「よう、カムクラ。Dクラスに乗り込むからついてきな」
冬休みが目前に迫ってきたある日の放課後、龍園くんが突拍子もなくそう言った。
背後にはアルベルトを筆頭に石崎くん、小宮くんの精鋭3人が付き従っている。
加えて珍しいことに、彼らから少し間隔を空けた場所に、気だるげな様子の伊吹さんまでいた。
「決行日は今日ですか?」
「いいや、Xの処刑は予定通り終業式に行う。今日は最後の調整だ」
断る理由がないので、僕は素早く身支度を整え、彼と一緒に教室を出る。
今日までXへ攻撃を続けていた龍園くんだが、最後の調整というあたり、もう準備は殆ど出来ている。
つまり、綾小路くんの処刑の始まりは近い。
この結果がどうなるか。それはこれから細かく確かめよう。
今回の争いは龍園くんのターニングポイントだと勘が告げている。
だからこそ正確な予測を行い、僕の見る未来を確固たるものにする。
僕が正確に見た未来が変わるかどうか。
成長を止めない龍園くんが綾小路くんに一泡吹かせるか。
はたまた、実力未知数の綾小路くんが龍園くんを叩き潰すか。
どちらにせよ予想の出来ない結果を期待するためにも、今回は正確に予想を立てようと考えている。
「今日僕を連れていく理由は?」
「お前にはある役目を任せる。そのために今日呼んだ」
龍園くんはそのまま説明を続ける。
「今日の目標は高円寺と平田だ。Dクラスに乗り込んだらまず、高円寺をカムクラ以外で追いかける。
だが、本命はここじゃない。何せ高円寺は十中八九Xじゃねえ。あの性格がフェイクというには少し無理があるからな」
「……本命はカムクラさんってことですね!」
「50点だ石崎。本命はその間に釣れる馬鹿共を見極めることだ。そこにオレのマークしているXに近しい人間が釣れれば、終業式に呼び出して潰す。そして来なければ、教室に残っているそいつをカムクラが監視する」
龍園くんが言い終えれば、Dクラスの教室前に到着する。
Dクラスは未だホームルームの最中のようだ。
「カムクラ、俺のマークしている奴は分かるな? そいつが教室に残ったらたっぷり監視してやれ。お前に追われているという恐怖をやつに与えてやれ」
「もし残らなかったら?」
「そうしたら平田を監視しろ。軽井沢のネタを使って脅しても構わない。
だが、やりすぎるなよ。壊れちまったら面白みが失せる」
作戦を伝え終えると、丁度よくDクラスの教室の扉が開き、茶柱先生が出てきた。
僕たちは入れ替わるようにDクラスに侵入する。
教室内がざわついた。
Dクラスの視線が僕たちに集まっていく。
茶柱先生は一瞬視線を向けるが、すぐに廊下を歩いていった。
即座に大乱闘が起きたら止めるだろうが、他クラスの生徒が教室を訪ねることにはお咎めがないようだ。
しかしそれにしても、今日の策はどこまでいっても綾小路くんへの警告だ。
狙われているという恐怖を与える龍園くんの趣向。
候補を一人一人削り、徐々にXに迫っていることで、恐怖を伝播させようとしている。
果たして、綾小路くんにこの策が効いているのでしょうか。
「なんだオイ、ここはDクラスだぞ」
僕たちの入室に最初に反応したのは須藤くん。
即座に立ち上がり、龍園くんに向けて一直線に詰め寄っていく。
しかし、平田くんが暴力沙汰を危惧して慌ててその間に入る。
「何の用かな? 龍園くん」
事態を理解出来ていない平田くんに、龍園くんは口角を上げて答える。
「なぁに、ちょっと用がある奴がいてな。逃げられないように直接ここまで来たんだよ」
「それは本当の用件なのかい?」
「おいおい酷いやつだな平田。俺が嘘をつくような人間に見えるのか?」
事態を早く収めたい平田くんは本題を切り出そうとするが、龍園くんはその態度を見透かし、だらだらと話を長引かせるために挑発する。
「……用がある人は最近君たちが必死に探しているDクラスの隠れた策士かい?」
「クク、その調子で頼むぜ平田。良ければその正体も出来ればご教授願いたい」
小馬鹿にする態度で龍園くんは言うが、平田くんの表情は崩れない。
意に介していない様子だ。
龍園くんは小手調べに情報を開示する。
「お前がXと関係を持っているっつう情報は掴んでいるぜ。
無人島試験の時はXと協力して俺の策をパクったようじゃねぇか」
「確かに君の作戦を参考にさせてもらったことは間違いないね。でも、あの作戦は僕と堀北さんが立てたものだよ。
断じて、君の探す隠れた策士の作戦ではない」
「鈴音と一緒にか。クク、確かに船上試験の結果を加味すればありえない話じゃない。
船上試験じゃ、鈴音の行動によってポイントを取り損ねた。その実力も疑ってねえさ。むしろ敬意を払っていると言っていい」
龍園くんは堀北さんに熱い視線を向けるが、冷たい視線を返される。
「あなたに褒められても嬉しくないわ。そして私の実力を知って尚、こんな馬鹿げたことをすることにも理解出来ない」
「いつまでその調子でいられるか見物だな」
龍園くんと堀北さんの視線がバチバチと交差する。
クラスには不穏な空気が流れ始め、身支度を行っていた生徒たちの動きを止めた。
しかし、そんなことお構いもせずに行動する男が1人。
龍園くんの登場や彼の舎弟たちによる高圧的な態度も全く気にせずに立ち上がり、教室を出ていった。
「手間が省けたな」
教室を出た男こそ目的の人物、高円寺六助。
この学校唯一、僕とまともに相対できる人間であると同時に、この学校随一の変人だ。
龍園くんはその行動を見た後、舎弟たちに目で合図を送り、教室をすぐに出ていく。
僕は彼の指示通り、教卓の前に居座った。
「なぁなぁ、何か龍園の奴すげぇことやりそうだぞ! ついていかね!?」
「……落ち着けって山内。確かについていきたいけどよ……」
「何だよ、池。ノリ悪いなぁ~。そんな真剣な顔してどう……えっ!?」
山内と呼ばれた男子生徒があれこれと勝手に妄想し始める。
お調子者、ムードメーカー。そう呼ぶには視野が狭い。
池と呼ばれた生徒が僕を警戒していなければ、彼は僕の存在に気付かなかった。
「お、おい、お前! なんで龍園についていかないんだよ!?」
静まり返る教室に響く山内と呼ばれた生徒の声。
二次災害を想定して張り詰めていた空気の中、彼は能天気に告げる。
僕はその疑問に答えるために彼を一瞥した。
するとすぐに、びくりと身体全体を揺らして腰を抜かす。
どうやら、蛮勇の行動のようだ。
「ここに目的があるからですよ」
「その目的は何だい?」
会話のバトンタッチを行った平田くんが僕にそう言う。
「良いのですか? このままだと龍園くんは高円寺くんの元に行きますが」
龍園くんの策を進めるために彼らに注意喚起を促す。
平田くんは苦い表情を浮かべた後、堀北さんの方を見る。
その視線を追ってみれば、堀北さんを含め、5人の生徒が確認できる。
綾小路くん、三宅くん、幸村くん、須藤くん。
かつては、全員Xの可能性があると置かれていた生徒たちだ。
堀北さんと綾小路くんは軽くコミュニケーションを取った後、他三人を連れて行動を起こす。
「……平田くん、そっちは任せるわ」
堀北さんは僕を一瞬睨んで告げた後、4人の男子を引き連れる形で廊下に出ていった。
同時に、僕の目的も決まる。
綾小路くんが龍園くんの方に行った以上、僕の標的は平田くんだ。
やることが決まったので、後は行動に移すだけだ。
「……話の続きをしよう、カムクラくん。君は何の目的でここに来たんだい?」
切羽詰まった様子で彼は問う。
「あなたがXかどうかを監視して判断しろと言われました」
理由を告げれば彼は心底驚いた。
僕が正直に言うことは予想外だったようだ。
「そ、そうなんだ。だから君はこの場に残ったのか」
「けれど────」
「────ちょっと待って!」
甲高い声の女子生徒が僕を静制止させる。
女子の名前は軽井沢恵。
金髪のポニーテールにいかにもギャルといった風貌。
恵まれた容姿にそれを生かすオシャレは己のプロポーションを上手く際立たせている。
容姿に努力を惜しまないこととこの高圧的な態度から見ても、Dクラスのカーストトップに君臨する女子という情報は正しい。
しかし、彼女が虐められっ子という情報とは食い違う。
「平田くんに対して龍園くんみたいに酷いことするつもりなの!? そんなことしたら学校も黙ってないんだから!」
軽井沢さんは強い睨みとともに僕を非難する。
その一手からクラスの雰囲気が少し変わった。
学校という強い力を持つ第三者が介入してくれば、いかに僕といえど手を出せないとDクラスの生徒たちが考え始めたからだ。
冷えきった空気がだんだんと彼女のペースに持っていく。
場を支配する力、そう呼ぶにふさわしい能力。
強い立場を利用して、この場を収めようとした。
大したものだ。しかし、その行動は早計ですね。
「しませんよ。ただ監視しろと言われているだけです。それに、もう飽きたので帰るつもりです」
僕はそう返答した。
正直、今日は気分が乗らない。
Xが誰であるかわかっている以上、平田洋介を調べるなんて時間の無駄でしかない。
確かに、平田くんと話したいことはある。
船上試験後の真鍋さんたちによる軽井沢さんの集団虐め事件についてだ。
僕は龍園くんと綾小路くんが作る未来をより細かに予測したいため、関係した出来事を調べたい。だから船上試験後の出来事も興味がある。
が、それは平田くんや軽井沢さんに聞いても教えてくれないし、もっと言えば真鍋さんに聞けば教えてくれるはずだ。
だからこの後は真鍋さんに話を聞くために、彼女の元を訪れようと思っていたのだが、この事態。
仕方なく、彼の遊びに付き合っていますが、正直ツマラナイ。
加えて、さっさと引き返す方が
「えっ、……えっ?」
「理解できませんでしたか? 飽きたからもう帰りたいのですが」
僕の発言に静まるDクラス。
全員が全員、呆気に取られた表情を僕に向けていた。
否、1人だけこちらを見て笑いを堪えている性格の悪い金髪の少女もいた。
「……し、信用出来るわけないじゃん!」
それはもっともの事で、その反応も当然だ。
「じゃあ、帰りますね」
「えっ、……ええっ!? ちょっ、ちょっと待って! ほ、本当に帰っちゃうの!?」
「本当に帰りますよ。何なんですかあなた」
「それはこっちのセリフよ!!」
どうやら彼女は状況が二転三転して混乱しているようだ。
混乱を解くのも面倒なので、平田くんに任せましょう。
「そ、その監視はしなくていいのかい? 君が今帰ったら龍園くんに罰を与えられたりとかしない?」
「ありません。というか、なぜあなたは僕の心配をしているのですか? するなら自分の心配をしてください」
あまりのお人好しっぷりに辟易する。
ついついくだらない質問をしてしまう程だ。
「そ、それもそうだね。ごめん」
「謝罪なんて不要です」
その言葉を最後に僕はこの教室を出ていく。
特に気になる人物もいなかったので、さっさと自分の用事を済ませましょう。
僕は真鍋さんと落ち合うために連絡を1つ入れた。
────────
いったい、私は何をしたのだろうか。
通話を終えた携帯を持ちながら片手をぶらぶらと揺らし、私はケヤキモールの休憩スペースにて絶望に浸っていた。
冬休みが目前となった学校の放課後、友達と遊んでいるだけの365日分の1日。
そんな日常のある日、一本の電話がかかってきた。
学友である藪菜々美、山下沙希とケヤキモールで服を見ていた時だ。
表示されたディスプレイには自クラスの男子生徒の名前が映っていた。
電話がかかってきた際、2人の学友からは彼氏かとからかわれたが、内心焦りすぎてきちんとした対応が出来なかった。
男子生徒の名前はカムクライズル。
Cクラスにおける副リーダーの立ち位置にいる人間。
はっきり言ってあの龍園くんよりも苦手な人だ。
暴力を平然と振るう龍園くんはとても怖くて近寄りがたいが、彼はそれ以上に恐ろしい。
何がと言われればあの目だ。
何もかも見透かしたような冷たい瞳。あれに見られると、本能が危険信号を光らせる。
体育祭、ペーパーシャッフルと何度も彼に助けられ、話す機会があったのに未だあれには慣れない。
「……私、何されちゃうんだろう」
休憩スペースにて自宅でくつろぐように座りながら私は告げる。
学友とは一時的に分かれたため、その言葉は独り歩き。
この後の事がよりいっそう不安になる。
電話内容は船上試験でのことで、二人の学友にも関係したことだが、私だけ呼ばれている。
もしかすると、その後体育祭でやらかした罰を今になって払わされるかもしれない。
そう思うと体が震え、仮に違う理由だったとしても憂鬱だ。
「お待たせしました、真鍋さん」
感情の乗っていない声が私を呼ぶ。
ゆらゆらと怪しく揺れる真っ黒な長髪は彼の最も分かりやすい特徴だ。
次点で特徴的な血のように赤い瞳は私を見ている。
「きょ、今日はな、何の用でしょうか、か、カムクラくん!」
恐怖が込み上げてきた私は驚いた猫のように勢いよく立ち上がり、即座に頭を下げる。
「……もう何度も言いましたが、いい加減少しは慣れてください」
「ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 別にカムクラくんを不快にさせるつもりは……」
「別に僕はあなたの行動に不快だと思っていませんよ。それと先に言っておきますが、今日はあなたに罰則を設けるために来たわけではありません」
罰則がないと聞いた私は胸を撫で下ろす。
だからといって緊張感が0になったわけではないが、少しは和らいだ。
「じゃ、じゃあ、今日は一体何のようですか? 船上試験のことを詳しく教えて欲しいって言ってましたが、あの時のことは全て龍園くんに話しました」
「ええ、僕もある程度聞き及んでいます。ですが、実際にあの場にいて体験したあなたからもう一度話を聞いておきたいと思いました。
そのため、本日あなたを呼びました」
彼が訪れた理由を理解した私はもう一度胸を撫で下ろした。
罰則がない、それが分かっただけで安心した。
龍園くんのような身体的な罰則なら怖いけどまだましだ。
カムクラくんのような精神を脅す言葉攻めなんてされたら、私は死を覚悟するだろう。
「ここは人が多いので移動しましょう。あのカフェでよろしいですか?」
「は、はい」
指差した先には大人の雰囲気があるカフェ。
少し値段が高いが、それ以外の評価は完璧なので人気が高いお店だ。
私は彼の後を黙ってついていき、入店した。
店の奥の席に座れば、彼は一瞥の後、私にメニューを手渡した。
「好きなものを注文してください。友人との時間を奪ってしまったお礼です」
「そ、そんな奢ってもらうなんて。……私まだポイントに余裕あるから大丈夫です!」
「そこはあなたの素の性格を出してください。人の好意を無下にすることは失礼ですよ」
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
私はミルクティーを選ぶ。
サイドメニューを頼んでもよいと加えて言われたが、緊張によってお腹がすいていないため、丁寧に断った。
二人分のドリンクが素早く提供されると、彼は話し始めた。
「時間を有効的に使いましょう。早速あの時の話を教えてください」
指を組み、こちらの返答を待つ。
圧迫感のある態度にまた恐怖がぶり返してくるが、それよりもとある興味が優先したことでそれは収まった。
興味の対象は彼の手だ。
大きくて男性的、細長くて女性的、両方の面を備えた中性的で染み一つない美しい手に目が引かれた。
まるで精密機械で作られたようなその両手が気になって話に集中できない。
「僕の手に何か?」
「あっ、えーっと、……綺麗な手だなぁって」
「そうですか」
私はお洒落が好きだ。そして最近はネイルにハマっているため、あまりに上質な素材を見て目を奪われてしまった。
出来ることならばどのようにしてその手を保っているか気になったが、先に話を終わらせることを理性的に判断する。
「えーと、まずは────」
そう切り出して私は船上試験での出来事を話していく。
友人である諸藤リカと軽井沢恵とのトラブルから始まり、私たちがその復讐のために軽井沢を二度虐めようとしたことを。
そして逆に弱みを握られる結果になってしまったことを。
龍園くんに報告したことと同じように包み隠さずに話した。
カムクラくんは思考を整えるついでに声に出して確認していく。
「一度目の虐め現場を見られた時には、平田くんと綾小路くん、松下さんと佐藤さんの4名がいた。
おそらく、その時にXは行動を起こした。そして何らかの目的を果たすために、二度目の虐め現場を意図的に作った。結果は……Cクラスの弱みを握り、軽井沢さんの窮地を救った」
組んだ両手が鼻を隠すように位置を変える。
一度閉じた両目が再度開くと、何となく納得のいっていない様子に見える。
「え、Xは何が目的なんでしょうか? Cクラスへの牽制とかですか?」
「いいえ、牽制することが目的ならXはこの出来事をより利用しているでしょう」
「じゃあなんで……」
「軽井沢さんを駒使いにするためですよ。体育祭で露呈したXの性格は他人を道具のように扱う人間と分かったでしょう?」
頼んだコーヒーを一口飲んだ後、彼は答えた。
体育祭における堀北鈴音を見捨てるような行動は確かに感じた。
船上試験で私たちを嵌めるために軽井沢さんを利用した外道具合から見ても、性格はよくない。
加えて、あの出来事が軽井沢さんを小間使いにするためのマッチポンプだったとあれば、最悪もいいところだ。
「まぁ、それ以外にも目的はあるようですがね」
「そ、その目的とは?」
興味本位で聞いてみたが、言った後に余計なことを聞いた事実に気付き、思わず息をのむ。
すると、カムクラくんは私をじっと見て何かを考える。
少しの間すら耐えられそうにない私は思わず、カップを手に取ってミルクティーを口に運ぶ。
その動作の途中、カムクラくんは再度口を開いた。
「────龍園くんを潰すため、だとしたら?」
「……えっ?」
思わず漏れた声と口から零れそうなミルクティー。
口に含んだ量が少量であったため、よだれのように口から垂れることはなかった。
しかし、そんな事よりカムクラくんの発言だ。
私はその答えを1ミリも理解できなかった。
どうしてカムクラくんがその結論に達したかも全く見当がつかない。
「これまでの情報を踏まえると、Xは表に出ることを酷く嫌っています。
にもかかわらず、あなたたちと軽井沢さんを利用した。その理由の一つが彼女を駒にすることであるとしても、わざわざ自分の手がかりを残すような利用の仕方に僕は違和感を覚えます」
困った私を察したのか、彼は解説してくれる。
流石の推理力、彼の頭の良さを再確認した。
「た、確かに表に出たくない性格なら少しだけおかしい気がします」
私は言われてみて気付いたが、それでも正直、それだけ軽井沢を駒使いにしたかっただけじゃないかなと思ってしまう。
虐められっ子である軽井沢の弱みを握れば後はやりたい放題。
Xの性別がどっちだか知らないが、男ならエッチな要求をするためとかもありえそうだ。
「加えて、体育祭で堀北鈴音に録音を持たせてこちらを牽制した。つまり、DクラスにはCクラスの行動を把握しているものがいるぞと暗に告げてきたわけです。
そうすれば、龍園くんが犯人捜しを行うことは火を見るより明らかです。独裁者である彼はあなたと軽井沢さんの関係を強引に見抜き、その裏にいた人物……Xを捜索し始めた」
「……そう聞くと、まるで龍園くんを誘導しているみたい……ですね」
「ふーん、僕の話を理解することで精一杯だと思いましたが、意外に鋭いですね。
僕も同意見ですよ。そしてもしこれが誘導であるならば、Xは龍園くんの行動原理を理解していることになります。
では、真鍋さん。Xを発見する事が出来た彼はどうすると思いますか?」
こちらを試すようにカムクラくんは問いを投げてくる。
もし間違えて彼を怒らせたくないので必死に考える。
しかしすぐに明確な答えが出た。
龍園くんの行動原理。
それはこのクラスの人間ならば誰でも知っている。
暴力をチラつかせてCクラスを服従させる彼のやり口、すなわち、
「……Xを呼び出して暴力を振るう」
「その通りです」
クラス統治を行った時のように学校側にバレないように標的を潰す。
彼の最も得意とする手段だ。
「で、でも、Xは全て把握した上で龍園くんを誘導しているんですよね?
見つかったら暴力を振るわれることを想定してるのに、な、なんでそんな誘導をかけて……」
考えてみるが、その答えが導けない。
しかし、すぐに答えが返ってくる。
「言ったでしょう? 龍園くんを潰すためと。
あえて自分を捜索させ、軽井沢さんかX本人を龍園くんが呼び出した時に、彼の土俵で潰すつもりなのでしょう」
答えは既に導かれていた。
カムクラくんのおかげで少しは出来の良くなった頭だが、やはりまだバカのままのようだ。
言い訳をするならば、龍園くんのように暴力で物事を解決するような人間が何人もいることなんて想定できない、だ。
「これがXの目的とみていいでしょう。真鍋さん、ここまで聞いてあなたは何か質問ありますか?」
じっと私を観察しながら彼はそう言う。
唐突な情報ラッシュであっため、まだ頭の整理が出来ていない。
だが、一つだけ真っ先に気になったことがあった。
「な、何でカムクラくんはそこまで分かっているのに、龍園くんが潰されることを他人事のように言っているのでしょうか?」
単純な疑問だと思う。
Cクラスの副リーダーである彼はどうして龍園くんを助けてあげないのだろうか。
「未知を見たいからですよ」
「そ、そうですか」
答えになっていない答えに私は戸惑う。
でも、確かにその答えはカムクラくん
「あ、あとなんでそんなことを私に教えてくれたのですか?」
「あなたがこれ以上この件に関わらない人物であることと、Xの件が片付いた後にあなたがどう動くかを推測したかったからですよ」
「Xの件が終わった後の事ですか?」
これも全く意図がつかめない答えだ。
「真鍋さん、もしXの件で龍園くんがこのクラスのリーダーを降りると言ったらどう行動を起こしますか?」
「わ、わかりません。その時にならなければなんとも……」
「凡人らしい答えですね。それはツマラナイ」
彼は吐き捨てるように告げる。
その口癖は恐怖へのトリガーの一つだが、不思議と今は恐怖を感じない。
むしろ、無表情が少しがっかりしたように見え、コーヒーを飲みなおすその姿が普段の怪物っぷりも相まって人間臭さを感じる。
「僕と1つ約束しましょうか、真鍋さん」
「……や、約束ですか?」
空になったカップを静かに置いたカムクラくん。
私はその発言と行動に身構えてしまう。
「ええ。とはいっても、軽い口約束のようなものです。
これからのクラスにおける自分の行動や今後現れるいくつかの疑問を自分の頭のみで懸命に考えることを心がけてください」
「は、はぁ~、それはどうしっ────!!」
疑問を言い終える前に慌てて言葉を飲み込む。
何となく、彼の言いたいことを私は理解する。
「そういうところを少し直してみましょうという約束……いえ、僕からの課題ですかね」
「……課題」
「ええ。忘れているようですが、そもそもこの問題を引き起こしたのはあなたです。
Cクラスにおいて龍園くんの次くらいには、あなた好感度低いですよ」
痛い所を言われて何も言い返せない。
確かに船上試験後の出来事と体育祭における裏切り行為によって、入学当初から築き上げたカーストはボロボロと崩れている。
クラスからの視線も厳しいものだ。
しかし、なぜ今この話をするのか気になる。
「な、何で私にそんなことを言ってくれるのですか?」
もしかすると、何かの布石の一手目なのかもしれない。
まさか、私が予想できないだけで私を軽井沢さんみたいに駒にしようとしているのだろうか。
「先程と同じ理由ですよ。僕はね、未知を知りたいんですよ。
今の状態のあなたの未来を予測してもツマラナイ。だから、成長のアドバイスを与えてみました。
これによってあなたがどのように変化するか、知りたいのですよ」
「な、なるほど?」
なんとなくでしか理解できないが、要は私で実験的なことをするつもりだろう。
私がこのクラスでどう変化していくか、みたいな。
「ち、ちなみに、このままだと私は……」
「凡人以下のツマラナイ人間で終わるでしょう」
よ、容赦ない一言だ。
カムクラくんと比べれば誰でも凡人以下だろうに。
「そういうわけで僕からの課題、実践してみてください。
話は以上です。今日のことは他言無用でお願いします」
用事をすべて終えたようで、彼は伝票を持って席を立つ。
そのまま素早く会計を済ませ、早歩きで店を出ていった。
なんてスピーディーな人だ。
「はぁぁ、終わった」
急にどっと疲れが押し寄せてくる。
途中から緊張は消えていたが、それでも彼と対面するだけで集中する必要があるからすごく疲れた。
「ま、まぁ、少しは実践してみよっかな」
私は携帯の画面に映る自分を見ながら、髪を整える。
彼は自分の未知のためと言っていたが、全員にこんな話をしているわけではないだろう。
つまり、期待した人だけに言っている可能性が高い。
期待されている。そう考えれば、とても良い気分だ。
私は上機嫌にカフェを後にした。
矛盾正。