松下さんとの会話を終えた翌日の放課後。
自席に座りながら何気なしに時計を見れば16時が差し迫っていた。
「まったく、今日は視線が多い」
僕は周囲から突き刺さる視線に鬱陶しさを感じていた。
原因は言うまでもなく、松下さんとの会話。
閉鎖的なこの学校において、たくさんの学生が利用するケヤキモールを少しでも移動すれば生活を曝け出していることに等しい。
情報が広まることは必然だったわけです。
加えて、クリスマス間近のこの時期に男女二人が歩いているという条件がここまで噂を爆発的に広げている。
「カムクラさーん。ちょっといいですか?」
こんな面倒極まりない状況の中で、クラスメイトの園田くんが机の前で歩みを止める。
彼は1人で現れたが、周囲では幾人もの男女が僕たちを目くじらを立てるかのように観察し、同時に聞き耳を立てていた。
誤解を解く良い機会なので、僕は彼の訪問を受け入れる。
「昨日、Dクラスの松下さんと遊んでましたよね?
その事でいくつか聞きたいことがあるんで、いくつか質問いいっすか?」
僕と会話するクラスメイトは基本的に一歩引いていることが多いが、園田くんは体育祭で話す機会が多々あったため、敬語ではあるがフラットに接してくる。
学校でも顔を合わせれば彼の方から話しかけてくるくらいだ。
その理由こそ、彼が反龍園くん派の人間であり、僕の方がリーダーにふさわしいと未だ思っているからだが。
「構いません」
「ありがとうございます。それじゃあ早速ぶっちゃけた質問を。
カムクラさんって松下さんに気あります?」
「ありません」
否定すれば、周囲にいくつか変化が現れた。
僕の反応に落胆する、歓喜する、楽しく考察し始める。
どれも鬱陶しい。
「昨日は何をしていたんですか?」
「ツマラナイ話ですよ」
「そ、そうっすか。……告白とかってされました?」
「されていません。以上ですか?」
「……じゃあ、最後に一つだけ。昨日の遊びはどっちから誘ったのですか? どんな感じで誘われたかも答えて欲しいです」
「彼女からです。もっとも、誘いというよりは律儀に約束を守ってくれたというのが正しいでしょうが」
「約束!? そ、それってどんな?」
「質問は先程のものが最後なのでは?」
園田くんが暴走気味に追及してきたので、僕は目を細めて彼を見返す。
彼は僕の機嫌を損ねたと勘違いして、すぐに落ち着きを取り戻した。
「……じゃあ、駆け込み恋愛ってわけじゃないんですね」
「ええ。そんなに気になりましたか?」
「そりゃ、そうでしょ! カムクラさんは伊吹さんや椎名さんのどっちかだと思ったのに第三勢力が現れたんですよ。話題になりますって!」
「くだらない話題ですね。誰が誰に好意を抱こうと関係ないでしょう」
「いやいや、そのくだらないのが面白いんですって!」
園田くんは両手を握りながら力説してくる。
一般的にオモシロイと判断される話題になることは理解しているが、僕からすればくだらない。
「あっ、もうこんな時間だ。俺部活あるんで失礼します。
今度、その約束についても教えてくださいね!」
「気が向いたらそうしましょう」
話を膨らませる才能を使用していないにもかかわらず、終始陽気な雰囲気だった園田くん。
龍園くんがいる前では怯えて口数が減るが、素の性格はこちらのようだ。
「よう、女誑し」
園田くんと代わるように僕を引き留める声の主は龍園くん。
ニヤニヤと笑うことから、先程の会話は全て聞いていたと考えられる。
「昨日言っていたナンパは成功したようだな」
「ナンパしたではなく、ナンパされたの方が正しいです」
「クク、なら松下は見る目がないな。お前のどこに惹かれたんだか」
息を吐くように罵倒する龍園くんはケラケラと愉快気に笑う。
「それで、約束ってのは何だ? 松下とデートの約束でもしていたのか?」
「……正確にはもう一度会ってメールを交換しようという約束です。松下さんと佐藤さんに探りを入れた日に約束しました」
「なるほどな。その日にお前に惚れたってわけか」
「いいえ。彼女は僕に恋愛感情を持っていません。
どちらかというと、交流関係を深めるための約束でした」
「ほぉ。なら松下はどうして交流関係を深めようとしたかという疑問が湧くな」
「簡単な話です。僕に近付き、おこぼれを貰おうとしていた。
この前のペーパーシャッフルでDクラスがAクラスに上がることに期待できなくなったからですよ。
だから自分なりにAクラスに上がる方法を考え、僕という存在に目を付けた」
「小賢しい。が、どんな手段でも『勝つ』ことを諦めない人間は嫌いじゃない。Dクラスにもまだそんな奴がいるとはな」
彼は言い終えると僕の前の席、すなわち伊吹さんの席に足を組んで腰掛ける。
「松下は見てくれも悪くなかった。Dクラスを潰した後、俺の女にしてもいいかもな」
「僕の見立てだと、彼女は異性に高いスペックを求めるタイプですよ。残念ながらあなたでは振られるでしょう」
「クク、そういう女を屈服させることが最高に楽しんだよ」
「予想通り、あなたらしいですね。ツマラナイ」
「ぬかせ、不能野郎」
刺したら刺し返す。
彼との言葉の応酬はもう慣れたものだ。
「で、今日は何の用ですか?」
「用がなきゃ話しかけちゃいけないのか?」
「質問に質問で返さないでください」
僕は語気を強めて言った。
彼は仕方なさそうに話を進める。
「クク、用は特にねぇよ。強いて言うならお前を揶揄いに来たくらいだ」
「暇人ですね、あなた」
「馬鹿言うな。俺はこの後Xを探すという仕事があんだよ。暇なわけあるか」
どうせ、舎弟たちに丸投げするくせによく言う。
「僕の仕事は?」
「ない。てめぇで探せ」
「つまりは自由にしていいと?」
「必ず利益を持ってくるという条件つきだがな」
「ならば、一つ提案があります」
僕は人差し指を立てて彼に示す。
そして、その提案を告げた。
龍園くんは思いがけない提案に少し考えてから答えを出す。
「……はっ、なるほどな。確かにその提案は悪くない。
遅かれ早かれ接触する予定だったが、お前がその方面を受け持つならこの段階で動いていい。お前以上に適任もいないだろうしな」
「あなたの獲物を一つ奪うことになる可能性がありますが?」
「そこは許してやる。だが、本当に可能なのか?」
「さぁ、運次第でしょう。ですが────」
「────幸運の才能があるから大丈夫ってか? クク、つくづくふざけた野郎だなお前は」
微笑とともに呆れた様子を見せる龍園くん。
そのまま立ち上がり、携帯を取り出した。
素早く操作して文字を打つ。大方、X関係だろう。
「話を持ち出すならXを仕留めてからだ。それまでに少しでも成功確率を上げておけ」
「ええ。君の計画を達成するために、僕も本格的に動きましょう」
この言葉を最後に龍園くんは立ち、教室の出口へと歩いていった。
僕も立ち上がり、彼の計画のために今日の予定を組みなおす。
僕はある人物を訪ねるために他クラスへ向かった。
────────────
移動を終えた僕は開いたドアから他クラスの教室を眺める。
そこには、何人かの生徒たちがホワイトボードなどの道具の手入れ、教卓や40ある机と椅子の位置調整といった教室内の軽い清掃を行っていた。
そのクラスはBクラス。
この学校は国が運営しているだけあって、教室内の清掃は用務員によって行われる。
つまり、カリキュラムの中には学生による清掃は存在しない。
にもかかわらず、自主的に掃除を行っている。
自分たちで使う教室だから自分たちで掃除する、そう言った心掛けが反映されているのでしょう。
「あれれ、珍しいお客さんだね。誰かを探しているの?」
出入り口の扉から眺めていればすぐに気付かれる。
僕は良く手入れされた桃色の長髪と豊満なスタイルが特徴的な女子生徒に声を掛けられた。
「ええ。あなたを探していました……一之瀬さん」
一之瀬帆波。
Bクラスのリーダーであり、学校中の人気者と呼べる生徒だ。
その性格はまさに善人の具現化。
誰にでも優しく、困った人には手を差し伸べる物語の主人公のような存在。
「おお、私に用事か。今話題のお人からのご指名とは何だか照れますな~」
一之瀬さんはニヤニヤと意地の悪い笑顔を見せる。
話題とは当然、昨日の件だ。
「そのくだりはもうしたのでツマラナイです」
「あはは、だろうね~。それでそれで、実際の所は?」
「何もありませんよ」
素っ気なく返答した僕はそのまま本題に移ろうとするが、とある女子が目に入った。
クリーナーを持ち、ホワイトボードの前に立つ薄緑の髪色をした女子。
ボブヘアーと桜の髪留めは特徴的だが、いささか存在感が薄い生徒だ。
「白波千尋ですか」
僕が名前を言うと、彼女はビクリと肩を揺らす。
すぐにその異変を感じ取った一之瀬さんは白波さんに向ける僕の視線を遮るように立ち位置を変える。
「念のため言っておくけど────」
「────全て理解しています」
僕が真っすぐ一之瀬さんの瞳を見つめれば、彼女は篤実な顔付をやめる。
「白波千尋。そのままの状態でいいので聞いてください」
依然として彼女は一之瀬さんによって見えない。
だが、未だ僕を怖がる彼女には好都合だ。
僕は会話に関係する才能を使わずに口を開く。
「まずは、無人島試験においてあなたの精神を追い詰めたことに謝罪を。
僕は特別試験で勝利することを第一に考えたためにあなたを脅す形で利用しました。
勝負の世界の話なので、これが間違った選択だとは思っていません。
しかしあなたに恐怖を与えた結果、男性恐怖症を患わせてしまったことについては申し訳ないと思っています。
許してくれとは言いません。むしろ許さなくていいです。あなたからすれば僕は憎くて怖い人間のままでしょうから」
簡潔、かつありのままの気持ちを言葉に乗せたつもりで僕は謝罪を終えた。
返答はない。
今更ながらの謝罪に対しての困惑、思い返される無人島試験による嫌悪、そして僕への恐怖。
思考はぐちゃぐちゃだろう。
一之瀬さんは僕に背を向け、白波さんの様子を窺う。
「……千尋ちゃん。カムクラくんはもっと前から謝ろうとしていたんだ。でも、千尋ちゃんの心境を考えて謝罪を遅らせるように私と神崎くんでお願いしたの。
まだカムクラくんのこと許せない気持ちもあると思うけど、彼の気持ちが嘘じゃないってことは私が保証するから……」
「……大丈夫です。一之瀬さん」
白波さんは弱弱しくも返答する。
そしてすたすたとこちらに近寄り、一之瀬さんの後ろに立ちながら僕を腕の隙間から覗いた。
「あ、あなたのことはまだ許せないというか、き、気持ちが整理できないというか。
……とにかくまだ結論は出せません。で、でも、あなただけ謝って私が何も言わないのはズ、ズルいと思いました。
だから、今日謝ってくれたことは、その……ありがとうございます」
白波さんには恐怖によるドモリがあった。
しかしその状態でも、恐怖に立ち向かいながら言葉を返したことを僕は称賛する。
「凄いな2人とも」
一之瀬さんはなぜか僕を含めて感心していた。
「何がですか?」
「二人とも勇気があるなって。トラウマに立ち向かえる千尋ちゃんも、自分の間違いを見つめ直せるカムクラくんも」
自虐的な口振りで告げる一之瀬さん。
下がった声のトーンからは重い感情が乗っていることが窺えた。
しかし、すぐににこりと笑顔を見せる。
「ごめんね、ちょっと辛気臭い雰囲気にしちゃった。
それよりここを訪ねた本題に戻ろうよカムクラくん」
白波さんの表情には心配が浮き出ていた。
それもそのはず、彼女が本調子でないことは丸分かりだ。
「そうしましょうか。しかし、念のため言っておきましょう。
一之瀬さん、僕ならばあなたの心の蟠りを解いてあげることは出来ますよ」
「え?」
「何を驚いているのですか? 僕はカウンセリングの才能だって持っています。
あなたの悩みくらいすぐに解決して見せますよ。
もっとも、体育祭で作った貸しはなかったことにしてもらいますが」
体育祭で作った貸しとは借り物競走における彼女の協力への見返りのことだ。
「あはは、結構現金というか……」
「当然です。僕への貸しはそれほど有用なんですよ。
もっと効果的な場で使うことをお勧めしますが、もしあなたがどうしてもというのならばここで消費してメンタルを完璧にしてあげましょう」
僕は急かすように早口で説明した。
「な、なら遠慮しておくよ」
「なら、さっさと立ち直ってください。あなたを心配する人はたくさんいるのですから」
視線を白波さんに向ければ彼女も追う。
そして気付き、力ない笑みを止めて微笑が口角に浮かぶ。
「……カムクラくんって、結構意地悪だよね」
善人ともてはやされることが多い彼女だが、それでもその内面は完璧な善人になりきれない。
彼女にも心があり、後ろめたい過去だってある。
誰にも相談できない闇が彼女の心を蝕んでいることは、それなりに会話してきたので分析できている。
僕がその闇を取り払うことは簡単だ。
だが、それでは彼女の成長に繋がらないからツマラナイ。
だから今は、彼女を心配する白波さんの表情を見せることで気持ちを奮い立たせた。
他者との交流を好む彼女にとって、友人を心配させないために行動する事は心の迷いを一時的に振り切れる。
応急処置にしては十分だ。
「気のせいでしょう」
一之瀬さんは苦笑した。
その後、明るい声で会話をはじめに戻す。
「それじゃぁ、本題に戻ろうか!
カムクラくんは何用でここに来たのかな!?」
表情に暗い部分はなくなり、はきはきとした通る声でそう言う一之瀬さん。
本調子に戻ったようですが、これはこれで鬱陶しいですね。
「生徒会について聞きたいことがありました。生徒会に入る、あるいは体験入部するためにはどうすればいいのですか?」
僕の用件とは、生徒会について。
特に、入るためにすることを一年唯一の生徒会役員である一之瀬さんの口から聞きたかった。
「……それだけ? それなら先生に聞いた方が早いと思うんだけど」
「あなたに聞いた方が融通が利くと思ったから聞いているのですよ。
それで、どうなんですか?」
「……えーっと、体験入部は生徒会長に聞かなきゃ分からないけど……生徒会入部は志望した後、生徒会長との面談を合格すれば入ることが出来るよ。
でも面談と言ってもただの面談じゃないのがミソ!」
「つまり、南雲雅に話を通せばいいのですね。なら、これで僕は失礼します」
質問の答えを得た僕は背を向けた。
この学校の生徒会は大きな権力を持っている。
例えば、元生徒会長である堀北学は終わったばかりの他学年の特別試験の結果を詳しく知ることが出来ていた。
このような立場ある場所に所属するための条件は基本的に重い。
てっきり、生徒会に入るためには生徒会に所属する生徒からの推薦や学年トップの成績などの肩書でも必要かと思っていた。
が、どうやら当てが外れたらしい。
「え、ええ!? もう帰っちゃうの? 本当にそれだけ?」
「ええ。僕の質問はこれで終わりですから」
用件を済ませた以上、この場に滞在する理由はない。
僕は昇降口に向けて歩き出した。
「相変わらずだなぁ~。……またね、カムクラくん!」
一之瀬さんは冷たい態度を取った僕を悪意を全く感じさせない元気な声で見送る。
相変わらずというのはこちらのセリフですね。
彼女の度を越えたお人よしは相変わらず健在だ。
「また会いましょう」
背を向けたまま僕はそう言う。
きっと、彼女は手を振って見送っているのだろう。
僕は足早に廊下を進み、校門まで止まることなく歩いて行った。
一之瀬さんと別れた僕は特に変わったことなく校門にまで到着した。
そのまま校門を通過して寮まで一気に帰宅しようと思ったが、丁度その時携帯がメールを受信した。
僕は通行の邪魔にならないように校門の端に移動してメールを確認した。
差出人は一之瀬さん。
内容は生徒会に入るための詳しい過程が記された長文メッセージ。
頼んでいないのに、わざわざ送ってくれた彼女は世話焼きだと思った。
適当に返信した後、僕は校舎を眺めた。
希望ヶ峰学園に負けず劣らず立派な校舎。
自分がここに通っている一生徒であることを思えば、奇妙な話という感想が浮かぶ。
何気ない日常。
それは衣食住が保障され、ポイントという金融資産を自由に扱えた何不自由ない今のような生活。
友人と呼べる存在が現れ、未知を探すという目的を持てた。
僕の視界はモノクロの世界に色がついたような劇的な変化が起こり始めている。
生まれてから波乱に飲まれ続けていたが、今になって平和というものに触れられた。
だから、僕は己に生じた変化を感じられ、受け入れていた。
だが、平和とはいつだって争いの前触れに過ぎない。
校舎を眺めていれば、見るからに高価なスーツを身に纏った政治家のような男が校門に歩いてきた。
妙に貫禄がある40代の男。
一職員には到底見えない。
男は僕に視線を一瞬寄せると、ピタリと足を止めた。
「……君は」
男は訝しむ。
研ぎ澄まされた刃のような鋭い目は僕をしっかりと捉えている。
人によっては、この力強い瞳に心の憶測まで見抜いていそうな感覚に陥るかもしれない。
しかし、僕はそれを真正面から受け止める。
厳粛な雰囲気が広がった。
男は何も言葉を返さずに睨み続ける。
睨みはさらに鋭くなり、こちらの出方を窺ってくる。
しかし、異変が起きた。
「……うっ」
互いに視線で牽制して数秒経過した時だった。
突如、男が呻き声を上げ、右手で頭を抑えたのだ。
そして、
「────私は、君を知っている?」
疑問形でそう告げた。
予想外な言葉についついオモシロイと感じてしまうが、男の様子から見て緊急事態を想定する。
僕はこの男を知らない。しかし、男は僕を知っている可能性がある。
「……君の名前を聞いてもいいか?」
痛みが収まると、男はネクタイを片手で軽く締め直してから僕に聞く。
「カムクライズル」
男は目を見開いた。
続くように頭痛が走ったのか、再び頭に手を当てた。
しかしそれは一瞬だった。すぐに獲物を片時も見逃さない勢いで僕を凝視する。
極寒地のような凍てついた瞳に活力が戻っていく。
マグマのように煮え滾る力強い眼光が僕を捉えていた。
「……俺は、なぜ貴様の存在を今の今まで忘れていたんだろうな。
忌々しい。ああ、忌々しいぞ。────『偽り』の天才め」
男は嫌悪や嫉妬といった悪感情を言葉に乗せて告げる。
殺意すら籠ったその目は並ならぬ想いがあることが分析できる。
「だが、これで清隆の言っていたことも納得した。
……覚えておけ。ホワイトルームは決して、お前たちのような教育を施してない。
私はお前たちの結論を認めるつもりはない」
「ホワイトルーム?」
勝手に進める男の話はこちらに説明する気はない。
その中で特に記憶に引っ掛からない単語があったので僕はつい反応する。
しかし、他にも言及したい言葉がある。
清隆。
会話の脈絡から見ても人の名前なのは間違いない。
男はこの学園の訪問者であるため、清隆という名前の人間はこの学園に関係する人物であることも間違いない。
そして僕は綾小路 清隆という生徒を知っている。
「……先生」
僕が問い詰めようとした矢先、第三者が介入してくる。
介入者はスーツを着こなした若い男。
ボディーガードとも見えるし、執事とも見える。
男性は校門前に止まらせた黒いリムジンの運転席前に姿勢よく立っていた。
「時間か」
男は腕時計を見て告げる。
強圧的な雰囲気や仕草、部下から予測すると、この男は強い権力を持っている。
それも息を吸うが如く使い慣れているだろう。
用事が立て込んでいても不思議ではない。
「どこへ行く気ですか? まだ、僕はあなたに質問があります」
この場から離脱しようとする男を逃がさないために僕は1歩詰める。
しかしすぐに、第三者の男性が男を守るように立ちはだかる。
「申し訳ありませんが、先生は多忙の身です。学生とお話している時間はございません」
「話しかけてきたのはその男ですが?」
「それでも時間は時間です」
ボディーガードの男性は笑みを見せるが、表情の真意は超分析力にも映らない。
気配の強弱を感じさせず、表情や立ち振る舞い、声色から心情を判断させない。
これは、プロの技術だ。
そしてその技術を持つ男に先生と呼ばせるスーツの男は何者か。
疑問が尽きない。
「さらばだ。
男は強い口調とともにこの場を立ち去っていく。
そのままリムジンの後部座席へと吸い込まれるように消えていった。
リムジンは走り出し、あとも濁さず走り去っていく。
「やれやれ、ですね」
木枯らしが吹くような珍しい出来事にいつもなら喜んでいたが、僕は今少し面倒に感じていた。
理由は2つ。
1つは男を逃がしたこと。
この世界についての手がかりを知れたかもしれない。
だが、これは正直どうでもいい。
問題なのは2つ目。
この状況を監視されていること。
正確には僕ではなくあの男だろうが、話した僕も対象なのだろう。
僕は視線を感じる先に勢いよく身体を向けた。
視界に映るはある教室。空き教室だ。
東棟の3階にあり、左右から2枚のカーテンが下ろされている。
しかし、よく見ると僅かに隙間が空いていた。そして、見られたくないものを遮るように勢いよくカーテンが閉じられる。
左右同時に締められるカーテン。監視者は2人以上とみていい。
「……ここからでは間に合いませんか」
僕は全力疾走の準備をするために脚に力を込めながら、目的地までの距離を逆算、そして最短ルートを計算する。
しかし、流石に距離がありすぎる。パルクールの才能を用いれば7秒以内に到着するだろうが、そこから監視カメラだらけの校内で鬼ごっことなればマイナス評価を受けることは確定だ。
結論、現状は諦めるしかない。
「まぁ、予想の出来ない未来になることを期待しましょう」
不安を催す出来事だったが、これが僕の知りえない未来に繋がってくるならば受け身で構わない。
僕は校舎に背を向け、帰宅した。
矛盾有即修正。