ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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参戦

 

 

 

 

 

 

 1年女子の騎馬戦が終わると、1年男子の部が始まる。

 女子の部は圧倒的な結果を見せつけてBC連合が勝利。

 相手の騎馬をすべて倒し、まさしく完勝した。

 その流れに乗るようにBC連合の男子もテンションを上げている。

 

「それじゃあ、カムクラさん。いつも通り乗ってください」

 

 石崎くんが笑いながら膝を折る。

 すぐさま園田くんと小宮くんが石崎くんを中心に騎馬を組み、僕は安定した中心に腰を下ろす。

 これが僕の騎馬だ。全員運動神経が高く機動力があり、パワーも申し分ない編成だ。

 ちなみに龍園くんはアルベルトを中心に後は運動部で固めていました。

 

「おい、カムクラ。テメェは出来るだけ多く騎馬を潰せ。学年の最優秀賞を狙えるはずだ」

 

「そのつもりです。あなたこそ、大将なんですから簡単にやられないでくださいよ」

 

「クク、誰にものを言っていやがる」

 

 普段より一層悪い顔している龍園くん。

 どうやら何か策があるらしい。それもよほど自信があるような策が。

 

「さて、行きますか」

 

 試合開始の合図と共にどちらの組もまず守りの陣形を作り始める。

 先ほどの女子の騎馬戦を踏まえてなのか、各個撃破を恐れたような陣形。

 確かに攻めづらいが、僕には関係ない。

 Bクラスの先行隊と僕の騎馬が最速の攻めに入る。

 

「行くぞオラァ!」

 

 守りの陣形を作り終えると、出来上がった大きな塊がBC連合めがけて突撃してきた。

 8つの騎馬全てが集まっているAD連合は捨て身とも呼べる攻めに転じた。

 一点突破、一騎当千。

 仮に仲間が倒れても前への可能性を残していける型だった。

 

「一度離れます。その後、背後から全員取ります」

 

「了解っす!」

 

 僕は一騎当千の陣から少し離れた後、後ろから回り込むように石崎くんへ指示する。

 AD連合が捨て身とも呼べるこの戦略を取った理由はただ一つ。

 大将首の確保、すなわち龍園くんの撃破だ。

 平田くんの騎馬が先陣を切り、どんどん前へと進んでいく。

 だが、この戦略は逆に言えば後ろはがら空き。意識の分散も出来るため裏取りが非常に効果を発揮する。

 

「いい気になるなよCクラス!」

 

 進行を阻むようにAクラスから2つの騎馬が現れる。

 

「全力の正面突破をお願いします」

 

 僕が騎馬に指示すると、「はい」と息の合った3人の声が聞こえた。

 そのまま騎馬はどんどん加速し、指示通り2つの騎馬に真正面から突撃する。

 衝突。

 しかし、いくら石崎くんたちのパワーが強くても1つの騎馬では2つの騎馬には勝てない。

 相当の実力差がない限り、2つ纏めて騎馬を崩すことなどできないのだ。

 だが、そんなことは予想通り。狙うところは正面から衝突した瞬間。

 どちらも等しく揺れるため、騎手の動きは一瞬硬直する。

 僕はその揺れの中、1人素早く動き、2つのハチマキを奪い取る。

 

「取りましたよ」

 

「よっしゃー! なら、道を開けろ! カムクラさんのお通りだ!!」

 

 その言葉と2つの騎馬の脱落によって僕たちに注目が集まる。

 ヘイトが分散し、前への力が薄れていく。

 

「後ろに警戒しつつ、前へ進め! まだ俺たちの方が有利だ!」

 

 太く低い葛城くんの声は相変わらず良く通る。

 芯のある人間の響きが伝わってくる号令はAD連合に活気を与える。

 僅かに乱れた陣形がすぐに整い、かつ後ろへの警戒も加わった。

 

「そう簡単にはさせねぇよ! 皆、ここが正念場だぜ!」

 

 負けじとBクラスの柴田くんもBC連合を鼓舞する。

 1点突破されないように守りをさらに固めていく。

 白熱した戦いが幕を開けた。

 僕は石崎くんを指示して近くにいる騎馬へ片っ端から突撃し、素早くハチマキを回収していく。

 相手の騎馬はBクラスの生徒が気を引いてくれているため、隙をつくのは簡単だった。

 漁夫の利を繰り返していき、追加で2つのハチマキを。つまり、合計4つのハチマキが手に入った。

 残り4騎。

 

「おらっ!」

 

 気合の入った掛け声とともに、柴田くんがAクラスの騎馬からハチマキを奪取した。

 

「あの野郎、カムクラさんの鉢巻きを!」

 

「僕のではありませんし、結果的にチームとしてはプラスです。何も問題ありません」

 

 全てのハチマキを取るという有言実行は出来ませんでしたが、それでも残り3つを取ってしまえばいい。

 簡単なお仕事だ。

 周囲を見渡すと、BC連合の騎馬は僕と柴田くんと龍園くんの3つ。

 対するに、AD連合も3つ。

 どうやら、予想以上に須藤健の騎馬が奮闘しているようだ。

 

「オラオラ3対1だぜ? この勝負はもらったぜ!」

 

 須藤健が大将騎である龍園くんの前で吼える。

 3人の騎馬に囲まれ、絶体絶命と言えるピンチが龍園くんを襲っていた。

 僕たちは素早くそちらへ駆けつける。

 

「お前はいかせん」

 

 しかし、立ちはだかるはAクラスの大将騎。

 AD連合はそれぞれが臨機応変に対応することで連携を成している。よって、最も素早い判断が出来る葛城くんが近づかせないように道を阻んでくるのは予想通りだ。

 僕を止めることで龍園くんを2対1で攻撃し、確実に点を重ねる。

 そのために時間稼ぎという損な立ち回りを進んで行う。素晴らしい自己犠牲だ。

 しかし、自己犠牲など意味をなさない。僕がいる以上、ただの無意味と化す。

 加えて、自己犠牲をどうでも良いの一言で一蹴するのが龍園翔。

 そんな彼は数的不利の状況をまるで楽しむかのような笑みを浮かべていた。その不敵さには、余裕すら見えた。

 

「名前は知っているぜ須藤。粋がるわりには多対一を利用するとは、随分と姑息で卑怯な野郎だな」

 

「言ってろ。今からお前に勝って泣きっ面を晒してやるからよ」

 

「クク、泣きっ面か。自ら間抜け面を晒すことを宣言するとは、よほどアホだなお前」

 

「泣くのはテメェに決まってんだろ。その騎馬から無様に落としてやるよ」

 

「お前には無理だ。地に足付ける芋虫が空飛ぶ竜に届く訳ないだろ」

 

「上等だクソ野郎! 汚い手使って鈴音を陥れたことは高くつくぜ!」

 

「泣きっ面に蜂って言葉を知っているか? 今からテメェは無様な面で負けてその鈴音を追い詰める原因になんだよ」

 

 煽り合いを終えると、2つの騎馬はぶつかり合う。

 さすがにここまで残った騎馬であるため、力の衝突は迫力満点だ。

 しかし須藤健の相手はアルベルト。

 動かざること山のごとし。鉄壁のボディーガードを務める彼を突破するのは容易ではない。

 正面衝突の結果、須藤健は力負けをした。

 だが何とか踏ん張り、負けじと押し返している。

 

「とまぁ、あちらは盛り上がっているのでこちらも盛り上がってみますか?」

 

 僕は4つの鉢巻きを葛城くんに見せつけるように指で回す。

 騎馬である彼はイラつきを隠しながら僕を見上げていた。

 

「……2対1ではどうしようもない」

 

「だから時間を稼いで少しでも多くの点を、でしょう?」

 

「……クソッ」

 

 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる葛城くんに、僕はとどめを刺す。

 石崎くんに指示を飛ばし、素早く突進する。

 突進を抑えることは出来たが、他の騎馬同様に、騎手の方が揺れに耐えることは出来ない。

 その隙に騎手からハチマキを奪い取った。

 

「柴田くん、君は龍園くんのカバーをしてください。僕は残りの1つを潰してきます」

 

「おお、任せたぜ!」

 

 指示を出す間もなく、石崎くんは方向を固定する。

 向かうは残りのDクラスの騎馬だ。

 猪突猛進。最高速度で向かい、簡単に6つ目のハチマキを奪取した。

 

「十分ですね。後は彼が倒してくれるでしょう」

 

 僕たちは気を緩めた。

 暇になったので、戦闘中の龍園くんを観戦する。

 

「おい平田! 早く鉢巻を取れよ!」

 

「もう少し──」

 

「頼むぜ。結構体力使ってるんだからよ!」

 

 フェイントを織り交ぜながら伸ばす腕。その腕が靡く龍園くんのハチマキを掴む。

 ただし掴んだのは先の数㎝程。それでも懸命に手元に手繰り寄せる。

 

「っ!?」

 

 掴んだ手のひらから鉢巻がするりと抜けていく。

 

「何してんだ平田!」

 

「ごめん手が滑って!」

 

 ミスしてなお、果敢に攻め入るDクラス。

 騎手も騎馬も息を上げ、疲労が目に見えている。

 

「もう一度っ!」

 

 再度、手を伸ばす平田くん。

 今度は鉢巻の根元を指が捕えた。そして掴むとそのまま力の限り腕を引いていく。

 しかし、またしてもハチマキは途中で手からするりと抜け落ちた。

 

「甘いぜ」

 

 ハチマキを取れなかったことで動揺した平田くんの隙を突き、逆に龍園くんが平田くんのハチマキを掴んだ。

 カウンターの形で握りこんだ手の位置はハチマキの奥深く。そして力強い。

 引き抜くと呆気ないほどあっさりとハチマキは頭から外れる。

 

「クソがッ!」

 

 荒ぶる須藤くんは騎手を下ろすと、悔しさと怒りの混じった剣幕で龍園くんを睨む。

 

「惜しかったな」

 

 騎馬に乗る彼は見下ろし、嘲笑う。

 全てのハチマキを失ったAD連合はこれで敗北、競技は終了の号砲を鳴らした。

 選手たちはそれぞれの待機場所へと戻っていく。

 

「何やってんだよ平田、2度も同じミスしやがって!」

 

「ごめん須藤くん。ハチマキが変に濡れていたせいで引っ張り切れなかったんだ。てっきり……」

 

 平田くんと須藤くんからそんな会話が聞こえた。

 その後すぐに、方向転換した須藤くんが龍園くんに文句を言いに行く。

 彼のことだ、大方ハチマキに何かを塗り込み、滑りやすくしていたのだろう。

 しかし、そんなものは砂で汚してしまえば証拠はなくなる。

 反則かつ卑怯な手だが、戦略としては良い手だ。

 僕はそんないざこざから目を逸らし、クラスの元へと戻った。

 

 

 

 ──────

 

 

 

「ふざけやがって!! あいつら、ボコボコにしてやる」

 

 騎馬戦が終わり、Dクラスの待機場所に戻るやいなや、須藤はひどく荒れた声を発する。

 怒気の含まれたその声は周りに恐怖をまき散らし、怯えさせ、クラス全体の士気を下げる。

 そのまま須藤がCクラスに向かって力強く歩きだした。

 団体戦による立て続けの完敗、龍園による挑発と堀北への狙い撃ちを示唆する発言。

 全ては今、須藤を暴走させるための布石だったとさえ思ってしまう展開だ。

 

「落ち着いて須藤くん。今龍園くんに暴力を振るったら、それこそ相手の思うつぼだ。冷静になるんだ」

 

 そんな須藤の前に平田は立ち、説得を試みる。

 オレはそれをアイシングバッグ片手に眺めていた。

 

「うるせえ! 反則と鈴音への集中狙いを見逃せって言うのかよ!?」

 

「反則の可能性は高いと思う。けど、おそらくその証拠はでてこないよ。堀北さんへの集中狙いも偶然の一言で片付けられてしまう」

 

 龍園の嫌がらせといえる行いは全て故意だろう。

 しかし、その証拠がなくては事実を明らかにすることは出来ない。

 

「この体育祭じゃ俺がリーダーだ。従えよ平田。一緒に龍園のもとに詰め寄るぞ」

 

「確かに君はリーダーだ。この体育祭で君以上の適任はいないと思う。

 けど、周りを見て。いまの怒っている君を皆は認めていると思うかい?」

 

 諭すように告げる平田の言葉に一応周りを見る須藤。

 頭に血が上っている状態とはいえ、リーダーとしての責任感は残っているようだ。

 周囲の反応は酷いの一言。怯えるか腫物を見る目を向けられるか。

 須藤が惚れている堀北からは呆れた視線を向けられている。

 これが、Dクラスの現状だ。

 いかに先の試験で、堀北や他の数人の生徒が成長したとしてもそれは個人の成長。

 Dクラスという集団は4月よりかはまとまったと客観的な評価は下せるが、根は何も変わっていない。

 他人任せ。個人主義。自己中心。

 それが不良品としての証明だ。

 

「俺は……クラスのために必死になっているだろうがぁ……」

 

「そんなものはただの自己満足だろう? お前はクラスのリーダーとしてDクラスを勝たせたいなんて思っていない。

 自分が活躍したい、自分の能力を誇示したいとしか俺には見えない。挙句、成功しようと失敗しようと感情のままにクラスメイトに当たっている。

 本当にリーダーとして自覚があるなら、冷静なアドバイスや的確な判断でもしてみたらどうだ?」

 

「るせぇ……」

 

 下唇を噛み締める須藤に幸村はナイフで何度も切りつけるような容赦のない言葉で非難する。

 この場にいる者の代弁でもあるこの言葉は、瞬く間に須藤を悪としてしまう。

 薄情で都合の良い的は人の悪意を増長させ、引き付ける魅力があった。

 自分の気分のままに人を褒め、貶し、煽る。結果を残せていれば褒められるかもしれないが、褒める基準も須藤所以。

 一般的な運動神経とは並外れている須藤の基準では、クラスメイトへマイナスの言葉しか出てこない。

 そんな暴君に人は付いていかない。それを黙らせる実力がない限り。

 だが、彼は体育祭で予定通りの結果を残せていない。

 

「ていうか須藤、最優秀選手賞に選ばれないよな。個人戦でも団体戦でもCクラスの奴に負けていたし」

 

「練習じゃあんなにイキってたのにな」

 

「無人島の時は頼りになると思い返せてたのにがっかりだよね」

 

 悪意は止まらない。

 何気ない一言が集団から発せられる。

 須藤はその言葉を言った生徒を1人1人射殺さんとばかりに睨み、黙らせる。

 今の一言で手をださなかったのは、それが事実であり、須藤なりに責任を感じているところでもあるのだろう。

 

「まずはいったん落ち着きなさい」

 

 そこに仲裁に入るのは堀北だ。

 我慢の限界が近い須藤を抑えるために集団の中心に姿を現した。

 

「けどよ、鈴……堀北っ! 龍園はお前に……」

 

「────そんなものは分かっているわよ」

 

 僅かに怒りを収め、タジタジとした口調で告げる須藤。

 そんな言葉に堀北は強く返す。

 ボロボロのDクラスの中で最もヘイトを稼ぎ、怪我を負っている堀北。

 しかし、それらを全く感じさせないその覇気は周囲の視線を引き付ける。

 

「薄々気づいていたでしょうけど、今回の試験、Dクラスはとある理由(・・・・・・)でCクラスから狙い撃ちをされている」

 

「とある理由か。……はっきり言ったらどうだ堀北。なぜこんな仕打ちをされているか、その理由を!」

 

 知的な幸村がやや荒々しく声を張る。

 頭の回る人間は気づいている。なぜこうもCクラスに追い詰められているのか。

 それは、Dクラスの中に参加票をCクラスへ流したものがいるからだ。

 つまり、クラスに裏切者がいる。

 

「いいえ、言わない。その理由に勘づいている人がいても、それは今必要のない言葉。

 なぜなら、今のDクラスが取るべき行動は仲間割れをしないこと。Cクラスの術中に嵌らないように団結することなのよ」

 

 だが、まとまりのないこのクラスでその事実を告げれば、さらにひどい状況になるだろう。

 疑心暗鬼が生まれ、クラスがクラスとして機能しなくなる。

 それは体育祭、いや、Dクラスのゲームオーバーだ。

 

「だからって、我慢するだけなのかよ!」

 

「ええ、今は耐えるしかないわ」

 

 その言葉に須藤は怯んだ。

 自分の惚れた女であり、Dクラスの誰よりも傷つき、標的にされている人間が抵抗をしないと言ったからだ。

 幸村の言っていたことは正しい。須藤の心を映した言葉だ。

 しかし、須藤にも少しの責任感、何より自責の念がある。

 本来なら手を出してもおかしくない場面など何度もあった。それをしなかったのは偏に自分が結果を残せていないからだ。

 それが己のプライドからか、野生の習性からなのかは知らないが、何にしろ須藤を縛っている。

 

「……それでも、このまま黙って泣き寝入りするなんて俺にはできない!」

 

 だが、それも限界だ。自分一人なら須藤は我慢できたかもしれない。

 しかし、恋焦がれる少女の痛ましい姿を何度も見せつけられれば、箍は外れる。

 須藤は堀北の忠告を無視し、再び力強く歩きだしてしまう。

 

 

「────やめたまえ、レッドヘアーボーイ」

 

 

 暗い雰囲気を吹き飛ばすような声。

 芯があり、聞きやすい声にもかかわらず、この場の雰囲気と真逆の声色と独特な口調であるためどこか能天気にも感じてしまう声。

 ついに来てくれたか。

 

「テメェ、なんでここに……」

 

「クラスメイトの私がここにいては変かい?」

 

「そういう意味で言ったわけじゃねぇよ! なんでさっきまでサボっていたテメェがここにいやがるんだ!」

 

「私はサボっていたわけじゃないさレッドヘアーボーイ。体調が悪かったから休んでいた、そう言ったはずだが?」

 

 今日一番の大声を出す須藤。

 怒りの矛先は高円寺へと向かい、今にも手を出そうとしている。

 須藤は体育祭が始まって間もない頃、サボる高円寺を問い詰めている。

 その時も体育祭に興味を示さなかった高円寺に怒っていた。

 それ以上に激怒している今の状況はもう止まらないかもしれない。

 

「言っただろう? 体調は悪かった。だが、もし良くなった時は参加すると」

 

「……テメェ、まさか」

 

 その言葉とここに高円寺がいる理由からある推測が浮かぶ。

 

「Yes、私は次の競技から参加する予定だ。私という存在を高めるために」

 

 その言葉に周囲がざわつく。驚いたり敵意を向けることで、さらに集団の輪が揺れる。

 堀北も大きく目を見開いていた。

 

「ふざけんな! 今さら参加したからってっ……!」

 

 須藤は握り拳を作り、高円寺へと大きく一歩を踏み出す。

 

「やめなさい!」

 

 堀北のコトダマが響き、須藤の動きを停止させる。

 不敵に笑ったままの高円寺はこの場を去ろうとする。

 その自由過ぎる行動に堀北が待ったをかけた。

 

「どういう風の吹き回しかしら?」

 

「言っただろう? 体調が良くなった、それだけさクールガール」

 

 気分屋の高円寺から行動の意図を推測するのは至難の業だ。

 たとえそれが嘘であったとしても見抜けない。

 

「しかしそうだねぇ、私の体調が良くなったのは綾小路ボーイのおかげなのかもしれないよ」

 

「綾小路くんが?」

 

 渦中にいる人間からの指名が一気にオレへの注目を集める。

 

「彼は棒倒しで怪我をしている。それも競技続行が不可能に近い怪我を。

 しかし、彼はクラスのために自分がリタイアすることは出来ないと言っていた。

 誰かに見られているわけでもなく、自分の意志でそう選択したのさ。何とも美しい心掛けさ」

 

 その発言から視線の鋭さが微量ながら消えていく。

 賞賛するような視線を向ける者が一定数増えたからだろう。

 堀北が近づいて来る。右手をオレに差し出し、持っているアイシングバッグをよこせと目で訴える。

 そしてその怪我を見せなさいと。

 どうやら隠すことはこれ以上できないようだ。

 

「……!? あなた、この怪我は!?」

 

 声量が上がる堀北。

 冷静な堀北が取り乱したように驚くと、周囲は気になり、オレの怪我を見るために近づく。

 もれなく全員同じ反応をする。

 

「という訳だ。こんな怪我をしてまでも続行する彼を見ていたら、体調不良なんて申し訳ないと思うさ。

 よって、見かねた私は彼の出ようとしていた『推薦競技』を代わらないかと提案した。そして彼はその提案を受け入れた」

 

 噓八百。そこに真実なんてない。

 オレへの申し訳なさも、提案も、受け入れたという事実も。

 しかし、こちらとしても都合が良かった。

 話を合わせるようにアイコンタクトを送る高円寺に乗ることにした。

 

「……言うのが遅くなってすまない。中々タイミングが切り出せなくてな。

 それに10万プライベートポイントをどうやって立て替えるのかを考えていた」

 

 体育祭は原則として全競技の交代が禁止されている。

 ゆえに、予め協議の順番が記されている参加票という存在が生きて来る。

 だが、推薦競技に限っては別だ。

 ポイント変動も多く、体育祭の目玉にもなるこの競技だけは10万プライベートポイントを学校に支払うことで選手の入れ替えが可能だ。

 

「綾小路くん、まずは無理をさせてすまないね。クラスを代表して僕が謝罪するよ。

 ポイントのことは気にしないで。船上試験で手に入れたプライベートポイントはクラスで共有しているんだ。今回はそれを使うよ」

 

 平田がそう言うと、クラスから反論はなかった。

 あの激突を見ていなかったものは少ない。それほど目立つ行動をしたのだ。

 本来はカムクライズルの実力を計るための私欲から行ったことだが、結果としてこの暗かった場を乗り切るきっかけに変わった。

 敵の主力メンバーであるカムクライズルを抑え、目に見える大きな怪我をしてまでもクラスに貢献する生徒。

 そんな生徒に反対意見なんてなかった。

 誠実さと謙虚さが溢れていると言っても過言じゃない。

 

「すまない、助かる」

 

「構わないよ。君はゆっくり休んでくれ。次の200mも辞退していい」

 

「悪いがそれは出来ない。走るだけなら何も問題ない」

 

 俺が頑な意思を見せると、平田は薄く笑った。

 

「……分かったよ。でも無理はしないでね」

 

 周囲の優しさが籠った視線がオレを囲んだ。

 そんな中、須藤が遅れてこちらへやって来た

 

「…‥綾小路、怪我をしてたのにクラスのことを考えていたのかよ。

 なのに俺は、結果も残せない上にクラスの雰囲気を悪くして……」

 

 傍観していた須藤がそう呟く。

 その瞳にはオレへの心配が映っているだけじゃなかった。

 強い意志が感じ取れた。

 

「……みんなすまねぇ。オレ、自分の事しか考えてなかった」

 

 頭を下げる須藤。

 怒気は消え、誠心誠意が伝わるように姿勢正しく謝罪してた。

 その変化はDクラスの生徒たちを驚愕させる。

 先ほどまでの人間はどこにいった、こいつは誰だ、そう錯覚してしまう。

 

「……ふん、形だけの謝罪なら何とでも言える」

 

 しかし、人とは不器用ものだ。

 頭の中では須藤の誠意が伝わり、許そうと処理していても感情がそれを認証しない。

 棘のある言葉が須藤へ向かう。

 

「ああ、わかってる。今さら何言ったって信じられねぇことくらい。

 だから行動で示す。今の俺が出来ることを精一杯やる」

 

 嫌味を跳ねのける。いいや、受け入れたの方が正しいのかもしれない。

 

「Dクラスはまだ負けていない。今こそ、全員の力を合わせるべきだ」

 

 平田が全員に向けてエールを送る。

 その言葉に全員が心の底から協力しようと思ったわけではない。

 だが、土台は今ここに完成した。

 一時的なものとはいえ、ここにきて一致団結することができた。

 絶望的な状況が変わったわけではない。

 常に不利な戦いを強いられるだろう。しかし、今のDクラスなら折れない。

 オレはそう分析した。

 

「そう言えば、君たちは先ほどなぜこんな仕打ちを受けるのかと嘆いていたね」

 

 自由人が皆の注目をもう一度浴びる。

 何を言うか予測した幸村が渋い顔を浮かべた。

 

「待て高円寺、それ以上は言う必要はない」

 

「いいや、言うべきさ。なぜなら私はその原因を知っているからね」

 

「何だと!?」

 

 依然として余裕の笑みを浮かべる自由人。

 その爆弾発言に皆が次の言葉を待った。

 

「なぜこんな仕打ちを受けるか。それはこのクラスから参加票の情報が抜き取られているからさ」

 

 推測が人の目を浴び、1つの可能性として浮かび上がる。

 皆が薄々感じていて言えなかったことを自由人は気負いせずに打破していく。

 

「高円寺くん、それってつまりさ、このクラスに裏切者がいるってことだよね?」

 

 言いにくそうに櫛田が確認を取るように告げた。

 不安が伝播する。団結を貪るように侵食していく。

 だが、それはこの発言をした男が高円寺六助ではなかったらの話だ。

 

「いいや、違うさガール」

 

「……え?」

 

 櫛田にしてはやや間の抜けた表情を晒す。

 それもそうだ。高円寺は裏切者の前で裏切者がいないと言っているのだ。

 半分演技とはいえ、半分本心だろう。

 

「このクラスに裏切者はいない。なぜなら、Cクラスにはカムクラボーイがいる。

 彼はちょくちょく私のクラスへ出向いていたからね、そこから少しずつ情報を抜き取っていたのだろう」

 

 その発言にクラスメイトが納得した様子を見せた。

 根拠が高円寺の発言だけにもかかわらず、納得してしまいそうなやつの存在感は末恐ろしいものだ。

 

「ていうか高円寺、あの長髪がクラスに来ていること知っていたら、なんでみんなに告げなったんだよ!」

 

「おや、気づいてなかったのかね? まぁ、無理もない。凡人が彼の気配を捉えることなんてできるわけないからねぇ」

 

 ハハハ、と高笑いする高円寺。

 おそらく、今はDクラスの生徒の回想が一致しているだろう。

 思い返すのは無人島試験で高円寺がカムクラの居場所を見破った時のこと。

 誰も気づけない中、高円寺はカムクラの存在を看破した。

 

「ふざけんな!なんで言わなかったんだよ!お前も戦犯じゃねぇか!」

 

 山内が不満を正直に垂れ流した。

 そこに何人かが続いていく。しかし、高円寺は我関せずと言わんばかりにヘイトを無視してこの場から立ち去っていく。

 相変わらず、自由を体現したような男だ。

 

「……でもこれで懸念は一つ消えたわね」

 

「うん。裏切り者がいないなら安心して背を任せられるよ」

 

 堀北と平田は皆に聞こえるように告げた。

 2人とも、先の高円寺の発言が嘘だと気づいている。

 彼らはその嘘を利用し、クラスの団結力をさらに高める。

 裏切者がいない、その不安を取り除けば集団は本来の力を開放できるようになるからだ。

 嘘で真実に蓋をする。

 巧みな弁舌をした高円寺。運動神経だけでなく、知能面でも優秀ということが分かった。

 須藤を止め、暗かった雰囲気をオレを立たせることで晴らし、自らが参戦することでクラスに益をもたらす。

 加えて、裏切者の存在を消し去り、クラスの団結力を引き上げる。僅かに残ったヘイトは自分に向けさせた。

 見方を変えれば、まるで一流の詐欺師のようだ。

 

「よし、皆で頑張っていこう!」

 

 平田の号令にクラスが奮起する。

 今ここにDクラスは団結した。

 だからと言って絶望的な状況をひっくり返せるとは限らない。

 しかし、クラスとして成長したこの軌跡は次の糧になる。

 今回の目的は随分早く達成できた。

 後は成り行きに任せて大丈夫そうだ。

 

 

 

 




連投終わり。
一気に投稿するか、気ままに投稿するか迷いどころ。

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