ただ一つの、死のために。
僕には、自殺願望があった。
勉強や趣味、それに恋にだって、何一つ情熱を持った事は無かった。
だから、僕は死のうと思ったのだ。
僕は人が嫌いだ。
小学校の頃から機械的だとか、人間らしくないとか、とにかくそういう下らない理由でイジメられてきた。
別に、恨んでもない。
ただただ、人間というのはつまらないな、と子供心に感じていた。
結局の所、人間が固執するのは過去の事で、僕も今まさに過去の事をわざわざ掘り返している。
未来の話をする人間は、未来という不定形の物質を頑張ってポケットに詰めようとしているに過ぎない。
空から降ってきた雨を地面に染み込ませ、雑草に花を咲かせようとしているに過ぎないのだ。
それに、未来の話をするのは大抵が成功者で、既に偶然花を咲かせたからこそ、もう一輪咲かないかなと、ジョウロで水をやっているのだ。
僕は自分に与えられた雑草の種を、下らないという理由だけで飲み込んでしまった、過去を掘り返すタイプの人間で、きっとこのまま生きていくと、過去を掘り返して後悔するのだろう。
どうして種を蒔かなかったのだろうと。
胃に穴を開けて雑草が生えてこない限り、今の僕に花を咲かせる事は出来ないのだろう。
まあその気配も無いので、無感情で無感動のまま、僕は町外れの廃墟、それもとびっきり不気味な所で、首に掛ける縄の準備に精を出しているわけだ。
中学校に入った後も、やれと言われた事を機械的にこなし、普通に勉強し、普通の高校に行った。
中学校でのイジメは、特になかった。
高校に入ってから、僕は今の結論に至った。
人生に意味など無い。
自分の人生に意味を持てる人、つまり雑草の種を育て続ける理由を探すことが出来る人だけがこの世を生きていけるのだと。
思考の海に沈みかけた自分の身体を叩き起こし、漸く天井に縄を吊るす。
死を目前にして、後ろからガタリ、と音がする。
こんなところに人か?
自殺の途中で助けられたら面倒だ、捕まえておこう。
と、振り向く。
誰もいない。
人間だと思ったのは杞憂に終わり、きっとネズミか何かだろうと納得。
縄の方へと向き直る。
縄が切れている。
埃まみれの床に、汚い切断跡が残った縄が落ちている。
何かがいる、と本能的に理解した。
なんと、人生最後の瞬間を幽霊とやらに邪魔されるとは。
亡者が生者を生かそうとする光景に遭遇した僕は、つい失笑してしまう。
唐突に、抱きしめられるような、全身が温かく包まれるような感覚に襲われる。
襲われる、という表現は非常に不適切だが。
それほどに、温かい感覚だった。
それは、遠い過去に、それこそ前世、それよりも前かもしれない。
そんな遠い遠い過去に置いてけぼりにしてしまった、人の温もり。
飲み込んでしまった種を吐き出してしまいそうなほど温かく、僕に足りなかったのは感情でも情熱でも無く、温もりだったということに今更ながら気づかされる。
僕の母は、冷たい人だった。
今、僕を包んでくれているのは、きっと僕の母ではない。
ありがとう、誰かの、僕以外の優しい人の母よ。
これでまた、明日もここへ自殺にこれる。
僕は、自殺願望を持っている。
ここへ来て、自殺を止めてもらうために、毎日自殺を試みるのだ。
誰かの母の温もりを感じに。
見えぬからこそ、確かにそこにいるのだ。
見えないけれど、確かにそこに。
僕が恋した温もりは。
種を蒔かずとも、人は恋をできる。
見えぬ恋だからこそ、確かな物があるのだ。