ようこそ才能至上主義の教室へ   作:ディメラ

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One of these days is none of these days

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上で、ホームルームを終了する。冬休み中も当校の生徒として自覚を持ち、節度ある一日を送るように」

 

 Cクラスの担任、坂上は冬休み前最後のホームルームをありがたい言葉で締めくくる。

 ついに、仕掛ける日がやって来た。

 二学期の終業式である今日は午前で全ての行事が終わる。

 放課後は全ての部活動が休みであり、学校側も生徒に早く帰るように促す日だ。

 つまり、校内に殆どの生徒が残らない。

 公開処刑の条件が整っている完璧な日と言える。

 

「楽しそうですね」

 

 相変わらず鬱陶しい長髪を揺らしながら才能バカがそう言う。

 

「ああ、楽しみで仕方なかったな。今日という日を待ちわびていた」

 

 既に目星をつけたX、綾小路の実食の時間だ。

 下拵えの時間は十分。

 肉を叩いて繊維を潰して柔らかくするように、獲物を最も美味く食べる準備は完了した。

 俺は今日までCクラスの奴らをDクラスの連中に監視として置き、奴に狙われるというストレスを与え続けてきた。

 これまで鈴音を隠れ蓑として正体を隠していた奴にこの調理方法は打って付けだ。

 陰から操っていることが露呈することを恐れている奴には、背筋が凍る思いだっただろう。

 頑なに隠してきた正体を知られているかもしれない、その恐怖を与え続け、追い詰める。

 ゆっくりと真綿で首を絞めるようにじわじわと精神にダメージを入れてやった。

 常に監視されるということは想像以上に疲労する。

 それを毎日続けられた奴は今頃一種の混乱状態。

 自分がどこまで正体を知られているか、疑心暗鬼を生じ、苦悩に苛まれているに違いない。

 

 そして今日────パニックに陥った奴を捕まえる最良の日になった。

 

「龍園くん」

 

 クラスの連中が帰っている中、動かない俺が気になったか、ひよりが隣に来て声を掛ける。

 

「何のようだ」

 

「今日は随分と、落ち着かない様子ですね」

 

 そう言い、周囲を見渡す。

 残っている生徒は既に俺の近くで動く連中のみ。

 今日の作戦についてこさせるカムクラ、アルベルト、石崎。

 そしてひよりと、その隣で伊吹がボディガードのように付き添っている。

 

「ここ数ヶ月、俺を楽しませてきた存在との対面だ。お前も来るか?」

 

「いえ、遠慮します。あまり楽しそうには見えませんし……」

 

 それに、と付け加える。

 

「本当に追い詰めなければならないのでしょうか?」

 

 本以外に感情を見せないひよりの瞳にゆらりと見える影。

 やはり、ひよりは頭こそキレるが、この手のいざこざでは役に立たない。

 争いを好まない性格は俺とは相反するってやつだ。

 

「言っても無駄だよ椎名。こいつはそういう奴だ」

 

「そういうわけだ、ひより。……で、分かっているな伊吹」

 

 元々、今日の作戦に伊吹は呼んでいない

 使えないから使わないわけじゃない。

 こいつはひよりと違って争いを好むし、嫌な顔を見せながらも俺に付き従い、役に立つ。

 だが、今日の作戦上、伊吹には他の役割を与えている。

 

「ああ。作戦はカムクラから全部聞いた。理解したし、その役はちゃんと受け入れる」

 

「クク、最近は良く頭が回るようになったじゃねぇか伊吹」

 

「そりゃどうも」

 

 駒の能力向上。嬉しい誤算だ。

 一匹狼のこいつにもダチと呼べる存在ができて視野が広くなったからか? 

 

「とりあえず、私は椎名と図書室にいるよ。もし困ったことがあれば助けてやってもいいけど?」

 

「いらねぇよ」

 

 この挑発的な発言は好ましい。

 もし伊吹の性格のままひよりの頭を持っていたら、俺はこいつをどんな手段を使ってでも手に入れてただろう。

 

「時間ですね龍園さん」

 

 石崎、アルベルトも集まってくる。

 こいつらも、俺のように今日を楽しみにしていただろうか。

 共感なんて滅多にしないが、今はそういう気分だった。

 どこか落ち着かない様子の石崎とアルベルト。

 そして、無表情ながらどこか楽しそうなカムクラ。

 

 結局、異常者はオレとカムクラだけだったか。

 

「クク……」

 

 初めてカムクラと対峙した以来の高揚を感じている。

 そんな俺を伊吹はおかしな奴でも見るかのように冷めた目で見やがる。

 以前俺に質問した時と同様のことを思っているだろう。

 何故わざわざ危険を冒してまでXを捜索する、見つけた所で意味はないと。

 確かに、見極めた所でその先はない。既に正体は見破ってすらいて、これがただの小賢しい奴ならそれで終わりだ。

 だが、綾小路は普通ではなかった。

 特別試験を通じ、いやでも理解した。綾小路は俺に似た思考の持ち主であると。

 俺は俺と似た存在に会ったことなどなかった。

 だからか、その興味が、同じ異常者の存在に対して止まることを知らないほど湧き出やがる。

 

「ついてこい」

 

 石崎は未だ地に足つかない様子だ。

 俺は立ち上がってバッグを投げ渡し、この愉快な気持ちを共感させてやるために笑ってやる。

 石崎は大事そうにバッグを持ち、その中にあるこの後に必要不可欠な存在を見て首を傾げる。

 

 それらは、このお行儀のいい学校には到底似合わない物だ。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 教室から移動を終え、目的地付近に到着する。

 現在地は、屋上に続く扉の前。隙間風すら許さないでかい扉の前だ。

 この学校の屋上は最近では珍しく年中開放されている。しかし、この場所は不人気なスポットだ。

 その理由は監視カメラが常備されているから。

 すなわち、行動を記録することが出来るわけだ。

 当然、生徒たちは大人しく屋上を利用するしかなく、危険行動も如何わしいことも出来ねぇ。

 そして、この学校にはカフェやモールと監視がありながらも融通が利く人気な場所が多々存在する。

 そんな中でこの屋上に込んでくる人間なんてそうはいない。

 だからこそ、俺はこの場所を徹底的に調べた。

 

「石崎、スプレーを出しな」

 

 石崎に指示して黒のスプレー缶を出させた。

 1人、俺は扉を開く。

 夕方に差し掛かった冬の風は肌を震わせる。

 天候は曇り。暗い雲が太陽を隠し、寒さを助長させていた。

 俺は慣れた寒さを無視して、屋上に一歩を踏み入れる。

 屋上に出た外側の上、この場所に1台しか監視カメラは設置されていない。

 音声カメラはここにはない。職員室などの管理室や重要性の高い付近にしか設置していないことも把握している。

 俺はその監視カメラの真下まで行き、手に持ったスプレー缶を噴射した。

 バンダルドームカメラ。強力ポリカーボネイトのレンズカバーにスチールのボディは破壊行為に対して強い。

 だが、防犯カメラを無効化するために必ずしも破壊する必要はない。

 瞬く間にカメラカバーは黒一色へと変わっていき、監視の役割が消える。

 これで映像は届かなくなる。

 

「カメラを塗りつぶしましたか。罰は確定ですね。

 言ってくれれば僕がハッキングくらいしてあげましたよ」

 

 ずらずらと部下どもが俺に続く。

 相変わらず、このバカの発想はぶっ飛んでやがる。

 

「クク、大した罰じゃねぇさ。それにハッキングのリスクは俺にとって不確定だ。たとえお前が完璧にこなせてもな」

 

 罰が軽い根拠も得ている。

 俺は以前、同じように別の場所で監視カメラを塗り潰し、それを坂上に自主申告した。

 結果は監視カメラの清掃修理費としてポイントを取られ注意を受けただけ。

 その際に常時監視しているカメラの存在と音声カメラの存在も聞きだしておいた。

 

「そろそろ彼らに説明してあげたらどうですか?」

 

 そわそわとした態度を見せる石崎を傍目に、カムクラが今日やることの解説を求める。

 アルベルトと石崎はすぐに顔をこちらにむけた。

 

「そうだな。そろそろ、お前らにも今日やることを説明してやるよ。

 お前は念のため監視でもやってろ」

 

 指示通り、カムクラは扉の方へと歩いていく。

 今日の奴はだいぶ忠実だな。

 それほど今日の出来事に期待しているってわけだ。

 

「今日この場には、軽井沢を屋上に呼び出している。俺はそいつからXの正体を吐かせ、Xもこの場に呼び出す予定だ」

 

 今日の全ては言わない。

 アルベルトは問題ないが、石崎に説明すればボロが出かねないからだ。

 

「……軽井沢は本当に来るのでしょうか?」

 

「必ず来る。もし来なければ軽井沢の過去を学校中にバラしてやると書いてやったからな」

 

 過去いじめを受けていたという情報はカースト上位の女にとって惨めで切り捨てたい過去。

 今の地位を維持するためには危険覚悟で乗り込んでくるしかない。

 

「なるほど。でも、そう簡単にXの正体を吐きますかね?」

 

「まぁ、普通には吐かないな」

 

 Xは軽井沢に真鍋達を含む外敵から守ることを約束しているはずだ。

 それを対価に軽井沢はXのために身を粉にして働いている。

 

「なら、普通じゃないことをするだけだ。どんな手段を使ってでもな」

 

「……どんな手段でも。つまり……」

 

「察しの通りだぜ、石崎」

 

 笑ってやれば、石崎は身震いする。

 こいつとはそれなりに距離感が近くなっちまいやがったが、俺への恐怖はしっかり覚えているようだ。

 そう、俺は今日奴の駒である軽井沢を潰す。

 その種のメールを真鍋を利用した時に奴が使用したメールアドレスに送ってやった。

 

「で、でも軽井沢がメールを学校側にチクったらどうするんすか?」

 

「出来ねぇよ。そんなことをすればこっちは軽井沢の過去を学校中に暴露すればいい。

 どんな方法をとっても軽井沢だけじゃこっちを抑えることは不可能なんだよ」

 

 対抗策があるとすれば、軽井沢か綾小路か、どちらかが俺を説き伏せることくらいだろう。

 最悪のケースはどちらも屋上に来ないことだが、その時のことも用意している。

 虐めの過去をバラされた軽井沢は壊れる。

 Xの駒から外れ、戦力が削れることになるだろう。加えて、そのまま標的を平田に変えて、同じことをしてやればいい。

 平田の弱みは簡単に作れそうだからな。

 

「さてアルベルト、お前は少し降りたところで待機だ。軽井沢が来た時は通せ。それ以外の奴らが来たときはすぐに携帯で俺に知らせろ」

 

 静かに頷き、アルベルトが扉に向かっていく。

 念のための見張りを置いておけば、不測の事態にも対応できる。

 入れ替わるようにカムクラが帰ってきた。

 

「やれることはやった。後は待つだけだ」

 

「ええ、期待して待つとしましょう」

 

 無表情で奴はそう言った。

 だが、その言動は本当に楽しんでいる奴のそれだ。

 

 

「────予想の出来ない未来を」

 

 

 入学当初と比べて、随分と人間らしくなった。

 良いか悪いかは知らねえが、俺はそう思った。

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 約束の時間の数分前、屋上の扉が開かれ1人の生徒が現れる。

 冬本番の冷たい風をその身に浴び、僅かに体を硬直させる今日の主役。

 

「待っていたぜ軽井沢」

 

 携帯をポケットにしまい、もてなすために立ち上がる。

 二人の部下もそれぞれ軽井沢に向き直る。

 多少緊張した様子の石崎と既に来たことが分かっていたかのように落ち着いた様子のカムクラ。

 どちらが恐ろしいかと聞かれたら答えは明白だ。

 事実、軽井沢は正解を選び、睨みを利かせていた。

 だが、俺がもう一歩前に詰めてやれば、警戒は俺に向けられる。

 

「……今朝あたしに送ってきたメール、あれどういう意味?」

 

「そのまんまだ。真鍋からお前の過去を全てを聞いた。

 バラされたくなかったら、俺の命令を少し聞いてもらおうと思って呼び出したわけだ」

 

 表情の変化はなし。

 自分の見たくない過去を揺さぶってやったというのにこの反応ならば、精神力はそれなりにあるらしい。

 

「しかし、やはり1人か。俺は大穴でこの時点でXが来ると思っていたんだがな」

 

「あんたが1人で来いって言ったんでしょ……」

 

 元々正体を隠したがっていた綾小路の野郎が不用意に現れるわけがない。

 俺ならば呼ばれてなくても顔を出して暴れるくらいはしてやったが、思考が似ているというだけで性格までにているわけではないか。

 

「で、いったい何なの命令って。全く理解できないんだけど……。寒いから早く話を終わらせてくれない?」

 

 掌で両腕を擦る軽井沢。

 事情を知らないアピールなど無駄なことだ。

 

「ならなんでこの場に来た。本当に理解できないなら無視するのも一つの手だったはずだ。

 にもかかわらず、お前はこの場に来た。それとも真鍋が言っていることは根も葉もない情報だとでも言いに来たか?」

 

「……そうよ。誤解は誤解のままじゃダメじゃん」

 

「ああ、誤解ならばな。だが、火のない所に煙は立たぬとも言う。

 クク、この場にいる全員、お前が元虐められっ子だってことは既に知っているぜ」

 

 睨んでいた両目に覇気はなくなり、悔しそうに唇を結ぶ。

 脆いハッタリは指摘されればすぐに態度に現れる。

 

「惚けるのはやめろ軽井沢。俺はさっさと本題に入りたいんだよ」

 

「……何が目的なわけ?」

 

 弱弱しい肯定につい、唇が弧を描く。

 強者が弱者に敗北する瞬間は番狂わせ。すなわち、未知の瞬間を堪能できる愉悦の時間だ。

 それが面白いことは認めよう。カムクラが未知を追い求める理由も理解できる。

 だが、弱者が敗北を認める惨めな瞬間。

 これもまた俺は愉悦の時間だと感じられた。

 

「お前の裏にいる人間……Xの正体を教えろ。そうすればお前の過去は全て黙ってやるよ」

 

 シンプルな答えに軽井沢も納得がいっただろう。

 さて、ここからどうやって吐かせるか、そこからが楽しい時間だ。

 

「そんな人、いない」

 

「そうか。ならまず、Xが何をしたのかについて答え合わせをしよう」

 

 一瞬、カムクラの様子を確認する。

 退屈そうで今にもツマラナイと言いそうだ。

 その横で石崎はまだ肩に力が入っていやがる。

 

「船上試験終了後、Xは真鍋たちがお前を虐めている場面を撮影することで弱みを作り、その証拠を担保にお前はXに協力していた。違うか?」

 

「……違う」

 

 分かりやすいほど目が泳ぐ。

 どうやら、真鍋を封じた方法は正しく知っているようだ。

 

「体育祭の時、Xはその動画によって逆に真鍋を脅し、Cクラスを裏切らせた。

 結果、真鍋たちはスパイとして情報を提供し、俺の目的を一つ潰しやがった。

 どうだ、これは知っていたか? お前が虐められている動画をXはネタにしてやがったってことを」

 

「……そ、それは」

 

 強張る表情。どうやらこっちは知らなかったようだ。

 何にしても、こいつはXと強い繋がりを持つことは明白だ。

 そしてやはり、Xは軽井沢を捨て駒のように扱ってやがる。

 

「って、ていうか、Xだっけ?そんな人誰って話なんですけど」

 

 この期に及んでもう一度話を逸らす軽井沢。

 俺はもう一歩近づいてやる。軽井沢は半歩引くが、それだけだ。

 脱兎のような逃げる姿勢を見せない。

 

「もしあたしに何かしたら……学校側に言いつけてやる」

 

 余裕のない表情で強がる軽井沢。

 こいつはまだ自分にされることを自覚していない。

 俺の噂を知っていてもこの学校は監視カメラがあるから問題が起きないとでも踏んでいるからか。

 まぁ、何だっていい。

 

 こいつも、綾小路も、俺に歯向かうことの恐ろしさを教えてやらないとな。

 

「……っ!?」

 

 俺は無防備な軽井沢の脇腹を蹴りつける。

 久しぶりに振るう暴力は非常に気分の良いものだった。

 二回転した後、唾液を何度も吐き出しながら息を整え、腹を擦る軽井沢。

 俺はその金髪を掴み、上半身だけを起き上がらせる。

 

「おい、俺は惚けるのはやめろって言ったんだぜ軽井沢。俺に訊かれたことだけ答えろ。時間の無駄だ」

 

 怯え切った瞳の色。今にも取り乱しそうな尋常じゃないほど震えた身体。

 かつて相当ないじめにあっていたことに誇張はなさそうだ。

 

「Xは誰だ、軽井沢」

 

「……し、知らない」

 

 再度目を細め、否定する。

 恐怖を感じながらも強がれるその精神力は目を瞠るものがあった。

 

「そうか。お前はXを庇うのか。なら、お前の過去を学校中にばらしても構わないんだな」

 

「っ……」

 

 無意味な抵抗だ。

 攻められれば黙り込むしかできない。

 1人で何とかできる段階はとっくに過ぎている。

 

「無駄な知恵を絞るな。もうお前が考えてどうこうできる段階じゃないんだよ。

 選べる選択肢はもう限られている。そして俺は既にもっとも正しい選択肢を提示している」

 

 すなわち、Xの正体を吐くこと。

 そうすれば、軽井沢の過去は守られる。

 状況が逼迫している今、Xを切り捨てることだけが自分の助かる道だと嫌でも浮かばせる。

 

「……もし、もしあんたのいうXがいるとして、それを今口にしたとして、あんたはそれを信じるの?」

 

「確かに、どう確かめるんですか龍園さん?」

 

 石崎もそこにひっかかったのか、会話に割り込んでくる。

 今石崎が首を突っ込むことは軽井沢に逃げ道を与えてしまう。

 俺は黙るように指示を飛ばそうとしたが、その前にカムクラに睨みを利かせられ、委縮する。

 そして申し訳なさそうに口を閉じる。

 

「嘘をついたことが分かればすぐに暴露する」

 

 しかし脅しを跳ねのけ、軽井沢は目尻を上げて強気に反論する。

 

「……それは嘘でしょ? あんたはあたしの裏に誰かいると思った。だけど確実な正体に近づけないからあたしに接触してきた。なら、簡単にそんなチャンスを捨てるとは思えない」

 

「それで?お前の予測だとその後の俺はどうするんだ?」

 

「あんたは、あたしを利用し尽くす。……あたしが情報を吐くまで何度も聞いてくるつもりなんでしょ? 

 けど、あたしもバカじゃない。今真実か嘘か判別する方法がない以上、あんたにことあるごとに利用させられるのなんて真っ平ごめんよ」

 

「なら、どうする?」

 

「何も答えない。どうせ何を言っても確かめる術が無いんだもん」

 

「黙ったままでも俺は暴露するぞ」

 

「あんたの言う嘘の情報を私が黙認しちゃったら、あんたも面倒が重なるんじゃないの? 

 ……何度も利用するより前に、あたしがその嘘だらけの情報を流すことをどうでもいいと思ったら、あんたからすれば手間がかかる」

 

「クク、過去を暴露してしまえばお前は口を割る理由がなくなる。俺はお前を利用するメリットがなくなる訳か。

 だが、所詮時間稼ぎだぜ。俺はお前の口から聞けなくてもゆっくり正体を突き止める」

 

「でもそれは今後も仕掛けるってことでしょ。捜査しすぎて、Xって奴があたしを見限って雲隠れしちゃったらどうするの? 本末転倒なんじゃないの?」

 

 賢い女だ。

 追い詰められた精神でここまで頭の回転が速いとはな。

 自分の利用価値を正しく理解しているからこそ、ここまで口が回る。

 軽井沢が自分の過去を暴露されることにこだわりをなくせば、俺たちはXの手がかりを一つ失い、また捜索をやり直させられる。

 それを何度も行えば、Xが軽井沢を切って本気で正体を隠しに行く。

 そうすれば俺の目的は果たせない。

 なるほどな。上手く自衛手段を考えていた上で単独で乗り込んできたか。

 となれば、これ以上入れ込みすぎずにこいつを解放してやることは一つの選択肢に入る。

 だが、それは最善ではない。

 

「結局、Xに一番近い所にいたのはお前だ。そう調べがついている以上、お前から聞き出すのが最も確実なのは変わらない」

 

「……脅しても私は口を割らないって言ったつもりだけど」

 

「クク、さぁどうだろうな。交渉じゃ口を割らせられないなら、少々手荒になるしかねぇな」

 

 手入れされた金髪から俺は手を放す。

 突然抑えられていた力点がなくなれば、軽井沢の顔は重力に従って落下し、地面に激突する。

 軽井沢は鼻を両手で抑えながら悶えた。

 

「一つ仮定の話をしてやる。お前はどうやら俺がXの正体を知らないと高をくくっているようだが、実は俺がXの正体に目星をつけていたらどうする?」

 

 体の震えは止まり、首を上げて俺を見る軽井沢。

 痛みと驚きで今にも絶望しそうな表情を浮かべていた。

 

「……何言ってんの? あんたは私からXって奴の正体を知りたいからこんな酷い事をしているんでしょう?」

 

「なぜそう断言できる。今日の俺の発言は全てが嘘かもしれないぜ」

 

「じゃ、じゃあ何で私にこんなことするのよ」

 

「お前がXの正体を知っていて、Xに一番近い存在だからだ。

 だから今日の目的がXの正体を知ることではなく、Xの手駒を一つ……確実に潰すことであっても何ら不思議じゃないだろう?」

 

 突き付けられた事実をだんだんと理解していく軽井沢の表情は比例するように歪んでいく。

 これから自分にされることを思えば、トラウマは刺激されるに違いない。

 

「石崎、一つ下の階に行ってバケツに水を汲んで来い。清掃用のバケツが二つある。とりあえず二杯だ」

 

「え? 水、ですか。何に使うんですか?」

 

「早くしろ。俺に反抗する気か?」

 

「い、いえ。すぐに持ってきます!」

 

 慌てながら石崎はカムクラの横を駆け抜けていく。

 すると、その少し目を逸らした隙に軽井沢は震える足を無理に動かして立ち上がろうとする。

 

「もう何をされるのか理解したみたいだな。で、立ち上がって何しようってんだ?」

 

 やることは二つに一つ。

 この場から全力で逃げ出すか、俺たち4人をのして逃げ出すか。

 だが、苦痛の原因である脇腹を抑える様子からすれば、選択肢は前者しかありえない。

 予想通り、軽井沢は踏ん張りを利かせて扉の方を見据えていた。

 しかし、その一歩目が踏み込まれることはなかった。

 

「どこに逃げ場がありますか?」

 

 予備動作を感じさせない一瞬の身体運びで背後を取ったカムクラが軽井沢の左手首を掴み、背中に回していた。

 感情が乗っていない声は軽井沢の耳元で囁くように告げられる。

 

「逃げる場所なんてないでしょう? 今逃げればあなたは過去を暴露され、クラスにおける地位も友人も消え、あなたのことを守ってくれるXとの繋がりも消える。

 そうすれば、今まで高圧的な態度でカースト上位に君臨していたあなたは虐げてきた下位の人間の格好の餌食となる。

 そんな未来のどこに逃げ場がありますか?」

 

 ピタリと軽井沢が硬直する。

 悲壮感は消え、俺が暴力を振るった時よりももっと絶望した表情が垣間見える。

 

「クク、だがそんな未来にならない選択肢を俺は既に用意しているよな?」

 

「……私の裏にいる存在のことを教える」

 

「そうだ。そうすれば、お前はトラウマを穿り返さないで済む」

 

 軽井沢はフラッシュバックしたのか、体を震わせる。

 唯一自由な右手で左胸元を抑えるが、止まる気配はない。

 

「この学校で得た地位、友人、恋人。全てを捨てたくはないだろう?」

 

 悲惨な過去があるならばもう二度とそんな過去に戻りたくないと思うのが常だ。

 軽井沢は項垂れながら右手を頭に当てる。

 それは必死に考える素振りにも見えれば、フラッシュバックへの抵抗にも見えた。

 

「Xは誰だ軽井沢、そうすれば……」

 

「────知らない」

 

 唐突に、その震えが止まった。

 そして精一杯の睨みを利かせ、

 

「……そんな人、知らない!」

 

 恐怖に抗って見せる。

 正直、俺は感心した。

 強い精神力だ。

 今の今まで弱り切っていたのに何を思い出せばここまで強く吠えれるか、そんな興味が湧く。

 

「お、お待たせしました」

 

 タイミング良く、石崎が戻ってきた。

 両手には8割程の水が入ったバケツが二つ。

 俺は石崎に目で合図する。

 僅かに引きつった顔による応答は何を指示されているか理解した証拠だ。

 

「残念だぜ、軽井沢」

 

 カムクラは軽井沢を前に押し出すようにして離れる。

 石崎は指示通り、バケツの水を軽井沢の頭に思いきり被せた。

 

「っっ!?」

 

 声にならない叫びと共に今度は両腕で身体を抑える。

 体の芯まで、心の芯まで冷やさないように、必死に。

 

「思い出すか? お前の大嫌いな過去を」

 

「い、いや……!」

 

 へたへたと音もなく床に崩れ落ちていく軽井沢。

 耳を塞ぎ、現実逃避に勤しみ始めた。

 

 

「お前が選んだんだぜ軽井沢。その末路もしっかりと受け取れよ」

 

 

 俺は俺の快楽のために軽井沢を潰す。

 さて、こいつの精神はどこまで持つか。

 精々楽しませてもらおう。

 

 

 

 




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