ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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突撃訪問

 

 

 

 

 

 

 

「櫛田さん」

 

 私の名を呼ぶ声がする。

 鈴の音のように美しく響く声。忌々しくも聞き取りやすい声だ。

 

「挨拶くらい返してくれてもいいんじゃないかしら」

 

 テスト一週間前となった日の朝。

 今日は偶然早起きしたので、普段よりだいぶ余裕をもって登校できると気分よく寮を出た。

 肌寒い季節の通学路を歩いても、寮へUターンしたくなる気持ちは今日だけ失せていた。

 なのに、見計らったようにこの女は現れる。

 歩く速度を上げて振り切ろうとしてもついてくる。本当にしつこい。

 だから、挨拶なんてしない。

 どうせ私に話しかけてくる内容は一辺倒。聞くだけ無駄というものだ。

 

「そう。ならこの前のように聞いてくれるだけでいいわ。

 櫛田さん、今からでも遅くないわ。特別試験で裏切り行為はもうやめて」

 

 お高く留まってやがる女、堀北は私が裏切り者と断定してそう言う。

 確かに事実だ。船上試験、体育祭共に私はクラスを裏切っている。

 だが、私がクラスを裏切る原因がこいつなのだ。

 

「言ったよね堀北さん。必要以上に私に話しかけないでって。

 その話、もう何度目かな?」

 

 私は歩みを止めて強い口調で告げる。

 しかし堀北さんは怯む様子もなく話を一方的に続けてくる。

 

「5度目ね。でも、私はあなたとの会話を止めないわ。何度だって説得を試みる」

 

「説得? 出来なかったからあの賭けをしたんでしょ? それなのにぐちぐちと鬱陶しい」

 

 ついつい出てしまう本音。荒い口調は言った後に気付くが、幸い周りに人はいなかった。

 いくら朝早いとはいえ、幸運だ。

 

「その賭けに勝つためでもあるわ。次の特別試験で裏切り者が出ることがどれほどの痛手かはあなたなら理解しているはずよ。

 私の退学を確実にするためにCクラスと協力する可能性があるあなたを見過ごせない」

 

「だから何度も話しかけるって? ……本当にウザイ」

 

 立ち止まり続けると周りからの視線は増える。

 演技に切れがない今、余計な懸念を増やしたくないので私は歩みを再開する。

 当然、堀北もついてくる。

 

「……そうやって、10回でも20回でも続けるつもりなんでしょ? 

 でも無駄。私の目的は変わらない。裏切ってほしくないならあなたが退学するしかない」

 

「無論ね、私はあなたが裏切りを止めるというまで無限に続けるわ。そして、私はこの学校を退学するつもりは一切ない」

 

「だから妥協案のあの賭けでしょ。こんな無駄な口論しないための一発勝負なんだからさぁ、本当に……私の日々を害することしないで!」

 

 強硬に言い張った後、私はさらに歩くスピードを上げた。

 追ってくる足音は聞こえなくなっていく。

 そしてそのスピードを維持したまま進んだ結果、普段より早く昇降口に到着する。

 余裕を持った行動ができたのに、気分は良くない。

 整えた髪は風で乱れ、表情には本来の自分が現れる始末。

 ここが学校でなければ今すぐ近くの物に当たっていた。

 

「おはよう、櫛田さん」

 

 名前を呼ばれたことで反射的にすぐそちらを向く。

 髪は整えきれなかったが、笑顔は張り付けられた。

 

「おはよう、平田くん! 登校途中で会うの珍しいね! 

 いつもはこの時間に学校来ているの?」

 

「うん。サッカー部で朝練をすることが多いから、癖で早く登校しちゃうんだ」

 

 テスト一週間前なので部活動は全面禁止。

 平田も例外ではない。

 

「偉いね! 私は今日たまたま早く起きれただけだからさ~」

 

 そんな世間話を進めていく。

 片手間に髪も整え、これで不安もなくなる。

 これが私の選んだ生き方。

 誰にでも好かれるために、一番になるために。

 

 私は今日もまた嗤っていた。

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 カフェにて綾小路くん一行と話をしてから翌日の放課後。

 僕は龍園くんの指示をこなすために早速行動を起こす。

 指示内容はXの調査と期末テストの問題を奪えるかどうかの交渉だ。

 力を入れるのは前者。後者は単純に難易度が高いので、軽く触れる程度の予定だ。

 時間をかけてまでやる必要はなく、それでいて龍園くんが櫛田さんという最有力候補に交渉を持ち掛けているので後者の優先度はかなり低い。

 

「椎名さん、金田くん、少し良いですか?」

 

 僕は勉強会の準備を行っている二人を呼ぶ。

 始まるまでにあと15分はあるので特に問題はないでしょう。

 

「何か用でしょうか、カムクラ氏」

 

 金田くんが話を切り出し、僕は100枚ほどのプリントが入ったファイルを彼に手渡した上で話を続ける。

 

「これは?」

 

 当然の疑問を抱えながら、金田くんは中身を見る。

 僕はそのまま説明していく。

 

「僕が作った演習問題です。これを今日の放課後に僕が受け持っている生徒に解かせておいてください。

 余分にコピーしてあるのであなたたちの受け持つ生徒やあなた方自身が解いても構いません。解答は先頭に入っています」

 

「分かりました。……これを渡すということは、カムクラ氏は今日も放課後は用事ですか?」

 

「ええ。君が僕の行動を報告したおかげで仕事が回ってきました。まったく、困ったものです」

 

 演習問題を確認していた金田くんの方が一瞬竦む。

 元々、この仕事を押し付けられたのは金田くんが僕のことを報告したからだ。

 僕が早めにテスト問題を作り終え、彼らに査定をお願いしたら、金田くんはそれを龍園くんに報告した。

 それによって手が空いているのがバレてこの始末。

 まぁ、その後金田くんも余分にテスト問題を作るという仕事が増えたので同じ立場と言えるんですけどね。

 

「……いや、その、僕はですね」

 

「冗談ですよ。別にオシオキをするわけではありません。あなたはあなたの役割を全うしただけですから」

 

 そう言うと、ほっと息をつく金田くん。

 特段面白い反応ではないが、彼が表情に焦りを出すのはもの珍しい。

 

「……オシオキ。なんだか、カムクラ氏からは龍園氏とは違った怖さがありますね」

 

「確かにそうですね。龍園くんの怖さは何かされると分かっている上で暴力による怖さ。

 対して、カムクラくんは何をされるのか分からない怖さがありますね」

 

 椎名さんが冷静に分析結果を告げていく。

 その発言に金田くんは全面的に同意のようで2度力強く頷く。

 

「別に僕はあなたたちに怒ったことも恐怖を与えたこともないですよ」

 

「それは嘘ですよカムクラ氏。体育祭開始前の活入れとか、正直ゾッとしましたよ」

 

「確かに、あれは背中に冷たい風が通り抜けたような気分でした。一生懸命頑張ったからこそ見捨てられたくないという気持ちが奮い立たせられましたね」

 

「ええ。龍園氏は失敗すれば鉄拳制裁と分かりやすいですが、何をされるか分からないというのはもっと怖いです」

 

 今度は椎名さんが同意し、金田くんも会話を弾ませる。

 体育祭前の活入れ。龍園くんが堀北さんを潰す策を説明した日ですね。

 龍園くん好みに少し脅すような言葉を選びましたが、たかがその程度のはず。

 

「それにお忘れですか、カムクラくん。船上試験では私を脅したじゃないですか。

 結構怖かったんですよ、あの時」

 

「……いつのことですか?」

 

 船上試験、僕は彼女に何かをしただろうか。

 記憶を掘り返すがそれらしいことは思い出せない。

 

「私が鼠グループの優待者を送った後、龍園くんと話していた時です」

 

 椎名さんが発言でやっと僕は思い出す。

 彼女が言う時とは、船上試験、1回目のグループディスカッションが終わった後の時間帯での出来事だ。

 あの時は櫛田さんを追い詰めた後、日向創からの接触があったため思考のリソースを全てこの世界について向けていたのだ。

 この世界の人間が超高校級の希望と絶望の存在を知っているかどうか。僕は比較的意志の強い2人にアンケート感覚でそれを聞いた。

 重要なのはその情報であったため、他は全て無視していましたね。

 

「あの時は申し訳ありません。非を認めましょう」

 

「良いですよ。ただし、今度夜ご飯を作ってくれるならですが」

 

 ニコニコと楽しそうに笑う椎名さん。

 タダでは許さない。貰えるものは貰っておくという精神はふてぶてしい。

 だが、今回ばかりは僕に非がある。折れるしかなさそうだ。

 

「仕方ありません。その条件を吞みましょう」

 

 椎名さんは軽いガッツポーズを見せる。

 彼女にしては目に見える感情表現だ。

 もっとも、超高校級の料理人の料理を食べられるとなればこの反応が正しいのでしょうが。

 

「……それにしても、カムクラくんは大変ですね。ちなみに今日は何のご予定なんですか?」

 

 椎名さんはコホンと軽く咳込んでから話題を変える。

 

「Xの調査とDクラスの期末テストを入手するための交渉です」

 

「なるほど。勉強環境を用意しただけでなく、相手からの期末テストを盗めないか検討するとは。

 龍園くんも入学当初とはだいぶ印象が変わりましたね。なんだか、お誕生日会の日を思い返しちゃいます」

 

「あの誕生日会は突発的なものでしたが、彼は満足そうでしたね。まぁ、いつもあの雰囲気ではないでしょうが」

 

 御淑やかに笑う椎名さん。

 誕生日会というのは、もちろん龍園くんの誕生日を祝った時のことだ。

 詳しい事情を話すのはまた今度にしますが、10月20日、すなわち龍園くんの誕生日に石崎くんの立案でお遊びを行いました。

 以上です。

 

「あ、それとXとは、真鍋さんたちを裏切らせた張本人でしたっけ?」

 

「……ええ。その様子では興味がないようですね」

 

「まぁ、そうですね。試験に本格的に参加していない私は蚊帳の外の人間です。

 外側からの情報だけしか知りませんし、堀北さん……でしたっけ? その人がDクラスの中心人物らしいじゃないですか」

 

「龍園くんはそれを違うと考え、Xを捜索中ですが、あなたはその真偽がどうでも良いのでしょう?」

 

「はい、テスト期間で読書を我慢しているので、今はその子たちの方が気にかかります」

 

「あなたらしいですね」

 

 軽い雑談をし終え、僕は教室の時計を確認する。

 時計の針は少ししか進んでいないため、まだまだ時間的余裕はあるが、仕事は早めに終わらせるに限ります。

 

「では、行ってきます。遅くても1時間で戻ってきます。それまでは勉強会の方を頼みます」

 

「はい。いってらしゃい。この演習問題は有効利用させてもらいますね」

 

 僕はそう言って教室から立ち去るために歩き出した。

 背中に視線が刺さる感覚。

 少し進んだ後に振り返ると、2人は見送ってくれていた。

 椎名さんに関しては軽く手を振ってくれている。

 

 敵意はない。まだ慣れない感覚だ。

 僕はバカバカしいと思いながらも、右手を軽く上げておいた。

 

 

 ────────

 

 

 

 教室を出た僕が向かうは図書館。

 目的の人物である佐藤さんと松下さんはどうやらそこで勉強会を行っているようだ。

 総勢15名ほどで勉強を行い、期末テスト対策を進めている。

 龍園曰く、そこには彼女たち二人だけでなく、平田くんや堀北さん、櫛田さん、軽井沢さんといった名だたるメンバーもいるらしい。

 つまり、図書館には今回の特別試験におけるDクラスの本陣があると言える。

 加えて彼らDクラスは、時々、Bクラスと合同勉強会を行っているそうだ。

 僕はその二人を見極めるために図書館へ向かっているが、Bクラスまでいれば余計な面倒が起きるかもしれない。

 まぁ、幸運があるので余計なことは起きないでしょうが。

 

「着きましたか」

 

 僕は通常教室より大きめな扉の奥に進み、図書館に踏み入れる。

 目的の人物を探すために首を振るが、見つからない。

 見世棚のようにズラッと並ぶ最新の文庫本や図書館長のオススメ本。

 推理小説もあれば、哲学書一歩手前の説明的文集もあり、よく吟味されて選ばれたことが推察できる。

 椎名さんなら飛びついていただろうが、僕は未だ興味が湧かない。

 僕は目的を果たすためにさらに奥へ進んでいく。

 右を見ても左を見ても本、本、本。視界は飽き飽きとするが、どこか落ち着くのはこの空間が静かだからだろう。

 書物独特な匂いが鼻孔をくすぐる中、とうとう視界に勉強を教え合っている集団を見つけた。

 どうやら、見た所Bクラスの生徒はいないようだ。

 だが、Dクラスだけでもどれが佐藤さんでどれが松下さんなのかは分からない。

 

「直接聞くのが手っ取り早い」

 

 僕はゆっくりと集団の方へ。

 机端の席にて、赤髪の生徒が頭を捻りながらも懸命に数学の問題に挑んでいる。

 そして彼のペンが動くと、満足そうに優しく微笑む黒髪の美少女。

 彼女こそが堀北鈴音。今や、Dクラスのリーダーと評判高い生徒だ。

 

「堀北さん」

 

 反応を待つことなく、堀北さんは勢いよく僕の方へ振り返った。

 その動作を見た他の人たちも僕を一斉に見る。

 気配を消していたわけではないので、皆集中して取り組んでいたために反応が遅れた。

 なるほど。入学当初、底辺と揶揄されていたDクラスはもういなくなったのですね。

 

「……カムクラくん。何の用かしら?」

 

 鋭い眼光でこちらの出方を窺う堀北さん。

 だが、今日の目的は彼女ではない。僕は簡潔に自身の目的を告げる。

 

「勉強会中、突然の来訪失礼します。僕はDクラスの生徒を2人探しています。

 佐藤さんと松下さんという人なのですが、ここにいますか?」

 

 質問の途中、僕は堀北さんから一瞬視線を離し、この会話に聞き耳を立てている他の生徒たちを見渡す。

 反応を見せたのは────2人。どちらも驚きを見せていた。

 1人はやや赤みを帯びた茶色の髪を揺らし、陽気な雰囲気の女子。

 もう1人は柔らかな質感を引き出す栗色の長髪が特徴的な落ち着いた雰囲気の女子。

 この2人が目的の人物で間違いないだろう。

 龍園くんは勉強が出来る方が松下さんと言っていたが、容姿だけでは判断がしづらい。

 やはり、話す必要がある。

 

「……いたとして、何が目的で彼女たちに近づくのかしら?」

 

 彼女は僕の質問に返答する前に、勉強している教材やノートを閉じさせる指示を出した。

 この辺りの対応はさすがと言っていい。

 

「その質問に答えてもいいのですが、少々プライベートな話も関係します」

 

 人前で話すような話ではないと言えば誰でも少しは止まる。

 堀北さんも例外ではなく、少し考える仕草をした後に話を続けた。

 

「……なら、答えられる範囲で教えて。いくらプライベートな話だとしても、この時期になって期末テストの対戦クラスが接触してくるのはどうも怪しい。

 それはあなたも理解しているでしょう?」

 

「ええ。……では、Xの話はご存じですか?」

 

「龍園くんの言うDクラスにいる隠れた策士のことね。

 もしかして、佐藤さんと松下さんのどちらかがそのXと思っているのかしら?」

 

「察しが良いですね。僕の目的はその2人がXかどうかを調査するというものです」

 

「……あなたが出てきたということはそれなりの確証があるのでしょうね。

 その確証がプライベートに関係する話なのかしら?」

 

「話が早くて助かります」

 

 こちらの目的を素早く見抜いた堀北さん。

 突然の出来事にパニックに陥らず、冷静な思考を見せていた。

 クラスメイトは安心した表情を向けている。

 人望も出てきてより彼女の成長っぷりを感じ取れますね。

 

「まぁ、決めるのは私ではないわ。彼女たちが同意するなら好きに調査して構わない。

 けど、先に言っておくわよ。Xなんて存在はいないわ。だって、船上試験も体育祭もCクラスの策を読んだのは私だからよ」

 

 堀北さんは強気な姿を見せる。

 不敵な笑みを披露し、強がっている姿は僕としては微笑ましい気分だ。

 体裁を保つためとはいえ、よく頑張っている。

 一応言っておきますが、表情筋は微動だにしませんよ。

 

「しかし、龍園くんはそれを認めてないようです。だから僕にこのような仕事を押し付ける。面倒この上ありません」

 

 僕は彼女の態度に反応することなく愚痴を吐く。

 否定しても良かったが、彼女の警戒心を解くにはこうした方が早いと判断したからだ。

 

「……あなたは、龍園くんと違う考えを持っているということかしら? 

 Xなんて存在はいない。そう考えていると?」

 

 目敏い。僕のことを正しく分析したいようだ。

 

「さぁ、どうでしょうね」

 

「はぐらかすということはあなたは龍園くんの考えに賛同している可能性がある。

 龍園くんの考えに賛同する人はやり方も彼と似ている傾向がある以上、佐藤さんにも松下さんにも会わせたくない。

 か弱い女子2人とあなたのような超人めいた運動神経を持つ人を一緒にさせたら危険だわ」

 

 つまり、僕がどう考えているか答えない以上、目的は果たせない。

 彼女はそう言いたいらしい。

 

「答えなさい。あなたがどう考えているのか」

 

 強い睨み。

 だが、退屈だ。この押し問答のように。

 

 

「────ツマラナイ」

 

 

 僕がそう言うと、彼女はさらに警戒を強くする。

 僕は今日、争いに来たわけではない。出来るだけ早く終わらせて勉強会に戻らなくてはいけない。

 

「それが答えですよ。僕からすればDクラスの誰がリーダーで誰が策士だろうと関係ありません」

 

 別に嘘は言っていない。

 綾小路くんや堀北さんなどとDクラスには興味深い生徒が見受けられる。

 だが、誰がリーダーになろうと策士だろうとどうでもいい。

 どうせ、僕には勝てない。それが真実で、変わってほしい事実だ。

 

「……そう。本当に腹立たしいけど、納得できる理由ね」

 

 堀北さんは僅かに悔しそうな表情を見せた後、一息ついて自分を落ち着かせた。

 面と向かってお前なんて敵ではないと暗に言ったのだ。

 怒りの表情を見せて食って掛かるような視野の狭い行動を起こさなかったのは重畳です。

 

「さて、それでは……構いませんか?」

 

 堀北さんとの話も終わったので、僕は先ほど反応した2人と目を合わせる。

 2人ともまた驚く。

 

「あなた、2人の事を分かっているのにこんな回りくどい方法で会いに来たの?」

 

「いいえ。さっき2人の名前を出した時に反応を見せたのがそこの2人でしたし、何人か彼女たちを目で追っている人がいましたので特定は簡単でした」

 

「……はぁ、よくそんな所まで見ているわね」

 

 堀北さんはため息をつきながらそう告げた後、皆に勉強再開の音頭を取った。

 僕が2人からの返答を待っていると、今度は平田くんが反応を見せる。

 

「カムクラくん。僕もその話し合いについていっていいかな? 

 さっき言っていたプライベートの話に心当たりがあるんだ」

 

 平田くんが言っていることに間違いはないだろう。

 何せ彼も船上試験終了後、真鍋さんが軽井沢さんにちょっかいを出したことを知っている。

 加えて言うなら彼は軽井沢さんの彼氏だ。

 佐藤さんと松下さんがCクラスのリーダー格に呼ばれたとなれば、関係するのは船上試験の出来事。

 そこには軽井沢さんについても何かあると判断したのだろう。

 

「あなたなら問題ありません」

 

 僕が了承すると、平田くんはありがとうの一言。

 それに続くように松下さんが発言する。

 

「私は話を受けてもいいよ」

 

「な、なら私も」

 

 平田くんがボディーガードとして現れてくれたおかげで素早くことが運ぶ。

 彼女たちにとっても僕にも好都合。できる男は違いますね。

 

「場所を移しましょう」

 

 僕が平田くんに言い、平田くんが彼女達に伝える。

 僕たちは図書館から離れた人目の少ない場所へ移動した。

 

 

 

 ─────────

 

 

 

 図書館から移動し、空き教室に入る。

 人目も少なく図書館からも最短距離。最適な場所だ。

 

「お互い、時間に余裕があるわけではないので手早く済ませましょう」

 

 僕は話を切り出し、質問を行う。

 

「そうだね。2人も構わないね?」

 

 平田くんが佐藤さんと松下さんに確認をとると、彼女たちは頷く。

 片方は表情に不安の色が残るが、片方は落ち着いている。

 

「とりあえず自己紹介を。僕はCクラスのカムクライズルです。

 今日はあなたたちがDクラスの隠れた策士かどうかを確かめに来ました」

 

 僕は話を進めやすくするための導入をする。

 威圧感も消し、物腰を柔らかくして話に望んだ。

 それが功を奏したのか、彼女たちも続いてくれる。

 

「……私は佐藤 摩耶」

 

 僕との対面に不安を感じていたギャル系の女子がゆっくりと口を開く。

 

「私は松下 千秋。よろしくね、カムクラくん」

 

 落ち着いていた女子も続けて自分の名前を告げる。

 だが、僕はその名前に引っかかる。

 

「……千秋?」

 

「そう。数字の千に季節の秋で『千秋』だよ。……どうかした?」

 

 僕が松下さんの名前に記憶が思い返されている中、彼女はその態度に疑問を見せる。

 

「失礼。かつてあなたと同じ名前の人がいた上に漢字まで一緒だったので少々思い返していました」

 

「ああ、なるほど。……もしかして大事な人だった? 結構真剣な表情だったけど」

 

「……まぁ、そうなんでしょうね」

 

 今なら何となく分かる。

 日向 創だけでなく、僕も彼女の事を好ましく思っていたのだろう。

 彼女の決意とその最後に。そこから僕の『感情』と呼べるものが揺れ動いたのは日向 創の好意的な感情だけでなく、僕も彼女に惹かれるものがあった。

 あの時は自分に感情なんてない。涙が流れるのは日向 創の想いだ。

 だが、今は……いえ、これ以上の推察はやめましょう。

 記憶を思い返せば返すほど、集中力が失せていく。胸が締め付けられる気分だ。

 今はやることを終わらせましょう。

 

「……では、早速本題に入りましょう。船上試験終了後、あなたたちは軽井沢 恵が真鍋 志保に絡まれていた理由を知っていますか?」

 

 僕の質問に2人は目配せを送った後、松下さんの方が答える。

 彼女は話を親身に聞いた上で、笑顔を見せた。

 

「諸藤さんと喧嘩してその復讐をするために真鍋さんが軽井沢さんを呼び出した。間違ってる?」

 

 僕は首を左右に振り、話を進める。

 

「次の質問です。あなたたちはどうしてその現場に辿り着いたのですか?」

 

「……あの日は私たちと平田くん、綾小路くん、軽井沢さんで遊んでいたからだよ。

 そしたら遊んでいる途中で軽井沢さんが急にいなくなって……」

 

 今度は佐藤さんが質問に答える。

 怯えるというようよりは苦手意識がある人間に対処する時に見せる声色で対処している。

 こちらをじっと見つめてくる松下さんとは大違いだ。

 松下さんの唇は一瞬吊り上がるように動き、つぶらな瞳をこれでもかと開いている。

 

「そこで真鍋さん御一行が絡んでいる所を見かけたという訳ですか」

 

 僕は真鍋さんが軽井沢さんをいじめた時の詳細を知らない。

 軽く概要を聞かされている程度だ。

 だが、その情報と照らし合わせてみても矛盾は見たらない。

 彼女たちが嘘を吐いているようにも感じない。

 

「なるほど。佐藤さん、どうやらあなたはXではなさそうですね」

 

「……え? ま、まぁね。そもそもXって何って感じだし」

 

 僕は彼女の様子や発言、仕草を超分析力で観察したためにそう結論付ける。

 遅れた反応を見ても、彼女はこちらに興味がなさすぎる。たとえ僕がXに見当を付けていなくても、この対応ではすぐに白と判断していただろう。

 違和感があるとすれば、松下さんの方だ。

 対応に困った様子の佐藤さんと違って、松下さんはこちらの仕草の観察、及び発言を吟味していた節がある。

 Xではない。だが、こちらの話をしっかりと聞き、情報を纏めている。それもこの状況を楽しんでいるかのように。

 僕という存在から情報を抜きだそうと、一定のスリルを持って臨んでいるように感じ取れた。

 なるほど、Dクラスにも隠れた実力者はいるようだ。

 

「あなた“は”ってことは……私はまだ疑っている感じ?」

 

 人当たりの良い笑顔で会話をつなぐ。

 しかし、僕にはその笑顔が、その笑顔の裏にこびりついた表情が坂柳さんと同種のものだと感じ取った。

 その笑顔と、視線を合わせ、こちらの話を真摯に聞いていると思わせる技術も櫛田さんと良い勝負が出来るくらいには上手くできている。

 そんな彼女は僕を試すように次の発言を待っていた。

 

「そうですね。あなたは他のDクラスの生徒とは少し違うようだ」

 

「なんだか……少し照れちゃうなぁ」

 

 僕がそう評してやると、彼女は首に手を当て何度か擦る。

 頬を染めることはないが、満更でもない笑みを浮かべた。

 

「褒めてくれて嬉しいけど、私はカムクラくんの言うXではないよ。そもそもさ、Dクラスには堀北さんもいるんだし……」

 

「僕もそう思っていますが、形だけでも話を聞かなくては彼が面倒なんですよ」

 

「彼ってのは龍園くんのことだね。仕事で来たってさっき図書館で言ってたから報告が必要ってことだよね?」

 

「ええ。嘘を吐くことは出来ますが、彼は情報通というか、鼻が利くというか……まぁ、後々バレます」

 

 愚痴を吐くように確認作業をすると、彼女は愛想笑いを返す。

 

「そっか。ならさ、話を聞いたついでに連絡先を交換しない? 

 もし後で龍園くんに何か言われても、ちゃんと話した証拠として見せられるよ」

 

 大したコミュニケーション能力と度胸だ。

 模範解答のようなこの対応に拍手喝采を送ってあげたくなりますね。

 

「僕としては構いません。ただ、どうも平田くんはあなたの行動に待ったをかけたいようですよ」

 

 その発言に僅かに身体を揺らす平田くん。

 話し合いを見守り、どこかのタイミングで割って入ろうと機を窺っていたのは表情を見れば分かった。

 

「平田くん、何か問題あった?」

 

「いいや、何も問題ないよ。ただ、少し警戒しちゃって」

 

 大方、松下さんと僕にパイプができ、そこを特別試験で利用されないかと思ったのだろう。

 こればっかりはこの学校の悪い所ですね。単純にクラスが違う生徒との連絡交換を行おうとしただけなのにこの始末。

 何気ない日常生活にすら、時にピリッとした空気を生んでしまう。

 

 しかし────今回に限っては正しい判断でしょう。

 

 僕にはXの調査という題目の他に、Dクラスから期末テストを奪えるかどうかの交渉を依頼されている。

 目の前の女は少し話しただけでも優秀ということが分かった。

 親密度を上げてから接触、あるいは弱みを作って脅迫するといった手段を行使すれば、この面倒な依頼にも成功が垣間見える。

 だが、龍園くんは既に試験の対策をほぼ完了している。ここで無理してリスクをとる必要はない。

 むしろ、この女と面識を持てただけで十分と言える。

 

「そっか。期末テストの相手はCクラスだもんね。今連絡先を渡し合って私が裏切る可能性だって十分ある」

 

「うん。松下さんなら大丈夫だと思うけど、相手が相手だからね」

 

 察しの良い松下さんに平田くんは同意する。

 そして僕というCクラスでも厄介な相手を警戒していた。

 

「しかし、逆もまた然りです。彼女の交渉次第で僕がCクラスを裏切る可能性もあります」

 

「流石に無理だよ。私、勝てない勝負は絶対しないもん」

 

 やはり彼女は優秀だ。

 相手の力量を正確に見極められる観察眼を持っている。

 傲慢というほどではないが、一定のプライドを有し、それを理性で抑える力があることも評価する。

 優秀だ。ゆえに────ツマラナイ。

 

「では、特別試験が終わった後に機会があれば交換というのはどうでしょう? 

 折角の提案を無下にするのも何ですからね」

 

 僕がそう言えば、平田くんは納得の頷きを見せてくれる。

 

「それなら問題ないよ。他人の友好関係に口を出すのは良くないしね」

 

 この女はツマラナイ。が、優秀ゆえに使い道はある。

 ならば連絡手段をもらっておくのは悪くない選択肢だ。

 使うか使わないかの判断はその後でも遅くない。

 

「じゃあ、テスト終わったら連絡先交換しようね」

 

「ええ、そうですね」

 

 もはや興味が失せた彼女に対して軽く言葉を返した。

 その後、僕たちは解散する。

 お互いに勉強会の続きがあるからだ。

 素早く別れの挨拶を終え、僕は空き教室を後にした。

 

 

 




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