ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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裏切者

 

 

 

 中間テストが返却され、放課後を迎えるCクラス。

 テストを受け取る際は重い空気ではあったものの、程よい緊張感が空間を満たしていた。

 しかし、現在は違う。

 Cクラスのリーダー、龍園翔が教壇に腰を掛けクラスメイトを見下ろしている。

 値踏みするような細い目と合えば、彼らはまさに蛇に睨まれた蛙、身体を揺らすことしかできない木偶へと変わる。

 テストをやり遂げたという満足は既になく、自分たちの王から放たれる威圧感によって肌に粟を生じている。

 彼らは王の言葉を聞き逃さないように耳を傾け、かつまだかまだかと一心に時間が過ぎるのを待っていた。

 

「さて、あの馬鹿との会話で察しがついている奴もいるかもしれないが……このクラスに裏切者が現れた」

 

 クラスに裏切者。

 会話の導入すらなくいきなり本題に入ることにクラスはやはりざわつく。

 

「まぁ、落ち着けよ」

 

 ざわついたクラスメイトに龍園を守るように並ぶ生徒たちが反応を見せる。それを龍園が一声で止める。

 石崎やアルベルト、小宮、近藤。見れば全員が武闘派の生徒達だ。

 万一逆らう生徒がいても、いつでも迎撃できる。

 鉄拳制裁すら辞さないこの陣形を突破できるのは、それこそ「あの馬鹿」を措いて他にいない。

 しかしその生徒は既にこの場にいなかった。よって誰も反旗を翻すことは出来ない。

 

「船上試験、いくら鈴音が頭の回る女でも暴走気味のあの馬鹿を抑えた上で、全てのクラスをまとめ上げるのはクサいところがあった。

 シンプルだが完璧に練り上げられた策、そこに至るまでの行動の速さ。それを含めて実力といえば確かに何も言えなかったが、体育祭で露呈したあいつの甘さを見れば別の人間の存在を疑える」

 

 長い独り言のようで、誰かに聞かせるような演説にも聞こえる言葉。

 

「加えて体育祭での策、あれは完全に鈴音を捨てた策だった。オレに潰されるように仕向けたとも言っていい。

 自分自身で潰されることが趣味の変態でもない限り、そんなことはしない上にあんな甘い人間が誰かを犠牲にするという選択肢を簡単には使わない」

 

 甘い人間。堀北の実力を認めた上で龍園はそう評価する。

 

「クク、やっぱ別の誰かが裏に潜んでいるよなぁ。それも随分と腹黒いのがよぉ!」

 

 独特な笑い方の龍園はこの空間で恐怖の象徴。

 どんな身勝手だって実行する。たとえこの状況が監視カメラに映っていても厳重注意程度で済ませられる男だからだ。

 そんな静寂の中、丸眼鏡をかけたマッシュ頭の男子生徒、金田悟が龍園に告げる。

 

「なるほど。その別の誰かというのが、Dクラスを裏で操っている人物でCクラスに裏切者を作った張本人ということですか?」

 

「そういうことだ」

 

「しかし龍園氏、差し出がましいのですがそれらの証拠はあるのですか? 

 堀北氏は相当賢く、それこそAクラスの坂柳氏と同等の注目を浴びています。彼女以外にDクラスで暗躍出来る者がいるとは到底思えないです」

 

「もっともな疑問だな。確かに、今回の相手が坂柳だったらこんな根本から疑う必要はなかった。

 だが、これが証拠だ。体育祭の放課後で鈴音をハメようとした時に録音しておいた」

 

 龍園は携帯を取り出すととある音声ファイルを再生する。

 録音を録音しているため若干聞き取りづらいが、そこには確かに堀北がCクラスの録音を流している様子が確認できた。

 論より証拠。疑っていた生徒達もことの重要性が分かってきた。

 クラスに裏切者がいる。もしかすると今自分の隣に座っている人間かもしれない。

 集団に疑心暗鬼が積もっていく。

 

「これでお前ら全員を集めた理由が分かっただろう? そして今からその裏切者を処刑するのもな」

 

「……全員だと?」

 

 龍園が発言する中、1人の男子生徒がぽつりと呟いた。

 

「どうした時任、何か言いたいことがあるのか?」

 

 反乱分子を逃がす龍園ではない。

 時任と呼ばれた生徒に問いを問いで返した。指示するまでもなく、アルベルトと石崎は何が起きてもいいように一歩前に出る。

 しかし時任も怯まずに言い返す。

 

「全員ではないだろう。カムクラはどうした? なぜただ1人この場から退出させた? 

 船上試験でCクラスのポイントを大きく減らした野郎だぞ。このクラスでは裏切者に最も近い人間だ」

 

「クク、お前ももっともな疑問だな。そんなにあいつが怪しいか?」

 

 余裕の龍園に対し、時任は荒々しい口調で返す。

 

「当然だ。聞けば、あの試験も未知が知りたいとかいうフザけた理由で行ったらしいじゃないか。

 あいつの頭はおかしい。裏切者筆頭だ。なぜ制御しない? なぜ放置する?」

 

「クク、確かに俺の右腕とも呼べるあいつは未知オタクの変態で、オレの下についている(・・・・・・・)人間ということは認める。

 だが、あいつが手元にいればリスクよりリターンの方が大きい。ゆえにある程度は放置を許している。お前もその理由は嫌でも知っているだろう?」

 

 カムクライズルがどうして自由を許されているか、時任はその事実を認めたくないように舌打ちをする。

 その理由はシンプルだ。これ以上なく。

 

「有無を言わさない才能。それが奴に自由を許している理由だぜ。関わりのなかった奴らも体育祭の練習でそれを実感したはずだ」

 

 カムクラは体育祭でクラス全員の面倒を見ていた。

 超一流の教え方。人によって指導方法と接し方を変える臨機応変な行動。そしてCクラスの全員が運動神経が目に見えるレベルで上昇したという結果。

 彼そのものを認めたくなくても、彼の才能は認めざるを得なかっただろう。

 

「……だが、それは裏切り者ではないと証明できる理由じゃない」

 

「ククク、だなぁ。だが、あいつが裏切者である可能性は限りなく0に近い。なにせ、それよりもっと怪しいのがいるからな。

 ……まぁもっとも、あの様子じゃ裏切者を見逃したという可能性は捨てきれないがな」

 

「見逃した可能性だと? それは一体どういうことだ!?」

 

「うるせぇ。それを今から確かめるんだよ。もう満足か?」

 

 声を荒げた時任に龍園は睨みを利かす。

 時任は龍園が監視カメラのある教室内でも容赦のないことを知っている。

 今のは最後の確認だ。これ以上言葉を発すれば自分が痛い目を見るのが簡単に分かった。

 

「おい伊吹、体育祭前にあの馬鹿の怪しい行動はあったか?」

 

 突然呼ばれたことに伊吹は少し驚くが、すぐに記憶を辿って行く。

 

「……あるかもしれない。確か、体育祭開始の5日くらい前に」

 

「5日くらい前か。その日は俺が策の説明をした日で間違いないか?」

 

「……多分、……いいや、合っている。あいつはあの話し合いが終わった後に誰かを見ていた。

 でも私が見た時にはあいつの視線の先に誰もいなかった。これ以上は分からない」

 

「いいや、十分だ。あの日すぐに教室から出ていった奴が裏切者でほぼ確定だ。

 あの日に録音して逃げたと見ていい。これである程度候補は絞れた。

 それと伊吹、今度から試験前はあいつの些細な変化も俺に報告しろ。あいつはお前の前なら割とボロを零す。いいな?」

 

 不服そうでいてどこか嬉しそうな。そんな感情が入り交じった表情を浮かべながら伊吹は頷いた。

 意思表示を確認した龍園はもう一度クラスメイトの表情を楽しそうに観察し始める。

 

「さて、最初で最後の警告だ。裏切った奴はこの場で名乗り上げろ。今なら、俺の寛大な心で許してやるよ」

 

 迷わずストレートな質問。当然のように誰も言葉を発しない。

 

「まぁ、俺のクラスを裏切るような奴だ。それなりに肝っ玉は据わっているんだろうな」

 

 視線を逸らし無関係を装う者、他の誰かだろうと視線を右往左往させる者。

 あるいは注目を浴びないように気配を殺す者。

 龍園は彼らの一挙一動を見逃さないような執念深い観察をもう一度行う。

 そして引き裂いたような笑みを浮かべた。龍園は教壇から降り、教卓前に座る女子生徒に顔を近づける。

 

「藪、随分と顔色が悪いな」

 

「ひっ!?」

 

 藪菜々美。Cクラスに所属する女子生徒。

 大人しそうな雰囲気は争いを好まない性格を連想させる。

 そんな彼女が『暴力』をちらつかせる龍園に睨まれれば涙目になって震えあがることしかできない。

 

「お前だな。録音をしたのは」

 

 それが確定した事実のように龍園は告げた。

 

「……ち、違う! 私は席が近いからや、やれって!」

 

 絞りだしたようなかすれた声に龍園は満足そうな笑みを浮かべた。

 彼女の発言、それは龍園を笑顔にさせるだけの理由があった。

 言うまでもなく、裏切り者について。ひいてはその関係者だと思われる人物の発見。

 

「そうか。ならなぜ俺に報告しなかった? お前が誰にやれと命令されたかは知らないが、そいつは俺より逆らえない存在だったのか?」

 

「……そ、それは……」

 

「クク、まぁ良い。それで誰に命令されたんだ?」

 

 既に目を合わせられない藪。

 龍園は見たくないものを逸らすように頭を下げる彼女を見下ろした後、視線を動かす。

 そこにはもう1人の怯えた表情を浮かべる女子生徒が1人。

 元々知っていたかのように次の標的を決めた。

 龍園はカツカツとわざとらしく足音を立ててその女子生徒の前へと歩みを進め、そして止まった。

 

「あっ……あっ…………」

 

「どうした、随分と息が荒いな真鍋」

 

 恐ろしい状況に体だけでなく喉も震え、まともに声を出せない真鍋志穂。

 弱肉強食が顕著に表れている。これから真鍋はただ食われるだけ。

 抵抗すればするほど、それは己の首を絞めることになる。

 だから素直にその事実を受け入れるしかない。

 

「ご、ごめんなさい。わ、私……も……命令されて……」

 

「安心しろよ。許してやる。それより誰に命令された?」

 

「そ、それは……」

 

 真鍋は怯えながら周囲を確認する。

 クラスメイトは思いもよらぬ生徒が裏切り者だったことに理解が追い付いてなかった。

 真鍋はCクラスの女子カーストでは高い位置にいる。

 容姿は特段整っているわけではないが、丁寧に整えられているウェーブがかけられた髪、他にも爪や手、肌などと自分の容姿に対して最大限の努力をしている。

 加えて、強気な言い分と引き際を見分けられる目。

 自分の立ち位置に細心の注意を向けながら生活する普通の女子高生だ。

 だが、そんな彼女でも龍園に見つかってしまった。

 

「周りにバラしたら何か制限を受けるのか? なら、仕方ないな」

 

 そう言うと、龍園は教卓へ戻っていく。

 前に戻ると、クラス全員に向けて発言する。

 

「裏切り者は見つかった。だが、Cクラスに裏切り者を作ったDクラスの奴……そうだな、Xとでもしようか。

 Xはこれから時間をかけて探していく。よって、たった今からCクラスの標的はDクラスへ変わった。Dクラスが二度と再起できないように叩き潰す」

 

 素早く要点だけを述べると、ここで起きたことを話すなという脅しを告げた後に解散が促される。

 部活が迫っていたり、予定がある生徒は逃げるようにやや駆け足で教室から出ていく。

 

「真鍋、藪、そして山下もか? 今からすべて吐いてもらうが、もちろん拒否権はない。嘘を吐いた時は分かってるよなぁ?」

 

 龍園は真鍋と仲良くする藪ともう一人の女子生徒である山下に声を掛ける。

 山下も2人同様怯えた反応をする。

 何らかの事情を知っているのは明白だった。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 人払いを終えたため、教室内には容疑者の三人と龍園、石崎、伊吹、金田、アルベルトが残る。

 石崎とアルベルトは容疑者を逃がさないように退路を防ぐ。

 教卓に座る龍園の左右に伊吹と金田が取り調べの見張りをするように立っている。

 

「質問だ。お前らに指示を出した人間が誰だか分かっているのか?」

 

 その問いかけに真鍋は首を左右に振って否定する。

 

「お前たちがCクラスを裏切った理由は何だ?」

 

「そ、それは……」

 

「今さら隠す必要はない。それともまだ抵抗するのか?」

 

 軽い口調であるが、その威圧感に真鍋たちは再び震えてしまう。

 どうしようもないこの状況を解決するには、真実を口にするしかなかった。

 

「D……Dクラスの軽井沢恵って知ってる?」

 

「名前と顔はな。平田の女だろ」

 

「あの子。その、今でこそ強気な態度だけど……昔はいじめられていたみたいで……」

 

「ほう、それで?」

 

「リカが、軽井沢に酷い扱いを受けていたから、仕返ししようと……」

 

 真鍋は怯えながらも、自分たちのしたことを話していく。

 事の原因は軽井沢によるCクラスの女子、諸藤リカへの酷い扱い。

 それを根拠にして真鍋たちは軽井沢に仕返ししようとしたが、弱みを握られる結果となった。

 その弱みとは、仕返しとして行った暴力行為を撮影されてしまったこと。

 それを基に脅された。

 事実が明るみになれば真鍋たちが停学以上の処分を受けてしまう。

 加えて、Cクラスに被害を与えてしまうので龍園に叱責される。

 学校と龍園、双方から逃げるために裏切り行為を働いたことを包み隠さずに話した。

 

「なるほどな。随分と面白い遊びをしたもんだ」

 

「それでこの結果なら馬鹿としか言えないでしょ。阿保らしい」

 

「責めてやるな伊吹。人間ってやつは追い込まれると弱い生き物だ」

 

 既に真鍋たちを許すと決めている龍園はこれ以上彼女たちを責め立てることはしない。

伊吹はその事に少しだけ驚いた。

手温い。かつての、それこそ入学当初の龍園ならば、失敗を戒めさせるために暴力を振るっていただろう。

しかし、それをしない。寛容というにはあまい評価だが、それでも暴君よりも格の高い支配者になったように感じた。

 

「重要なのはここからだ。暴力行為を働いた時、誰かに見られたか?」

 

「……うん。船上試験が終わった後、私たちが軽井沢に2回仕返しを行ったの。

 それで1回目の時、Dクラスの平田くんと佐藤さん、松下さん、綾小路くんに見られた」

 

 浮上する4人の名前。

龍園は事の経緯を察して笑う。

 

「だが、2回目は名前も知らない協力者の連絡のおかげですんなりと仕返しが上手くいったか」

 

「……後日その時の写真が送られてきて」

 

「その写真は?」

 

「勿論消したよ! そ、そうじゃなきゃ、私たちっ、だから……」

 

 証拠となる物は既にないと真鍋は必死に言葉を紡ぐ。

 

「分かった。これで状況の把握は完了だ」

 

「名前の挙がった4名の誰かがXと見て良いですね」

 

 これまで一言も発さず状況を見守っていた金田が口を開く。

 

「というか、その4人の中じゃダントツで平田が怪しくないか? 軽井沢は平田の彼女なんだろ? 

 彼女を傷つけられた仕返しに脅したってのが筋通ってる気がするんだよな」

 

「それはどうでしょうか。僕としては綾小路氏の方が怪しい気がします。

 彼は堀北氏と一緒にいることが多い。それに体育祭で運動が出来ることが露呈した。まだまだ隠していることがあるかもしれません」

 

「綾小路が? あれはただのお人よしな感じがするけどね。何回か絡む機会があったけど、暗躍とか出来そうにない雰囲気だったし」

 

 石崎、金田、伊吹とそれぞれの意見を順々に言っていく。

 龍園はやや真剣な顔つきで何かを思考した後、腰掛けていた教壇から降りる。

 

「黙れお前ら。その4人はXの可能性が高いだけだ。写真を撮ったのはその4人の誰かで間違いないが、それだけの情報で安直にXと結び付けるな。

 俺の見立てじゃ、Xは相当頭が回る。体育祭で俺の策をすべて把握した上で対抗策を事前に取っていやがったんだ。予測能力はカムクラと同等と仮定する」

 

思わず、部下たちは目を見開く。

カムクラと同等。いくら仮定とは言え、あの龍園が敵にする評価としては間違いなく最上級のもの。

それほど今回の敵は厄介。その認識が広がっていく。

 

「加えて、鈴音のぞんざいな使い方。俺に傷つけられることを歓迎したような使い方から見ても周りの奴らは駒としか見てない。

 今名前が挙がった4人もXの駒である可能性も十二分にある。クク、この腹黒さ、Xは俺や坂柳と似た思考をしていると睨んでいいな」

 

 4人の誰かがXの可能性は確かに大いにある。

 だが、写真を撮影した誰かがXに意見を求め、行動を実行した。その可能性も否定できない。

 

「Xは上手く身を隠しやがったな」

 

 Dクラスのカーストトップ男子である平田。体育祭で見せたレベルの高い運動神経と堀北と良く一緒にいることが特徴的な綾小路。軽井沢と行動することが多い佐藤と松下。

 龍園の頭の中では全員グレーなだけで黒とは断定できない。

 体育祭のことを考慮すれば、突然出てきた高円寺や他の活躍した選手、Dクラスの裏切者の櫛田だってグレーだ。

 もっと言えば坂柳のように運動こそできないが頭が回るタイプが潜んでいる可能性も否定できない。

 候補が多すぎる。断定できるような情報も残していない。

 だからこそ、Xは上手く隠れたと評価した。

 

「だが、俺から逃げられると思うなよ。必ず炙り出してやる」

 

 龍園はゲームを楽しんでいるかのように笑う。

 状況は未だ整理しただけ。ここからもう一押ししてXへの手がかりを掴む必要がある。

 龍園は次の策を打つために携帯を動かす。

 今回の事件のキーパーソンである軽井沢恵とその周囲を探るために行動を起こした。

 

 

 

 ──────

 

 

 

 教室を抜け出した僕はそのまま職員室へと向かう。

 景観が変わらない廊下に飽きながらも歩みを止めずに進んでいく。

 僕は特別試験について思い返す。

 総じていうのならば、今期の試験は難易度が高いと言っていい。

 一蓮托生のペアを組み、1教科につき2人で60点以上、合計700点以上を取らなければいけない。

 片方がミスをすればもう片方も退学。勉強が苦手な者同士が組んだり、不得意な科目が被ったりすると、一大事になりかねない。

 Cクラスはお世辞にも学力が高いとは言えない。

 金田くんや椎名さんを筆頭とした勉強が得意な者もいるが、総合的にはAクラスやBクラスに劣る。

 対策をしなければ、やはり今回のテストは危険度が高いと言える。

 そのため、今回の期末テストに向けて今からできることはやっておいた方が良いだろう。

 龍園くんは対策として勉強会をしない。ゆえに、その役目は僕に任される。

加えて、ペアがどう組まれるのか、その法則を暴くために行動しだす。

 僕もこれといってやることはないので、暇つぶし感覚でペアの法則を考えていた。

 そして現在、職員室に向かっているという訳だ。

 

「着きましたか」

 

 到着したのは職員室。

 普通の教室と同じ扉にもかかわらず、何となく重厚感のある扉。

 学生にとって職員室は近づき辛い場所、そう言えるのかもしれない。

 僕は扉を三度小突き、気兼ねなく開けた。

 大量の紙幣からくる独特の匂いと立ち上る豊かなコーヒーの香り、それらを搔き消すように消臭剤が蔓延っている。

 学生の使う教室より奥行きあるこの場所は沢山の先生方が業務に励んでいた。

 

「あれれ? 君はもしかしてカムクラくんかな?」

 

 目的である坂上先生を探していると、背後から女性の声が聞こえた。

 知っている声だ。僕は振り返り、その女性を確認する。

 そこには予想通り、Bクラスの担任星乃宮先生が何枚かのプリントを持ちながらこちらに歩みを寄せていた。

 どうやらBクラスもホームルームが終わったようだ。

 

「坂上先生を探しているのかな? なら、まだ来ないよ~。さっき飲み物買いに行ってたからね」

 

 こちらの状況を察し、要点を纏めて告げる星乃宮先生。

 口調や距離感は教師というより学生に近いものだが、体格や雰囲気は大人の女性だ。セミロングで軽くウェーブのかかった髪型は良く似合っている。

 

「そうですか。情報ありがとうございます」

 

「そんな畏まらなくていいよ。それよりさ、坂上先生が来るまで暇でしょ? ちょっとお話ししようよ」

 

「構いませんが、良いのですか? そのプリント、何かの報告書のように見えます」

 

「これは今日中に提出するものだから後でも大丈夫。ていうか、そんなこと学生の君が気にすることじゃないって」

 

 ニコニコと笑いながら僕との距離を詰めて来る。

 

「それにしても本当に長い髪だね。切らないの?」

 

「必要がありません」

 

「ええ~、折角顔が整っているんだからさ。もっとかっこいい髪型にしなよ~。モテるよ~」

 

 そう言いながら僕の頬を人差し指で突いてくる星乃宮先生。

 スキンシップと距離感の近さ、やはり学生のノリだ。

 しかし、こちらを見る瞳は笑っていない。

 この状況を楽しみながらもこちらの挙動を観察していた。

 

「モテる必要はありません」

 

「それは彼女がいるということかな? 1人の女の子に夢中で他の子からのアプローチは入りませ~んっていう意味?」

 

「彼女はいません。夢中になっている女の子もいません」

 

「そっかぁ、君は何人かの女の子と仲良くしているって聞いたんだけどね~。

 ……そうだ! 坂柳さんとはどうなの? 夏休み一緒に遊んでたって噂になってたよ。それって真実? かわいい? どこが魅力? 君から見て坂柳さんは彼女にあり?」

 

 彼女は思い出したかのように話題を振り、マシンガンのように怒涛の質問を打ち込んでくる。

 興味が先行して観察することがだいぶ薄れてきているように見える。

 

「遊んだという噂は真実ですが、どうともありません。

 坂柳さんの容姿は整っています。魅力は多々ありますが、特筆するなら彼女の目、分析力です。彼女にするなら選択肢に入りますが、僕に彼女は必要ありません」

 

「おお! 君、中々いける口だね! じゃあ、一之瀬さ────いったぁ!!」

 

 スパンと響きの良い音が廊下に響く。

 音源は星乃宮先生の頭。原因はクリップボード。事件の概要は彼女の背後から犯人によるクリップボードの一振りだ。

 

「必要以上に学生に絡むな、チエ」

 

 犯人、Dクラスの担任茶柱先生が頭を押さえて蹲る星乃宮先生を冷めた目で見ていた。

 

「ちょっとくらい良いじゃんサエちゃん。カムクラくんも嫌そうに答えてなかったよ。

 つまり、同意だよ同意。そりゃぁ、未成年には同意があってもダメだけどこれくらいのお話なら良いでしょ」

 

「……だとしてもだ。学生の好みを聞き出す必要はない。カムクラ、お前もこんなのに関わらなくていい」

 

 クリップボードでもう一振り行く雰囲気を見せる茶柱先生に堪らず逃げる星乃宮先生。

 彼女は僕の背後に回り両肩に手を乗せ、盾のようにする。

 

「……大方、坂上先生を待っている時にこいつに絡まれた。それで合っているか?」

 

「合っています」

 

「そうか。なら、ここで待っても時間を無駄にするだけだぞ。

 今日のこの時間帯、坂上先生は会議だったはずだ。戻ってくるのも遅くなる」

 

 その言葉を聞いた瞬間、背後で隠れる星乃宮先生を睨む。

 彼女は目線を合わせない。先程の会話に嘘はなかった。つまり、今の今まで本当に忘れていたのだろう。

 

「ごめんって。誰にだってミスはあるじゃん」

 

「責めてません。ただ、少々時間を無駄にしたと思っているだけです」

 

「すっごく責めてるじゃん。……おおっ、良い匂い。良いシャンプー使ってるね」

 

 肩から手を放すと同時に、髪に触れる星乃宮先生。

 全く反省してないその行動には呆れを通り越し、その図太さは尊敬できるかもしれない。

 茶柱先生に睨まれると、そそくさと彼女の隣へと移動した。

 

「何か用件があるなら伝えておくが?」

 

「そうさせてもらいます」

 

 不在であるならば仕方ない。僕は茶柱先生に用件を告げる。

 

「今回の期末テストの退学者数は何組か、これでお願いします」

 

 僕がそう言うと二人の先生が僅かに驚く。しかし、すぐに表情を整える。

 

「坂上先生はクラスに甘いのか厳しいのか分からないね~」

 

「時に甘く、時に厳しくしているということだ。

 カムクラ、その質問は私が代わりに答えられる。それでいいか? 安心しろ、嘘はない」

 

 僕は頷いた。元々、嘘は見抜けるので問題ない。むしろ手間が省けた。

 こういうものは担任に聞くべきだと思っていたが、試験に関することは他クラスの先生でも答えてくれるようだ。

 

「この期末テストでの退学者数は通年Dクラスから1組、2組だけだ」

 

「ちなみに、大抵Dクラスからだけで意外と少ないよねぇ、サエちゃん」

 

「……少ないかどうかを感じるかは私ではない。カムクラだ」

 

 茶柱先生は淡々と告げた。嘘はない。確かに事実のようだ。

 しかしテストの難易度の割には、想定以上に退学者が少ない。

 今回の期末テストはペアが最も重要になっているのは言うまでもない。

 組み合わせによっては簡単に退学者が量産される。

 にもかかわらず、Dクラスから2組程度。

 これすなわち、ペアの法則は退学者を減らす、または出しづらい法則に準じている可能性が浮上する。

 そこから1つの答えを導いていくと、学力の高い人と低い人同士でペアを組むと考えられる。

 小テスト実施後にペアが決められるということも踏まえれば、小テストの点数を目途にして高い者と低い者が組んでいくというのは一定の信憑性があった。

 

「情報ありがとうございます。それでは、僕はここで失礼します」

 

「あっ、待ってよ。他には質問ないの?」

 

 冗談を言いながら星乃宮先生が僕を引き留めようとする。

 僕は少しだけ気になったことがあったので、背を向けることを途中で止め、再度二人の女性に向き合った。

 

「では、1つ質問を良いでしょうか」

 

 クリップボードを持ち直していた茶柱先生。怯えるふりをする星乃宮先生。

 教師にしては距離感が近く、仲睦まじい姿だ。

 彼らが頷く前に僕は質問を強行する。

 

 

「あなたたちのその歪な関係、それはどちらの『感情』が原因ですか?」

 

 

 所々に見せた星乃宮先生の悪意。

 それを見過ごしながらも視線が僅かに下に落ちる茶柱先生。

 上っ面の仲の良さ。少なくとも、この学校に入って様々な人間が僕に教えてくれた仲の良さとは別物だ。

 

「何言ってんのカムクラくん~、私とサエちゃんが歪な関係なわけないじゃん」

 

 そう言って茶柱先生の腕に手を回す星乃宮先生。

 張り付いた笑顔はまさに嬉しさがあるそれ。

 しかし、僕の超分析力の前では何の意味もない仮面だ。

 

「そうですか。なら僕の分析が間違っていたということですね。失礼しました」

 

 僕は今度こそ彼女たちに背を向ける。

 チクチクと刺さってくる鋭い視線。それがどちらの者かは推測する必要はない。

 ただ、BクラスとDクラスは運が悪いと他人事のように感じていた。

 

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