少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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日常編
№Ⅰ「出会い」


 

 

 

 

 

 

 

「それじゃシスター、行ってきます」

「えぇ、(ひじり)。行ってらっしゃい」

 

 木造の2mはあるであろうドアの前で、俺は修道服に身を包んだ妙齢の女性に声を掛ける。

 厳かな雰囲気と静寂を纏う教会。

 清潔感のあるそこの身廊には木造の長椅子が規律良く並べられ、その先の高廊の上には純白の十字架が置かれている。

 一般人には広く知り渡られている教会の形、此処は礼拝堂ってのが正しい名称なんだけど……どっちも同じか。

 

「道中、気を付けるのですよ」

「分かってます。いつまでも子供じゃないですから」

 

 シスターの心配顔に、俺は軽く笑って答える。

 そう、俺だっていつまでも子供じゃいられない。

 今年から中学生として生活していくのだから、今までのように身勝手に行動は出来ない。

 今度は俺が此処の見本にならないといけないのだから。

 

「そろそろ時間です」

「えぇ。良い学校ですから、多くの事を学び、そして楽しむのですよ」

 

 シスターの笑顔に頷き、俺はドアを開ける。

 瞬間、眩しい陽光が俺の視界に差し込んできた。

 どんな闇をも払い尽くすその力に、思わず手で影を作って遮る。

 今日は快晴、良い1日になりそうだ。

 気分を少しだけ高めつつ、俺は教会から歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――私立聖祥大学付属中学校

 今年から俺が通う事になった学校だ。

 元々の聖祥は中学校から男女別の学校だったらしいが、近年からそれが併合され共学となっている。

 近年の少子化による弊害によるとか専らの噂だけど、そこは俺の知る必要の無い領域だ。

 そこに通えるだけでも、良しとしないといけないな。

 

「それにしても、私立なんて本当に良かったのか?」

 

 俺の住んでいる所は、さっきまで居た教会。

 正式名称は『海鳴礼拝堂』。

 どうして礼拝堂なのかと言うと、信仰共同体とは繋がりが無い為だ。

 まぁそんな事は置いておいて……実際あそこは養護施設『ひなた園』としても機能している。

 俺が来たばかりの時はまだ5,6人程度だったのに、今では俺以外に13人の子供が生活している。

 その分、維持費や生活費はかなり掛かるのだ。

 そんな状況で俺を私立の学校に行かせるのは、厳しいものがあるのではないだろうか?

 いくら師父と学校長が知り合いで学費の融通をしてくれるとはいえ、それがゼロになってる訳では無い。

 

「でも行くと決まったからには、相応のモノを手にしないとな」

 

 逆にこの環境は、俺にとってもチャンスと言える。

 此処で少しでも自分を高められたら、それはきっと将来に繋がる筈だから。

 家の皆が俺に期待してくれているのは分かっている。

 だからその期待に応える為に、今日から俺は頑張らないと。

 

「おっし、この3年間は俺にとって大切なものにするぞ」

 

 

 絶対に無意味にしない為に――――

 守られてばかりだった自分を変える為に――――

 俺は、雲一つ無い青空に誓いを立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃぃ、漸く終わった~」

 

 入学式を終え、今は移動中。

 長時間拘束された反動か、体の節々が縮み上がっていた。

 大きく伸びをして全身を解していくと、妙に解放感がある。

 あぁ、気持ち良いな~。

 

「っと、確か昇降口前だったけ、クラス表」

 

 これから1年間、共に学校生活を送っていく仲間? みたいな存在。

 これ如何によって、学校生活が上にも下にもなる。

 心の中で良い結果になる事を祈っておく。

 その間も足は止まる事無く、真っ直ぐに目的地に向かっていた。

 

「あれか……」

 

 視界に映ったのは、同年齢の生徒が張り出された紙を見て一喜一憂している群れ。

 あれは間違い無くクラス表に群がる生徒達だと分かる。

 あっ……入学式なのに、既にこの世の全てに絶望した表情の奴が。

 まぁ良いか。

 俺もその群れへと混ざっていく。

 

「え~っと」

 

 白い紙の中に太枠に分けられた名前。

 その中から自分の名前を探す。

 

「み、み、み…………あった、『1年1組 瑞代(ミズシロ) (ヒジリ)』」

 

 フリガナ付きの自分の名前を見付けて一安心し、同クラスの生徒の名前をざっと見ていく。

 あっ、同じ小学校の奴を数人発見。

 他には……

 

「アリサ・バニングス? フェイト・T・ハラオウン?」

 

 外国人、留学生の方ですか!?

 おいおい、早速雲行きが怪しくなってきたなぁオイ!!

 どうする、俺あまり英語得意じゃないんだよなぁ。

 分かるのは、チャペル、ストラ、カテドラル、ミサ……

 駄目だ、ストラは司祭の装飾品だし、後の2つなんてラテン語じゃん。

 まぁ最悪の場合は話さなければ良いだけだ、うんそうしよう、その方が良い、そうしないと駄目だ!!

 ……よし、落ち着け俺。

 気を引き締めて、心に残る不安を振り切りながら、クラスの教室へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガララッと音と共に、俺の視界に映ったのは見知らぬ顔と、少し見知った顔。

 突き刺さる何人もの視線を、まるで戦場に飛び交う銃弾を避けるように掻い潜り……なんて事はしない。

 やったらただの馬鹿決定だろう。

 

「久し振りだな瑞代」

「てい」

 

 ぬうっ、と突然目の前に制服を着た何かが現れた。

 常人なら不意を突かれるであろうその刹那、俺は冷静に目の前の何かにボディブローを一発。

 

「ぬほぉっ!!」

 

 俺の拳は吸い込まれるように鳩尾へヒット、ソイツは弱々しく地に伏した。

 だがすぐに、苦しみと嫌らしさの混じった笑みを浮かべながら、俺を見上げる。

 

「中々やるではないか。お前なら世界を目指せ――――」

「黙れ」

 

 いい加減ウザったいので、俺はそいつの後頭部を掴むと、一気に床に叩きつける。

 ゴンといい音が鳴り、掴んだ頭を放すと俺はそのまま教室の奥へと進んでいく。

 ……全く、入学早々から面倒な事はさせないで欲しい。

 が――

 

「フッ、最近会わない内に随分と冷たくなったものだな」

「安心しろ。お前以外には、とっっっっっても温かいと自信を持って言える」

 

 背後から奴の声が掛けられる。

 ちっ、きちんと潰せなかったか。

 心中で舌打ちをしながら悪態を吐き、仕方なしに振り返る。

 そこには、先程のやり取りなど存在しなかったかのように、全くの無傷で口だけ笑っている男が1人。

 

「この高杉信也、お前に会える事を何よりも楽しみにしていたぞ」

 

 まるでえっへん、とでも言うかのように胸を張ってドヤ顔を決め込む馬鹿が1人。

 俺の記憶している今までの学校生活に於いて、全クラス同じだったという甚だ不愉快な縁がある奴。

 名を『高杉信也』と言う、存在自体が測定不能・理解不能の烙印を押された男だ。

 そんな事よりも、俺達に突き刺さる周りの視線が痛くて困るんだけど。

 

「いやしかし、先程の言葉をストレートに解釈するならば、俺はお前にとって特別な存在なのか」

「一つ言っておく。いつか本気で針の山に左遷してやる」

 

 言葉は通じるが話の通じない阿呆は放っておいて、俺は高杉の横を通り過ぎる。

 だが奴は俺の肩を掴むと、此方の意志を無視したままとある席へと引っ張っていった。

 

「お前の席は此処だ」

 

 窓から2番目、前から3番目、その位置が俺の席だった。

 まぁ微妙な所だな。

 俺は未だに肩を掴んで放さない高杉の手を払い、これから学校生活を共に過ごすであろう席に着いた。

 さっきまで四方八方から向けられていた視線も、今は少し落ち着いている。

 その順応性と無関心さに、感謝を。

 

「それにしても、お前もつくづくラッキーな奴だ」

 

 突然、高杉が嫌な笑みを浮かべながら告げる。

 気持ち悪いからこっち見んな、つーか何だよラッキーって。

 その言葉の意味を全く理解出来ないでいる俺に、奴は呆れたかのように溜息を吐いた。

 ワザとらしい仰々しさに塗れたその行為は、俺をイラッとさせるに足る生意気さだ。

 

「仕方ない、俺が教えてやろう」

 

 フッ、と偉そうに一笑すると黒板に視線を向け始める。

 ……この野郎、いつか絶対潰す。

 コイツならば神様も、正当性を理解しえくれるに違いない。

 だが今はまず、高杉の言うラッキーの意味を知る為に、同じように黒板へ目を向ける。

 そこに書かれていたのは、このクラスの席順だ。

 適当に目を走らせると、今俺の座っている場所の所には『瑞代聖』と書かれている。

 

「んで阿呆よ、結局の所はどういう意味なんだよ?」

「まだ分からんのか……まぁ耳を貸せ」

 

 そんなに人に言えない事なのか、コイツは口許を手で押さえる。

 此処まで来たら乗るしかない俺は、面倒臭さを振り払って耳を傾けた。

 

「あのフェイト・T・(テスタロッサ)ハラオウンの真後ろだ」

 

 

 

 

「…………………は?」

 

 この馬鹿の言葉を聴き、正直な所、更に意味が分からなくなった。

 こいつは今、何と言った?

 

「誰の真後ろだって?」

「何度も言わせるな、フェイト・T・ハラオウンだ」

 

 フェイト・T・ハラオウン、何処かで見たな。

 それもつい最近、しかも自分にかなり関係ある事柄で。

 確かあれは…………あぁ!!

 

「思い出した!!」

「フフッ、漸く気付いたようだな。自分がどれだけ恵まれた場所に居るかを」

「ヤバイよ!! どうしよう!!」

「彼女は聖祥の付属小時代から人気が高くてな、今でも隠れファンが多数存在するらし――――はっ?」

 

 俺の突然の焦り声に、目の前の男は無駄に熱い演説を止めて、訝しげな表情を向けてきた。

 だがそんな事を気にしている暇は無い。

 本当にヤバイよ、何だってこんな事になるんだ!?

 神よ、この仕打ちは俺に不義があっての事ですか?

 やっぱりこの前のあれですか?

 この前のお遊びの伴奏をした時、一音外してしまった事が原因でしょうか?

 

「あぁ、何でこんなに近いんだよぉ……!?」

 

 この席順は50音順で並んでいるのは分かる。

 でも、だからって『フ』の次が『み』って何で飛ぶんだよ!?

 『へ』『ほ』『ま』って3つもあるのに、誰も居ないってどういう事だよ!?

 と、自分でも良く分からない事に慌てている俺を、高杉は物珍しそうに見ている。

 ついでにニヤついている。

 

「ふむ……何を危惧しているのか、察しは付いてるが。まっ、何とかなるだろう」

「おい、何とかって無責任だぞ!!」

「何故お前の責任を持たなければならない?」

 

 うっ、それを言われるとぐうの音も出ない。

 その隙にアイツは「HAHAHA!!」と高笑いをかましながら自分の席へと戻って行った。

 自分に向けられている奇異の視線を、まるで戦場に飛び交う銃弾を掻い潜るように避けながら。

 

「くっ、どうする……」

 

  迫り来る現実の非情さに抵抗を試みる俺に、無情にもチャイムというタイムリミットが鳴り響いた。

 先程まで廊下に出ていた希少な生徒も、続々と教室内へと戻ってくる。

 そして遂に、俺の前の席に1人の女子が座った。

 腰まで伸びるサラサラとした金髪、女子の中では少しばかり高い身長。

 恐らく美人の部類に入るであろう、整った顔立ち。

 だが問題は―――――――外国人だと言う事だ!!

 

「はぁ……」

 

 思わず溜息が漏れる。

 ヤバイ、今日が初日だってのに、これじゃこの先持たないぞ。

 目の前の現実から目を背けるように、気付かぬ内に俺は腕を組んだ状態でうつ伏せていた。

 あぁ、先生まだかなぁ。

 依然としてザワザワとしている教室と対照的に、どん底まで気落ちしている俺。

 

「洒落にならんぞ、これは……」

 

 他の奴ならどうって事無いだろうが、俺は外国人との接し方を知らない。

 もし話し掛けられたら、きっと相手を困らせるだけだ。

 幸先不安だよシスター、折角此処に通わせてくれたのに御免なさい師父。

 俺は早くも、新しい学校生活に挫折しそうだよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、大丈夫?」

「…………ふぇ?」

 

 

 

 

 突然声を掛けられて、伏せていた顔を上げる。

 誰、と考える暇は無かった。

 顔を上げた瞬間には、彼女と目が合ったから。

 フェイト・T・ハラオウン。

 曇りの無い真っ直ぐな赤い瞳、そこには俺に対する心配の色が強く映っていた。

 あぁ、心配させてるのか……なんて他人事のように考えてしまう。

 だが彼女自身に非は無い、俺の勝手な思考から来るものだから。

 

「いや、大丈夫――――――――――って、え?」

 

 大丈夫だと言う事を知らせようと、軽い声色d返す、が……

 ……あれ?

 今確か、大丈夫? って聞いてきたよな?

 彼女、外国人だよなぁ

 

「どうかしたの?」

 

 やっぱり、聞き間違いじゃない。

 彼女は確かに日本語を使っている、しかもかなり流暢に。

 

「日本語」

「えっ……あっ、うん。元々勉強してたし、こっちに来てもう4年になるから」

 

 俺の唐突な言葉に、彼女は数瞬だけ呆気に取られていたが、きちんと意を汲んでくれた。

 恐らく、こういった質問を何回かされていたのだろう、答えに全く淀みが無い。

 そうか、この子はきちんと話せる相手なのか。

 

「あぁ、良かったぁぁ」

「へっ?」

 

 俺の不意に出た安堵の呟きに、またも呆気に取られている。

 

「いや、君の事留学生だと思ってたから。外国人との接し方なんて全く分からなくて、話し掛けられたらどうしようって思ってたんだ」

 

 つらつらと自身の異変の理由を伝える。

 おっ、結構普段通りに戻ってきた。

 

「話し掛けられても困らせるだけだし。更に席までこれじゃ、気が重くなる一方でさ……」

「そうだったんだ」

 

 それを黙って聞いてた彼女も、漸く理解を示してくれたようで、相槌を打ってくれた。

 すると今度は彼女から質問を投げ掛けてきた。

 

「それじゃ、アリサの事も?」

「アリサ? あぁ、アリサ・バニングスだっけ?」

 

 答えるつもりが、俺の曖昧な記憶のせいで何故か疑問になってしまった。

 だが彼女は「うんうん」と頷いて肯定してくれた。

 それにしても、落ち着いて考えたらバニングスってどっかで聞いたような気がするんだよなぁ。

 まぁ、思い出せないんなら大した事じゃないんだろう。

 しかし、ファーストネームで呼んでいると言う事は――――

 

「友達?」

「うん、小学校の時から一緒なんだ」

 

 本当に大親友なのだろう、彼女が浮かべる笑顔には一点の曇りも無かった。

 ふむ、そこまでお互いを想える位の友達か。

 羨ましいもんだな。

 まぁこの分なら、もう片方のバニングスも問題は無さそうだ。

 そう思うと、先程まで双肩に圧し掛かっていた重りがすっかり無くなっていく。

 

「いやぁ、本当に良かった」

「そこまで考え込んでいたんだ? えっと……」

 

 肩の荷が下り安心した俺に、彼女は歯切れ悪く黒板の方を向く。

 視線の先は恐らく俺の席だろう。

 俺は彼女の名前を知っているが、彼女には名前を教えていない。

 先程まで普通に会話をしていたのは確かだけど、反応としては当然だ。

 

「俺の名前は聖、瑞代聖だ」

「ヒジリ? 珍しい名前だね」

 

 簡潔に名前を教えると、彼女は俺にそう言ってきた。

 う~ん、そんなに珍しいか?

 

「まぁ、俺からすればハラオウンの方が珍しいと思うけど…」

「私の事はフェイトで良いよ」

「むぅ、女子の名前を呼ぶのは苦手だ。よってハラオウンと呼ぶ事に決定」

「そっか」

 

 強引に決めた呼び方に、何とか納得してくれたようだ。

 初っ端から名前で呼ぶなんて馴れ馴れしいもんな、相手にも迷惑だろうし。

 と、一応彼女の事を気遣っての配慮だったのだが―――

 

「じゃあ私は聖って呼ぶね」

 

 あっちは初っ端から名前で来やがりましたよ!!

 別に構わないけどさ、その辺りはハラオウンが決める事だし。

 まぁ、これでお互いに名乗りあった訳だ。

 となると、やる事は一つ。

 

「それじゃこれから宜しくな、ハラオウン」

「あっ、うん。こちらこそ宜しく、聖」

 

 俺が手を軽く上げてそう言うと、彼女も頷いて返してくれた。

 これから少なくとも1年間は、ハラオウンと同じ教室で過ごすんだ。

 彼女と顔見知りになっておく事は間違っていない。

 師父とシスターも、中学では新しい友達を沢山作りなさいって言ってたし。

 

 …………それに、きちんと自分の気持ちの整理も付けないといけない。

 

 心の奥に燻ってるモノを振り払って、窓の方へ目を向ける。

 そこに広がるのは雲一つ無い蒼穹、晴れ渡る世界は俺のこれからを祝福しているように思えた。

 

 

「うん、いい日だな」

 

  らしくないな、俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~い、静かにして」

 

 綺麗な青空をぼぉ~っと見上げていた時、突然ドアが開かれ、スーツを着込んだ女性が教室に入ってきた。

 まぁ言わずもがな、このクラスの担任なのだろう。

 

「アタシはこのクラスの担任の『三沢恭子』よ。担当教科は数学だから」

 

 ハキハキとした言動、張りのある声、第一印象はとても明るい人。

 暗い先生よりは百万倍マシなので、全く文句は無い。

 

「それじゃ、次は1人ずつ自己紹介していってね。紹介は手短に済ませて、他の事は追々知っていきなさい」

 

 とまぁ、唐突な振りもその性格故なのか……。

 つーか、自分の事全然話して無いよな。

 それもやっぱり、追々知っていけとのメッセージか?

 どうでも良いけど。

 

「はいそれじゃ、出席番号1番の『アリサ・バニングス』さん」

「はい」

 

 立ち上がったのは、廊下側の列の先頭の席に座っていた金髪の女子。

 さっきまで俺の懸念の一つだった、外国人だった。

 ショートボブの金髪、そしてさっきのハッキリとした返事から、とても活動的な人物だと窺える。

 ハラオウンの話を聞く限りじゃ大丈夫だろうけど、一応ここでも確認しておくか。

 彼女は体をクラス全員に向けて口を開いた。

 

「名前はアリサ・バニングスです。好きな動物は犬で、家にも色んな種類の飼っています。これから宜しく」

 

 先生に言われた通り、端的に済ませ一礼と共に締めると、周りからパチパチと拍手が上がる。

 ふむ……やっぱり上手いな、日本語。

 前に居るハラオウンが「言った通りでしょ?」とでも言いたげな視線を向けてきた。

 それは間違いなかったので、頷いて答えると、彼女も満足した様子で前を向き直る。

 でもやっぱり、どっかで聞いた事あるよなぁ、バニングスって……。

 

 

 

 

 と、それから何人も紹介が続いていく。

 まぁ初めて見る顔も居るから無難な紹介をするのが普通だろうが、どうもパッとしない。

 しかしその時――――

 

「名は高杉信也。この世に存在するありとあらゆる神秘を追い求める男、と覚えて頂きたい!!」

 

 握り拳を作りながら熱弁を揮う馬鹿の番が回ってしまった。

 アイツの生態を多少なりとも理解している者は、呆れた溜息を吐き……

 アイツを始めて見た者は、その異様な存在感に圧倒、もとい呆気にとられている。

 

「古代文明に始まり、超能力やUFO、はたまたUMAまで存在するこの世。そんな神秘的な世界に我々は生きているのだ。未知に踏み入り、そして真実を知る。これぞまさしく男のロマン!! それなくしては、決し――」

「はいはい、そこらで締めてね」

「むぅ、これからが良い所だったのだが……。致し方あるまい」

 

 止まる事を知らない暴走機関車の如く発せられる高杉の言葉を、三沢先生が何とか切ってくれた。

 すると高杉は不服そうにしながらも、渋々席に着いた。

 それにしてもアイツ、先生が止めなかったら1時間は喋り続けそうな勢いだったな。

 やっぱりアホだ、前に居るハラオウンも苦笑いしながらアイツを見ていたし。

 

「ド阿呆…」

 

 ヤバッ、言うつもり無かったのに口に出ちまった。

 まぁ良いか。

 ――――その後も恙無く続き、俺がぼ~っとしながら紹介を聞いていると、いつの間にか順番が目の前にまで迫ってきていた。

 

「次、フェイト・T・ハラオウンさん」

「はい」

 

 名指しと同時に、目の前の金髪が揺れる。

 うへぇ、もう此処まで来てたのかよ。

 

「フェイト・T・ハラオウンと言います。趣味は体を動かす事で、スポーツが得意です。これから宜しくお願いします」

 

 恭しく一礼して席に着く。

 ハラオウンが終わったと言う事は、つまり――

 

「次、瑞代聖君」

 

 俺の番な訳だな。

 

「はい」

 

 取り敢えず、返事をして立ち上がる。

 チラッと前の席を見ると、ハラオウンが視線で「頑張って」と言ってきた。

 くそぉ、他人事だからって面白がるなー。

 それにしても、ハラオウンの視線は何が言いたいのか分かり易いな。

 今の状況には、何の意味も無いけど……。

 元々言いたい事が少ない俺は、気を引き締めて紹介を始める。

 

「瑞代聖です。小さい頃から色んなスポーツをやってきたので、体力とか力には少々自信があります。これから宜しくお願いします」

 

 ふむ、差し当たり無い一般的な紹介だったな。

 問題無く終わり、俺は席へと着く。

 少し離れた所からこちらに嫌な視線を向けてくる馬鹿が1人居たが、気のせいだろう。

 着席と同時に軽く息を吐き、それと同時に後ろから立ち上がる音がした。

 まぁ、こんなもんかな。

 特に変な部分は無かったし、警戒される事も無いだろう。

 ったく、何の心配してるんだかな……。

 こうして俺の中学校生活のスタートは、小さな戸惑いと無難な紹介で幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自己紹介の済んだ後、先生から『年間行事予定表』と書かれたプリントを配られた。

 

「明日以降の事はそこに書いてあるから。でも予定だから、途中で変更がある可能性もあるわ」

 

 えぇ~と、明日は各クラスの委員会決めか。

 よし、絶対立候補しねぇぞ。

 

「それじゃ、今日はこれで終わり。帰って良いよ」

 

 俺が委員会放棄を決意していると、三沢先生がそれだけ言って教室を去っていった。

 それに遅れる事数瞬、他の生徒達も次々と帰り支度を始める。

 

「さて、俺も帰るかね」

 

 今日は手ぶらで構わないと学校からお達しがあった為、何も持って来ていない。

 先程貰ったプリントを丁寧に四つ折りして、ブレザーの内ポケットに入れる。

 帰り支度完了、つーか支度って言うほどのものじゃないけど。

 取り敢えず長居は無用、俺は帰る為に席から立ち上がる。

 すると、前の席の女子から声を掛けられた。

 

「あれ? 聖、もう帰るの?」

 

 ハラオウンの突然の問い。

 まぁ、どうしてそんな事を聞くのかは何となくだが分かる。

 教室内の生徒は、帰り支度はしているが帰る気配は全く無いからだ。

 まぁ、もうちょっと駄弁っていたいってのは分からなくも無い。

 

「あぁ、特にやる事無いしな。家の手伝いでもしておこうと思って……」

 

 そう、これだけ早く終わるのであれば、さっさと帰って師父達の手伝いした方が建設的なんだよな。

 付き合いが悪いって言われるだろうけど、それでも家の用事はやっておかないと。

 これからは、今までよりも帰りが遅くなるんだし。

 それにしても、俺以外の生徒と同じ反応をしているハラオウンは、やっぱりそういうつもりで残っているんだろうか?

 

「フェイト~、帰るわよ~」

 

 とか何とか思っていたら、横から声が掛けられた。

 いや、別に俺に向けられた訳じゃないけどさ。

 

「あぁ、アリサ。そうだね、帰ろうか」

「なのは達も終わっただろうし、廊下で合流しましょ」

 

 その声と共に、俺の視界に1人の女子が入ってきた。

 ショートボブの金髪に、ハラオウンより少し低い身長。

 見覚えあるその顔、確か――――

 

「んで、アンタは?」

「へっ?」

 

 アリサ・バニングスだ。

 さっきまで俺の懸念の1人だったのと、微妙に記憶にあった名前なので覚えていた。

 その彼女の唐突な振りに、微妙に素っ頓狂な声を上げていた。

 ヤバッ、言ってから妙な気恥ずかしさが……。

 そんな俺の心中を気にする事無く、彼女は更に問い掛けてくる。

 

「だからアンタよ。……まさか、フェイトをナンパしてたの!?」

「……はっ?」

 

 彼女のその珍妙な答えに、呆気に取られた。

 妄想力全開だな、コイツは。

 つーか、どういった道程を経てそんな結論に至ったのか、じっくり聞いてみたい。

 いやまぁ、今じゃないけどな。

 取り敢えず、目の前の妄想少女をどうにかしようと思い、その友人の方に目配せする。

 ハラオウンの口から言った方が、友人である彼女も納得するだろうし。

 ハラオウンも俺の意図に気付いたらしく、頷きはせずに自分の友人に声を掛けた。

 

「違うよアリサ。聖がすぐ帰るみたいで、そこに私が声を掛けちゃっただけだよ」

「えっ、そうなの?」

 

 最初にハラオウン、次に俺に視線を向けて答えを求めてくる。

 俺達はそれに、「うんうん」と頷きで答える。

 ふむ、やっぱり友人の言葉だと理解も早くて助かるな。

 

「ごめんごめん、アタシの早とちりだったわね」

「早とちり、なのか?」

 

 彼女が少しだけバツの悪そうな表情をして謝ってきた。

 しかし、明らかに妄想回路にブーストが掛かってた気がしないでもない。

 ……敢えて言う事でも無いか。

 ハハハッ、と悪びれた様子も無く笑顔を向けてくる彼女に、失礼な気がするし。

 

「アタシはアリサ・バニングス。って、さっきの自己紹介で分かってるわよね」

「まぁな。俺は瑞代聖、そっちはバニングスと呼ぶ事にしよう」

「瑞代ね。一応、憶えておくわ」

 

 一応って何だ、一応って。

 まぁ、構わないけどさ。

 っと、こんな事してる場合じゃなかった。

 さっさと家に帰らないと、この時間なら手伝える事ありそうだし。

 

「そんじゃハラオウン、バニングス、俺は帰るな。また明日」

「うん、さよなら」

「じゃ~ね」

 

 俺の挨拶に、2人共きちんと俺の目を見て返してくれた。

 うん、この2人はとても良い奴かもしれん。

 初日からそんな2人と知り合えた事は、結構ラッキーだな。

 そんな他愛ない事を考えながら、俺は1人きりで教室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョギング程度のスピードで約20分、学校から家までの距離がその位だった。

 軽い運動としては丁度良い距離だな。

 家、と言うか礼拝堂の前まで来て、全く乱れていない呼吸を整える。

 別にしなくても構わないんだけど、これが運動後の癖になっているので止められない。

 入り口である木造の大きな扉を少しだけ開いて、そ~っと中の様子を確認。

 勝手知ったる我が家だが、もし誰かが礼拝をしていたらかなり気まずい。

 その事態を危惧しての確認だが、……良かった、居たのは長椅子を雑巾で丁寧に拭いているシスターだった。

 それに安心した俺は、そのまま堂内へ進んでいく。

 俺の足音に気付いたのか、シスターは掃除をする手を止めてこっちを向いてきた。

 

「あら、聖。早いですね」

「今日は入学式だけですから、すぐに終わりました」

「そうですか」

「仕事手伝います、何をすれば?」

 

 と言うか、そのつもりで早めに帰って来たんだし。

 シスターは少し考える素振りを見せた後、何か思い当たったらしい顔をした。

 

「そうですね、外の掃き掃除をお願いできるかしら。勿論、きちんと着替えてからね」

「分かってます」

 

 まぁ、制服のままやる訳にもいかないしな。

 シスターは再度掃除の手を動かし始め、俺はそのまま礼拝堂の奥に進む。

 奥に行くと左右に道が広がって、T字路のようになっている場所。

 俗に言う『翼廊』と呼ばれるそこの右側に進み、突き当たりのドアを開く。

 

 

 

 

 

 その先にあったのはかなり広い玄関と、奥へ伸びていく通路。

 そこで靴を脱ぎ、木造の床に足を踏み入れる。

 そこで一度後ろを向いて、先程まで履いていた靴を玄関口の左側にある大きな下駄箱の上側に入れる。

 まぁ、この高さは俺か師父じゃないと届かないしな。

 玄関から離れて通路を奥へと進んで行く。

 食堂、洗濯場、その他の生活スペースが部屋毎に分けられている。

 更に道なりに進む事数秒、最奥に辿り着いた。

 20帖程の大広間、片側には50インチのプラズマテレビがあり、その手前にある黒塗りのテーブルを中心に大型のソファが四方に置かれている。

 簡単に言うと、此処は居間みたいなものだ。

 この施設に居る子供達は男8人、女5人の合計13人居るんだから、これ位の広さが無いと困る。

 それを一瞥して、テレビとソファとは反対側にある階段を上っていく。

 

 

 

 

 

 2階は主に寝室や物置部屋がある。

 大体が大部屋なので、一部屋に男女別れて、子供達自身で布団を敷いて就寝しているのだ。

 しかし、師父とシスター、そして俺は1人部屋を持っている。

 その理由は、ただ単に俺がこの施設の子供の中で年長者だからだったりする。

 ……とか何とか考えている間に、ある一室の前に辿り着いた。

 勿論、俺の部屋だ。

 ドアノブを引いて、室内に入る。

 白い壁、机と椅子、一台のベッドに本棚とタンス。

 この部屋の唯一の窓には、純白のカーテンが敷かれている。

 良く言えばシンプル、悪く言えば質素な部屋で俺はさっさと着替えを始める。

 おっと、確かブレザーの内ポケットに予定表があったな。

 懐から出てきた1枚の紙を机に置いて、再度制服に手を掛けた。

 この後は手伝いとか、小学校が終わった子供達の世話とかで忙しくなるし。

 よし、頑張んないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、今日も一日疲れたなぁ」

 

 風呂上り、頭にバスタオルを被せた状態でベッドに腰掛ける。

 着替えをした後の俺は堂前の掃除を終え、師父とシスターの2人と昼食を摂り、帰って来た子供達の遊び相手をした。

 その後に日課の鍛錬もやったから、更に疲労が蓄積する。

 まぁ一番疲れたのは、子供達の相手だけどな。

 くっそ~、まさかあいつ等が缶蹴りであそこまでチームワークを発揮するとは。

 いくら小学生といっても、あの怒涛の波状攻撃には俺1人では対応出来ない。

 群体の強みだな。

 でも、あいつ等も心の底から楽しんでたから、それはそれで良かったけど。

 さてと、さっさと寝て明日の学校に備えるかな。

 時刻は11時前、俺の起床時間が5時半位だから、結構ギリギリか。

 そこで漸く、ベッドに横たわり掛け布団を体の上に掛ける。

 う~ん、やっぱり布団の中は気持ち良い。

 

「お休みなさい」

 

 誰に言う訳でもなく小声でそう呟き、双眸をゆっくりと閉じる。

 それにしても、今日は良い日だったな。

 ハラオウン、そしてバニングスの2人と知り合いになれた。

 2人共、いやバニングスの性格はちょっと難があるけど、人柄的には全く問題無い。

 一つ問題を挙げるとしたら、高杉の存在か。

 アイツ、また変な事企んでなきゃいいけど……。

 まぁ、アイツが何かを企んでいない時なんて無いんだろうな。

 明日からの学校生活、一体どうなるんだろう。

 頭の中であれこれ考えていると、急激に眠気が襲ってきた。

 不快じゃない、むしろ心地良さを感じる。

 何かに優しく包まれている、そんな感覚が……。

 そうして俺は、深い深いまどろみの中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




№Ⅰを読んで下さり、ありがとうございます。
読んで分かる通り、主人公である瑞代聖は魔法とは全く無縁の少年です。
そんな少年がなのは達と出会い、どのような道を進んでいくのか。
それがこの『少年の誓い』という作品の主軸となります。
今は日常編ですが、後にヒロイン毎のルートに別れていくマルチエンディングストーリーです。
勿論魔法も出るので、そちらの要素を楽しみにして下さってる方には、時間は掛かりますがお待ち頂けると助かります。
では、失礼します( ・ω・)ノシ

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