ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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11798文字。
ちょっと多い。


羽化

 

 

 

 

 

 

 

「協力してもいいと思ったら連絡する」

 

「期待せずに待つとしよう」

 

 二人の男子高校生が話を終え、片方が部屋を後にした。

 一口も飲んでいない紅茶がテーブルに残り、部屋の主である方が後片付けをする。

 

「そこまで生徒会にこだわる必要なんてなさそうなもんだけどな」

 

 部屋の主、綾小路清隆は訪問人である元生徒会長、堀北学との交渉に対して率直な感想を述べる。

 この学校の生徒会は大きな権力を持つ集団だと綾小路は理解していたが、それでも興味はそそられなかった。

 

「それにしても、櫛田がカムクラの部屋を訪れていたとはな」

 

 堀北学と交換した情報の中で特に目を惹かれた情報。

 堀北学が綾小路の部屋を訪れる前に偶然知った情報であり、具体的には櫛田がカムクラのインターフォンに繋げている場面を堀北学が目撃したということ。

 綾小路はその有意義な情報を踏まえ、頭の中で整理しながら今後の自分の動き方を考える。

 

「櫛田はCクラスにつくと言っていたが、あれは借金という縛りがあるからだ。

 ならば無理にでも返済すればこちらに引き込むことは出来るかどうか……」

 

 櫛田桔梗を切り捨てる考えを持っていた綾小路はここから櫛田を味方にする方法に少しだけ悩む。

 だが、そこは堀北の手腕次第と判断する。

 

「いや、そんなことよりもカムクラと何を話したかだな。

 堀北兄の情報が正しかったならそれなりの好感度があると見ていい」

 

 ペーパーシャッフル問題提出日の出来事から綾小路はカムクラと櫛田の好感度は少なくとも高くないと予測していた。

 しかし、違うクラスの男女がプライベートに出会うということはそれなりの好感度があるということ。

 そして好感度がそれなりに高い者同士の会話となれば口は回りやすく、本来秘密にしておくような情報も出やすい。

 まして、こと好感度の操作は櫛田の得意分野。

 カムクラ相手にも通じる可能性はあると見ていた。

 

「櫛田がカムクラにオレのことを話していても、カムクラが龍園に答えを教えることはないだろう。

 龍園の性格から考えれば、楽しみを一つ奪われることに等しいからな」

 

 船上試験、カムクライズルはいち早く優待者の法則を把握していたが誰にもその情報を共有することはなかった。

 自クラスのリーダーにすら伝えていない。その理由は未知を見たいから。

 そして答えを教えられることは龍園自身も性格上望まないだろう。

 このことから龍園がカムクラからXの正体を告げられている可能性は低いと綾小路は判断する。

 だが、

 

「龍園自身がオレの正体に気付き、あえてオレの掌で泳いでいる可能性、か」

 

 綾小路は龍園の事を高く評価している。

 常識にとらわれない考え方、どんな手段でも使う狡猾さと大胆さ、そしてクラスを纏める力。

 各クラスのリーダーで最も危険な人物と訊かれれば真っ先にその名が挙がる。

 だが、それらを踏まえても綾小路は龍園が己の正体を断定できる可能性は低いと思っていた。

 

「こちらの想定を上回る可能性が高いな。これもカムクライズルの影響力か」

 

 綾小路は現状を予測し、相手が一筋縄ではいかないことを認める。

 しかしそれでも全く焦る様子がない。

 ホワイトルームの最高傑作は常に何手も先を見据えて行動している。

 最後に己が勝てるように最も合理的な選択を。その選択に至るまでの伏線を常に張り続けている。

 

「……やはり、障害は奴だけか」

 

 深く思考して出た答えは懸念点。

 綾小路清隆をしても、カムクライズルは強敵と言わざるを得なかった。

 

「龍園を潰そうとすれば奴も必ずいる。纏めて潰すことは……」

 

 不可能、そう結論が浮かぶ。

 だが、その綻びある計画を実行したいと高揚する自分もいることに気付く。

 綾小路にとって、カムクライズルとは初めての未知だ。

 ホワイトルームにいては会うことすらできなかった己に匹敵する存在。

 先日接触してきた綾小路の父、綾小路篤臣ですらくだらない嘘と切り捨てていた予想外の存在。

 

「……楽しいな」

 

 そんな予想外と対面する機会に綾小路は心の内からそう思った。

 単純で純粋な能力の比べ合い、知能でも身体能力でもその他でも競い合ってみたい。ないはずの心が叫んでいるような気分を味わう。

 だが、だからこそ万全の策で対応する必要がある。

 ただの競い合いで負ける、すなわち遊びで負けるなら綾小路は特に気にしない。

 では、勝ち負けによって自分の立場が決まるような真剣勝負なら? 

 答えは言うまでもない、綾小路にとってそれは答える必要がない質問だ。

 

「奴と1対1の勝負に持ち込めた時点でオレの勝ち。……その後の消化試合に楽しみを見出してしまうとはな」

 

 綾小路は龍園を潰すための計画に1点の無駄が存在することを理解している。

 その無駄が己に敗北を見せる可能性があるとしても、排除するかどうか迷うくらいには計画を練り直そうとしていた。

 

「……まぁ、それは奴次第だな」

 

 一度思考をリセットする意味も込めて綾小路はベッドに寝転ぶ。

 そして同時進行しているもう一つの計画の確認を行う

 それは、

 

「……橋本正義。奴には消えてもらうか、大きな釘を刺す必要がある」

 

 致し方なく出来てしまった縁。

 茶柱からの脅しによって出来てしまった軽井沢恵以外の己への確実な手がかり。

 これ以上野放しにするわけにはいかなかった。

 

「気は進まないが……、坂柳を利用することが確実か」

 

 もう一つの計画はまだ進めてすらいないが、非常に重要な計画だ。

 坂柳にとって大きな利があるため成功する確率は非常に高い。

 

「まぁ、何にしろこの計画の要(・・・・)を確実に呼び出せるかだな」

 

 綾小路は気分よく目を瞑る。

 その日が来ることを楽しみの一つと数え、仮眠をとった。

 

 

 ────────

 

 

 1人暮らしの学生が使う安物のテーブル。

 高さは低く、床に座って食べる必要があれど、広さが十分で機能面は優秀だ。

 そんなテーブルに並ぶ料理。

 照り焼きチキンをメインとして、サラダ、スープと二人分置かれている。

 

「おっいしいっ!! なにこれ、超美味しいんだけど!」

 

 それらを大食漢の如き速度で口に運ぶ櫛田さん。

 あまりに幸せそうに食べるその表情は裏の顔を一切取り繕うことなく、食欲の赴くままに食事を楽しんでいた。

 なぜ僕が彼女に料理を振舞っているかというと、ついでです。

 彼女が僕とお話をしたいと乗り込んできた時間帯は18時頃。

 夕飯の時間には丁度良い上に、どうせ話が長くなることを予想していたことから先に済ませてしまおうと僕は提案した。

 元々、明日のために料理は多く作る予定だったのでついでに彼女の分も用意した。

 それ以上の意味はない。

 

「このサラダも美味しい!! どこでこのドレッシング買ったの?」

 

「買っていません。僕が作った和風ドレッシングです」

 

「どうやって作ったの!?」

 

「いくつかの調味料を混ぜて作っただけです。詳しく知りたいなら後でレシピ教えますよ」

 

「お願い!」

 

 裏の顔でやたらテンションの高い櫛田さんに奇妙さを覚えるが、実際の所、超高校級の料理人の料理を食べた人間はこれが本来の反応になる。

 反応は感動して口数が少なくなるか、興奮して口数が多くなるかに二分化される。

 彼女は後者。

 ちなみに龍園くんやアルベルト、椎名さんは前者で、伊吹さんや石崎くんは後者の反応を見せていた。

 

「それで、腹は膨れましたか? あと、皿くらい洗ってください」

 

 深々と手を合わせて食後の挨拶を済ませている櫛田さんだったが、そう告げた瞬間、面倒さを前面に表してくる。

 が、流石に良心が動いたのか渋々と使った食器を持ってキッチンへ向かっていった。

 これが龍園くんなら絶対に聞かなかっただろう。

 育ちは良いらしい。

 

「……ねぇ、また今度ご馳走してよ」

 

「嫌です。あなたに作る理由がありません」

 

 彼女はキッチンから図々しい質問をしてくる。

 即刻否定してやれば、不貞腐れたようなどっちつかずな表情を向けてきた。

 

「それで、いつになったら話をしてくれるのですか?」

 

「デザートってないの?」

 

 皿洗いを終え、クッションの上に胡坐をかいた彼女は先程の否定がなかったかのようにあっけらかんと告げる。

 首を横に振ることすら面倒だったので僕は無視した。

 

「本題に入りましょう。僕にそっくりな顔をした────」

 

「────待って、その話より先にあんたのことを教えて」

 

 話が始まることを察した彼女は気を引き締めた。

 会話の主導権が自分にあるということをアピールするように悪戯な笑いを浮かべている。

 

「僕のこと、ですか。漠然としすぎています」

 

「じゃあ私がいくつか質問していくからさ、それに答えて」

 

 僕は致し方なく首を縦に振る。

 僕を知らない人間に詮索されることは慣れているし、ましてそんな相手に自分の情報を与えるようなへまをしたことはない。

 しかし、今回初めて自分のことを自ら他者に話す。

 不思議な感覚だ。

 承認欲求は存在しないが、初めての経験に少しだけ自分に変化が起きていることを感じた。

 

「まずはあんたの秘密について聞こうかな〜。ぶっちゃけ、あのヘアピンのこと聞きたいんだよね。

 あんたの趣味なのか、それとも誰かから貰ったものなのか……とかさ」

 

 ニヤニヤと笑う櫛田さん。

 どうやら、あのヘアピンが誰かから貰ったものと思っているようだ。

 女の勘なんて僕は信じません。ただ、運が良いと結論づける。

 

「秘密という程のものではありませんが、そんなに聞きたいのですか?」

 

「大したことじゃなくても別にいいよ。重要なのは“誰にも話したことのない”過去ってこと。それを知るだけで私は満たされるから」

 

 出だしから面倒なことだ。

 

「まずは……そうだね〜、あんたの能力のことからかな〜。

 あんたが才能の言葉で片付けているその能力さ、実際のところどうなの? 本当に才能なの? それとも努力で得たものなの?」

 

「才能ですよ。生まれてからすぐに僕はどんな才能があるかを確認するためにありとあらゆることをやらされました。

 その際に出来なかったことは存在せず、一度学んだことは今の今まで忘れていません」

 

「……あっそ。あんたのことだし……まぁ、たぶん本当の事なんだろうね」

 

 退屈そうに言う櫛田さん。

 どうやら、僕が努力した結果というあり得ない答えを期待していた。

 

「ほんっと、信じたくない話」

 

 諦観と嫉妬が混ざった視線が僕にぶつかる。

 目は口ほどに物を言うそうだが、確かにわかりやすい。

 しかし、

 

「予想以上に嫉妬の感情が薄いですね」

 

「まぁね。あんたに虐められてから、こう、達観しちゃってさ。

 今でもないものねだりは浮かんでくるけど、だいぶ収まっちゃったよ」

 

 情の籠った視線はゆっくりと空を舞う。

 しかし、すぐに僕へ焦点を戻すとからからと笑いながら話を再開する。

 

「じゃあ、次の質問。あんたのあの恐ろしい雰囲気、あれ何? 

 あれもあんたの才能の1つなんだろうけど、何の才能なの?」

 

「他者を威圧する才能の1つです」

 

 僕は適当に答える。

 これは具体的に説明するには面倒くさい。

 あまつさえ人類史上最大最悪の絶望的事件のことを聞かれたら、言い訳を考えるのに一苦労だ。

 

「真面目に答える気はないのね。まぁ、いいや。どうしてあんな威圧感だか、絶望感だかを出せるか知らないけど、あんたが才能として初めっから持ってた付属品なんでしょ? 

 つまり、あんた以外にあれを出せる奴はそうはいないって認識していいの?」

 

「まず一つ目の解答ですが、正しいとも間違いとも言えます。なぜならこの才能は元々持っていたものと言うこともできますが、この才能の持ち主を分析して使えるようにした才能とも言えます。

 そして二つ目の解答はそう認識して構いません。この才能を持つ人間を僕含めて三人しか知りませんので、そうはいないと思いますよ」

 

「……それ本当に才能って言えるの?」

 

「生まれた時から有している能力を才能というのならば、元々素質があり、すぐに実現できたので才能といえるでしょう」

 

 僕のキャッチコピーは「あらゆる才能を備えた万能の天才」だ。

 それは言い換えれば全ての才能を体現する下地を持った人間と言える。

 既存の知識を全てつぎこまれて生まれた存在がカムクライズル。だが、それは無限に増え続ける知識にすら対応している。

 すなわち、未知の物事すら実現できるように造られている。

 

「本当にずっるい才能ね。実は秘密エージェント養成機関出身ですって言われても信じちゃう」

 

「はい、その認識で合っていますよ」

 

「冗談よ。最近そういうアニメが流行ってて……えっ?」

 

 思考が停止したように固まる櫛田さん。

 裏の顔のまま固まっているため、人前では到底見せることの出来ない表情だ。

 数秒経った後、彼女はにやにやと笑いながら話を再開した。

 

「……本当、なのよね?」

 

「はい。あなたがコミックで想像するような住人ですよ、僕は」

 

「……それ、他の人には言ってない情報? 広まらない方が良い情報?」

 

 僕が頷けば、櫛田さんは明るい表情に変わる。

 どうやら、これは承認欲求を満たせる情報だったようだ。

 別に生まれが特別なんて情報は広まっても良いものだが、彼女にとって欲求を満たせる情報だったならばそれはそれでいい。

 

「あはっ、あはははは、……じゃあ3つ目〜、あのヘアピンの持ち主とどういう関係?」

 

 上機嫌のまま3つ目の質問に移行する櫛田さん。

 正直、この質問には答えたくない(・・・・・・)

 しかし、彼女の持っている情報を得るためには仕方ない。

 僕はゆっくりと話を、過去の一部を切り出す。

 

「あのヘアピンは……そうですね、形見というのが1番相応しいでしょう」

 

 形見、その単語を聞いた櫛田さんの表情はバツが悪そうに変わる。

 

「聞いちゃってなんだけどさ、そのヘアピンの持ち主って……」

 

「察しの通り、既に他界しています」

 

 沈黙が広がる。

 櫛田さんもさすがにここまで重たい話とは思っていなかったようだ。

 

「あのヘアピンの持ち主とは友人でした。以前(・・)の僕は彼女と放課後によくゲームをしていた。ただそれだけの関係で、特別な関係ではありません」

 

 僕は簡潔に告げる。

 余計な情報を与えるつもりはないからだ。

 

「……へぇ〜、あんたにも女の子との思い出があったんだ。ちょっと意外かな。

 どんな子だったの?」

 

「……真っ直ぐな性格で、誰かのために一生懸命になれる人でした」

 

 思い返すは最後の瞬間。

 最後の最後まで誰かのために動こうとした超高校級のゲーマー。

 血溜まりに埋もれるように倒れながらも生きることを諦めなかった姿は記憶から離れることはない。

 

「浮かない感じだね」

 

「表情筋は動いていませんよ」

 

「私、これでもたくさんの人達から相談を受けて来たからさぁ……場の空気や相手の考えていることを読む力には長けてるんだよね。

 もっとも、あんたからは何も読み取れないと思っていたんだけど……存外人間らしいところがあったのね」

 

「根拠の無い発言ですね」

 

 くだらない観測だ。

 彼女の培った経験なんて、所詮は詐欺師の才能を応用することでカウンセラーの真似事をしているに過ぎない。

 

「そう? 意外と馬鹿にはならないよ。

 例えば……、その子のこと────後悔しているでしょ?」

 

 彼女は笑うことなく真剣な目付きで告げる。

 てっきり未練のことでも聞いてくると思ったので、この発言は少し予想外だった。

 

「……後悔? この僕が後悔ですか?」

 

 僕は右の頬を傷の状態を確かめるように軽く撫でる。

 あの時の僕は初めて自分の予測を越える出来事に触れていた。

 その未知の名前は絶望。

 その観測のためだけにあの女に力を貸していた。

 上々の結果だった。確かに絶望は僕に予想外の結果をもたらしてくれた。

 しかし、彼女、七海千秋によって希望というさらに大きな未知を知れた。

 この出来事は今の僕から見て悔いのある出来事だっただろうか。

 ────あぁ、全くその通りなのだろう。

 でなければあの時の感動の誤作動は説明がつかない。

 

「……そうですね。僕は救えたはずの命を拾わなかった。

 自分の未知を知るために捨ててしまったのですから」

 

「……失敗した過去。私なんかよりずっと重たい過去をあんたも持っているのね」

 

 親身になって話を聞く櫛田さん。

 確かに聞き上手であるが、

 

「ねぇ、少し踏み入るけどさ、その子が死んじゃった理由って……」

 

 これが己の承認欲求を満たすための行動と考えれば、彼女の精神は狂っているだろう。

 

「ある女に殺害されました」

 

「……さ、さすがに重すぎでしょ。あんたの秘密」

 

「でも知りたかったのでしょう?」

 

「……そうだけど、そうだけどさぁ」

 

 言葉が詰まり、不満げな表情を見せる櫛田さん。

 人の生死については一線を引いている。

 ならば、これ以上追求してくることは無さそうだ。

 

「……どう? 自分の後悔とか蟠りを誰かに話すと結構スッキリするでしょ?」

 

 重い空気を消すために彼女は話題を変えた。

 自分のおかげとアピールする子供のように鼻高になる。

 

「スッキリはしませんよ。ですが、今の自分を見つめ直す機会になったことは間違いありません」

 

「……素直に礼くらい言えばいいのに」

 

 彼女の愚痴を無視して僕は話を進める。

 

「さて、僕の過去を知れて満足したでしょう? 本当はあなたの過去を聞きたいくらいですが、今はそれより聞きたいことがあります」

 

「うーん、まだ満足してないけど……まぁ、仕方ないか。また今度聞くね」

 

「これ以上答える気はありませんよ」

 

「まぁまぁ、どうせこれから話す機会はいっぱい作るから頼むよ」

 

「僕はあなたといっぱい話す気などありません」

 

「ダメ。あんたは私の本性を知る人間で、本性を見ても嫌悪なく接してくれる数少ない人間。つまり、私がストレスなく普通に話せる人間ってこと。

 そんなあんたと話すことは私のストレス解消に持ってこいだからさ」

 

 机に肘を置き、顔を手に乗せ、そして穏やかな雰囲気で彼女は僕に告げる。

 僕は驚嘆した。

 確かに僕は幾度も彼女のストレス解消ができるように忠告をしてきた。

 その答えが自分の全てをさらけ出しても受け入れてくれる人間を作れというものだが、彼女には直接答えを教えず、自分の意思で見つけるように仕向けていた。

 そして同時に、その人間が堀北鈴音となるように仕向けていたはずだった。

 なぜ、その対象が自分になっている? 

 その疑問が浮かぶことそのものが、未知だった。

 

「……あなたの本性を知る人間ならば堀北さんがいるでしょう? 

 なぜ、彼女ではなく僕なのですか? 異性である僕より、同性の彼女の方が悩みの解決、共感をもたらしてくれる可能性が高い」

 

「なんでってそりゃ、……まだ認められないからだよ」

 

 人差し指で首を撫でながら発言を躊躇う櫛田さん。

 もじもじとした態度もまた未知だ。

 

「堀北は、確かに私の過去を知っている。知った上であいつも嫌悪を見せることもなく対等に接してくれると思う。

 でもまだ少し小恥ずかしいし、いきなり大胆に踏み入ることは出来ないから……かな」

 

 意外にも理性的な判断を行う。

 堀北鈴音とは対等な関係を築きたい。積極的になりすぎて繋がりを切りたくないらしい。

 少し予想外の結果にこれまたオモシロイと感じる。

 まるで初恋を成就させたいような慎重な立ち回り。

 以前まで退学を望んでいた相手に向ける感情ではない。

 

「なら、綾小路清隆はどうですか? 彼もあなたの過去を知っているようですが、中学校が同じなのですか?」

 

「……綾小路くんね。別に中学校は同じじゃないよ。なんで私の過去を知っているかっていうのは……まぁ、その、色々あった」

 

 少しだけ顔を赤らめる櫛田さん。

 彼女は思い出を振り払うように唐突に質問する。

 

「ねぇ、服についた指紋ってどれくらいで消えちゃう? 完璧に管理すれば消えないの?」

 

 脈絡のない質問に疑問が浮かぶが、櫛田さんの表情が真剣だ。

 答えることを僕は優先する。

 

「正しく管理していれば半年は持つでしょうね。逆に正しく管理しなければ数週間で消えます。

 特に衣類は網目によって凹凸の激しいものですから、指紋線の確認はすぐに行って指紋を検出しなければ証拠としては使えないでしょう」

 

「……半年。それにちゃんと管理してなければ証拠としては使えないんだ」

 

 やはり彼女は何かの証拠として指紋のついた服を持っているようだ。

 彼女にとって過去は絶対に知られたくないもの。同じ中学校でもない綾小路くんが彼女の過去を知っているのはなぜか。

 彼女が綾小路くんに好意を持っていて教えた可能性は低い。それは態度から分かる。

 ならば強引に知られたか、偶然知られてしまったか。

 そこに指紋のついた服というキーワードを加えて状況を再度推測する。

 

「あなた、彼に本性を見られたことを黙らせるために自分の身体を触らせましたか?」

 

「……そんなことしてない」

 

 薄く赤くなった頬のまま彼女は僕を睨む。

 どうやら正解のようだ。

 服に指紋がある以上、綾小路くんと櫛田さんに物理的な接触があることは間違いない。

 綾小路くんによって暴行を受けた可能性もあったが、そうであるならば彼女が自由に行動できていることに矛盾が生じる。

 ならば、彼女が己の身体に触れさせた方が話が通る。

 

「言っておくけど、人に身体を触らせる趣味は私にないから!」

 

 色々と突っ込みたい部分はあったが、強烈な意思が籠った睨みによって追及を断念させられる。

 どうやらこの記憶は彼女にとっての黒歴史らしい。

 

「……何にしてもだよ。綾小路くんも私に嫌悪をみせないと思うけど……何て言うか。最近ちょっと怖いんだよね」

 

 話を逸らす櫛田さん。

 しかし、そこで興味深い感想を告げる。

 

「怖い?」

 

「さっきも言ったけど私は相手の考えを読むことが得意なんだけど、綾小路くんだけはその内面を分析できないんだよね。

 いつも上っ面の態度でいるっていうか、私と同じように仮面を被っているっていえばいいのかな?」

 

「なら似た者同士ということですね。仲良くなれると思いますよ」

 

「かもしれないね。でも一歩間違えれば逆の展開も待っているかもしれない。そんな予感がするんだよね。

 だから、綾小路くんも様子見。私は彼のことを知らなすぎる」

 

 冷静な分析と僕は評価する。

 承認欲求の暴走と過剰なストレスの溜め込みがないだけでこうも違うとは。

 

「ていうかさ、綾小路くんって龍園が必死こいて探しているXだよね? 

 私には彼しか候補がいないんだけど」

 

「ええ、彼がXです。あなたが抱いた恐怖も決して間違っていませんよ」

 

 今の彼女になら教えても構わないだろう。

 妄りに情報を風潮するような愚かな真似はしない。

 

「やっぱり。……ていうかあんた、Xの正体知っているなら龍園に教えてあげればいいじゃん」

 

「答えを知るだけで彼が満足すると?」

 

 そう言えば彼女は確かにと吐き捨てる。

 実際の所、龍園くんは己で答えに近付いているが、それは秘密にしておく。

 

「……とにかく、私はゆっくりと堀北との関係を修復していく。ついでに綾小路くんもね。

 別に仲良しこよしするつもりはないけど、私のストレス解消道具として使ってあげるんだからさ、それ相応の態度で接してあげなきゃいけないわけよ」

 

「……だからそれまでのストレス解消道具は僕ですか。贅沢な女ですね」

 

「うるっさい。その点、あんたには何言っても大丈夫だし、嫌われても別に良いから丁度良いのよ」

 

 随分な言われようだが、やはりオモシロイ反応だ。

 承認欲求の怪物という櫛田桔梗の本質は変わっていないにもかかわらず、自分を取り繕う必要のない人物を見つけたことによって、溜め込んでいたストレスが消え、一端の少女のような幼さの残る一面が開花した。

 それが、今の櫛田桔梗。分析完了したが、やはりこのように変化したことは予想外だった。

 超高校級の希望を愚痴吐きに使おうなんて魂胆、素晴らしいとも言える。

 だから、

 

 

「────分かりました。あなたの愚痴に偶に付き合ってあげますよ」

 

 

 予想外の返礼を。そして、少しの贖罪を。

 僕の返しに一皮むけた少女は驚愕する。僕の顔をこれでもかと凝視するかのように目を見開き、オモシロイくらいに驚いていた。

 根本的に、彼女が追い詰められた原因は僕にある。他人の気持ちを考えることを伊吹さんから教わった。

 そして、間違いには謝罪とその誠意を。

 

 ────あぁ、そういえば彼女にはまだ謝っていませんでしたね。

 

「……その顔は、少し狡いんじゃないの?」

 

 薄らと染まった赤が頬に広がっている櫛田さん。

 目を逸らした後、再度僕の表情を見れば、ため息を見せた。

 

「……さっさと用事を済ませちゃおうよ。私の持っている情報を知りたいんでしょ?」

 

 胡座を組みなおした後、彼女はテキパキと話し始める。

 こちらの聞く姿勢を待つことなく、出来る限り早く話を終わらせようと素早く進めていく。

 

「私があんたに似た用務員に会ったのはペーパーシャッフルの問題提出締切日。場所は図書館近くの廊下だよ」

 

 僕はその情報を頭に叩き込む。

 時間と場所を把握したので、さらに重要なことを聞いていく。

 

「どのような見目でしたか? 顔が僕と似ていても違う部分はあったのでしょう? 

 例えば、髪色、目の色、雰囲気などの詳しい情報を教えてください」

 

「格好がこの学校の用務員と同じで帽子被ってた。背丈はあんたと同じ感じかな。髪はあんたと対照的に真っ白で短髪だったよ。でも目の色はどっちも赤、その用務員の方が明るい赤だったかな〜。雰囲気は凄みがあって……温かい雰囲気って言えばいいのかな?」

 

 真っ白で短髪。目の色は明るい赤。

 そして僕に似た顔。

 その情報から、僕は接触してきた人物の正体を看破する。

 

 ────日向創、それも江ノ島盾子を打破した時の覚醒状態だ。

 

 以前行った推測は間違いなく、日向創は僕の才能を受け継いでいた。

 

「なるほど、他に何か気がかりなことはありましたか?」

 

「気がかりなこと? ないかなぁ〜。あっ、でも、私の味方だ的な口説き文句を言ってたわね」

 

「味方、ですか」

 

 その情報に解を導くことは現段階では難しい。

 しかし、日向創は何か意味を持って櫛田桔梗に接触したことは明白だ。

 

「貴重な情報ですね。他に何か言い忘れたことはありますか?」

 

「私の持っている情報はもうないよ。言い忘れもない。

 それより、あいつは誰なのよ?」

 

「それは……」

 

 言葉が詰まる。

 とっさに良い言葉が思いつかない

 

「へぇ~。あんたでも困ることあんだ。

 なら良いよ。これ以上の詮索はしない方が身のためだし。

 てことで今日はもう帰るから、いいよね?」

 

 気を利かせてくれる櫛田さん。

 僕でも即答できないという事実に満足げだ。

 

「……はい、今日はありがとうございます」

 

 櫛田さんは立ち上がり、玄関の方へと向かっていく。

 見送りに行くために僕も立ちあがる。

 

「良いよ、見送り。ただでさえ夜中に女の子が男の子部屋から出てくるのが問題なんだから」

 

 夜中と言ってもまだ21時頃、逢引きという時間にしては早すぎる。

 

「……ねぇ、最後に少しだけ私の話を聞いてくれない?」

 

 玄関にたどり着き、ドアノブに手を掛けようとした途端に櫛田さんは振り返ってそういう。

 裏の顔を隠す気もなく、本音で話す様子は皆の知る櫛田桔梗ではないが、とても好ましい存在に映った。

 

「構いませんが、僕はあなたと違って守秘義務を持っていませんよ?」

 

「あんたがむやみやたらに秘密をばらさない人ってことくらい分かってる。

 だから気兼ねなく話せる。もしかしたら、あんたが私をそう思えるように誘導したのかもしれないけどさ、それでも私が話していいって思えるからいい」

 

「そんな誘導かけていませんよ。何せ僕の知りたいのは未知なのですから。筋道通りに辿り着いただけの結果なんてツマラナイものでしょう?」

 

「そういう奴だったね、あんた」

 

 薄く笑った後、彼女は語りだす。

 

「……私さ、あんたの恐ろしい雰囲気に虐められた時さ、怖くて怖くて仕方なかった。

 けど、自分が最後に欲求を満たせていれば大丈夫だと思ったらすぐに恐怖は薄まったよ。たとえ何度恥をかいてもね」

 

 心中の吐露。

 しかし、自殺希望者のような全てを諦めきった様子ではない。

 

「怖かったよ、あの時のあんた。本当に大嫌いだった。

 怖いだけじゃなくて、あんたの言っていることが正論だってことを理解させられたことも嫌だったなぁ。

 ……私ね、あんたを怖がる前からさ、あんたの事毛嫌いしてたんだよ」

 

「でしょうね」

 

「沢山の才能があってそれを自分のためだけに使っている人間も嫌いだけど、その才能をひけらかしているのに「自分」を持っている。だから大嫌い。

 ……でもね、何でそんなに嫌うか本当は分かっていたんだよ。

 うざくて嫌だった、でも────羨ましかった。私の欲しかったものを全て持っているあんたが憎くて、本当に羨ましかった」

 

 己を見つめ直した彼女の結論はなんて事のない真実。

 ただの嫉妬だが、暴走した承認欲求のせいでその答えが視界に入らなかった。

 

「あなたは、今もこの才能を欲しますか?」

 

「……いらない。私は今のままでいい。

 この歪な欲求を変える必要はない」

 

 何者にも囚われない清々しいほど綺麗な笑み。

 感情がくっきりと浮かび上がっていてそれは実に人間らしい。

 

「────ありがとう。私は『私』を見つけられた。

 あんたには色々とされたけど……今は感謝しているよ」

 

「船上試験の時の謝罪は必要ですか?」

 

「いらない。そんなものより今後私のストレス解消に付き合ってくれればいい。

 あっ、でも女の子を傷つけたんだからもう少し対価を支払ってくれてもいいんだよ?」

 

「頭の片隅くらいには、記憶しておきましょう」

 

 その言葉を最後に彼女は再度ドアに振り返り、ドアノブを一気に下げた。

 短い金髪がサラサラと揺れ、凛々しく真っ直ぐな後ろ姿が扉を越えていく。

 小さくも女性らしい背を見送った僕は鍵を閉めた。

 

 羽化した櫛田さんの未知は、僕を非常に満足させた。

 

 

 

 




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