冬休みまであと少しとなった金曜日。
いくつかの授業は早めにカリキュラムが終了し、応用問題やその授業に沿ったレクリエーションのような遊びに近いものが増えてきた。
冬休みは一月もないが、長期休暇は学生たちの最も欲するものだ。
休み時間は冬休みに何をするかという話題が尽きない。
例えば現在の昼休みの話題は、
「ねぇ、カムクラくん。本当に松下さんとは何もなかったの? 25日にデートするみたいなさぁ~」
色恋。クリスマスイブ、クリスマスに異性と過ごすことが彼ら学生たちにとってポップな話である事は言うまでもないだろう。
「矢島さん、もうこの話は三度目なのでツマラナイのですが」
「ええ~、じゃあさ、24、25日は予定あるの?」
「ありませんよ」
楽しそうに会話する彼女を適当にあしらいながら僕は昼食をとる。
今話しているクラスメイトは矢島 麻里子。
陸上部に所属している女子生徒であり、その運動神経はCクラス女子の中でもトップクラスを誇っている。
性格は陽気。容姿とともに絵に描いたようなスポーツ少女だ。
昼休みに僕が一人で食事をしていると、こうやって月に2、3回絡んでくることがある。
体育祭において、その練習期間で話す機会が増えた彼女は既に僕に恐怖を持っておらず、気さくに話しかけてくれる。
未だに龍園くんより僕の方をリーダーにふさわしいと思っている傾向はこのクラスでは珍しい。
「へえ~、フリーなんだ。どう、出会いが欲しくない?」
「欲しくありません」
僕がそう告げれば、彼女はやっぱりかぁと笑って言う。
「出会いを求めて陸上部に入ってくれれば私が先輩を紹介するのになぁ~」
「陸上部に入ることは何度も断りましたが?」
「いやいや、カムクラくんほどの逸材を簡単に手放せるわけないじゃん! だから体験入部だけでもさ!」
「体験入部も却下です。面倒な付き合いが増えるだけでしょうから」
雑談がてらこのように毎回勧誘してくるのははっきり言って面倒くさい。
が、他のCクラスの生徒のようにおどおどとした態度を見せないので貴重な存在と言える。
「そういわずにさ~」
机に両手を置き、前かがみで顔を近づけてくる矢島さん。
発達途中の身体とは言え女性。僕の座高的に視線には彼女の首回りが映る。
Yシャツの第一ボタンは空いているが、第二ボタン部分に学校指定のリボンを取り付けているため、この姿勢でも胸元は露にならない。
が、少々油断した格好だ。
僕は鬱陶しく感じてきた彼女を本格的に追い払おうと考えたが、その矢先、彼女の首根っこが引かれる。
「麻里子……またやってんの?」
呆れた表情の女子生徒はクラスメイトの木下 美野里。
矢島さんと同じ陸上部で、彼女もまた陽気なスポーツ少女だ。
「何よ美野里。勧誘はいくらやってもいいでしょ」
「話しかけるたびに勧誘される方の身にもなってみろ。カムクラさん困ってるだろ」
木下さんは矢島さんの首根っこから手を放してそう言い放つ。
反論の余地がないのか、矢島さんはあははと頭を擦りながら笑って自分の非を誤魔化そうとする。
しかしその対応に慣れているため、木下さんはため息の後、追及を止めて自分の用事に移る。
「はいこれ。先輩が言ってた必要な書類」
「おお! ありがとう。手間省けた!」
渡したものは一枚の紙。
わずかに見えた文字から察するに、冬休みの合宿についての書類のようだ。
僕は気になったことがあるので質問する。
「合宿は遠出するのですか?」
「あっ、は、はい。大会が他県の会場で三日間行われるからバスで行きます」
ドモリながら答える木下さん。
彼女のような対応が僕への普通の態度だ。
龍園くんの右腕と称され、理解不能な行動をする変人。
会話は成立するが、一枚壁のある余所余所しい話し方が普通なのだ。
「その合宿では、観光などができる自由時間は存在するのですか?」
「ないと思うよ。夏に一回合宿行ったけどその時は外部との接触を殆ど隔たれたからね~」
矢島さんが素早く答え、木下さんも首を縦に振る。
「具体的にどれくらい厳しかったですか?」
「う~ん、本当に最低限の接触しかない。試合の合間に他校の生徒と話せるくらいであとは全部学校関係者によって引き離されちゃう感じかな。
私たちだけ常にVIP対応されているみたいな」
「自由時間は宿泊地の敷地内でのみ。外との接触はまぁ……抜け出そうとすれば一分くらいは抜けれるって感じでした。
後、外にいるときは携帯を没収されるから連絡手段は皆無です。本当に徹底的に情報統制していました」
「だったね~。他校の人とお話も少ししかできない上に、携帯も触れないし、後暑かった。結構地獄だったなぁ~」
それぞれが具体的に学校外に出たことを教えてくれる。
そしてこの情報から分かったことは、
「……学校は徹底して外部の人間との接触を避けている」
入学当初、外部との接触は難しいと言っていたが、本当に徹底している。
その理由はこの学校の特殊すぎる運営を漏らさないためと考えれば、確かに合点がいく。
しかし、しかしだ。
先日会ったあの男は外部の人間に間違いない。
この学校の作業員が着る服ではなく、非常に高価な素材で作られていたスーツ。
この学校では一度も見たことがない上にリムジンで学校外へ行っていたことから確定だろう。
つまり、内側からの接触は不可能に近くても、外側からの接触はまだ可能性があるということだろうか。
そしてあの男の発言を加味すれば、綾小路 清隆の関係者であることは明白。
親族やその類であれば接触できるのか。それともあの男が特別だったのか。
「……カムクラさん?」
思考に集中した僕に木下さんが声を掛ける。
「失礼。少々面倒事を思いだしていました」
「面倒事?」
「あなたには関係ない事です」
「す、すみません」
別に謝罪しなくてもいい、そう言ってもどうせ態度が変わらないことは真鍋さんで検証済みだ。
木下さんが態度を変えなければ無理なので僕はこれ以上何かを言う必要はない。
「有意義な情報を感謝します。そろそろ次の授業が始まるので準備した方が良いですよ」
丁度良く昼休み終了の予鈴がなると、彼女たちは自席に戻っていく。
軽く見送った後、僕も次の授業の準備を始めた。
──────
下校を終え、寮の前に到着した。
僕は自室に一直線に向かい、綺麗に片付いた自室に吸い込まれるように入っていく。
靴を脱ぎ、消臭を済ませてスクールバッグを所定の位置に置く。
湯沸かしのポットに電源を入れ、部屋着に着替えながら今日の夕飯を考えていくまでの流れは慣れた作業。
ツマルツマラナイの問題ではない。
「……明日はカップラーメンでも食べてみますか」
冷蔵庫から今日作る夕飯の材料を取り出すと、食材のストックが切れ始めたことに気付く。
明日は土曜日で何も予定のない休日であるためわざわざ外に出る気分ではない。
だから今日の夕飯は多めに作り、明日の分まで用意する。
しかし、明日の夕飯の分までは足りない。
よって、楽に用意でき、気分転換も兼ねれる久しぶりのカップラーメンだ。
そんなことを考えていると、インターフォンが反応を示す。
鶏肉の下処理とみそ汁と野菜炒めに使う野菜のカットを同時進行で進めていた手を止めてそちらに向かう。
「一階からですか?」
もしクラスメイトが訪れるなら直接玄関のチャイムを押すはずだ。
訪問者が気になったため、居留守を使うことなく確認しに行くと、意外な顔がそこにあった。
「こんにちは、カムクラくんの部屋で合っていますか?」
僕は素早く応答する。
「合っていますよ」
「おお、良かった! 今って時間大丈夫かな? 少しお話したいことがあるんだよね~」
「構いませんよ。部屋でお待ちしています」
「ありがとう!」
僕はオートロックを解除して彼女、櫛田桔梗を寮に招き入れる。
同じ寮であるため彼女もロックは外せるが、ついでだ。
そしてついでのついでに紅茶も準備してあげましょう。
僕は沸騰したばかりのお湯をカップに注ぎ、カップ全体を温める。その間に少し値が張った紅茶のバッグ(龍園くんに払わせた)を用意する。
程なくすると、玄関のチャイムが鳴らされた。
「立ち話も何なので上がってください」
「お気遣いありがとう!」
彼女を部屋に招き入れ、適当に座るように指示する。
彼女は靴を丁寧に揃え、部屋を審査するように見た後に行儀よく椅子へ座った。
その間にカップを温めるために注いだお湯を捨て、再度新しくお湯を注ぎ、微粉を落としたティーバッグも投入する。
そしてその作業を二つのカップに行った後、適当な皿をカップの上に置いて蒸す。
「それで何の用ですか、櫛田桔梗」
僕はキッチンで夕飯の作業をしながら彼女に声を掛ける。
彼女は再度僕の部屋をきょろきょろと見回し、終えるととたんに座る姿勢を崩して応答した。
「かなり綺麗にしてんのね。カジュアルな雰囲気もいいんじゃないの?」
そう評価する櫛田さんから物腰の柔らかさは消えていた。
刺々しく淡々とした話し方。微笑ましさを表した唇は乱暴に歪み、大きく開かれていた可愛らしい目は切れ長に変わっていく。
これは学校中の人気者である櫛田桔梗ではなく、彼女本来の性格が出ているということだ。
「そのカーテンはアルベルトがパーティ用に買ってきたもので、その絨毯は龍園くんの趣味で、数あるクッションは伊吹さんや石崎くんが置いて行ってるものですよ」
「……何その残念賞の寄せ集めみたいな感じ。褒めて損した」
足を組み片手を机に靡かせながら座る櫛田さん。
自室の如く寛ぐ分には構わないが、こうもだらけた様子は少し目新しい。
しまいには、紅茶が出るまで僕の部屋を物色し始める。
「それで用だっけ? 言ったでしょ、話があるって」
机の引き出しを一段一段開けながら彼女は会話を続けていく。
「内容は二つ~。借金とあんたについてかな」
「僕について?」
借金とは、ペーパーシャッフルの時に発生した負債のことだ。
現在の借金額は40万pp、それなりの額を背負っている。
しかし、僕が気になったことは後者。
僕についてとは随分と漠然とした内容だ。
「何これ? ……ヘアピン?」
そんな中彼女は引き出しからあるものを見つける。
ガラス球をつまむようにもち、表裏念入りに見ていく。
それは戦闘機をモチーフにしたヘアピン。
この世界に入れられた時から所有していた僕の所持品。
何度捨てようと思っても捨てられなかった一品であり、封印するように勉強机に入れていたものだ。
「それには触らないでください」
トレイに二つのカップを乗せ、僕は彼女に近付きながら告げる。
既にティーバックを抜いた紅茶を勉強机に置き、彼女に飲むように促した。
「へぇ~、こんなのがあんたの大事なものなんだ」
僕はカップの載ったトレイをそのまま勉強机に置き、彼女からそのヘアピンを取り返す。
目立った傷がないことを確認すれば、元あった位置に戻した。
「何なのあのヘアピン? ちょっとくらいあんたのこと教えてよ」
「僕の過去を知ったところで何も面白くありませんよ」
「かもね。でも、私の性格知ってんだろ? あんたのことだから、自分の事なんて誰にも話したことないんだろ?」
嬉しそうに僕の秘密を教えろと問う櫛田さん。
なぜ嬉しそうなのか。それは紅茶を啜るこの少女が、承認欲求の怪物だからだ。
誰かに必要とされることを生きがいとして目立ったり、チヤホヤされることを生きることの一番に位置させている彼女にとって、“自分にだけ”教えてくれる秘密は頼られている証拠に他ならない。
つまり、誰にも語ったことのない僕の秘密は彼女にとって極上のご馳走に他ならない。
だが、当然教えるつもりはない。
「教えてよ、あんたのこと。それが今日私がここに来た目的の一つなんだから」
「なぜ僕に興味を? 僕はあなたを追い詰め、幾度か辛酸を舐めさせた人間です。
あなたにとって敵以外の何でもない」
「そうでもないよ。あんたが私を追い詰めたことはぜぇぇったい許さないけど、……それのおかげで私は色々なことを知れて成長できた」
鼻を鳴らしながら彼女はぶっきら棒に告げる。
成長。
彼女の精神は超高校級の絶望の才能を用いた威圧にも耐えるほど屈強になり、体育祭、ペーパーシャッフルを通じて己の欲求との向き合い方を知って自分を見つめ直せた。
事実、今も尚この僕に話しかけ、普通に会話できていることは成長の証と言っていい。
「感謝はしない。あんたが私にやったことはプラスマイナス……百歩譲って0くらいだからな。
でも、そんな奴でも、今の私を作った要因だ」
「それで?」
次の言葉は予想出来ているが、僕は食い入るように言う。
「知りたくなった。私を変えた奴がどんなやつか」
「あなたも十分知っているはずですよ。女子高生を脅すようなクズだと」
「ははっ、それは間違いないな。
でも、私が知りたいのはそこじゃない。そんな一性格じゃない」
「回りくどい。あなたが求めているものは己の承認欲求を満たす情報。つまり、僕の過去のような秘密です。
そして僕はあなたに何かを話すつもりはありません」
好奇心。知りたいという本能的な欲求。
同時に、彼女にとって承認欲求を満たすためのパーツになっている。
己を満たすために行動する彼女の思考プロセスは既に把握していた。
「まぁ、そう簡単に自分のこと話してくれるような奴ではないよな、あんたは。
じゃあさ、情報の交換ならどう? あんたは私の過去を知りたがっていた。私の過去何があったかを教える代わりに、私にあんたのことを教えてくれない?」
「お断りします」
僕は硬い意志を見せつける。
確かに彼女の過去は気になるが、それは僕の過去と同価値ではない。
こちらが損をすることに加担するつもりはない。
「なら────」
「────随分と、拘りますね?」
二度断られて食い下がる様子を見せない櫛田さんから話の主導権を奪い返すため、強気に言い返す。
しかし、僕の圧を鼻で笑ってさらに言葉を返す。
「女の子が男の子に見せる積極的な行動なんて誰でも分析できるでしょ?」
「ツマラナイ冗談ですね」
超分析力には好意なんてものは映らない。
承認欲求を満たすことが目的の彼女にとって、僕の秘密を知れれば大きな快楽を得れるかもしれないが、リスクが大きいことは承知のはず。
安全に自分の欲求を満たしたいだけならDクラスの生徒たちから聞けばいい。
僕である必要はない。
矛盾。彼女の行動に不可解な点が生じている。
仮に彼女が承認欲求以外で僕のことを知りたがるとすれば何がある。
僕は思考を加速させ、一つの結論に行きつく。
「誰かに僕のことを聞くように依頼されましたか?」
DクラスにいるXの捜索は龍園くんによって行われ続けている。
その対策を打つために、X、綾小路くんが情報収集しようとするなら納得はできる。
だが、それは愚策。
あれだけ隠したかった自分の手がかりを自らプレゼントしているに等しいからだ。
となれば、他の人物からの接触とも考えられる。
しかし、
「……はぁ? 何言ってんのあんた」
彼女はゆったりと椅子に座りながら呆れた様子を見せる。
その仕草に嘘は映らない。
すなわち、彼女は本当に誰の指示も受けていないのか、あるいは僕の超分析力を騙せるほどの演技を行ったことになる。
「あのさ、別に陰謀とかそういうのなんてないからね。
ただ単純にあんたのことを知りたいの。やましい理由とかじゃなくてさ」
裏の顔のまま彼女は芯のある声で告げていく。
それが彼女の正直な気持ちであることはすぐに分かった。
超分析力によって詐欺師の才能を使用しているかどうかはすぐに判明するからだ。
しかし、彼女は使用していない。
だからこそ、彼女がどうしてここにそのような話を持ち掛けたかの全貌が理解できない。
己の承認欲求を満たすことも目的の一つなのは間違いない。傲慢にも彼女は僕で欲求を満たそうとしている。
だが、やましい理由以外に目的があるとすれば、本当に僕と話したいということになる。
「なぜ僕と……」
僕はあらゆる可能性を考慮して思考する。
いくつか可能性が浮かんでくるがそれを言葉にするより早く櫛田さんは会話を続ける。
「だから! 打算的なことなんか考えてないってば! あっでも、あんたと仲良くなって借金を代払いしてくれると嬉しいかな」
裏表のない今の状態で彼女は楽しそうに笑って告げていた。
「……本当にただ僕と語り合いたいだけなんですね」
「ああ、さっきからそう言ってんだろ。私があんたを知らなきゃいくつか納得できないことがあんだよ。
あんたの才能や過去、あの恐ろしい雰囲気、それに────あんたにそっくりな顔した用務員とかさ」
「────僕にそっくりな顔?」
彼女の爆弾発言を僕は聞き逃さない。
彼女は確かに僕に似たと言った。以前彼女は僕に兄弟がいるかと問いてきたが、今やっとその質問の真意が伝わった。
そして、その用務員とやらの存在は僕も無視できない存在であることも。
「今すぐその詳細を教えてもらいますよ、櫛田桔梗」
彼女の胸倉を素早く掴み、強引に椅子から立たせる。
痛みが生じたことで櫛田さんは顔を歪ませる。
だが、すぐに彼女は口元に弧を描いてみせる。僕の瞳へ、その視界に自分しか入っていないことを喜ぶかのように。
それは彼女の異常性を際立たせ、まるで勝利の愉悦を感じたかのように歪んでいた。
「……思った通り、あんたにとっても今の情報は喉から手が出るほど欲しいモノなんだね。
なら交換条件にしない? あんたの秘密を聞くことを条件に私は今の話の全てをあんたに教える」
その提案に僕は行動を一旦中止する。
まさか、
「……この僕相手に交渉を有利に進めますか」
「褒めてくれてありがとう、超天才くん」
猫なで声が耳を通過する。
予想外だ。彼女の成長を侮っていた。
僕は彼女の胸元から手を放す。
歪んだシャツを戻した後、彼女は紅茶を一気に飲み干した。
「それじゃ語り合おうよ、カムクラくん! 今夜は寝かせないぞ!」
そのままカップを僕に突き付けてお代わりを要求してくる櫛田さんは本当に図々しい。
しかし、今の彼女は僕にとって予想外そのものだ。
断る必要はない。
むしろこれ以上の未知を見せて欲しいと心の底から願った。
矛盾即修正。