ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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最初っからクライマックス


開催

 

 

 

 

 

 雲一つない青空。心地よく吹く秋風。

 暑すぎず寒すぎず、程よい気候がこの日を迎えてくれる。

 

 体育祭。

 

 ジャージを身にまとった全校生徒が行進を終え、開会式を行う。

 選手宣誓を終えると、赤組と白組に分かれて競技の準備を始めた。

 トラックを挟み合って向かい合うように分かれている2つの組。競技以外での接触は難しそうです。

 用意周到な学校側は第1競技である100m走の開始を伝える放送を流す。

 笑顔なく体育祭を進行していく先生方。紅組白組のどちらのサイドにもいる医療従事者。

 休憩所や緊急に対応できるコテージもあるため、万全の態勢を敷いている。

 

「1組目を走る生徒は準備してください」

 

 合図を送る審査員が号令をかける。

 1組目に走る僕はもう1人のCクラス男子とコースへと歩いていく。

 神室さんから頂いたヘアゴムで髪をしっかり結んでいる上に、念入りな準備運動を終えている。

 今回僕には、全ての種目で勝てと命令が下っていた。

 軽くやっても簡単に遂行できる任務だが、僕は妥協を許さない。

 ありとあらゆる才能を行使できる準備はしてきた。

 正々堂々、正面から全員倒していきましょう。

 

「……テメェ」

 

 スタート位置につくと僕を威嚇するように見る双眼が1つ。

 Dクラスの須藤健だ。

 他クラスの誰と勝負するかの組み合わせは本番当日にならなければ分からない。

 しかし、彼がここにいるということはDクラスの参加票はこちらが知っている通りのものと判断できた。

 

「あなたでは僕には勝てません」

 

 事実を口にする。

 彼は青筋を立てて怒鳴るが、僕は無視してレーンにつき、クラウチングスタートの体勢を取る。

 Cクラスの今回の目的はDクラス。彼らを潰すために龍園くんは策を凝らしている。

 体育祭最初の種目、最初の出走、最初の勝負。

 ここで勝ち、クラスの勢いを乗せたいと思うのは当然。誰だって思いつく目論見だ。

 だからこそこの状況は逆手に取れる。相手の出鼻を挫く良い機会だ。

 

 ────そのために僕がいる。

 

 身体の力を抜き、合図を待つ。

 数秒後、合図である号砲が鳴り響いた。

 あらゆるスポーツ選手の才能を使用する。

 地面を蹴り、僕は初速から最高速度で走り出した。

 

「……クソッ!!」

 

 開始20m付近。背後から声が聞こえたが、僕は無視して走っていく。

 短距離走であるため後先考える必要はない。

 前に進んでいく。ただそれだけで良い。

 

 ────ツマラナイ。

 そう感じ、僕は加速する必要もなく独走の形でゴールした。

 

 ゴール地点に置いてあるカメラで精密な判定をする必要もなかった。

 次点で須藤健がゴールしてさらにAクラスの生徒、Cクラスの生徒、Bクラスの生徒2人が続いた。

 4位がCクラスの生徒。

 この生徒はCクラスで最も100m走が遅かった生徒だ。

 しかし、この結果。約1月の成果が出ていた。

 これこそ、Cクラスの士気が上がることに繋がる。

 

「……きみ、本当に高校生かい?」

 

 カメラを確認する審査員にそう問われた。

 僕は頷きだけ返し、この場を後にする。

 その後の競技はスムーズに進行していった。

 これといって変わったことはない。

 強いて言うのならば、高円寺六助の姿がないことだ。

 だがむしろ好都合。彼が出ていれば他の生徒が負けてしまう可能性があった。

 それがなくなるのは嬉しい誤算だ。

 

「お疲れ様っす!」

 

 テントに戻ると、石崎くんがニコニコしながら寄って来る。

 1年男子の100m走が終わり、次は女子の部門。

 僕は暇つぶしがてら観戦する。

 1組目がすでに走り出していた。走り終え、順位を確認していくとCクラスの女子は2位と4位。

 結果は順調。先程の男子100mでも5位以下になった生徒はいない。

 ちなみに龍園くんは5組目に走っていて1位。続くように2位が石崎くんでした。

 

「いや~、たまんないすねぇ」

 

 だらしない顔をして座る石崎くん。

 2組目がスタートすると、一時も見逃さないように凝視していた。

 

「眼福。良く揺れてる。ポロリとかないかなぁ」

 

 石崎くんはくだらない感想を垂れ流す。耳障りもいいところだ。

 3組目が始まる。そこには気合十分な椎名さんが見えた。

 僕は彼女の成長を見るためにもう少し近くによる。

 

「カムクラさんはどの胸……どの子に期待しているんですか?」

 

「椎名さんの成長です。彼女はバテバテになりながらも僕の指示を懸命にこなしていました。

 たった1月と少しで、元の運動神経の悪さをどうこうできるわけではありませんが、しっかりと結果は見届けます」

 

 ついてくる石崎くんの質問は答えず、僕は椎名さんを眺める。

 合図が始まり、一斉に走り出す。

 クラウチングスタートは様になっていたがやはりまだ未完成。

 足の伸ばし具合や尻の高さが完璧ではないため、スタートダッシュはあまり良くなかった。

 しかし、彼女は懸命に腕を振り、足を動かし、姿勢を崩さないように走っている。

 

「おおっ! いけるいける! 頑張れ椎名!」

 

 完全にレースに熱中し始めた石崎くん。

 先ほどよりかはましだが、これはこれで煩い。

 残り30メートルを切り、彼女は現在5位。

 しかし、3位4位とは僅差。まだ可能性は十分にある。

 

「頑張れ椎名!」

 

 残り10m。その差がさらに縮まった。

 先頭2人は既にゴールしたが、3人は接戦。

 彼女は無我夢中で腕を振るう。

 

「安心してください石崎くん。彼女は結果を残しますよ」

 

 素晴らしい精神だ。そしてその努力の成果は僕の超分析力に良い成果を映してくれた。

 3人がほぼ同時にゴールする。

 石崎くんは黙り込み、結果を待ち望む。

 すると、走り終えて腰に手を当てていた椎名さんが嬉しそうな笑みを浮かべた。

 順位が確定した。

 椎名さんは4位。結果としては低いかもしれないが、紛れもなくプラス。

 何より己自身に打ち勝った。

 

「ううっ! 良かった!」

 

 石崎くんは若干の嗚咽が混じった声を出している。

 彼女はとことこと歩きながらテントに戻って来た。

 

「頑張りましたね」

 

「ええ。やりました」

 

 息を切らしながら小さくガッツポーズをする椎名さん。

 褒める以外の選択肢はなかった。

 

「カムクラくんの指導が良かったおかげです」

 

「僕はきっかけを与えただけです。結果を掴んだのはあなた自身の力ですよ」

 

 まだまだ改善点はあるが、それでもここまで伸びたのは彼女自身の努力の賜物。

 運動神経はEの評価ではなくなったに違いない。

 彼女は持ってきていたタオルで汗を拭った。タオルの隙間から見える顔は笑顔が満ちていた。

 

「次は伊吹が走るみたいですよ」

 

 4組目を見ていた石崎くんが僕に伝える。

 

「結果が100%分かっているものなんて見る必要がありません」

 

「まぁまぁ、そう言わず見ましょうよ」

 

 石崎くんは僕を説得するように言う。

 やることもないので僕はもう一度レースを見る。

 合図が鳴ると、集団から体一つ分早く前に出る伊吹さん。

 そのまま綺麗なフォームで走りきり、独走した。

 元々、運動能力が高い彼女に僕のアドバイスが加わっている。負けるはずがないのだ。

 伊吹さんは走り終えると素早くテントに戻って来る。

 

「やるじゃねぇか伊吹!」

 

「当然だろ」

 

 石崎くんの賞賛を鼻で笑って言うが、その表情からは隠しきれていない得意顔が浮かぶ。

 すると、伊吹さんは視線に気づく。

 顎を上げ、鼻先でふんと笑った。

 

「まだまだ遅いですね。せめて僕と同じレベルで走れるようになってからその表情をしてください」

 

「無理に決まっているでしょ」

 

 ドン引きする伊吹さん。

 石崎くんは何度も頷いている。

 

「うん、あれは須藤に同情するしかねぇよ」

 

「かなり運動神経の良い奴とプロの陸上選手くらい差があったからね。

 相対的に遅く見えるのは仕方ない。むしろ、諦めずに追いかけたあのバスケ部は尊敬するよ」

 

 僕のレースの評価を言う2人。

 肝心の1位には賞賛がない。なぜか須藤健を褒めている。

 

「……へぇ、堀北って結構足速いんだね」

 

 伊吹さんがそう言い、意識をトラックに向けた。

 最終レースが始まっていた。

 堀北さん潰しのために、Cクラスからは計画通り矢島さんと木下さんが参加している。

 2人の陸上部が1位2位でゴールした。短距離は矢島さんに軍配が上がり、彼女が1位だ。

 しかし、2人と差こそあれど、堀北さんは3位に入賞する。

 伊吹さんより少し遅いくらいだが、彼女もかなりの運動神経を持っているようだ。

 

「女子が終わったってことは2年生か。見る?」

 

「必要ありません」

 

 これといってやることはないが、敵情視察なんて無意味だ。

 僕は肩で息をしている堀北さんを傍目に、テントを離れた。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 上級生の100m走が終わり、次の種目に移行する。

 第2種目はハードル競争。110m間に10メートル間隔で10個のハードルがセットされている。

 この種目には2つのペナルティが存在する。

 ハードルに触れたら0.3秒、ハードルを倒したら0.5秒。

 このようなアディショナルタイムがある。

 最大で5秒も加算される可能性があるこの非公式ルールが、より正確に跳ぶことを重要視させる。

 しかし、僕には関係ない。

 Cクラスの生徒にも、ハードルの正しい飛び方を教えた。

 まだハードルに当たってしまう生徒もいるが、他クラスに比べれば完成度は高い。

 

「……まさか、お前と同じレースになるとはな」

 

 スタート地点に待機していた僕は同じく準備していた葛城くんに声を掛けられる。

 今やAクラスのリーダーとなった葛城くん。しかし、僕の相手としては力不足だ。

 

「今回は卑怯な真似を見せないようだな」

 

「手加減は必要ないと言われていますから」

 

「……卑怯が手加減とでも?」

 

「僕の場合はですね。龍園くんは卑怯な手段も1つの手段として巧みに戦略を組みます。

 そこから勝つための最善を選んで戦うのが彼の本気です」

 

 勝つために使えるもの全てを使うのが彼の手加減なしの戦い。

 楽しむという行為を優先して手痛いしっぺ返しを受ける時もあるが、そこも彼らしい戦いだ。

 だが、僕は違う。

 僕が手加減なしで戦う時は小細工なしの真っ向勝負をする時。

 卑怯なんてする必要がない。時間の無駄だ。

 目の前の障壁を才能という力のみで破壊していけば事が済む。

 

「純粋な実力勝負なら、俺も全力で戦わせてもらうぞ」

 

「健闘は讃えてあげますよ」

 

「もう勝ったつもりか」

 

「逆に聞きますが、僕に勝てるとでも?」

 

 葛城くんは渋い顔を浮かべる。

 どうやら彼も、僕の100m走は見ていたようだ。

 審判から集合の合図がかかる。

 そして僕のハードル走は始まった。

 先ほどと同じようにあらゆる運動選手の才能を使用する。

 ペナルティを受けることなく、1位を取った。

 

 ────ツマラナイ。

 

 本気を出している。だが、全力でやってはいない。

 妥協を許さないために本気で行っているが、こうも張り合いがないと退屈だ。

 僕は他の選手の様子を見るために待機所に素早く戻った。

 ちらほらと5位になる選手もいたが、最下位はいない。大半は4位以上でゴールしていた。

 好成績だ。

 しかし赤組と白組の総得点では赤組がリード。

 やはり、白組の上級生は2年も3年もAクラスには勝てないようだ。

 

「次は団体種目の棒倒しに移ります。男子生徒は早めの準備をお願いします」

 

 アナウンスが流れる。

 男子限定の棒倒し。

 露骨な暴力行為は禁止だが、ある程度の接触が前提となる競技だ。

 僕は自分自身の身体に超高校級の指圧師の才能を用いて疲れを逃がすマッサージをする。

 それを終え、僕は準備を開始した。

 

 

 ────────

 

 

 

 

 ハードル競争が終わり、1年男子は今体育祭初の団体戦に挑む。

 3本勝負のこの競技は先に2回相手の棒を倒した方が勝ちだ。

 現在は競技の準備をしているので、待機場所にいる。

 時間を有効的に使うならば、最終会議といった所だ。

 

「クク、この団体戦は幸運にもCクラスの得意科目のようだぜ」

 

 龍園くんが僕に話しかけてくる。

 このクラスは喧嘩慣れしている生徒が多い。

 接触の多いこの競技は確かに有利だ。

 

「おい、神崎。この競技、Cクラスに攻めを任せろ」

 

 ちょうど待機場所に到着した神崎くんに彼は告げる。

 

「……良いだろう。それが合理的な判断だ。Bクラスからは俺が言っておく」

 

 神崎くんはCクラスの面々を素早く確認した後に納得を示した。

 Bクラスの強みはチームワーク。個々の力も弱くない上に、生徒全員が一致団結している。

 やる気のない生徒などいない。連携も高い完成度を誇っている。

 しかし、パワーと統率力はCクラスが圧倒的に有利。

 龍園くんの一言で動く軍隊はこと攻めに限ってはどのクラスより強力だ。

 

「しかし、1戦目に棒を倒せなかった場合は攻守を交換してもらうぞ」

 

「クク、いいぜ。だが、安心しろ。負けることはないからな」

 

 余裕の笑みを浮かべる龍園くん。

 彼はクラスメイトを集め、策を授けていく。

 

「今回はアルベルトとカムクラの2つの軍に分ける。比率は8:2くらいだな。

 第1陣はアルベルトを中心に正面突破しろ。第2陣でカムクラを中心に守りがほつれた所を狙って棒を倒せ。

 相手が想定以上に弱いなら第1陣だけで処理しろ」

 

 話し終えると、お決まりのように「失敗したら分かっているよな?」と告げる。

 それだけで浮かれている生徒たちの表情が引き締まる。

 先ほどの個人種目で誰もが結果を残せていた。だが、それは油断していい理由にはならない。

 

「お前ら絶対勝つぜ。高円寺のアホがいない分気合入れろよ!」

 

 係員が準備を終えると、AD連合の方から気合の入った声が聞こえた。

 周囲を鼓舞するように響く声だが、龍園くんはそれを嘲笑い、自分の軍を調整していく。

 気合で勝てるほど、戦いは甘くない。

 彼はそう考えているのだろう。

 

「見る限り、Aクラスが守りでDクラスが攻めのようですね」

 

「どっちが相手だろうと関係ないな。こういうのはいかに見えないところで敵の急所を突くに限る」

 

「上手くやってくださいよ。君の反則がばれた時の弁護はしません」

 

「そんなミスするかよ。お前こそ2回とも棒を倒しやがれ。

 全ての競技で結果を出すなら、それくらいはやれるだろう?」

 

「愚問です。もっとも、僕が出なくても勝てそうですがね」

 

 気の抜ける会話をしていると、試合開始の合図が鳴った。

 Bクラスはすぐに下がり棒を守る陣形を組んでいく。

 

「やれ」

 

 王の一言。

 たったそれだけでCクラスの生徒は危険を顧みない突撃兵に変わる。

 アルベルトを中心に石崎くんや小宮くんといったパワーに自信を持った生徒が先陣を切っていく。

 

「殺されたいやつからかかってこいや!」

 

 Dクラスの須藤健が威勢よく突撃してくる。

 切り込み隊長としては申し分ないが、1人でどうこうできるほどBクラスの守りは薄くない。

 神崎くんともう1人、柴田颯という生徒の掛け声で数を利用して須藤健を止めていく。

 

「おらお前らは早く続け! 切り開いてやるからよ!」

 

 その言葉とともに、Dクラスの生徒が続いていく。

 僕たちの横を素通りしていくDクラスの面々。

 そこには()の姿もあった。気怠そうな雰囲気を出しながら競技に参加していた。

 この棒倒しは攻撃陣同士のぶつかりが禁止されている。

 あくまで攻撃陣は防御陣にのみ攻めなければならないルールだった。

 もちろん、誰が攻撃陣で誰が防御陣なのかは分からない。

 なので、それを判断するためには専用の白線がある。

 防御陣はその線内でのみ守ることが出来るので、どちらの陣かは間違えなくてすむ。

 

「アルベルトが随分ヘイトを買っていやがるな」

 

 防御陣を文字通り正面から蹴散らしていく先頭集団。

 Aクラスは正面からの攻撃を守るので手いっぱいだ。

 チャンス。左右ががら空きになっているので、第2陣が攻めるには絶好の機会だ。

 

「行け」

 

 龍園くんが僕に指示を出す。

 足に力を込め、僕も突撃した。

 初速で最高速度に達し、今回はさらに加速していく。

 100%を超えたわけではない。

 人間は己の脳でリミッターをしている。

 全力でやると言ってもそれは100%の力ではない。脳が自動で100%の力を抑えてしまうからだ。

 意図して出せる実力は出せて80%。100%には程遠い。

 だが、僕は自らの意志で100%の力を出せる。

 

 そう、創られている。

 

「……! 左右に警戒しろ! カムクラが来たぞ!」

 

 アルベルトを懸命に抑えながらも葛城くんは指示を出す。

 だが、Aクラスは他のCクラスの生徒を止めるので限界だ。

 なので僕にマークは1人もいない。

 速度を落とさずに、僕は左から攻める。

 

「肩を借ります」

 

 僕は名前も知らない2人のAクラスの生徒。それぞれの肩に手を置く。

 そして置いた手と足に力を込め、跳躍した。

 超高校級の体操選手。この才能があれば造作もないことだ。

 

「嘘だろ!?」

 

 跳び箱を越えるように飛んだ僕は、その勢いのまま棒の先端を両手で掴む。

 てこの原理を利用し、全体重を棒に乗せた。急に先端を掴まれた棒は僕の体重がかかり、傾いていく。

 徐々に倒れていく棒を見た審判は安全を考慮し、すぐにホイッスルを鳴らした。

 1戦目の勝敗は決した。BC連合の勝利だ。

 棒を掴みながら僕は地面に着地した。

 

「……お前は猿かよ」

 

「人間ですよ。見て分からないのですか?」

 

「見て分からなかったから聞いてんだよ」

 

 待機場所に戻ると、龍園くんにそう言われる。

 もちろん比喩なのは分かっている。

 先程の光景を客観的に見ると木にぶら下がる猿に似ているので、そう思っても仕方ない。

 

「……おい神崎、次も攻めるが文句ないな?」

 

「……ああ。構わない」

 

 龍園くんは大きなため息をついた後に確認を取る。

 神崎くんは僕を見ながら訝しんだ視線を向けていた。

 人間ですよ、僕は。

 心の中で彼の疑問に答えた。

 

「龍園くん、僕も第1陣に行ってもいいですか?」

 

「あっ? 策に何か問題があるのか?」

 

「いいえ、単純に退屈です」

 

「クク、そうかよ。いいぜ、第2陣はオレがやってやるよ」

 

 1戦目では龍園くんは攻めていない。指示を出した後は戦場を俯瞰しているだけだった。

 そもそも攻める必要がなかったからだ。

 しかし、それでは退屈だ。彼にとって面白い遊びであるこの競技はやりがいがあるだろう。

 

 

「2戦目も変わらずこの陣形で行く。ただし、カムクラは第1陣だ。

 だからこそ、初手で負けたら承知しない。気を抜くんじゃねぇぞ」

 

 活を入れる。

 1戦目で勝てたことでCクラスの士気は高い。そこに暴君の号令が加われば、やる気は最高潮だ。

 少しの休憩を挟むと、すぐに審判が号砲の準備をする。

 全ての才能を使える準備は既に終わっている。身体のどこにも異常はない。

 100%の力は過剰だったため出さないが、本気ではやる予定です。

 

 

「────表に出たくないなら引きずり出してあげましょう」

 

 

 防御陣がDクラスへと変わったAD連合。

 僕はその中のある人物を見つめる。棒を持ち、倒れないように支えている無表情の男子生徒。

 何度か言葉を交わした仲だ。

 今、僕の退屈を消してくれるのは彼しかいない。

 先ほど見かけた時から、そう予感めいた何かを感じていた。

 だから龍園くんに頼んで第1陣にしてもらった。

 

「倒せ」

 

 2戦目の開始合図とともに龍園くんが指示を出した。

 シンプルだが、これ以上の情報は必要ない。

 Cクラスの生徒はそれだけで雄たけびを上げて突撃していく。

 

 

 少し遅れて、僕は駆け出した。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 棒倒しは男子限定の科目。

 次の種目が始まるまで女子生徒は観客となっている。

 男子同士が全力でぶつかるこの競技は見ている方も楽しめる。

 奮闘する男子に全力の応援をしたり、恋をしたり、良からぬ妄想をしたりと。

 人によって見るものは変わるが、誰もが体育祭を楽しく観戦していた。

 

「真澄さん。2戦目が始まりますよ」

 

「だね。でもさっきの見る限り、カムクラに勝てる奴がいなさそうだけど」

 

 Aクラスの待機所に座る女子生徒が2人。

 坂柳有栖と神室真澄も例にもれず観戦をしていた。

 坂柳は疾患を抱えているため、そもそも体育祭に参加できない。

 しかし、そんな彼女にも笑顔が見えていた。

 

「当然です。私の予測は正しいですから」

 

 薄く笑い、得意げな顔をする坂柳。

 そんな子供の自慢をするような主人を傍目に神室は小さくため息を吐く。

 

「始まりましたよ」

 

 坂柳は膝に置いてある杖を落とさないように両手で持ち、2戦目に没頭する。

 彼女のサファイアのような青い瞳にはある男子が捉えられている。

 長いポニーテールが特徴的な男子生徒。

 やや暗い赤色の瞳は血の色を連想させ、見る者には恐怖を与えるが、坂柳はその瞳にキラキラと目を輝かせていた。

 彼はカムクライズル。世界の希望として作られた正真正銘の天才であり、怪物だ。

 

「おや?」

 

 カムクラは合図が鳴ったのに動き始めない。

 他のCクラスの生徒は動き出しているというのに、まだ停止している。

 その立ち姿は何かを見据えてターゲットを捕捉しているように見える。

 得物を確実に誘き寄せるために集中しているようにも感じる。

 

 いくつかの予測が立つ中、カムクラが動いた。

 

 テレポートと錯覚してしまいそうな初速は巻き上げた砂塵を置いていく。

 超分析力を持つ坂柳の動体視力はその完璧な動きを捉え、満足そうに微笑んだ。

 

「はっや」

 

 神室は呆れた声色で告げる。

 それもそうだ。数秒立ち止まっていたはずのカムクラが瞬き1つした間になぜか先頭を走っていたのだ。

 カムクラは爆発的に加速していき、とうとう敵陣に1人で突っ込んでいく。

 あっという間に防御陣が動けるラインを越えた。

 外壁を守るDクラスの生徒がカムクラに立ち向かうが、

 

「……うわっ、大丈夫なのアレ?」

 

 引き気味の声を出す神室。止めに行ったDクラスの生徒がコミックの1コマのように吹き飛んでいったからだ。

 

「大丈夫ですよ。どうやら手加減しているようですし」

 

「あれで? ……人間じゃないわよ」

 

 超分析力を持つ坂柳は平然と言った。

 

「……? あれは……」

 

 しかし、そんな一握りの才能を持つ坂柳ですら理解の出来ないことが起きた。

 それは1人の男子生徒の挙動だ。

 どこにでもいそうな一般的な男子高校生。彼は支える棒から離れ、カムクラと鏡合わせになるように走り出していた。

 しかし、坂柳が衝撃を覚えたのは、迎え撃つように走るその行動ではない。

 その横顔が坂柳にとってビッグバンと同レベルの衝撃を与えたのだ。

 

「……まさか!?」

 

 坂柳は焦った声を出しながらもその状況を凝視する。

 一般的な男子高校生、そんな称号からは程遠い生徒である綾小路清隆は動き出していた。

 綾小路は隣にいた平田洋介に何かを話してから、持っていた棒を離し、待機場所の方に下がる。

 皆がカムクラという目立つ存在に注目している中、綾小路は十分な助走距離を確保したのだ。

 そして彼もまた砂塵を巻き上げ、走り出していた。

 2人の距離は縮まっていき、両者は跳躍した。

 

 激突する。

 

 お互いに右前腕をぶつけ合い、衝撃を、相手の推進力を殺していた。

 拮抗する力。同時に着地する両者は1ミリも後方に引いていなかった。

 全ての視線は2人に集まっていく。

 未だ押し合っている2人の勝負は祭りに相応しい熱意を会場に満たした。

 

 

 

 

「……お久しぶりです綾小路くん」

 

 

 

 膝にあった杖が地面を転がる。

 坂柳は両手で口を覆い、感慨深い声でそう言った。

 

 

 

 




矛盾があったら即修正します。

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