うとすぐに、彼は移動を開始した。

 どうやら他の男女混合のパートナーを呼んだようだ。

 

「龍園くん、ちょっと変わったよね。入学したての頃は本当に怖かったけど、今は少し穏やかになった気がする」

 

 今も怖いけどね、と苦笑いで続ける矢島さん。

 だが、その認識は間違っていない。

 

「カムクラくんのおかげなのかな?」

 

「彼が変わっただけですよ」

 

 現在、他の男女混合ペアを威圧し、脅すように諭している彼だが、入学当初ならそもそもCクラスの生徒の運動能力なんて見ていなかっただろう。

 個々の能力は計っていただろうが、記録を取るほど事細かにはしない。そう断言できる。

 事実、今は誰も使い捨て感覚で使っていない。そう使う気なら、自ら何人もの生徒に接触しない。

 

「さて、私たちも怒られないように練習しよう!」

 

 矢島さんは元気一杯な口調と雰囲気を見せる。

 断ることもなく、僕たちは練習を開始した。

 やることは園田くんの時と変わらない。彼女の全速力に僕が合わせる。

 これで彼女の100mの時の全速力を二人三脚のままでも保てる。

 本番まで何度か調整する機会もあるので、現状何も問題ないだろう。

 

 

 ────この後、矢島さんから陸上部にしつこく誘われ、面倒だった。

 

 

 


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