9月半ば。
ゆっくりと暑さが控え始め、心地よい天気が続いている。
体育祭開催まで残り半月と少し。
どの学年の生徒も刻々と準備を始め、練習段階まで進んでいた。
「本当にいいんですか、カムクラさん」
短めの綱を持った石崎くんと小宮くん。対するように僕は1人で綱を持つ。
現在は男女別綱引きの練習中。
思うように力を出せない生徒を集め、彼らにコツを教えて総合力を高めていた。
2人にはコツを伝授するための実践に付き合ってもらっている。
「構いません。全力でどうぞ」
僕がそう言うと、2人は合図をして一気に綱を引っ張る。
しかし、2人で引いているのに綱は一向に手繰りよせられない。
僕は両手の力をさらに込めるだけでなく、足腰を沈め、体全体の力を使い引き返した。
抵抗虚しく、彼らは地面に座った。その結果に歓声が沸く。
「このように正しい綱の引き方を知れば、2対1でも勝つことが出来ます。
あなたたちにはこの引き方をマスターしてもらいます」
僕は集まっていた生徒に向けて告げる。
やはりというかこの場には女子が多い。
純粋な力が男子より少ない以上、綱引きのコツを教える機会があれば彼女たちが来るのは当然と言えば当然だ。
しかし、この方針を始めた当初はここまで人数が集まらなかった。
そもそも、なぜ僕が指導しているかというと、龍園くんの指示だ。
今回の体育祭が小細工なしの運動能力を試されていることに気付いた龍園くんはCクラスの運動能力を底上げするため、この方針を取った。
先ほども言ったが初めは上手く行かなかった。
原因は僕にある。船上試験の結果とその過程、これらが僕への不信感を積もらせた。
が、今はこの通り。ほぼ全員が僕を頼ってくれています。
やったことは単純。完璧な指導と目に見える結果を与えた。
つまり、実力で全員黙らせました。
「ポイントは脇と膝と足腰、そしてフォームです。力を込めて引くときは手の力だけでなく、脇を締め、膝を沈め、腰を使ってください。
フォームはまず体を正面に向けること。そして両肩の高さや両足の位置を同じにしてください。身体全体から力を入れて引き、体重をのせることを意識するとより良いです。
後は個別に見ていきます。人によっては握り方から修正する人がいるはずですから」
僕は力の入れ方をジェスチャーで指導した後、彼らを4組に分け、2組ずつ実践を開始させる。
超高校級のマネージャーとして選手たちの足りない部分を確認していく。
「金田くん、もっと膝を曲げましょう。全体重を使って綱を引く姿勢は良いですが、こちらの方がもっと効率よく力が入ります」
僕は金田くんの姿勢を調整する。
膝を曲げさせ、僅かに腰も落とさせる。
「この姿勢で引いてみてください」
「了解しました」
アドバイスを終えたら次に。
個別への時間はとるが、時間は有限だ。
他の人も修正するところは多々ある。
「矢島さん、両手の間隔を開けない方が良いです。重ねる必要はないですが、距離は近い方が良い」
「OK! くっつけちゃう感じで良い?」
「それで構いません」
指示通り、修正した矢島さんは確認を取った。
「椎名さん、両手の間隔を狭め、脇をもっと閉めてください。それでは本来の力が出てません」
「……はい。努力しています」
指示を出した後、姿勢を正すために彼女の肩へ触れる。
位置を調整し、体を正面に向けさせる。
「あなたが必死なのはわかります。しかし必死だからこそ、体の向きは正面に。
無理に力を入れ、体の向きを変えてしまうと、転倒の恐れもあります」
「わ、分かりました」
息を切らしながらも彼女は教え通りのことを全力で実践する。
同様に他の人に指示を出すと、我流にすることなく、従っていく。
全ての人にアドバイスを終え、僕はもう2組の方に声を掛けた。
「掛け声を決めてください。1人で引くより、皆で一斉に引いた方が生まれる力は強いです」
皆に聞こえるように僕は言った。
そしてこの後、効率よく時間を使い、ワンポイントレッスンを終わらせる。
僕は休むことなく、騎馬戦の騎馬を組む人たちや二人三脚をしている人たちの方に行く。
「カムクラくん、ちょっとこっち来れる? 騎馬が上手く組めないんだよね~」
声がしたのでその方向を見る。
手を振ってこちらを示している女子を中心とした4人組。
僕を呼んだのは西野武子。
石崎くんとよく話している女子と記憶している。
僕は素早く移動する。
残りの女子たちの名前はそれぞれ、真鍋志保、藪菜々美、山下沙希。
いわゆる、真鍋一派。真鍋さんと舎弟2人と言ったイメージが強い。
僕は彼女たちに騎馬を組んでもらうように頼み、その騎馬を観察する。
騎手が真鍋さんで、騎馬は前に西野さんが立ち、後ろで藪さんと山下さんが支えている。
時々グラグラと揺れ、安定性が見当たらない。
本来の力を出すためには、バランスの調整が必要な騎馬だ。
「あなたたちの騎馬は高さ優先の騎馬のようですね」
「……まぁね。一番背の高い私を騎手にして、騎馬にその高さを生かしてもらいたいんだけど……」
真鍋さんは恐る恐る発言する。
威圧したつもりはなかったが、これは彼女の特性のようなもの。
自分より強いものに強く出れない彼女らしい。
「上手く騎馬が組めない、という訳ですか」
僕は彼女たちに1度騎馬を解いてもらう。
そして分析結果を告げる。
「まず、あなたたちは高さ優先の騎馬からスピード優先の騎馬にするべきですね」
「ほら、私の言った通りじゃん」
西野さんが小馬鹿にする笑みでそう言う。
「うっさいわね。あんただって高さが欲しいって言ってたじゃない」
「確かに言ったが、あんたが人を持ちたくないって言ったから私は譲ってやったんだよ」
言い争う2人。元々、仲の良い人たちじゃないからだ。
真鍋派は3人でよくいて、西野さんは伊吹さんと同じように基本一匹狼。どちらの我も強い。
「安定した騎馬を組むには、真鍋さんが騎馬の先頭になった方が良いです」
騎手は西野さんを指名する。
真鍋さんと西野さんの身長は真鍋さんの方が高い。
しかし、西野さんも平均以上の身長だ。差は数cmしかなかった。
「元々、あなたたちに身長差は大してありません。正しい組み方をすればすぐに安定します」
僕はそう言って素早く騎馬の組み方を教えていく。
騎手の足をのせられる手は恋人繋ぎのように指を絡める。
騎手が座り、土台となる手は後方の人の腕をクロスさせ、バツ印を作るように正面の人の肩に置く。安定性をより重視させるためだ。
もう一度騎馬を組ませると、綺麗な騎馬が完成する。
先ほどまで彼女たちは腕をクロスせずに組んでいたので上手く組めなかった。
これで解決だ。
「戦術面の話をするなら、真鍋さんが騎馬の指示を出す方が良いでしょう」
「なんで? 騎手は私だし、私が指示を出しちゃいけないの?」
「あなたの気は強く、少々好戦的すぎます。龍園くんに反論することさえあるあなたでは、敵陣に突っ込み過ぎるでしょうから」
思い当たる節があるのか、西野さんはやや不貞腐れたような顔を浮かべる。
Cクラスの生徒は我の強い生徒が多いが、好戦的な性格が多い訳ではない。
しかし、一定数はいる。龍園くんや伊吹さん、そして彼女も準じる。
「その点真鍋さんは冷静なので問題ないでしょう。攻める時は攻め、引くときは引く。あなたなら出来るはずです」
ここを踏まえると、同じく主張の激しい真鍋さんの方が司令塔には向いている。
自分より弱い人を従え、強い人に逆らわないことは悪いことじゃない。
むしろ、そこを徹底させている真鍋さんは敵の弱さを見抜くことに長けていると言っていい。
騎馬戦でもその観察眼を十分に発揮し、安定した騎馬で得点を稼げば結果は残せる。
「だって。やっぱり私の方が司令塔に相応しいってよ」
「あっ? 何あからさまに喜んでんだお前。ぶってんじゃねぇ」
僕の言葉に機嫌が良くなった真鍋さん。
派手な見た目から人を近づかせない雰囲気をしているが、存外分かりやすい性格なのかもしれない。
僕はもう一度真鍋さんを見る。
視線に気づいた彼女は顔を強張らせ、身構える。龍園くんと話す時と同じ態勢だ。
騎馬を作っている両手はふさがっているため、身振り素振りが出来ない。
「あなたの性格を否定する気はありませんが、そこまで怖がらなくても大丈夫です。
別に何か後ろめたいことを隠しているわけでもないでしょう?」
善意でそう質問したが、真鍋さんは肩を震わす。
予想外の反応に、僕は追及する。
「何かあるんですか?」
「……な、何もないです」
弱弱しい声。
超分析力を使うまでもない。嘘を吐いていたことは明白だった。
しかし、これは個人の問題の可能性もある。
龍園くんなら、ズケズケと踏み込んでいただろうが、僕には興味のないこと。
わざわざ追及する必要はない。
「分かりました。今回の件は龍園くんに報告しません。
しかし、……今度からはもう少しばれない表情をするように努力してください」
僕は真鍋さんを見逃す。
この些細な見逃しで未来が変わるというのなら、むしろ全力で見逃そう。
それが予想の出来ない事態に繋がるなら、僕としては嬉しい展開だ。
「では、練習に励んでください」
僕は彼女たちから離れ、他にアドバイスを求める人の方へと向かう。
少しずつ質が上がっていくCクラスの生徒達。
この調子なら、本番でも問題ないことを僕は感じ取った。
────────────
体育の授業が終わり、僕たちは放課後を迎える。
最近はCクラスの生徒で放課後に遊ぼうという声が減っていた。
理由は単純で体育の授業による疲労。元々、運動が得意ではない生徒達は即帰宅して体を休めている。
そして体育の授業が多くなったとはいえ、勉強も必要だ。家に帰って休息し、自炊し、勉強し、翌日は朝から学校。
真面目な人は中々ハードの生活をしていた。
たかが体育の授業だからサボればいい。そんな風に考える人がいるだろう。
しかし、そんな生徒はいない。
理由の1つは単純にクラスのために。1人のミスがクラスに繋がるこの環境が妥協を許さない。
それに、自分たちの意志で決めたことを野放図な生徒たちが努力していることも関係している。
もう1つ理由がある。それは龍園くんの存在だ。
実はサボろうとした生徒はいた。しかし、監督兼、選手である龍園くんに注意(恐喝)されれば、そんな生徒はいなくなる。
誰もその二の舞にならないよう一生懸命だ。
「おい、カムクラ。帰んないのか?」
荷物を纏め終えた伊吹さんはいつものように僕のことを待つ。
僕と彼女はお互いの用事がない日は基本的に一緒に帰っている。
入学当初は色々言われていたが、最近は特に何も言われなくなった。
「今日は龍園くんに呼ばれています」
「……あー、わかった」
相変わらず龍園くんが嫌いな彼女は1人で教室を出ていく。
偶に椎名さんと帰る時があるが、それは椎名さんの茶道部がない時だけ。
しかし1人であることを特に気することなく、帰っていった。
僕も立ち上がり、荷物を纏めている龍園くんのもとに行く。
「来たか。今日は交渉の場を設けた。おまえも付いてこい」
普段と変わらない凶暴な笑みを見せる龍園くん。
だが、僕の分析力は騙せない。BBクリームのようなものを塗ってごまかしているが、彼の目には隈がある。
どうやら疲労が溜まっているようだ。ここ最近の彼は、Cクラスの監督、他クラスの観察、頻繁に行っている暗躍、偶に練習。
努力は嫌いだと言っていたくせに、随分手の込んだことをしている。
そして今日は交渉の日。弱弱しい姿は見せられない。
「分かりました。相手は?」
「Bクラスだ。一之瀬を呼んでおいた」
取り繕うこともせず、堂々と告げた。
気を遣うのは少々野暮かもしれない。
頑張ったご褒美に超高校級のアレ……ではなく、指圧師の才能を使ってあげましょうか。
「少々時間がかかったが、やっと手に入れた。これを切り札にして交渉をする」
彼はある画面を見せて携帯を僕に見せる。
そこには参加票の写真が載っていた。
「……これは」
Cクラスの参加票ではない。書かれている生徒の名前が違う。
これは────Dクラスの参加票だ。
参加票を写真に残すメリットはあるが、他クラスに見られる危険性を考えると、圧倒的にデメリットが多い。
写真に撮って渡されていることから、賄賂と見ていい。
「クク、ポイント税は役に立った。やっぱり世の中金だぜ」
どうやら貯めたポイントを使ったらしい。
勝負の鍵を握る情報を買収した。
渡したポイントは50万ポイント以上と考えて良いだろう。
「誰に交渉したんですか?」
「……櫛田桔梗だ」
僕が聞くと、龍園くんは嫌そうな顔を向けた。
何かしたかと記憶を遡ると、それはそれは思い当たることがあった。
「お前が余計なことしたせいで、交渉がだるかったんだ」
「それに関しては謝罪します。彼女の未知が見たかったために追い詰めました」
絶望的な状況に追い詰めてそこからどうやって這い上がるかを見たかった。
龍園くんは溜息をついて頭を抑える。
敵を追い詰めて褒めるべきなのか、面倒を持ってきた僕を非難するか。
脳内では言葉が渋滞しているのだろう。
「まぁいい。とにかくだ、明日からは能力上げつつ、相性を見て組み合わせていく」
この体育祭で最も重要なのは『組み合わせ』だ。
誰と誰が当たるかを操作できれば、当然勝つのは容易になる。
もちろん、自クラスの能力upや他クラスの主要選手には警戒しなくてはいけない。
しかし、より効果的な場に選手を配置させ、選手が必ず勝てる状況を整える方が優先順位は圧倒的に高い。
「Dクラスは参加票を既に提出したのですか?」
「まだだ。だが安心しろ。参加票を提出しても提出期限内ならいつでも確認が出来る。
桔梗には提出期限が終わる直前にもう一度写真を送らせる。直前で変更なんてさせねえ」
「では、櫛田桔梗が失敗、裏切りをしたらどうするのですか?
見当違いな組み合わせで挑めば、今度はCクラスにとって不利になります」
櫛田桔梗が失敗し、Dクラスの組み合わせがこちらの想定ではない時。
櫛田桔梗が裏切り、Dクラスの組み合わせがこちらの想定を上回る時。
どちらもCクラスにとって不利な状況だ。
もっとも、直前で参加票を変えれば、クラス内は大きく混乱すること違いない。
直前で選手を変えて、統率力を持てるとしたら、それは団結力の非常に強いBクラスくらいだ。
Dクラスにはデメリットが大きいため、よほどの理由がない限りやらない。というか出来ない。
「そのためにおまえに馬鹿どもを鍛えさせている。今回の体育祭は誰も『特別試験』なんて言ってねぇ。
裏をかく云々より、純粋な身体能力の方を鍛えれば鍛えるほど、勝つ確率は上がる。
もっとも、クソみたいな結果しか残せない上級生共のせいで白組が勝つのは絶望的だがな」
どうやら偵察したのは1年生だけじゃないようだ。
やはり、彼は努力家だ。
「行くぞ、これ以上立ち話している時間はないんでな」
龍園くんは肩に乗せるように荷物を持つ。
僕たちは教室を出て、目的の場所へと向かった。
──────────
移動した僕らはケヤキモールに到着する。
目印になる休憩スペースで足を広げている龍園くん。共有スペースであるこの場所を我が物顔で支配していた。
その隣に座って一之瀬さんを待つ。
「おい、暇だ。何か話せ」
「嫌です。暇な時間を作りたくないなら、時間ギリギリで来れば良かったじゃないですか」
僕はここに来る道中で買ったバナナクレープを食べながら言葉を返す。
値段は470ポイント。くどすぎない甘さのクリームは非常に美味しいです。
「確かに、オレは人を待たせるのは好きだが、待つのは嫌いだ」
「なら、なんで早めに到着したんですか?」
「分かってねえな。誘ったのは一之瀬だぜ?
良い女を待たせるなんて男の風上にも置けないようなことするかよ」
「その見た目でそんな綺麗事を言うの止めてください。
まったく似合ってないです」
「そっくりそのまま返してやる。
その見た目でそんなクソ甘いもの食ってんじゃねえ。見てるこっちが胸焼けしそうだ」
龍園くんは甘いものを食べる時もあるが、甘すぎるものは基本食べない。
ケーキやクレープはもちろん、パフェなんて以ての外だ。
「食べますか? あなたは疲労が溜まっているようですし、糖分が必要では?」
「耳がおかしいのかお前。そんな甘ったるいもの食えるわけねえだろ」
僕は彼の方に右手だけを動かす。
「善意で言っているんです。ほら、食べてください」
「悪意しか感じねえな。それに、野郎の口付けたものなんか食えるかよ」
龍園くんは不愉快さ丸出しの声を出し、手で追い払う。
そんな寸劇を終えると、ここに向けて歩いてくる2人組を僕は見つけた。
「来ましたよ」
「みたいだな。クク、神崎の野郎も一緒か」
赤い制服を着こなす男女。
Bクラスの中心人物、一之瀬さんと神崎くんだ。
「時間通りだな、一之瀬」
「お待たせ、龍園くん。今日は体育祭での策についての話し合いで良いんだよね?」
腰に手を当てて質問する一之瀬さん。
神崎くんは一之瀬さんの横に付き、いつでも守れる姿勢を作っている。紳士的ですね。
「ああ。……ちゃんとボディガードを連れてきたみたいだな」
「君相手に手ぶらで交渉は危険だからね。そこらへんバッチリだよ。
そういう君はアルベルトくんじゃなくてカムクラくんを連れて来てるみたいだね。暴力的な交渉はしないつもりなのかな?」
お返しとばかりに挑発する一之瀬さん。
しかし、龍園くんは肩を震わせる。
「ククク、そいつは勘違いだぜ一之瀬。オレがこいつを連れてきたってことは本気で交渉する時。
すなわち、何があっても対策できるようにする時だ」
立ち上がり、一之瀬さんとの距離を詰める龍園くん。
危険を察知した神崎くんが一歩前に出る。
「今回同じ組になったよしみで教えといてやる。こいつはアルベルトより強い。全てにおいてな」
「……へぇー、そのくらい今回の話し合いは本気ってことだね」
僕のことを警戒しながらも、一之瀬さんは龍園くんに物怖じしないで言い返す。
さすがBクラスのリーダーです。
「クク、今日は腹の探り合いなしだ。付いてこい」
彼は人差し指で付いてくるように手振りした。
歩き出しに迷いがなく、自分のペースで進んでいく。
僕らは遅れて付いていく。
「話すのは特別試験以来かな?」
「正確に言うのならば、無人島の特別試験以来ですね」
一之瀬さんに話しかけられたので、素早く答える。
「今回の試験、カムクラくんはどうするつもりなの? また前の試験のようにするのかな?」
生真面目な表情を浮かべる一之瀬さん。これには神崎くんも傍目で見る。
前回は予想の出来ない未来のために敵味方関係なく暴れた。彼らはそれを警戒している。
体育祭でも敵味方関係なく暴れられたら堪ったものではない。
「安心してください。今回の僕はCクラスのために全力を尽くします。
必然的に、あなたたちの味方になります」
「……そっか。なら今回は頼れる味方だね!」
真剣さが解れ、普段の一ノ瀬さんの雰囲気に戻る。
人当たりの良い笑顔は見せない。
どうやら、無人島試験は彼女からの好感度を下げたようだ。
なぜかを考える。……答えは白波千尋への脅しだろう。
直接脅しを行ったのは龍園くんだが、提案したのは僕。
そしてそれは策を知っている葛城くんの口から広まっているに違いない。
「一之瀬さん、後で話したいことがあります。龍園くんとの交渉が終わったら、少し時間をください」
「構わないよ。ちなみに何の話?」
「……白波千尋についてです」
僕がそう言うと、一之瀬さんと神崎くんの足が止まる。
「……いいよ。聞いてあげる」
陽気な一之瀬さんからは考えられない低い声と口調。
様々な思いが交差して出来上がった怒りの感情が表に出ていた。
「神崎隆二。あなたも同行してください」
「……分かった」
取り決めを終えた僕たちはもう一度歩みを再開する。
歩くことのみに意識を寄せているため、歩幅は大きくなった。
スタスタという小気味いい音だけがしっかり耳に届いた。
連投終わり