ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

87 / 116
思い上がり

 

 

 

 私、松下千秋は思い返す。

 

 特別試験の結果発表を。

 不気味なほど静まり返る教室を。

 暗い雰囲気が広がる教卓で茶柱先生が淡々と業務連絡を済ませていたあの日を。

 

「今回の特別試験、ペーパーシャッフルにおける結果はこの通りだ」

 

 

 Aクラス 1468cp→1368cp(Bクラスに敗北したため−100cp)

 Bクラス  845cp→ 945cp(Aクラスに勝利したため+100cp)

 Cクラス  530cp→ 630cp(Dクラスに勝利したため+100cp)

 Dクラス  185cp→ 85cp(Cクラスに敗北したため−100cp)

 

 

 ホワイトボードにすらすらと記載されていく試験結果とクラスポイントの推移。

 私はこの結果を見た時、心底落胆した。

 

「全体の結果は以上だ。後は赤点取得者についてだが……、安心しろ。

 今回の特別試験、一学年で赤点になった者はいない。よって、退学者も0だ」

 

 茶柱先生は生徒一人一人を見渡しながらその情報を伝えた。

 普段のテスト結果発表なら、ここで赤点すれすれの人達がはしゃぎ出していただろう。

 しかしこの日は、誰も歓喜を示さなかった。

 

「……今日のホームルームはこれで終わりだ。皆解散するように」

 

 何か言いたげな茶柱先生だったが、場の空気を読んで話を終え、教室を後にした。

 普段は冷たい先生が、生徒のために行動したことは物珍しかったと記憶している。

 先生が去った後、自由人である高円寺くんが行動を起こすまでクラスは葬儀のように誰も喋らなかったことも。

 

「……ごめんなさい。私は精一杯教えたつもりだったけど……、ごめんなさい」

 

 段々とクラスメイトが友達同士で話し始めると、堀北さんが学力の低いクラスメイトに頭を下げていた所が目に入った。

 その姿は、入学当初、人を寄せ付けなった堀北さんとは打って変わって、真摯で好感が持てる態度だった。

 けれども、謝られている人たちはその真っ直ぐな態度への対応に困っていた。

 それもそうだ。今回の特別試験の敗因は得点を取れなかった彼らの学力不足が原因の一つ。

 だが、それは自己責任であって堀北さんの教えが悪かったわけではない。

 

「顔を上げてよ、堀北さん。別に堀北さんの教えは悪くなかったし、皆の勉強が足りなかったわけでもないよ。

 今回はCクラスに純粋な勝負で負けてしまった。今はこの負けを皆が反省する時だよ。誰が悪いとかじゃなくてさ」

 

「……そうね」

 

 櫛田さんが間に入ったことでその話は円満に収まっていた。

 会話態度から櫛田さんと堀北さんの距離が縮まったような、でもお互いの視線は火花が散るかのようにせめぎ合っていたような。

 あの二人の距離感に少し疑問を持った。

 しかし、それより櫛田さんの状況把握能力、コミュニケーション能力に惹かれた。

 同様に、堀北さんの集団を率いていけるような雰囲気、いわゆるカリスマも。

 可能性があるからこそ私は惜しいと感じてしまっていた。

 

 

「あぁ~、本当に残念」

 

 

 過去を振り返ることを止めれば、時間は現在。

 結果発表終了後、数日経過した日の放課後の時間だ。

 帰り支度を済ませた私は椅子から立ち上がり、ため息をついた。

 

「何が残念なの、松下さん!」

 

 独り言を聞いた佐藤さんが私の両肩を脅かすように揺らして掴む。

 佐藤さんはいつも一緒にいる気の許せる二人の友達の1人だ。

 意味なんてない、ただ好意から来る行動だから私は笑って返答する。

 

「別に~、ちょっとした独り言だよ。結局、私はクリスマス間近になっても独り身で残念だなぁって」

 

「それは松下さんの理想が高いだけじゃないの?」

 

 もう一人の気の許せる友達、篠原さんが苦笑いで告げる。

 

「それはちょっと自覚してる」

 

 そう返せば2人は楽しそうに笑う。

 

「じゃ、だべりながら帰ろう~」

 

 佐藤さんが気の抜けた声に私たちはいつものように賛成する。

 私たちはDクラスなので貰えるポイントが少ない。

 よって、ポイントを使った遊びは少々贅沢だ。

 だから特定の場所でお話しするだけ。稀に臨時報酬が入ったらショッピングモールで買い物をするくらいだろう。

 

「今日はどこにする?」

 

「寒いから暖かい場所がいい~」

 

 遊ぶことが決まった私たちは早速移動を開始した。

 皆で雑談しながら廊下を歩いていく。

 1人で通る時は足早に進む廊下も、集団で動くと非常に遅い。

 が、そんな時間も楽しく会話をしていればあっという間だ。

 

「あれ? 平田くんと軽井沢さん……それに須藤くん?」

 

 昇降口に到着すると、三人のクラスメイトが靴を履き替えている。

 どうやら真剣な会話をしているようだ。

 

「平田、俺はペーパーシャッフルでまた迷惑をかけちまったと思う。それについてはすまねぇ」

 

「須藤くんが謝ることじゃない。だって須藤くんは一生懸命頑張っていたじゃないか」

 

「……そう言ってくれると助かるぜ。だが、だからこそ部活ではレギュラーの座を保ち続けるつもりだ。

 部活動や生徒会で活躍したり、良い成績を残せばクラスポイントが増えるっていう情報はお前の先輩も俺の先輩も同じことを言ってるようだからな」

 

 私の知らない情報。

 どうやら二人は部活動の観点からポイントを増やそうと考えていたようだ。

 

「そうだね。僕は須藤くんほど結果を残せていないけど、これから精一杯やるつもりだよ」

 

「ああ、お互い頑張ろうぜ」

 

 二人は落ち着き払った声で会話を終えた。

 須藤くんはバッグを肩の位置に来るように手で、平田くんは肩にかけて持ち、昇降口を出ていく。

 この後も部活動が控えているのだろう。

 

「頑張ってね、2人とも」

 

 軽井沢さんの声援に2人はクールに返した。

 

「あの須藤くんがこんなに変わるなんて」

 

「確かに~、初めは怖かったけど最近は大人しくなったもんね」

 

 私は最近になって上がってきた情報に信憑性があることを理解する。

 その情報とは、須藤くん意外とアリというもの。

 入学当初は野蛮なイメージと一緒にいる人物から全くモテていなかった彼だが、最近になってやや大人しくなっただけでなく、クラスのために行動する事が増えてきている。

 つまり協調性が出てきたということ。コミュニケーションを取る上で協調性は必要不可欠。

 それに加えて男らしい身体や好きなことに一直線な態度は好感度を高める要素になる。

 

「やっほ~、篠原さん、松下さん、佐藤さん!」

 

 私たちが須藤くんに呆気を取られていると、軽井沢さんが挨拶してくれる。

 そこから私たちは靴を履き替えることを忘れて会話に没頭する。

 

「ねぇ皆、須藤くん意外にありじゃない?」

 

 切り出しは軽井沢さん。4人の中で唯一の彼氏持ちだが、気軽に男を話題に話を膨らませる。

 しかし、この手の話題は女子にとっては大好物。

 どんどんと盛り上がっていく。

 

「分かる! 前よりかっこよくなったよね」

 

「ええ〜、でもあの須藤くんだよ」

 

 肯定的な佐藤さんと否定的な篠原さんの感想は好みの差だろう。

 私としては須藤くんはなしだが、成長した彼はクラスに役立つ存在になる。

 この1点がある限り、彼の事を毛嫌いすることはない。

 

「減ったクラスポイントを自分なりに考えて取り戻そうとしている所とか、ポイント高くない?」

 

「ね! 見直しちゃった!」

 

 同意見の軽井沢さんと佐藤さん。

 確かにクラスポイントを取り戻そうとするその意気込みは凄いと思う。

 しかし、私はそれを他人事のように言っている彼女達の方がある意味凄いと感じた。

 この場にいる3人の成績はお世辞にも良いと言えない。

 須藤くんより高いと言っても成績は誤差の範囲であり、全学年で見たらどちらも下位10%〜20%に位置する。

 にもかかわらず、彼らは須藤くんほど自分を変えようというアプローチを試みない。

 加えて嫌な事に、Dクラスの半数の成績が3人同様レベルが低い。

 だからこそペーパーシャッフルのために一生懸命勉強したが、Cクラスに敗北した。

 敗因は当然それだけではないが、大きな要因の一つと考えれる。

 

「クラスポイント、今回でガッツリ減っちゃたもんね。是非須藤くんには頑張って欲しい」

 

 佐藤さんは気軽にそう言うが、そんな楽なことではない。

 いくら須藤くんが頑張っても増えるポイントは多くないはずだ。

 現在のクラスポイントの差を見れば、増加分はそれこそ雀の涙ほどだろう。

 

 だから私は────残念だと感じていたのだ。

 

 この学校はAクラスでしか自分の望む進路を決めれない。

 Aクラスになるためにはクラスポイントを4クラスの中で最も多くしなくてはならない。

 しかし、私たちは最下位でAクラスとの差は1200ポイント以上ある。

 3年間という学校生活の1年間も半分以上経過してこの結果。

 堀北さんは諦めてはいけないと言うが、現実問題、この差を埋めることは非常に厳しい。

 

「私たちも頑張んないとね。洋介くん達に頼りっきりじゃなくてさ」

 

 Dクラスにはある程度の人材が揃っている。

 堀北さんや櫛田さん、平田くんのような集団を率いていける人達。幸村くんや王さんのような頭の良い人達。須藤くんや小野寺さんのような運動神経の良い人達。

 そして、船上試験、体育祭とだんだん頭角を現してきた綾小路くん。

 学力は平均、身体能力は高い。その上集団のサポートをできる人だ。

 さらには、コントロールこそ出来ないが、気まぐれで動いてくれる実力未知数の高円寺くん。

 個々で見れば他クラスに劣っているとは思えなかった。

 だが、今回悟った。

 そんな良い人材が揃って力を合わせてもペーパーシャッフルには勝てなかったという事実によって。

 

「そうだね。まずは皆の足を引っ張らないところから頑張らなきゃ」

 

 篠原さんがそう言うと皆肯定したので私も乗っておく。

 精々頑張って欲しい。

 けれど、現実はそう甘くない。

 サブプランも考えなければならない。

 Aクラスで卒業するためには他の方法を考える必要がある。

 

「あっ……」

 

 会話をやめて靴を履き変えようとした矢先、軽井沢さんが廊下の方を見て声を漏らした。

 そこには、Cクラスの生徒が1人歩いていた。

 ゆらりと不気味に揺れる真っ黒の長髪、髪の合間から見える血のように赤い目。

 あまりに特徴的な見た目は学校の誰もが知っている。

 

「……カムクライズル」

 

 軽井沢さんが苦虫を噛み潰したような顔を見せる。

 その発言を聞いてから篠原さんも同様の表情をする。

 別にカムクラくんと彼女たちの仲が悪くてこうなる訳じゃない。

 原因はペーパーシャッフルでCクラスに負け、その問題を作った人が彼だから。

 つまるところ、一種の逆恨みと言えた。

 彼はこちらの態度に気付く素振りすらせず、そのまま昇降口を出るために歩き出した。

 今日は、1人で帰宅している。

 私はこの機会をチャンスだと思った。

 

「ねぇ、皆。今日は先帰っていいよ。私用事思い出しちゃった」

 

 唐突の発言に三人は驚いた表情をする。

 しかし、私は反応を待つことなく、カムクラくんに近寄っていく。

 私は思い出す。

 特別試験前に彼とした何気ない約束を。

 サブプラン。いや、まだそんな大層な名前もない。

 私がAクラスで上がるための可能性を少しでも上げるための行動、それを今からでも始めてみよう。

 

「おーい、カムクラくん」

 

 呼べば、彼はゆっくりと振り向いた。

 あらゆる物事の本質を見抜いているような透徹した目が私を見る。

 睨んですらいないただの一瞥が、悪寒のような震えを私の身体に発生させた。

 並大抵の相手ではないことは分かっている。

 リスクだって百も承知。

 しかしそれでも、彼と交流が出来てあまつさえ深い関係になれたなら。

 勝ち馬に乗れる確率は限りなく1に近くなる。

 

 私は気を入れ直して彼との対話に臨んだ。

 

 

 

 ────────

 

 

 時間は少し飛び、ケヤキモールに到着した。

 放課後のこの場所は学生たちによって活気づけられ、テーマパークのように非常に賑わっている。

 私はスマホのカメラ機能を用い、乱れた髪を整えながらこの後の予定を考える。

 ちなみに、歩いている時にカムクラくんの連絡先は手に入れた。

 

「どこか行く場所を決めているの?」

 

「そうですね。ケヤキモールのある休憩場所はどうでしょうか?」

 

 提案するカムクラくん。

 しかし、その意見は反対だ。

 なぜなら今日は今後の私に関係した話をするから。

 人目の多い場所は出来る限り避けたい。

 

「待って。できれば周りから会話を聞かれないところが良い。

 大事な話をするからね」

 

 今日の目的はカムクラくんとの親密度をあげることだが、私は最初から少し踏み込もうと思っている。

 その理由はカムクラくんならば私が接触した理由を察していると思ったから。

 最初の接触を意味深に行ったのはそのためだ。彼ならば私の真意に気付けると判断している。

 真意に気づいているならば、長い前置きを飛ばして本題に入れる。

 

「……カラオケはどうですか?」

 

 彼はしぶしぶと告げた。

 そんなにカラオケが嫌いなのか、それともケヤキモールの休憩場所に行きたかったのだろうか。

 

「うん! カラオケにしよう!」

 

 私は手を合わせ、上機嫌にそう言った。

 目的地が決まった私たちは早速ケヤキモール内にあるカラオケ店へと向かう。

 私はカムクラくんの真横へいかにも彼女のように陣どる。

 腕こそ組まないが、距離感を縮め、笑顔を見せて彼へアピールしてみる。

 が、彼はチラリとこちらを一瞬見るだけで表情の変化を起こさない。

 手強い相手だ。池くんや山内くんならば今ので動揺を隠せなかっただろうに。

 

「決めた後に何だけどさ、……カムクラくんはカラオケ嫌いなの? 

 さっき嫌そうな顔してたからさ」

 

「別に好きでも嫌いでもありません。嫌そうな顔に見えたのは僕が指定したケヤキモールの休憩場所に少しだけ訪れたい理由があったためですね」

 

「その理由って?」

 

「それは秘密です」

 

「ええ〜、教えてよ〜」

 

「察してください。僕にも立場というものがあるらしいので」

 

「……そっか。それなら仕方ないね」

 

 立場に関係した秘密。

 きっとそれは最近噂になっているDクラスの隠れた策士の存在のことだろう。

 Cクラスのリーダー龍園くんが血眼になって探しているらしい。

 これが正しければ、確かにカムクラくんの口からは話せない。

 彼は龍園くんの右腕とも呼べる存在だ。

 情報をホイホイ出すわけにはいかない。

 

「ねぇねぇ、カムクラくんには持ち曲とかある?」

 

「ありません。そういうあなたは?」

 

「私? 私はねぇ〜」

 

 私は話題を変えてそのまま雑談を開始する。

 下校時間からそれなりに過ぎているので行く道は人だかりが多く、彼らからは仲が良さげに見えるだろう。

 だから、私たち向かってくる視線はそういう視線が多い。

 クリスマスが近いことも相まって、煩わしく感じる視線だ。

 しかし、こうやって周囲にアピールすることもまた目的の1つ。

 今日の出来事が噂となれば私とカムクラくんの間に縁ができる。

 個人的な友人関係があると周囲に知ってもらえれば、今後彼と接触を図っても違和感はなくなる。

 人の噂とはバカにできないものだなと私は内心でほくそ笑む。

 そうこうしている間にカラオケに到着した。

 カムクラくんが部屋を指定した後に私たちは待つことなく案内される。

 その部屋は狭すぎず、広すぎず。3.4人で利用するくらいの部屋だ。

 

「カラオケはよく来るの?」

 

 私はブレザーを脱ぎ、ハンガーにかけながらそう聞く。

 グッと伸びをしながらマイクや音量の準備をした後、彼の近くに腰を下ろした。

 

「ええ。一応言っておきますが、歌う訳ではありませんよ。大抵秘密の話をする場所として使用しています」

 

「……もしかして1回も歌ったことないの?」

 

「いいえ。秘密の話をする時は大抵龍園くんや石崎くんと行くのですが、彼らが帰った後1人で歌ったことがあります」

 

「龍園くんと、カラオケ……。ちなみに龍園くんって歌うの?」

 

「ええ、稀に。存外上手いですよ」

 

 正直今日の目的からすればどうでもいい情報だが、ちょっと気になってしまう。

 イメージこそできるが、歌う曲によっては笑みを堪えなくなりそうだ。

 

「ドリンクは何にしますか?」

 

 少々失礼な想像から現実に戻る。

 カムクラくんはドリンクを注文するためのタブレットを持ち、気の利いた対応を見せていた。

 私がアップルジュースをお願いすれば、彼は手馴れた操作で指を動かして注文を終える。

 

「それで、そろそろ『本題』に入りたいのですが」

 

 いい加減雑談にも飽きたのか、彼は真面目な姿勢をとって会話を切り出した。

 この言葉を皮切りに私も慎重に対応していく。

 それにしても、やはり彼はこちらの真意に気づいていた。

 未来予知じみた分析能力は噂ではなく真実。私は彼への警戒をもう1段上げる。

 

「そうだね。じゃ、早速。

 ねぇ、────私を君の協力者にしてみない?」

 

 余計な前振りは不要。私は要点だけを告げる。

 協力者。

 それは当然、Cクラスに協力する他クラスの生徒という意味だ。

 

「色々と聞きたいことはありますが、まずこの提案に至った理由としては……Dクラスを見限ったから、で宜しいでしょうか?」

 

 背筋をゆっくりと汗が落ちていき、つい固唾を飲んでしまう。

 確かに彼には今日の目的がただ遊ぶだけではないと暗に告げたつもりだが、その理由までは分からないはずだ。

 しかし、彼は当然と言わんばかりに告げてくる。

 

「……さすが。やっぱり君は優秀な人だね。どうしてわかったの?」

 

「簡単です。あなたの露骨なアピールは僕にも伝わりましたから。そしてなぜそんなことをしたのかも推測すれば導き出せる。

 この時期にあった大きな出来事と言えばペーパーシャッフル。結果は知っての通り、Cクラスの勝利です。

 それも、お互いに卑怯なしの真剣勝負における勝利。

 この勝負でCとDにわかりやすい実力の差が露呈しまったことは言うまでもありません」

 

「だから、この状況を変えようとするDクラスの生徒は行動に移すっていう推測?」

 

「ええ。しかし、それだけでは今回の説明には不十分です。今のはあくまで可能性。今日あなたが僕に接触した理由が本当の好意を持ってくれた、その可能性だって否定できない。あのアピールだって僕を確実に誘うための可能性だって万一にありますから」

 

 表情を変えることなく、淡々と述べていくカムクラくん。

 やはり、私の分析通り。いや、それ以上の凄い人だった。

 こんな人が敵では勝ち目が薄いのは致し方ないと言わざるを得ない。

 

「私、君に気があるよ」

 

 私は口元を柔和に歪めてみせる。

 

「それはどうも。でもそれ以外の気持ちもあるでしょう? 

 例えば、────『野心』でしょうか」

 

 ビクリと大袈裟に身体が揺れてしまう。

 蛇に睨まれた蛙とは、こういうことかと実際に体験して理解させられる。

 証明写真のような硬い表情は依然として変わらず、赤い瞳がこちらを見つめてくる。

 内心の全てを見透かされている気分だ。

 

「僕に好意がある行動を見せたのは、その野心を満たすための途中手段。

 しかし、その程度の演技で僕を騙せると思ったのですか? 自惚れが過ぎますね」

 

「自惚れじゃないよ。私としてはバレても問題なかったんだ。むしろ、バレる前提で行動したよ。君の能力の高さはしっているからね。

 それに、この行動をすることで私が普段の学校生活じゃ手を抜いているってことを知って欲しかったのもあるね。

 嘘や偽りをなしにありのままの私がどんな人間かを知ってもらうことこそ、最優の手段だと思わない?」

 

「だから、カラオケのような誰にも会話を聞かれない個室ですか。

 確かに有効な手段であることは認めましょう。その行動力の高さとあなたが実力を隠しているという事実もね。

 ですが、それだけでは『協力者』とは認められません。実際にあなたが僕に与える利益、それの具体性が見えません」

 

 具体性。つまり、私がどのようにカムクラくんに協力して利益を与えるか。

 もちろん、答えは用意している。

 

「私はDクラスの中でも高い地位にいる。だからDクラスの情報を横流しにすることが出来るよ。

 この学校において情報は重要でしょ? 相手より多くの情報を得ていることはそのまま特別試験の勝率に繋がる。

 どう? すっごいメリットじゃない?」

 

 自分の得意なこと、出来ることは把握している。

 本来の実力を抑えながら高い地位をキープをして、クラス内の情報をある程度知っておく。

 たとえDクラスに劇的な変化があったとして、それが良い方向でも悪い方向でも高い地位のままシフト出来る信頼と地位こそが、今の私がアピールできる部分だ。

 だからこそ、私は自信を持って答えた。

 しかし、

 

 

「────ツマラナイ。やはり、期待するだけ損でしたか」

 

 

 彼は失望を顕にした。

 私はその発言に思わず目を大きく見開いてしまう。

 

「僕の答えはそんなにあなたの予想外ですか? 普段は実力を隠しているような発言と言い、あなたは随分と自信家のようですね」

 

 軽蔑するような冷めた眼差しに私は怯んでしまう。

 だが、ここで引き下がる訳には行かないので気を強く持ち直す。

 

「……どうして? 私の案には十分なメリットがあると思う。何が君を納得させないの?」

 

「確かにメリットは十分あります。情報の重要性も正しく理解しているでしょう。しかし、その役は既に埋まっている(・・・・・・・・)

 

「……既に埋まっている? ……!! それってつまり、Dクラスにスパイがいるってことなの!?」

 

 彼の言葉を素早く理解した私は思わず立ち上がりそうになるくらいに驚愕した。

 

「何ですか? クラス内の情報を横流しできるような事を言いながらそんなことも理解してなかったのですか?」

 

「……!!」

 

 カムクラくんの煽りに苛立ちが生まれるが、手を強く握り締め我慢する。

 Dクラスには既に裏切り者がいて、その人がCクラスに内部の情報を与えていた。

 それが真実ならいくつか辻褄が合うことがある。

 例えば体育祭。

 DクラスはCクラスに尽く苦しめられていた。その際、クラスの中から対戦表が流出したと噂があったが、それは高円寺くんのとある発言によって否定された。

 その後堀北さんと平田くんがクラスを団結させていたことは記憶している。

 その時は裏切り者の噂がDクラスを混乱させるための龍園くんの策だということで話は終わっていた。

 

 しかし、もしあの話が全て嘘であれば。

 

 裏切り者がいるという事実に堀北さんたちが口を合わせていたとしたら。

 彼女たちは皆を混乱させないために嘘でクラスを守ったことになる。

 矛盾はない。信憑性もある。

 あの時から今日の地点まで裏切り者がいるならばDクラスが常に苦戦を強いられるはずだ。

 だが、私は1つ疑問に思う。

 

「ねぇ、おかしいんじゃない? もしDクラスに裏切り者がいるならば、何で龍園くんは隠れた策士探しなんてしているの? その裏切り者を潜伏させていればその人はいずれわかるんじゃないの?」

 

 もし本当に裏切り者がいるなら、龍園くんが隠れた策士の正体を知っていてもおかしくないはずだ。

 にもかかわらずCクラスによるDクラスへの嫌がらせは続いている。

 仮に隠れた策士が巧妙に姿を隠していたとしても、体育祭時点からいる裏切り者に対してあの龍園くんが何もしていないのは何故だ? 

 私の聞いた話では彼は結果を何より優先する人間、結果を出せない裏切り者を何度も使うとは思えない。

 

「さぁ、どうでしょうね。もしかすると彼はとっくにXの正体に気付いて遊んでいるかもしれないし、はたまた本当に気付いてなくゲーム感覚で探すことを楽しんでいるのかもしれません。

 まぁ何にしろ、現状あなたが僕にとって必要のない存在ということは変わらない事実です」

 

 真面目に答える気は無いようだ。そして彼は立ち上がり、スクールバッグへと手を伸ばした。

 どうやら私への興味は失せてしまったようだ。

 しかし、諦めきれない。裏切り者がいるならば、ただでさえ低いDクラスの勝率は0だ。

 そうなればDクラスは上に行けない。行けなければ、理想の就職先も進学も手に入らないことになる。

 それは────嫌だ。

 

「待ってカムクラくん! 私、そのXに心当たりがある!!」

 

 その言葉にカムクラくんの動きが止まる。

 

「その発言は少し予想外ですね。それで、その心当たりがある人物は誰ですか?」

 

 一瞥に怯みかけるが、私はゆっくりと口を動かす。

 

「あ、綾小路くんだよ。体育祭のリレーで目立ってた男子」

 

「その根拠は?」

 

「しょ、消去法だよ。目立つ生徒や頭が回らない生徒を一人一人消していったの! そして最後に実力を隠していた生徒っていうパーツを当てはめて彼が最も可能性が高いかなって……」

 

 必死に説得するように私はその情報を口にした。

 これで納得してくれなければもう打つ手はない。

 

「ふーん、確かに頭は回るようですね」

 

 しかし彼の表情は貫徹している。

 必死の説得にも一切変わらない彼の表情に私は今日1番の恐怖を覚えた。

 と、同時にまたしても疑問が浮かんでしまう。

 

「……ねぇ、その反応。まるで最初っからわかってたみたいなその反応! もしかしてカムクラくん、Xの正体を知っているの!?」

 

 恐怖から逃げたい気持ちと会話によって生じた僅かな怒りによって声を荒らげてしまう。

 

「さぁ。ですが、そうですね。その答えと反応に免じて、今回の相談は『保留』としておきましょう」

 

 その言葉を最後に彼はカラオケルームを出ていってしまう。

 交渉失敗だ。

 その答えに反省する気が失せるほどに現実逃避に勤しんでしまった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。