ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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カフェ

 

 

 

 

 

 季節の移り目は気温の変化が大きく、あっという間に冬のシーズンが到来した。

 期末テストまでは今日で一週間を切り、部活動は全面禁止。

 誰もが勉強に全力で挑める時間を確保できたということだ。

 Cクラスでは、今日の放課後から教師役は三人体制で面倒を見る。部活動がある生徒のために二部に時間を分けていたが、その必要がなくなったからだ。

 最後の追い込みのために、放課後は有効に使わなくてはならない。そのため僕たちも勉強環境を万全にする必要があった。

 よって今日からは、僕たちが面倒を見る時間が16時から最高20時までと計4時間になっている。

 もっと勉強したいものもいるかもしれないが、自主学習や休息も考えればこの辺りが妥当だろう。

 

「カムクラさん、この問題分からないから教えて下さい!」

 

 現在は勉強会開始まで後10分を切ったくらいだ。

 最近勉強が出来るようになってきた石崎くんが開始前から熱心に聞いてくる。

 入学当初の彼とは思えない行動だ。

 

「勉強会が始まってから答えるので、どこがどう分からないかを説明できるようにしておいてください」

 

「はい! 了解です!」

 

 元気の良い返事は騒々しく、耳を塞ぎたくなる。しかし、それも一瞬。石崎くんは素直に自席に帰っていく。

 最近また懐かれた気がしてならない。

 まぁ、この僕が勉強を見ているのだ。当然の結果と言えば当然だ。

 もっとも、石崎くんの言う勉強が出来るは中学課程が一通りできるだけ。基礎は出来るが、標準でやや躓く。応用は以前のように頭を抱える。

 全体から見れば、平均レベルに達する程度。3週間と少し真面目に勉強した甲斐はありましたね。

 

「まぁ、元が元なので抜けている知識も多いでしょうが」

 

 今まで勉強をしてこなかった人間に最高の教育を用意してやったとはいえ、目に見える結果が必ず出るわけではない。

 サボっていた分の穴もあるのでいかに良い教育でもたかが3週間で完璧には修復できない。

 それでも、石崎くんの成績が上がったのは彼が愚直なまでに素直だったからだ。

 言われたことを言われた通りやる。実践しようとすると意外に難しいことだ。

 ここは彼の美徳と言っていい。

 

「西野~、分からない所があったら教えてやってもいいんだぜ~」

 

「うぜぇ。万年ビリは黙ってな」

 

 有頂天になるのもセットですね。そこまで面倒を見る気はないので放置しますが。

 西野さんに絡む石崎くんから目を離し、僕は下校する生徒たちを教室から眺める。

 憂鬱そうな表情をマフラーで隠し、早歩きで帰路に就く生徒たち。目元に隈がありながらもノートを熟読しながら下校している生徒。

 日々勉強に勤しむ学生たちは目に見える疲労があった。

 

「それに比べてCクラスの生徒たちは余裕そうですね」

 

 石崎くんはいつでも元気だからいいとして、小宮くんや西野さんなどの勉強が出来ない組は真剣に勉強に取り組んでいるにもかかわらず、辛い表情や疲労を見せていない。

 それだけ気持ちに余裕がある。早めの勉強会は彼らに勉強に対する嫌悪感を和らげたのかもしれません。

 

「おい、カムクラ」

 

 窓へ視線を戻そうとすると、龍園くんが僕に声を掛けた。

 今日も素早く帰ったと思っていたが、まだ教室に用があったらしい。

 

「何の用ですか? まさか一週間前になってやっと勉強を教えてもらいたくなりましたか?」

 

「ぬかせ。テメェの手助けなしでもオレは赤点くらい自力で回避できる。

 それよりだ。今日の用はX探しについてきてもらおうと思ってな」

 

「嫌です」

 

 僕は端的に吐き捨てる。

 

「拒否権があると思っているのか?」

 

「……僕は放課後に勉強を教える予定があるのですが?」

 

「安心しろ。30分もしないでそっちに帰らせてやる」

 

 断ろうと奮闘したが、全く取り合ってくれない。

 彼の脳内で僕が断るという選択肢はないようだ。

 

「……どこへ行くのですか?」

 

「ケヤキモールにあるカフェだ。そこにXの候補と有力候補がいる」

 

「候補と有力候補の名前は?」

 

「幸村 輝彦。Dクラスでトップの学力を持つクソ真面目。

 綾小路 清隆。鈴音の横にいつもいる腰巾着野郎だ」

 

 その名前、特に後者の名前を聞き、行く気のなかった気分が向上した。

 だが、ここで二つ返事をしてしまうと龍園くんのゲームにヒントを与えてしまう。

 それは龍園くんにとってツマラナイ。

 なので、さりげなく会話を繋げることでゲームのネタバレをしないように、それでいて僕がついていく流れを作る。

 僕はそう素早く思考した。

 

「正直、面倒です」

 

「クク、それでも今回ばかりは付いてきてもらうぜ。

 なにせ、オレは綾小路こそXだと推測しているからな」

 

「……僕を連れていることで、現状最有力候補の綾小路清隆がどう反応するかを見たいと言った所ですか。彼がXである根拠は?」

 

「単純に鈴音とのパイプが太いこと。真鍋の現場を見た4人の内の1人であること。

 そして────体育祭で見せた身体能力の高さだ。お前も記憶に残っているだろ?」

 

 思い返すは棒倒しでの正面衝突。

 互いに最高速度でぶつかり合った時のことは記憶に新しい。

 この僕と正面衝突をして怪我だけで済んでいる綾小路くんはやはり異質。

 だからこそ、僕の退屈を晴らしてくれる可能性がある生徒だ。

 

「能ある鷹は爪を隠すと言う。あの腰巾着は今まで自分の身体能力の高さを隠していやがった。

 仲間の頑張りとやらに応えるためにその実力を表に出し、お前との正面衝突で怪我をしながらも、クラスのポイントを減らさないために体育祭を乗り切った。

 最近じゃあ、Dクラスでも鈴音のサポート役としての地位を確固としつつある。だが、重要なのは実力を隠していたという事実だ」

 

「それらが真実という可能性は?」

 

「否定はできない。王道な物語のような噂だが、話の筋は通っていやがる。

 だが、腑に落ちねぇ。話が出来過ぎていやがる」

 

 龍園くんは彼の噂と集めた情報を吟味しながら話を続けていた。

 だが、今の情報だけなら疑う余地はない。

 今まで実力を隠していたのは真面目にやるのが面倒だった。だが、クラスのために頑張りたいがために実力を出した。

 そして結果を残した。そこでDクラスでの地位が確保されるのも当然の功績と感じた。

 

「極めつけなのは、無人島試験だ。綾小路は島に残っていやがった」

 

 無人島試験では、Dクラスが数人を残してリタイアをしている。

 その残った数人の内に綾小路くんはいた。

 龍園くんはそこを疑っているようだ。

 

「少々、直感が強いですね」

 

「まぁな。だが、この目で確かめるだけの価値はあるだろう?」

 

「そうですね。少なくとも、他の生徒よりは信憑性が高そうです」

 

 僕が肯定すると、龍園くんは薄く笑った。

 説得が上手くいったことへの軽い笑いですね。

 どうやら、彼にヒントらしいヒントはいかなかった。

 ゲームはまだ続行できているようだ。

 

「やっと重い腰を上げやがったか、爺が」

 

「生意気にもこの僕を使うガキがいるようですから」

 

 挑発を挑発で返すと、龍園くんは心底嬉しそうな表情を向けて来る。

 獰猛さの中に無邪気さが隠れた視線は僕を食らってやろうという強い意志を感じた。

 

「はっ、今ここでリベンジマッチを開催しても良いんだぜ?」

 

 首の骨を鳴らし、いつでも戦闘に入れるように脱力する龍園くん。

 ここは教室なので人の目が非常に多いが、龍園くんにとって僕への再戦はそれらは些細なものと置いているようだ。

 

「良いでしょう。では僕が勝ったら、あなたには僕とのマンツーマン勉強会をプレゼントしましょう」

 

「オレが勝ったら?」

 

「僕とのマンツーマン勉強会をプレゼントしましょう」

 

 指の骨を鳴らして応戦の意志を僕は見せた。

 だが、龍園くんは僕の発言に顔を顰めた。

 言うまでもなく、マンツーマン勉強会のことを快く思っていない。

 

「……勝っても負けても最悪じゃねぇか。興が覚めたぜ」

 

「この僕に1週間付きっきりで勉強を見てもらえるのですよ。最悪だなんて、あなたはものの価値が分からないようですね」

 

「……ナルシストが。死に晒しやがれ」

 

 暴言を吐きながら背を向ける龍園くん。

 この話し合いは僕の勝ちですね。

 

 その後、僕たちは二人でケヤキモール内にあるカフェに向かった。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 放課後のケヤキモールは普段時と比べて活気が少なかった。

 テスト期間一週間前に入ったため、学生がメインで訪れる場所の出入りが減るのは当然と言える。

 しかしそれでも人だかりがないわけではない。

 目的地であるカフェに到着したが、店内にいる生徒数は満席に近かった。

 図書館のような静かに勉強できる場所ではないにもかかわらずだ。

 おそらく、今日から部活動が休止することでパレットや図書館が満席になると予想していた生徒たちが集まった結果だろう。

 同じような考えを持った生徒や軽い雑談を交えながら勉強をしに来た生徒が集まっているとみていい。

 

「さて、綾小路の野郎はどこにいる?」

 

 カフェの中に入ると龍園くんは首を軽く振って標的を探す。

 如何せんここにはたくさんの人がいる。

 探すのは一苦労。そう思えたが意外にもすぐに龍園くんが狙いを定める。

 その表情は笑み。どうやら、手間は取らなかったようだ。

 龍園くんは席の予約をすることもなく、我が物顔でカフェに乗り込んでいった。

 僕は彼に追従する。

 

「私お代わり取ってくるね~」

 

「また砂糖マシマシか? あんな激甘よく飲むよな」

 

「私からすればブラック飲むほうが理解に苦しむけどね。……わっと」

 

 進むとすぐに綾小路くんの姿が見え、彼を含め4名の生徒が会話を楽しんでいた。

 1人の女子生徒が会話を中断させ、プラスチックカップを持って立ち上がろうとする。

 しかし、足元に置いてある鞄に躓き、手に取りかけていたカップを床に落としてしまう。

 コロコロと回転して転がるカップをなんとなしに目で追うと、不幸にもそのカップは龍園くんの足元に到着する。

 

「あ、ごめ──ー」

 

 Dクラスの女子生徒は謝ろうとするが、言い終える前に龍園くんがカップを踏みつぶす。

 見るからに悪意があった行動に、謝罪の言葉は喉の奥深くに飲み込まれることになった。

 

「随分と楽しそうだな。オレらも交ぜてくれよ」

 

「何よあんたら……」

 

 女子生徒は警戒を一気に強め、僕たちを強く睨み付ける。

 相手がCクラスの中でも目を引く生徒二人と気付けば当然の反応。

 一緒に座る男子生徒たちも同様の反応だ。

 一人は綾小路くん。無表情でこちらを警戒している。

 残りは知らないが、勉強が出来るのが幸村 輝彦と龍園くんが言っていたので、メガネを掛けた落ち着いた雰囲気がある方が幸村くんと見ていい。

 もう一人は気だるい表情を見せながらも龍園くんの行動に注視している名前の知らないDクラスの生徒だ。

 

「ちょっとなんで私のカップ踏んじゃった訳? 事故じゃないよね?」

 

「足元に転がってきたから捨てたと思ったんだよ。手間を省くために踏んでやったのさ」

 

 龍園くん相手に強気の意見をするあたり彼女も気は強いほうだ。

 だが、そんな芯ある言葉を龍園くんは鼻で笑い返す。

 そんな行動を見てか、黙って見ていた残りの男子生徒が真剣な顔つきでゆっくりと立ち上がった。

 

「おい龍園。前々から言いたかったけどな、そういう態度はいい加減やめろよ」

 

「オレはお前に用はない。そっちの2人に興味があるんだよ」

 

 龍園くんはそう言って綾小路くんと幸村くんへ視線を向ける。

 2人の表情を一挙一動見逃さない程にそれぞれ凝視する。

 

「なるほどな。次の試験で退学しないように幸村指導でせっせと勉強会をしていやがるのか」

 

「それがどうした。お前も早く帰って勉強した方が良いんじゃないか、龍園? あまり良い成績とは聞かないな」

 

 龍園くんの成績が悪いことを引き合いに出し、見下した視線を送る幸村くん。

 だが、相手は龍園翔。そんな温い挑発では怒りの感情を誘えない。

 

「学力はそんなに大事か、幸村?」

 

「当然だ。……学力が全てとは言わないが、勉強した者としてない者では教養に差が出る。

 学んだことはより視野を広くし、その者の可能性を広げられる行為だ。やって損はない。

 それに日本は学力社会……、学力が重要でない理由を探す方が難しい」

 

「……クク、言い分はだいたい分かった。

 それを含めてお前に評価を下すなら“劣化版葛城”と言った所だ」

 

「……なんだと?」

 

 他者と比較された上で低い評価を受けた幸村くんの声が低くなる。

 プライドが高い。聞き逃せばよいことに反応してしまう。

 龍園くんはこの反応も含めて分析を続け、かつXかどうかの吟味を行っていた。

 

「どうやら、お前はオレの探しているXではないらしい」

 

 そして出した答えは非。

 幸村くんから興味を失くした龍園くんはすぐに次のターゲットに移行する。

 

「さて、大本命だ。オレはお前か平田がXじゃないかと疑っているんだぜ……なぁ、綾小路」

 

 その表情はまるで目の前に旧友が現れたかのように笑みをたたえていた。

 心の底からこの状況を楽しんでいる龍園くんは周囲の視線すら気にせず綾小路くんの次の発言をまだかまだかとせわしなく待つ。

 

「X……? 何のことだ」

 

「クク、お前らのクラスにいる隠れた策士のことをオレが敬意を表してそう呼んでいるんだよ」

 

 惚けたふりをしている綾小路くんに対して、龍園くんは丁寧に説明する。

 そのまま会話を続けていく。

 

「綾小路。オレたちに負けたとはいえ、体育祭ではなかなかの活躍だったらしいじゃねぇか。

 オレも驚いたぜ。なにせ、目立った成績を取っていなかった雑魚が急に頭角を現したんだ。なぁ、どうしてだ? どうして急にやる気になった? 

 今まで隠していた実力をだしたのは何故だ?」

 

「それをお前に答える必要はあるのか? Cクラスのリーダーであるお前に」

 

「ないな。だが、お前がXでないならば別に隠す必要のない質問だと思わないか? 

 こんな質問、クラスが違う者同士の世間話だぜ」

 

「だとしてもだ。お前は危険な奴と聞いている。そんな奴と世間話は御免だ」

 

「“聞いている”か。それは鈴音からか?」

 

 綾小路くんは無表情を押し付ける。

 会話そのものを楽しみ、質問を繰り返す龍園くんとは真反対の表情だ。

 

「クク、まるで鉄仮面だな。お前みたいだ、カムクラ」

 

 龍園くんは斜め後ろにいた僕に顔だけ向けてそう言う。

 唐突に話が飛んで来たことに驚きはしないが、何とも自由な男だ。

 

「そんなものはどうでもいいでしょう。時間が惜しいので、彼がXでないならば早く帰りたいのですが」

 

「そう言うな。お前もこいつと会話してみろよ。何か引っかかるところがあるかもしれないぜ?」

 

「ツマラナイ」

 

 ゲームを終わらせないように言動に気を付けて発言する。

 適当に嘘を紡いだが、僕が嘘を吐いたことを綾小路くんは気付いているでしょう。

 まぁ、船上試験が始まる前に龍園くんに報告しないと言ったので戸惑うことはないでしょうが。

 

「クク、もう一つ聞くぜ綾小路。お前、無人島試験でリタイアせずに残っていたらしいじゃねぇか。

 それはお前があの策を考えたからだな?」

 

 龍園くんはすぐに脱線した話を戻し、再度綾小路くんを観察する。

 

「いや、違うぞ。リタイア作戦を立てたのは堀北と平田だ。

 残った理由なんて、少しでもクラスに貢献しようと思っただけだ」

 

 綾小路くんはその質問に対し即答した。

 何も嘘なんてない。体育祭以降鰻登りの彼の良い噂を踏まえれば本心に聞こえただろう。

 体育祭で実力を出したのもクラスのためと考えた方が辻褄があう。

 だが、かの王様の懐疑心は揺れない。

 

「クク、ククク。なるほどなぁ! 確かに矛盾は見当たらないな! 

 いいぜ、今回はここまでにしてやる。また会おうぜ、綾小路」

 

 これ以上の会話では探れないと判断した龍園くんは彼らに背を向ける。

 ここは人目の多いカフェなので暴力を用いた交渉は出来ない。

 監視カメラもあるので、強引にこれ以上聞きだそうとすれば当然罰が下される。

 だから彼は暴力を見せず、ゲーム感覚で会話だけをしていた。だが、今回は綾小路くんの対応が一枚上手だったようだ。

 僕は彼の後ろをついていき、カフェの出口を向かう。

 

「先に帰ってください」

 

 止まることなく帰宅しようとする龍園くんに僕は告げる。

 彼は目で何故だと訴える。

 

「あなたが潰した女子生徒のカップを弁償するためです」

 

 ついでにもう一度綾小路くんを観察しに行きましょう。

 

「はっ、お優しいこったな」

 

 嘲笑う龍園くん。

 あの行動を仮に問い詰められても偶然で済ます気なのだろう。

 

「まぁ良い。そんなことより、お前は綾小路のことをどう思った」

 

「今日の発言に矛盾はありませんでしたので、彼は白と判断するのが妥当でしょう。 

 しかし……、断定はしない方が良いでしょうね」

 

「それはなぜだ?」

 

「体育祭でこの僕と衝突して軽い怪我で済むほどの運動神経を隠していた人物ですから、他に何かを隠していても不思議ではない」

 

「同意見だな。ここまで限りなく白に近いと確かに疑い辛いが、どうにも腑に落ちねぇ」

 

 僕が店のレジへ到着すると、彼も話の確認をするために一時的に並ぶ。

 腕を組んで悩む様子は飲むコーヒーを選んでいるように見える。

 

「順当にいけば、次は平田くんを疑うのですね」

 

「ああ。だが、平田に接触する時、お前は付いてこなくていい。それよりも、お前には佐藤と松下に接触してもらう」

 

「あの目撃人物の2人ですね」

 

 佐藤と松下。彼女たちは真鍋さんが軽井沢さんに詰め寄ったところを目撃した4人の内2人だ。

 綾小路くんと平田くん、そして彼女たち。

 真鍋さんを利用されたことを考えればこの4人を重点的に調べるのは確かに必然だ。

 

「ある程度調べは付いているが、それでも絶対違うとは言えない。オレはこれから忙しくなるからこの件はお前に任せる。

 ついでに並行してこいつらからテスト問題をパクれるか試してこい。佐藤は馬鹿らしいが、松下はそれなりに勉強が出来るそうだ。

 だが、無理をする必要はない」

 

「というと?」

 

「今回の交渉────目途がついた」

 

「なるほど。ですが、それは今言わない方が良いですね」

 

 ここはカフェ。壁に耳あり障子に目あり。

 場所を変えて話す必要がある内容だ。

 

「当然だ。この話の続きはお前の部屋で話すとしよう。時間はおいおい決める」

 

「了解しました。ですが、1つ質問を。なぜこれから忙しくなるのですか?」

 

「それをお前に言う必要はない」

 

 龍園くんはそう言って列から外れた。

 向かうは出口。このまま自宅に帰宅するようだ。

 それにしても、最後の質問は我ながら意地が悪かったかもしれない。

 

 

 ────なぜなら彼が忙しくなるのは、一人で勉強するに違いないからだ。

 

 

 確かに暗躍に力を入れるのだろう。だが、それだけではないはずだ。

 何もしないでテストを乗り越えられる成績ではないこと。時期はテスト一週間前。龍園くんが実は努力家。

 この情報から導き出される答えはこれしかない。

 成長した彼は万が一の時も考えて行動しているということ。

 自分の暗躍が失敗しても自力で赤点回避をするための努力を必死に行っている。

 僕はそれを瞬時に理解した上で先程の質問を送ったのだ。

 どんどんと小さくなっていく隠れて努力を行う者の背中。

 プライドを捨てて僕に教えを請えば簡単に解決する問題だが、そのプライドの高さが龍園くんらしい。

 

 その後、僕はカップの弁償をするためにもう一度彼らの席に戻った。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 龍園とカムクラが去った店内は一瞬静寂に包まれた後、すぐに活気を取り戻した。

 たった二人の来店だったが、その緊張感は一触即発の雰囲気を店内に張り巡らせていた。

 やはり、あの2人はこの学校内でも危険な人物、オレはそう再認識した。

 

「……何なのよあいつ」

 

 龍園にカップを踏みつぶされた長谷部は先ほどから機嫌が悪い。

 勉強を再開しようにも突然の応対によって気分は乗り辛かった。

 

「機嫌直せよ長谷部。そんな雰囲気じゃ、勉強しようにもできない。

 カップは俺が持ってきてやるからよ」

 

 三宅はそんな状況を見かねてもう一度席を立った。

 人と関わるのが好きではないと言っていたが、他者を気遣うことは出来るようだ。

 もっとも、いち早くこの場から逃げようとしているだけだろうが。

 

「……砂糖多めね」

 

「気分転換にブラックってのはどうだ?」

 

「絶対無理」

 

 内心のふくれを隠せそうともしないその態度に三宅だけでなく幸村も苦笑い。

 女性の機嫌を取るのが難しいという噂は本当のようだ。

 

「幸村と綾小路も何かいるか? 今なら奢ってもいいぜ」

 

「俺は大丈夫だ。飲み物のお代わりは必要ない。強いて言うなら、小腹が空いたくらいだが、奢ってもらう気はない」

 

 そう言って幸村も立ち上がる。

 正直、不機嫌な女子と一対一の状況を創り出すのはやめてほしいんだが。

 

「気にするな幸村。むしろお前は残ってそこの女王様の機嫌を取ってやれ」

 

「……俺にそんな器用なことが出来ると思うなよ。むしろ、お前の方がそういうことは上手いだろ」

 

 幸村は三宅を軽く睨む。

 なるほど、サラッとこの場から逃走しようとしていた三宅を幸村は気付いていたのか。

 足止めは完璧だ。

 

「綾小路は何か欲しいものはあるか?」

 

「オレは大丈夫だ」

 

 幸村がオレにそう問う。

 交代する気満々のようだ。確かに機嫌の悪い女子の扱いは三宅が一番慣れているだろうから、人選ミスはない。

 

「どっちでもいいからさ、取ってきてくれるなら早く欲しいんだけど」

 

 長谷部は口を尖らせ、3人に言う。

 本気で怒っているが、怒気を抑えている声色から見てもオレ達に理不尽な怒りをぶつける気はないようだ。

 虎の尾を踏まないように発言には気を付けなければいけない。

 オレ達3人は顔を合わせ、誰が長谷部の機嫌を取るか素早くアイコンタクトをした。

 誰が行くかを黙りながら指示を出し合う。結局、言いだしっぺの三宅が行くと纏まった。

 

 

 しかし、三宅がレジへ行く前に予想外な返答があった。

 

 

「砂糖の量はマシマシでよろしかったですか?」

 

 いつの間にかオレ達の座る席付近に、木製のカッティングボードと取り皿を持ったカムクライズルが立っていた。

 オレは最大限に警戒をする。

 相変わらず、全く感じ取れない気配。

 ここがカフェであり、人が多く騒々しい場所とはいえ、その異常さは際立つ。

 三宅も幸村も帰っていったはずの存在がすぐ近くにいたことに驚きを隠せない。

 しかし、長谷部は違った。

 

「……そうだけど。何、あんたが持ってきてくれるの?」

 

 長谷部も驚いてはいたが、そんなことよりカップを踏みつぶされたことの苛立ちが優先されたようだ。

 カムクラ相手に一歩も引かずに不機嫌を顕にする。

 

「持ってきてくれるのというより、もう持ってきています」

 

 カムクラは長谷部の前に木製のカッティングボードと4枚の取り皿を置いた。

 その上には砂糖によって変色したコーヒーとスティックシュガー、そしてチーズケーキが載っている。

 チーズケーキに関しては、明らかに高そうな4号サイズ。

 長谷部一人で食べきれるとは思えない。

 となれば、このケーキはオレ達4人へ送ったものと考えられる。

 

「マシマシというのがどの程度かは知りませんが、余分に砂糖は持ってきていますので調整は勝手にしてください」

 

 カムクラは長谷部にコーヒーを飲んでみるように促す。

 初めこそ敵意を向けていたが、折角持ってきたものを無下には出来ないようでカップを持った。

 そのままコーヒーを喉に通すと、美味しいと呟きもう一口。

 どうやら甘さは長谷部好みだったようだ。

 

「このチーズケーキって……」

 

「察しの通りです。お詫びの品と思ってくれて構いません」

 

 カムクラの言葉を聞いた長谷部の表情が明るくなった。

 なるほど、女性の機嫌を取るには甘いものが効果的なのか。

 

「……このチーズケーキ、3000ポイントするんじゃないか?」

 

 食べやすいようにチーズケーキを切ろうとした長谷部の手が止まった。

 オレは三宅の言葉の真偽を確かめるためにメニューを見る。

 すると、それが真実だということに気付いた。

 長谷部がオレに本当かどうかを視線を送ってくるので、頷くことで肯定する。

 

「ねぇ、カップ踏まれたのはイラついたけど、さすがに割に合わないというか、もらい過ぎというか……本当に良いの?」

 

「ええ。これはあなたへの謝罪と綾小路くんへのお礼です。もらい過ぎということはありません」

 

「綾小路くんにも?」

 

 突如名前が出されたことに身構えてしまう。しかし、カムクラに敵意はない。

 お礼をされる覚えはないが、一応話を聞いてみよう。

 

「オレへのお礼とはどういうことだ?」

 

「体育祭で僕を楽しませてくれたお礼です」

 

 棒倒しの事か? それともCクラスが探しているXについての事か? 

 分からないな。漠然とし過ぎている。

 それに体育祭中、こいつは終始無表情だった記憶があるが、あの時楽しんでいたのか? 

 

「棒倒しの事じゃない、綾小路くん」

 

 チーズケーキを8分の1サイズにカットしながら片手間に告げる長谷部。

 オレが悩んでいるように見えたために助け舟を出してくれたようだ。

 

「そうなのか?」

 

「そういうことです」

 

 肯定。考えすぎか。

 オレは分析を続けるが、発展はない。

 カムクラがオレの実力に感づいている点とそれを龍園に報告しない点。

 龍園がX探しを実行しているということは本当に何も教えていないことが分かる。

 それをしないのは、遊んでいるか余裕なのか。

 実態は知らないが、こちらとしても好都合。そして────予定通りだ。

 

「さて、義理は果たしたので僕はこれで失礼しますね」

 

「コーヒーとチーズケーキありがとね~」

 

 長谷部はカムクラに手を振ってお礼を言うが、カムクラは軽く会釈をして後方転換する。

 

「綾小路くん」

 

 そのまま帰宅……とは行かないか。

 また何か置き土産をするつもりのようだな。

 

 

「僕の予想では、タイムリミットは冬休み前だと思っています。

 しかし、彼も馬鹿ではない。今回の試験でバレてしまうということもあるかもしれませんよ。なので、精々油断しないで対策を練ってくださいね」

 

 

 カムクラはそう言って振り返ることなく直進していく。

 先ほどの龍園との会話で時間が惜しいと言っていたので、この後に何か用事があるのだろう。

 

「……綾小路、今のは何の話だ?」

 

 三宅はカムクラを目で追いながらそう言う。

 

「……さぁな。でも多分、あいつもオレのことをXだと思っているんだろうな」

 

「やっぱそういうことか。お前も大変だな」

 

「まぁ、堀北へのヘイトを分散できると思えばこれくらい楽だな」

 

 三宅はオレのことをXと思っていないのか心配してくれる。

 幸村は真剣な眼差しを送って怪しんでくるがそれも一瞬だけ。オレの言葉を信じ、追求は野暮と判断してくれた。

 

「それにしても、やっぱ噂は当てにならないもんだね~」

 

「カムクラのことか?」

 

 三宅が聞き返すと、長谷部はノータイムで答える。

 

「そう。龍園くんといるからどんなやばい人なのかなと思ったけど、かなりまともだったね。まあ、髪型は変だけど」

 

 長谷部はカットしたチーズケーキを取り皿に分け、皆に配っていく。

 

「そうだな。クールな奴だった」

 

「ふんっ、愛想がないだけだろ」

 

「えー、ゆきむーがそれ言っちゃう?」

 

 緩い声で会話をしながら長谷部はチーズケーキを口に運ぶ。

 口に入れた瞬間に見せる笑顔はクールな美人を連想させる長谷部の表情とは思えない程に幸せそうだった。

 オレも少し食べてみたくなったので、フォークを手に取りチーズケーキを口に運んだ。

 

「……うるさい。というか、ゆきむーって何だ」

 

「あだ名~」

 

 なるほど、確かにこれは3000ポイントの値が付く。

 甘さにくどさがなく、何個でも食べられそうだ。

 

「……まったく。それ食べ終えたら勉強再開だからな」

 

「はーい」

 

 気の抜ける声に幸村はため息をつくが、その様子はまんざらでもなさそうだった。

 気の置けない友人関係というのがこのような状況のことを言うのだな。

 オレはなんとなくそう思った。

 

 

 

 




矛盾があったら即修正します。

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