爆弾投下します
特別試験、通称ペーパーシャッフルの説明が行われてから数日経過した。
今日はペーパーシャッフルにも大きくかかわっている小テストの前日だ。
Cクラスの生徒達は各々の勉強法で明日に向けて勉強を継続している。
「注目しろ」
朝のホームルームが開始する前に、龍園くんが教卓前に立ち、発言した。
その後すぐに彼の隣へ金田くんが躍り出る。
龍園くんとアイコンタクトをした後、口を開く。
「明日行われる小テストについて皆さんに言うことがあります。
それは今回の特別試験で組むペアの法則についてです。今からその法則を伝えさせてもらいます」
周囲の生徒を1人1人観察しながら金田くんは平然と話していく。
反応は人それぞれ。座りながら驚く者もいれば立ちながら話半分で聞いている者もいる。
「ペア決めの法則は何も難しくはありません。
『クラス全体で見た時、最高得点と最低得点の所持者がペアを組む』というシンプルな法則です。例を出すなら100点と0点、99点と1点がペアを組むと言った感じですね」
金田くんは要点だけを説明していく。龍園くんは自身の情報ルートで正解を導けたようだ。
龍園くん本人が説明するのではなく、金田くんに説明させるのは学力に定評がある彼に言わせることで信憑性を上げ、余計な面倒を減らすためだろう。
「その法則が正しいという根拠はあるのですか?」
椎名さんが読んでいた文庫本を閉じて質問する。
「今回の試験、先生方に詳細を聞いてみれば、退学率が異様に低かったんですよ。純粋な学力を競い合い、面倒なルールが複数ある難易度の高い試験にもかかわらずです」
「退学率が低い……言い換えれば、退学にならない何かしらの救済措置がある、あるいはペアの組み合わせが必然的にバランスの良い組み合わせになっているか」
「クク、流石だなひより。だがこの学校で退学にならないための救済措置というのは300cpと2000万ppの他にない。このルールは絶対だ。ならば後者の可能性が高くなる」
「なるほど。ご解説ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて、彼女は読書を再開した。
相も変わらず本の虫。入学当初から全く変わっていない。
「という訳だ。そして本題はここからだ。金田、話を続けろ」
もう一度全体に注目するように教室内を一瞥する。
金田くんはコホンとわざとらしく咳をした後、説明していく。
「この法則から分かりますように、ペアは成績下位者が成績上位者と自動的に組むようになっています。
普通に小テストを受ければ別に問題はありませんが、ペアの例外を起こさないためにより確実にペアを組んでいく、それが小テストに対しての方針になっていきます」
例外というのは、要は普段取っているテストの得点よりも高すぎたり低すぎたりするような結果だ。
例えば僕が0点を取ったり、石崎くんが100点を取る。僕は100点に近い者と組み、石崎くんは0点に近い者と組む。
得点を稼げる者同士が組んだり、逆に高得点を取れない生徒同士で組むことが起きてしまう。
前者はまだしも、後者は退学が確定したようなものだ。
そんな非合理的な行動をさせないようにペアを意図的に操作する必要がある。
「小テストは簡単とされています。なのでペアを組むのは比較的簡単なはずですが、念の為今から名前を呼ぶ人たちは今日の小テストを名前だけ書いてください」
金田くんは取り出した紙を見ながら名前を読んでいく。
彼らは先日行われた中間テストの成績下位者10名だった。石崎くんや小宮くん、西野さんの名前が呼ばれている。
名前だけを書くということは小テストを0点で取ること。普通なら成績に関係してくるが、今回の小テストは成績に反映されない。
よって、確実に成績下位者を作ることが出来る。
「次に名前を呼ぶ人たちはテストで高得点を取ってください」
金田くんは続けて名前を呼んでいく。
僕や椎名さん、金田くん自身等、中間テストの成績上位者10名たちだ。
「今名前を呼ばれなかった者たちも同様に取る点数を狙ってもらいます。
先の中間テストで11位から20位の人は65点以上を、21から30位の人は45点以下をそれぞれ目指してください。これでバランスの良いペアになるはずです」
そうして金田くんは話を締めくくり、龍園くんに発言権を返した。
任務を終えた金田くんを席に戻し、龍園くんはもう一度問いかける。
「何か質問や反対があるやつは今のうちにしろ。今ならまだ優しく対応してやるよ」
「……一つ良いかな龍園くん?」
「構わないぜ矢島、何が聞きたい」
姿勢よく挙手する矢島さん。
周りには彼女と仲の良い女子が引き気味の表情を浮かべている。
しかし、彼女は止まることなく言葉を続けていく。
「私はこの方針に賛成なんだけど、1つ疑問に思うことがあるの。
それは成績中間者たちについて。成績が良い人と悪い人がペアを組めば、成績の悪い人の面倒を見たりもするから退学する確率もうんと下がる。
けど、同じくらいの学力同士なら対策を取るのが難しいと思う。得意科目とか苦手科目が被っていた時とかも大変だと思う。そういう人たちはどうすれば良いの?」
「良い着眼点だ。この試験で退学になるとすりゃ、お前の憂慮通り、成績中間者同士のペアだろうな。
可能な限りバランスの良いペアは作るが完璧には作れねぇ。それこそ苦手科目が被っちまうという最悪な結果も起こり得る。
だが、安心しろ。成績中間者に関わらず、成績に不安がある奴ら全員に対して、俺は勉強する場と機会、そして教師役を用意してやる」
「……それは成績上位者10名の誰かってこと?」
「正確に言うなら成績上位者3名だ。ひより、金田、カムクラ……こいつら3人を教師役として出来る限りの勉強できる環境は用意してやる。
それで退学するなら後はお前らの努力不足だ。俺の知ったことじゃねぇ」
そう言って龍園くんは話を切った。
他に質問がないことを確認すると彼は自分の席へと戻っていく。
入れ替わるように坂上先生が教室に入ってくると、普段通りのホームルームが始まった。
──────────
1日の授業が終わり、放課後を迎える。
生徒たちはそれぞれのやりたいことのために下校を開始し始めている。
「少し良いかな、カムクラ」
そんな中、僕は坂上先生に話しかけられる。
普段はどの生徒に対しても敬称を付けて呼ぶが、個人間で話すときは名字だけで呼び、少し距離を縮めるようだ。
僕は応答の意思を示す。
「本日、ペーパーシャッフルの対戦相手の各クラスの候補が出揃いました。
しかし、AクラスとCクラスの希望相手がDクラスで被ってしまっています。そのため各クラスの代表1名を本日の放課後に集め、くじ引きをしてもらいたいのです」
被ったのがAクラスとCクラスのみ。
ということは坂柳さんの計画は失敗したようだ。
予定通りとも予定外ともいえる失敗だが、どっちにしても既に興味の湧かない話題だった。
「なぜ僕が?」
「おや? 龍園から聞いていないのですか」
あの暴君、僕への嫌がらせでわざと黙っていましたね。
「はい。伝達ミスがこちらの方で起きていたようです。ですが、くじを引くくらいなら別に構いません。場所はどこですか?」
「場所は会議室の1つで、すぐに終わりますよ。案内するのでついてきてください」
僕と坂上先生は足早に教室から出ていく。
特に何の障害もなく目的地に到着した。
「少々早く着いてしまいましたか」
坂上先生は扉の鍵を開け、会議室の電気をつけていく。
室内には船上試験同様、大きな円形の机が中心に、さらに囲うように椅子が整備されていた。SF作品に出て来るような会議室が連想される。
「時にカムクラ、この学校はどうですか? 君からの評価を聞きたい」
静寂を作り出さないためか、坂上先生が1つの椅子に座って話題を振った。
僕にも腰掛けるように手で指示する。
「別に何もないさ。軽めの二者面談だと思ってくれればよい」
暇な時間は退屈なので坂上先生と向き合うように腰掛ける。
僕は会話を続けた。
「厳しいルールやポイントというシステム等を見ても普通とはかけ離れている学校です。しかし、良い学校だと僕は思いますよ。
一般的に見て少し高い当たり前をやっていれば好待遇で生活可能ですし、人によっては特別試験も刺激になります。むしろ、恵まれすぎているくらいです」
「ふむ。学校としては嬉しい意見だ。そして、私個人としても同意見だ。教師から見てもこの学校の生徒達は常識外の好待遇をしている」
何かにメモをする仕草もない。どうやら本当に雑談するだけのようだ。
「無人島試験は退屈と言っていたが、船上試験はどうだった?」
「無人島試験よりは楽しめました」
「楽しいのならば良かった。君は感情を表情に出すことが極端に少ない生徒なので、こちらとしても少し心配でしたが、どうやら懸念だったようだ」
クラスを前にして話す時よりもややフランクに話す坂上先生。
どうやら、こちらが素のようだ。
「僕を注意しないのですか? 船上試験、クラスとしては大敗です。
身勝手に動き回る僕にCクラスの担任として何か思うことがあるでしょう?」
「……それを自分で言いますか。……そうですね、思うところはもちろんあります。Cクラスの担任として自分のクラスの評価が下がるのはあまり良い心象ではないですから。
しかし、私は教師で君は生徒。試験は生徒のために作られているものですから、結果は君たちのものです。そこに私が口を出す必要はありません」
「もっと忌憚のない感想が出るかと思いましたが、存外割り切っているのですね。
茶柱先生や星乃宮先生とはまた違った見方です」
「……彼女たちが少し特別なのですよ。真嶋先生ほど教育熱心なわけでもないですし、これが普通と思ってください」
少々ばつの悪そうな表情をした後、真嶋先生にやや対抗心をもやすような雰囲気で告げた。
同じ学校の教師、真面目な性格を隠し切れないこの先生ならばライバル視くらいはしていてもおかしくない。
「先生はあの2人に何があったのかを知っているようですね」
「何があった、ですか。どうして彼女たちの関係をそのように聞くのですか?
あの2人は生徒から仲が良く見えるとよく聞きますが、君にはそう見えなかったのですか?」
「上っ面だけの関係に見えました。ある程度仲が良いというのも本当なのでしょうが、本心で話し合っているようには感じませんでした」
「……そうですか。まぁ、私からは2人のプライバシーに関わることを言えません。しかし、君がそう見えたのならばそうかもしれませんよ」
先生は一度目を伏せ、暈しながら肯定した。
「陰口感覚で教えてくれないのですか? それともこういうのもポイントを払えば教えてくれるのですか?」
「絶対に出来ないとは言いませんが、基本的に難しいですよ。何せ個人情報の取り扱いですから」
プライベートポイントは万能じゃない。
法律に抵触しそうなことはさすがに難しいようだ。
そんな二者面談とも言えない軽い雑談をしていると、会議室の扉が3回ノックされた。
「失礼します」
そう言って入ってきたのはAクラスの葛城康平だ。
彼はAクラスの担任である真嶋先生の後に続きながらこちらに近づいてきた。
「お待たせしました。では早速始めてしまいましょう」
真島先生がそう言うと、坂上先生は頷いた後、カバンから何かを取り出す。
一辺15㎝程の厚紙で出来た正方形。これがくじ箱と見て良いだろう。
「この中には二枚の紙が入っています。一枚は『当たり』と書いていて、もう一枚は白紙です。
もちろん『当たり』を引いた方がDクラスと対戦できます」
坂上先生が説明していく。
今回くじ引きする理由を改めて言っておくと、AクラスとCクラス、どちらがDクラスと対戦するかを決めるためだ。
そのため各クラスの代表者を1人決め、今日ここに集まったわけだ。
「運の勝負だ。恨みっこなしだぞ」
葛城くんが軽いコミュニケーションを取ってくる。
「後で恨まないでください」
「もう勝ったつもりか?」
「幸運の才能くらい持っていますから」
「フッ、幸運の才能か。運が良いと言いたいらしいが、随分と誇張した言い方だな。確率である以上、勝負は五分。終わって見なければわからない」
残念ながら、僕の幸運はそうそう簡単にはマイナスにならない。
葛城くんには申し訳ないが、このツマラナイ才能を身をもって体験してもらいましょう
「それでは引いてください」
坂上先生がそう言うと、葛城くんからくじを引いた。
僕も続いてくじを引くと、坂上先生が不正がないように箱の中にくじが入っていないことを真嶋先生に見せた。
「よし、2人とも開いてくれ」
真嶋先生の指示通り開くと、やはり僕の方に『当たり』の文字があった。
そのことを確認した真嶋先生がメモを取る。
葛城くんは悔しそうな表情を一瞬浮かべたが、運であるため割り切っているように見える。
「これで今日は終わりだ。2人とも時間を取ってすまなかった。解散して良いぞ」
真嶋先生が解散を促すと、僕たちはお互いに教室から出ていく。
別に仲が良い訳ではないので一緒に帰りたいとは思えない。だが向かう場所は同じくして下駄箱。
よって、葛城くんは横を歩いている。
「あっ、葛城さん!!」
だからといって話すわけではない。
下駄箱に到着すると、葛城くんを出迎える生徒が数人いた。
葛城くんは彼らの方に寄っていく。『普通』の学生らしく、友人と帰宅準備を進めていった。
僕は颯爽と離れ、そのまま昇降口を出ていく。
「……やっと来た」
昇降口を出るとすぐに、壁に寄りかかっている伊吹さんがいた。
10月下旬となり、少し肌寒い季節となったが、スカートから下は肌を顕にしている。
校外で理由もなく僕を待つにしては理解に苦しむ行動だ。
「何の用ですか」
「買い溜めしたい。だから持つの手伝って」
伊吹さんは携帯をポケットにしまい、壁から背を離す。
ムスッとした表情は彼女の普段通り。傍から見れば機嫌が悪いように映るが、いつもと大差ない。
「別に構いませんが、事前に連絡すれば良かったのでは?」
「言おうと思ったら坂上先生に連れていかれたじゃんあんた。すぐ終わるって聞こえたからここで待ってた」
生徒は昇降口を起点として下校する。
確かにここで待っていれば目的の人物は見逃さない。しかし、効率の悪いやり方だ。
「何分待っていたのですか?」
「10分くらい。……言っとくけど、明日の小テストの勉強してたから別に時間は無駄にしてないからね」
「そうですか」
こちらが考えていることを察していたのか、彼女は牽制するように告げる。
上手い時間の使い方をしている。そう彼女を褒めると調子づくため、適当にいなした。
「ねぇ、今日の夕食作って。食材のポイントは出す」
「構いませんが、食材運ぶついでなのであなたの部屋で作りますよ」
「別に良いよ。夕飯たかる時いつもあんたの部屋だったし。異性の部屋に入るのに緊張しますって感じでもないだろ」
緊張はない。
集会がある時は大抵僕の部屋だし、それ以外なら基本カラオケが選ばれていたので、物珍しく感じるくらいだ。
「まぁ、特に何も感じませんね」
「……あんたのことだから悪意ないんだろうけど、その言い方さぁ」
「ちゃんとわざとですよ」
愛想のない表情がみるみる変化していき、あっという間に吊り上がった目と攻撃的な雰囲気が完成する。
そしてすぐに右足を高く上げ、僕の左上腕に狙いを定めた。
大した勢いのない蹴りであるため、僕は防御の姿勢を取らずに攻撃を受けた。
「スカートで蹴りはやめた方が良いですよ」
ヒラリと舞うスカート。あと数㎝高く上がり、かつ勢いがあればアウトだっただろう。
「下着見たら殺す」
理不尽な発言後、足を下ろすと帰路へ。
不機嫌な様子で歩いていくが、彼女は僕がついてくると疑っていない。何度も彼女と歩いた事実、その記憶がその推測を肯定している。
この何もない時間の反復が、日常と言うのだろう。
ーーーーこの日常がまた続いていく。
僕という怪物を待っていた距離感の近い少女や暴力をこよなく愛する少年、本に夢中な少女や絵に描いたような射程を続ける少年と。
これは劣化です。本当に、くだなさすぎる変化です。
「……早くついてきてよ」
伊吹さんは止まっている理由が思いつかないため不服そうに睨む。
「何が食べたいんですか?」
僕はそう言って彼女へ追いつくように歩みを始めた。
その日、僕たちはくだらない雑談をしながら『普通』とも呼べる日常を過ごした。
────────
そして翌日。あっという間に小テストの日がやって来た。
坂上先生の腕には大きめな茶封筒が抱えられている。小テストの問題と解答用紙が入っているに違いない。
「皆さん席についてください。連絡していた通り、今日のホームルームは小テストを受けてもらいます。
ですがその前に君たちに伝えておくことがあります」
そう区切りをつけてから、くじ引きの結果及び坂上先生はペーパーシャッフルの対戦相手を発表していく。
対戦相手を纏めるとこうだ。
Aクラス→Bクラス
Bクラス→Aクラス
Cクラス→Dクラス
Dクラス→Cクラス
矢印は攻撃する相手を示している。
この対戦表でペーパーシャッフルは行われるようだ。
「今からテストだというのに皆さん落ち着いていますね」
坂上先生が周囲をぐるりと見渡した後に告げる。
「石崎くん、テスト前はいつも暗い表情をしていますが、今日は調子が良さそうですね。何か秘策でもあるのですか?」
「へへっ。まぁ見ててくださいよセンセイ」
自信満々で告げる石崎くん。
彼と似た成績を取る生徒たちもみな、もれなく浮かれていた。
何せ今回の小テスト、成績下位者は名前を書くだけで良いのだ。不安なんてある方がおかしい。
「悔いのないように解いてくださいよ。今回の小テストは成績に反映しませんが他の事には反映される可能性が大いにありますから」
僅かに目を細め、脅すように生徒たちへ言い放つ。
生徒たちは先生からの忠告に怯みかけるが、すぐに平常時の意識が戻る。
暴君の命令には逆らえない。たとえその脅しのような言葉が本当でも彼らにはそれ以上に達成しなければいけないことがある。
ゆえに、靡かない。
「どうやらこれ以上の話は無駄話になりそうですね」
坂上先生は前列の生徒に問題用紙、解答用紙を配っていけば、生徒たちは全員に回るように後ろへ回していった。
「くれぐれもカンニングだけはしないでくださいね」
最終勧告のように告げる坂上先生。不必要な警戒が生徒たちの中に込み上がる。
何も対策を考えずに問題を解けば平均点に近くなってしまう。警戒を思考に入れたための安全重視行動がテストの点を普段の点数と変える可能性もある。
そうなればペアを組むのに支障をきたす。
だが、Cクラスの生徒はこの発言に騙されない。そう仕込まれている。悲惨な結果は待っていない。
「それでは、小テストを開始してください」
合図と共に小テストの幕が開けた。
問題を確認すると、非常に簡単な問題がずらりと並んでいた。
中学課程の復習、あるいはそれ以上に容易い問題だ。思わず声が漏れそうになる。
60点までは誰でも点数を取れるテストと見て良い。
しかしその甘い罠にははまらない。
対策通り、Cクラスの生徒はテストを乗り切った。
────────
何もない黒い空間。
無数の英数字がこの世界を模っているように浮いているだけで他に物はない。
ここは新世界プログラム。それも管理者権限を持っている人間だけが存在することを許される空間だ。
「……今度はここか」
物理法則を無視して空中を前進する白い男が真下を見据えながら告げる。
白い男は重力の向きに従い、垂直落下していく。地面、そんな概念があるのかも分からないが、踏みしめている両足部分に手を翳す。
すると空間に穴が開き、今度は物理法則に従って穴に落ちていく。
落ちた先の景色は色づいていた。
幾千もありそうなビル群、所々に見える緑豊かな自然、完璧に舗装されている道路には通行人や自動車が横行していた。
白い男は自由落下に従い、加速しながら通行人のいる道へと着地した。
ドォーン! と爆撃音のような騒々しい音が土煙を上げて辺りを侵食していく。
人間サイズの物体がかなりの高さから落下したのだ。
当然の物理現象。落下した白い男の体はバラバラになっていなければおかしい。
「見つけたぞ」
しかし、白い男は何事もなかったかのように声を発した。
五体満足の白い男は土煙を手で払い、自らの視界を晴らす。
その晴れた光景の前には、派手な様相の女が嫌悪の視線を白い男に向けていた。
「……あのさぁ~、いい加減しつこいんだけど」
不機嫌そうに、それでいてどこか嬉しさの籠った声。
特段美しい声ではない。しかし、その声には人の心を魅了する魔性の音がある。
「それはこっちのセリフだ」
白い男は女を真正面から睨み返す。
しかしすぐに、自身の身体へ目線を動かした。
なぜなら白い男の身体が電波障害が起きた時の映像のようにブレ始めたからだ。
「うぷぷ、随分無理しているね」
女は白い男へ独特かつどす黒い笑みを向けた。
健康的な白い歯を見せ、両手を翼のように大きく広げる。
「そもそも、
アンタさぁ、本当にあいつの才能を受け継いでいるの? 絶望的に効率悪いんですけど!」
下品な笑いで女は白い男を煽り立てる。
コロコロと変わる口調は一般人なら聞いていて辟易しそうだ。
「まっ、しょーがないよね! なにせ今のアンタはこの世界に『希望ヶ峰学園に関係する全ての事象』をオールデリートするプログラムを打ち込んだ後だもんね!
そりゃ、その条件は確かにこの世界からアタシを手っ取り早く消し去る方法だけど、その条件だと
「強がるな。オールデリートでアルターエゴ……いや、
ウイルスである以上、無限に増殖するつもりなんだろうが俺がそんなことをさせない」
白い希望と黒い絶望。連想しやすい色は彼らの立ち位置と同じ。
両者は相手を怯ませるような強い視線をお互いに向けているが、どちらも後退する様子はない。
「オールデリートで消滅しないように何かしらの対策を仕組んだみたいだけど、さすがのアンタでも相当な行動制限を受けている。
そんな絶望的なまでに崖っぷちな状況で私様をデリートしきれると思っているのかしらねぇ、カムクラ?」
「今はカムクラじゃない。────俺は日向 創だ」
白い男、日向の凄まじい剣幕に女は眉を顰めた。
舌打ちをして、より強い殺気を持って日向に悪態をついていく。
「……あっそ。どっちにしてもそうやって鼬ごっこしていれば。
アンタの活動限界が先か、プログラム内の至る所に隠れている全アタシが消滅させられるのが先か。そんなの火を見るより明らかでしょ」
「さぁ、どうだろうな。別の選択肢だってあるかもしれないぞ」
日向は挑発的な笑みを江ノ島に向けた。
ブレは少しずつ大きくなってきていて、長い時間この場に滞在できる雰囲気ではなくなってきている。
「また新しい未来を創るとでも言いたいのかしら? ……うぷぷ、なら何度だって言ってあげるよ」
女は腕をクロスし、中指と薬指を折ってどこぞの芸能人のポーズのような独特なポーズを作り出す。
絶望で塗りつぶされたぐちゃぐちゃな瞳を日向に向けた。
「奇跡はそう何度も起きない! アンタの消滅はあの時奇跡的に取り戻した日向創の人格すら消滅することを意味する!
今度こそ本当の意味でカムクラに戻るんだよ! 折角全てが上手くいったのにアンタは消えていくんだよ!」
舌を出し、聞く者の顔を歪ませる笑い声と笑顔が空間を軋ませる。
しかし、対峙するのは世界の希望。絶望を否定する。
「万が一、俺が失敗してもその未来は起こらない。そのための対策も残してきた。
そして悪いが、奇跡を起こすのがこの
日向は手を銃のような形にして人差し指を江ノ島へ向ける。
まるでダンガンを打ち込むように向けられたその指から何かが出る訳ではない。しかし数秒後、目の前にいる江ノ島の身体をボロボロと瓦解させていく。
笑い声とともに徐々に消滅していく江ノ島の破片。その一欠けらといえど、人々を絶望に導く劇薬だ。
「……さて、次も消していかなきゃな」
ブレ続けた日向の身体はとうとうこの場から消えていく。
しかし消滅したわけではない。管理者権限を持つ者のみが滞在できる空間に引き戻されただけだ。
日向は再び自分の使命を全うするために、次のウイルスの破片を探し始めた。
連投終了。
次は出来次第投稿します。