ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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準備万端

 

 

 

 

 

 カツンと、甲高い音が廊下を走る。

 常に一定で、ゆっくりと刻まれる音。

 それは白い少女の持つ杖から生じている。

 少女は坂柳有栖。

 如何なる盤面も見通し、その解決法を見出せる頭脳を持った天才だ。

 

「……つまらない」

 

 ペーパーシャッフルを終え、彼女はAクラスのリーダーの座にとうとう王手をかけた。

 失敗の責任を葛城に押し付け、その立場を弱め、己が君臨する場所を作り終えた。

 想定より遅い結末だったが、その過程を楽しんでいた彼女にとって、己が本腰になって取り組んだ瞬間、こうも簡単に思い描く未来になってしまった事実に退屈していた。

 

「……似てるんじゃないの?」

 

 彼女の小間使い、神室真澄が呆れた声で曖昧な肯定をする。

 今にも溜息をつきそうな表情で2つのスクールバッグを持ち直す。

 

「別にイズルくんの真似をした訳ではありませんよ。

 ただ、私も彼同様この現状に退屈してしまってつい独り言が漏れてしまっただけです。

 いっそ、失敗して立場を操作してみても良かったかもしれません」

 

 ペーパーシャッフルは別に失敗しても良かった。

 この思考は坂柳にとって珍しい。

 坂柳は自分の思い描いた未来を常に実現させてきた人間だ。

 すなわち、常に集団のトップに君臨している存在。

 だからこそ、立場を操作してトップ以外のポジションに移動するという考えそのものが普段の坂柳にはありえないことだった。

 

「……自分の立場を弱らして、NO.2の立場で裏から支配してみたかったってこと?」

 

 付き合いの長い神室は何が言いたいかを理解する。

 同時に、らしくない発言に訝しむ。

 

「はい。とは言っても少しだけですよ。少しだけ、彼らと共感できないかなと思ったにすぎません」

 

「彼ら?」

 

「イズルくんと……フフ、あと一人はまだ秘密ですね」

 

 少し気になった神室だが、どうせ教えてくないと考えて追求はやめる。

 

「あんたが誰かの下につくとか似合わないんだけど」

 

「それもまた一つの戦略です。二番手の方が却って動きやすい時もありますから。

 まぁ、性に合わないことは間違いないでしょうが」

 

 軽い雑談をしていれば、2人はAクラスの教室に到着した。

 教室の扉をくぐれば、坂柳を迎える生徒が現れる。

 神室はその集団に巻き込まれないように素早く離れ、自席に移動した。

 持っていたバッグは坂柳の席に置き、クラスメイトを丁寧に捌いていく坂柳を観察する。

 

「相変わらず、好ましく映る対応ね」

 

 誰一人として無下に扱わず、1人1人の会話に花を咲かせる。

 コミュニケーション能力もさることながら、本当に笑っているような表情が人を虜にする。

 裏に隠れる本性を知る神室からすれば酷く不気味な光景であり、随分と慣れてしまった光景だった。

 神室はそんな自分に嫌気がさし、雑念を振り払うように携帯とにらめっこを開始する。

 

「おはよう神室。どうした、美人が台無しだぜ?」

 

 すればすぐに軽い言葉が神室を呼ぶ。

 

「……何か用なの、橋本」

 

 神室は視線を向けずにクラスメイトの名を呼ぶ。

 橋本正義。

 神室と同じ、坂柳派の人間だ。

 

「不機嫌そうなお前を見て何かあったのかなと、お節介を焼きに来たんだ」

 

「本当にお節介ね。別に何もない」

 

 携帯を閉じ、ここで初めて橋本の顔を見る。

 ニヤニヤと人をおちょくるような笑みを浮かべる橋本が癇に障り、狐のような鋭い眼つきで睨む。

 額に寄っていた皺を戻しても、不機嫌な目付きは変わらない。

 橋本はその様子を楽しみながら話を続けた。

 

「朝から坂柳さんの手伝いをするなんて珍しいな。そこで何かトラブったか?」

 

 人を心配する発言だが、橋本が本当は噂話に目がない軽薄な男だと神室は知っている。

 だからこそ、ため息をつく。

 

「別に何もない。ただ、坂柳の本性を知っている人間からすれば、あの光景がとても不気味に感じるだけよ」

 

 一刻も早く橋本との会話を終えたかった神室は正直に言う。

 依然として対応を続ける坂柳へ橋本も視線を向ける。

 

「不気味ね。でも、人は誰しもいくつもの『顔』を持っているものだぜ? それを使いこなしているあの人を俺は尊敬すらするね」

 

 神室は橋本の意見を否定こそしない。

 それが事実で自分には出来ないことと理解しているからだ。

 

「まぁ、感じ方の違いだな。神室は裏表が少ないからそう感じるんじゃないのか?」

 

「私だって裏表あるわよ」

 

「へぇ〜。例えば?」

 

「あんたに言うつもりはない」

 

 自分の変えられない性には苦労している。

 もっとも、その詳細を軽薄な男に言う予定は神室にはない。

 刺々しい言い方を笑い流しているような男に秘密なんて話したら学校中に広まるかもしれない。

 

「橋本くん、おはようございます」

 

 話を終えた坂柳が2人に合流する。

 自分のバッグを探しに来たのかと思い、神室は視線を坂柳の机の方に誘導する。

 

「ありがとうございます、真澄さん。

 ですが残念。私の用はバッグではありませんよ」

 

 口元を薄く曲げる坂柳。

 品のある笑い方だが、意地悪な笑みにも感じる。

 

「橋本くん、明日の放課後、予定を空けておいてくれませんか?」

 

「明日ですか?」

 

 唐突な誘いに橋本は少し戸惑う。

 坂柳の容姿は非常に整っているため、大抵の人間はすぐに首を縦に振るだろう。

 だが、橋本は持ち前のコミュニケーション能力を生かして対応する。

 

「了解です。ちなみに何する予定なんですか?」

 

 きょどることなく橋本は言い切り、その予定を聞く。

 

「ふふ、特別なことはしませんよ。二学期が終わりますので、そのねぎらいを込めて私を支えてくれた人たちと遊ぼうと思いまして」

 

「あぁ〜、なるほど」

 

 定期的に行われる坂柳からの見返り。

 橋本はすぐに理解した。

 

「私と1対1で遊ぶかと思いましたか?」

 

 青い瞳が橋本の内心を見透かす。

 橋本は引きつった笑みを浮かべ、両手をあげた。

 蝙蝠気質な橋本にとって、その分析力は恐ろしいものであり、坂柳をリーダーと認める一因だ。

 

「まぁ、そりゃ少しは思いましたよ」

 

「正直ですね。今度遊んでみますか?」

 

「光栄っすね。その時は退屈させないように全力で楽しませますよ」

 

 肯定はせず、保身に走る橋本。

 坂柳が見返りもなく自分で遊ぶとは思わないため、容易に餌に飛びつかない。

 

「フフ、その時が来ることを楽しみにしておきます」

 

 満足したような笑みを浮かべた後、坂柳は杖をつき、ゆっくりとした動きで自席に移動する。

 この生まれ持った疾患こそ、坂柳有栖の欠点。

 カムクライズルに匹敵する分析力と頭脳を持つ少女の弱点だ。

 橋本はそれを理解しながら常に勝ち馬を考える。

 だが、今はこの立場で良い。

 寝返れる手札が無数にある今の状況ほど好都合のことはないからだ。

 

「さぁて、誰が勝ち馬になるかね〜」

 

 順調な己の立ち位置に愉快げに笑う橋本。

 上機嫌でホームルームの準備を始めた。

 

 

 

 ──────

 

 

 

 終業式前日のCクラス。

 龍園翔は事前準備最終日として、最後の監視を行わせていた。

 全ての授業が終わり、明日の終業式に備えるために今日は午前中で帰宅できるようになっている。

 だからこそ、その自由な時間の少しを削るために駒たちに指示を飛ばす。

 

「伊吹、今日の監視対象は平田だ」

 

 じっと龍園を睨む伊吹。反して、龍園は歓迎するように笑っている。

 伊吹はすぐにため息をつき、背を向けた。

 文句を言ったところで余計な体力を使うだけと判断したからだ。

 

「伊吹さん」

 

 早足で教室から抜け出そうとしていた伊吹にカムクラが声をかける。

 切れ長の目だけをカムクラに向け、最低限聞いている素振りを見せる伊吹。

 クラスで交流が増えたからといって、無愛想で一匹狼気質なところがすべて変わったわけではない。

 

「何? 私はさっさと監視終わらせたいんだけど」

 

 普段通りの刺々しい言い方は龍園からの指示も相まってよりいっそう不機嫌に見せる。

 人を近づかせない物言いと雰囲気だが、カムクラはお構い無しに用件を済ませる。

 

「今日か明日。あなたを呼び出すような出来事が起こるかもしれません。

 もしその時はあなたで考えて……いや、僕に教えてください」

 

「何でまた急にそんなこと言うわけ? というか、なぜ私が考えちゃダメなんだよ」

 

 カムクラからのお告げのような発言に伊吹はもう慣れている。

 困惑することはなく、また未来予知じみた推測から発言していることは理解していた。

 ただその上で自分を頼れということが物珍しく、疑問点だった。

 

「Xへの対策です。もしXがあなたに接触することがあれば、あなた1人で何とかできません。だから僕があなたを助けましょう」

 

「私を舐めてる……ってわけではないのね」

 

 自分をか弱い女だから守るわけではない。

 そのような内心見下している視線をカムクラは向けてきていない。

 だからこそ、伊吹はこの発言が真剣な対策であることを理解する。

 

「あんたの事だし適当な事を言ってるんじゃないんでしょ?」

 

「はい、詳細は後で告げます。酷な役を担う可能性もあるので、しっかり覚えておいてください」

 

 無人島試験のような結果にならないために、カムクラは情報の開示を約束する。

 伊吹は薄く笑った。

 

「わかった。覚えとく」

 

 上機嫌に告げた伊吹はスクールバッグを持ち直し、任務に向かった。

 入れ替わるように龍園がカムクラに声をかける。

 

「クク、お前はとことん伊吹に甘いな」

 

「甘くありません」

 

「はっ、何言ってやがる。心配したから(・・・・・・)、伊吹自身に考えて行動させなかったんだろ?」

 

 丁度閉まった教室の扉をチラリと一瞬見るカムクラ。

 龍園はその様子に愉快に笑う。

 

「無自覚か? 普段のお前なら『自分で考えて行動しろ。その選択によって未知を見せろ』そういうはずだぜ?」

 

「……別に、心配ではありません。明日彼女がXによって利用されれば、僕が明日を楽しめるか分かりませんから」

 

「クク、そういうことにしてやるよ。

 それで、伊吹が利用された時には何が起きるんだ?」

 

 龍園は疑問を投げる。

 自分には見えていない景色に興味を持ったからだ。

 

「僕とあなたが切り離されます。Xは性格上、リスクの高い行動を避ける傾向があります」

 

「なるほどな。Xにとって俺たち2人を纏めて相手することはリスクが高い。なら単純に、それぞれ分けちまえばいいって訳か」

 

「ええ。Xにとって、僕は最も不確定な存在でしょうから対策を持ってくることも間違いないでしょう」

 

「クク、それが伊吹を呼び出して人質にすることか? 

 伊吹を助けるためにお前は行動せざるを得ない。そうすればお前は明日未知をその目で見れない」

 

 辻褄を合わせる龍園にカムクラは頷いて肯定する。

 

「なら、明日はどうする? お前は傭兵の真似事でもして伊吹に1日中くっつくか? 

 いや、明日の屋上に伊吹も連れていけば解決か?」

 

 龍園は伊吹のことを屋上に呼ぶつもりはなかった。

 明日行うことは少数精鋭が望ましい。

 伊吹は適任だが、カムクラが参加するならば絶対に必要な存在ではない。

 だから万が一の見張りとして学校内で待機させるつもりだった。

 しかし、その伊吹を狙うとなれば対策は必須だ。

 仮にカムクラを一日中ボディーガードにすれば、屋上は龍園、アルベルト、石崎の3人になる。

 これはXの思う壷、龍園とカムクラが別々に行動している。

 

「はい、解決策です。ですが、そうすれば他の問題が生じます」

 

「何?」

 

「Xがもし明日現れれば、全ての決着をつけるつもりでしょう。

 だからこそ、念入りに動く。僕と龍園くんを切り離すことは勝つための必須事項でしょうから、そうそう簡単には諦めない。

 となれば、Xは間違いなく他のCクラスの人間を利用する」

 

「クク、真鍋がまた利用されるってか?」

 

「いいえ、椎名さんですよ」

 

 龍園は目を見開く。

 

「……盲点だったぜ。奴はひよりと趣味が合うらしいからな。交流はある。

 隙をついて人質にすることくらい訳ねえ」

 

「はい。そして椎名さんも同様に屋上に呼んでしまえば、彼は軽井沢さんを切って完全に雲隠れしますよ」

 

 X、綾小路と対面できないことは龍園にとって最も望まない。

 軽井沢を潰せても明日を最後に表に二度と出てこなくなったら、場外乱闘、すなわち非常にリスクの高い手段で会いに行かなければならない。

 実行する度胸は龍園にはある。龍園翔は暴力を恋人のように愛している人間だ。

 だが8億ポイント計画を考えている龍園にとって、この選択は既に好ましくない選択になっている。

 

「……奴を確実に屋上に呼び出すためには、ある程度奴の策を実行させた上でそこから逆転しなきゃならねえわけか。

 そしてその条件の1つが誰かを囮に使う。────だからこそ、酷な役か」

 

 龍園はカムクラの言うことを理解する。

 その上で綾小路を潰せるかどうかを全て踏まえて再度考慮する。

 

「伝えることは伝えました。後はあなたが考えて決めてください。

 僕はその選択の結果を楽しみにしています」

 

 情報共有を終えればカムクラは素早く帰路に就く。

 カムクラに監視の命令はないため直帰コースだ。

 

「……クク、おもしれぇ」

 

 思考を終えた龍園から出た言葉は喜び。

 引き裂くような笑みとともに声が漏れた。

 

「いいぜ、奴の掌で泳いでやるよ。

 奴が俺の前に現れた時にどうやってその場を収めるかを見てから対処してやる。

 その上で『暴力』で潰してやるぜ」

 

 リスクは高い。

 思考の結果、8億ポイント計画のことを考えれば、これまでやられたことをチャラにして綾小路から手を引くことが最善だと龍園は判断した。

 しかし、それでは龍園翔ではない。

 大局を見て対策を練る軍師のような頭脳。練った策を行動に移して先頭で行動する度胸。その行動によって周囲を引き寄せるカリスマ。

 これらは龍園がこの学校に入って磨きがかかったもの。

 そこに快楽を見出せるからこそ、今の龍園翔だ。

 

 

 慢心はない。

 あるのは自信と余裕。

 だからこそ、己のしたいことのために全力で挑む。

 だからこそ、未知に挑む。

 

 だからこそ、時に失敗する。

 

 しかしそこから這い上がれることこそ、龍園翔の真骨頂だ。

 

 

 舞台は整った。

 準備期間は今、終わりを告げた。

 

 

 




よう実0巻の内容次第で矛盾起きると思うけど、買ってないんでもうこのまま行きます。
とりあえず全部投稿してから修正するか決めます。
なので、明日からも連投続けます
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