ペーパーシャッフル
赤黒い空。灰色の雲。
靡く風が運ぶものは、絶望に満ちた悲鳴と狂気じみた笑い声。
身体のいたるところが赤く変色した何かから悲鳴が消え、正中線を境に白と黒の色合いで丸い形の耳があるパンダのようなクマのような被り物をした何かから笑い声が漏れる。
幾度となく見てきた光景。世界が絶望に変わり果ててから日常へと変わってしまった景観に、退屈が思考を支配する。
「運べっ! 運べっ!」
瓦解した建物な中から生死の分からない男性を被り物をした集団が陽気な掛け声で引きずっていく。
それはまだ息をしている。僕の才能は25m程離れていても状態の分析を滞ることなく可能にする。
すると、ボロボロになっていたスーツに、記憶が引っ掛かった。
とある目的を思い出したので、僕はろくでもない集団の後を追う。
集団は崩れている1つのビルの中へ。さらに奥に進んでいくと、彼らは扉のある部屋で足を止めた。
厳重にロックされている近未来的な扉は指紋式のようで特定の人物しか入れないようだ。
集団はその扉を丁寧に二度叩く。
「持ってきました!」
扉の奥にも聞こえそうなやかましい声でリーダー格が叫ぶとすぐに扉が開く。
扉の前にはナース姿の女が立っていた。
ザンギリに切られた黒の長髪と泣きぼくろ、そしてそれらが霞む程特徴的な歪んだ赤い目。
まず間違いなくまともな人間ではない。
「あ、ありがとうございます」
声だけで分かってしまう弱弱しさ。ぺこぺことお辞儀をしているその姿に威厳はない。
明らかに彼女が物を持ってこさせた側。命令を出す側の人間にも拘わらず、彼女の様子は常に怯えたような気の弱さを見せている。
彼女は持ってきたものを集団に運ばせ、ベッドに寝かせる。
僕は彼らに気付かれないように諜報員の才能を用いて中に侵入した。
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
集団が出ていき少しすると、抑制されていたものを解き放つかのような病的興奮の見える笑顔を見せる。
その不気味な笑顔のまま包帯を使ってベッドに男性を固定していく。
すると、男性が意識を取り戻す。
「……や、やめろ」
「うるさぁいです~よ!」
艶のあるゆったりとした口調で固定を続けていく。
先ほど見せた弱気な態度とは打って変わったその様子だが、僕はこれが彼女の本性と見抜いていた。
まぁ、本性というのは間違いかもしれないが、今の彼女とは言えるだろう。
「ほぉら、私に何もできない患者さんが出来上がっちゃいましたぁ!」
口を縛られ、呻くことしかできなくなった男性。
衛生管理が行き届いているこの部屋に必死に抵抗する声が響くが、鼻歌交じりで医療用具を持ってくる彼女は救いの声にならない。
彼女は手術前のような大量の医療道具を用意すると、男性に馬乗りする。
「私、いつも『いじめ』られていたんですよ。理由なんて言われ過ぎて覚えきれませんが、総じて弱そうだったからでしょうねぇ~。
いつだってみんな私をいじめて、下とみていたんですよ。『勉強』が出来ない絶望的な人間とかには……特にいじめられました。
私が必死に『勉強』して蓄えた医療知識を馬鹿にもされましたよ。『テスト』で良い点を取れば最悪の日々でしたよ。でも、だからこそ、私はどんなにいじめられても医療の『勉強』を止めませんでした。
その理由が分かりますか?」
男性に質問するも口がふさがれているため何も言えない。
彼女はその様子に酷く嬉しそうに身体をくねくねと動かす。
「答えは~、患者さんが大好きだからです。怪我した患者さんたちと会うために私は医師を目指そうと必死で『勉強』しましたぁ~。
だってぇ、患者さんって私より絶対に弱いですから。患者さんの命は私が握っちゃうんですよ。いじめられることはありませんよねぇ~」
歪んでいる。『いじめ』によって変わってしまった彼女の性格。
彼女が弱かったのではなく、環境が彼女の歪みを作ってしまった。
「初めはいじめられて怪我をしたときに誰も私を助けてくれなかったのが始まりでした。だから自分で治すしかなくてそのための『知識』が必要でしたよ。
そして日に日に治療が上手くなっていったら、確信しちゃいました。あぁ、怪我をしている人は私より弱い人なんだなぁって!」
注射器を手に持ち、男性の首へと向ける超高校級の保健委員。
僕にもこの才能がある。保健委員などと言われているが、医師と遜色ない医療知識と技術を持つ者に与えられる才能が。
だからこそ、打ち込もうとしている薬物の中身が簡単に分かった。
「人体に直接打ち込んで良いものではありませんね」
僕は患者に振り下ろされた死神の手を止める。
中身は中毒性のある薬物、人の脳を破壊して幻覚や興奮を発生、増長させる薬物だ。
麻薬、それも非常に強い効果のある劇薬だった。
「……だれですか、あなた?」
「あなたと同じ立場にいる人間、と言っておきましょう」
冷たく不気味な渦が巻く瞳を僕に向けると、彼女は僕の手を振り払った。
その際注射器を地面に落とすと、液体が床にバラまかれる。
「何か用ですか?」
劇薬は扱いも繊細なものが多い。気化したことで有害になるものもある。
幸いこの薬は無害だが、放置するというのは医師並みの知識を持つ人間のする行動ではない。
「あなたに用はありません」
僕は患者に巻かれた包帯を手刀で切り裂く。
口を閉じられていた男性は解放された自身の口から大きく息を吸って正常な呼吸を試みる。
「はぁ、はぁ、助かった! ありがとう長髪のきみっ! ……お、お前は!?」
「一々叫ばなくて結構。僕が絶望の残党だとあなたが知っているように、あなたが未来機関の人間であることを僕も知っています」
この男のスーツ、未来機関に関係する人間に支給されるものと材質が同じだった。
極めつけのロゴも確認済み。そのため、彼には利用価値があると僕は判断していた。
「……なぁんだ、結局あなたも私の邪魔をする人間なんですか。同じ立場の人だから『あの人』を愛した人間だと思ったんですけどねぇ」
「『あいつ』を愛する人間は松田くらいだと思っていましたが……ここにもいるんですね。まぁ、あなたの場合は己の意志よりもそう思い込まされているのかもしれませんが」
「私と『あの人』の関係を馬鹿にするんですか? それは許しませんよ」
「許さなくて結構です」
僕は彼女の殺意を無視して目的を遂行する。
「苗木誠はどこの支部に滞在しているかを教えてもらいますよ」
「……し、知らない。俺は何も知らない」
男性はひどく慌てた様子で告げた。
しかし、嘘を吐いていない。ただただ僕に怯えているだけだった。
「時間の無駄でしたか」
僕はそう吐き捨てて入口の扉へと歩みを進める。
しかし、その前に言うことがあったため一度足を止めた。
「罪木蜜柑、近い内、僕はもう一度あなたに再会します。
その時はあなたの大好きな『あの人』からの命令もあるので、言うことを聞いてくださいね」
言うだけ言って僕はこの場を後にした。
彼女は何かをわめいていたが、扉を蹴り壊したことの破壊音で聞き取れない。
そのまま外に出ていき、襲い掛かってくる集団を一掃して帰路についた。
「また、夢ですか」
たまに見る絶望の残党に関係する夢。
罪悪感から魘されているわけではないが、なぜか彼らとの記憶が思い返される。
未来機関に乗り込むために一度消した記憶が今になって蘇っている。
それは何故だか分からない。
分からないが、今後続くようならばこの世界に関係することかもしれない。
僕はそう考えを纏め、僅かな警戒を思考に残し、身支度を開始した。
──────────
体育祭が終わり、肌寒くなってきた10月中旬。
2学期半ばへと差し掛かり、新しい変化も起きる頃合いだ。
現在は全校生徒を体育館に集め、次期生徒会を担うメンバーを決める総選挙が行われている。
大半の1年生にはどうでもいい時間であるため、ほとんどが上級生や教師の目を盗み、退屈そうに過ごしていた。
僕とて例外ではなく、このイベントに興味が湧かなかった。
壇上で表彰されている堀北生徒会長とその解任を見送る生徒会の面々。
話を聞くだけで見ることなく、虚無の時間を過ごす。
堀北生徒会長の挨拶が終われば大きな拍手が体育館を包み込み、新たな生徒会長として南雲雅が就任の挨拶を行う。
彼の言ったことを要約すれば、この学校に革命を起こすということ。
既存の実力主義の学校からもっと徹底的な実力主義の学校へ。
かつてのやり方を破壊し、更なる変化を促すことでより良いものにしたい。
今までの生徒会の功績を否定するような発言ではあったものの、効果は覿面。
長々しくも強い意志ある発言に、2学年の生徒達は大いに盛り上がる。
「退屈ですね」
この世界がプログラムである可能性を考慮している僕は起こりうる変化を予測しても『卒業』に何の支障もないと判断する。
6か月。この世界で過ごした年月だ。
時間の概念がプログラム内での時間でない限り、半年という膨大な時間を消費していることになる。
あれ以来、日向創からの接触もない。
よって、この世界が『何かからの卒業』に予定通り事が進んでいると見ていい。
どうしてこの世界が作られたかは情報不足過ぎて分からないが、学校関係者がNPCやアルターエゴでないことは長い時間を経過したことで分かってきた。
人らしい反応。機械的な処理、規定通りの反応をするだけの存在ではない。もちろん何人かはNPCに類ずるものがいるだろうが、それでも今の所怪しいと思える人間はいなかった。
つまり、僕のためのプログラムではない。
他の人間も何かを『更生』、あるいは『学習』するためにプログラムに存在している人間と断定して良い。
ならば、これほどの大勢の人間を同時にプログラム内に存在させているということは、新世界プログラムは完成していると判断できる。
新世界プログラムに関わった沢山の超高校級の中でも、大いに貢献した人物である超高校級のプログラマー、神経学者は既に他界している。
超高校級のセラピスト、月光ヶ原美彩がその後を引き継ぎ、何とか形にはしたが、未来機関で苗木誠に力を貸したため、彼女の処遇も不明だ。
では誰が作ったか。もっと言えば誰が新世界プログラムを完成に導いたか。
答えは簡単、日向創だ。左右田和一の力を借りた上で、僕の才能を使用して完成させた。そう考えれば辻褄が合ってくる。
日向創が僕の才能を持って接触してきたので、このように限りなく断定に近い仮定ができた。加えてこの仮定が正しいならば、この世界が2度目の江ノ島盾子打倒後の世界というのは確定できる。
元の世界はボロボロのまま、もしくは未来機関の活躍により、元通りになった後か。
時間軸に関しては情報不足のためこれ以上推測できない。
「カムクラくん、もうお話は終わりましたよ」
横から僕の頬をつんつんと何度か突いてくる。
視線を向けると、椎名さんが穏やかな表情でこちらを見ていた。
思考に夢中になってしまったため、生徒会選挙が終わったことに気付かなかったようだ。
久しぶりにフルで思考を回転させたが、物事を1つの事しかしないとは何たる体たらく。
今の僕を見れば、僕を創った先生方は絶望してしまうかもしれません。
僕は彼女にお礼を言い、体育館から退出していく列に紛れる。
この世界について調べていくことは良い暇つぶしになることを実感した。
────────
生徒会選挙という学校としては大きなイベントが終えてから数日後、Cクラスの教室内では程よい緊張感が張り詰めていた。
教卓には丸まった白い紙を持つ坂上先生。
生徒たちは今日が何の日かを事前に告げられているため、チャイムが鳴る前からこの雰囲気で席についていた。
それもそのはず。何せ今日は中間テストの結果発表が行われる日だ。
この学校のテストは1科目でも赤点を取ったら退学という厳しいルールがある。それ故に生徒たちの雰囲気はやや重たい空気感となっていた。
坂上先生は生徒たち一人一人の目を真剣に見ていく。一通り見終えると、朗らかに微笑んだ。
「皆、良い顔付きです。では早速、中間テストの結果発表をしていきます」
坂上先生が紙を広げ、黒板に全員の点数が見えるように張り出す。
クラスメイト40人の成績が5教科分。加えて、紙には赤い線が引かれていた。
言うまでもなく赤点ライン。この線より下に名前が書かれた生徒が退学となる。
しかし、デッドラインを越えたものはいない。
教室内でそれぞれの反応が飛び交う。
ガッツポーズで静かに喜びを表現する者もいれば、お互いに喜びを分かち合ったり、嬉しさに舞い上がる者もいる。
個性によって分かれた動作だが、峠を越えたという事実に安心している気持ちはそう変わりない。
「今回のテストには体育祭での結果も反映されています。中には100点を超えた人もいますが、等しく満点扱いです」
逆に下位10名になった生徒には-10点スタートでテストを受けている。
Cクラスに下位10名に入った者はいない。
僕の指導についてきた者たちを称賛してあげるべきか、判断に少し迷いますね。
「げっ、また俺が最下位かよ」
石崎くんはしかめっ面を顕にして告げた後、すぐに頭を抱える。
赤点ラインは40点。この点数に最も近かった石崎くんはCクラスで最も退学と縁が深いことになる。
どの教科も40点前後をうろついているため、一歩踏み間違えれば奈落の底への片道切符が切られるだろう。
もっとも、このクラスはCクラスなので40点前後をうろついているのは石崎くんだけではない。
母集団から平均を導き出せば57点。石崎くんと同レベルの学力の人がそれなりにいる訳だ。
ちなみに龍園くんも平均に近しい位置にいたりする。
「……ちっ、調子悪いなぁ」
前方の席に座る伊吹さんが呟いた。
1学期のテストは僕が面倒を見たのでかなり良い結果を残していたが、2学期中間テストはどの教科も60点前後に位置している。
平均点よりは高いが、やはり1人では自分の勉強法を固定できないようだ。
彼女自身秀才でも天才でもない。
このままでは平均点を割ってしまう、そこから一歩先に出るためには自分の勉強法を導く必要がある。
「ねぇ、次の期末の勉強手伝って」
伊吹さんが顔だけこちらに向ける。
「椎名さんに教われば良いじゃないですか」
「それはそのつもりだけど、あんたがいた方が確実性がありそうだろ?」
「嫌です。龍園くんに頼まれない限り、僕はやりませんよ」
ただでさえ、体育祭で潰すつもりだった僕の派閥予備軍が増長しているのだ。
そこで無償の手助けなどしてしまえば、テストの危機を瀕しているクラスメイトが群がる可能性も大いにある。
赤点=退学。このルールがある以上、勉強が出来ないものはプライドなど簡単に捨て、テストの点が高いものから教わることで退学を避けようとする。
「ケチ、せこい、みみっちい」
「何とでも言ってください」
彼女は不機嫌な表情を見せ、前を向いた。
他の生徒も自分の点数を確認し終えたことを見計らった坂上先生が話を再開する。
「君たちも知っていると思いますが、来週、2学期の期末テストに向けて8科目の問題を散りばめた小テストを実施します。
既にテストに向けて勉強を始めている人もいると思いますが、改めて伝えます」
体育祭も終わり、残りの寒い季節は勉強が苦手な生徒たちが苦しむ時期が続く。
2学期はテストの間隔が短い。まさにテストの嵐と言える。勉強という2文字が断続的に迫って来るのは彼らにとって、嫌で嫌で仕方ない。
「……あと、1週間。マジでやばいな」
「安心してください石崎くん。次の小テストは1学期に行った小テストのように結果は成績には響きません。
この小テストはこれまでの総復習であり、生徒がどれくらい勉強を身に着けているかを確認するものです」
成績に影響しないことを聞いた石崎くんの表情が明るくなる。
相変わらずわかりやすい性格だ。
「ですが、何も小テストの結果が無意味という訳ではありません。
なぜなら、この小テストの結果は次の期末試験に大きく影響を及ぼすからです」
石崎くんが何度も瞬きを繰り返す。
この学校がそんな簡単にいくわけがなく、これもまたわかりやすい。
「この小テストの結果を基にクラス内の誰かと2人1組のペアを作ることが決まっています」
「ペアだと? どういうことだ」
龍園くんが疑問で返す。
「このペアで次の期末テストに挑んでもらうということです。8科目800点の期末テストをペアの合計点で超えていく。それが今回の期末試験です」
生徒達から驚きの声が漏れる。
しかし、坂上先生はそれを制止させ、説明を続けていく。
「ペアで挑むと言っても行うのは筆記試験です。普段とやることは変わりません。
ただし、取ってはいけない赤点が2種類になっています。1つは1科目につきペアの合計点が60点未満の時。
例えば、カムクラくんと石崎くんがペアだとするならば、数学で石崎くんが0点を取ってもカムクラくんが60点を取ればセーフという訳です」
要はペアで60点を超えてさえいればいい。
生徒たちは驚きながらも納得した。
坂上先生はもう一つの赤点を説明し始める。
「もう一つはペアの総合点が学校側で用意されるボーダーを下回った時です。
まだ今年のボーダー時は決まっていませんが、例年の総合点は700点前後となっています」
2人合わせて700点。計16科目から1科目当たりの平均を算出すると43.75点。
仮に8科目全てが60点以上でも合計480点となり足りない。なので個人でも赤点を取ってはいけないことはいつもと変わらないわけだ。
「そして今回の期末テストで重要なことは赤点を取ったら、ペア両方が退学になるという訳です。
ちなみに、今回の試験を欠席した場合は正当性のある場合に限って過去の試験から概算された見込み点が与えられますが、ない場合はすべて0点扱いです。
ペアを組む人は健康的な人になるといいですね」
坂上先生が生徒1人1人の表情を見ながら告げる。
ペアはまさに一蓮托生。
1人が赤点回避をしてももう1人がアウトであるならばいっしょに地獄行き。
自分の勉強だけでなくペアに勉強を教えたり、過分な点数を取るために普段以上に努力する必要があるため難しい試験と言える。
しかし、この試験も僕は退屈だと感じた。
なぜなら、僕の取る点数はどうやっても満点。8科目800点の満点だ。
ボーダーが700点前後である以上、僕1人で点数が足りる。
ペアになった人が合計0点でもこの試験を突破できる。
「2つ質問だ坂上、ペアの決め方はなんだ? ボーダーが不明確なのはなぜだ?」
龍園くんは素早く不明点を質問する。
「ペアの決定方法は小テストの結果が出た後に通達されます。ボーダーが不明確な理由はこれから説明するもう一つの課題が関わってきます」
「結果が出た後……つまりは、小テストの点数次第で組むペアが決められるってわけか?」
「さぁ、それはどうでしょう。決め方はいつも通り君たちが推測してください。もう慣れたでしょう?」
「クク、そうかよ」
シャープペンシルを手で回しながら笑う龍園くん。
その後、メモを取り始めた。
ペンを握る姿が非常に似合わない彼だが、その行動は正しい。
情報を整理する目的も含め、忘れないように書き記していく。
「では、用意されたもう1つの課題について説明していきましょう。
今回の期末テストは各クラスが期末テストで出題される問題を作成してもらいます。もちろん、作っておしまいではありません。
この作成した問題は他クラスの期末テストとして解かれることになります。重要なのはここからなのでよく聞いてください」
坂上先生は咳を1つつき、話を続ける。
「今回のテストはどこかのクラスと総合点を競い合います。勝利条件は相手クラスより総合点を取ることになります。
例えばCクラスとBクラスが競い合うことにしましょう。
CクラスはBクラスの作成した問題を解き、BクラスはCクラスの作成した問題を解きます。お互いにテストを解いたら、後日出る総合点を比べ、点数が高い方が勝利という訳です」
ただのペア試験ではないとは想定していたが、やはりこの学校は一筋縄ではいかない。
これなら特別試験と言える難度にはなった。
加えて、この試験は2つのクラスと戦う可能性が高いことが挙げられる。
例えばCクラスの作成した問題がAクラスに解かれ、Bクラスの作成した問題をCクラスが解くといった感じだ。
「そして他クラスと競い合う試験である以上、もちろんポイント変動があります。
他クラスに自クラスの問題を解かせる時の『攻撃』、他クラスの問題を自クラスが解いた時の『防衛』、この2パターンの時にそれぞれポイント変動が起こります。
最終的に出た総合点を基に、『攻撃』と『防衛』を行ったクラス同士でcpを変動させます。
動くポイントは総合点が勝ったクラスに50cp、負けたクラスに-50cpです。
ちなみに『攻撃』と『防衛』が同じクラス同士の時、すなわち1つのクラスと勝負するときは100cpのポイント変動が起きます」
学校が用意する赤点のライン各教科60点以上を維持しつつ、例年700点前後とされるボーダーラインを超える。
更に、クラス全体の総合点で相手クラスの総合点を上回る必要がある。
退学しないためには頭の良い生徒と組めばいいが、総合点によるポイント変動によってサボりは許されない。
「先にこの試験……通称ペーパーシャッフルで来る質問を答えますね。
この試験で生徒が作った問題は学校側によって厳正かつ公平に査定されます。そのため、指導範囲外の問題や明らかに高難易度の問題は修正されることになるので注意してください」
「万が一問題と解答を作れなかったらどうするんだ?」
「その時は学校側が救済処置として用意した問題にクラスの問題が差し替えられます。
一応言っておきますが、差し替えられた問題は難易度が低いと思ってください」
問題と解答が作れなかったら実質負けと認識して良いだろう。
中々難易度の高い試験だ。
「最後です。皆さんが気になっているでしょう競い合うクラスは希望するクラスを事前に選ぶことになっています。
もし、希望したクラスが被った場合はくじ引きによって決められます。小テストの前日までに希望クラスを決めておいてください」
「クク、その必要はないぜ坂上。戦うクラスはDクラスだ」
「龍園、君1人の意見では決められませんよ。クラスの意見を纏めてから決めてください」
「意見なんざいらねぇよ。学力が平均的に高いAとBにこのタイプの試験でやり合うのは得策じゃない。
なら、学力の低い奴らの集まるDクラスを潰すのが一番簡単で手っ取り早いことは自明の理だ。わざわざ時間割いて相談するのは無駄だぜ」
誰か反論はあるか、そうクラスに問いただす龍園くん。
もちろん、誰も声を上げない。逆らえるわけない上に、今回の彼の意見は非常に合理的だ。
むき出しの感情で反論するには、状況が悪かった。
「という訳だ。構わないな、坂上センセイよぉ」
「まったく、君は本当に生意気な生徒ですね」
呆れた様子を見せながらも坂上先生は笑っていた。
龍園くんのやり方に思うところがあるだろうが、彼の優秀さに舌を巻いているからだ。
「以上で小テスト、期末テストの事前説明は終わりです。何か質問がある人はいますか?」
質問はある。だが、龍園くんには自分でペアの法則に辿りついてほしいのでこの場では行わない。
確認を終えた坂上先生が授業を終わらせる。
この時間が最後の授業であるため、続けてホームルームを行い、今日は早めの帰宅になった。
「待て。全員残れ」
坂上先生が教室から出た後、龍園くんがクラスメイト全員に制止するよう声を掛けた。
部活に行こうとする者も帰宅しようとする者も誰一人逃がさない。
「お前らには話さなきゃいけない大事な用がある。場合によってはそれなりの時間がかかるかもしれないが、まぁ、お前ら次第で早く終わる。
言っておくが、今逃げた奴は一生このクラスにいられないようにしてやる。分かったな?」
そう脅せば誰も帰る人間は現れない。
事実、クラスメイト達はあたふたした様子を見せるだけで足を硬直させていた。
「帰りますね」
そんな中、僕は静寂を破るように龍園くんへ告げる。
僕にはこの後の話し合いが何を話すかは大体想像できる。
ならばここにいても未知はない。
「ダメだ。今日の話し合いでお前は執行人だ」
執行人。その言葉で僕の予測が正しいことが証明される。
受刑者に対して刑を執行する人間が執行人だ。
この場合の受刑者とはだれか。それは言うまでもなく前回の体育祭で露になったこのクラスの裏切り者。
いってしまえば、この状況は魔女狩りだ。
「既にこのクラスの裏切り者は知っています。僕がいてはゲームが少しも盛り上がりませんよ」
僕がそう言うと、彼は少し驚いた後に笑った。
クラスも裏切者という言葉に反応し、騒めき始める。
「クク、なるほどな。だが、良いのか? 体育祭でお前が面倒を見てやった奴が裏切ったんだぜ」
「あなたが罰を下した方が裏切者にとっては恐怖です」
「そうかよ。まぁ、お前がどう処刑するか見てみたい気持ちもあったが、ゲームを壊されるのも癪だからな」
そう言って彼は払い除けるように手を動かし、帰れとジェスチャーする。
「これで僕の立場も少しは下がる。そしてそのお詫びとして期末試験でも、ある程度は勉強に協力してあげます」
龍園くんはこの発言を聞いた後、舌打ちを交ぜながら嫌な顔を見せ、振っていたはずの手で頭を掻く。
「……お前が何を視ているか知らないが、またお前が何かしたことはわかった」
付き合いが長くなったからか、彼の直感は大当たり。
僕が裏切者を見逃したという事実はどうせ真鍋さんが口を開く。だから、この話し合いに僕がいては変に混乱する。
よって、そんなめんど……、非合理極まりない事態を未然に防ぐために僕はこの場にいない方がいい。
僕はスクールバッグを持って扉の方へと向かう。
大量の視線が集まる中、それら全てを無視して廊下を歩いて行った。