ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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派閥

 

 

 

 

 

 

 

 推薦競技3種目、男女混合二人三脚。

 競技名通り男女のペアで行う二人三脚だ。聞くだけなら特に難しさを感じない競技だが、勝つために行うとなると少々難易度が上がる。

 性別が違うということは元々の体格や筋力が違うということ。例外もあるだろうが、男女平等に運動能力を記録すれば、それらが勝る男の方が結果は良くなる。

 二人三脚で最も重要なことは息を合わせること。すなわち、2人の協力が必要不可欠だ。

 だから、同じ走力を持つ人間や体格が近しい人と組むのは大前提と言える。

 しかし、この競技の難点はここだ。

 男女で組むという結果、その大前提をこなすことが難しくなる。

 いかに、体格や筋力の違う男女で息を合わせることが出来るか。

 それがこの競技で勝つために組む戦略の第一歩になる。

 男が女に合わせて団結力重視で勝ちに行くか、女が男に合わせて純粋な走力重視で勝ちに行くか。

 決めるのはペア次第だ。

 

「競技もこれ含めて残り2つ。ここからが正念場だね」

 

 足に巻く紐を握りしめながら矢島さんは告げる。

 彼女はこの競技で僕のペアを務める人だ。

 体格や走力は僕に劣っている。しかし、僕が彼女の全速力に合わせる形で勝利を目指していて、結果もついてきている。

 陸上部に所属していてCクラスで最も走力のある生徒であり、その実力は申し分ない。

 彼女の短距離走での速度で歩幅を合わせる練習はしてきたので、負ける要素もほぼないと言える。

 

「そうですね。今の結果を保てるように努力してください」

 

「他人事~。カムクラくんも最優秀生徒報酬のために頑張るんでしょ? 応援してるよ」

 

「応援ありがとうございます。しかしあなたの場合は応援ではなく、競技の結果を残してもらわなければ困ります。

 この体育祭で注目を集めている僕と走る以上、失敗すれば龍園くんだけでなく観客からもブーイングがあるかもしれませんよ」

 

「分かってるって」

 

 矢島さんは自信満々な笑みを浮かべて返した。

 陸上部である以上、走るということにおいては自信が相当あるようだ。

 審判から合図が来る。

 僕たちはその合図に従い、待機所からグラウンドへと移行する。

 そしてすぐに紐を足に巻いていく。

 お互いに膝を折って準備をするため顔と顔の距離は近く、良く表情が分析できる。

 

「緊張しているのですか?」

 

 自信ある表情を見せる中、僅かに沈み込む視線。

 紐を巻くことに集中しているように見えて、何か別のことを考えていることが超分析力に映る。

 その目には少しの不安へ怯えるような色が見えた。

 

「……いや、別に緊張ってわけじゃないかな。ただ、龍園くんのことで少し気がかりになったことを思い出しちゃって」

 

 やましいことを考えている時の薄ら笑いを浮かべた後に、彼女は心中を吐露する。

 

「競技前なのに随分と余裕なのですね」

 

「それはごめんなさい。でもまぁ、カムクラくんとペアだから正直余裕ってところはあるんだよね。

 だからちょっと余計な考え事しちゃった」

 

「責任転嫁をせずにしっかりと反省してください」

 

 僕が当然のことを言うと、彼女は「は~い」と間の抜けた返事を楽しそうな声色で告げる。

 しかしすぐに先程の悩んだ眼に戻った。

 集中力が欠けている。競技に支障が出る可能性があると僕は判断した。

 幸い、競技までの時間は十二分にある。ゆっくりと対話できるでしょう。

 

「それで、何について悩んでいるのですか?」

 

 僕たちは紐を結び終え、立ち上がる。そして解決のために行動を起こす。

 矢島さんは僅かに瞠目した。

 

「……カムクラくんって真面目で怖い見た目だけど、やっぱり優しいよね」

 

「勘違いしないでください。僕は足を引っ張られたくないためにあなたのメンタルケアをしているだけです。

 僕が優しいなどというくだらない主観的な評価を下さないでください」

 

「ふふ、そう言うことにしとくよ」

 

 僕の反応がオモシロイのか、彼女は微笑みを浮かべる。

 そのまま集中力の欠けた原因について話を続けた。

 

「龍園くんの策ってどこまで知ってる?」

 

「全て知っています」

 

「なら、説明の必要はないね」

 

 少しの溜息をついた後に、さらに事情を説明していく。

 

「説明を初めて受けた時、龍園くんは堀北さんからポイントを奪うために私か木下さんのどちらかに足を怪我するように言ってきた。

 ……正気の沙汰とは思えなかったよ。平然とそんなことを口にできる龍園くんも、お金欲しさのために陸上休んでまで自らの足を怪我することを了承した木下さんにも」

 

「龍園くんについては今に始まったことじゃないでしょう。

 まぁ、木下さんには僕も少々がっかりしてしまいましたが」

 

 木下さんに期待などしてない。

 しかし、莫大なポイントの誘惑に負けたというありきたりな事実が心底退屈だった。

 

「堀北さんへの過剰な攻撃。参加表を入手出来た以上、相手クラスのキー選手を攻撃する作戦が有用なのは分かっていた。

 けど正直、心が痛い。私はやっぱり龍園くんのやり方に賛成は出来ないのかな」

 

「嘘を吐いているように見られなかったので、その気持ちが本当の心中ならばそうなのでしょう」

 

 僕が遠回しに肯定を促す。すると彼女は軽く笑う。

 

「龍園くんに従えとは言わないんだね。カムクラくんはCクラスの副リーダー的な立ち位置にいたから、石崎くんみたいに龍園くんの悪口を言うと怒ると少しだけ思ってた」

 

「そう予測しているのに、僕へ相談するあなたの度胸は大したものですよ」

 

「ふふ、確かにそうだね」

 

 調子が戻ってきたのか、蟠りない笑顔を見せ始める。

 彼女は別に自分の悩みを解決して欲しい訳ではない。悩みを誰かに聞いて欲しかったのだ。

 人は1人では弱い。出来ないことも多い。だから誰かに相談し、1人では出来ないことを誰かと協力して行う。

 だから、悩みを共有して肯定してくれる存在に僕は成り代わった。

 1人で抱え込むより吐き出した方が心中は良くなる。当然の心理だ。

 

「最近の龍園くんならCクラスのリーダーとして認めれたけど、……やっぱりついて行くのは難しいかなって」

 

「ならあなたはどうしたいのですか?」

 

「……どうしたい?」

 

 質問の意図がわからない彼女は聞き返す。

 ここが答えの出せない彼女のウィークポイントだ。

 

「龍園くんがリーダーと認められない以上、あなたは誰について行くのですか? 形だけでも従うのですか? 

 それともあなたが認める誰かをリーダーにするのですか? それとも自分自身が集団を率いる者に代わりますか?」

 

「……そんなの急に答えを出せって言われても」

 

「取り繕う必要はありません。あなたの思うことをそのまま吐露してください。それがあなたの本心で、この先の立場を決める上で重要なものになります。

 安心してください。誰かに口外するつもりはありません。僕のことはそこら辺にいる通行人だとでも思って言ってみてください」

 

 僕がそう言うと、彼女は少し悩んだ後に口を動かした。

 会話を円滑にするために声色やテンポを調整する才能は使用しているが、それよりも彼女の素直さが目立つ。美徳と言えるだろう。

 

「……現状、クラスでリーダーになれる人は龍園くんだと思う。石崎くんや山田くんじゃそういうのは出来ない感じがする。

 でも彼のやり方には少し納得できないことがあるから私はついていけるか不安なの。だから私は……」

 

 そこで彼女の言葉が途切れる。

 しかし、ゆっくりとその先を続けていく。

 

「私は……私じゃ、龍園くんの代わりにはなれない。だから今は不満があっても彼に従うよ。

 現状に文句を言うのは簡単だけど、その先のこと……彼以外のリーダーを立てられるわけじゃない」

 

「正しい自己分析です。自分の答えを導き出せたあなたの純粋さとその視野の広さを僕は称賛します」

 

 彼女の言う通り、文句は誰にでも言える。

 ある問題に対して批評だけをするのではなく、自身の意見を、解決策を言う。

 たとえそれが間違っていたとしても、その行動そのものが勇気あるものだ。

 批評するだけして自身の意見を言わない逃げ腰な人間。

 他人をけなすことに悦を持つことは構わないが、それは自分自身が批評する人間より立場が上だと勘違いする傾向がある。

 だからツマラナイ。それは予定調和の人の悪意だ。

 しかし彼女は違った。さすがはこの学校に選ばれた人間と言えるだろう。

 

「……ねぇ、1つ提案いい?」

 

「構いませんが手短にお願いします。さすがに競技が始まりそうなので」

 

 矢島さんは周りを確認する。

 先程まで自分のことを集中して考えていたため、気付いてなかったようだ。

 確認を終えると、彼女はその提案を言葉にする。

 

「……あのさ、カムクラくんがリーダーにならない? 私は龍園くん以外にクラスのリーダーになれる可能性があるのは君だと思う。

 もし君がリーダーならついていけると思うんだけど……」

 

「その提案は却下させてもらいます。僕は彼の行く先を見るのが楽しみの1つなので」

 

「……リーダーが出来ないとは言わないんだね」

 

「その程度の才能は持っていますから」

 

 僕は彼女の提案をはっきりと断った。

 やはり、Cクラスでの派閥問題が大きくなりかけている。

 園田くんや矢島さんだけではない。僕が話したことない生徒たちの中にもまだ一定数いるだろう。

 船上試験で大きくなった僕への不信感も、体育祭でのクラス能力アップと運動神経の露呈により帳消しになりつつある。

 由々しき傾向だ。予め余計な邪魔を排除するためにクラスを1つにまとめると考えたが、僕の予想以上にクラスメイトの心は流動的だった。

 もう少し彼らと関わってみますか。

 クラス統一のために、そして僕の心とやらのためにも。

 

「その言い方が嫌味に聞こえないのがなぜか不思議」

 

「それはあなたの耳が好意的な解釈をしているだけです」

 

「そっか。なら私にとってカムクラくんは良い人ってことだね」

 

「それは違います。特別試験での僕の行動は知っているでしょう? 間違っても良い人だと思わないでください」

 

 僕はやや冷たく返す。

 しかし、矢島さんもCクラスの人間だ。このクラスの生徒の特徴は我の強さ。

 意思の硬さは並以上だ。

 彼女はハチマキを締めなおしながら薄く笑った。

 

「噂は噂。事実だとしても話してみて私が君のことを良い人だと思ったら良い人だよ」

 

 不安がなくなった彼女は競技に向けて集中する。

 その目に迷いはなく、力強い瞳が宿っていた。

 

「それじゃ、お互いにベストを尽くそう!」

 

 彼女は握り拳を作り、僕の方へ寄せる。

 お互いの拳を合わせようとする彼女なりの好意あるスキンシップなのだろう。

 

「やりませんよ」

 

「ええ~、ノリ悪いよ!」

 

 そんな軽口を叩きあう。

 僕が手を動かさない中、彼女は強引に僕の掌に握り拳をぶつけた。

 満足そうに笑うと、とうとう僕たちの出番がやってくる。

 そして僕たちの競技は始まった。

 結果は言うまでもなく、圧倒的な速度で1位をもぎ取った。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 時間が経つのは早いものでこの体育祭の競技も残り1つとなった。

 体育祭最終競技を飾るのは3学年合同1200mリレー。

 1年Aクラスから3年Dクラスの12クラス全てが横一列になって走るまさに究極のリレーだ。

 12人分のレーンはいかにこの学校といえど用意できていない。

 そのため最初に集団から抜け出した人間からインコースに入っていいルールが採用されている。

 このルールを踏まえると、最初が肝心ということは見えてくる。

 スタートダッシュを成功させるか。

 どのクラスも作戦は同じく、最初に距離を貯金して後続に託すことが出来るかが1つの勝利点と言える。

 

「やべぇ、ちょっと緊張してきた」

 

 競技が始まるまで各クラスごとに待機している中、石崎くんが硬い表情を浮かべる。

 

「あんたみたいな馬鹿でも緊張なんてするんだ」

 

「うるせぇ、最後ってなんか緊張するだろ?」

 

「別にしない」

 

 突っかかる伊吹さん。石崎くんは軽くいなし、大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。

 その様子を後ろから見ていた園田くんが楽しそうに独りでに笑う。

 

「はは、何だか意外なメンツだな」

 

「クラスの中でも足の速い人たちを集めただけだからね。交流は少ないよ。

 ……6人中、3人が結構1人でいること多い人たちだし」

 

「伊吹に西野、それにカムクラさん。言うほど関わりがない訳ではないが、やっぱり意外だよ。

 それに……てっきり西野の所に木下が入ると思っていたんだがな」

 

「……参加票を決めた時からこの6人だったよ。まぁ、木下さんはちょうど足怪我しちゃったし、もし参加予定でも多分出れなかったから結果オーライなところあるよ」

 

「ちょうど、ねぇ……」

 

 矢島さんが答え、運動部に所属する2人は気軽にコミュニケーションを取る。

 この競技は各クラス男女3名ずつの計6人で1200mを走る。

 1人辺りが走る量は200mと均等。グラウンド1周分なので、直線だけでなく2度のカーブを走る必要がある。

 Cクラスの出場選手は男子が僕と石崎くんと園田くん、女子が伊吹さんと矢島さんと西野さんだ。

 Cクラス最強の布陣とは言えないが、全員足が速いため申し分はない。結果も十分残せる。

 ちなみに龍園くんは面倒臭がって出ていません。

 

「……だるい。疲れた。帰りたい」

 

「おい西野、思ったこと口にし過ぎだ。こっちまで士気が落ちたらどうすんだよ」

 

「あ、ごめん。でも疲れたのは事実だし、私思ったことすぐ口にしちゃう癖あるから許して」

 

 気だるい様子の西野さんに石崎くんが注意する。

 

「あんたって変にまじめなところあるよね」

 

「そりゃ、このリレーでもカムクラさんに結果を残してもらいたいからな。集中が途切れそうなものはちゃんとやめさせてるってわけだ」

 

「……絶対余計なお世話でしょ」

 

 呆れつつも馬鹿にすることなく伊吹さんは告げる。

 

「確かに、ちょっと行き過ぎてるっていうか……」

 

「若干うざいまである」

 

 矢島さんと園田くんの運動部2人組は伊吹さんの言葉を肯定するように頷く。

 その反応に石崎くんが驚き、僕の表情を窺う。

 僕への配慮が鬱陶しく思われていないかを心配しているようだ。

 見た目に似合わず繊細な一面もある。

 

「まぁ、そんなことしなくても僕の集中力は途切れません」

 

「てことは……うざかったすか?」

 

「別に。あなたの好きにして構いませんよ」

 

 僕は日常生活で他人の行動や言動を制限するつもりはない。

 それぞれ勝手にやっていればよいと思っている。

 持ち上げられようがけなされようが、どうとも感じないからだ。

 

「あんたって石崎に意外と甘いよね」

 

 ハチマキの位置を整えながら伊吹さんは確信を持ったように告げる。

 

「そんなことはありません。僕は誰に対してもこんな感じです」

 

「そりゃ噓でしょカムクラさん。石崎や伊吹さんと一緒にいる時と、他のクラスメイトといる時じゃ雰囲気全然違いますよ」

 

「それは勝手な思い込みです」

 

 僕がそう告げると園田くんと矢島さん、挙句に西野さんまで疑いの眼を向けて来る。

 

「椎名さんといる時も結構違う気がする」

 

「それは俺も合っていると思うぜ西野。椎名にはすげー優しく接している気がする」

 

 彼らは傍から見た僕の雰囲気という話題で雑談する。

 張本人が目の前にいるにもかかわらず、その話題で盛り上がるのは思うところがあるが、楽しそうなので邪魔はしない。

 しかし、競技の準備が完了した合図が鳴り響いたので、僕は彼らに雑談を止めるように促した。

 

「最終競技なので、スタミナを全て使い切るつもりで頑張ってください」

 

 僕はそれだけ彼らに伝え、自分の走る順番がある列に並んでいく。

 彼らもまたそれぞれの列に移動した。

 僕の走る順番はアンカー。Cクラスの命運を握る最後の砦だ。

 もう1つの重要な役割を持つ1番手は園田くんだ。

 サッカー部である彼の俊足と反射神経に期待しましょう。

 その次に石崎くんが走り、西野さん、伊吹さん、矢島さんと続いていく。

 

「これより最終競技の3学年合同1200メートルリレーを開始します。第1走者の方は準備をお願いします」

 

 アナウンスが流れると、観客からの声が大きくなる。

 さすがにこの体育祭の最終競技だ。盛り上がり方も今日一番と言っていい。

 すぐさま第一走者たちが横一列に並び、準備を完了させる。

 審判の確認を終えると、早速スタートを告げた。

 スタートの合図と共に飛び出したのは1年Dクラスの須藤くん。

 ベストタイミングと言えるスタートダッシュを決め、上級生を抑えてトップを走る。

 園田くんの出だしは4番目。混戦が始まる前に一歩早く集団から抜け出せた。

 しかし、150mほど走ると上級生に1つ抜かれて5位になる。その順位のまま石崎くんにバトンを渡した。

 順調な滑り出しですね。

 

「任せとけ!」

 

 気合十分な石崎くんは懸命に手を振り、全力で足を回す。

 運動部に所属してないにもかかわらず、そのスピードは並の運動部以上だ。

 しかし、他クラスの選手たちも精鋭が集まっている。

 全員並の運動部以上のスピードであるため、順位に変化はそう起こらない。

 気合十分の石崎くんの走りだったが、結果は順位を1つだけ上にし、4位で次の矢島さんに託した。

 前にいるクラスは1年Dクラスを先頭に3年Aクラスと2年Aクラス。

 Cクラスを追いかける形で3年Bクラスと1年Bクラスが迫ってきている。

 しかし、圧し掛かる重力のようなプレッシャーをものともせずに矢島さんは前へ前へ進んでいく。

 前との差を詰めることこそ出来なかったが、1位で走っていた1年Dクラスの勢いが失速し、3位で出番を終えた。

 矢島さんからバトンを受け取った西野さんも先程のけだるい様子は見られず、真剣な顔つきで駆け抜ける。

 ここで思わぬハプニングが。3年Aクラスの女子が次の走者まで後50mほどの所で転んでしまう。

 不運な事故だ。けれども真剣勝負である以上、情けはない。後方の選手たちは3年Aクラスを追い抜いていく。

 この時点で2年Aクラスが1位で、1年Cクラス、1年Bクラス、3年Bクラス、3年Aクラスと順位が連なった。

 

「この勝負は俺たちの勝ちッスね堀北先輩。出来ることなら接戦で走りたかったですよ」

 

 アンカーの待機場所にて2年Aクラスのアンカーであり、現生徒会副会長である南雲雅が奮闘する3年Aクラスの生徒を見つめながら笑う。

 数秒のミスを次の選手がカバーし、3位まで順位を上げた3年Aクラスだったが上2つとの差は大きく開いた。

 2年Aクラスとは約30m、1年Cクラスとは約20m。アンカー同士の走力に差がない限り、逆転は難しい。

 現副会長はそのまま堀北生徒会長に絡んでいく。

 伊吹さんが差を詰めるよう孤軍奮闘するのを傍目に、僕は同じアンカーゾーンにいる選手に話しかける。

 

「高円寺くんがサボることは予想通りでしたので、堀北さんの代理に誰が出て来るかと推測してみましたが……あなたでしたか」

 

 僕は無表情でこちらを見て来る男子、綾小路くんにそう告げた。

 

「オレ以外に走れる奴がいなくてな」

 

「その怪我で走るのも無理があると思いますが。全力で走ることは出来ませんよ」

 

「構わないさ。出来る限りのことはする。それよりお前はそろそろ準備しないといけないんじゃないんか?」

 

 彼の視線の先を見ると、伊吹さんが残り半分を切っていた。

 そのため僕は所定の位置につかなくてはならない。

 

「楽しみですね。この体育祭がどんな結果で終わるのかを」

 

 僕はそう告げ、綾小路くんとの会話を止めて位置についた。

 未だ誰がCクラスにスパイを送り込んだのかは不明だ。何の情報も調べてないし、推測していないので当然この結論にしかならない。

 だが、僕の勘では彼の線が濃厚だと感じていた。

 分析能力も運動神経も素晴らしいものを持っていた綾小路くんなら候補筆頭になるのは自明の理。

 しかし、もちろん断定はできない。坂柳さんの陰謀の可能性もあれば、もっと予想外の可能性もあるからだ。

 

「よぉ、2位はてっきり堀北先輩のとこだと思ったんだが、まさか1年の……それもCクラスが相手だとは思ってもみなかったぜ」

 

 僕が楽しみを思い返す中、南雲雅が接触してくる。

 

「お前と遊んでやるのはまだ先の話だと思ったが……。いいぜ、不完全燃焼もつまらなかったんだ。遊んでやるよ」

 

 彼の標的が堀北生徒会長から僕へと移る。

 不慮の事故があったため堀北生徒会長と対戦できなかったが、その代わりを僕で埋めるつもりだ。

 

「差は10mってところだな。悪いが勝負の世界だ。手加減はしないぜ」

 

 不安を全く連想させない自信に満ちた表情。

 負けるということを一切考えていない。加えて油断もなかった。

 しかしどんな心持ちをしようと、相手が僕というだけでそれらは何の意味も持たない。

 

「好きにしてください」

 

「やっぱりつれない野郎だなお前」

 

 バトンが来るまで残り僅かとなり、南雲雅は助走に入る。

 バトンパスもミスすることなく彼に渡り、彼は走り出した。

 

 

「相手にとって不足しかありませんが……遊んであげますか」

 

 

 全力で走る伊吹さんが視界に映る。

 僕もゆっくりと歩きだし、助走へと入っていく。

 

「カムクラっ!」

 

 伊吹さんからバトンを受け取り、僕は最高速度で駆け出した。

 集中力を一瞬で最高にまで高め、走ることに関係した全ての才能を使用していく。

 風を切るように僕は前を走る南雲雅との差を詰める。

 常に100%の速度を出し、体力など計算せずにひたすら前へ前へと進んでいく。

 たかが200m。長距離走でもない限り、ペース配分など僕には必要ない。

 初めの50m地点で差を5mにし、中間地点で追いついた。

 残り50mごろには彼は僕の後ろを走り、最終的には10mほどの差をつけて僕が勝利した。

 

 

 

 ────これにて、体育祭全ての競技が終了した。

 

 

 




テンポ良し。
次でchapter5は最後です。

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