少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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№ⅩⅢ「唯一つの贈り物」

 

 

 

 

 朝の光が差し込み、静謐さを感じ取れる空間。

 少しだけ開かれた窓から入る外界の音は、小鳥達の元気の良い鳴き声と風の音。

 静かだが、悪い気はしない……。

 この部屋に入って思った事は、至って普通の事だった。

 今俺が居る場所は、師父の所有する書物を格納している書斎。

 だが書斎というには、蔵書の量が半端じゃない。

 世界中にある神話、北欧神話やケルト神話、ギリシアとローマにバビロニア。

 数ある宗教の聖典、キリスト教の旧・新約聖書とイスラム教のコーラン、ヒンドゥー教のヴェーダにゾロアスター教のアヴェスター。

 それらから外された外典、ペトロの黙示録やユダによる福音書、トマスによる福音書にマリアによる福音書。

 更には魔導書まであり、有名な錬金術を記したエメラルド碑文を筆頭に、死者の書や法の書、金枝篇にヴォイニッチ手稿。

 

 今挙げたのは、ハッキリ言って一部でしかない。

 それ程までに、この部屋にある蔵書の数が半端ではないのだ。

 小さな図書館と言われても違和感は無いだろう、――蔵書の内容を除けば。

 魔導書関連の中にあるヴォイニッチ手稿なんて、未だ解明されていない未知の言語で書かれている書物だ。

 何でそんなもの持ってるのだろう?

 いや、それ以上に――

 

「何でこんなに持ってるんだ?」

 

 今紹介しなかった他にも、普通では入手する事が困難な物が幾つも存在する。

 ヴォイニッチって確か、何処かの大学のライブラリが保管してるんじゃなかったっけ?

 法の書も、開封後の9ヵ月後に様々な災厄が起こるって言われてるんだよな。

 だからなのか、その旨を伝える封印が施されているし。

 

 まぁ、これを初めて読んだのは数年前だから、その辺りは気にして無いけど……。

 そこを踏まえなくても、此処には出所不明な物が多すぎる。

 気にしてはいけないのだろうけど、どうしても気にせずにはいられない。

 

「お、これは……」

 

 無限とも思える本の列を眺めていると、一つの書物が目に入った。

 手に取ったそれは紺色のハードカバー、表紙にはタイトルと著者のみという無骨さだが、本の厚さから子供用、というよりも中高生用だと分かる。

 タイトルは――――『吸血鬼の恋』

 

「懐かしいなぁ、これ」

 

 本当に小さかった頃、師父に手伝って貰いながら読んだ記憶がある。

 確か吸血鬼の男性と人間の女性の恋愛を描いた物語だった筈だ。

 とは言えこれは『異種族の悲恋』に分類されるストーリーで、ラストを読んだ俺が非常に納得しかねる想いだったのを強く憶えてる。

 あの時の俺は、何も知らない本当の子供だったしな。

 

 ――――でも……それでも、未だに変わらない想いがこの胸に宿っている気がする。

 

「あっ、聖君」

「んぁ……」

 

 物思いに耽っていた俺に、背後からの一声が掛かる。

 多少不意を突かれた形だったが、相手を驚かす声色とは違った為、俺は自然に振り返る事が出来た。

 開けられた扉の先、そこに居たのはウェーブの掛かった紫髪の少女。

 鮮やかなその色の中に、アクセントとして白いヘアバンドが良く映える。

 生粋のお嬢様、月村すずかだ。

 

 まぁそれはいいとして、こんな朝っぱらからどうしたのだろうか?

 ……そこ、『お前も同じだろ』ってツッコミは無しだ。

 手に持っていた本を棚に戻して、俺は彼女に一声。

 

「おはよう。朝早くからどうした?」

「うん、おはよう。まだ朝食まで時間があったから、少し見て回ろうかなって」

 

 そう言って上品に笑みを溢す月村に、少しだけドキッとしてしまった。

 いい加減慣れてくれないもんかな、こういうの……。

 それだけ言うと彼女は、周りを物珍しそうに見回し始めた。

 その瞳には、未知なる物に対する好奇心が見て取れる。

 

「凄いね、此処……」

「確かにな。長年居る俺ですら、此処には驚くからな」

 

 彼女の感嘆の声に同調する。

 コイツって確か、工業関係の社長令嬢なんだったか。

 家もデカイらしいし、こういった書斎とか普通にありそうだけど。

 まぁ……蔵書内容が特殊だから、その辺りに感心してるんだろう。

 

「何か気になるものでもあったか?」

 

 本棚の端から端まで、瞬きもせずに見入っている月村。

 その様はまるで、催眠術にでも掛かったかのようだ。

 一つ一つを吟味しながら、且つ次から次へと目が動いていく。

 かなりの読書家と聞いていたが、まさかここまで本に魅了されているとは……。

 トレジャーハンターの目の前に大量の財宝が現れたら、こういった状態になるんだろうな。

 あまりにも熱中している彼女に声を掛けるのは少々憚られたが、このまま放っておくといつまでも此処に居そうだ。

 時間も時間だし、呼び止めておくか。

 

「そんなに気になるなら、何冊か借りてもいいぞ」

「えっ、でも……」

 

 突然の声に反応した月村だが、その表情は少し困ったような色をしていた。

 まぁ此処は師父の書斎だから、俺の言葉とは言え気が引けるんだろう。

 つーか、俺がそんな勝手な事をすると思ってるのか、コイツ……。

 

「此処の本は師父の物だけど、きちんとすれば貸し借りも構わないって言われてる」

「そうなの?」

 

 うむ、と頷いて答える。

 この膨大な書物だが、実は持ち主である師父は全て読破してしまっているのだ。

 世界中に散らばるソレ等を、あの人は何て事無い顔で網羅していた。

 原文書物もあるし、何ヶ国語をマスターしてるんだ師父は……。

 

「という訳だ。俺に言ってくれれば、何冊か貸せるぞ」

 

 此処には、不思議な事に普通では手に入れるのが困難な物が沢山ある。

 その中にはきっと、月村が興味を持つ物もあるだろう。

 それならば、彼女に貸してみる位は構わない筈だ。

 俺は、元よりそれしか出来ない奴なんだから。

 

「うん。それじゃあ、今度貸してね」

「おう」

 

 少しだけ逡巡した月村は、納得したようにそう返した。

 その表情には、大きな期待がありありと映っている。

 うむ、だったらその期待に応えられるように、俺も選別に力を入れるか。

 コイツが楽しめるものを、この部屋の中にある全てから探し出してみせよう。

 少し時間は掛かるが、待っていてくれ。

 きっと、お前が心の底から面白いと思える物を持ってくるから……。

 

 

 

 

 

 朝、昨日と同様に堂内の掃除を終わらせた俺達6人は、ひなた園の庭で休憩をしていた。

 一応俺が、此処での仕事をタイムスケジュール風に作ったのだが、5人は早くも仕事に慣れ、予想を大きく上回るスピードで仕事をこなしていった。

 元々、コンビネーションも良い奴等だ。

 誰かが上手くいかない時も、他の誰かが手伝う事で全体的な作業スピードを落とさないようにしている。

 こんなんじゃ俺の作ったスケジュールもパァな訳で、仕方なく予定を繰り上げて庭掃除も行った。

 しかしこれも、俺の期待を裏切って余裕を持って終わらせてしまう。

 

 駄目じゃん、俺……。

 なんて自己不信に陥っていた俺は、余分に延びた休憩時間を消費する為に、ある事を始めた。

 それは――

 

「ほれ、そっち行ったぞ」

「うん……ハイ」

「アタシね、それっ」

 

 排球、もといバレーボール。

 別にネットを張ったりしない、トスとレシーブを繰り返すだけの単調な遊び。

 いつもは子供達とやっている遊びだが、面子が変わると意外と新鮮さがある。

 例えば、ハラオウンとバニングスの運動神経の良さは知っていたが……

 

「はやてちゃん、そっち行くよ」

 

 月村も意外と動けていたり……

 

「なのはちゃん、パス」

 

 あんまり動けるイメージの無い八神も、それなりに出来て……

 

「わわっ、……えいっ」

 

 ――何故か高町はとても運動音痴だったりと、普段見れない部分が良く見える。

 高町の返したボールは、俺達の居る場所とは全く見当違いの場所に飛んでいった。

 何であんな所に飛ばすかなぁ……つーか、どうやったらあっちに行くんだろうか?

 隣の少女の紙一重な才能は、一種の職人芸である。

 飛んでいったボールを取りにいった彼女を見て、他の4人はクスクスと小さな笑いを立てている。

 

「なのは、相変わらず運動が苦手なんだね」

「う~ん、あれは苦手とか言うレベルやないと思うけどなぁ」

 

 なるほど、筋金入りという訳か……。

 そんな微笑ましい(?)会話を耳にしている間に、高町が両手でボールを持って戻ってきた。

 

「ゴメ~ン、次いくよ」

 

 ポ~ン、と軽快な音を鳴らして、ボールは浮き上がる。

 それが自分の領域に迫る度に、俺達は上へ押し上げていく。

 地に着かないボールは、さながら空中を遊泳する生物。

 それを目で、体で、心で、俺達は追っていく。

 童心に回帰した心境、まさにそれだった。

 ……まだ13歳にも満たないけどな。

 

「そ~れっ、なのは!」

「ア、アリサちゃん!?」

 

 おぉ、何と意地の悪い事か。

 バニングスは高町に向けて、先程までのトスとは比べ物にならない位、ボールを高く上げた。

 お前、コイツが運動音痴なの知ってての所業か?

 宙に高く放られたそれを、高町は上を向いて目で追いながら落下点に近付いていく。

 覚束無い足取りで後ろ歩きをする彼女の姿は、素晴らしく不安を煽る。

 

 何か、危険な予感が……。

 保険として、いつでもフォローに入れるように体勢を移行している。

 だが、それはあくまで保険としてだ。

 実際に起きるなんてある筈が無いよなぁ?

 

「わっ!?」

「なのはっ!!」

 

 って、おい!?

 高町は足下見ずに下がっていた為、足を縺れさせてしまった。

 運動神経の鈍い奴は、何も無い所で転ぶと聞いた事があるけど事実だったのか。

 体の支えを失った彼女は、地上に居ながら宙に放り出される。

 そのまま後ろに倒れ――――

 

「…………えっ?」

 

 少女が声を発する。

 倒れた筈の自分の体、だというのに転んだ拍子の痛みが無い。

 その理由が全く分からない様子の彼女だが、そんなものは至極簡単だ。

 

「ったく、無事か?」

「聖君?」

 

 確認するような疑問形だが、この場に他に誰が居るんだっての。

 倒れ掛けていたその体を、後ろから抱えながら支えている。

 それが今の、俺と高町の状態だった。

 

「はぁ、どうして何も無い所でコケるんだ?」

「にゃはは……ゴメン」

 

 俺の軽い悪態に、自分の失態を恥じて謝罪を述べる高町。

 その表情は申し訳無さ一杯で、これ以上の追及は憚られた。

 ……まぁ、別に構わないんだけどさ。

 周りの反応から察するに割と先天的なものっぽいし、簡単に直せるものでもなさそうだし。

 コイツの事だから、もし努力で何とかなるのなら無理にでも克服しそうだな。

 それ程までに、彼女は運動音痴である自分を恥じている。

 

「まぁ仕方ないだろ。お前が悪い訳でも無いしな」

 

 本人の意志に係わらず起こる事なら、コイツに非は無いと思っていい。

 謝る必要も無いし、此処に居るのはそんな彼女を受け入れている面々だ。

 そういった意味を込めて、俺を見上げる少女に言葉を掛けていた。

 

「……うん」

 

 そこに込められた意味を、目の前の彼女も理解してくれた。

 はにかんだような笑みを浮かべて、俺を真っ直ぐ見詰める。

 両腕に掛かる重みに、窮屈さは感じない。

 温かくて、柔らかくて…………

 

  ……ちょっと待て。

 えぇと、俺は転びそうになった高町を助ける為に、彼女の背後に回った。

 後ろから抱える格好になったが、一応救出には成功。

 そして今、彼女は俺の腕に包まれている。

 

 結論―――――――非常に拙い状況じゃね?

 俺に抱えられている高町も気付いたようで、見る見る内に顔を真っ赤にしていく。

 完熟トマトみたいだと頭の隅で思いながら、きっとコイツから見た俺も同じようなものに違いない。

 

「わ、悪い!!」

 

 冷静に分析しながらも、口から出る言葉は焦りを無駄に滲ませる。

 慌てて抱えている少女の体勢を整えて、地に足を着けさせた。

 うぅ、何でこんな事に……。

 気恥ずかしさは一切消える事は無く、寧ろ先程よりも上がっている。

 あぁもう、お互いの沈黙が痛すぎるぞ。

 あまりに密着した体勢だった為、俺の体には高町の感触が未だに残っている。

 それが余計に恥ずかしくて、思わず高町を視線から外してしまう。

 

「み~ず~し~ろ~っ!!」

「うぇっ!?」

 

 まるで、地獄の底から這い出てくるような怒りの篭もった声に、半ば反射的に振り返ってしまった。

 そこには、その声と同化したように表情を怒らせるバニングス。

 いかにも怒ってます、って顔で俺をギロッと睨みつけるその姿は、鬼姫そのもの。

 怒りの中に麗しさを秘めた彼女に、俺は無意味に恐れを為していた。

 

「なのはに抱き付くなんて、アンタどういうつもりよ!!」

 

 一気に距離を詰めてくるバニングス。

 いやっ、落ち着け!!

 確かに結果的にはそうなったが、別にしたくてした訳じゃないんだ!!

 そのままお互いの間が1メートルを切った時、バニングスは歩みを止めた。

 両手を腰に添えた状態で、憤慨した表情を真っ直ぐに俺へと向ける。

 だからおい、何でそこまで怒るんだよ!?

 お前の親友を助けたんだぞ!?

 

「だっ、抱き付くとかそういう事じゃなくて、高町を助けただけだろう!?」

「ホントに~? 良からぬ事を企んでいたんじゃないでしょうね?」

「無い無い、絶対無い!!」

 

 バニングスの訝しげな視線に、首を左右に振って否定する。

 頼むから信じてくれ……。

 確かに高町は魅力溢れる少女だが、俺にだって意地と言うものがある。

 そんな簡単に、女の色香に惑わされて堪るかっての。

 それ以前にあのまま放っていたら、高町が転んでたんだから助けるのは当然だろ。

 

 ――って、ちょっと待て。

 

「元々の原因はお前じゃねぇか!!」

「……うっ、それは」

「それなのに、何で俺がここまで怒られなくちゃいけなんだよ?」

 

 此方の突然の反撃に、言葉を詰まらせるバニングス。

 そうだよ、元々はコイツが高町に、あんな高いボールを渡した事が原因じゃないか。

 俺はその被害を食い止めようとしただけで、やましい事なんてこれっぽっちも無い。

 

「でっ、でも……」

 

 迫力が一気に減退した彼女の姿は、何とも弱々しいものだった。

 必死になって、俺への追及の台詞を考えているんだろう。

 一生懸命になっているその姿に、思わず可愛いと感じてしまったのは秘密だ。

 視線を彷徨わせながら、あれやこれやと考えて、最終的に彼女の発した一言は――

 

「み、瑞代の変態!!」

「ふざけんなぁぁぁぁぁ!!」

 

 苦し紛れなのか、今までのどれよりもストレートな悪口だった。

 納得行かない俺も、間を開けずに反撃。

 いや、人を助けて変態呼ばわりされる俺って一体……。

 静かだったひなた園の庭は、この声によって喧しさを増長させる。

 中天から差す太陽の光を浴びながら、俺達は何処かで見たような口争いを始めた。

 ……顔真っ赤だぞ、バニングス。

 

 

 

 

 

 あれから数時間が経ち、小学校に行ってた子供達も帰ってきた。

 現在の時刻は午後3時を過ぎた辺り。

 3日間に及んだ職場実習も、もうじき終わりを迎えようとしていた。

 

 この3日間、正直色々な事があった。

 でも、何よりも俺の心に残っているのは――

 

『ありがとな……』

 

 このままではいけないと、初めて自分から動こうと決心した。

 だから彼女達に全てを話し、そして彼女達はそれを受け止めてくれた。

 今の俺はきっと変わり始めている。

 だから、今度は俺がその感謝を形にして送る番だ。

 口に出して言うにはまだ気恥ずかしいけれど、せめて行動でなら示せる筈だ。

 

「聖君、どうしたの? 礼拝堂に来てくれって…」

「ん、まぁな。この3日間の締めとして、最後にやる事が出来たんだよ」

 

 俺の発言に一様に疑問符を浮かべる5人。

 今居る場所は礼拝堂。

 仕事に区切りがついた彼女達を、俺が此処に呼んだのだ。

 身廊に並べられた最前列の椅子に5人を促すと、訳の分からないまま椅子に腰掛ける。

 横目でそれを確認すると、やっぱり全員が釈然としない顔をしていた。

 

「聖、やる事が出来たって、何をやるの?」

「別にお前達がやるんじゃない。俺達がやるんだ」

「それ、どーゆー事なん?」

 

 5人に更なる疑問が募るが、敢えて無視。

 ここで言ったら意味無いじゃないか。

 俺の突然の行動に、未だ思考が着いて来れていない彼女達。

 更にそれを無視して、俺は両手を中空に小さく広げる。

 そして、パン! と叩いて、渇いた音を堂内に響かせた。

 

 それが合図だった。

 拝廊方向にある扉がいきなり開け放たれ、外から沢山の子供が流れ込んできた。

 それはこのひなた園の子供達全員、計13名で構成される瑞代ファミリーである。

 皆はまるで競争するかのように、一目散に身廊を走り抜け、内陣障壁を越えていく。

 そのまま内陣の聖歌隊席に集まり、それぞれ思い思いの場所で足を止めた。

 

 その光景に5人は、呆気に取られて見ているだけしか出来ないでいる。

 彼女達の見る先は、少年少女が集まっている聖歌隊席。

 並びなんててんでバラバラ、整列なんてやりもしない。

 その中に、修道服に身を包む妙齢の女性が静かに入り込む。

 女性は俺に視線を向け、俺も頷いてそれを返して、そちらへと足を向けた。

 

「瑞代?」

 

 声に振り返る事無く、俺はそのまま聖歌隊席に進んでいく。

 内陣障壁を越え、シスターの隣へ着いて、漸く振り返る。

 視線は真っ直ぐ、椅子に腰掛けて呆然としている5人に。

 

「高町なのはさん、フェイト・T・ハラオウンさん、八神はやてさん、アリサ・バニングスさん、月村すずかさん」

『あっ、はい!』

「今日までの3日間、本当にありがとうございました」

 

 シスターが言葉を切って、深々とお辞儀をする。

 勿論、俺達も一緒に礼をした。

 

「貴女達のお陰で、子供達もとても満足しています」

「い、いえ、そんな……私達は全然」

「謙遜しなくていい」

 

 シスターの言葉を慌てて否定する高町に、俺は告げる。

 そんな事を言っても、それは本人だから自覚が無いだけだ。

 子供達は当然ながら、師父もシスターも、そして俺も感謝している。

 

「お前達が来て3日間、たったの3日間なのに色々あった。いつもと違う日常、だけど俺はそれも楽しいと思っていた」

 

 最初が最悪だったのは確かだ。

 でも、本当なら大きかった筈のそれも、気付けばあっと言う間に過ぎていく。

 それはきっと、色々あったコイツ等との生活が良いものだった証拠。

 ちょっとしたアクシデントもあったが、まぁ今は気にしないさ。

 

「それはきっと、お前達が居たからこそだったと思う。だから――――ありがとう」

 

 もう一度、心を込めてお辞儀をする。

 それを向ける先は、俺を助けてくれた5人の少女。

 本当は恥ずかしくて死にそうなのだが、やっぱり言葉にしない訳にはいかない。

 

「感謝の意味を込めて、今から俺達から5人へのささやかな贈り物を」

 

 シスターが子供達の前に立ち、俺はそのままピアノの置いてあるスペースまで移動。

 着いたら反響板の位置を調整、きちんと彼女達に届くようにする。

 それが終われば、俺も席に着いて鍵盤の蓋を開く。

 

「貴女達に向ける、感謝の歌を聴いて下さい」

 

 シスターが5人に向けて、笑みを湛えながら一礼。

 佇まいを正すと、振り返り両手を上げる。

 そして、流れるような動きでリズムを刻んだ。

 それに合わせ、俺も徐々に上げていくように音を奏でていく。

 優しいタッチで、ピアノ音だけで曲を成立させる。

 

『ボクは小さなアリ 小さな小さなアリ』

『いつも何かを運んで いつも何処かを歩いてた』

『それが当たり前で 何も考えないで』

『気付いてみれば 季節が巡ってた』

 

 小学生組が1人ずつ、ソロパートを歌っていく。

 ハキハキとした子供らしい声は、俺のピアノと混じって良質な音を組み立てる。

 

『そんなある日のこと 誰かがボクを見ていた』

『それは大きな体の 大きなヒトでした』

『物を運ぶボクや 歩いているボクを』

『何も言わずずっと ずっと見ていた』

 

 此処は幼少組と、ピアノ伴奏を努める俺の合唱。

 見付けてくれた人が居た、俺を見続けてくれた人が居た。

 誰か言わないが、それがどれだけの助けになっていたか知っている。

 指は休まず、テンポを維持したまま次へ進んでいく。

 

『暑い日だって 寒い日だって』

『あなたはボクのことを じっと見つめてた』

 

 このままサビへ、ではなく此処で一旦仕切り直し。

 幼少組と小学生組が順番に歌い上げる。

 此処は俺は出張らずに、声に合わせて伴奏を弾くだけだ。

 

『ある日ボクは群れから はなれてしまった』

『たったひとりでさまよい つかれて動けなくなった』

 

 今度は幼少組から始まる。

 左右に体を揺らしながらリズムを取る姿は、とても愛らしさに溢れていた。

 小さな体で精一杯に歌うのは、自分を支えてくれた人の事。

 

『するとその時何かが そっとボクを持ち上げた』

『それは大きな大きな手 いつも見てたヒトでした』

 

 疲れて、苦しくて、倒れそうになった体を支えてくれた。

 いつも見てくれてた人達が、そっと手を差し伸べてくれた。

 

『ボクはさがした そのヒトを』

『言いたいことがあった 伝えたいことがあった』

 

 小学生組が歌い上げ、漸く此処でサビへ向かう。

 さぁ皆、一緒に歌おう。

 今、俺達が心に抱えてる、彼女達への想いを――――。

 

『ありがとう ボクを見ていてくれて』

『ありがとう 手を差し伸べてくれて』

 

 幼少組も小学生組も関係無い、皆が一つの詩を歌う。

 決して技術がある訳じゃないし、上手いと言えるものでもないだろう。

 

『聴こえなくていい 分からなくてもいい』

『それでも伝えたい あなたにありがとうと』

 

 それでも、込める想いだけは純粋で尊いものだった。

 たったそれだけで、皆は高らかに歌える。

 そんな弟妹達の頑張りに、ピアノの音色が負けそうになるが何とか踏み止まる。

 本当に、あの5人に感謝しているんだな。

 

 さて、此処から少しだけピアノのソロパート。

 シスターの指揮に合わせて、奏でていくのは小さくも切なる心。

 大きくて優しい手に救われた、小さな小さな存在の想い。

 勿論ミスなんてしないし、あってはいけない。

 此処まで皆が繋げてきた音色を、俺が断ち切ってはいけないんだ。

 ――――そして、俺だけのパートは終わりを迎える。

 

『小さなねがい 会いたいと』

『ひとりだったボクに 温かさをくれたヒト』

 

 さぁ、此処からラストのサビだ。

 思い残す事無く、最後まで歌い上げよう!

 

『ありがとう 傍に居てくれて』

『ありがとう ボクはひとりじゃない』  

 

 最初はずっと1人だと思っていた、けど違う。

 アイツ等が居てくれた、傍に居るだけで心の傷を優しく見守ってくれた。

 力一杯の歌声に、ピアノの旋律が押し負けそうになる。

 しかし俺だって負けられない、伝えたい想いがあるのは俺も同じなんだから。

 自然と、鍵盤を叩く指に力が入る。

 

『ありがとう ボクは強くなれる』

『ありがとう ボクは幸せだった』

 

 何度も恐怖から目を逸らしていた自分。

 でも彼女達がくれた言葉で、少しだけ強く生きていける気がした。

 この3日間で生まれた、新しい大切な時間。

 終わってしまうのは寂しいけれど、小さくてもいいから、その想いがこれからも続いていきますように。

 自分達の想いを感じて欲しくて、歌声で5人に伝えていく。

 

『ありがとう ボクは忘れない』

『ありがとう ボクは願うよ』

 

 ありがとう、感謝を込めて歌い上げる。

 ありがとう、感謝を込めて奏で続ける。

 子供達は、3日間を一緒に過ごしてくれた事に対する『感謝』。

 そして俺はこの3日間、傍に居てくれた事に対する『感謝』。

 子供達の歌声と俺のピアノが混ざり合い、1つの想いへ昇華される。

 

『ありがとう ありがとう』

『大切なあなたに ありがとう』

 

 この歌に込められているのは、唯それだけだった。

 もっと届くように、もっと沢山の想いを。

 指は止まらない、最後の最後まで奏でていたいと訴えている。

 その意志を受け入れて、俺は弾き続けていく。

 

 そして……。

 惜しむように、最後の旋律を弾き終えた。

 一音の余韻が、まるでこの時間を惜しむように響き渡る。

 とは言え、時間の流れにだけは逆らえない。

 シスターが腕を下ろし、すっ、と微かだった音色が存在を消した。

 

 

 ――――最後に響いたのは、5人からの割れんばかりの拍手だった。

 瑞代少年少女合唱団、文句無しの大成功の瞬間だ。

 

 

 

 

 

 思い返せば、あっと言う間の3日間だった。

 ひなた園にアイツ等の姿はもう無い、自分達の帰るべき場所へ帰っていったのだ。

 家の中が少し寂しくなった気もしたが、元々はこれが当たり前の姿。

 いつまでも、アイツ等に頼る訳にはいかないしな。

 

「さてと、鍛錬も終わったし、風呂にでも入るか」

 

 もうすぐ小学生組の女の子達が上がる頃だ。

 バスタオルと下着、パジャマを用意して大広間に向かう。

 

♪~♪~

 

 と思ったら、机に置いてあった携帯の着信によって遮られてしまった。

 着信音から考えてメールだろうと思い、出ていこうとした体の向きを机に方向転換。

 しかし、こんな時間にメールするような相手なんて……。

 

「あっ、そうだった……」

 

 ライトアップされた画面に表記された送信者の名前を見て納得。

 新着メール欄から今着いたメールを確認し、開く。

 内容は――

 

 

送信者:高町なのは

件名:今日は本当にありがとう

本文:えぇっと、ちゃんと届いてますか~?

   聖君、この3日間、本当にありがとうございました。

   初めての事が沢山あって、最初は正直戸惑ったりしたけど、とても勉強になったよ。

   小さい子達と触れ合って、子供達を育てる事の大変さ。

   それと、それがとても大切なものなんだって事。

   私を育ててくれたお父さんとお母さんも、きっとこの大変さを感じていたんだよね?

   それと最後の合唱、嬉しくて感動しちゃった。

   聖君ってピアノ弾けたんだね、凄かったよ。

   それじゃ、また来週に会おうね。

 

 

 一通り見終わって、ふぅ、と一息吐く。

 まぁなんだ、コイツもこの3日間を楽しんで、有意義に過ごしてくれたようだ。

 歌のプレゼントも中々好評のようだし、成功と言っていい。

 来週……あぁ、今日って金曜日だったな。

 確かレポートを土日で纏めて、月曜日に提出するんだよな。

 ふむ、結構急がないといけないか……。

 

♪~♪~

 

「って、次は誰だ?」

 

 突然の着信に驚きつつ、新着メールを開く。

 えぇっと……って2件!?

 取り敢えず、来た順番で開いてみるか。

 

 

送信者:フェイト・T・ハラオウン

件名:今日はお疲れ様

本文:聖のアドレス、これで合ってるよね?

   今日までの3日間、本当にお世話になりました。

   最初はどういう所なのか分からなくて、ちょっと心配してたんだ。

   でも聖や師父さん、シスターと子供達も優しくしてくれて、とても実になる3日間になったよ。

   最後の皆からのプレゼント、凄く嬉しかった。

   聖が提案してくれたんだよね、本当にありがとう。

   それと……昨日のは忘れてね。

   今度会うのは来週だね、じゃあお休み。

 

 

 ……ハラオウン、自分で言ったら意味無いだろうが。

 

 

送信者:アリサ・バニングス

件名:取り敢えず、ありがと

本文:アンタのアドレスだけど、間違ってない?

   この3日間、色々あったけど、アタシはそれなりに良かったと思ってるわ。

   小さな子達と接する機会って、あんまり無かったから新鮮だったしね。

   あの子達はとても素直で、アタシが絵本を読んであげた時なんて凄い喜んでくれて、嬉しかった。

   それと最後の歌、凄く元気を分けて貰えた感じだったわ。

   瑞代のピアノも、少しは上手かったし。

   まぁ……本当に少しだけどね。

   あと、礼拝堂で助けてくれた事、ありがと。

   それじゃ、また来週ね。

 

 

 えぇっと、一応褒めてくれてるんだよな?

 

 

♪~♪~

 

「ん、またかよ」

 

 しかもまた2件。

 既に消去法で、誰から来るか分かってしまう自分が憎い。

 風呂に入ろうとしたのに、全く部屋から出られない現状。

 何だ、何かの呪いか?

 呆れたような溜息を一つ、しかし悪い気は全くしない。

 そんな気持ちを抱きながら新たなメールを開く。

 

 

送信者:八神はやて

件名:ほんま、おおきにな

本文:きちんと送れてるか、ちょう心配や。

   今日までの3日間、ほんまお世話になりました。

   ウチにも小さな子が居るんやけど、そっちの子達も良い子ばかりやね。

   皆、私の作った料理食べて、おいしいって言うてくれて嬉しかったよー。

   聖君にも好評みたいやったしな。

   それと最後の歌、ほんまにおおきにな。

   皆の歌声聴いて、私も頑張らなあかんなぁって改めて思った。

   それに、聖君ってピアノ上手いんやね~、驚いたわ。

   また来週、お互い元気な顔で会おうな~。

 

 

「で、最後はアイツか」

 

 

送信者:月村すずか

件名:3日間、お疲れ様です

本文:これ、ちゃんと送れてる?

   3日間だけど、そっちでお世話になった事は、私にとって良い経験になったと思うの。

   今まであの子達みたいな小さな子の相手をした事が無くて、最初はどうしようか凄く戸惑ったんだ。

   でも皆とても素直で明るくて、すぐに打ち解けられて楽しかった。

   お掃除も、あんなに大きな場所をした事無くて、難しかったけど面白かったよ。

   それに皆からの歌のプレゼント、凄い感激しちゃった。

   聖君のピアノも、とても様になっていて格好良かったよ。

   今度、面白い本があったら貸してね?

   それじゃまた来週、お休みなさい。

 

 

「漸く終わった~」

 

 まさか5人全員から一斉にメールが来るとは思わなかったぞ。

 帰り際に番号とアドレスを教えたが、まさかその当日に送られてくるなんて……。

 全部読むのも一苦労だな、おい。

 

「しかし……」

 

 携帯を操作して、もう一度5人のメールを見直す。

 そこには、此処で過ごした3日間を、とても大切にしてくれている事がひしひしと伝わってきた。

 俺の拙い演奏も、意外に好評で助かった。

 元々、子供達の世話をする上で必要だったから覚えたスキル。

 それに我流に近いものだったから、ハッキリ言って褒められたものじゃない。

 しかし彼女達は、そんな俺の音を『良』と評価してくれた。

 うん、本当に良かった……。

 此処での経験が、彼女達の何に影響を及ぼすのかは分からない。

 それでもきっと、かけがえの無いものである事は分かる。

 

「はぁ、また抜かされていくなぁ」

 

 今でさえ、彼女達は俺の数段先を行っているのだ。

 今回の職場実習で、その差は更に広がっていく事になるだろう。

 俺はそれを、見上げている事しか出来ないのか?

 

 ――――駄目だ、情けないぞ俺。

 俺だって少しは変われた、これからいつでも挽回出来る筈なんだ。

 

 

 今までの俺は、ずっと人に自分の正体を知られたくなかった。

 知られれば、きっと同情の、憐憫の、奇異の目で見られてしまうから。

 それは自分達とは違う者を見る、境界線そのもの。

 お前はこっちへ来るなと、双眸だけで訴えてきた。

 俺はその目がただ怖くて、その目を見たくなくて、逃げながら怯えてたんだ。

 それを深く知りえていた師父とシスターの力じゃ、俺は完全には立ち直れない。

 俺と立ち位置の同じ人の言葉では、俺の持つ傷は癒える事は無い。

 違う立場の人間、ハラオウン達の側の言葉でなければ。

 

 そして俺は、彼女達の俺に対する心構えや姿勢を知り、彼女達の言葉を聞き、本当の意味で立ち直れた。

 まだ全ての人に対する恐怖が去った訳ではない。

 それでも、今までと比べれば大きな前進と言えた。

 今は無理でも、この先幾年を掛けて少しずつ消していこう。

 前に進む覚悟があるのなら、出来ない道理はないのだから――

 

 ……良し、頑張ろう。

 携帯を机に置き、窓を通して夜空を見上げる。

 星の輝きは微弱ながら、互いが互いを及ぼし合って、幻想的な光の帯を作り上げている。

 

「俺は、ちゃんと進んでいける」

 

 アイツ等の言葉が、今の俺を強く後押ししてくれる。

 これならきっと頑張れる、後は俺の努力次第だ。

 

 綺麗な夜空を見上げて、俺は自らの誓いを再確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで聖は、5人の中でどの子がタイプなんだ?」

「いい加減にしろぉぉぉ!!」

 

 最大の敵は身内に在り、眼前に堂々とそびえ立っていた。

 ……はぁ、これからも色々とありそうだなぁ。

 不謹慎にも、あの5人の存在が少しだけ疎ましく思った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 




どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
№ⅩⅢをお読み下さり、ありがとうございました。
今回の話で『職場実習編』は終了となります。
キリ良く13話、丁度1クールで終わりましたね。
この3日間は、聖にとって掛け替えの無い大切な時間となりました。
その為の歌の贈り物、彼女達へのせめてもの感謝の気持ちです。
今回の歌の歌詞ですが、僕が気分で考えたオリジナルです。
なのでクオリティに関してはお察し状態なので、華麗にスルーして下さい。
作詞の人って凄いんだなーと、改めて思わされた瞬間です。

それにしても、この作品でのオリジナルキャラも大分増えてきましたね。
ひなた園なら『師父・シスター・平太・一弥・勇気・明菜・沙耶・達樹・慎二』等々。
友人なら『高杉・瀬田・遠藤・金月』。
聖祥の学生もパラパラと……。
実はまだまだ出てくるんですけどねー( -ω-)
しかし此処まで多くなるのも仕方ないのです。
なのは達が海鳴の生活で色んな出会いを果たしたように、聖もまた、海鳴で様々な出会いを果たしているのです。
アニメに出てきていないだけで、もしかしたら彼等も海鳴に存在する人々かもしれません。
というか、そういう事を念頭に置いて作っているので当然なのですが。

今回は以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
直接メッセージでも、作者的にウェルカムです。
では、失礼します( ・ω・)ノシ


あ、お気に入り数が50を越えました。
まさか此処までいくとは、本当にありがとうございます(`・ω・´)
もし宜しければ、一言でも感想を頂けると\サイコー!!/です( ・ω・)b

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