ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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 前回までの話で2か所修正を行いました。

・櫛田の強引な契約解消により、違約金が発生するようにしました。
・79話での櫛田の発言“あの声”という言葉を“あの男”に変更しました。

 大変申し訳ない。


後処理

 

 

 

 

 

 

 櫛田さんを中心としたやり取りが終わり、誰もいなくなった職員室前。

 結末を見送った僕は非常に満足していた。

 このまま自分の意思を曲げずに堀北さんを退学にさせようと進む。

 そんな簡単に予想ができる行動にならなくて良かった。

 結果として彼女は変わるための一歩を踏み出せた。

 予想外の未来への大きな一歩だ。

 

「……ですが、彼女の発言に少々違和感がありましたね」

 

 あの男という発言。

 誰のことだろうか。それは少し気になるところだ。

 Xか。それとも他の人なのか。

 

「まぁ、結果オーライというやつですね」

 

 深くは考えない。

 もし彼女に助言した存在がいるとして、それがDクラスの生徒だとするならそれは予想外。

 新しい未知と言える。

 

「あっ? なんでお前がここにいるんだ?」

 

 余韻に浸っていると、来訪者が職員室前に現れる。

 時刻は17時50分。テスト問題の提出期限の10分前だ。

 こんなギリギリの時間にやって来たのは我らが王様、龍園 翔。

 上機嫌でこちらへ向かっていた。

 

「結末を見届けていたんですよ」

 

「……そうかよ。で、未知オタク。お前の予想外はあったのか?」

 

「ええ。君にとっては少々面倒ともいえる結果が来ましたよ」

 

「……クク、何があった?」

 

 僕は起こったことを簡潔に説明する。

 終えれば彼は不機嫌になることもなく、「そうかよ」の一言を告げて事実を飲み込んだ。

 

「桔梗は裏切ったか。まぁ、こっちが先に裏切ろうとしたんだ。文句は言えねぇな」

 

「随分冷静ですね」

 

「焦る理由がないからな。これでDクラスとの学力真っ向勝負になったわけだが、こうなることも想定してお前とひより、金田に馬鹿共の面倒を見させた。

 まぁ、後で桔梗に詰め寄って数学の問題の解答を取り返すことと50万ポイントの請求をする面倒は残っているが、それも今日中に終わる」

 

 クク、と独特な笑いとともに龍園くんは一息つく。

 だが、話はまだ途中のようで彼の質問が続いた。

 

「それで、オレから強引に茶柱を遠ざける策を思いついたのはどっちだ。

 お前はあの後の一部始終を見ていたんだろ。答えられるよなぁ?」

 

 独特な笑いを収めてからの真剣な表情はなかなかに風格があった。

 目敏い質問、素直に称賛に値しますね。

 

「どっちだと思いますか?」

 

 僕は綾小路くんに一方的な約束をしている。

 それは僕の口から綾小路くんがXではないと告げないこと。

 だからこのように回りくどく聞いてみる。

 しかし、

 

「早く教えろと言いたいところだが……クク、良いぜ答えてやるよ。

 この策を思いついたのは────綾小路だろう?」

 

 どうやらこの約束もここまでのようですね。

 龍園くんは上機嫌に笑うが、その眼光は弱くなっていない。

 一定の根拠を持って答えたのは明白だ。

 

「ええ、正解です。よくわかりましたね」

 

「消去法だ。鈴音の精神状況はひどかった。あそこで立て直すような策を思いつけるわけがない。

 だが、もしそこにオレがいたなら同じ方法を取った。そしてあの場にいた人間は鈴音の他に一人だけだったんだろ?」

 

 茶柱先生は50万ポイントの件の手続きでとっくに消えている。櫛田さんも堀北さんとの会話を終えればすぐに職員室を後にしている。

 その質問に僕が頷けば、それが根拠だと彼は言った。

 

「Xの答えは出ましたか?」

 

「ああ、もう十分だ」

 

 大きく弧を描く表情。

 龍園 翔の本性が、野生の獣のような獰猛さが、色濃く表れていた。

 

「無人島試験で既に動いていたという桔梗の情報。船上試験後に真鍋のお遊びを見ていた4人の候補であるということ。体育祭でだんだんと浮上してきた鈴音の右腕という噂。

 そして今回の件が極めつけだな。クク、散々オレの邪魔をしやがったXはオレに似たやり口や思考をしている。

 高円寺、松下、平田がXではないと言い切れなくてもこれだけ情報が出ればもう王手だ」

 

 龍園くんは静かに息を吸い、その答えを述べた。

 

 

 

「Xは────綾小路。

 手始めに、外堀の軽井沢と平田から潰していく」

 

 

 

「……作戦勝ち。確かに、今回の特別試験に評価を下すなら『優』と言えますね」

 

 ペーパーシャッフルの説明を受けた時点から素早く策を立て、クラスのために勉強環境を確保する準備をした。

 教師役を作ることでその環境に来ることのメリットを掲げ、クラスメイトのためになる政策を行った。

 龍園くんの人望もクラス内で上がり、まさに完璧な準備をしたと言える。

 加えて自身は裏工作。櫛田桔梗にいち早く接触して問題の流出を成功させた。

 さらに堀北さんの行動を見破り、彼女の行動を制限させた。

 X探しまで実行してこの結果なら文句なしの高評価。

 今までの試験と比較しても、最高評価を付けられますね。

 

「……もっとも、これで残りの3日はあなたが必死こいて勉強することが確定したわけですけどね」

 

「はっ、しねぇよ。既に赤点を回避する勉強はした。わざわざ馬鹿みたいに勉強する必要はない」

 

「クラスのリーダーが馬鹿だと面目が立ちませんよ」

 

「知るかよ。そんな面はどうでもいい」

 

「そうですか。残念です。では、あなたが僕に勝つことは一生ありませんね」

 

 僕は勉強のやる気がない龍園くんにそう煽る。

 僕に勝てない、その言葉に彼は反応した。

 

「はっ、勉強すればお前に勝てるとでもいうのかよ」

 

「無理ですね」

 

「……おちょくってんのか、てめぇ」

 

 龍園くんは不機嫌な表情で声を低くする。

 だが、これが真実だから仕方ない。

 どれだけ一生懸命勉強したところで僕には勝てない。

 あらゆる知識は既に僕の脳に収まっている。

 学びとは常に進んでいくもの。新しい法則や知識は今も尚現れているだろう。

 だが、学びの最先端が見つけた未知の知識とやらも、どうせ僕は知っている。

 知っていなくても見ればすぐに理解してしまう。

 僕はそういう怪物だ。

 

「いいえ。ですが、学んだ者と学ばなかった者では視野の広さが大きく変わります」

 

「葛城や幸村が似たようなこと言ってやがったな」

 

「彼らほど優秀になれとは言いませんよ。それにあなたが本当にやりたくない、あるいは別にやるべきことがあるというなら僕は強制はしません。

 ですが、やって損はない。今のあなたより思考力を養い、知識を蓄えたあなたの方が僕を打倒する可能性が0.001%くらいは高くなる」

 

「……おい、本当にオレに勉強をさせたいんだよな?」

 

 打倒できる可能性の割合が彼の想定より低いのか、彼は怪訝そうな声を上げる。

 

「まぁ、あなた次第というわけです」

 

「……そうかよ」

 

 龍園くんは少し考えた素振りを見せた後、話を切った。

 背を向け、ついてくるように僕に指示を出す。

 目的地は特別棟。監視カメラの数が少なく、秘密の話をするにはもってこいの場所だ。

 

「これから桔梗を呼び出す。オレはあの女の態度次第で罰を決めようと思うが、お前はどうする?」

 

「少々聞きたいことがあります。それを聞いたらお好きにどうぞ」

 

 僕の聞きたいこと。それは当然、櫛田さんの言っていた男の存在。

 彼女が一歩踏み出せたきっかけになる存在とは何か。

 僕はその未知を追求したかった。

 

「さっさと行くぞ。それと、……この3日間の夕食はお前持ちだからな」

 

 龍園くんは頭を掻きながら不満げに告げる。

 僕は捻くれた息子のような態度を見せる龍園くんに年相応の幼さを感じ取った。

 

「良いでしょう。では、あなたの勉強の出来次第で夕食の作るものを決定しましょうか」

 

「……何でもいいんだな?」

 

「頑張り次第です」

 

 そんな会話をしながら僕たちは歩き出す。

 そこからもくだらない雑談を交えながら目的地へと向かった。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 特に障害もなく、僕たちは特別棟へ到着した。

 そのまま指定した階段に向かい、櫛田さんの来訪を待つ。

 特にやることもないので、目を瞑り、肩の力を抜く。無心になり、リラックスした状態で時間の流れを感じようと試みる。

 

「……お待たせ」

 

 渡り廊下の方から響く取り繕う気のない女性の声。

 僕たちがここに来た目的の人物、櫛田 桔梗の登場に違いなかった。

 彼女は左手に茶封筒を抱え、こちらを見つめていた。

 

「遅刻が似合う女になったな、桔梗」

 

 龍園くんは携帯を少々操作してからしまい、櫛田さんに向き合う。

 その一瞬で録音を開始したのだろう。

 

「それはどうも。私みたいな可愛い子にもっと振り回されたくなっちゃった?」

 

「ククク、悪くないな。その女が面のいい悪女ならよりいっそういい。屈服させたくなる」

 

「はっ、趣味の良い性癖ですこと」

 

 顔を合わせれば煽りの応酬。

 利害関係でなければ、彼らは仲の良い友人になれたかもしれない。

 

「裏切ったことの罪悪感なんてまるでないな」

 

「あるよ。なかったらここに来てない」

 

「確かにそうだな。で、お前はオレに何を言いに来た。どんな言い訳をしにきたんだ?」

 

 早速本題に入る龍園くん。

 薄ら笑いは消え、クラスのリーダーとして貫禄ある雰囲気で話に臨む。

 

「とりあえず、これ」

 

 櫛田さんはその雰囲気に一瞬も怯まない。

 平然と茶封筒を龍園くんに手渡した。

 中を確認すると、A3サイズの紙が複数枚現れる。

 それはCクラスの数学の問題と解答だ。

 龍園くんがここに訪れた目的の1つであり、回収しなければDクラスに負ける可能性が浮上するほど厄介なものだった。

 

「確かに受け取った。だが、これで終わりじゃない。なぜなら、これらを写真で撮っている可能性があるからな」

 

 順調に事が進んでいるが、龍園くんの表情は依然として真剣。

 油断なくこの会話に臨んでいる事が伝わってくる。

 

「確認する? でも絶対大丈夫っていう確証は得れないんじゃない?」

 

 櫛田さんは携帯を取り出してそう言う。

 だが、他の電子機器にバックアップを取っている可能性がある。

 よって、この取引に安全の保障は取れない。

 

「そうだな。だから契約だ」

 

「……内容は?」

 

「もし今回の特別試験でDクラスの数学の平均点数が異常に高くなる、あるいはお前が満点やそれに近い点数を取ることを禁止する。

 破った時は所持プライベートポイント、今後支給されるプライベートポイントを全てオレに送ってもらう」

 

「……本当にそれだけ?」

 

 動揺することなく、櫛田さんは聞き返す。

 自分が崖っぷちにいるにもかかわらず、龍園くん相手にここまで言い切るのは大した度胸だ。

 それ相応の覚悟をしてここに来たというわけですね。

 

「この契約内容はな。だが、お前がこの契約を破ればお前の本性も過去も日の目を浴びるかもしれないな」

 

「……なんでそのことを契約内に入れないの?」

 

「簡単な話だ。契約をすれば条件が付く。この契約さえ破らなければ大丈夫っていう保証がな。

 だが、契約内に入れなければお前はいつ自分の本性をばらされるかという危機感に襲われる。もう二度と裏切ろうという考えは起きないだろう?」

 

 櫛田は龍園の解答に舌打ちし、露骨なまでに不機嫌な顔を見せる。

 そしてその表情のまま話を続けた。

 

「……理解したわ。じゃ、本題に移ろ」

 

「クク、なんだ、えらく素直だな桔梗」

 

「さっさとこの話を終わらせたいだけ。早くしてよ」

 

 龍園くんは僕のほうにアイコンタクトする。

 オレの目的を先に終わらせる、そういう意図だと僕はすぐに理解して頷き返す。

 

「今回、お前はオレの策を台無しにした。それも俺たちが賭けたポイント、50万ポイントを無駄にするという最悪な形でな。

 勝手に無駄にしたんだ。当然、返却する義務が発生する。お前はいつそのポイントを返してくれるんだ?」

 

「私としては、今すぐにこのポイントを返却したい」

 

「払えるのか? Dクラスのお前が。

 クク、一之瀬みたいにクラス中のポイントでも集めているのか?」

 

「払えない。それと、あんたのせいで不正疑惑がかけられていた一之瀬さん。あれは彼女の『本当の信頼』の力で集めたポイントよ。

 明確なリーダーがいないDクラスにそんなこと出来ないし、試してもみんな我が強くてできない」

 

 一之瀬さんの不正疑惑。それは数日前あったとある事件が関係している。

 事件内容は龍園くんによる一之瀬さんに対しての告発。

 1年全生徒のポストに『1年Bクラス、一之瀬帆波が不正にポイントを集めている可能性がある。 龍園翔』という紙が数日前に投函されていた。

 その際、龍園くんは大いに問い詰められたそうだ。だが実際はこの事件を引き起こしたのは龍園くんではなく、Xの仕業だそうです。

 どうしてXがそんなことをしたのか、いくつか理由は思いつくが、実際のところは不明だ。

 例えば、龍園くんの名前を書いて一之瀬さんの不正を指摘することで、今度は一之瀬さんから龍園くんに不正の告発を受けさせるように助長したのかもしれない。

 そうすることでCクラスに学校側からのペナルティを受けさせようとした。だが、それも無意味だ。

 Cクラスのポイント税はやや強引とはいえ、双方の合意の上で成り立っている。

 

「だろうな。ならお前はどうやって50万ポイントを払う?」

 

「今払える分は今返す。ただ、足りないから……毎月配られるプライベートポイントを切り崩して支払う。

 でも、あんたはこれだけじゃ足りないっていうんでしょ?」

 

「その通りだ。なら何を付けましにする?」

 

 櫛田さんはすぐに答える。

 どうやらこのような会話が来ることは想定済みのようだ。

 テンポよく話が進んでいく。

 

「この借金を返済しきるまで、今後の特別試験で得られる私のプライベートポイントをあんたに全部渡す。そして、私は絶対にあんたの味方をする」

 

「味方の具体性は?」

 

「私の知り得るすべての情報を包み隠さずに教える。私は1年の中じゃ情報網は随一といってもいいくらいに広い。だから役には立つ。

 それに嘘はつかない。あんたが嘘だと判断したら私の裏の顔をばらせばいい」

 

「なるほどな。確かに良い条件だな」

 

 50万ポイントを無駄にしたためそれを支払わなければならない。

 しかし彼女はDクラスであるため、ポイントが足りず、それを補うようにこれらの条件を足した。

 妥当。落としどころとしては十分だ。

 

「良いだろう。契約成立だ。後日、念書を作成する。

 で、今はいくら持ってる?」

 

「……大体11万ポイントくらい。今渡すのは10万ポイントでもいい?」

 

「構わねぇよ。だが、案外少ないな。お友達が多いと出費が多いのか?」

 

「……あんたの50万ポイントをなかったことにしたら、違約金の5万ポイントが請求された」

 

「クク、自業自得だ」

 

 違約金。どうやら何のリスクもなく履行した契約を破棄することは出来なかったようだ。

 5万で済んだのは幸運ですね。

 

「まぁ、切り崩すポイントも生活できる程度は残してやる。

 具体的な数字は特別試験後の放課後に決める。場所はここだ」

 

 その言葉を最後に2人は携帯を取り出し、ポイントの受け渡しを始める。

 これで櫛田さんの借金額は残り40万ポイント。遠く険しい道のりだ。

 それでも退学という名の崖っぷちに落ちるよりかは遥かにましな道だろう。

 

「じゃ、私は帰る」

 

 やることをすべて終えた櫛田さんは背を向けた。

 だが、僕も聞きたいことがある。

 

「待ってください」

 

「……何?」

 

 少しだけ不機嫌を見せる櫛田さん。

 心なしか、僕への嫌悪が和らいでいるように感じる。

 

「質問があります」

 

「早くして」

 

 

「あなたが堀北さんを受け入れることができたきっかけ、『あの男』とは誰ですか?」

 

 

 僕がそう質問すると、彼女は一瞬大きく目を見開いた。

 動揺。

 てっきり僕に説明する必要がないと嫌悪感丸出しで即答されると思っていたが、どうやら違うようだ。

 

「クク、オレがいなくなってからの結末は聞いたが、あんなに鈴音を嫌悪していたお前がどうやって受け入れたのか、オレも興味あるな」

 

 デリカシーのなさに定評のある男、龍園くんがまさかの参戦。

 まぁ、話を円滑に進めてくれるなら別にいいでしょう。

 

「……あんたに言う必要はない」

 

「それはなぜ?」

 

 答えようとするも言葉を詰まらせる櫛田さん。

 続きを説明しようとするかと思えば襟足部分をくしゃくしゃと掻く。

 まるで発言を恥ずかしがっているような仕草をしていた。

 

「何だよ桔梗、そのきっかけを与えてくれた奴に惚れちまったのか?」

 

「それは違う」

 

 場外から龍園くんの野次が飛んでくる。

 だが、焦った声色を出すこともなく彼女は返答して見せる。

 

「じゃあ、『あの男』ってのは誰なんだよ」

 

 僕は心の中で龍園くんによくやったと褒める。

 まごまごとした態度が鬱陶しいため、話を早く進めたかったからだ。

 

「そいつは、Dクラスの生徒か?」

 

 ニヤニヤと笑う龍園くん。

 質問というよりは尋問。どこか確信を持った様子で龍園くんは問い詰める。

 

「違う」

 

「……何? じゃあ誰だ」

 

「言わない。この件は私の個人的な話。あんたに教える理由なんてないでしょ」

 

 個人的な話というのならば確かに仕方ない。

 だが、龍園くんはそれでも引き下がる様子を見せなかった。

 

「はっ、オレはお前の色恋話に興味はない。

 だが、もしお前に助言した人物が本当はDクラスの人間ならば、オレはお前にそいつの情報を聞く権利がある。

 なぜならば、そいつはオレが追い求めている人物かもしれないからな」

 

 龍園くんが追及する理由。

 それはあの男というのがX、つまり綾小路くんである可能性。

 彼は既にXを綾小路くんと決めたが、もしここで櫛田さんが嘘をついていれば情報提供をするという先程の話と食い違う。

 早速裏切りだ。

 

「嘘はついてない。本当にDクラスの奴じゃない」

 

「証拠はあるのか?そいつが本当にDクラスの奴じゃないっていう証拠が」

 

「……証拠はない。でも、もしそいつがあんたの言っていたXだったとして、私が匿う理由なんてないでしょ」

 

 櫛田さんの発言を龍園くんは吟味する。

 少し考えた仕草を取った後、僕の方を向く。

 

「おい、嘘判定機。桔梗は嘘をついているか?」

 

「……この僕にそのような名称をつけるのなんてあなたくらいですよ」

 

「お褒めに預かり光栄だぜ」

 

 別に褒めていない。

 だが、そう言えば彼はまた調子づく。

 それは面倒なので、さっさと質問に答える。

 

「嘘はついていません。本当にあの男というのはDクラスの生徒ではないのでしょう」

 

 僕の発言に龍園くんはツマラナイと言いたげな表情を見せた。

 

「……まぁいい。なら俺は帰る」

 

「ちゃんと教室に向かってくださいね。僕はあなたの命令で今日まで面倒をしているんですから」

 

 忘れてはならないが、僕は教師役で今日は期末テスト前最後の勉強会だ。

 結末が気になったため、ここに出向いているが、今頃金田くんと椎名さんが頑張っている。

 僕も早く合流しなくてはならない。

 

「では櫛田さん、僕もこれで失礼しますね」

 

 既に特別棟の廊下を歩いて行った龍園くんに追いつくために僕も会話を終わらせる。

 背を向け、追いかけるための一歩を踏み出そうとする。

 

「……ねぇ、カムクラ」

 

 しかし、突如櫛田さんから声がかかる。

 どうやらまだ何か話があるようだ。僕は彼女に向き合い、話を聞く姿勢を作る。

 

 

「あんたってさ、兄弟とかいるの?」

 

 

 櫛田さんは心底訝しみながら質問をした。

 僕は予想外の質問に一瞬呆気にとられたが、すぐにその意図を分析する。

 が、すぐには答えは導き出せない。

 

「いません。……その質問に何の意味があるのですか?」

 

「別に。ただ、気になっただけ」

 

 櫛田さんは自分の頭頂部を軽く撫でながら素っ気なく告げる。

 そしてそのまま短い沈黙が流れる。

 僕は暇ではないのでもう一度背を向け、今度こそ龍園くんに追いつくために歩き出した。

 

 

 

 

 




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