少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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「聖、さっきからどうしたの?」
「あっ、師父とシスター」

――それは、ある夕食後の出来事だった。
――その時の俺は、その声を掛けられるまで寝室のドアの前で呆けていた。

「何だ、ぼ~っとして」
「べ、別に……」
「何か考え事?」
「う、ううん!!」

――ドキッ、と心臓が跳ねた。
――俺のおかしな態度に、2人は違和感を覚えたのだろう。
――このままじゃ胸に抱いた想いに気付かれてしまう。
――その前に、慌てた様子で取り繕うように部屋へ戻ろうとした。

「大丈夫だよ。さぁてと、早くお風呂に入らなくちゃ」
「聖……」

――でもそれは、肩に置かれた手によって押さえられてしまった。
――振り向いた先に居たのは、穏やかな顔をした師父とシスター。

「相談したい事、あるんだろ?」
「私達なら、いくらでも乗ってあげるから」

――酷くおかしな反応の俺に、飽くまで2人は優しく接してくれた。
――それが嬉しくて、堪らなくて

「あのね……」

――自分の内に秘めていた想いを、曝け出していた。
――もう黙っているのは止めよう。
――2人なら、きっと良い事を教えてくれるに違いないと信じていたから。

「あのね、ぼくね!!」

――好きな人が、出来たんだ。


――それは、懐かしい記憶。
――守る事をまだ知らなかった少年の、1つの通過点。





№ⅩⅧ「瑞代聖の最も長い1日(前編)」

 

 

 

 

 私立聖祥大学附属中学校。

 言わずもがな、俺の通っている学校である。

 此処に入学してから2ヵ月と少し、その間に色々な出来事があった。

 本当に色々とあり過ぎて、何処から説明したものかと頭を抱えたくなる程度には……。

 

 そしてその筆頭が――

 

「聖、お昼一緒にどう?」

 

 ――目の前で弁当箱を持っている少女だ。

 腰にまで届く長い金髪、美少女と呼んでも差し支えない端正な顔立ち。

 フェイト・T・(テスタロッサ)ハラオウン。

 この学校での初めての知り合い……いや、友達になった少女だ。

 

「あぁ、良いけど」

「良かった。それじゃ行こうか」

「あぁ」

 

 俺は本当に変わったと思う。

 こうやって、今までなら有り得ないような状況にも、普通に対応出来ているのがその証明。

 師父に「中学に入るのだから、女子を避けるような真似はしない事」と、お叱りを受けたからだろうか?

 正座で一晩中のお説教だったし、キツかったからなぁ……。

 思い出すのはもう止めよう。

 

「おいおい、またかよ」

「ん? 何がだよ金月」

 

 ぬぅ、っと俺の目の前に立ち塞がる坊主頭。

 脊髄反射と条件反射で物事を語る、無思慮の傑物。

 ソイツは呆れたような表情で、俺を見ている。

 

「何ってお前、気付いてないのかよ」

「だから何がだ?」

 

 俺の一言に、深い溜息を一つ。

 何かコイツがやると、無性にムカつくのは気のせいか?

 とは言うものの、コイツの言う通りだから仕方ない。

 だがその答えは、意外な場所から現れた。

 

「最近の瑞代は、5人とばっか居るじゃんか」

「って、今度は遠藤かよ!!」

 

 今度はぬおぉっと背後から湧いて出てきた奴が約一名。

 先に声を掛けてきた金月と同類の、遠藤透である。

 それにしても遠藤、登場の仕方が明らかに高杉のやる方式だぞ。

 だがしかし、俺が5人とばかり居るってのは……。

 

「別にそんなつもりは……」

「無いと言えるのか~?」

「言えるのか~?」

「「言えるのか~?」」

 

 くっ、途轍もなくムカつく。

 何がって、この煽り方が腐る程にムカつく。

 何が悲しくてこいつ等の声をステレオ音声(L:金月、R:遠藤)で聴かなければいけないんだ?

 ……殴って良いですか、師父?

 

「瑞代、取り敢えずその震える拳を収めろ」

「瀬田……」

 

 半ば暴走し掛けた俺の拳を、眼鏡の少年が諌める。

 俺の友人の中での数少ない良心である瀬田。

 ……つまりは、俺の友人にはまともな奴が少ないという事か?

 ――――確かに。

 

「はぁ……」

「疲れてるのか?」

「いやまぁ、何でこう俺の周りは騒がしいのかと」

「別に悪くないだろ?」

「…………それもそうだな」

 

 瀬田の言葉に対し、少々考え込んで同意する。

 確かに今の自分はこの状況、目の前で煽っていたヤツ等を嫌っている訳じゃない。

 意味も理由も無く、騒がしくも慌ただしい。

 そんな面倒な日常だからこそ、普通には無い楽しさが隠れている。

 

「取り敢えず、コイツ等は俺が止めておく。……行くんだろ?」

「おぅ、後始末頼んだ」

「任せておけ」

 

 眼鏡のブリッジを中指でクイッと持ち上げながら吐くそれは、無駄に格好良さが溢れていた。

 これが天才の力か……。

 いや、その考えは思考の隅に置いといて。

 今はこの場を瀬田に任せておこう。

 コイツなら、2人を抑える事など造作も無いだろうし。

 

「行こうぜ」

「うん、そうだね」

 

 傍らで律儀に待っていたハラオウンと、教室を出て行った。

 先程まで居た場所では――

 

「瀬田、たとえお前が相手だとしても……」

「俺達は負けない!!」

「俺はボスキャラか? それより少し黙ってくれ」

 

 ――何か愉快なやり取りをしていた。

 まぁ、この様子ならアイツ1人でどうとでもなる。

 ……何か物足りなさを感じるのは、気のせいだろうか?

 その心に降って湧いた疑問は、1人の少女によって払拭される。

 

「ったく、フェイトも瑞代も遅い」

 

 入り口辺りで立っている、友人の1人によって。

 

「何だ、待ってたのか?」

「アリサ、先に行ってても良かったのに」

 

 全く、ハラオウンの言う通りだ。

 そんなに怒る位なら、先に行ってた方が良いと思うぞ。

 

「何? アタシが待ってちゃいけないって言うの!?」

「いや別に、そんなつもりはねぇけど……」

「だったら良いでしょ? ほらフェイト、行こ」

「あ、うん」

 

 バニングスは怒るだけ怒ると、ハラオウンを連れてさっさと屋上へと向かってしまった。

 ……ワガママ女め。

 悪態を敢えて口に出さなかったのは、俺が彼女を恐れている証拠か?

 ったく、俺も弱くなったもんだ。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ご馳走様っと」

 

 屋上での少女達との会合。

 今日も今日とておにぎりを頬張り終わった俺は、周りよりも一足先に食事を終えた。

 

「今日も早いね」

「俺はこれ位が普通なんだよ」

 

 つーか、俺からすればお前等がゆっくりなだけだ。

 これも男子と女子の差という奴だろう、別に俺が早食いという訳じゃないし。

 

「でも聖君、おにぎりだけじゃ物足りないとちゃうん?」

「いつもおにぎりとサンドイッチだけだよね?」

「別に困ってねぇし、自分で決めた事だっての」

 

 そう、自分で決めた。

 少しでもシスターの負担を減らせる事、それがこれだったから。

 微々たるものかも知れない。

 それでも、やるだけやってみようって……。

 

「それに、足りない位が丁度良いだろ?」

 

 なぁ? と隣に居るハラオウンに同意を求める。

 当の本人は「どうだろうね?」と曖昧な返答。

 ついでに周りも、と視線を移すが似たような反応。

 むぅ、どうやら俺だけのようだ。

 

「ほんなら、私のおかず一個どや?」

「えっ、でも……」

「この玉子焼きな、少し味付け変えてみたんよ。それで、聖君にも味見して欲しい思ってなー」

 

 徐に向けられる八神の弁当箱。

 幾つか手付かずの状態を保っている、彩り豊かな料理達。

 それぞれが際立ち、見る者の食欲をそそる。

 すげぇ美味そうだ、しかし本当に貰って良いものか……。

 正直迷うが、笑顔で此方に弁当箱を向ける八神に対して、拒絶するのだけは憚れた。

 

「んじゃあ、一個貰うかな。……って」

「遠慮せんでえぇよ」

 

 いや、それは良いんだが……。

 

「箸が……」

「あっ!!」

 

 どうやら八神も俺の言いたい事に気付いたようだ。

 箸が無い、つまり料理を取れないのだ。

 これでは八神特製の玉子焼きが食べれない。

 

 ……むぅ、実に無念だ。

 対する八神も、何やら考え込んでいる様子。

 そして意を決したように箸で玉子を掴み――

 

「はい聖君……あーんや」

 

 ――目の前に突き出してきましたよ。

 え、何これどういう事何してんのコイツ?

 此方の混乱に合わせて、互いの間に微妙な空気が流れる。

 真面目な顔で玉子を差し出してくる八神と、それを呆然と見ている俺。

 ……一体、どうしろと?

 

「聖君、はよう」

「早くって言われても」

「遠慮せんでえぇって、さぁ!」

 

 何だこの迫力は!?

 有無を言わさず突き出される玉子焼きが、眼前に迫る……。

 普段は穏やかな八神の放つ異様な勢いに呑まれ、俺は退路を失いつつある。

 

 ――――くっ、南無三。

 

「はむっ!!」

 

 良い匂いを放つ黄色を一口で頂く。

 途端に口内に広がる甘さ。

 だがそれは、絶妙なバランスの中で生まれた甘味だ。

 秤でグラム単位を調整する、黄金比率とは恐らくこの事なのだろう。

 正しく、職人技と言っても差し支えない。

 

「どや?」

「……美味い」

 

 職場実習で家に来た時も感じたけど、コイツは天才的な料理センスを持っているな。

 俺にとっての最高の料理は、シスターの作った物だけだと思っていたけど……。

 八神もまた、違う味を持ちながらその頂に近付きつつある。

 俺自身はそういった専門じゃないけど、この料理の『温かさ』はきっと何より大切なものだ。

 俺の感想を聞いた製作者はというと、「良かった~」と胸を撫で下ろしている。

 別に素人意見なんだから、そこまでシビアに考えなくても良いのにな。

 しかしまぁ、改めて考えると今のって……

 

「あーん、だって……」

「って、フェイトちゃん!?」

「2人共、顔真っ赤だよ」

「高町っ、テメェもかよ!?」

 

 2人の言葉で、先程の恥ずかしい場面を思い出す。

 他人がやるなら勝手にしろ位だが、その当人となると話は別だ。

 だから、出来る限りは気にしないでくれ八神。

 そんな状態では、他の2人からも追撃を喰らってしまうぞ。

 片方は上品に微笑んでるし、一方は微妙に納得出来ないような表情だし。

 あぁ、なんてカオス……。

 

「あーん、とは何と甘美な響きであろう。一つの箸で、2人の心と腹が満たされていく」

 

 なんて嘆いてたら、突如変な人型物体がこの場に顕現した。

 両手を広げ、この場に居る全ての者に語るように。

 奴は――高杉信也は現れた。

 って、何でこんな時に!?

 

「これぞ正しく、恋人達のコミュニケーションの真髄!!」

「こっ、恋人!? テメェ、何言って……」

「で、いつからそんな関係になったんだ?」

「ド阿呆がぁぁぁ!!」

 

 人の話を聴けっての!!

 あぁ見ろ、離れた所に居る見知らぬ生徒まで見てるじゃねぇか!!

 何かコソコソ話してるし、うわぁ変な物を見るような目をしてるし。

 その視線は高杉にだよな? そうだよな?

 そして八神は下を向きながら「うぅぅ」と唸っている。

 状況は最悪だ…………そして高杉の存在が。

 半ば条件反射で俺は、大馬鹿に向けて右拳を放つ。

 しかしそれは、当たる寸前で止められてしまった。

 

「た~か~す~ぎ~っ!!」

「フッ……」

「馬鹿みたいに引っ掻き回しやがって、何笑ってやがる……」

 

 このキザっぽい笑み。

 何か、奥の手を隠し持っている時の余裕を感じる。

 内心で警戒を強めながらも、受け止められている拳の力は抜かない。

 だと言うのに、ピクリとも動かない拮抗が続いている。

 

「あ~ん」

「なっ!?」

 

 あまりの唐突さに腕の力が少し抜けた。

 高杉、お前という奴は……。

 本気で潰して良いですか、師父……。

 今後の俺の学校生活の為に、延いては世界の平和の為に。

 

 主旨が変わってる気がしないでもないが、きっと間違いじゃない!

 

「それにしても、お前も隅に置けないな」

「何がだよ?」

「これだけの美少女と、当たり前のように共に居るのだからな」

 

 突然何を言い出すんだ? コイツは。

 いつも訳分からない言動をしているが、今日は特に分からない。

 

「何が言いたい?」

「お前も色気付いてきた、と言う事だ」

「なっ――」

 

 刹那、意識が凍りついた。

 高杉の言葉の意味、それはつまり、俺が彼女達をそういった(・・・・・)目で見ているという事を意味している。

 俺が、ハラオウン達を、異性として…………。

 

――思い出す、あの夕陽を

 

 コイツっ、言うに事欠いてソレを……!!

 

――思い出す、あの肌を突き刺す寒さを

 

 その言葉だけで俺の頭は真っ白に、そして急速に沸騰していく。

 

――思い出す、あの時の彼女の顔を

 

 目の前に居る奴を、完全に叩きのめさなければ気が済まない。

 

「高杉……」

「フッ、やるか?」

「上等だよ、テメェ」

 

 内面から沸々と湧き上がる闘志、しかし内包されたのは純粋な怒りのみ。

 対する高杉は涼しげに、ただ此方を見据えてるだけ。

 手元で弄っていた携帯をポケットに仕舞うと、表情を変える事無く俺の言葉に乗った。

 今まさに俺達は、火と水の状態そのものと言っていい。

 

 俺達の間に漂う空気を察してか、何か喧しく此方へ話し掛けてくる5人の輪から外れる。

 完全にキレてからでは、周りを気にする余裕なんて無くなっているだろうから。

 

「瑞代、最後に一つ訊かせて貰おう」

「……何だ?」

「何がお前から『恋愛感情』を切り離そうとする?」

 

 突然何を言うかと思えば、くだらない。

 そんなもの、俺を見てきたコイツは誰よりも理解している筈だ。

 それを今更……コイツは何を知りたがっているんだ?

 

「俺にとって何よりも大切なのは家族だ。その家族を疎かにして他の事に感ける権利なんてもの、俺には存在しない」

「フッ、そうか。……フフフ、そうかそうか」

「何がおかしい?」

 

 高杉にしては珍しい、自身の感情を強く乗せた笑い。

 寧ろ嘲笑うソレに近い、明らかにいつものコイツとは違う雰囲気を醸し出す。

 その姿が癪に障り、俺の怒りも容量の半分を超えた。

 ムカつく相手は未だに笑みを崩さず、俺に嘲笑するような目を向けて言い放つ。

 

「お前は逃げてるのさ。過去からな」

「ふざけんな、何意味の分からない事を言ってやがる」

「意味が分からないか…………せーちゃん?」

「――――っ!?」

 

 やれやれ仕方ない、といった様相の高杉。

 だが簡単に放ったその一言は、俺の思考をフリーズさせるには充分だった。

 俺を、その名で呼ぶ奴は……

 

 ――フラッシュバックする過去の風景。

 ――小さかった少年が恋した、1人の少女。

 ――背の高い彼女に憧れ、追い付こうとしたあの日々。

 ――そして、その想いが

 

「止めろっ!!」

 

 次々と掘り起こされる記憶の流出に、慌てて蓋をする。

 思い出すな、そんなモノ必要無い。

 半ば反射的に声を張り上げた為、屋上に居る全ての者が静まり返る。

 だが、俺と対峙する奴は何一つ変わりはしない。

 真っ直ぐに、相手と視線を合わせるだけ。

 

「自分の記憶に蓋をして忘れたつもりか?」

「違う!!」

「いや、お前は忘れたいだけだ。ソレをな」

「違うっ!!」

「自分を傷付ける記憶を、過去の自分の想いを」

「違うっつってんだろが!!」

 

 高杉が言葉を吐く度に、この思考を怒りが塗り潰していく。

 完全沸騰の一歩手前、理性の弁は最早、無用の長物と化していた。

 自制の利く限界スレスレで、もう周りの事に意識を向けられない。

 アイツの言葉を否定する俺の手は、知らずに力が篭もっている。

 骨が軋みを上げそうだが、そんなもの知った事ではない……。

 それでも奴の口は、発される言葉は、止まる事を知らない。

 

「傷付きたくないだけだろう?」

「そんなんじゃ――」

「――だから家族を引き合いに出す」

「ち、違っ!?」

「自分の保身の為に、家族という存在を出したに過ぎない」

 

 違う、俺はそんなんじゃない。

 そんな勝手な理由で、家族という言葉を口にしたりしない。

 今までの自分は、此処まで辿り着いてきた意味は、そんなくだらないもののタメじゃない!!

 高杉の催眠術のような言葉を必死に否定する。

 胸中でサイレンのように響く俺の言葉、しかし声は喉に詰まったように出てこない。

 

「お前にとっての家族とは大切なものであると同時に、建前を作る為の丁度良い存在なんだよ」

「違う!!」

「違わないさ。今のお前が正にそうだ。…………お前は臆病者だ。唯の――」

「高杉ぃっ!!」

 

 二の句は告げさせなかった。

 気付いた頃には、俺の拳が高杉の眼前で競り合いを繰り広げていたから。

 

 もういい、これ以上は喋るな……。

 俺の家族を否定したお前を――

 

 ――潰す。

 

「結局は、こうするしかないようだな」

「……黙れ」

 

 空いている拳で腹を狙うが、バックステップで逃げられる。

 二間程開いた間合いで、俺達は対峙する。

 俺の一足飛びなら、1秒は必要無い。

 故に――――先手必勝。

 

「はあっ!!」

 

 一気に距離を詰め右ストレート、それを半身ずらして避ける奴に対し、振り切った腕でラリアットの要領で殴打。

 更に右足で顔面に向けて振り上げるが、共に避けられた。

 

 ちっ、無駄に速い。

 立ち位置は既に、最初の位置に戻っていた。

 

「止めて2人共!!」

「そうよ、こんな所で喧嘩しな――」

「黙ってろ!!」

「「っ……」」

 

 横槍を入れるな、ハラオウン、バニングス。

 今の俺は目の前に奴で手一杯だ。

 こんな時に面倒な相手をさせるんじゃない。

 

「どうした? 来ないのか?」

「っ、黙れよ!!」

 

 ご丁寧にも挑発なんかしやがって……。

 上等だ、テメェ。

 コンクリートの床を、砕かんとする勢いで一歩踏み込む。

 先程よりも速く、そして強く。

 狙うは奴の側頭部への一撃、腰の捻りを利用しての上段の右回し蹴りを放つ。

 それを冷静に、しゃがんで対処する高杉。

 

 ――――掛かった。

 

「せいっ!!」

「むっ?」

 

 俺の蹴りが生み出した回転力はまだ失われていない。

 その勢いを殺さず軸足を入れ替え、今度は左足の踵部でのミドルキック。

 高杉は回避運動後、数瞬の硬直がある筈だ。

 俺の真の狙いは、その一点に集中されている。

 奴の顔面へと、俺の鋭い足裏が迫る。

 

 だが――

 

「読みの冴えは相変わらずだな」

「くっ……」

 

 何の苦も無く、奴の手によって捕らえられていた。

 くそっ、速度に関しては申し分無い筈だ。

 やはり俺が読み負けていたのか。

 コイツが放つ賛辞が、目の前の事実と合わさって余計にムカつく。

 

「しかし、選択の幅が少々狭かったな」

「っざけんな!!」

 

 捕まった足はピクリとも動かない。

 次の攻撃へと移行するべく、左足を一瞬で引き抜く。

 蜥蜴の尻尾切りの要領で、上履きだけを奴の手に残して更に軸足を入れ替え。

 今度は右足を高杉の頭上まで持っていき、一気に振り下ろす。

 恐らくこれで距離を空ける筈、その後の一手で一気に距離を詰める!!

 

「遅いぞ」

 

 しかし奴は引く事をせず、寧ろ前へと踏み込んできた。

 コイツ、躊躇いもせず……!?

 流れるようなその動きで繰り出される拳は、俺の鳩尾へと向かう。

 やらせるか!!

 

「テメェがな」

 

 迫る攻撃を片手で押さえ、思い切り手元へ引っ張る。

 急速に縮まる間合い、そのコンマ1秒の最中、高杉の空いた片手が握られるのが分かった。

 ――させないっ!!

 慌てて先手を取った俺の拳は、握りを解いたその手に止められた。

 互いに攻撃と防御を並行する状況は、正に一進一退。

 だが高杉の余裕がある以上、一時の油断が命取りになる。

 

「らしくないな。いつもの冷静さはどうした?」

「黙れ!!」

「いくらお前でも、その血の上った頭では俺の脅威になり得ない」

「何だと!?」

 

 拮抗する力と力。

 しかし高杉の顔は涼しげなそれのまま、全く変わる事が無い。

 まるで俺を嘲笑うように、明らかに格下の相手をするかのように。

 許容量は既に越えてなお、俺の頭に血が上っていく。

 

「テメェ……」

「むっ?」

 

 ジリジリと変化する状況。

 互いの力の均衡が徐々に崩れていき、俺の力が高杉を守りを凌駕していく。

 1センチ、2センチ……徐々に徐々に。

 流石の高杉も、先程までの余裕は保っていられなかったようで、珍しく難しい顔をしている。

 だがそんな事はどうでもいい。

 俺がやるべき事は、コイツを叩き潰す事だけだ!!

 

「はっ!!」

 

 刹那、止められていた拳の力を緩めた為、奴の体勢が微妙に崩れた。

 この戦闘で最も大きな隙、それを俺は見逃さない。

 空いた拳はこの時の為に、一気に顔面へ叩き込む。

 

「これでっ!!」

 

 たとえ化け物染みた動体視力であろうとも、このクロスレンジでの攻撃を防ぐ事は不可能。

 強く握り込まれた拳は、吸い込まれるように奴の頬へと。

 これをモロに喰らえば、強烈な痛みを喰らわせる位は出来るだろう。

 コイツを黙らせる事が出来る――――

 

 

当たれば激痛が襲うだろう。

いつも涼しい顔をしている高杉でも、流石に耐える事は出来ない筈だ。

これで、コイツも終わり……

 

 

 ――――駄目だ!!

 

「――っ!?」

 

 瞬間、時が止まる。

 気付けば、息が詰まる。

 高杉は動揺をする事もせず、自らの眼前で静止する拳に視線すら向けない。

 そう、俺の拳は、コイツの眼前で止まっていた。

 

「っ……」

 

 ――俺は今、何をしようとした?

 ――俺はコイツを、どうしようとした?

 

 熱くなり過ぎていた頭が急速に冷めていく感覚。

 渦中の人間でありながら、俺は唯1人だけ混乱の極みに達していた。

 自分の犯そうとした行動が、どのような意味を持つのか……。

 

「高、杉……」

 

 俺は……。

 弱々しく呟かれた声を聴き取ったそいつは、フッと笑みを浮かべると、俺の視界から文字通り掻き消えた。

 

「――――うっ」

 

 トン、と……。

 その衝撃を頚椎に感じた瞬間、俺の体から力が抜けていく。

 まるで自分の物とは思えない位に、全身に力が入らない。

 そのまま俺は、地面に崩れ落ちて――

 

「ふむ……」

 

 いく事は無く、寸前で受け止められた。

 

「た……す………」

 

 意識が混濁して、上手く口が動かない。

 瞼も段々落ちてきて、何も考えられない。

 霞んでいく視界の中、高杉の薄ら笑みが見える。

 

「無理はするな」

 

 最後に聴こえたのは、奴のそんな何気無い一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ん、んん」

 

 瞼を焼くような光に、思わず呻く様な声が上がる。

 ゆっくりと目を開けると、最初に視界に入ってきたのは赤い光景。

 夕焼けに染まる空だった。

 つまりは……夕方?

 何でそんな時間に、俺は此処で寝てたんだ?

 改めて自分の周囲を見回してみる。

 白い床に白い壁、白い天井。

 同じく白い色をした棚には、様々な名称の薬瓶が所狭しと並んでいる。

 って事は……

 

「保健室か」

 

 いやまぁ、見た感じですぐ分かるんだが……。

 それにしても、どうして此処に?

 最後に覚えているのは……

 

『無理はするな』

 

 アイツの言葉。

 完全な敵愾心を秘めた俺を、下手をすれば大怪我を負わせようとした相手を、飽くまでアイツは気遣っていた。

 もう居ない為、奴が何をしたかったのかは分からない。

 せめて詫びの一つでも言った方が良かった気がする。

 まぁ、こういう時に限って奴は――

 

「どうかしたか、瑞代」

 

 ――普通を装って登場しやがるからなぁ。

 どうでもいいが、俺さっき周りを見たよな?

 その時は誰も居なかったような気がするんだが……。

 『高杉だから』と言ってしまえば、それまでだけどな。

 

「どうした?」

「いや……。それより、お前はどうして此処に?」

 

 あれこれ考えたって、コイツの事など誰も分かりはしない。

 それよりも、今どうしてコイツがこの場に留まっているのか、という事。

 どちらかと言えば、そっちの方が重要だと思う。

 

「お前を放っておくのも悪かろう」

「そっか。……悪い」

「フッ、気にするな」

 

 浮かべる笑みは普段と変わらず、ムカつく位の嫌らしいソレだった。

 ったく、無駄に律儀な所があるなコイツは。

 さも当たり前のように傍らに立つ男の考えなんて、分からないし分かりたいとも思わない。

 だけど今は、その理解出来ない律義さを受け取っておく。

 それなのに、俺はコイツを――――

 

「なぁ……」

「どうした?」

 

 ふと、屋上での出来事を思い出した。

 正直この言葉を言うのは、少なからず気が引ける。

 もし答えがその通りだったら、きっといつまでも引き摺ってしまう事が分かっているから。

 出来れば知りたくない、その問い。

 

「俺って、保身の為に家族を大切にしてるのか?」

「んな訳なかろう」

「はぁ!?」

 

 高杉っ!?

 お前、あの時自信満々で言ってたじゃねぇかよ。

 なのに、何故か今になって即行で否定しやがった。

 だったら、あの時の言葉は何だってんだよ?

 困惑している俺を余所に、高杉の言葉は続く。

 

「瑞代が純粋に家族を大切にしている事など、お前を見てきた俺は理解している」

「だったら、何でさっきは……」

「お前が逃げている、それだけは事実だからな。それを真に理解させる為だ」

 

 つまり、俺自身にそれを理解させる為に、あんな事を言ったのか。

 逃げている――――それを分からせる為に。

 あんな悪役を演じてまで、怪我を負うかもしれない可能性を分かっていて……。

 

「でも、何で今更そんな事を」

 

 もしそうだと言うのなら、今までにだって出来た筈だ。

 それを今更、こんなタイミングで伝えようとする理由は何だ?

 だが高杉は答えようとせず、踵を返してこちらに背を向ける。

 

「お、おい」

「さて、な……。それ位、自分で考えるんだな」

 

 まるで捨て台詞のように、それだけを口にして去っていく。

 残された俺は、アイツが出て行った出入り口を見詰めている事しか出来ない。

 静寂の中、煌々と広がる茜空を背に、唯1人で……。

 

 

 

 

 

 

 

「考えろって言われてもな」

 

 行き交う人々を横目に、夕陽を浴びながら俺は道を歩く。

 あれから保健室での事を考え続けているが、結局答えを見出せず。

 時間が過ぎていくだけで、何一つ得られなかった。

 なのに、何かが胸に引っ掛かる感覚があって、煩わしい。

 

「分からねぇよ」

 

 アイツの思考が特殊だからとか、そんな事じゃない。

 他人の心、他人の考え、そんなものを理解するなんて不可能なのだ。

 どんなに努力しても、見えないものを知る事は出来ない。

 人間とは見て知って、そこで初めて確定した理解を持つ生き物なのだから。

 

 人付き合いとは、不理解故の追及だと思う。

 相手の感情を、想いを知りたいと思うからこその行動。

 もし互いを完全に理解しているのなら、それはきっと完全な不干渉の世界になってしまう。

 人と人が互いを理解しているが故の、不干渉。

 そんな世界、正直言って気持ち悪いだけだ。

 

「あれ?」

 

 ふと、風に流されたかのように、小さく声が聞こえた。

 深く考え込んでいたせいもあるだろう。

 俺はその声に反応するのが、少しだけ遅かった。

 

「もしかして、せー君?」

「……えっ?」

 

 不意に気付く、自分へ向けられる聴き慣れなくなった(・・・・・・・)その名。

 俺をそんな呼び方で呼ぶのは、知る限りでは1人しか居ない。

 俺の『聖』を『ひじり』ではなく『せー』と呼ぶのは、この世でたった2人だけ。

 良い意味でも、悪い意味でも、俺の心に残り続ける双子の姉妹。

 そして、今俺に声を掛けた少女は――

 

「あっ、やっぱりせー君だ」

「柊……雪見」

 

 鴉羽色のセミロング、ハーフリムの眼鏡を掛けた少女は、知的なイメージを醸し出す。

 実際に目の前の少女は、瀬田と並ぶ天才であるが……。

 

 名前は、柊雪見。

 小学校からの知り合いで、クラスで2大ヒロインの立場にあった少女。

 さっき言ったように彼女は双子で、妹の方だ。

 クラスも同じ事が多かったので、俺も顔見知り程度ではある。

 そんな彼女が、何故か目の前に居る。

 

「憶えててくれたんだ。久し振りだね、せー君」

「あ……あぁ」

 

 小学校を卒業した日以来、3ヶ月と少し位だろうか。

 何故今になって、と考えたが別段おかしい事ではない。

 同じ市に住んでいるのだから、寧ろ今まで会わなかった事の方が珍しいだけだ。

 しかし、対する俺の反応はぎこちなさが滲み出ている。

 まるで今の俺の精神状態が表れているようだ。

 

 ――――出来れば、会いたくなかったと。

 

 

「今帰り?」

「あぁ……」

「聖祥だっけ?」

「あぁ……」

「確か、高杉君も一緒だったよね。まだ彼のストッパー役やってるの?」

「あぁ……」

 

 瀬田に引けを取らない天才でありながら、人付き合いが上手な彼女。

 当たり障りの無い事から、最近の近況等を懐っこい笑みで交わしていく。

 それでも俺の対応は素っ気無く、相手に不信感と不快感しか与えられない。

 

「大変そうだけど、楽しそうだよね」

「あぁ……」

「あ~ぁ、私も聖祥にすれば良かったなぁ」

「あぁ……」

「…………あぅ」

 

 そして遂には、彼女の口も閉ざされてしまった。

 控えめな喧騒が響く空間で、俺達は互いに無言。

 彼女は俺に視線を向けながらも、気落ちしたような表情を見せている。

 その原因が俺でありながらも、今の俺にはどうしようもない。

 

「「…………」」

 

 無性に気まずくなり、視線を逸らしてしまう。

 そんな逃げるような事をしている自分に情けなさを感じると共に、どうする事も出来ない今の自分に腹が立つ。

 だが不意に、静寂を破るように目の前の少女が口を開く。

 

「やっぱり、『つき』の事……」

「っ!?」

「……だよね」

 

 『つき』――――彼女の双子の姉である少女、柊月見。

 忘れたくても忘れられない記憶の一端に残る姿。

 彼女と同じ鴉羽色のポニーテール、いつも元気でハキハキ、妹とは対称的でスポーティなイメージを持つ少女。

 しかし人付き合いが上手な所は、双子である事を思い知らされる。

 だが何よりも記憶に残るのは……背が高い彼女の姿だった。

 

「せー君が今、どんな思いをしてるかは分からない」

「……」

「でもね、つきもあの時の事、ずっと気に掛けているんだよ」

「……っ」

 

 目の前の少女が、つきの話をする度に胸が痛くなる。

 蓋をしている筈の嫌な記憶を、無理矢理引き摺り出される感覚。

 歯を食い縛って、拳を深く握り込んでそれに耐える。

 

「だから、つきの事……」

「悪い」

 

 ゆきの話を、無理矢理遮って止める。

 

 ――駄目だ、もう我慢出来ない。

 ――これ以上は、本当に耐えられない。

 

「せー君……」

「じゃあな」

 

 彼女の横をすり抜けるように避けて、その場を後にする。

 振り返る余裕は無い。

 今は唯、早く帰って全てを忘れたい。

 それだけだった。

 俺を呼び止めるような声、それすらも無視して。

 振り切るように、俺は走り出した。

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様です」

 

 皆で囲む夕食の席。

 俺の心も平静を取り戻しつつあり、明日になれば綺麗サッパリ元通りだろう。

 まだ食べている皆に視線を向け、俺は自室へと戻っていく事にした。

 弟や妹の相手なら大丈夫だが、師父やシスターが相手だとボロが出てしまう可能性が大いにある。

 そうなる前に、一足早く退散する事にしよう。

 居間の階段を上り、2階の自室へと歩いていく。

 さてこの後は、今日の復習とか明日の準備とかやっておくか。

 終わったら鍛錬をして、風呂に入って……。

 

「聖、ちょっと良いか?」

「師父……」

 

 いつの間にか、師父が俺を追うように此方に歩いてきた。

 神妙な顔付きが、俺の体を自然と緊張させる。

 

「何かあったのか?」

「…………はい」

 

 案の定、バレてましたとさ。

 どうせ気付かれてるのだから、誤魔化しても無駄だ。

 俺は素直にそう答えた。

 

「敢えて言及はしない、そう身構えるな」

「すみません……」

 

 師父にそう言われて、知らず強張っていた体からフッと力が抜けていく。

 ……本当に、この人に隠し事は出来ないなぁ。

 流石、今まで何人もの子供達を育てているだけはある。

 

「だったら、他に何かあるんですか?」

「あぁ、そうだった。明日は6月16日だろう?」

「まぁ、今日が15日ですからね。それが………あぁ、そう言う事ですか」

 

 『6月16日』という日にちを強調する言葉に、少し考えて理解する。

 恐らく、この家に於いてはシスターと俺のみが知っている事だ。

 6月16日、それは――

 

「出掛けるんですよね?」

「年に一度の行事みたいなものだからな」

 

 師父が私用で出掛ける、珍しい日だ。

 俺が物心付いた時には既に行っていた、師父だけの用事。

 まぁ、それが毎年同じ日だと気付いたのはもっと後なのだが……。

 取り敢えず、明日は師父がひなた園に居ない。

 一日中という訳じゃないが、いつもよりはほんの少し遅くなるだろう。

 

「あの子達の面倒、頼んだぞ」

「今までもそうだったんですから、今更言う事でもないでしょう?」

「それもそうだな」

 

 フッ、と一つ笑みを浮かべると、そのまま踵を返して居間に戻っていく。

 その背中を見詰めながら、俺の中に疑問が浮かび上がった。

 

「そういえば……」

 

 師父は毎年、6月16日に何をしてるのだろうか?

 その日に何かをしている、というのは知っていたが……。

 実際に何をしてるのか、それは考えた事も無かった。

 知りたくないと言う訳ではないが、それは師父のプライベートに関わる事だし。

 何より、敢えて詮索するようなものじゃないと思っていたから。

 いつか師父から話す時が来た場合の事を考えて、それまでこの疑問は取って置こうと決めた。

 

「まぁ、俺には関係無い事だろうし」

 

 窓に視線を向けると、下弦の月が美しく映えていた。

 その周りには、小さな星々がキラキラと輝く。

 ――明日も晴れるだろうか。

 そんな事を考えていた時だった。

 

♪~♪~

 

 ポケットから鳴る着信音は、メールの存在を俺に知らせる。

 取り出した携帯のディスプレイに目を向ければ――。

 

「げっ……」

 

 なんて、常人がするとは思えない反応をしてしまった。

 コイツが相手なら、誰だってこんな反応かもしれないが。

 

『高杉』

 

 そこには、俺の人生のトラブル&悩みの根源の名が記されていた。

 

 

 

 

 

 で……

 

「何で俺はこんなとこに居るんだ?」

 

 唐突だが呟いてみた。

 視界に映るのは、暗闇と月光の境界。

 場所そのものが暗いせいか、窓から入り込む光が妙に眩しい。

 携帯で時刻を確認すると、既に夜8時を過ぎている。

 

「ったく、さっさと帰りたいんだけど……」

 

 俺の現在位置――――聖祥大学付属中学校。

 普通ならこの時間帯に絶対に行かないであろう場所に、俺は不本意ながら立っている。

 ……言わせて貰うが、俺の精神は至って普通である。

 

「引き受けた以上、中途半端も駄目だよなぁ」

 

 では何故このような状況に陥っているのか。

 事の発端は、高杉から少し前に届いた一通のメール。

 

『聖祥に伝えられる七不思議の一つ、「6月15日の怪異」について調べて欲しい』

 

 なんてものが来やがり、その為に今から学校に潜入して来いと言われた。

 正直、俺としては絶対に断るつもりだった。

 夕食が終わったばかりで、いきなり学校行けってのは酷じゃなかろうか?

 そもそもこんな時間に学校に忍び込むとか、まんま不良のやる事だ。

 そして何よりも、高杉の頼みに関わると碌な事が無い。

 しかし、昼休みにあんな事があった手前、無碍に断るのも憚れた。

 仕方なく、本当に仕方なく、俺は今回だけコイツの頼みを聞く事にした。

 本当に今回だけだぞ、今回だけ。

 

「にしても、『6月15日の怪異』ってもなぁ」

 

 アイツから教えられた詳細を簡潔に言うならば、幽霊が出るとの事だ。

 それが何年も何年も、6月15日になると……。

 如何にも学園の七不思議にカテゴライズされるメジャーなものである。

 でも、怪談にしては時期が早いしなぁ。

 

「それより、何で6月15日なんだろうか?」

 

 コツン、コツン、コツン、コツン……。

 リノリウムの床を叩く俺の歩みが、廊下一帯に響き渡る。

 誰も居ないが故の静けさが、その音色を余計に増長させている。

 

 そう言えば、音色を増長させるで一つ思い出した。

 師父からの指摘だが、ピアノの音を大きく聞かせるには、手首の旋回運動が一番重要らしい。

 今まで鍵盤を強く叩く事ばかり意識していたが、これからは注意しなければいけないな。

 

「うぅむ、俺の腕もまだまだ未熟だな……」

 

 腕を組み、思考に耽る。

 依然としてこの空間には、俺以外の生きた音は存在しない。

 暗く、ひらすら昏い通路が眼前より伸びている。

 

「それにしても何つーか、慣れっていうのは違う意味で恐ろしいな」

 

 この静謐さは人にとって、違和感にして畏怖の対象である。

 何よりこの暗闇には自分以外居ないのだ、心細さはソレを増長させるだろう。

 古来より暗がりは人々にとって恐怖の対象なのだから……。

 だが、今の俺にそんなモノは欠片も持ち合わせていない。

 

 ――――高杉に散々引っ張られたからな。

 夜の学校に忍び込むとか当たり前のようなアイツに、俺や瀬田達は小学校時代は何度も巻き込まれた。

 しかし、遠藤と金月は寧ろ積極的だった、という事実は付け加えておく。

 とまぁそんな理由で、こんな暗がりに恐怖を感じるという普通の感性は、強制的にゴミ箱にポイされてしまった。

 さっきから両手の指がピアノの練習として太腿を叩いている辺り、もう根幹に根付いてしまったものと思われる。

 ……大丈夫、俺はまだ普通で一般人だ。

 色々、無くしちゃいけないものを取りこぼしてる気もするが――――

 

「っ!?」

 

 タァン、タァン、タァン、タァン。

 暇潰しの胸中の呟きは、その硬い床を叩く音によって切り捨てられた。

 俺のそれよりも間の長い、弱々しい音色。

 今まで全くと言っていい程、音らしい音が存在しなかった筈の空間。

 何の前触れも無く現れたソレに対し、体は既に警戒態勢に移行していた。

 その間にもゆっくりと、音は少しずつ離れていく。

 

「って、追わないと拙いだろ」

 

 一応アイツからは調査を依頼されている身だ。

 このまま逃しては意味が無い。

 相手に気付かれないように足音を最大限消して、対象の進行方向を追っていく。

 

「…………」

 

 長い廊下を走り抜き、階段を颯爽と駆け上がる。

 徐々に大きくなる音を聞き取りながら、対象の存在を確かめる。

 そんな中、俺の心中であるものが芽生え始めていた。

 

 それは――――好奇心。

 正直最初は、唯の噂話だと思っていた。

 幽霊の存在を否定するつもりは無いけど、自分から見ようとする気もまた無い。

 今回の事だって『恐怖心に煽られた誰かの早とちり』、という可能性だってあるんだ。

 でもその噂が、現実に今起こっている。

 この学校で1年に1度だけ起こる現象。

 それは一体、何を原因とするのか。

 俺には似合わないが、少しだがワクワクしてきた。

 追っている内に、これは高杉の依頼だという点はすっかり抜け落ちていた。

 

「見せて貰うぜ。七不思議の正体をな」

 

 なんて柄にも無い台詞も自然と出てきてしまう。

 あぁ、俺もまだまだガキだって事か。

 くだらない思考を他所に、足は更に進む。

 この聖祥で何年も続く、この怪異の根源を突き止める為に。

 

 

 

 

 




頸椎への一撃は、脳機能に障害を残してしまう可能性があります。
間違っても行ってはいけません(`・ω・)

どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
№ⅩⅧをお読み下さり、ありがとうございます。
さぁ遂に始まってしまった聖への試練第2弾。
今まで幾度も切り捨ててきた、彼の『恋愛感情』を軸に展開される話です。
初っ端からキレて高杉とマジ喧嘩してますが……。
そしてこれが一番重要な点なのですが、『全3話中、残りの2話にリリなのキャラは出てきません』。
スミマセン、「オリジナル小説でやれ」と思われるかもしれませんが、聖の成長にはこの話は必要不可欠なのです。
更に今回は、以前の孤児によるトラウマと違って、なのは達が手伝ってはいけないものですから。
なので『リリカルなのはのSS』を読みに来た読者の方々には申し訳無いと思いつつ、瑞代聖という1人の少年の成長を見守っていて欲しいと思います。
本当に勝手なお願いですね(´・ω・)

それと前話に書き忘れたのですが、ヴィータの身長の疑問の解決です。
彼女の身長が作中では『聖の肩辺りの高さ』となっていますが、これはシャマルの変身魔法による影響です。
この作品の2年後である漫画版で使っていたので、この時期から使っていてもおかしくないと思っての設定です。


今回は以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
直接メッセージでも、作者的にウェルカムです。
では、失礼します( ・ω・)ノシ

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