小テスト翌日のホームルームの時間がやってきた。
この時間に早くもテスト返却が行われることになっている。
坂上先生は白い方眼紙をホワイトボードに貼り付け、今まさにその準備をしていた。
「それではこれより、期末テストに向けたペアの発表を行う」
返ってきた小テストの結果が発表される。
椎名さんと小宮くん。金田くんと西村さん。僕と石崎くん。
ほぼ予定通り、成績上位者と下位者のペアが発表されていた。
1つ、個人的に気がかりというか、予定通りではないペアを挙げると────。
龍園 翔……伊吹 澪
「……龍園とペア? ……嘘でしょ?」
前の席に座る伊吹さんがそう告げる。
唖然とした表情で再度確認をしているが、書かれていることに間違いはない。
なまじ賢くなったため、手を抜いて試験に望む龍園くんとペアになってしまったようだ。
龍園くんも自分のペアが伊吹さんと気付いたようで、伊吹さんの方へ視線を寄せた。良い笑顔付きで。
同じく気付いた伊吹さんは中指を立てて意思表示を返した。
「この結果を見るに、どうやら小テストの意図に気付いている人がいたようですね。
そしてクラスでその意図を共有していた。さすがと言っておきましょう」
貼りだしたペアを腕を組みながら観察していた坂上先生が感心した。
「もはや説明は不要な気がしますが、一応説明しておきます。
点数の最大点と最低点の差が広い生徒から順にペアを組んでいき、点数が等しい場合はランダムで選ばれます」
龍園くんの読みが合っていたことを確認できた生徒たちは一安心した様子を見せた。
その後ペーパーシャッフルの注意点を再度説明され、ホームルームは終わる。
放課後を迎えたため、生徒たちは各々好きに解散していく。
「おいカムクラ。ちょっとツラ貸せや」
終わるとすぐに龍園くんが僕に不良特有の声掛けをしてくれる。
何の用かを問うと、彼はすぐに本題に入ってくれた。
「今後行う勉強についてだ。期末テストは12月初旬だから……11月1週、あるいはその次の週から以前言った勉強環境の用意を始めていく。
今回の試験、相手が作る問題をパクれれば勝ちはほぼ確定だが、万が一の時に備えて地力をつけておく必要がある。
クク、Dクラスはこのオレに二度もたてついたんだ。完膚なきまでに叩き潰さなきゃならねぇ」
もはや慣れてしまった独特な笑いを見せる龍園くん。
現在は10月中旬を越え、最後の週になっている。
約1ヶ月前から準備をし、クラスメイトに最低限の救済措置を行うつもりの龍園くん。
ここにも彼の成長が見て取れる。
「お前とひより、金田の3人は教師兼監督だ。勉強する場所を確保して馬鹿どもの学力を上げろ。
時間は部活やってる奴も考慮して16時~18時、18時~20時の2パターンに分ければいい。それぞれのペアを監視しながら余程酷い奴らのサポートをしろ」
部活動組に配慮し、時間帯ごとに分けている。
実に堅実。暴君の汚名を返上する勢いで彼は考えてきたことを僕に説明していく。
「それと、教師役は2時間ごとに1人つける形でいい。余った1人がテスト問題の作成を行え。その決め方はお前ら3人で勝手にしていい。それぞれの都合の良いように決めろ」
試験のもう一つの難点、それがテスト問題を作ることだ。
僕たち教師役はCクラスで勉強ができる上位3人。問題を作る人間は解く側以上に十分な知識と応用の利く思考を持っていなければならない。
そのため試験のペアや勉強に不安を持つ生徒へ教えるだけでなく、必然的に問題を作るという重大な仕事が課せられる。
オーバーワークもいいところだが、成績上位者でしかできない責任の伴う仕事なので仕方ないと割り切るしかない。
「それでお前ら3人の報酬だが……」
「報酬?」
説明が終わったと思っていた僕は話を続ける彼の言葉を聞き返してしまう。
「ああ。働いた者に対価を払うのは当然だ。自分の勉強時間を確保しつつ、他人の勉強の面倒を見る人間がただ勉強を教えてもらう人間と同じ立場ってのは公平じゃない。
ましてテスト問題まで作成するんだ。報酬がなきゃ、やる気なんか出る訳がない」
「……本当に暴君を卒業したんですね。感心しましたよ」
「黙れ。元々オレに付き従う奴には対価を払うと言っている。船上試験でお前の指示に従って結果を残したひよりから全額は吸い上げてないしな。
お前は船上試験のやらかしが大きかったため体育祭で払わなかったが、それも帳消しになった。なら対価を払うことに何の間違いもない」
僕の知らない所でちゃんと対価を払っているようだ。
体育祭で木下さんにも50万ppを渡したようですし、お金に関わることは彼も嘘をつかないのかもしれない。
「人との関わりが苦手な椎名さんが教師役とは腑に落ちないと思っていましたが、なるほど……あなたが雇用したんですね」
「いいや、ひよりは金の話をする前からオレの提案を受け入れたぜ。
体育祭ではクラスのために結果を残しきれなかった、むしろ足を引っ張ったままなので喜んでお受けしますってな。
クク、案外プライドの高い女だぜ」
そんな裏話があったことに僕は内心少しだけ驚く。
あの椎名さんが自ら苦手なことを選択するとは。入学当初から人との関わりを極端に避けていた彼女らしくない。
彼女もまた変わりつつある。成長段階に入っていることだ。
「それで、いくらくれるんですか?」
僕は話を本筋へと戻す。
「固定報酬として20万pp、期末テストで結果を残せたならば追加報酬として10万pp、1人当たり合計30万ppを用意している」
教師は3人なのでクラスから徴収したppから差し引かれるのは最大で90万pp、最低60万ppだ。
1ヶ月毎日2時間働いたとしても固定報酬を時給換算すると3000pp以上は貰える。
テスト作成などのことも考えて多めのポイントを渡しているのだろうが、破格の値段と言える。
圧倒的なまでのホワイト。ボーナスまでついて来るので真っ白も良い所だ。
「何か文句はあるか?」
「ありませんよ。好待遇すぎて少し驚いているくらいです」
「そうかよ。分かったならオレの手足として必死こいて働くことだな」
用件を言い終えた暴君改めホワイト龍園くんは颯爽と教室を出ていく。
僕じゃなければ簡単に人を堕とすことのできる人望だ。
彼のカリスマ性が高いことを再認識した。
──────
龍園くんがいなくなった後、僕は早速帰宅しようと荷物を纏める。
今日も今日とてやることはないため真っ直ぐ帰宅するだけ。
折角学校にいるのだから学生らしいことでもやってみるかと考えるが、特に思いつかない。
「ねぇ、早く帰ろうよ」
前にいる伊吹さんも身支度を終えたようで僕に声を掛けて来る。
僕も準備は終わっているので頷きを返した。
「カムクラ氏、ちょっといいですか?」
机から離れようとした矢先、独特の敬称のつけ方で僕の名前が呼ばれた。
この呼び方をする人間は1人しかいない。
金田くんだ。振り向き確認すると、やはりそうだった。
そして、彼の隣には椎名さんもいた。
「こんにちは伊吹さん。少しカムクラくんを借りて良いですか?」
「別に構わないわよ。一々許可取らなくていい」
「そうですか? なら今度からはそうさせてもらいます」
相変わらず、ふわふわとした雰囲気で物腰が柔らかい椎名さん。
裏表のない笑顔は特徴的だ。
「勉強会のスケジュール決めですか?」
何の用ですかとは聞かない。
先ほど龍園くんから伝えられたこともあり、この三人が集まるとしたら勉強会の日程を決めるぐらいしかない。
「はい。誰がどの時間に出て問題を作るか、それを早めに決めたいのです。お時間は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。そう言うのは早めに決めておくことに越したことはないですから」
立ち話は疲れるので僕らは近くにある椅子を借りて腰掛ける。
「僕は美術部に所属しています。そのため出来れば勉強を教えるのは18時スタートの方を希望したい」
早速自分の希望を言ってくれる金田くん。
ありがたい。僕は部活動をしてないため年中暇な人間だ。
椎名さんも茶道部に所属していた。目立って活動しているイメージはないが彼女にも予定があるはず。
ならば暇人の僕が予定を埋め合わせるのが効率的だ。
「構いませんよ。というか、先に2人で好きに決めて良いですよ。
僕は基本暇なのであなたたちの予定に合わせます。椎名さんも茶道部があるでしょう?」
「はい。とはいってもそこまで頻繁にあるものではないので私も予定を合わせられますよ」
「では金田くんの予定に合わせて僕たちが入るということにしましょうか」
方針が素早く決まった。
後はテスト作成についてだ。
「すいません。わざわざ僕の予定に合わせてしまいました」
「大丈夫ですよ。時間のある私たちの方が予定を合わせやすいんです。部活動頑張ってくださいね」
「……ありがとうございます」
照れながら小さな声でお礼する金田くん。
客観的に見て美少女と呼ばれる生徒からの純粋な応援。一般的な男子生徒ならば照れるなという方が難しい。
「……後はテスト作成についてですね。どのように作りますか?」
気まずい雰囲気を作りたくないためか金田くんはすぐに話題を変える。
「科目ごとに分けてそれぞれテストを作成するのはどうでしょう?」
「悪くないと思います。僕もその案が浮かんでいました。完成したら残り二人に査定してもらってより完成度を高めるというのはどうでしょう?」
良い案でしょう。
得意科目ごとに作る問題を分けて作成すれば、質の高い問題が出来そうだ。
「それで行きましょう。では2人の得意科目をそれぞれ2つ教えて下さい。
余った4つを僕が作成しましょう」
テストの科目は8つ。
数学(ⅠとAより2つ)、国語、英語、理科(基礎科目より2つ)、社会(地歴公民より2科目)。
主要5科目から構成されている。
「それだとカムクラくんの比率が大きいです。部活動が少なめの私が3つ、カムクラくんが3つ、金田くんが2つでいった方が良いと思いますよ」
「お気遣いなく。僕としてはあなたたち自身の勉強時間が確保できないことの方が心配ですから」
「しかしカムクラ氏……」
「本来ならば僕が8教科作る予定でしたので、半分になっただけだいぶ楽です。感謝しています」
僕はやや強引にそう言って納得させようと試みる。
「でもカムクラくんの勉強時間少なくなってしまいますよ」
「心配いりません。僕は必ず800点取れますから」
「……本当ですか?」
「ええ。何なら賭けますか?」
「……いいえ、カムクラくんなら本当に取りかねませんので分が悪そうです。それに、そこまで言うならご厚意に甘えさせて頂きます。勉強する時間が増えることは私にとっても嬉しいですから」
金田くんも同意する様に頷いた。
どうやら折れてくれたようだ。
少々時間はかかったが、これで予定通り事を運べそうだ。
彼ら2人の成績は素晴らしい。Cクラス内でトップ、そして学年でも常に上位に位置する生徒たちだ。
自分なりの勉強方法が確立しているから当然の結果とも言える。
今回の試験はそんな彼らのレベルアップにうってつけの試験。彼らがより質の高い勉強ができるようになるための良い糧となる。
解く側から作る側へ。
新しい見方をすることが出来るので、より柔軟な思考を鍛えることが出来る。
8教科全て僕が作ってしまってはその機会を奪ってしまう。
それは勿体ない。
「これで一応の方針は決まりましたね。では、詳しい日程はチャットでしましょう」
「チャットですか?」
金田くんの言っているのは学校側が用意した携帯端末に常設された連絡をとれるアプリでの会話のことだ。
1人1つアカウントが用意されているもので機能面には中々優れている。
個人の連絡だけでなく、グループでの連絡も可能なのでクラスで情報伝達の際にも使用される程だ。
写真投稿やその日の呟きなど他の機能も充実していて、様々な用途がある。
「そういえば……お2人のことを友達登録していませんでした。
この3人でのグループを作りたいので登録しても宜しいですか?」
「はいっ……是非お願いします」
友達が増えたことが嬉しかったのか返事が僅かに大きくなる椎名さん。
しかしすぐに普段の口調に戻して会話を続けた。
僕は金田くんに頷くことで肯定を表す。
「了解しました。では、夜に僕の予定を貼って置きますのでご確認お願いします」
金田くんは立ち上がって僕たちに背を向けた。
腕時計を見ているので、部活までの時間が迫っているのだろう。
Cクラスの参謀を務める人間は中々に多忙のようだ。
「終わった?」
やや離れた位置で携帯を弄っていた伊吹さんがタイミングを見計らって声を掛ける。
「ええ、お待たせしました」
僕は立ち上がり、扉の方へと身体を向けた。
ほぼ同時に椎名さんも立ち上がる。
「……あの、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
「そんな恐る恐る聞かなくても断ったりしないよ」
歯切れが悪い椎名さんに苦笑しながら伊吹さんは了承する。
やることを全て終えた僕たちは教室を後にした。
────────
学校から出た僕たちはケヤキモールへと足を運ぶ。
椎名さんが新刊を見に本屋へ行きたいという要望があったからだ。
「何を飲んでいるのですか?」
お手洗いから帰ってきた椎名さんが僕の持っているバナナジュースを見てそう言う。
ただ本屋に行くだけでは退屈なので、僕は食べ歩きをしながら放課後の時間を満喫していた。
その際、最近オープンした手作りジュース専門店とやらでこれは購入した。
「あそこに売ってた飲み物よ。こいつのはバナナで私のはいちご。
椎名のも買っておこうと思ったんだけど、好みがわからなかったから止めておいた」
店を指差しながら伊吹さんが代わりに説明する。
椎名さんは納得すると、欲望に従ったことが分かる笑顔を見せ、すぐに店へと足を運んでいった。
伊吹さんがそれに付いていき、無事ジュースを購入して戻ってきた。
「……そうですか。てっきり、2人はお付き合いしてるものかと思ったので少し言い淀んでしまいました」
2人は雑談を交えながら歩いてくる。
伊吹さんが僕を見ると、肩を落とし、両手を広げた。どうやら彼女のお目に適わなかったようだ。
「こいつは友達。それ以上とか断じてないわよ。男としては見れない」
「でもプールの日以降、2人の仲って結構進展しましたよね?」
椎名さんはじーっと僕たち2人を見る。
それなりに僕たちのことを見てきたためか、距離感には敏感のようだ。
「進展というか……戻ったっていうか?」
「拗らせてた伊吹さんの機嫌が元に戻っていただけです。進展はないですよ」
「はっ? 拗らせてたのはあんたでしょ? ぶっ飛ばすわよ」
噛みついてくる伊吹さんを軽くいなしながらバナナジュースを口へ運ぶ。
キャンキャンと吠える彼女はまさに狂犬。軽い気持ちで構えば余計な体力を使わされる。
「……やっぱり普通の友達にしては距離感が相当近い気がします」
冷静に分析結果を告げる椎名さん。
まぁ、それなりに長い時間一緒にいたため遠慮がなくなったのは否定できない。
毎日顔を合わせているのだから距離感も近くなるのは当たり前だ。
「時間がそうさせているのですよ」
僕が適当に告げると、椎名さんは難しい顔を浮かべた後、納得した様子を見せた。
やや強引に自分の中の疑問を払拭したように見えるが、一々追求することではない。
そんなことよりも以前龍園くんと一之瀬さんを待つときに寄ったクレープ屋へ向かう方が重要だ。
「あんた、そっち本屋とは逆なんだけど」
移動を開始した僕に文句を言いながら伊吹さんは付いてくる。
椎名さんも遅れながら足を動かす。
「多少の寄り道は良いでしょう。僕は滅多に来ませんし、丁度良い機会なんですよ」
僕の行先にクレープ屋があることを理解した伊吹さんは表情を歪めた。
「……クレープ。甘い飲み物に甘い食べ物って……、あんたそんなに甘党だっけ?」
先程の表情から見ても彼女は甘いものを制限なく食べるのは控えたいらしい。
「別に甘党ではありません。脳を効率よく動かすための糖分接種をしているだけです」
「それを世間一般では甘党って言うんですよ」
呆れながら椎名さんが告げるが、少々心外だ。
別に好んで食べている訳ではない。ただ、脳の稼働に良いものを食べているだけ。
一般的に見たら過剰摂取かもしれないが、それでも僕には問題ない量だ。
「あんた、太るわよ?」
「僕は太らない体質なんで大丈夫です」
肥満の可能性は万が一にもない。そういう体なのだ。
2人の女性からの熱烈な視線が背中に刺さるが、僕の知ったことではない。
「羨ましいですね」
「……嘘に聞こえないのがウザい」
そんな文句を聞き流しながら僕はイチゴのクレープを購入した。
そうして、食べ歩きを再開していく。
「本を買うんでしょう? ならばさっさと行きましょう」
「マイペースすぎ」
伊吹さんはイラっとした感情を抑えることなく告げる。
怒りの感情が乗ったその言葉に椎名さんが面白そうに笑った。
「ふふ、本当に不思議な人ですね」
「はっ、変な奴なだけだろ」
2人はそれぞれの特徴が出るように口を動かす。
緩く弧を描く優しい笑みと鼻で笑いながらも満足そうな荒い笑み。
そんな『普通』の笑顔に身体の奥で温かいものを感じる自分がいた。
くだらない感覚だと判断してきたそれは以前なら否定してきたが、今じゃ特に何も思わない程慣れてきた。
そう、感化されている自分に不思議と嫌悪感がない。
「僕とて例外ではないようですね」
ありとあらゆる絶望を見た。
退屈によって支配され、揺れ動く心なんて感じなかった。
しかし、平和そのものの日常に僅かながらの内に秘める気持ちが生まれつつある。
やはり、絶望より希望の方が僕でも予想の出来ない未来を作るようだ。
「今日買う本はどういった系なの?」
「!! とうとう伊吹さんも興味を持ってくれたんですね。
なら、たくさんお勧めします。今日のシリーズはですね────」
興味本位で聞いた伊吹さんに椎名さんが目をキラキラと輝かせて応答する。
食い気味な様子に伊吹さんは自分がミスをしたことに気付く前に断り辛いところまで話を持っていかれた。
その後、本を買い終え解散した。
何事もない平和の時間を楽しむことが出来た。
3人の親密度が上がった!!
生きてます。