修正版です。約2000文字加筆しました。
主に戦闘シーンを加筆しています。始めと終わりの部分は全く変わってないです。
結果は最新話までの流れ通りですが、戦闘描写を加筆したことで過程はだいぶ変わっています。
是非、お読みください!
体勢を立て直す綾小路。
カムクラは構えを取り終えるまで待った上でもう一度仕掛ける。
掌底の形に手を整えた瞬間に地面を蹴り、綾小路に迫っていく。
移動の瞬間だけ時間を切り取られたような動き。
それは、ホワイトルームで教わっていない独特の動きだった。
「……」
しかし、綾小路清隆とて怪物。
迫ってくる拳を防御、追撃を防ぐためにバックステップで距離を確保。
そのまま一定の距離を保ち、防御の構えを維持する。
(まるで、殺し屋のような足運びだ)
一度見れば、大抵の物事は対策を立てられる。
それは、カムクライズルの才能が用いられた攻撃とて例外ではない。
見たものを分析、再現、そして己のものに昇華させる能力はホワイトルームで生まれた生徒の中でもずば抜けて優れている。
だからこそ、カムクライズルの動きを頭から全て観察し続ける。
(……独特な足運びとミスディレクション、そして身体動作の繋がりを省略するレベルの身体運び)
綾小路は完璧な解答を導く。
カムクラの使用している才能は超高校級の暗殺者の才能。
音を消して歩くことも、人の視界から一瞬で消えるように動くことも可能な才能だ。
そこに運動能力に関係した才能を併用することで、身体運びの質を究極的に高めている。
加えて、マジシャンの才能。
ミスディレクション、手品やスポーツでよく使われる技術をその動きに利用している。
動く直前に手に力を込めたり、首を動かすことで相手の視線を誘導して足運びへの意識を逸らしている。
「……分かってしまえば対策は可能だ」
綾小路は攻略法をカウンター主軸に変更する。
まともに殴り合えば、分が悪い。
ならば、わざわざ付き合ってやる必要はない。
「……ッ!」
もう一度地面を蹴ったカムクラに、綾小路は目を見開く。
その動きは直線的。先ほどのような消える動きではない。
それは身体能力に任せた全力の突撃。
瞬きする間もなく、音のない手刀が真横から首を刈りとるような軌道で綾小路に迫っていた。
間一髪、綾小路は上半身を反らすことでその一撃を回避する。
(……不味い)
崩れる姿勢は手一杯の証明。追撃に備えるには体勢を整える時間が足りない。
綾小路は腕をクロスし、筋肉に力を込めて防御に全神経を張り巡らせた。
交戦距離は至近距離。
僅かに上げた足から地面が砕けたかと錯覚させられる程の踏み込み。
カムクラの身体の向きが90度曲がれば、
────右肩を中心とした突進が綾小路の防御の上から襲いかかる。
靠撃。
中国拳法の1つ、八極拳の技。
独特な身体運びから繰り出される極限まで威力に拘った一撃はいとも簡単に防御を崩し、隙を生む。
そして、踏み込んでいた軸足に身体全体の勢いを乗せて膝蹴りを腹に決めた。
「清隆っ!!」
悲壮な表情で叫ぶ軽井沢だが、それはさらに歪むことになる。
沈めた足を戻したカムクラは僅かに宙に浮いた綾小路の背中に右前腕を振り下ろす。
ガードを崩された綾小路に避ける術はなく、トマホークを連想させる一振りが直撃した。
しかし、綾小路は両足に踏ん張りを利かせて体勢を維持して見せる。
そこから体を捻り、死角からのアッパーを振りぬく。
「……」
バックステップで攻撃を避けるカムクラ。
未来予知じみた分析からの回避ではなく、反射神経のみの回避。
掠りすらしない攻撃だったが、綾小路は初めての回避手段を取らせていた。
「……マイナス感情に従って動く。これもまた、初めての経験ですね」
冬風によって靡く髪を肩の後ろに回すカムクラ。
両手を二度三度握って自分の調子を確認しながら、綾小路が構えを取り直すことを待っていた。
綾小路には連撃のダメージは残っている。
だが、構えを整えた綾小路の表情に苦痛は映っていない。
「お前の……消えるように動くその歩法はどこで習ったんだ?」
「習ったものではありません。元々使えました。
距離を詰めるという行動において、効率的な歩法の1つとして僕は利用しています」
綾小路はその返答に眉が動く。
「……鍛錬なくしてその動きを身につけたというのか? ありえないな」
綾小路は不満を表すように早口で続ける。
「嘘をつく理由がありません」
「いいや、ありえない。
鍛錬なくしてその動きを行うなんて不可能だ。
歩法の精度から考えれば何度も反復練習を繰り返していなければ説明がつかない」
怪物を睨む綾小路。
膨大な知識を詰め込んだ綾小路の脳を以ってしても不可能と結論付けられれば、それは滅多なことでは狂わない。
狂うとしたらその過程が全く新しいものだったか、理屈がない行動だけだ。
「────お前は何なんだ、カムクライズル。
才能という言葉だけでは説明がつかない。お前の存在は非現実的すぎる」
吐き捨てるように告げれば、綾小路は構えを整え直す。
「あなたにとっての未知ですよ」
その言葉を皮切りに戦闘は再開する。
カムクラは暗殺者、マジシャンを併用した歩法でもう一度攻めた。
手刀を構え、その意識を刈り取ろうと首元へ振るわれる。
しかし、綾小路はその動きを分析し終えている。
余裕を持って首を引き、カウンターの拳を顔面に放った。
「甘い」
カムクラもまた顔を動かして躱す。
「甘いのはどっちだ」
綾小路は伸ばした拳を引かずにカムクラの髪を掴む。
そのままガッチリと握り、引き寄せる。
黒く長いその髪はカムクライズルの特徴。
だが、戦闘においてそれは弱点と変わる。
もっとも、ただの弱点ではない。戦闘のプロの中でもひと握りだけがつける僅かな隙だ。
そして、この条件を満たす綾小路が見逃すはずがない。
「……」
強い力で引かれることで弦のようにピンと張る黒い長髪。
カムクラは顔色ひとつ変えず、張っている部分に手刀を振り下ろす。
大量の髪がパラパラと切れていく。部分的に切られたことでかなりバランスが悪くなっていた。
「……一気に切りすぎましたね。これは後で整えなくてはいけません」
「どこを見ている」
手刀を振るったことで一手遅れたカムクラ。
綾小路はその隙に左ストレートを放つが、手の甲で拳の軌道が逸らされる。
しかし、綾小路もチャンスを逃さない。
再度、髪を狙って攻撃を続ける。
「容赦なく髪を狙う点、そこは評価しましょう」
先程のように距離を詰められれば、攻撃を躱しても髪が掴まれる。
そんなわかりきったことに対応しないカムクライズルではない。
カムクラは先程より回避距離を延ばすことで、綾小路の追撃を連続で回避する。
「しかし、このままではいつまで経っても僕を捕まえらえれませんよ」
「どうかな? 続ければ、いつかは捕まえられるかもしれないぞ」
「そうですか。では、近づく時はご注意を。僕はレスラーや柔道家、合気道の才能も持っていますので」
回避距離が延びるということは、その分だけ予備動作と足に込める力のため時間がかかる。
だが、その隙も超分析力、暗殺者の才能を併用することで、付け入る隙にはならない。
問題点は体力を多く使うことだ。
(……反射神経と分析力だけじゃない。このステップ……、キックボクシングの動きか?
そこにさっきのステップを混ぜて、予測が難しい足運びに変わっている。フェイントを……判別しにくい)
細かいステップを踏み続け、綾小路は揺れる長髪に何度も手を伸ばし続ける。
だが、依然として捕まえられない。
腰を低くしてスピードを上げ、反撃を受けない距離感を保ちながら何度も突撃を繰り返すが、結果は変わる気配がない。
(……最高速度が俺より速い。そして何よりこの加速度。……0から100へ、100から0へ変わる速度が異常だ)
独特な歩法、それだけなら綾小路は対応できるが、問題はフェイントと速度、そして近づきすぎた時の反撃だ。
仮に、後先を考えずに全力疾走で突撃すれば、触れることは出来るかもしれない。
しかし、そうすればスピードで劣る綾小路にカムクラの攻撃を避ける術はない。
(だが、勝機はある。この状態を維持すれば、先にへばるのは奴だ)
特別棟までの往復によって、カムクライズルの体力は減っている。
であるならば、体力の消耗が激しい動きをしているカムクラの方が限界が近いことは自明の理と綾小路は考える。
そして事実、流石のカムクライズルでもこの回避を連続で使用していれば、体力の限界はどんどん近づき、やがて魔の手に捕まるだろう。
だが、
「……どうなっている?」
それは、
結果として、先に失速したのは綾小路。
カムクラとて汗は流れ、呼吸を整えているが、それでも膝を掴み、肩で息をする綾小路の方が疲労度は目に見えてわかっていた。
原因は単純、綾小路自身の誤算だ。
己の身体がホワイトルームにいた頃より落ちぶれていることは分かっていた。
だが、想定以上にカムクラの動きについていくことは体力の消費が激しかった。
その誤差が、綾小路らしからぬミスに繋がっていった。
「才能の差ですよ。僕の身体はあらゆる才能を使える身体。
体力も、体力の回復速度も常人の比ではありませんから」
全ての才能に対応できる身体と脳を持つ人間がカムクライズル。
運動することに重要な体力に関係する才能、陸上選手やマラソン選手のような短距離、中距離、長距離とそれぞれに必要な体力の使い分けも自由に可能だ。
「……そうか。それは『勉強』になるな」
息を整え終えた綾小路は地面を強く蹴った。
上段蹴りが風を切って勢いよくカムクラに迫る。
上半身を上手く下げてカムクラは回避するが、攻撃は続く。
綾小路の左足は空中で止まった後、逆再生のように首元へ戻っていく。
だが、これも上半身を反らして避けられた。
カムクラはそのままバックステップで再度距離を確保した。
「────ここだ」
攻撃が終わったと思わせて綾小路はもう一度距離を詰めるために地面を蹴った。
この行動に、カムクラは一瞬だけ目を見開いた。
綾小路にしては反撃を恐れない一手、かつその距離を詰める歩法に見覚えがあったからだ。
その歩法は────予備動作が全く存在せず、まるで時間を飛ばしたかのような動き。
すなわち、先程のカムクラの動きだ。
「カムクラさん!」
石崎は思わず叫ぶ。
絶対的な信頼を寄せていたカムクラの鳩尾に左ストレートが入った。
その事実が信じられず、瞠目した。
だが、
「……30点ですね。まだまだ粗すぎる」
鳩尾に入ったように見えた攻撃は、カムクラの右掌に収まっていた。
その事実に今度は綾小路を信じる軽井沢が瞠目することになる。
「その発想力は素晴らしい。僕の予測を超えようと実行した策の中では、一番良いでしょう。
しかし、足りませんでしたね────」
────才能が。
左拳が綾小路の腹に打ち込まれた。
その拳は、超高校級の格闘家と軍人の才能が込められた一撃。
あまりの衝撃に、綾小路は意識が飛びかけてしまう。
だが、怪物の猛攻はこれで終わらない。
立て続けに右手で掌底、ふらついた体にとどめの後ろ蹴り。
身体を反転させ、軸足と反対側の足でボディを狙った強烈な一撃が、綾小路を吹き飛ばした。
地面に背をぶつけて一回転すれば、綾小路の身体はうつ伏せる。
「清隆ッ!!」
叫ぶ軽井沢。
立ち上がり、千鳥足ながら精一杯の最高速で綾小路の元へ。
何度も名前を呼びかけるその様子は一心不乱、人を助けようとする意志が感じ取れる。
「……少し、やりすぎましたね。意識はありますか?」
カムクラは友人に声を掛けるような軽い態度で、ゆっくりと綾小路の元に歩み寄っていく。
それに気づいた軽井沢は振り返り、大きく手を広げ、立ちふさがるようにカムクラの前に立った。
「オモシロイ。超高校級の絶望の味を知った上で、まだ僕の前に立つとは」
「もう……、喧嘩は終わり! これ以上やったら、今日のこと全て学校に報告する!!」
「それは困りますね」
軽井沢の発言には覚悟があった。
これ以上戦闘を続ければ、自分を犠牲にしてでもこの場を収めてみせるという覚悟が。
「良いでしょう。戦いはこれで終わりです」
カムクラもまた、今回は綾小路に勝利の花を持たせるつもりだったため、その覚悟を立たせる。
ヘナヘナと力なく折れていく軽井沢の膝。
今度こそ、軽井沢は本当に限界だった。
カムクラはこの強く美しい意志に、心の底から敬意を送った。
「────やはり、オレはまだまだ『学習』できるんだな」
これにて屋上の戦いはお終い、この場にいる者全てがそう思った時だった。
軽井沢の後ろで、それは蠢いた。
フラフラと、ゆっくりと、その何かは這い上がるように動きを見せていく。
「清隆!? 大丈夫!?」
綾小路清隆は己の足で再び立ち上がった。
口元を流れる血を拭い、真っすぐカムクラを見ていた。
「もうやめよ、清隆!! あいつもこれでやめるって言ってる!!」
軽井沢は必死に呼びかけるが、綾小路は一歩を踏み出していく。
一切の感情を映さなかった瞳。
その瞳は今、情熱的に標的へ向けられていた。
「彼女の希望を無視しない方がいいですよ」
カムクラは諭すように告げるが、綾小路は一切聞く耳持たず、軽井沢の横を通り抜けてくる。
────そして前触れもなしに、地面を蹴った。
予備動作が全くなく、まるで時間を飛ばしたような動きでカムクラに迫っていく。
「……なるほど。その学習能力、目を見張るものがありますね」
喉元を狙った突きは怪物の左手で覆いかぶせられるように捕まっていた。
今の綾小路が出せる最高最速の攻撃。
それは、カムクラの喉元僅か数十㎝まで達していた。
もし、この歩法がカムクラと同等の質であれば、結果は違っていただろう。
だが、今の歩法の完成度は甘くつけて8割。
これでは、超高校級の希望には届かない。
「やはり、あなたはいずれ僕の敵となり得ますね」
手を放すカムクラ。
視界を広げるために、冬風で靡く長髪を左右に散らしていく。
「続けますか?」
いっそう強くなるカムクラの覇気。
希望と絶望が混ざり合って昇華したような圧倒的な気配に、綾小路の背に思わず冷や汗が流れる。
しかし同時に、興味が生じていた。
圧倒的な才能。予想外のその先が見れることに、綾小路の欲は駆り立てられていた。
膝を曲げ、両腕を構えるカムクラ。
ありとあらゆる武道の才能を持った独特の構えはあまりに美しく、綾小路の興味をさらに刺激する。
「……ああ、お前なら────」
敗北の予感が頭を過ぎる。
心の危険信号として恐怖が綾小路の中にぶり返してきていた。
にもかかわらず、綾小路はその状況から引かない。
見たい、知りたい。
好奇心が恐怖を遥かに凌駕していた。
「────そこまでだ」
突如、屋上の扉が開かれた。
カムクラと綾小路の視線は同時に扉から現れた人物に向けられる。
そこには、元生徒会長である堀北学が険しい目付きでこちらを見つめていた。
────────
「全員動くな。
鋭い視線がこの場にいる者一人一人を射抜いていく。
元生徒会長、その登場はこの場の空気を静めるには十分すぎた。
「……ある情報とは何ですか?」
カムクラはその空気など気にすることなく告げる。
「先程、1-Cクラスの伊吹澪が特別棟にて倒れていることが1-Aクラスの生徒によって発見された。
訳あって学校に残っていた俺はCクラスの生徒が屋上に入ることを目撃していたため、原因が君たちにある可能性があると考え今この場に馳せ参じた」
あまりに都合の良いタイミングで現れた生徒会長。
慌てふためく石崎以外はこの介入が意図的なものだとすぐに理解した。
「……クク、時間切れのようだな」
独特な笑い声とともに1人が呟く。
「りゅ、龍園さん!! 大丈夫なんすか!?」
声の発言者は龍園。
大の字で寝転んでいた彼は意識を取り戻していた。
上半身をゆっくりと起こせば、すぐに生徒会長の方を向く。
「ここで何をしていた龍園」
「ちょっとした遊びだ。伊吹のことについては後で説明させろ。今は身体が痛え」
ボロボロの顔面を見ても堀北学は何も言わない。
彼もまたこの状況を知っている人間、すなわちこの確認作業は全てでっち上げられた出来事だ。
龍園もそれを理解しているからこそ、報告を遅らせるように頼んでいた。
「わかった。報告は今日の18:00までに俺へメールで連絡しろ。
明日の朝、今日の出来事について坂上先生、茶柱先生を交えて話し合おう」
堀北はそれだけ言ってこの場を去っていった。
「本当に、初めっから俺の策を潰せたのにしなかったのか」
龍園は綾小路を睨みながら告げる。
堀北の対応から、彼が綾小路の差し金と既に気づいていた。
「1度お前を叩いておかないと、攻撃をやめないからな」
「この敗北を納得するとでも思っているのか?」
「少なくとも、オレはそう思っている」
「……そうかよ」
力ない細い眼つきで綾小路を睨んだ後、龍園は1度考え込む。
「堀北は信憑性を持たせるための証拠か。俺が今後もお前を執拗に狙えば、正体と軽井沢を切り捨ててでも俺たちを追い込むための算段のための」
「極力避けたい一手だがな。だが、その想定が起きればこうするしかないだろう」
「そうなった場合、俺だけじゃなくこの場にいた石崎やアルベルト、カムクラも道連れか。
つくづく、今回はお前の掌だったわけだ」
龍園のやり口は学校内ではどうしてもリスクが高い。
監視カメラが存在する以上、対策を立てることはそう難しくないのだ。
「で、どうするつもりだ綾小路。お前はこのまま俺を鎖にしてCクラスの動きを縛るつもりか?」
「別にこっちに対してこれ以上の無理をしなければ、今回のことを道具に使うつもりはない」
「そんな口約束を信じるほど俺は甘くねえよ。もしもCクラスによってお前が窮地に追い込まれれば、今日のことを学校側に通告する。違うか?」
「かもしれないな」
「なら、取引だ」
龍園はボロボロの体を起こす。
立ち上がりフラフラとした動きで綾小路の元へ向かう。
「お前は色気のない伊吹の写真を送ってきたな。
あれを学校側に提出することを止めてやる。捨て垢から送ったメールとはいえ、1つでも証拠があるならお前にもリスクがある」
あの写真が残っている以上、綾小路にとっても龍園にとっても付け入る隙。
伊吹の件に関わっていた事実がどうしても残ってしまう。
「わかった。後日、書面を残すか?」
「カムクラの名前でな。そんな怠いことを俺がする必要はもうない」
この契約が結ばれれば、この場で起こったことが広まる可能性は消える。
後は本人たちの口から語られない限り迷宮入り、そう思えた。
「────舐めるなよ綾小路」
臆することなくそう言い切る龍園。
しかし、未だ諦観した様子のままで、視線に力はない。
覇気もなく、普段の刺々しい気配は微塵も戻りそうにない。
「今回の件は互いに公表できないように取引を行ったが……まだ平等じゃねぇだろ、綾小路。
伊吹の件、関わっているのは元生徒会長だけじゃねぇな?」
龍園は確信があるかのように告げる。
「元生徒会長は伊吹を見つけた人間がAクラスと言っていた。
今日が終業式にもかかわらず、人気のない特別棟に偶然Aクラスの連中が現れることなんてのはあり得ねぇ。
お前の差し金だな?」
綾小路は肯定も否定もすることなくただ黙っている。
挑発的な瞳を龍園に向け、どこまで分かるか答えてみろと告げるように見下していた。
「大方、坂柳が関わっているんだろうが、まさかお前と繋がりがあるとはな。
だが、そんなことはこの際どうでもいい。重要なのはAクラスの連中が目撃者となったことで状況操作をすることができることだ」
龍園の推測通り、綾小路はそのことを想定していた。
たとえ伊吹の写真を提出されても、代わりの犯人として橋本を立てる準備が出来ていた。
転送データを詳しく見られれば綾小路にとっても探られる危険性はあれど、即座に犯人を立ててしまえば事件の追及はすぐに終わる。
そのための状況操作。そしてその件に適した人材として坂柳たちを利用したのだ。
「仮にあの写真を提出してもお前を追い詰める決定的な証拠にはならねぇんだろ?
だからこそ、今回の件はまだDクラスが圧倒的に優位なわけだ」
「なら、どうするつもりだ?」
「黙れ。これもお前の掌なんだろうが」
活力が一瞬だけ視線に戻ったが、龍園はすぐにボロボロな背を綾小路に向けて扉の方へ歩いていく。
「龍園さんっ! どこ行くんすか!」
石崎とアルベルトは慌てた様子で龍園の元へ駆け寄る。
行く手を塞ぐように2人は回り込む。
「どけ。お前らの王は負けたんだよ。
敗北した暴君についてくるレベルの馬鹿ではねぇだろ」
「な、何を言って」
狼狽える石崎。
龍園は歩みを止めずに2人の間を通り抜けようとする。
しかし、石崎はそれを阻むように間を潰す。
「ま、待ってください! 本当に何を言っているんですかっ!?
ちょっ、止まってくださいっ! ……カムクラさんっ! 龍園さんに止まるように言ってください!!」
それでも止まろうとしない龍園に石崎はカムクラへ救難信号を飛ばす。
それによってようやく龍園の足は止まる。
振り返って携帯を取り出した後に、ロック画面を開く。
その携帯をカムクラに向かって龍園はアンダーで投げた。
カムクラはがっしりとそれを掴み、龍園を見つめる。
「……責任は全て俺が取る。ポイントを移行しておけ」
薄く笑った龍園。
石崎はここですべてを理解した。
取るべき責任とはつまり、
「綾小路、この件は全て俺一人がやったことだ。退学になるのは俺だけでいい」
全ての責任を被って龍園が退学すること。
Dクラスの有利を帳消しするために、龍園が用意した最後の手段だった。
軽井沢からすれば自分を虐める存在が消え、綾小路からすればしつこく追い回されることもなくなり、Cクラスからすれば今回の実行犯として全ての責任を背負って消えてくれることによってDクラスから今回の件をこれ以上追及されなくなる。
それでいて、Cクラスの主要メンバーは残る。
先を見据えた一手だった。
「そうですか。まぁ、あなたがそう決めたならば僕が口を挟むつもりはありません」
「……クク、つまらない選択か?」
「ええ。しかし、その判断は万事解決の一手だと僕も考えます。
加えて、あなたが今回の敗北の意味、理由を正しく理解した上で判断したことですから、その結末を変えるつもりはありませんよ」
「か、カムクラさんっ!! 何を言って!!」
口を挟む石崎。
2人の上司による決定に納得なんていくはずもなかった。
言いたいことを言い切った龍園は石崎の肩を掴んでもう一度笑う。
「後はお前らで好きにしろ」
そう言い残し、龍園は屋上を立ち去ろうとする。
しかし、
「念のため言っておくが、俺も元生徒会長もここでのことを吹聴するつもりは一切ない。
そう取引している。つまり、この屋上で退学に値することは何も起こっていないことになるわけだ」
綾小路の言葉は龍園を立ち止まらせる。
「それでお前に何の得がある。俺がいる以上、お前は爆弾を一つ抱えることになるんだぜ」
「その爆弾も今日のことを言わなければ爆発しない。そしてその爆弾の矛先が他クラスに向いてくれればDクラスにとって有利だ。
他に得があるとすれば、葛城と結んだという契約だな。あれを続けてくれれば、Aクラスに継続的なダメージを与えられる」
つまり打算的な話だ、と綾小路は付け加えれば、今度は会話の主導権をカムクラが握る。
「つまり、無意味な退学になるわけですね。どうしますか、龍園くん」
「てめぇ、初めっからこの流れが来ると……」
鼻で笑うこともせず、いつも通りの仏頂面を浮かべるカムクラ。
それでも龍園には、この状況を楽しんでいるように感じた。
それが気に食わず、イラつきによって活力が少し戻っていく。
「……ふざけやがって。お前の掌の上でもあったってか?」
「まさか。僕の場合は今回の件を予想して、その帰着点だけが合っていた人間です。
いわば、傍観者ですよ」
「その割には随分と暴れやがったがな」
不服そうに文句を告げた後、龍園はまた少し考え込んだ。
「……まぁ、いい。どっちにしろ俺はもうリーダーの資格はねえ。
暴君が許されるのは、その権力が意味を成している間だけだ。ここまで負ければ、付き従う人間はいなくなる」
これまでの横暴な態度も、行動も、全ては結果が伴っていたから許されたこと。
他クラスを巻き込んでのX探しはそれだけ多くの波紋を生んでいた。
ここまで強引に自クラスの人間を動かした挙句、敗北。
その結果は学校中に広まることはなくても、Cクラスの生徒には伝わらざるを得ない。
そうすれば、龍園の立場は瓦解する。
加えて、全力でやったにもかかわらず敗北したことで、龍園はCクラスリーダーの資格がないと悟っていた。
「律儀な奴だ」
龍園はそう告げる綾小路に、様子を伺っているカムクラをみて舌打ちをした。
「ムカつく奴らだ。2人して結末がわかっているかのような目をしやがる。
……俺の考えは変わらねえぞ」
「さぁ、どうでしょうね。
堀北学の話によれば、結末が分かる話し合いは明日の朝らしいじゃないですか。
それまでゆっくり考える時間があります。結論を急く必要はありません」
龍園は無視して屋上の扉に歩いていく。
石崎はそれを止めない。
今の話を聞いて、自分で考える必要があると察しが悪い彼でもわかったからだ。
「僕たちも撤収しましょう。アルベルト、この場に残る証拠を全て回収してください」
カムクラが指示を飛ばせば、アルベルトはすぐに行動に移す。
石崎もまた付き従うようにカムクラの横へ位置づく。
「この続きは、今後の特別試験に取っておきましょう」
カムクラは綾小路を見て告げる。
「……悪いが、これ以上目立ちすぎる行動を取るつもりはない。
お前と遊ぶのは今日が最後だ」
「残念ながらそれは無理な話ですよ」
既に敵意はない。
伊吹澪に対しての仕打ちに感情が一時的に揺れ動いていただけで、カムクラの心はいつも通りに戻っていた。
しかし、それでもカムクライズルの中で綾小路清隆という人物はオモシロイ観察対象というより、転がして遊ぶ敵という認識が強まっていた。
「また会いましょう」
カムクラは石崎とアルベルトを引き連れて屋上を去っていく。
これによって漸く、屋上に残る人物は綾小路と軽井沢のみになった。
「……本当に待たせたな軽井沢」
綾小路は軽井沢に近づいていく。
寄っていく途中、軽井沢は前かがみの姿勢で倒れかけたので素早く抱き寄せる。
やっと己を襲う恐怖が消え、緊張の糸が切れていた。
「本当に、怖かった……怖かったよぉっ……!」
濡れた体を温めてもらうように綾小路の胸元に身体を深く寄せ、その胸を借りて涙をこぼす。
自分の意思で龍園とカムクラに歯向かって見せた軽井沢の精神は限界を迎えていた。
綾小路は応じるように強く抱きしめ、窘める。
その際、身体に痛みが生じる。
カムクラの打撃によって蓄積されたダメージは今になって骨を軋ませた。
しかし、この場は綾小路の策によって、綾小路の都合の良い結果に収められた。
そのことは変わらない。
過程がどうであれ、勝者は自分。
全く変わらないその性質は歪み切っている。
最終的な勝利を手にしたことを心の中でほくそ笑みながら、最後の仕上げにとりかかった。
感想欄で指摘してくださった方々ありがとうございます。
今回こそ、私が納得できる97話を書けました!本当に感謝です!
補足になりますが、今回のような修正は私も納得いっていないところがあったから修正したものです。
決して、感想やメッセージで展開や内容を変えるような事を仰られても、私が納得しない限りそれらを変えるつもりはありません。
今後も『ようこそ才能至上主義の教室へ』をよろしくお願いします。