ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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動き出し

 

 

 

 

 11月中旬に入った。

 テストまで残り2週間強。

 学校側は早めにテスト範囲を終わらせようと躍起になってきた頃合いだ。そろそろ生徒たちも本格的な勉強に入るだろう。

 期末テスト1週間前となれば部活動も全面禁止となり、学校の雰囲気が勉強一色に変わる。

 退学という重大なペナルティがある以上手を抜いてテストに臨む生徒はいない。

 勉強が苦手な生徒は迫りくる危機感から逃げるように勉強する姿が容易に想像できる。

 

「よぉ、馬鹿どもの面倒は順調か?」

 

 ホームルームを終えて迎えた放課後。

 今日は勉強会の監視役兼教師役がない日だ。真っ直ぐ帰宅しようと考えていた矢先、藪から棒。

 いや、藪を突いてもいないのに現れた物好きな蛇だろうか。

 

「ええ。ついでにあなたの面倒を見て上げても良いんですよ」

 

 僕は視線を合わせずに蛇こと龍園くんに返事をする。

 優先するは帰宅の準備。スクールバッグに最低限の荷物を丁寧に入れていく。

 

「いらねぇな。勉強なんてオレには必要ないものだ。退学にならない程度を数日で覚えれば終いだからな」

 

 暴力が大好きな龍園くんらしい答えだ。

 根拠のない自信も虚勢に見えないのは彼の要領が良いからでしょうね。

 事実、今までどの教科も赤点を取っていない。

 

「それで、今日は一体何の用ですか?」

 

 身支度を終えたので、さっさと用件を聞く。

 もっとも、帰宅して何かをするわけではないが。

 

「簡単な話だ、お前にもXの捜索をやらせようと思ってな」

 

 凶暴な笑みとともにそう告げる龍園くん。

 Xとは、龍園くんが付けたDクラスに存在する謎の支配者の呼称だ。

 船上試験、体育祭。それぞれで自身の計画を綻ばせた存在がいる。そう確信した龍園くんはXを見つけるために手間暇かけて捜索を行っている。

 ツマラナイ。

 彼はゲームをするかのように楽しんでいるが、なにせ、僕は彼の言うXには既に見当がついている。

 

「結構です。そんなのはあなたの駒にでもやらせてください」

 

「クク、冗談だ。半分だけな」

 

「半分?」

 

「ああ、建前ってやつだ。そして次が本命だ」

 

 龍園くんは含みある笑みを見せた後、続けた。

 

「お前にはXを探しているという体でDクラスに絡んだ後、テスト問題を盗むという名誉ある仕事を依頼してやる」

 

「僕だけ随分と仕事が多いんですね」

 

「人にはそれぞれ出来ることの許容量がある。馬鹿どもは勉強で手一杯、金田やひよりは自分の勉強と問題を作るから余裕はない。

 だが、お前にはまだまだ余裕がある。出来る奴に仕事が回ってくるのは当然だろう?」

 

「そういう交渉はあなたがすれば良い。それに、僕だって4つテストを作らないといけない身です。余裕があるとお思いですか?」

 

 余裕ある態度の龍園くんに対し、僕はダメ元で嘘を吐く。

 ちなみに僕が作るテストの科目は数A、英語、理科(基礎科目一つ)、社会(公民)だ。

 残りは椎名さんが国語と社会(歴史)、金田くんが数Ⅰと理科(基礎科目一つ)となっている。

 

「クク、オレはサボりを許さねえぜ? 金田から聞いたが、お前、もうテストを作り終えたんだってな?」

 

 交渉を持ってきた時点でこちらの行動をある程度読んでいることは察していた。

 テスト製作が完了したことは同じ教師役の金田くんと椎名さんにしか伝えていない。

 よって候補はその二人に絞られるが、どっちの方が龍園くんと交流が深いかを考えれば、情報を漏らしたのは金田くんと見て良い。

 まったく、面倒ですね。

 

「……成功報酬は?」

 

「10万pp」

 

 さも当然に言う龍園くん。そして僕も妥当な金額と判断する。

 個人報酬にしては少なめなのは、やはり体育祭で50万ppを回収できなかったからだろう。

 

「……頭の片隅には入れておきましょう。ですが、その依頼の成功率はかなり低いと思ってください」

 

 僕は了承するが、保険を掛けて言っておく。

 正直、乗り気ではないという理由が一番大きいが、それでも体育祭で裏切り行為を一度されたDクラスの警戒心は高い。

 それに、堀北さんなら裏切りを起こさないように忠告をしているはず。そう考えれば交渉は難しいと言えた。

 

「ちなみにだが、桔梗への交渉はオレがする。お前は他の奴を攻めろ」

 

「僕の方が難易度高いじゃないですか」

 

 サラッと自分だけ楽をしようとする龍園くん。

 難攻不落とまではいわないが、現在は鉄壁に近しい統率力があるDクラスを簡単に崩せるカードとなるのが櫛田桔梗だ。

 どうしてDクラスを裏切るか、その理由までは知らない。だが、堀北さんに明確な敵意を向けて彼女を退学させようと躍起になっている。

 自分が自分であるために嘘を巧みに利用している櫛田さん。承認欲求の塊のような人間が1回2回の失敗で諦めるとは到底考えられない。

 そろそろ、堀北さんを退学させるために手段を選ばなくなってきてもおかしくないですね。

 

「クク、それはあれだ、信頼ってやつだ」

 

「僕が保険なだけでしょう?」

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 用件を伝え終えた彼はそう言いながら背を向けた。

 教室の扉へと向かっていき、乱暴に開けるかと思いきや、まるで龍園くんの執事のように扉前で待っていたアルベルトが素早くかつ丁寧に開ける。

 龍園くんもアルベルトもこの行為に何も言わずに帰宅していった。

 仲が良いことだ。明確な上下関係はあれど、舎弟関係には見えなかった。

 

「カムクラくん」

 

 龍園くんとアルベルトを見送り、いざ帰宅しようと立ち上がると再び阻まれた。

 声の主へと振りかえると、そこには落ち着いた雰囲気の美少女がいた。

 視線だけそちらに向けると、薄水色の髪を揺らし、屈託のない笑顔を向ける。

 椎名さんだ。

 

「今から帰宅するところ申し訳ないのですが、1つ頼みごとをお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「内容によりますね」

 

 一礼して丁寧に告げた椎名さんに、僕は素っ気なく答えた。

 ついでに、用件を早く話せと視線で訴える。

 しかし、彼女は嫌な顔を見せずに話を続ける。

 

「実はですね、小宮くんが部活をしに体育館へ行ってしまったんですよ」

 

「小宮くんはあなたのパートナーでしたね。ですが、彼はバスケ部に所属していたはずです。

 部活動をしている者たちは18:00からの二部で参加をするはずでは?」

 

「はい、カムクラくんの言っていることに間違いはありません。

 しかし、その……小宮くんの成績が思ったより悪いんです。龍園くんに相談したら部活を休ませろとのことでしたので、そう小宮くんに昨日伝えたんですけど……」

 

「彼は忘れて部活に行った。そして僕が……彼を連れ戻せと?」

 

 用件を言うにつれて、フワフワとした穏やかな雰囲気がだんだんと消え、椎名さんは困った様子で肩をすくめる。

 僕も呆れてため息が出る。そして何より面倒くさい。

 それくらい自分で連れ戻せと思うが、今日は彼女が教師役だったはずだ。

 放課後もそれなりに時間が経ったので、そろそろ椎名さんは教師役として活動しなくてはならない。

 彼女の教えを待つ真面目な人たちもいるだろう。彼らを無下にするのは些か酷い話だ。

 

「はい。本当は自分で行けばいいんですけど、その……ああいう体育会系の部活動をしている場所には何となく行きたくないんですよ」

 

「僕を行かせる理由はそう言うことですか」

 

「その、ごめんなさい。我が儘言ってしまって」

 

「まぁ、良いでしょう。僕が出向きます」

 

 僕は暇つぶしがてらそのお願いを聞いた。

 寮に帰っても何もすることはないので良い時間潰しになる。

 ついでに、この学校の施設見学でもすることにしよう。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 テストまで残り二週間となった放課後を迎える。

 Dクラスの雰囲気はテストに取り組むぞという真面目な雰囲気に包まれつつあった。

 さすがに、学年内で退学が一番チラついたクラスであるためその危機感は学年1だったようだ。

 高円寺を除いて、みんなやる気十分と言える。

 

「綾小路くん」

 

 オレが図書館に行くために帰りの支度をしていると、堀北が声を掛けてきた。

 

「何か用か?」

 

「ちょっとした……相談よ。少し耳を貸しなさい」

 

 堀北はそう言ってオレの腕を強引に引っ張って自身の顔にオレの耳を近づける。

 自分が動くのではなく人を動かせる辺り堀北らしい。

 

「相談したいことは櫛田さんについてよ。今回の試験、クラスから裏切者が出ることの重要性はあなたも分かっているでしょう?」

 

 非常に真面目な内容だ。

 誰かに聞かれては面倒な話だったのでオレも小声で会話する。

 

「まぁな。それで、本題は櫛田を裏切らせないために協力しろか? 

 悪いが堀北、オレはお前の命令で幸村たちの勉強会の橋渡し役になっているんだ。手伝ってやるほどの余裕はない」

 

 今日も幸村や三宅、長谷部と参加する予定だ。

 そのためにこれから図書館に行く。

 

「あなたが協力的でないことくらいもう察しているわよ。私が聞きたいのはそんなことじゃないわ」

 

「じゃあ何だ?」

 

「単純な質問を1つするわ。あなたは……櫛田さんを味方につける?」

 

 声のトーンが僅かに下がる堀北に諦念を感じ取れた。

 この様子だと何度も櫛田に裏切らないでと懇願した後なのだろう。

 

「その答えを聞いてお前は何を判断する?」

 

「別に……あなたならどう答えるかが気になっただけ」

 

「そうか。なら素直に答えてみよう。オレなら櫛田を味方につけない。

 つけた時のメリットは大きいが、あの性格だ。爆発した時のデメリットが大きすぎる。

 それに裏切者としてクラスの害になる行動を何度もしているんだ。信頼が足りない」

 

 櫛田を協力者にするくらいなら軽井沢の方が良い。

 オレは以前そう結論付けている。

 堀北はオレの意見を聞いた後、ゆっくりと口を開く。

 

「……あなたは、きっと間違っていない。私もそう思うわ。

 けど、私は……私がAクラスに上がるために櫛田さんの力が必要だと思っている」

 

「なら、味方につけるしかないな」

 

「ええ。でも彼女の性格を見ても、そう簡単に動かせない。

 私も彼女の全てを知っているわけではない。どこに地雷があるかを把握しきれていないから味方にするのは危険と言っていい」

 

 堀北の言い分は正しい。

 オレは櫛田の裏の顔を知っているが、どうしてあの性格を隠しているか、どうしてあの性格になってしまったのか、それらの理由は知らない。

 そこを解消してやれば味方につけることが出来るかもしれないが、少々難易度が高い。

 危ない谷を2つ以上は越える可能性がある。

 

「けれど、私は危険を承知で彼女と賭けをしようと思っている」

 

「賭け?」

 

 堀北の声色は静かに話しながらも芯があり力強いと感じ取れた。

 自信のある策なのかもしれない。

 

「櫛田さんは私に退学して欲しがっている。だから“私が退学すること”、これを賭けの対価に考えた。

 見返りは櫛田さんがこれからDクラスを裏切らず協力すること。賭けの内容は次の特別試験で1教科の点数勝負よ」

 

「それはまた……随分と分の悪い賭けだな」

 

 堀北が負ければ退学なのに、櫛田が負ければクラスを裏切らないというさも当然のこと。

 ハイリスクローリターン。自分を窮地に追い込む愚策だ。

 

「ええ、櫛田さんにこのことを話した時も同じことを言われたわ」

 

 もう話したのか。相変わらずというか、試験の時は慎重なくせに自分に関係することとなると行動が早いことだ。

 いや、試験でも後先見ずに行動するところがまだあるから素の性格ゆえか。

 

「その際、私は兄さんを保証人として交渉したのだけれど、櫛田さんは交渉してくれなかった。

 そしてなぜか、あなたの名前を出してきて私とセットで退学するなら交渉を受けると言ってきたわ」

 

「……はた迷惑な話だな」

 

 オレは溜息が出そうなところをぐっと抑え、櫛田がなぜそう言ったかを考える。

 もっとも結論は出ている。それはオレが櫛田桔梗の裏の顔を知っていて、かつ堀北とよく一緒にいるからと言った所だろう。

 堀北と櫛田はかつて同じ中学にいたらしく、櫛田は過去のことを嫌っている節がある。

 その過去を堀北からオレが聞いている可能性があると考えているのだろう。

 櫛田は人を信じない詐欺師のような女。オレが堀北から何も聞いてないと言っても信じないだろう。

 そして自身の過去が露呈する可能性を全て消すために堀北の賭けを利用し、まとめて消そうという魂胆と見ていい。

 

「私は無関係なあなたを巻き込んでまで交渉を進めたいとは思わない」

 

「けれど、これ以外に櫛田を仲間として引き入れる方法はない。だから相談という名目でオレの意見を聞き、再度何か閃くか考えていたわけか」

 

「……そうよ」

 

「今回の試験、櫛田を止めなければ、正直勝てないだろうな。

 お前は何度も櫛田を説得しているのか?」

 

 次の特別試験、内側に敵がいることは体育祭以上に厄介なことだ。

 だからこそ、その処理は迅速に行わなくてはならない。

 しかし、それも間に合わないだろう。なぜなら既に龍園に先手を取られている可能性があるからだ。

 体育祭同様に、今回も櫛田を利用してくる。

 龍園の考えそうなことにいくつか心当たりがあるが、どれも裏切者を作られてしまえば対策は非常に困難。

 堀北はこの状況で諦めずに勝ちに行くだろうが、オレならばここで櫛田を消すことに力を割くな。

 加えて、カムクラや金田による勉強会を行っているCクラスに単純な学力試験で100%勝てる保証はない。

 やはり、今回のオレの取るべき行動は“何もしない”がベストだ。

 

「……ええ。でも、私に平田くんや一之瀬さんのような好感を持てる話術は出来ないわ。

 加えて櫛田さんの標的である私が何度言っても彼女の胸の内には響かない」

 

「無駄な努力、そう思えてしまうな」

 

「……私はそうは思わない」

 

 諦めの悪いことだ。

 だが、この堀北の行動を無意味にしないために交渉は成功させてやってもいいか。

 

「なら、さっき言っていた交渉にオレを巻き込んでもいいぞ」

 

「あなた……どういうつもり?」

 

 突拍子のない発言に堀北は驚く。

 

「ここでもう一度櫛田を見極めておこうと思ってな」

 

 もちろん嘘だ。

 強いて言えば、オレとは違う行動をする堀北がどんな結末を生むのか少し興味が湧いた。

 

「……でも、だからといってあなたが退学のリスクを負う必要は……」

 

「お前が勝ってくれれば何も問題ないだろう? 随分弱気だが、どうしたんだ堀北?」

 

 こう挑発すれば堀北鈴音は乗ってくる。

 強気な性格は変わらない。

 

「……言ってくれるわね」

 

 ため息交じりの笑みの後、堀北は本調子に戻る。

 何度挫けようとも折れない、そんな雰囲気がある堀北鈴音だ。

 

「この後の予定は?」

 

「幸村たちと勉強会の予定だが、少し遅れると連絡しておく」

 

「ありがとう。出来るだけすぐ片付けましょう」

 

「そうだな」

 

 オレは連絡アプリで幸村に連絡を済ませる。

 堀北の手伝いと言えば、幸村は快く聞き入れてくれた。

 そしてオレはこの後、櫛田と堀北の賭けの場に足を運ぶ。

 そこで櫛田の過去を知ることになるが、それはオレにとってどうでもいい話。

 万が一、堀北が負けるようなことがないように、生き延びる手段を考えることこそ、オレの最優先事項だ。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 Cクラスのリーダー、龍園 翔は寮の階段にある踊り場の1つにいた。

 時刻は23時を迎える。就寝時間一歩手前にもかかわらず、1人で壁に寄りかかっていた。

 真っ黒なヒートテックに長袖のゆったりとしたズボン。

 ここが敷地内でなければ不審者に間違えられそうな格好だ。そして龍園はそんな様相で人を待っていた。

 高度育成高等学校の寮には、夜間の行動に制限はほぼない。

 寮の上層が女子、下層が男子という男女共有の寮なので、夜間に男子が女子の元へ、すなわち上の階に行くことくらいだろうか。

 それ以外は生徒の自主性に任されている。

 もっとも、女子が男子の元へ、すなわち下の階に行くことは特にお咎めがない。

 だがそれは差別ではなく、下に降りるのはどうしてもいくつか理由が上がってしまうから。

 単純に散歩がしたいだけで下に降りた女子生徒、自販機に飲み物を買いに行く女子生徒。彼らのような生徒を罰するなどは出来ない。

 もちろん、意図をもって男子の階に行き、あまつさえ部屋に入るということがあれば当然罰せられるが。

 

「よぉ、桔梗。呼び出しておいてオレを待たせるとは良い度胸じゃねか」

 

 携帯から視線を外し、上の階から降りてきた女子生徒、櫛田桔梗に龍園は声を掛ける。

 一般的な寝間着というより、コンビニに行く程度の軽い服装をした櫛田。

 さすがに男女で身だしなみの意識は差があったようだ。

 

「ごめんね、龍園くん。勉強が長引いちゃったんだ。クラスのためにやったことだから許してほしいな」

 

 両手を合わせて軽く首を下げるジェスチャーとともに、ニコニコと人当たりの良さそうな笑みで櫛田は謝罪した。

 しかし、龍園は嘲笑で返す。

 

「構わねぇよ。だが、こんな時間まで勉強とはな。はっ、人気者は大変だな」

 

 笑顔が失せ、瞳から色が消えた。

 常に睨んでいるような切れ長の目は憎しみが連想される。

 そんな表情こそが裏の櫛田桔梗。いや、本当の櫛田桔梗だ。

 櫛田はため息をついてから龍園へ不愛想に返答する。

 

「別にアタシの勉強じゃないっての。個人トークで勉強を教えてくれって女がしつこかっただけ」

 

「どっちにしてもだ。お人よしをアピールするのは労力が辛そうだ」

 

 鼻で笑った龍園に櫛田は同情するなと冷めた声で吐き捨てる。

 そしてその口調のまま話を進めた。

 

「次の特別試験、堀北と一対一で戦う勝負を確約した」

 

 時間も時間なので、櫛田は手短に本題に入っていく。

 

「ほう? 勝ったら何がもらえるんだ?」

 

 龍園は面白そうな話題に愉快気な表情を浮かべ、分かり切ったことを聞く。

 

「堀北の退学」

 

 同種の黒い笑みで返す櫛田。

 魔女も驚くような血の気が引く笑みだ。

 

「よくその勝負を鈴音が受けたな。……いや、あえて受けたのか? 内側の対処をするために」

 

「正解。クラスが一丸となるために、私とのこの関係を改善したいんだとさ。

 でもそんなの無理。私がクラスのために働くには堀北の退学が必要事項だもん」

 

「クク、女の恨みってのは心底関わりたくねぇな。怖くて仕方ない」

 

 無論、龍園は恐怖を全く感じていない。

 むしろ、櫛田のような面倒くさい女に付きまとわれている堀北に同情さえしていた。

 

「それでルールは?」

 

「1科目の点数勝負。科目は私が選んで良くて数学にした」

 

「退学を賭けた勝負だ。もちろん、保証はあるんだろうな? 

 ないならオレは手を貸さねぇぞ。それと今回の対価も決めておこうか」

 

 手に持っていた携帯をポケットにしまい、龍園は本格的に契約を詰めていく。

 櫛田は頷いた後、ポケットから折り畳まれた紙を取り出して龍園に渡した。

 それは契約書。櫛田が堀北を潰すための対価が書かれており、龍園に協力を要請するための必要書類だ。

 受け取った龍園はそれに素早く目を通す。

 

「保証はある。保証人として堀北生徒会長が立ってくれたからね」

 

「ほう? なら鈴音も本気って訳か。クク、お人好しが過ぎるぜ」

 

 龍園は契約書を黙読しながら会話を進める。

 読み終えると、真剣な表情で櫛田の方にもう一度視線を向けた。

 その面構えに、櫛田は身動ぎこそしなかったが、この男が油断ならないことを再確認する。

 暴力による手段を好む危険な生徒。それがこの男の入学当初の噂だった。

 だが、最近は変わりつつある。学年でも有数の情報網を持つ櫛田はそれを知っていた。

 龍園が危険である噂は変わらない。だが、その噂は暴力を1つの手段として、かつ他の手段を巧みに使う目敏いというもの。

 手段こそ褒められたものではないが、結果を残しつつある生徒なのだ。

 Cクラスのリーダーであり、学校でも有数の実力者。その雰囲気は確かに貫禄があった。

 

「契約を確認しよう。お前は鈴音を潰すためにオレの協力を得る。その対価としてDクラスが作った問題と解答をCクラスに提供する。

 オレはその協力としてCクラスが作った数学の問題と解答を提供する。これで間違いないな?」

 

「うん。間違いないよ」

 

 櫛田は警戒をしながらゆっくりと頷き、肯定する。

 スムーズに契約確認を行えたので、順調に事が進んでいる。

 そう認識した櫛田は内心でほくそ笑んだ。

 しかし、

 

「だが、まだ了承できないな。桔梗、お前はどうやって期末テストの問題をCクラスに提供する?」

 

 龍園は笑顔を見せれば尻尾を振るDクラスの男子のような櫛田の掌で動かされる有象無象とは違う。

 狡猾で用心深い。そしてこと契約はそれらがさらに研ぎ澄まされている。

 

「私が作った問題をDクラスの問題として事前に受理させる。先に提出して他の問題が出来ても受理させるだけさせて実際に出る問題を私の問題にすれば良い」

 

「なるほどな。……道理で、こんな時間まで勉強している訳か。

 だが、甘すぎるぜ」

 

「……はっ?」

 

 龍園の予想外の発言に櫛田は威圧するような声が出る。いや、出てしまう。

 櫛田の失敗だ。本当の櫛田桔梗というのは、思ったことを悪意を込めて吐き出す。

 人に対して気遣いなどしない人間だ。

 だからこそ、龍園はその声を不快に感じ、いっそう視線を強めた。

 その獰猛な雰囲気に櫛田は間違いを自覚し、一歩引いてしまう。

 

「あまり調子に乗るなよ、桔梗。鈴音はクソ真面目の甘ちゃんだが、馬鹿じゃねぇ。

 一度やられたことは学習して手段を講じてくる。そう単純な手段では鈴音は出し抜けない。それに……Xの野郎がこれに気付かないはずがない」

 

 龍園の言っていることは正しく、櫛田もそれくらいは理解していた。

 堀北鈴音は厄介な女だ。この学校に来てからより頭も回るようになっている。

 だが、入学してから作り上げてきた『信頼』の力を使えば、強引にでもテスト問題を差し替えることは可能だと睨んでいた。

 

「……X。あんたが最近探し始めたっていうDクラスを裏で操っている奴ね」

 

「流石に情報通だな。なら話は早い」

 

 一拍置いてから龍園は話を続ける。

 

「オレはお前が本当にテスト問題を受理できるか不安だ。だが、Xについて調査をするっていうならお前の憂さ晴らしにリスク度外視で付き合ってやってもいい」

 

 龍園は今日一番のあくどい笑みを浮かべる。

 櫛田は自覚する。この契約は悪魔との契約だ。

 契約すれば引き返せないかもしれない。

 しかし、櫛田はその悪魔の手を取るだろう。自分が自分でいるためならば手段など些細な問題だ。

 堀北鈴音がいる限り、櫛田桔梗の安寧は訪れないのだから。

 

「……わかった。でも、Xの情報なんてないわよ。皆、クラスのために頑張ったのは堀北さんだ~って馬鹿の一つ覚えみたい言うもん」

 

「何だっていいんだ。クラス内でおかしいと感じたことを教えてくれればいい」

 

「おかしいって……」

 

 櫛田はそんな事例がないか記憶を掘り返すが、やはり堀北の活躍しか思い出せない。

 そして自分で嫌悪の渦にハマる。

 

「何もないのか?」

 

「……すぐには思いつかない。船上試験は堀北と平田の活躍だって皆思い込んでるし、体育祭も同様。無人島試験だって……」

 

 そこまで言って櫛田は引っかかった。

 喉に小骨が刺さったような違和感が頭の中で感じる。

 龍園はその反応に上機嫌な様子だ。

 

「何か思い出したようだな」

 

「大したことじゃないよ。無人島試験、もしかしたらあの時もあんたの言うXが動いてたかもしれないって思っただけ」

 

「……何? どういうことだ」

 

「あの試験で堀北は相当の体調不良だった。平田みたいなクラスを崩壊させたくないだけの奴に全員リタイアは思いつかないだろうし……」

 

 龍園はその発言をしっかり記憶する。

 自分の中でXの有力候補として挙げていた平田が否定されたからだ。

 櫛田の情報収集能力、観察能力はコミュニケーション能力の高さと比例する。

 ゆえに龍園はこの情報の質が高いと判断する。

 

「なるほどな。Xはあの時から既に動き出してたってことか。そしてお前目線では鈴音と平田はないと?」

 

「かな。あの2人を疑うくらいなら高円寺の方がまだ怪しい」

 

 進展があったことに龍園は内心満足する。

 理由はもちろん、平田がXである可能性は低いと判断できたからだ。

 悪意を屁のように撒き散らす今の櫛田が嘘をつく理由は殆どない。

 平田は前から臭いところがあったので龍園は平田をXの有力候補に入れていたが、この情報で候補の1人に下がった。

 そして新たに名が上がった高円寺。

 手当り次第に謎へと手を伸ばしていた状況に比べれば、これは大きな進歩。

 龍園はXを探すことをまるでゲームをするかのように楽しむ。

 謎か1つ取り除かれ、進歩したこと。これが続き、いずれXの顔を拝顔することができると信じて疑わなかった。

 

「クク、前払い料金にしては上質な情報だった。

 良いぜ、桔梗。契約成立だ」

 

 龍園のその言葉に櫛田はやっと心を宥めることが出来た。

 一安心。これで思考に余計なリソースを送らなくって済むと思うと、晴れ晴れな気持ちが込み上げできた。

 龍園は踊り場から立ち去ろうとする。

 機嫌が良くなった櫛田は礼がわりに見送ってやろうと龍園の背を見ていた。

 すると、龍園は急に立ち止まった。

 

「……これは善意での忠告だ。Xはオレや坂柳に似た思考を持っている。

 もし、クラスから不要なものを弾くと考えればオレはお前を選ぶ」

 

「……何が言いたいの?」

 

「Xが次に標的とするのはおそらくお前だ、桔梗。

 せいぜい寝首を搔かれないように気を付けることだ」

 

 龍園はそれだけ言うと、階段を素早く降りていった。

 戯言。櫛田は龍園の忠告をそう受け取り、今しがた感じた自分の直感を鍛えられた我慢の力で押し殺す。

 

 それはそれは必死に、懸命に。

 

 

 

 




chapter6はダンロン要素増える言うたけど訂正します。
入って2割くらいにします。
その分、今度こそchapter7は増えると思います。
たぶん、きっと、おそらく。

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