土曜日曜と、テスト前最後の連休が終わった月曜日。
今日から、期末試験前半戦が始まる。
ペアで取らなければいけない総合点は692点。1600点中の692点だ。
取る点数だけ見れば、普通のテストより易化しているように感じるが、それは解く問題次第。
Cクラスで言えば、Dクラスから出題される問題の難易度によってはボーダーを下回る可能性がある。
「おはようございます!」
教室に入ってきた石崎くんが僕の席に近付き、ハキハキと活気溢れる声で挨拶をする。
「昨日はよく寝れたようですね」
「ええ! 昨日、結構緊張していたんですけど意外にすんなり寝れました!」
「それは重畳。しかし、誰もがあなたのように調子が良いわけではない。そのエネルギーは本番まで取っておいてください」
石崎くんに周囲を確認するよう促すと、彼も察して苦笑いを浮かべる。
直前までテストの確認を行っている人たちが大きな声に驚いていた。
すぐに自分も雰囲気に合わせ、自席に戻ってノートを読み返し始めた。
これは大きな進歩だ。
あの石崎くんが、普段の生活態度が悪い彼が真面目に勉強をする。
小テストを含め、全てのテストで最下位だった彼がこの雰囲気なら、全員と言わなくても彼と近しい成績の生徒は焦り始める。
結果としてクラス全体の勉強への姿勢が変わっていくだろう。
「おはよ」
「おはようございます」
伊吹さんも到着し、僕の前の席に座る。余裕をもっての到着だ。
「今日って国語、英語、社会、数学の順番で合ってる?」
「間違いありません」
テストは2日に分かれて行われ、どちらも4教科ずつ。
テスト実施日が科目によって違うので、それぞれの期日に沿って学習計画を立てるのは重要だ。
「ねぇ、龍園が暗躍をミスったって本当?」
伊吹さんが英単語帳片手にこちらへ向く。質問というよりは確認のようなセリフだ。
「本当です」
「そう。じゃあ、Dクラスとはテストの真っ向勝負ってこと?」
「そうなります」
「……勝てるの?」
「問題ありません。真っ向勝負になっても良いように、彼は成績上位者3人にクラスの勉強を見させていましたから」
「クラスで勉強を教えあって学力を高めるのはどこのクラスでもやってるわよ。確実に勝てる保証はあるの?」
「それはあなたたちの努力次第です」
今回勝負するのはクラスの合計平均点。
つまり、クラス全体で優秀だった方が勝つ試験だ。
幸村くんや高円寺くんなどの何人かの個人が特出して勉強が出来ても、比べるのは全体の平均である。
それに、
「多少とはいえ僕が面倒を見た。負ける方が難しい」
「……相変わらず凄い自信ね」
相手の問題の出題傾向に加え、テスト範囲内における出題されやすい点も僕の教えを受けた生徒は理解している。
つまり、Cクラスの大抵の人間が準備万端ということだ。
「不安ですか?」
「まさか、こちとら龍園がペアなのよ。余分に点数取っておかなければ私は退学する可能性だってある。
だからしっかり勉強してきたよ。どの教科も6割以上は絶対に取れる自信がある。そういうあんたは大丈夫なの?」
「誰の心配をしてるのですか」
「はっ、確かにそうだね」
伊吹さんとの軽い雑談を終えると、予鈴が鳴る。
同時に茶封筒を持った坂上先生が教壇に立ち、試験を開始するための注意事項を話し始めた。
机に置けるものは筆記用具だけ。それ以外の物はロッカーの中へ。
カンニングは当然禁止などといった簡単な諸注意をしているうちに、テスト問題配布の時間を迎えた。
「試験時間は50分。試験の公平を期すために、原則、途中退出を禁止します。
体調不良や止むを得ない状況の場合のみ、途中退出を認めますが、それでもトイレなどの事前に済ませられることは済ましておくように」
禁止事項を伝え、全員へと用紙を配り終える。
既に私語をしている生徒は一人もおらず、プリントに視線を落としていた。
程なくして試験開始を告げるチャイムが教室に響いた。
「では始めっ」
声と共に一斉に捲られる紙の音。
横目で生徒たちの様子を確認するも、皆しっかりと集中している。
程よい緊張感が彼らのやる気を刺激しているように感じた。
僕は遅れてテスト問題に取り組む。
解く前に全ての設問を確認してみると、中々に質の良い問題が揃っている。
多少学校側に修正されたような箇所はあるが、Dクラスの生徒が懸命に考えた痕跡は読み取れた。
難易度はやや高いテスト、少なくともぶっつけ本番で臨めば赤点は免れないだろう。
だが、何も問題ない。
このレベルならばCクラスの生徒は躓かない。焦らず集中して解けば、勝利は簡単に手に入る。
そうして、1時間目からおしゃべりする暇もない緊迫の試験が始まった。
──────────
「やっと1日目終了。明日あるの辛すぎだ~」
「みんなお疲れ~」
「帰ったら速攻明日の勉強だぜ」
「おつ~。ねぇ、時間も時間だからご飯食べて帰んない?」
1日目のテストが全て終わり、解散が指示されたCクラス。
あちこちから、やり切ったような声が聞こえてくる。各々のグループに分かれ、それぞれの行動に移っていた。
「……終わったぁ」
座りっぱなしで弛緩した体をほぐす伊吹さんもまた、終わりを噛み締めていた。
「やり切ったようですね」
「まぁね。どのテストも7割は取れたって感じ。国語と英語に関しては8割届いたかもな」
迷うことなく自己採点の結果を言い切っている。前半は根拠のない自信ではなさそうだ。
後半の方はやや調子に乗っていることが感じ取れたので、誇張が入っている。
「あのテストで7割取れたならば、しっかりと勉強ができたということです。明日もその調子で頑張ってください」
「言われるまでもないっての。そっちはどう、満点取れそう?」
「言われるまでもないっての」
「うわぁ、キモォ」
伊吹さんはドン引きする。
どうやら、僕の声帯から自分の声が聞こえたことが信じられなかったらしい。
「では、僕は帰ります。あなたは……椎名さんと帰宅するようですね」
こちらに近付いてくる椎名さんを見つけたので、推測してそう言う。
伊吹さんに目で後ろを見るように指示すれば、彼女は確認する。
「ああ。椎名とご飯食べるがてら勉強の確認をしてもらう。あんたも来る?」
「僕は昨日の残りがあるので遠慮します」
「そっか。ちなみに残りって何?」
「カレーです」
昨日の夜食は龍園くんが食べたいと駄々を捏ねたカレーです。
無駄に香辛料は揃っているので完璧に作れましたが、少々余ったのでその処理をしなくてはならない。
別れの挨拶を済ませて僕は教室から出る。
本日の予定は特にない。明日の準備も10分程度で終わるし、時間潰しに誰かを誘う気もない。
強いて言うのならば、今日の夜も龍園くんの乞食に対応する必要があるくらいだろう。
「おや、イズルくんではないですか」
1人廊下を歩いていると、僕の名前を呼ぶ声がする。
この呼び方をする人間は坂柳さんだ。振り返れば、彼女は神室さんを連れてこちらに寄って来ていた。
合流し、そのまま帰路につく。
「何の用ですか?」
「用がなくては話しかけてはいけないでしょうか?」
見かけたから声をかけた。
僕は彼女と仲が良いと思っていないが、彼女は僕の才能にご執着で、友好関係を作りたいのだろう。
「その様子だと、テストは難なく乗り切ったようですね」
「ええ。私にとって勉強は苦ではありませんから」
余裕綽々で知的な彼女らしい発言だ。
その発言を怪奇でも見たかのような様子で見ている神室さんも平常運転、問題はなさそうだ。
「CクラスはDクラスに勝てそうですか?」
「ええ、問題ないでしょう」
「イズルくん自ら勉強を教えていたようですね。Cクラスが少々羨ましいです」
「軽い手解きをしただけです。Aクラスは?」
「ふふ、AとB、どっちが勝つと思いますか?」
そう言ってこぼした薄笑い。彼女もまた、暗躍をしたようだ。
考えられるのは、僕にした交渉を他クラスで行ったといったところだろう。
「Bクラス、違いますか?」
「その根拠は?」
満足げに笑いながら返答する坂柳さん。
早く答えを言えばいい、そう表情に出ている神室さんとは気が合いそうだ。
「以前僕にした交渉をBクラスにしてテスト問題を流出させましたね?」
「ええ、正解です」
周囲には人が多少いるため、坂柳さんは小さい声で発言する。
雑談にしては人前で話す内容ではないことは自覚しているようだ。
何にしても、歩きながらする話ではないが。
「これで葛城派の失速は確定。あなたがトップに返り咲くのも早くなりましたね」
「はい。ちょっとしたお小遣いも手に入ったので順調すぎるくらいです」
お小遣い。
Bクラスと交渉をしたことから、おそらく彼らにAクラスの問題を買わせたのでしょう。
プライベートポイントを直接払わせたのか、それともクラスポイントを継続的に払わせたのか。
どっちだかは知りませんが、お小遣いはそれなりの大金に違いない。
一ノ瀬さん率いるBクラスからすれば、体育祭で減った分を取り返すためにもAクラスとの差を少しでも詰めておきたいはずだ。
だから、財布の紐も多少は緩む。交渉は実に効果的だっただろう。
「Bクラスになるまでのポイントが増えましたね」
「龍園くんは気にしないでしょう」
「ふふ、彼は自分が最終的にAクラスにいることを疑っていないでしょうから。
野心家な所は嫌いではありませんが、それも無理な話です。それこそ彼があなたを持て余している限り、絶対に」
私がAクラスにいるから。そう言いたげな彼女もまた、Aクラスで居続ける自信があるようだ。
「油断ではありませんよ?」
「そう信じています」
「ふふ、ありがとうございます。とりあえず、葛城くんが作った負の遺産を撤廃するまでは敵対しないようにしましょう」
そう言って彼女たちは一礼して自身の下駄箱に向かっていく。
負の遺産を撤廃した後に敵対したい。最後の発言を僕はそう感じ取った。
負の遺産は言うまでもなく、無人島試験で結んだ交渉のこと。
彼女はその後処理を行う計画を立てている。
確かに、油断はしていないようだった。
────────
場面はテスト終了後のDクラスに変わる。
クラスの雰囲気を一言で表すならば、重たい。
1日目が終わった現在の時点で、会話は少なく、浮かない表情をしている人間ばかりだった。
「……ふぅ」
息をついた堀北はクラスメイトの様子を確認する。
なぜこのような辛い雰囲気なのか、それは出題された問題の難易度が原因だった。
クラスで勉強が出来る幸村や平田ですら笑っていない。
幸村に関しては、周囲よりも険しい顔つきだ。
今回幸村が面倒を見ていた長谷部や三宅、途中参加の佐倉に教え方が甘かったと謝罪しているほどだ。
「順調か?」
隣に座る綾小路が堀北に声をかける。
周りが浮かない中、綾小路はいつも通りだ。
決して、テストで点が取れないことを諦め、現実逃避したから気楽に話しかけているのではない。
むしろ、綾小路がその気になればテストで満点を取ることが容易どころか、テストの難易度から平均点を逆算して意図的に平均点をとることも苦ではない。
「……私はね。今回は人生で1番勉強したと言っても過言じゃないくらい勉強したわ。だから今日のテストは9割は取れていると思う」
Cクラスが作成したテストは確かに難易度が高かった。
それでも最初はDクラスの生徒のペンが一斉に止まるような難易度ではなかった。
国語、英語は難しいだけで解けない問題じゃなかった。しっかりと勉強をした甲斐はあったと思えた。
だが、次の社会でその想いにヒビが入った。
よく出来た問題だった。記号、用語問題が全問正解すれば8割は取れるような問題だ。
だが、記述問題が壁となった。対策を怠った生徒はもれなく青ざめた。
「肝心の数学もか?」
「……正直、1番自信はないわ。9割に届いてるかどうかだと思うわ」
そして、それ以上に難易度が高かったテストが数学だ。
基礎3割、標準5割、応用2割の問題形式。
基礎3割は驚くくらいに簡単で、赤点にならないような救済措置にすら感じた。
標準も決して標準の域を出ない良問が出揃っていた。
だが、応用の難易度は果てしなく高かった。
問題としてはよくある誘導問題。(1)が解ければ(2)、最終的に(3)まで解くという形式で点数比率は4点、7点、9点と(3)になるほど高くなる。
Dクラスの生徒は(1)を解けただろう。だが、それ以降が全く解けない。
決められた範囲内から出された問題、使う公式を知っていて計算も練習したのに解けないのだ。
そして仮に(2)を解けても、1問に時間を使いすぎて(3)を解ききれずに終わる。
堀北は(3)に触れて時間切れという結果だった。
だからこそ他全てがミスなく取れても91点。減点を考慮すれば確かにギリギリ9割行くかどうかだった。
「そうか」
「ごめんなさい。これは私の力不足だわ」
今回、いくら櫛田がDクラスの利になる行動をしたとはいえ、堀北と櫛田の勝負は有効だ。
堀北が負ければ綾小路と揃って退学。これは変わりようのない約束だ。
「いや、あの問題でそれだけ解けたお前をオレは凄いと思っている」
「お世辞は良いわ。それよりも、私は櫛田さんの点数を尋ねに行くわ」
やらなければいけないことを片付けるために堀北は前向きに行動する。
綾小路はそれについていき、既にわかっている結果を見守ることにした。
「櫛田さん、ちょっといいかしら?」
友達を励ます会話をしていた櫛田に堀北は割り込む形で声をかける。
櫛田は友達に一言謝ってから廊下に出る。それに堀北、綾小路も続く。
「賭けのことでしょう? 先に言っとくけど、私の自己採点は7割くらいだから賭けはあんたの勝ちだと思うよ」
手早く用件を済ますために、櫛田は本題から入る。
「そう。私は8割5分……良くて9割よ」
「そっか。なら、賭けは私の負けだね」
まだ決まった訳ではないが、櫛田は確定した事実のように告げる。
「私が負けたらクラスに直接的な妨害をしないだったね? 良いよ、もう妨害はしない」
「……やけに素直ね。あなたはDクラスに協力しないと言っていたけど、それも嘘かしら?」
「いいや、それはほんと。妨害はしないけど」
「実質的な妨害よ」
「うるっさいわね。私、やりたくないことはやらないから」
「……そう、分かったわ。それと、そうするのはあの50万ポイントが関係しているからかしら?」
「だとしたら?」
「私にもポイントを払わせて欲しい」
「嫌。同情されるくらいなら私1人で払いきる」
それは櫛田なりのケジメだった。
櫛田は今でも堀北が嫌いだ。でも、認めてしまった。
堀北が自分を受け入れてくれる存在だと。だが、そう簡単に尻尾を振ることはしない。
そうするのは簡単だが、プライドが許せない。
プライドの高さゆえにここまで堀北を認められなかった櫛田がその自尊心を抑えるのは、至難の業なのだ。
ゆえに、自分に枷を付ける。
そうすることで、自分が変われると信じて。
「話は終わり。私はあなたと違って友達と帰らなくちゃいけないから忙しいの」
櫛田は堀北を小馬鹿にしながら教室に戻っていく。
嫌味こそ言えど、以前のような敵意が向いてこないことに堀北は安心しながらも不思議な感覚だった。
「どうやら、退学は防げそうだな」
「まだ分からないわ。彼女が嘘をついているかもしれない」
「考えすぎだ。櫛田じゃお前より点数を取ることは出来ない。
Cクラスから答えを貰っているなら話は別だが、Dクラスに協力する行動をとった以上、龍園がそれを許さないはずだ」
綾小路の発言は正しい。堀北もすぐに思考を落ち着かせ、理解する。
「そうね。龍園くんが勝機をみすみす逃すとは考えられないわ」
余計な思考は明日のテストに響く。
堀北は割り切り、明日のために頭を回す。
「とりあえず、私は最後まで全力を尽くすわ」
「おそらく、明日のテストも異様に難易度が高い科目が複数存在するはずだ。そしてこれは言うまでもなく────」
「────カムクラくんの作成した問題、でしょ?」
「ああ、そうだ。今更対策など遅すぎる。だから結果はもう分かっているんじゃないか?」
「そうね。対策したつもりだったけど、それでも相手が1枚上手だった。でも、最後までやりきらないことの言い訳にはならない」
堀北は強く言い切る。その言葉を最後に2人もまた解散した。
そして、
(眩しいな。あれはいずれ、毒にもなり得る)
綾小路は寮に足を運びながらそう分析する。
堀北は諦めない。その強すぎる光は人を引っ張る素質に繋がるだろう。
俗に言うカリスマ。だが、それだけでは集団の未来は崩壊か停滞だ。
だからこそ、堀北にはもっと成長して貰う必要がある。
(だが、焦る必要はない。こっちはゆっくりで問題ない)
綾小路はそう結論づける。
そして問題ある方────今後のCクラスの対応に思考を割いた。
(今回で龍園は大分候補を絞った。テストが終わり次第、行動に移すだろう。
カムクライズルはオレのことを報告してない。理由がなんであれ、それで助けられた。だが、龍園も馬鹿じゃない)
冬休みに入るまで、CクラスとDクラスは荒れる。
それも自分を巡って。綾小路はその未来を頭に入れながら、解決策を思い浮かべる。
そして、とうとう覚悟を決めた。
「────予定通り、龍園を叩き潰すとしよう」
目的は自身の安全を守るためか。龍園との対決を楽しむためか。それとも勝利のためか。
偽りの天才は瞳に色を映さない。感情を表に出すことは教わっていない。
ゆえに、物言わぬ機械のように目的を淡々と遂行する。
それがホワイトルームの最高傑作、綾小路清隆だ。
しかし今、その口元は柔和に歪んでいるように見えた。
これでchapter6終わりです。
Interlude6を3話挟んだ後、chapter7に進みます。