ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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王様の誕生日‐前編‐

 

 

 

 

 

 

 ペーパーシャッフルの組み合わせが決まった日、石崎 大地はクラスメイト2人を連れて学内のパレットへ足を運んでいた。

 目的はある人物への張り込みともう1つ、個人的な予定があった。

 張り込みは石崎にとって尊敬する人物の内の1人、龍園 翔からの命令だ。

 放課後になってすぐに、石崎は受けた命令を忠実にこなしていた。

 それはDクラスにいる隠れた策士であるXの調査だ。

 調査対象はXの候補の1人である綾小路清隆。

 綾小路の放課後を軽く尾行し、何をしているのか探って来いということが龍園から下された命令だった。

 そしてその張り込みを30分ほどした後、石崎は一息つく。

 

「龍園さんはまだ軽い監視でいいって言ってたし、今日はこんなものでいいか」

 

 石崎は自分の尾行を完璧なものだと認識しながら、クラスメイト2人に今日はこれで終わりと告げる。

 彼らは同じ命令をされたクラスメイトであるが、特段仲が良いわけではない。

 そのため、この命令を終えれば遊ぶことなく解散だ。

 

「おい、あの胸のでかい女と綾小路じゃない方の地味な男は誰だ?」

 

 石崎は帰ろうとするクラスメイトの1人にそう聞く。

 パレットの中心部分の席に座る綾小路は3人のクラスメイトと交流を深めている。

 1人は幸村 輝彦。龍園がXの候補と言っていたことから石崎は彼のこと覚えていた。

 しかし、残り二人の男女は知らない。

 正しく報告をするために2人の名前は憶えておかなくてはならない。

 

「……えーとっ、女の方が長谷部 波瑠加で、男の方が三宅 明人です」

 

「おうっ、ありがとな」

 

 しっかりと名前をメモしながら2人に再度解散を促した。

 

「さてと……」

 

 石崎は軽く首を捻った後、パレットのレジ前に置かれているショーケースのもとへ歩いていく。

 そこには持ち帰ることが可能なケーキが陳列、販売されている。

 

「でかいケーキっていくらするんだ? 5000ポイントあれば足りるか?」

 

 携帯でポイント残高を確認し、次の支給日までのことも考慮しながら予算を組む。

 石崎がここまで頭を悩ます理由はもう1つの予定が関係していた。

 今日の日付は10月19日。一般的には特別な学校行事や祝日でもない365日中のただの1日だ。

 しかし、石崎にとってこの日は龍園の誕生日前日。

 尊敬する人物の誕生日だから盛大に祝いたい。

 そして誕生日といえばでかいケーキと安直な理由でパレットに足を運んでいた。

 

「すいません。このくらいの大きなサイズのケーキが欲しいんですけど?」

 

 石崎はジェスチャーでホールケーキ程度の丸を作り、店員に伝える。

 

「特注ですか?」

 

「え? あ、ああ、多分そうです。友達の誕生日ケーキを送りたいからデコレーションとかしてほしいんですけど大丈夫っすか?」

 

 石崎はケーキの詳細を店員に答えていく。

 装飾に関する質問にすべて答えれば料金の話になるが、問題なく払える値段で石崎は心の中で安堵する。

 これで1万ポイントとかなら明日からは山菜定食生活だっただろう。

 

「誕生日ケーキの注文ですね。畏まりました。

 このサイズですと3日後の完成ですね」

 

「3日!?」

 

 しかし、ここで問題が起きた。

 3日後。龍園の誕生日は明日。

 サプライズをしたかった石崎からすれば困った話だった。

 

「明日までは無理なのか?」

 

「申し訳ありません。他のお客様からもご予約を頂いており、最速でも3日後のお渡しになってしまいます」

 

 店員は丁寧に対応する。

 龍園さんのケーキを優先しろと我儘な私情が浮かぶが、流石にそこは抑える。

 

「なぁ、他にもこの学校の敷地内にケーキを作っているところはないのか?」

 

「ありますが……どこも同じだと思います。他のお客様のこともありますので、このような特注ケーキを当日に1日で用意するには……」

 

「……そうですか」

 

 肩から力が抜け、沈んだ声で答えた石崎。

 店員は純粋な子なんだなと同情しながらも、次の客を相手にするために石崎に退くように目で訴えかけた。

 石崎はすぐに雰囲気を察して列から抜け出す。

 

「……どうすっか」

 

 石崎はあまり使わない頭を必死に回して考える。

 何も思いつかないのは本人も自覚しているのですぐに、思考をやめる。

 とりあえず、代替案を考えるために後先考えずにケヤキモールへと歩き始めた。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 特に案が思いつくことなくケヤキモールに到着した石崎。

 パレットの店員に他の店でも同じ結果になると言われたが、ダメ元で1つ足を運んでみる。

 しかし、結果は進歩なし。

 最終手段としてコンビニで売ってる300ポイントくらいのショートケーキで手を打とうと考えるが、龍園は喜んでくれないと判断する。

 

「ケーキがだめなら、何か良い誕生日プレゼントあるか」

 

 腕を組みながら気ままにケヤキモールを徘徊する石崎。

 だが、放課後のケヤキモールは人が多く、歩くだけでも少し鬱陶しいと感じ、結局休憩スペースで一段落をつく。

 もう一度同じようにプレゼントを考えるが、しっくりと当て嵌まるものは浮かばない。

 

「あんた何してんの」

 

「……お前こそ何でここにいるんだ、西野?」

 

 休憩スペースで腰掛ける石崎に大きな紙袋を持った女子生徒が不審者を見下すような眼で現れた。

 彼女は西野武子。Cクラスの生徒であり、石崎とはそれなりに話す仲である。

 

「買い物。あんたは?」

 

 要点だけを伝えるその言い方は刺々しい。

 口数が少ないわけではない西野だが、この話し方や思ったことをそのまま口に出す正直な性格からクラスでも孤立気味だ。

 

「俺も買い物だよ」

 

「その割には随分悩んでいるようだけど」

 

「まぁな。他人にあげるものを考えているから結構慎重になっちまうんだよ」

 

「へぇ~、誰へのプレゼント?」

 

「龍園さんだ」

 

「……あんたももの好きね」

 

 西野は少し驚き、締まりのなくなった表情で石崎を見る。

 西野にとって、龍園はただのクラスメイトではないが、友人ではない。

 Cクラスという集団のリーダーであることは認めていて、その方針にも従ってはいるが、プライベートで関わることはない。

 嫌いではない。が、女子である西野からすれば暴力行使を平気で用いる龍園に恐怖はある。

 そのため、好んで関わる石崎に呆れていた。

 

「そもそも何でプレゼントあげんの?」

 

「馬鹿野郎! 明日は龍園さんの誕生日だぞ! だからこんな悩んでいるんだ!」

 

 龍園の誕生日を知っていて当然という考えは西野からすればうざいだけだった。

 声量も大きくなっていっそう面倒に感じる。

 話が長くなりそうなことを感じ取った西野は持っていた紙袋を膝に置く形で石崎の隣に腰掛ける。

 

「で、プレゼントの候補は? 悩んでいたってことはいくつか目ぼしい物はあったってことでしょ?」

 

「一応ケーキをプレゼントしようと思ってな。特注のでかいやつを買おうとしたんだが、予約待ちで当日の受け渡しは無理だってよ」

 

「そりゃそうでしょ」

 

 西野は呆れ返った。

 目の前にいるこの男はクラス最下位の成績を誇る馬鹿だったこと思い出す。

 自分も頭が良いわけではないが、ちょっと考えればわかりそうなことをわざわざ行動に移していた阿呆さ加減に絶句した。

 

「それでよぉ、今は市販のショートケーキか他のプレゼントにしようかなって思っているんだけどよ。

 龍園さんに市販のケーキは似合わねぇんだよな」

 

「そもそもケーキとか甘いものが似合う人種じゃないでしょ」

 

「まぁ、確かに甘いものは好きじゃないって言ってた気がする」

 

 尚更なんでこいつは大きなケーキを上げようとしていたんだという思考が生まれるが、相手は石崎。

 そんな深くは考えていない。

 

(大方、プレゼントの大きさ=祝いの気持ちという安直な考え方をしている)

 

 自己満足甚だしい考え方だが、石崎が嘘をつけない人間だと思えば率直な気持ちなのは間違いない。

 正直は美徳であり、石崎の性格を知っている西野からすれば好ましく思える現象だが、龍園は確実に嫌な顔をする。

 

「じゃあ、……ヤニか?」

 

「……なんでそっちの方向に行くのよ」

 

 確かに甘い物よりかは似合うだろうが、龍園は未成年。

 龍園なら吸っていてもおかしくはないが、生憎この学校は監視の目が多い閉鎖空間だ。

 退学のリスクを背負ってまで行おうこととは考えられない。

 それにそもそも売ってない。

 

「普通に今好きなもの聞けばいいじゃん」

 

「馬鹿野郎! それじゃあサプライズじゃなくなっちゃうだろう!」

 

「……サプライズがしたいならもっと前から準備しろよ」

 

 西野の正論に石崎は不意を突かれたような呻き声を出す。

 石崎は何も言い返せず項垂れた。

 

「……西野なら何あげる?」

 

「私は別に龍園くんと仲が良いわけじゃないからなぁ……。まぁでも、無難に日常品とかでいいんじゃない。

 貰って損ないし。龍園くん柄とかあんまり気にしなさそうだから、普通に使ってくれそうだし」

 

 相談してくる相手に無責任なことは言えないが、提案は出す西野。

 石崎は一意見としてしっかりと噛み締める。

 

「てか、龍園くんと仲が良い人と相談して決めればいいじゃない。そっちの方が二人で一個分って感じで費用浮きそうだし」

 

「……お前なぁ」

 

 期待と違った答えだったのか石崎は少々不満げな声を漏らす。

 龍園大好き人間の石崎からすればプレゼントに金は出し惜しみしない。

 だが、この学校のポイントはただの通貨ではない。

 他にも使い道がある以上、西野の考え方は決して間違いではなかった。

 

「そういえば、さっきカムクラくんが伊吹さんと椎名さんとケヤキモールにいたよ。

 カムクラくんなら龍園くんとよく一緒にいるし、好みとかわかるんじゃない?」

 

 その発言に石崎は西野を見ながら口を開けて固まった。

 この学校において石崎が尊敬する人物は龍園ともう一人、カムクライズルだ。

 何でもできるカムクラに純度100%の敬意を向けている。

 だから当然、

 

「それだぁ! カムクラさんにケーキ作ってもらえばいいんだ!!」

 

 目をキラキラと輝かせながら石崎は思いっきり立ち上がった。

 その奇行に西野は肩を震わせ、とうとう頭がおかしくなったかと訝しむ。

 善は急げと言わんばかりか、携帯電話を取り出して連絡を取る石崎。

 電話相手はカムクラだろうが、そもそもカムクラがケーキを作れるのかという疑問が浮かぶ。

 西野にとって、カムクラは龍園同様ただのクラスメイトではないが、友人ではない。

 今までの様々な試験、特に体育祭で能力が高いと知れたことは記憶に新しいが、それを踏まえてもあの容姿、他の特別試験での行動がカムクラの異常性を際立たせている。

 よってカムクラに対する評価を纏めると、『凄いけど変な人』だ。

 

(……はっきり言って龍園くんより甘いものが似合わないな)

 

 がっつり偏見。

 料理が出来る噂を聞いたことがある西野だったが、流石に甘味を作るカムクラを想像できなかった。

 

「もしもし石崎です! カムクラさん今ケヤキモールいますか!? 

 えっ、ちょうど帰ってる? ……そのお願いがあるんすけど、今お時間って大丈夫ですか?」

 

 耳に携帯電話を当てながら屈託ない表情をしながら話す姿は純粋な子供のそれだ。

 声量も自分の意思をこれでもかと伝える幼子のように大きな声だったので、西野はカムクラの耳に同情する。

 事情の説明を含めて数分で会話が終わると、石崎は携帯をポケットにしまう前にガッツポーズをした。

 

「……何?了承してくれたの?」

 

「おう!何か明日クレープ作る予定だったらしいから良いってよ!」

 

「……クレープ」

 

 唖然とする西野

 数秒固まっていたが、自分に予定があったことを思い出して立ち上がる。

 

「おっ、帰るのか?」

 

「そうよ。今日は見たい番組があるからそれまでに予定終わらせなきゃならないの」

 

 大きな紙袋を大事に両手で持ち、西野はケヤキモールの出口へと向かう。

 石崎はここから離れる西野に、

 

「ありがとうな、西野!」

 

 裏表を一切感じさせない笑顔で礼を言った。

 

「……バカ石崎」

 

 西野は囁くようにそう告げれば、石崎は誰が馬鹿だよと怒った様子だ。

 そんな様子だから石崎には女心というのは全く理解できない。

 しかし、龍園やカムクラとは違うカリスマのような何かがあるのは確かだった。

 

 

 

 


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