少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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「どんな体してるんだよ」

――目の前で呆れたような声を出す、眼鏡少年。
――どうやら、俺に対して少なからず疑問を感じているようだ。
――まぁ、分からない話じゃないよな。
――何たって

「全治1ヶ月がたったの10日で完治なんて、普通有り得ないだろ」

――むぅ、そう言われても困る。
――俺自身も同じ疑問を感じているんだから。
――まぁ、体が動く事に問題は無いんだけど。

「何にせよ、お前が戻ってきてくれる事には大歓迎だけどな」

――フッ、と微笑を浮かべて俺を見る。
――くそぅ、その仕種が似合い過ぎるぞコノヤロウ。
――しかし何だ、本当にコイツは嬉しい事を言ってくれる。

――それは、懐かしい記憶。
――守る事に必死だった少年の、1つの通過点。







№ⅩⅥ「Happy Birthday to ......」

 

 

 6月……旧暦では水無月と呼ばれ、一般的には梅雨の時期である。

 この時期は毎年、雨が降る確率が高くて困るんだよなぁ。

 洗濯物は干せないし、皆と外で遊んでやれないし……。

 

「はぁぁぁぁぁ、憂鬱だ」

 

 買い物袋を片手に、空を見上げる。

 太陽光が分厚い雲に覆われて、この地上に恩恵を与えられずに居る。

 見るだけでも気持ちが下がっていく光景。

 口から出た言葉も、それを表していたのだろう。

 

「さっさと帰るか……」

 

 別段何も用事は無いし、万が一天気が崩れても困るから、此処はさっさと帰るに限るな。

 荷物を持ち直し、改めて帰路へ着いていく。

 と……

 

「あれって……」

 

 海鳴の商店街、今の時間帯に於けるそこはそれなりの人が行き交う。

 でも何故か、全く意識していないにも拘らず、ソイツが俺の視界に映った。

 何かを探すように、辺りを見回しながら歩いていく姿。

 普通の人なら特に気にせず無視していけるが、俺の目に映った彼女は別だ。

 

「高町」

 

 だから、気付いた頃には彼女の傍に駆け寄っていた。

 俺の声に気付き、少女も視線を周りから俺に向き返る。

 

「あっ、聖君」

 

 俺を見るなり、笑顔で名を呼んでくる。

 こういう状況が出来てから2ヶ月弱、最近漸くこの『突発性純粋スマイル』にも慣れてきた。

 前までは気恥ずかしさが心を占めていた所からして、俺も少しは成長したんだろう。

 ……何か納得出来ない部分はあるが。

 

「どうかしたのか? さっきから忙しなく動いてるけど」

「うん、ちょっとね」

「ちょっと、ねぇ……」

 

 ふむ、何か含みのある言い方だな。

 少し気になるが、コイツ等の事情に首を突っ込むのも失礼というものだ。

 好奇心を理性で殺し、俺は興味を秘めた瞳を閉じた。

 

「まっ、何かは知らないけど、気を付けろよ」

「へっ、何を?」

「お前運動音痴だからな。さっきも、どこかにぶつからないかヒヤヒヤしたぞ」

「むぅぅ、酷いよ~」

 

 俺の素直な助言に、頬を膨らませて憮然とした顔をする少女。

 しかし傍から見ればそれは、愛らしい仕種にしか見えない。

 思わず微笑んでしまう位に……。

 まぁ実際に笑ってしまって、高町を怒らせてしまったのは俺達だけの秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 明々後日、つまり6月4日の事である。

 その日は、少女達にとって大切なイベント。

 それは……

 

「八神の誕生日なのか」

「うん、そうだよ」

 

 なるほど、大体の事情は察した。

 詰まる所、コイツがさっきフラフラしてたのは、八神の誕生日プレゼントを探してたって事か。

 だが、一体どんなものをプレゼントするのか、少々気になる所である。

 

「で、お前は何をプレゼントするんだ?」

「それがまだ、決まってなくて……」

 

 にゃはは、とコイツ独特の笑いで答える。

 まぁさっきからフラフラしてる姿を見れば、そういう結果も容易に想像が付くけどな。

 しかし、誕生日プレゼントか……

 

「一般的には花、アクセサリーとか生活上での必需品だよな」

「そうだよね。身に付ける物とか役に立つ物の方が良いと思うし」

 

 むぅ、そう考えると選択肢は無限に広がるなぁ。

 そこから1つを選ぶってのは、中々骨が折れる作業だぞ。

 特に渡す相手との相性が、何よりも重要視されるからな。

 

「聖君なら、何を貰うと嬉しいかな?」

「はっ?」

「今まで貰った物で、嬉しかった物とか無かった?」

 

 その問いを理解するのに、俺は数瞬の時間を要した。

 コイツは今、俺に何と言った?

 俺が貰って嬉しい物、今まで貰った中で嬉しかった物。

 …………あぁ、そうか。

 俺の記憶の中に、そんな物は――――

 

「無いな」

「えっ?」

「だから無い。貰った事無いからな」

 

 そう答えるしかなかった。

 訊いている高町は驚いてるようだけど、俺からすれば当然の回答だ。

 俺は今まで、誰かに『プレゼント』を貰った経験が全く無い。

 誕生日も、クリスマスも……。

 家の事情、そして俺自身が拒んでいたから。

 

「だから、そういった事は分からないんだよなぁ」

「…………」

 

 答えの見えない問題に取り組み続けるが、やはり分からないものは分からない。

 経験の無いものは、どうあっても想像以上の形には成り得ない。

 これ以上の問答は面倒になったので、俺は心中で白旗を上げる。

 

 とか何とか考えてると、隣の居る筈の高町の気配が消えた。

 何処に行ったんだ? と思ったのも束の間、後ろを振り返ると、2メートル程離れた場所で佇んでいる少女の姿。

 

「高町、どうしたんだ?」

「…………」

 

 何かを考え込むように顔を伏せ、静かにその場から微動だにしない。

 そして数瞬後、何かを思い付いたかのようにハッと顔を上げる。

 此方を向くその瞳は、強い決意に満ちていた。

 

「聖君!!」

「はっ、はひぃぃぃ!?」

 

 何だ、何だ突然!?

 鬼気迫るとは、この事を言うのだろうか。

 彼女の突然の勢いに呑まれた俺は、恐れ慄くように情けなさ全開の返事を返した。

 

「はやてちゃんの誕生日会、一緒に行こう!!」

「サッ、サーイエッサー!!」

 

 その力強さでは、俺には抗う事も儘ならなかった。

 高町の迫力に圧倒されたまま、俺の意志に関わらずこの口は了解を答えていた。

 

 ……………………あれっ?

 もしかしなくても俺、また状況に流された?

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたもんかね」

 

 高町の勢いに流されるまま、八神の誕生会に出る事を承諾してしまった俺だが……。

 いくら突然参加するとはいっても、手ぶらで行くのも気が引ける。

 出来る事なら、八神にプレゼントを渡せればいいなぁとも思う。

 でもなぁ……。

 

「何を持っていけばいいのやら……」

 

 今まで誰かに贈り物といっても、師父やシスター位なものだ。

 他人へ物を贈るなんて全くと言っていい程無い。

 アイツ等みたいに八神の好きな物とか、趣味嗜好なんて知っている訳でもない。

 ――料理上手な、母性溢れる関西弁少女――

 ………何か文にすると面白い組み合わせだな。

 まぁ、そんな事は置いといて。

 

「アイツに何を贈るべきか……」

 

 正直、今は候補の一つすら思い付かない。

 まぁ八神の事だから、仮に持っていかないくても気にしないだろう。

 

 でも、そんな彼女の優しさに甘えたくない。

 受動的とは言え、参加すると決めた事に後悔はしてない。

 それに……

 

――せやから、今の話を聴かせてくれて、私等ほんまに嬉しいんよ

――ありがとな、聖君

 

 迷いなんて微塵も無いのだから。

 だったら、アイツの誕生日を祝える『何か』をきちんと用意したい。

 じゃあ何を……?

 

「何かヒントになるようなものでも……」

 

 せめて種類だけでも決められれば、何かしらの取っ掛かりにはなるんだよなぁ。

 身に付ける物か、それとも置いておく物か、はたまた食べ物か。

 

「それだけでも決めれれば楽なんだけど……」

 

 さて、どうするか。

 これは適当に決められるものじゃない。

 高町と別れてから、帰り道をキョロキョロしながら商店街の店を物色中。

 しかし、これといって良い店は見付からない。

 時間に余裕がある訳でもない以上、あまり躊躇してられない。

 うむぅ、どうしようか。

 

 ――――んっ?

 

「あれは…………」

 

 ふと、視線が一点に止まった。

 そこは商店街の中でも、1,2を争そう程の華やかさを持つ店。

 赤、青、黄、白等の鮮やかな色がひしめく、まるで画材のパレットのようで……。

 心の底から『綺麗』と賞賛を贈りたくなる場所だった。

 

「花屋か」

 

 別名『フラワーショップ』なんてのは、この際どうでもいい考えだ。

 そしてこの瞬間、俺の脳内には新しい発想が生み出された。

 八神に渡す誕生日プレゼントとして、中々良いヒントが……。

 

「よしっ、そうと決まればさっさと帰るか」

 

 やるべき事は見付かった。

 後はそれに向けて真っ直ぐ突っ走るだけだ。

 逸る想いを律して、買い物袋に細心の注意を払いつつ、俺はその場から走り出した。

 ――駆けていくその足は、今までに無い位に軽かった。

 

 

 

 

 

 ――数日後。

 遂に6月4日という日が来てしまった。

 別に『永久に来なければいい』なんて事は微塵も思っていない。

 ただ、今までこんな事は一度も無かったから、精神的に落ち着かないのだ。

 会ったら最初に何て言おうか、プレゼントは喜んでもらえるだろうか……。

 正直、その事ばかりが頭の中を駆け巡る。

 

「ちょっと緊張するよな、こういうの……」

 

 今日は土曜日で、午前中で授業は終わっている。

 なので午後から八神の家で誕生日会をやろうと、結構前から決まっていたらしい。

 まぁ、急遽参加する事になった俺には、当然ながらその事を知る由も無い。

 しかも八神の家に直接集合するなんて言いやがったから、さぁ大変。

 彼女の家の正確な位置を聴くと、一応何度か行った事ある辺りだった。

 だから大丈夫だろうと思っていたが――――心配だなぁ。

 

「っと、ここら辺だったよな」

 

 商店街から少しだけ離れた、閑静な住宅街のような場所。

 白いコンクリートの地面を踏み締めながら、辺りを見回していく。

 口頭で教えて貰った場所や住所では、この辺りにあったような……。

 ――――んっ?

 

「あっ――――」

 

 刹那、視線がぶつかった。

 俺の瞳の先には、小さな少女と小犬。

 腰に届きそうな赤い髪を、ツインの三つ編みした女の子。

 俺の肩位までの背丈で、明菜や沙耶と同い年位だろうか。

 そして彼女の右手のリードの先には、青と白の毛色をした小犬。

 額には、何故かデジャヴに感じた『青い宝石』みたいな物が付いている。

 むぅ、似ている……アルフに。

 

「何だよ、人の事ジロジロ見て」

「んっ……あ、あぁゴメンな」

 

 かなり訝しげな声色と視線に、俺は少々慌てながら謝罪を述べた。

 駄目だなぁ、どうやら知らぬ間にぼぉっとしていたようだ。

 改めて少女を見ると、此方にすんげー憮然とした顔を向けている。

 その様子が生意気と言うか、愛らしいと言うか……。

 まぁ、子供慣れしてる俺からすれば後者でしかないけどな。

 

「あぁそうだ、君はこの辺りに住んでるのか?」

「そうだけど、それがどうかしたのか?」

 

 おっ、こいつはラッキーだ。

 だったらこの辺の地理には詳しい筈だし、丁度良いからこの子に八神の家でも訊いてみよう。

 中々な名案、早速俺は少女に住所を教えた。

 

「――って所なんだけど分かるか?」

「…………」

「んっ、どうかした?」

 

 何故だろうか?

 住所を教えた途端に目の前の紅い少女は、こっちに心底驚いた顔を向けつつ呆然としている。

 こう、何か訳アリなのが手に取るように分かってしまう辺り、俺の勘は大概鍛えられているらしい。

 気の所為なら良いんだけど、嫌な予感がバリバリです。

 

「お前……」

「えっ?」

 

 ――――ギロッ。

 先程までの中途半端な睨みとは違う、獲物を確実に射殺す眼力がそこには宿っていた。

 相手が年下だと言う事は完全に払拭され、俺は少しだけその瞳に恐怖を覚えた。

 

「ウチに何のようだ?」

「ウ、ウチッ!?」

 

 ヤベッ、至って普通に発した筈の声が少々上擦ってしまった。

 いや、いくらなんでも怖がり過ぎだろ俺。

 でも、少女の警戒する瞳は本物で、決して気楽に相手を出来る状態では無いのも確かだ。

 ――――って、ウチって事はこの子

 

「もしかして君、八神の家族か何か?」

「八神って、はやての事知ってるのか?」

「知ってるも何も、アイツとは友達みたいなもんだぞ」

 

 簡単ながら八神との関係性を説明すると、さっきまでの視線が少しだけ緩くなった。

 少しの間だが息苦しかっただけに、漸く落ち着けて話せるようだ。

 

「今日、アイツの誕生日だろ? だからコレをさ」

 

 少女の目の前に掌大の袋を持っていく。

 数瞬それを見て、彼女は納得した顔で此方を見てきた。

 ……むぅ、この子普通にしてれば可愛いな。

 いや、こんな状況で何考えてんだよ俺。

 

「そっか。それじゃあアタシも帰る所だから、一緒に来るか?」

「あぁ、そうさせて貰うな」

 

 取り敢えず、これで八神の家まで迷わないで行ける。

 悩みの種の一つを取り除き、漸く先程までの焦りも落ち着いてきた。

 流石に贈る側が焦ってるなんて馬鹿らしいしな。

 とか何とか、少女の隣で黙々と考えていたりする俺であった。

 ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

 

「着いたぞ。此処がウチだ」

 

 彼女、ヴィータの視線の先に目を合わせると、そこには一軒の家があった。

 さして大きくも小さくもない、簡単に言うと普通の一軒家。

 まぁ、そもそもひなた園が家というカテゴリに入るかと問われれば、何とも言えない。

 しかし何だか、不思議と温かみのある雰囲気を感じる場所だ。

 言葉には出来ない、不思議な感覚……。

 

「どうかしたか?」

 

 ジッと家を見ていたからだろうか。

 今まさに我が家へと入ろうとしていたヴィータが、こちらを振り返った。

 その声に「いや、何でもない」とだけ言って、彼女に続くように家門を通る。

 

「たっだいまー」

 

 元気の良い声が、家中に響き渡っていくのを肌で感じる。

 それに続いて俺も「お邪魔します」と一言。

 既に靴を脱ぎ終えているヴィータは、青い小犬ことザフィーラの足に付いている汚れを拭いている。

 へぇ、ザフィーラって室内犬なのか。

 この家を外から見た限りでは庭があったから、てっきり小屋があるのかと思っていた。

 と、何て事無い事を考えながら、少女と小犬の触れ合いを見ている。

 すると……

 

「あぁ、帰っていたかヴィータ。――それと、そこに居る少年は誰だ?」

 

 凛とした声が、不意に掛けられた。

 1人と1匹の微笑ましい光景から目を離し、その発信源に視線を動かす。

 そこには、――――1人の女性が立っていた。

 スラッとした高い身長、凛々しさを醸し出す表情と桃色のポニーテールが目に留まる。

 二十歳位だろうか、その体には女性としての柔和さが際立っている。

 

 こう…………出るとこ出てるって言うか何とか……。

 しかしそんな浅い考えなど切り捨ててしまう程、俺へと向けられている双眸が印象的だった。

 敵意や嫌悪を剥き出しって訳じゃない。

 唯、こちらの奥底を見通すような鋭い視線が突き刺さっている。

 

「っ……」

 

 まるで針が落ちたように、ピンと張り詰められた空気。

 その中で、互いの瞳を合わせ不意に気付く。

 逸らせない、いや……逸らしてはいけないのだと。

 この人は見ている、俺が如何なる存在であるのか。

 自分にとっての害悪であるのか、自分の周りを脅かす存在であるのか。

 ――――でも正直、そんな睨まれても困るんですけど。

 

「あんま睨むなよ。コイツ、悪い奴じゃねえんだからよ」

「あぁ、彼の目を見れば分かる。それで、一体何の用なんだ?」

 

 スッと俺からヴィータに視線を動かすと同時に、その場の空気が一瞬で緩く変わる。

 先程までの空気が異質とでも言うかのように、その場は変貌した。

 取り敢えず、助けてくれてありがとうヴィータ。

 しかし、俺としては肩の荷が下りたようで助かっているけど、この落差はどうかなぁと思わずにはいられない。

 疲れた、すげぇ疲れたよ、最大級一歩手前まで疲れたよ。

 

「はぁぁ、今回もこんな展開か……」

 

 今更な事だが、頭を抱えずにはいられない。

 泣きたいなぁ、ベッドの上ですすり泣きたくなる気分だ……。

 心の中で涙を流す回数が格段に増えている気がする、突き詰めると聖祥に来てから。

 何故に、他人の家に行ってまでこんな思いをせにゃならんのだ!!

 

「ヴィータ、そこで悲壮感の漂う顔で、握り拳を作る少年を放っておいて良いのか?」

「あっ? ――っておい、何変な顔してんだ?」

 

 うっさい、気にすんな。

 単に人生を振り返ってみたら、その悉くに面倒(ボロ)が見えてきただけだ。

 自分の事ながら、周囲に振り回される性根をどうにかしたいものである。

 聖祥以前の振り回されない俺カモン!! …………虚しい。

 

「まぁ取り敢えずさ、上がれよ」

 

 こっちに気を使っているのか、それとも俺のくだらない意地を悟ったのか。

 もしくはこの姿を見ていられず、同情を禁じ得なかったのか。

 兎も角此方を見ながら苦笑いする紅い少女に、俺は「分かった」と簡単に答える事しか出来なかった。

 

「お邪魔します」

 

 既に一度言っているが、一応礼儀として……。

 こうして遂に、俺は八神家へお邪魔することに成功した。

 

 

 

 

 

 ヴィータの後に続いて着いた先は、広々としたリビング。

 先程の女性は、ソファーに腰を落ち着けている。

 ……何か気まずいなぁ。

 

「そういえば、名前を訊くのを忘れていたな」

「あぁ、そうでしたね」

 

 言われてみれば確かにそうだ。

 俺自身、精神的な意味でそれどころじゃなかったし、完全に頭から抜けていた。

 うむ、こっちは招かれている方なんだから、きちんと名乗らなければ。

 

「私はシグナムだ。宜しく頼む」

 

 言い終わると同時に手を差し出してくる。

 シグナムさんか……。

 あれ、何処かで聞いた覚えが――――なくも無い?

 って、そんな事考えてないで、名乗られたならこっちも返さないと。

 

「初めまして、瑞代聖です」

 

 うん、これなら変な印象は持たれないだろう。

 平静のまま、シグナムさんの手を握ろうとして――

 ピクッ、と小刻みな反応が起きた。

 

「「聖……」」

 

 ――――へっ?

 その響きは、明らかに初耳の人が発するものではなかった。

 俺の名前は、日本の中では有り触れたものではないだろうが、少し珍しい程度のものだ。

 それを、何の躊躇いも無く口に出せるなんて……。

 

「もしかして、八神の方から聴いていたりします?」

「あぁ、既に聴き及んでいる」

 

 やっぱりなぁ。

 ハラオウンといい、高町といい、月村といい、家族に俺の事をペラペラ喋るのはどうかと思うぞ。

 毎回毎回、何を言われているのかヒヤヒヤするのは俺なんだからな。

 頼むから自重してくれ。

 バニングスに関しては、既に彼女の知らぬ間に友好があるので除く。

 

「そう困った顔をしなくてもいいだろう?」

「いや、でも……」

「ある……はやてさんからは、とても良い人だと聴いている」

 

 いやシグナムさん、良い人って言われても困るのですが。

 すげぇ『ふんわり』とした表現過ぎて分かり難いし、しかしそこが八神らしいのが小憎らしい。

 ――って、何か横から突き刺さるような視線を感じるんですけど。

 

「……」

 

 ヴィータ、何故君は俺を睨んでやがるんですか?

 という疑問を瞳に映しながら、シグナムさんを見やる。

 

「あっちは快く思って無さそうですけど……」

「あれはちょっとした嫉妬心だ。あまり気にしなくていい」

 

 いやいや、気にするなと言われても、これは結構な度合いのようですよシグナムさん。

 

「――フン!!」

 

 相手がこれじゃあねぇ――――俺に一体どうしろと?

 ご機嫌斜め、しかもかなりの傾斜だから対応に困る。

 下手に話し掛ければ簡単に爆発しそうで、主に俺の身が色々危ない。

 こりゃあ、アイツ等が来るまで引っ込んだ方が良いか?

 

 ……いや、それじゃ駄目だろ。

 もしかしたら、この出会いはたった一度のものかもしれないんだ。

 だからこそ、その一度を蔑ろにするにはいかない。

 

 ――出会いは心の研磨剤、一度きりだとしても自分を磨くものになる――

 ――聖、出会いを大切にしなさい――

 

 師父……。

 貴方の教えてくれた言葉と、その想いを俺は絶対に違わない。

 

「なぁ、ヴィータ」

「……」

 

 彼女の頑なな態度に、当然ながら取り付く島も無い。

 しかし、この程度で諦めてたまるかっての。

 シグナムさんは依然としてソファーに座り読書に耽っているが、俺たちの動向を探っている節がある。

 なら今は、俺達の事は静観していて貰おう。

 

「なぁ、ヴィータ」

「……」

「ヴィータヴィータヴィータヴィータヴィ――」

「――うっせー!! いい加減にしろ!!」

「おぉ、漸く反応したか」

 

 よし、これで第一段階終了だな。

 後はこの子にどれだけ歩み寄れるか、それが重要だ。

 ヴィータの発する威圧に耐えながら、俺は彼女の目を見て言葉を続ける。

 

「なぁ、ヴィータ」

「何だよ、用無いなら話し掛けんなよな」

 

 俺を圧倒する気迫、嫉妬心からくるものにしては強過ぎるソレを、真正面から浴びせられる。

 吊り上がった双眸に真一文字に閉じられた口、『私憤慨してます』という感情のお手本みたいな表情だ。

 まともに相手をするつもりは無いらしい……が、それは大した問題じゃない。

 折角のこの出会い、ふいにしたら勿体無いだろ?

 

「そのウサギってなんだ?」

「あ? これか?」

「そうそう」

 

 長い耳に丸い顔、目は薄紅色で縫い痕の口、3頭身程度で出来た体。

 キーホルダーのチェーンが首の部分から垂れて、ショートパンツのベルトに着いている。

 少し変わったデザインだが、ちょっと目を引いたから訊いてみる事にした。

 

「別に、お前に教える事じゃねぇよ」

「そうかもな。でもさ、これ結構古い奴だろ?」

「そうだけど、だからどうかしたのか?」

「それだけ大切にしてる物って事だろ? そりゃ気になるさ」

「あ……」

 

 少しだけだが、彼女から威圧感が消えていく。

 本当に気になった事を訊いてみただけだったが、意外にも効果はあったようだ。

 ヴィータがこれだけ大切にする物、気にならない筈がない。

 

「もしかして、八神が?」

「…………あぁ」

 

 たったそれだけを、消え入りそうな声で呟いた。

 顔はそっぽを向いているから分からないが、何となく赤くなっているみたいだ。

 気恥ずかしいのだろうが、それだけ八神の事が好きなのだろう。

 ……良い子じゃないか、ヴィータって。

 

「八神が好きなんだな」

「なっ!? そ、それは……」

 

 おぅおぅ、かなり慌ててるぞ。

 図星って感じなのは、何処から見ても明らかだ。

 その素直な反応がとても愛らしく見えたのは、きっと彼女の純粋さが故だろう。

 

「別に隠す事も無いだろう。誰かを好きになるって事は、大切な事なんだからな」

「大切な事?」

「あぁ。『自分にとって大切な誰かが居る』、人はそれだけで強くなれる、頑張れるからな」

 

 真っ直ぐに見返してきた彼女の瞳を、逸らさずに見遣る。

 俺にとってひなた園の家族が居るように、コイツにも八神という大切な人が居る。

 互いに抱える想いは違うものだろうが、根底に宿る志はきっと同じだ。

 

「うん、それはアタシにも分かる」

「そうか」

 

 俺の言葉に同意した今のヴィータから、此方を圧する怒気は感じられない。

 何より、既にそんな事はどうでもいいんだ。

 彼女が笑っていた。

 破顔する程では無いが、きっとそれは心からの笑顔だ。

 

「ヴィータ。お前、家族想いの良い奴だな」

 

 その仕種が、笑顔が可愛くて仕方が無い。

 だからだろうか、つい癖で彼女の頭をあやすように撫でてしまった。

 

「なっ!? な、撫でんなテメェ!!」

「いいから、大人しく撫でられておけって」

「い~や~だ~っ!!」

 

 俺の手を掴んで引き剥がそうとするが、そう簡単には止めたりはしない。

 癖なのだが、したいと思ったのは本心だから。

 今は流れに身を任せて、彼女の柔らかい髪を撫でていよう。

 

「フッ……」

 

 俺達がじゃれ合っている場所から、少しだけ離れた所に居る1人の女性。

 シグナムさんは本から視線を外す事無く、微笑ましい表情をしていた。

 

 

 

 

 

 ――――それから少し経った後、インターホンが家中に響いた。

 

「おっ、漸く来たか」

 

 それに反応したヴィータが、待ってましたとでも言うように居間から出て行く。

 シグナムさんも読んでいた本から目を離して、来訪者を迎えようとしている。

 そして――

 

「遅れました~」

 

 ヴィータの後ろから高町が大きな箱を持って、リビングに入ってきた。

 更に3人が、彼女に続いて入ってくる。

 

「済まないな、毎年来てもらって。感謝する」

「シグナム、気にしないで」

「そうですよ。はやてはアタシ達の友達なんですから」

 

 バニングスの答えに甚く満足したシグナムさんは、「そうか」とだけ言うと、高町の持っていた箱を受け取って奥の方へ行ってしまった。

 それにしてもハラオウン、明らかな年上に対してタメ口ってどうよ?

 まぁ、本人達が気にして無いからいいけど……。

 と言うか――

 

「お前等、来るの遅くないか?」

「うん、ゴメンね」

 

 深窓の令嬢を思わせる微笑で、流麗な謝罪を述べる月村。

 うむ……仕方ない、許してやるか。

 別に、月村にドキッとしたから許した訳じゃ無いぞ!!

 

「おい聖、何か顔赤いぞ」

「なっ、何でもねぇよ」

 

 自分の顔がどうなってるか位、自分で分かってるっての。

 でもそれを認めたくないから、気を紛らわせる為にヴィータの頭を少し乱暴に撫でてみた。

 

「って、また撫でんなー!!」

「うっせぇ、変な事言った罰だ!!」

 

 ガシガシと乱雑に、それでいて丁寧に。

 矛盾した行為だが、こういったものは心の込めようだからな。

 まぁ、相手は喜んではいないけど……。

 

「うりゃうりゃ~」

「だぁぁぁ!! いい加減にしろぉぉぉぉ!!」

 

 

 

「あの2人、凄く仲良しだよ」

「なのは、嬉しそうだね」

「うん。ヴィータちゃん、初めての人には少しきつく当たっちゃうから」

「そうだね。私達もそうだった……」

「でも、今こうしてヴィータちゃんが聖君と楽しそうに接している」

「ちょっと、羨ましいね」

「…………うん」

 

 

 

 

 

 飾り付け――――OK。

 飲食物の準備――――OK。

 心の準備――――――――多分、いやきっとOK。

 後は、八神が帰ってくるのを待つだけだ。

 シグナムさんが言うには、八神はもう1人の家族と一緒に買い物(という名の時間稼ぎ)に行ってるらしい。

 既に連絡は済んでおり、今此方へ向かってる最中との事。

 さぁ、此処まで来たらもう後戻りは出来ない。

 他人の誕生日を祝うなんて事、今まで一度だって無かったけど……。

 

 まぁ――何とか頑張りますか。

 

 

 

 

 

 

 




ひじり は ヴィータ と なかよくなった
どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
№ⅩⅥを読んで下さり、ありがとうございます。

今回の話はズバリ『はやての誕生会(前編)』であります。
タイトルに前編とありませんが、2話構成なのです。
作中の時間軸的にも丁度良いタイミングですし、彼女もヒロインの1人ですからね。
はてさて、初めて友人の誕生会に参加した聖ですが、きちんとプレゼントは渡せるのでしょうか?
……渡せなかったら、唯のチキン野郎ですね。
それと、次話は諸事情により投稿が遅れるかもしれません。
№ⅩⅢと同じく、一部の大幅修正の為です。

それと、前話の事で少々。
№ⅩⅤなのですが、実は一部のシーンが抜けておりました。
なので、改訂前(1月15日1時28分以前)に読んで下さった方は、お暇があれば読んで下さるとありがたいです。
忍と恭也が出てきた辺りからの一部なので、そんな目を凝らさずとも分かると思います。
いやまぁ、絶対に読まなくちゃいけないシーンという訳でもないのですが……一応という事で。

今回は以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
直接メッセージでも、作者的にウェルカムです。
では、失礼します( ・ω・)ノシ

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