11月初旬。季節の変わり目を過ぎた頃合いだ。
本格的な寒波がやってきたことで、だんだんと衣替えも進んでいき、冬服へと変わりつつある。
それだけでなく手袋を身につけて登校する生徒もちらほらと見えてきた。
「肌寒い~」
「ほんとね~、明日からタイツ穿いて来るわ~」
今日の授業が全て終わり、放課後を迎える現在。
クラスメイトの女子生徒からそんな雑談が聞こえてくる。
この学校の制服に関する規則はかなり緩いので、人によって個性が変わる服装が見受けられる。
タイツを穿く生徒もいれば、オシャレを優先して肌を顕にする生徒も出て来るだろう。
「カムクラ、勉強会は今日からだよね?」
帰宅準備を終えた伊吹さんが僕に話しかける。
彼女は一体どっち派なのかを予想してみるが、何となく彼女は肌を隠さないと思った。
それもオシャレとかではなく、タイツを穿くのが面倒だとかじゃじゃ馬が言いそうな理由で否定してそうだ。
根拠はありません。
「……何か変なこと考えてる?」
「気のせいですよ」
妙に勘の良い伊吹さんを軽くいなし、僕は彼女の質問に答える。
「勉強会は今日からですよ。16時から教室で始める予定なのでそろそろですね。あなたは自宅で勉強するつもりですか?」
「いや、折角だから参加する。あんたが先生役なら分からない所があってもすぐに解決できるしな。
まぁでも、雰囲気が合わなかったら即帰る予定」
伊吹さんらしい意見だ。
龍園くんも『去る者は追わず来る者は拒まず』の精神で勉強環境を用意したので、勝手に帰っても結果さえ残せばお咎めなしだろう。
「あなたの成績なら1人で勉強しても大丈夫でしょう。自分に合った環境を探す方を優先してください」
僕はそう言って彼女から離れる。
そして教卓前まで行き、教室に残っているクラスメイトに向けて発言した。
注目を集めるような仕草をしたつもりはないが、皆こちらに意識を向けてくれていた。
好都合だ。
「以前クラスチャットで通達した通り、今日から毎日、期末テスト対策の勉強会を始めます。自分の学力に不安がある人や安定して得点したい、得点を伸ばしたい人、また自室では勉強できないという人は参加することを推奨します。
時間は16時から18時、18時から20時までの2部に分かれて行っていますので自分の都合に合う方に参加してください」
僕は端的に告げてすぐに次の作業に取り掛かる。
石崎くんやアルベルトに声を掛け、離れている椅子を二人一組で隣同士に座れるように指示を出した。
これはペア同士で会話できるようにするためだ。
今回の特別試験はペアとのコミュニケーションも重要。
ペアの分からない所を互いに教えあう。Cクラスは成績上位者と下位者で組んでいるので円滑に教えることが出来るはずだ。
「用意が出来次第始めていきます」
クラスメイト達は動かした椅子に期末テストのぺア同士が隣り合うように座っていく。
ざっと周りを見渡すと、伊吹さんや石崎くん、アルベルト、西宮さん、真鍋さんと言った僕と話したことのある生徒も一定数見受けられた。
ちなみに龍園くんは帰宅しました。強制参加ではないので引き留めませんが、一応彼の面倒も見なくてはいけない。
1回くらいは彼を参加させましょうか。
「僕は教師役兼監視役です。サボっている生徒には何かしらの手段を取らせてもらいますが、やる気がある生徒には正しく接しましょう。
それと、一応ルールをいくつか決めておきます。1つ、ペア同士で教え合う前提なのである程度の私語は許可します。ただし限度は守ってください。
2つ、飲食は許可します。ただし、臭いの強いものは控えてくださいね。後は……おいおい決めていきましょう」
どちらも当然のことだが、ルールは明確に定めていた方が後々都合が良い。
僕は最低限のことを決めて伝えた後、時計を見る。
「……16時になりましたので早速始めましょう。今日は今までの復習をメインに取り組んでください。
やる教科はペアで好きに決めてしまって構いません。ペア同士で全く分からない問題がありましたら僕を呼んでください」
僕がそう告げると、クラスメイト達は周りをキョロキョロと見渡す。
どう勉強すればいいのか分からない。あるいはどういう態度で勉強するのが正解かを周りを見て確認していると言った所だ。
今まで龍園くんの『絶対に従わなければいけない指示』と違って、僕の指示は少々具体性に欠けている。
従っていれば必ず任務遂行できるものではなく、むしろ正解を探すための練習を促す指示と言ってもいい。
自分なりの勉強方法を確立してもらう。それが今回の僕の果たすべき目的である以上、道標を出すところまでで留めなければならない。
「……カムクラ、くん」
ぼちぼち、ペア同士で勉強が開始されている中、怯えた声で僕に話しかけて来る少女が1人。
ツインテールとツリ目が特徴的な少女だが、怯えからか警戒するように目を細めている。
「真鍋さん、何かわからない所があるのですか?」
彼女は真鍋 志保。Cクラスのカースト上位に君臨する女子生徒だ。
流行りに敏感で、衣類やアクセサリー、美容などに詳しいためかその容姿には相当の努力を費やしている。
そのためか、まじめに勉強する傾向が薄く、テストでも平均よりやや下の結果しか残していない。
「は、はい。私のペアは部活動だから、……その、どうやって勉強したらいいか分からなくて……」
怯えが前面に出ていて分かりづらいが、彼女が困っているのは本当のようだ。
事実最初に座った席にもペアがいなかった。珍しくお友達の皆さんに頼らず、僕に頼ることから余裕がないことが分かる。
彼女にとっても、退学は避けなくてはならない壁。
このような生徒の参加を見越しての勉強環境なので、断る理由がなかった。
「分かりました。ではあなたは石崎くんの隣に座ってください」
彼女は頷き、すぐに行動に移した。
僕も彼女の後をついていき、石崎くんと合流する。
「あれ、真鍋? 何でお前がオレの隣に座るんだよ」
「僕の指示です。面倒なので2人纏めて教えてしまおうと考えた結果、これです」
「あ、そういうことっすか」
一人一人教えるのは手間がかかるので僕はこの形を取った。
時間も限られているのでどんどん進めていきましょう。
「石崎くんは全教科として、真鍋さん、あなたは何が苦手科目なのですか?」
「えっと、理数系が苦手です。その、……どこから手を付けたら良いかもわからなくて」
おどおどとした態度は変わらない。未だ僕に苦手意識があるようだ。
「真鍋さん、僕は怖いですか?」
「えっ!? い、いいえ、怖くないです」
明らかな動揺。分かってはいたことだが、ここまで態度に出るとは少し予想外だ。
「なら普段通りの口調で構いませんよ。別に僕はその程度の事を気にしません。
それにいちいち怯えていては無駄な労力を使いますしね」
「ま、前向きに考えるよ」
どもりながら答える真鍋さん。
一応言っては見たがあまり効果はなさそうだ。
「では、今日は数学の復習をしていきましょうか。
石崎くん用に考えておいた説明があるので真鍋さんもそれを聞きながら復習してください」
時間は有限なので早速勉強を開始する。
石崎くんのような勉強が苦手な人に対する説明なので、基礎の基礎から正しく教えていく。
説明を続けていくと、石崎くんは案の定というか賢くはなかった。
公式を覚えようとしてもまず覚えられない。決して覚えようとしていないわけではなく、単に要領が悪く二度三度見ても記憶に定着しないのだ。
だが、集中力とその根気は素晴らしい。一度言ってできるわけではないが、僕の言葉、特に重要と言った所は後で見返せるようにマーカーで線を引いたり、メモとして残している。
分からない問題が来ると、頭を抱えて唸ってはいるが決して投げ出さない。
これを維持できれば赤点の心配はなさそうだ。
「……数学ってこんなほいほいと解けるものだっけ?」
説明を聞き、演習に移っていた真鍋さんが唖然とした表情をしながらペンを置いた。
解いた演習には赤で丸がついており、正しく解答できていることが分かる。
彼女は全く問題なさそうだ。
下から数える方が早い成績を残しているとはいえ、決して地頭が悪い訳ではないようだ。
説明を聞くときの集中力、問題を解く姿勢から見ても、彼女の場合は趣味に時間を費やし過ぎて勉強時間を確保していなかっただけと見て良い。
加えて、理解力、思考力も優秀だ。
石崎くんと違って公式をただ丸暗記するだけでなく、その公式がどうやって出来たのか、どうしてこの公式を使えば問題が解けるかという疑問に自力で辿りついていた。
そしてそれを僕に質問する。質の高い質問と言っていい。僕が応用を正しくできるように問いの答えを返せば、納得した様子を見せたので意外にも磨けば光るかもしれない。
彼女にとって信頼できる先生と勉強に対する危機感を持てば、十二分に結果を残せるだろう。
「カムクラさん、わからない問題あるので教えてもらっても良いですか?」
2人への説明に一段落がつくと、他のクラスメイトが声を掛けてくる。
全く話したことのない生徒だが、僕は教師役。断る理由はなかった。
この機会に様々な交友関係を作っておけば後々便利になるかもしれない。
そして、『普通』を体験できる。そんな打算的なことを考えながら僕は彼らとの対話に臨んだ。
その後同じように何人かから質問を受け、それに答えるというスタイルで僕は教室を回るように席を移動していた。
あっという間に二時間が経過し、僕は解散を促した。
────────
オレはDクラスの成長っぷりに感心していた。
この学校に入学した当初のような、協調がなく勉強に興味関心を持たない生徒で満たされていたクラスではなくなっていた。
特別試験と聞けば真剣な顔つきをすることができ、危機感を持ち始めている。
二度の特別試験、体育祭を通じてポイントの価値、成績の大切さに気付いた。
それが雰囲気となって顕著に表れている。
もちろん全員が優秀な生徒とは言わない。
制御不可能な高円寺を筆頭に未だ不穏分子は隠れている。
だが、それでもAクラスで卒業するという夢物語に足を踏み入ることは出来たとオレはそう分析していた。
12月末に行われる期末テストが次の特別試験と決まった時、Dクラスは意外にも動揺しなかった。
今回の特別試験、通称ペーパーシャッフルは二人一組になり、二人の合計点が基準点をクリアすることで突破できるようになる難関試験だ。
その試験の前段階、パートナーを決める小テストも何の問題もなく突破した。
Dクラスは堀北や平田を中心に対策を立て、ペアの法則に気付いていたからだ。
予定通り、成績上位者と下位者のペアを作ることができ、オレが何かを助言するまでもなく順調に事が運んでいた。
途中、Aクラスの坂柳有栖との接触があったが、これも堀北や平田が対処したことによってオレの出番はなかった。
彼らは本当に使える存在になってきた。
そして現在、期末テストに向けての勉強会を行っている。
「お待たせ~」
堀北に脅され、クラスの逸れ者を集め、彼らとともに勉強をすることになったオレはパレットにて行動を起こしていた。
メンバーは幸村 輝彦、長谷部 波瑠加、三宅 明人。
皆、一癖も二癖もあるクラスメイトだ。
事の発端は三宅と長谷部の苦手科目が似ていることだった。
2人は今回の期末テストではペアであり、協力してテストに臨む必要がある。
だが、厄介なことに2人は得意科目、苦手科目が一緒だった。
今回の期末テストは1科目につき2人の合計点で60点以上取らなければ退学というルールがある。
苦手科目が一緒である以上、このルールを避けるために苦手を克服しなければ冗談では済まない結果が待っている。
そうならないために勉強が出来る幸村が教師役を買って出てくれた。
オレはそのパイプ役。幸村と二人の仲を取り持つように堀北によって派遣されたのだ。
「早速だが、お前らの苦手である文系問題を中心に軽いテストを作ってみた。
これを解いてみてくれ」
幸村はそう言って二人に自作のプリントを手渡す。
即興でだされた問題に三宅と長谷部は文句を言わずに解答する。
癖のある生徒とは言え、二人とも自分が教わる立場であるとしっかり認識しているからこそ、大人しく従っていた。
20分程で問題を解くと、幸村が採点する。
「全くお前らは……」
採点を終えた幸村はどこか呆れるようにため息をついて2人に解答を返す。
たがいに正解していた問題数の丸は3つ。バツが6つ。三角が1つだった。
点数は同じだが、驚くべきは正解も不正解もすべて同じ場所であることだ。
「得意科目が似ているだけじゃなくて、覚え方も傾向も一緒だ」
「すっご、なんか運命を感じるくらいじゃない? みやっち」
呆れる幸村とは対照に嬉しそうな表情でみやっちこと三宅に笑みを零す。
「感じねぇ。むしろ、ピンチに感じてる」
軽く返す三宅に乗りが悪いと突っ込みを入れる長谷部。
だが、内心では我に返っているのか、ピンチの理由に気付いて少々焦っている。
「安心しろ。むしろ教える労力が半分に済むから好都合だ」
ほぼ完璧に同じ学力、傾向であるなら幸村の言うように負担はかなり楽になるだろう。
教える人数は実質一人であるため、スムーズに勉強を教えられる。
「なるほどね~。ねぇ、一つ聞きたいんだけどさ。こんな感じで私たちに勉強を教えてくれるのは分かったけど、本当にそれだけで大丈夫なの?」
「それは俺の教え方に問題があるということか?」
「あっ、ごめん言い方が悪かったね。むしろ教え方は効率良くて好印象だよ。でもさぁ、期末テストってCクラスが問題を作るじゃん?
学校の先生が出す問題と違って普通じゃない問題とか全然あると思うんだよね。それの対策ってどうするのかなぁって」
今回の期末テストは学校が作成したものではなく、生徒自らが作るという異例の試験。
当然普通の対策だけでは不安が残る。奇想天外な問題を出されては堪ったものではないだろう。
「なるほど、そういうことか。
確かに学校側が作る問題ではない以上、当然どのような問題を作るかは未知数。傾向は立てにくい。だが、全く傾向が立てられないわけでもない」
「というと?」
「大前提としてテストを作る奴は正確に問題を解ける地力がなくてはならない。
つまり、勉強の基礎を出来てなきゃいけない。その点を考慮すれば龍園や石崎ではそもそもの地頭が足りてないため、捻くれた引っ掛け問題は作れないだろう。
お前らも国語の難しい引っ掛け問題を作ってみろと言われたら作れないだろ?」
幸村がそう問うと、長谷部と三宅は納得した様子を見せて頷く。
ただでさえ国語が苦手な二人が問題を解くより作るなんて芸当は不可能だ。
仮にやったら、ペンを持つだけで終わるだろう。
「だから、問題を作る奴は勉強が出来る奴へと必然的に絞られる。
あまり想像できないかもしれないが、Cクラスで勉強が出来る奴と言えば神座と金田だろうな。こんな感じで個人にまで特定できれば、どのレベルの問題が出て来るのも目途が立つだろ?」
「金田くんって……なんかあの眼鏡かけた気持ち悪い人?」
「……その言い方はどうかと思うが多分そいつだ。Cクラスで一番できる奴は……神座だが、金田も協力してくるに違いない。さすがに8教科あるからな」
幸村は少し不愉快そうに推察を告げた。
プライドの高い幸村のことだ。大方、自分より勉強できる奴を認めたくないんだろうな。
「なるほどね~。ていうか、神座くんって今までのテスト全部満点らしいんだよね~」
話に一区切りついたからか長谷部は集中力が途切れ、話題を変える。
「流石に嘘だろ」
「そう思うよね~。でもさ、この学校はテスト終わる度にクラス内では誰がどの教科で何点取ったかまで発表されるじゃん?」
「……Cクラスも同様に発表されているから噂に信憑性があると?」
「正解みやっち! 流石私の事良く分かってる~」
長谷部のテンションの高さについていけない三宅は重い溜息をつく。
だが、その話があながち嘘でもないことは察していた。
人目に晒される以上、得点の嘘は吐けない。
それも満点ならより注目を浴びる。仮に嘘だったとしたら、既に誰かしら否定しているだろう。
それを理解したからか、三宅は吐き捨てるように告げる。
「AクラスやBクラスとは学力的な差があるから避けたというのに、Cクラスの問題の作り手が学年一の勉強できる人間とはな。空回りも良い所だぜ」
「そうでもない。確かに神座は学年で一番の学力を誇るだろうが、それはCクラスの総合的な学力が低いこととは無関係だ」
「そうか? 学校で一番勉強できる奴が勉強教えたらCクラスの学力は伸びるだろ。それが一番可能性ある上に現実的だからCクラスもそのスタイルで来るだろ」
「それはそうだろうな。……だが、勉強できる奴が必ずしも人に教えるのが得意なわけではないぞ」
苦い表情を浮かべながら反論する幸村。
学年でも常にトップクラスの成績を誇る幸村は対抗心がある以上、そう簡単にカムクラを認めたくないようだ。
だが、三宅の言っていることは正しく、Cクラスはおそらくカムクラや金田を中心に勉強会の用意をしているだろう。
そして、あの怪物が人に教えるという些事を出来ないことはない。
オレは直感にもかかわらずそう断定する。
「まぁまぁ幸村くん、熱くならないでよ。同じ勉強できる者同士尊敬できるところとかあるでしょ?」
長谷部が宥めるが、幸村は不機嫌を隠さずに言葉を返す。
「ないな。直接話したことがない以上、悪口は言いたくないが、それでもあいつの噂は酷い。それに龍園と組んでる奴を尊敬したくない」
「私情出すぎ~。まぁでも、同意かな。一緒にいる友達が龍園くんだと良いイメージはないよね~」
「まぁ、龍園と組めるのはある意味凄いが、その分どっかしら変なのは違いないな」
三人はカムクラの感想を言い合う。
どうやら、苦手意識は共通認識のようだ。
「綾小路もそう思うだろ?」
「え? あ、ああ、確かにあんまり良い噂は聞かないな」
急に振られたのでオレは適当に話を合わせる。
個人的にはカムクライズルという人間は非常に興味深いと思うが、誤解を受けそうなので嘘を吐いておこう。
「歯切れ悪いよ綾小路くん。もしかしてカムクラくんと面識あったりするの?」
さすがに適当に対処しすぎたようだ。
長谷部はこちらの反応を興味深そうに見つめながらオレの返答を待つ。
「何度か話したことがあるくらいだ。それと反応が遅れたのはテストについて少し考えごとをしていだからだ、すまない」
「あ、なるほどね~。何度か話したことがあるって意外~。どんなこと話したの? 変だった?」
「ストレートに聞きすぎだ長谷部。……それより、テストについて何を考えていたんだ綾小路?」
独特な距離感で話す長谷部に対処が遅れてしまうが、三宅が止めてくれる。
似通った性格の2人だが、三宅の方が空気は読めそうだ。
長谷部には悪いが、オレは三宅の質問に先に答える。
「テストを作るのはもちろん学生だが、作った問題を学校側が審査を入れることを思い出してな。
Cクラスがどのレベルで問題を作るかは分からないけど、学校の審査は一律だと思うんだ。
だから、予め難しい問題を作って学校側に検討しておけば、学校側の審査のレベルが分かるんじゃないか?」
長谷部はオレの意見を話半分でしか聞いていないため理解できなかったようだが、幸村と三宅は真剣な表情で聞いてくれた。
「なるほどな。審査基準が分かれば到達点が分かる。どんな問題が出るか分からないのは変わらないが、ここまで勉強すれば良いという明確なラインが分かるのはやる気にもかかわってくる。
確かに良いアイデアだと俺も思う」
先に発言したのは幸村だ。
幸村は感心した様子を見せ、肯定する。
「何回か難易度の際どい問題を提出すれば、引っかかっても受諾されても指標が取れていける。
だが、本当に学校側の基準が一律であるのか?」
三宅も納得した様子を見せるが、疑問も抱いたようだ。
そしてこの疑問を持つことは正しく、おそらくある程度はあっても、明確に定められている基準はないと見ていい。
「いや、明確な基準はないと思う。問題を作るのが生徒である以上、出来上がった問題の質も学校が採点するところだからな」
あまりに過程の計算が難しすぎたり、設問の数字、あるいは求める数字が大きすぎる場合などは基準があり、採用されないはずだ。
テストである以上、時間制限がある。露骨に時間を減らすような問題は学校側も対処するとオレは睨んでいる。
だが、範囲内での応用問題を作り、それによって時間が無くなっていくのは作った側の評価するべき所。
明確な基準がもしあれば、そのような素晴らしい発想で作られた問題を弾き、そして作った生徒の評価を無い物として扱うに等しい。
それは平等ではない。
「ああ。一定基準はあると見ていいが、判然たる基準はない。
決められたテスト範囲内で巧みに作られた問題が没にされては競い合いに差が生まれないしな」
幸村が再び同意してくれる。
少々意外だ。オレはテストの成績が高くはないため、幸村にはあまり良い目で見られていないと思っていたが、存外そんなことはないようだ。
「流石だな。日頃から堀北の手伝いをしている奴は違う」
「ああ。こういう発想力はやはり学力だけでは分からない」
三宅が堀北の名前を出すと、幸村も頷く。
なるほど、堀北の予想外の成長はこういうところにも響いている。
隠れ蓑が大きくなったことである程度の実力を出しても驚かれない上に、むしろ認められる。
より自然にクラスメイトの1人として溶け込めているのは良い傾向だな。
それに道理で、幸村からの評価が低くないわけだ。
「綾小路くんってもしかして結構凄い人?」
「誤解だな。凄いのは堀北だ。オレはあいつの言うことをただそのまま手伝っているだけさ」
「それも十分凄いと思うけどね。私だったらその指示が少しでも嫌だと思ったらやらないと思うし」
冗談を仄めかしていると思ったが、長谷部のマイペースさならやりかねないな。
オレは何となく長谷部の考え方を理解してきた。
「で、その堀北さんと綾小路くんはどういう関係なの?」
と、思った矢先のこの発言。
どうやらまだまだ理解できてないようだ。
長谷部はもう少し自由気ままな性格をしているかもしれない。
「……長谷部、時と場所を考えろよ。一応勉強会の真っ最中だぜ?」
「良いじゃん。減るもんじゃないしさ。それに綾小路くん目線のカムクラくんってどんな感じだったかもまだ聞いてないしね」
長谷部はそう言って陽気な笑顔を見せる。
静かな声でありながらも自由な雰囲気はやはり独特だ。
オレたちは一度休憩してから、勉強会を再開した。
矛盾あったら即修正します。