ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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集団

 

 

 

 

 

 

 休む間もなく次の競技に入る1年男子。

 その間も1年女子の玉入れは着々と進んでいた。

 玉入れが終われば男女別綱引きだ。体力を使う競技が続く。

 僕たちは開始までの休憩がてら女子の玉入れを眺める。

 

「玉入れって言葉、なんかエロくないですか?」

 

 隣に座る石崎くんが真面目な表情で言う。

 

「死にたいならそう言ってください。骨は拾ってあげます」

 

「い、いやいや、冗談っすよ冗談」

 

 右手を彼の頭に乗せた。

 それだけで石崎くんは謝罪する。

 以前掴んでいることもあって、彼の反応は素早い。

 

「それにしても、Cクラスは順調っすよね。クラス別総合点は1位じゃないっすか?」

 

「ええ。圧倒的な差こそありませんが1位です。この調子でいけば、最終的な1位も手堅いですね」

 

 どの競技もCクラスの生徒は全力でやっている。

 いくら龍園くんの恐喝があると言えど、ここまで必死に取り組んでいるのは素直に褒めることが出来る。

 さすがはこの特殊な学校に入学しただけのことはある生徒。

 結果が実るように必死に足搔いている。

 

「玉入れも順調そうですね。何をアドバイスしたんですか?」

 

 赤組と白組の入っている玉の数は圧倒的に白組が有利。

 全体的に身体能力が上がっているCクラスの女子がいる以上、この結果は必然。

 加えて、一之瀬さんを中心としたBクラスも活躍している。

 シューターを限定し、それ以外は玉を集める。効率を極めている作戦だ。

 投げる人数こそ減るが入る精度は上がるので、数打つよりもは良い作戦と言える。

 しかし、全体的なレベルを底上げしたCクラスの方が活躍度が高い。

 何せ全員がBクラスのシューターとほぼ同程度の精度を誇っているのだ。

 入る量が違う。

 

「素早く正確に球を空中に投げる。そのために入る角度とフォームを覚える。そしてそれを何度もこなすこと。

 くらいです。これは習うより慣れろでしたから」

 

 正しいフォームでまずは投げる。それを何度も続けて慣れ始めたら素早さを上げる。

 運動神経だけでやるのも構いませんが、結局は慣れた方が効率よく、何より速い。

 数学の途中式と同じだ。

 途中式は慣れるまで書くのを大変に思う人がいますが、慣れてしまえば書く量もミスも減る。

 回数をこなすことでやる計算を最適化していくのだ。

 純粋な計算能力の高さを用い、我流でやるのも構いませんが、公式を覚え、使えるようになるまで慣らした方が最終的な効率は良い。

 土台である基礎が完成し、応用にも対応できるようになります。我流と違って、焦ってもすぐに『正しい』とわかるやり方を思い出せるので、これまたミスも少なくなる。

 

「慣れは見方を変えれば非常に恐ろしいものでありますが、結局は使い方です」

 

「確かに慣れって怖いっすよね。

 俺は朝起きるのが苦手なんですけど、学校がなかったら昼夜は簡単に逆転しちゃいます」

 

「生活習慣は体の調子を整えるために最適化してください。睡眠は大事ですよ」

 

 くだらない雑談を終わらせ、僕は移動を開始する。

 玉入れ終了のアナウンスが流れたからだ。結果は白組の勝利。

 BC連合はハイタッチをして笑う。目に見えるほど喜びを味わっていた。

 

「綱引きは棒倒し同様、2本先取した方の勝ちだ。選手諸君の健闘を祈る」

 

 審判は大雑把に綱引きのルールを説明した後、ていのいい言葉で締める。

 BC連合、AD連合に分かれ、綱を持っていく。

 

「練習通りに並んでください」

 

 僕はCクラスの生徒に指示を出す。

 今回の司令塔は僕。

 自分の恐喝などなくても勝てることを知っている以上、龍園くんは面倒くさいという理由でやらない。

 Cクラスの生徒は素早く身長順に並んでいく。

 弓なりに力が入るように陣形を組ませる。

 しかし、完璧な身長順ではなく、先頭集団はややバラバラだ。

 なぜなら運動部に所属する体の小さい人たちを優先的に前にしたからだ。

 引き始めは重要なので瞬発力と筋肉量がある生徒を前に置いた。

 

「練習と同じことをすれば勝てます。自信を持って引いてください」

 

 はいっ! と揃った声でCクラスの生徒は答える。

 彼らは指示通りに綱を握っていく。

 力を逃がさないために両手の距離を狭め、身体と両足を同じ方向に整え、肩の位置も同じ高さに調整する。

 準備完了だ。

 

「なぁ、俺たちもその並び方に合わせた方が良いか?」

 

 僕たちが縄後方で配置を作ると、縄前方にいるBクラスの生徒の1人が話しかけてくる。

 彼は柴田颯。今回の体育祭でも良い結果を残しているBクラスのムードメーカーと呼べる存在だ。

 

「必要ありません。

 あなたたちはあなたたちの練習通りにお願いします。急な連携は力を乱す可能性がありますので」

 

「分かったよ。だが、掛け声くらいは決めておこうぜ。引く力は合わせた方が強くなる。

 オレらの掛け声は『オーエス』だけど、Cクラスはどうなんだ?」

 

「同じですよ」

 

「おっけー。なら、お互いベストを尽くそうな!」

 

 ニコリと笑い、柴田くんは配置に戻って今の情報を伝える。

 BクラスはCクラスとの真逆の配置。背の高い順に並んでいる。

 必然的に、真ん中にいる生徒が小さくなる。

 しかし、最後尾にはアルベルトを中心とした力自慢がいるので、力の分散は起きない。

 むしろ結果的に最も効率の良い並び方になっていた。

 幸運。相変わらずツマラナイ才能だ。

 

「みんな行くぞ!」

 

 柴田くんが叫び、試合開始の合図と共に互いに綱を引き合う。

 

「オーエス! オーエス!」

 

 その掛け声共にBC連合は勢いよく綱を引いていく。

 最初から均衡が保たれ、数秒経っても続く。

 しかし、徐々に綱はこちらに手繰り寄せられていた。

 

「息を合わせろ!」

 

 Bクラスから懸命な声が聞こえると、彼らも本領発揮する。

 Cクラスと僅かにずれていた引くタイミングが合わさり、力が増す。

 程なくして、BC連合の勝利を告げる号砲が鳴り響く。

 

「っしゃー!」

 

 BクラスCクラスともに彼らは吠えるように歓喜する。

 AD連合は険悪な雰囲気を出しながら一度綱を下ろしていく。

 

「何をやっているDクラス。なぜ協力していないBCに勝てないんだ! 

 もっと力強く引け!」

 

「ざけんなぁ! お前らこそもっと強く引けよ!」

 

 何方も他者のせいにする。

 余裕がないことは御覧の通りだった。

 

「落ち着け。今協力できなければ次も負けてしまう。拾える勝利を落とすな」

 

「そうだよ。ここから2連勝しよう。僕たちはまだ負けていない」

 

 葛城くんと平田くん。

 2人のリーダーがクラスをまとめ上げ、さらに鼓舞する。

 しかし険悪な雰囲気は薄れただけ。根本的な解決はしていない。

 無情にもインターバルが終了し、試合開始の準備が整った。

 そして始まる2回戦。

 

「オーエス! オーエス!」

 

 その掛け声と共にお互いが引いていく。

 最初こそ均衡は取れていたように見えたが、数秒後一気にこちらへと流れが傾いた。

 原因ははっきりわかっている。

 AD連合の息が合っていない。単純な総合力でBC連合の方が強いことに加え、相手には隙がある。

 負けろという方が難しい。

 

「引ききれ!」

 

 柴田くんの叫び声にBC連合の力が強まる。

 審判の合図が鳴り響き、2回戦の勝利ももぎ取った。

 試合終了。男女別綱引きの男子の部は2連先取でBC連合の勝利だ。

 彼らは喜びながら、テントへと帰還した。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 女子の綱引きも終わり、再び個人種目に戻る。

 ちなみに、女子の綱引きもBC連合が勝っていた。全員が精一杯を尽くしていたので当然の結果です。

 次の競技は障害物競走。平均台、網、頭陀袋。これら3つの障害を越えて競い合う種目だ。

 平均台は言うまでもなくその上を走る。

 網はグラウンドに引かれていてその下を潜りぬける。

 頭陀袋は袋に両足を入れて直線距離を跳ねていく。

 このようにタイムロスの要素があるゆえに障害物競走だ。

 

「調子が良さそうだねカムクラくん」

 

 スタートラインで待機している1巡目。

 横8人で並んでいる現在、隣にいる平田洋介が話しかけてきた。

 

「そういうあなたは調子が悪そうですね」

 

「そうかな? 僕としては結構良い結果を残していると思うけど」

 

「そうではなく精神の話ですよ」

 

 平田くんは目を細める。

 明らかに狙われているDクラスの現状には、そろそろ気づきだしているだろう。

 それでいて結果は負け越している。

 

「クラスとして結果が残せないことが辛いようにみえますね」

 

「……そうだね。努力したのに結果が出ないのは辛い。

 必死に頑張っているのに負けている。そこからくるものがないと言ったら嘘になるよ」

 

「正直者ですね」

 

「はったりが通じる人かどうかくらいは分かっているつもりだよ」

 

 審判が準備するように指示する。

 僕たちはクラウチングスタートの構えを取った。

 

「前々から気になっていたんだけど、君はどうして龍園くんに従っているんだい? 

 その気になれば君が集団を率いるリーダーに……それこそCクラスのリーダーになれるんじゃないかな?」

 

「リーダーになることに何の意味があるのですか?」

 

 僕は冷たい言葉を返す。

 もちろん、リーダーに関係する才能は持っている。

 総統や極道、王様、王子。これらの役職についてこそいないが、その才能を持つ人間たちと同じ行動が出来るだろう。

 だが、行った所で何の意味がない。

 結果の見えていることは退屈だ。

 

「君なら……その実力で誰も傷つかない集団の輪を作れるんじゃないかなって。

 理想みたいな話だけど、カムクラくんがリーダーになればそんな集団を率いる中心、そういう役割を……意味を持てると思うんだ」

 

「良い観察眼をお持ちですね。それは僕の本来の役割ですよ」

 

「本来の役割? それって……」

 

 言葉が詰まる。審判が手を上げ、号砲の準備をしたからだ。

 無情にも、すぐにスタートの合図が響いた。

 僕はいつも通り1位でゴールする。

 個人競技が3つ。団体競技が2つ。どちらも最高の結果を残している。

 これで学年別の報酬は確保できたと言っていいでしょう。

 続いて平田くんがゴールする。サッカー部で磨いた運動神経は伊達じゃないようだ。

 

「はぁ、はぁ、……話の続きを良いかな。本来の役割というのはどういう意味なの?」

 

 息を切らしながらも彼は問いを投げた。

 敵意も悪意もないので僕は会話を続ける。

 

「そのままの意味ですよ。僕が集団の前に立ち、付いてくる人々を理想へと導く。

 そんな集団を作り、手助けし、最終的には全てを良くしていくという意味です」

 

「ならなぜそれをしないんだい? どうして君は龍園くんに従うんだ。

 彼はクラスメイトに酷いことをしている。君ならそんなことをしなくてももっと良い集団を作れるのだろう?」

 

「そんな理由1つしかありません。ツマラナイからですよ」

 

 平田くんは瞬間的に大きく目を開く。

 絶句。理解の出来ないことが彼の思考を滞らせた。

 

「僕が集団を率いれば、あなたの言う理想の輪を作ることだって可能です。

 が、作ったところでそれは既知。退屈をしのげません」

 

「……そんな理由で」

 

「そんな理由ですよ」

 

 彼はがっかりした様子を見せる。

 僕との会話を楽しめなかったからではない。

 会話から何かを得ようとしたが何も得れなかったからだ。

 

「どうしてあなたは集団を纏めるリーダーになったのですか?」

 

 僕はCクラスの障害物競走の結果を見るついでに聞く。

 彼は僕との会話で集団をまとめ上げるヒントが得たいようだ。

 藁にも縋る勢いなので、予想以上にDクラスの雰囲気は良くないと見ていい。

 未知のために相談に乗ってあげましょう。

 

「誰にも傷ついて欲しくないからだよ」

 

「そうですか。最終目標は?」

 

「クラスから争いを……なくす。誰かを虐げるようなことをしないクラスを作りたいんだ」

 

 特別試験で勝つため。現状を見ていればいの一番に出るはずの言葉はなかった。

 利己的で排他的な感情だ。

 僕は質問を続ける。

 

「具体的にどんなことをすれば可能だと思いますか?」

 

「差を作らない。そのために僕が争いを止める。

 皆には平等な立場になってほしい」

 

「起こり得る全ての争いをあなたの身一つで止めることなんて不可能です」

 

 僕は淡々とした口調で事実を告げる。

 目線を横に逸らし、顎を少し下げる平田くん。

 それが理想だということを頭では分かっていながらもそれ以外の方法が見当たらない。

 だからできる限り差を減らせるように力技をしている。

 そう、推測できた。

 

「それに、争いを止めるということは暴力を使うことも考慮しているのですか?」

 

「……使わないよ。僕は言葉で説得する。暴力から生まれるのは……恐怖しかないんだ」

 

 一瞬、1秒にも満たない僅かな間だが、平田くんの表情が暗くなった。

 暴力、恐怖。これらの言葉に過剰反応する彼の性質は分かった。

 おそらく過去に、自らが経験したか、現場を見て何もできなかったか、あるいは……。

 

「まぁ、良いでしょう。あなたのことはある程度分かりました」

 

「……何が分かったのか、聞いても良いかな?」

 

 真剣だが、どこか暗い表情は抜けきれていない。

 余裕がないことが窺える。

 

「甘い。それも一之瀬さんよりもずっと。

 あなたの言っていることは結局、子供の譫言なんですよ」

 

 こうあってほしい、傷つかないで仲良くなってほしい。

 優しさと傲慢、これらによって作られたユートピア。

 しかし、実現できるだけの能力もビジョンもその先ない。

 そんなものはただの子供の我儘、妄想と変わらない。

 

「Bクラスのように圧倒的なカリスマとコミュニケーション能力を持ったリーダー。Cクラスのように恐怖と暴力で支配するリーダー。

 何方にもなれないあなたはその理想を叶えられない。非情になれとは言いませんが、もう少し未来を見据えて自分に何が出来るかを考えてみてください」

 

 全てを救うことは出来ない。

 何かを得るためには何かを捨てないといけない。簡単な心理だ。

 取捨選択。

 平田洋介という人間はこれがどうにも苦手のようだ。

 

「……ありがとう」

 

「礼? 相談に乗ったのは気まぐれなのでそんなものは結構ですよ」

 

「僕が言いたいんだ。君の言葉だけで何かが変わるわけではないけど、真剣に話してくれたのは伝わったよ。

 これを糧に出来るかどうかは僕次第、これから頑張っていこうと思う」

 

 垢が抜けた表情で平田くんは告げる。

 

「逃げないのですか? 集団をまとめ上げる役割なんて誰かがやります。

 何もあなたがやる必要なんてありません。ましてあなたの理想は実現が不可能に近いものですよ」

 

「確かに君の言う通りだね。でも僕は逃げないよ」

 

 彼は強い意志で返す。

 十分すぎる気概が感じられた。

 僕は彼の意志の強さに一定の評価を下した。

 

「では、最後に意地悪な質問をしましょう。

 もしクラスメイトを1人切り捨てなければいけない状況があり、その1人を切り捨てればクラスメイト39人が救われるとしましょう。

 あなたは1人を救いますか? それともクラスを救いますか?」

 

 平田くんの表情が再び固まり、歪んでいく。

 それだけで彼が何を想像したか見当がついた。

 先ほどの発言を加味すると、彼は間違いなくクラスを守ろうとする。

 だが、切り捨てるべき1人もクラスの一員。

 ゆえにどちらも守りたい。そう思うのが、偽善者である彼の答えだ。

 

「答えるのは結構です。ここで即答できない時点で、やはりあなたは甘い。

 本当に全員を救いたいなら、もっと自分の出来ることを考えてください」

 

 そう言い残し、僕はこの場を離れていく。

 次の種目は二人三脚。

 早めに待機所に移動し、女子の障害物競争を眺めることにした。

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 男子の障害物競走が終わり、女子の部が始まる。

 Cクラスの1レース目に出場する選手は矢島さんと木下さん。

 何方も陸上部に所属する生徒であり、運動能力は折り紙付きだ。

 そんな彼らと不幸にも同じレースになってしまった生徒たちの中にはDクラスの堀北さんがいる。

 

「いや~、可哀そうですね堀北さんも。ちょっと同情しちゃいますよ」

 

「対策をしなかった彼女の責任なので同情の必要はありません」

 

 二人三脚のパートナーである園田くんがそう言う。

 僕と同じ方向を見ていたことから、状況は察しているようだ。

 行った個人種目すべて、この三人は同じ組み合わせだ。

 偶然。その言葉で表すには少々低すぎる可能性と言えた。

 

「スタート。……堀北さん、やっぱり運動神経が良いな」

 

 号砲が鳴って飛び出したのは陸上部の2人組。

 真っ先に平均台に足を掛けて後続を引き離していく。

 彼らを追って3番手で平均台に乗ったのが堀北さんだ。

 しかしそこまでの差はない。純粋な速力を競っては差があったが、様々な不確定要素がある障害物のおかげでくらいついている。

 陸上部という走りに特化した能力を持つ生徒相手に差を広げさせない。

 それも部活に所属していない生徒がだ。

 園田くんの評価は過小評価ともいえるかもしれない。

 

「やはり、矢島さんの運動神経は突出していますね」

 

 初めこそ木下さんと隣同士で走っていたが、平均台を駆け抜け、網を潜り抜ける時には独走状態だ。

 元々運動神経が良い上に、才能におぼれず懸命に練習していた。

 負ける要素は見当たらない。

 次点で続く木下さんとの差すら広げ始め、堀北さんに至っては相手にならないと言わんばかりの距離を保っている。

 しかしこの差は木下さんが練習をまじめにしていなかったからできたわけではない。

 同じ陸上部だが、競技が違うゆえに使う筋肉や運動神経も違う。

 総合的にみれば彼女たちの運動神経は同等だろう。なのでそこまでの差はない。

 ではなぜ、現状2人に差があるのか。どうして木下さんは堀北さんと接戦を繰り広げているか。

 答えはシンプル。

 手を抜いているからだ。

 

「おお、木下を抜きましたね」

 

 頭陀袋を終え、残りは50mの直線距離を駆けるだけ。

 堀北さんは頭陀袋を脱ぎ捨て全力で走り出す。

 木下さんがその後姿を追いかける図が出来上がった。

 ところが、異変が起きた。

 堀北さんが必要以上に後ろを確認したのだ。チラチラと何度も小刻みに見ていた。

 それが原因で失速し、2人の差は並ぶ。

 

 そして、差を広げようと走っていた堀北さんと追いついた木下さんが絡まるようにして共倒れした。

 

「うおっ!?大丈夫か!?」

 

 生徒たちのざわつきが大きくなる。

 何方からぶつかったのは遠くて分からない人が多く、彼らにはただのトラブルのように見えているだろう。

 しかしこれは故意の衝突だ。

 接触は木下さんから。彼女は自身の怪我を顧みずに転び、堀北さんを巻き込んだ。

 巻き込まれた堀北さんは不安定な状態から地面に足を付けた。

 その足は軽い怪我では済まない。僕にはそう分析出来た。

 その後転んだ彼らは後続の生徒に抜かれていく。

 堀北さんは何とか起き上がり、走り抜けるが7位。木下さんは足が痛むようで競技を棄権した。

 

「自らの足を犠牲にしてまで龍園くんの指示に従いましたか」

 

 言わずもがな、この接触は龍園くんによって仕組まれているものだ。

 堀北さんにダメージを与えるために彼が事故と見せかけた攻撃だ。

 事実効果は覿面。卑怯な方法と言えど、これでDクラスの主要メンバーの1人を潰せたことには変わりない。

 しかしだ。

 

「陸上部が自分の足を犠牲にしてまでやる。大した情熱もなかったという訳ですか」

 

 木下さんのことは何も知らないが、この事実からある程度は推測できた。

 別に悪いことではない。自身の誇れるものを捨ててまで得たい何かがあったのだろう。

 推測は出来る。しかし確かめたところで、きっと退屈が襲う。

 知る必要はない。

 それに今はまだ、彼女は怪我をしていない。自分の意志で大怪我なんて並の精神では出来ない。

 しかし、この後の堀北さん潰しのために、この怪我は必要だ。

 解決策は1つ、ないなら作ってしまえばいい。

 無人島試験の時の伊吹さんのように『本物』の怪我を。

 

「あれが、龍園……さんの言っていた堀北潰しの策ってことで良いんですか?」

 

「でしょうね。まぁ、どうでもいいことです」

 

 僕たちは移動して二人三脚の準備を始める。

 

「俺はあの策が勝つために必要なものでやる理由もわかっています。

 でも正直、見ていて気持ちの良いものじゃなかったですよ。木下は脅されたんでしょうか?」

 

「さぁ。もし知りたいならあなたが直接聞いてみたらどうですか?」

 

「意地悪っすね。どうせ教えてくれません。それに俺じゃあ龍園には勝てません」

 

 紐を結び合いながら、そんな風に小さな会話を繰り返す。

 やはり彼は龍園派の人間ではない。反乱分子は表に出ないだけで少しずつ助長してきている。

 

「カムクラさんなら変えられるんじゃないですか?」

 

「しませんよ。僕は彼の行く先を見るために下についています。

 あなたの思っているようなことはしませんよ」

 

「……そうですか」

 

 目線も合わさずに僕は言う。

 明確に彼の下にいると告げることで反乱の意志を削ぐ。

 クラスを1つにまとめ上げるための作業だ。

 

「練習通りに全力で走ってくださいね」

 

 程なくして二人三脚男子の部が始まった。

 出番が来るまで周りの結果を見ていたが、この競技でも全体的にCクラスは良い結果を残しているようだ。

 そしてとうとう僕たちもスタートを切る。

 周囲とはレベルの違う速さで駆け抜けた僕たちは見事1位の結果を残した。

 

 

 

 




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