少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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№Ⅱ「日常」

 

 

 

 

 

 

 

「んっ…んんっ……」

 

 

 暗闇に身を委ねていると、不意に脳から起床を促す命令が飛んできた。

 それに抗う事無く、俺は徐々に瞼を開けていく。

 慌てず、少しずつ、ゆっくりと。

 そして30秒程を使って俺は上半身を起こした。

 窓の先に見える空の色は、昨日見たものと同じ薄暗い世界。

 しかし曇っている訳ではないから、今日もきちんと晴れるだろう。

 そう考えると、ちょっとだけ気分が良くなった気がする。

 そんな中で、俺は着替えを始めた。

 

 只今の時刻、午前5時半。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~、朝練終了っと」

 

 ランニングと筋トレ、そして軽い型の練習を各30分。

 毎朝、天気が悪くなっても続けている日課。

 別に誰かから強制された訳じゃなく、自分から進んで行い始めた習慣だ。

 

「にしても、『勁』の習得は未だならずか……」

 

 軽く手首を回しながら、愚痴染みた呟きを漏らす。

 師父は「勁道を開け」と言ってたけど、単純な力とは違う運用は感覚からして別物だ。

 自分の体の使い方はそれなりに覚えてきたつもりだけど、まだまだ師父には遠いな。

 

「って、そんなのは今更だろうが」

 

 朝早くから沈みそうになる気分を、頬を張って無理矢理浮かせる。

 目の覚める刺激を感じながら、空を見上げると、既に薄暗さを振り払い青く澄み渡っていた。

 さて、時間も時間だし、家の子供達を起こしに行くかね。

 

 

 

 

 

 2階の寝室の内、子供達が使っているのは全部で2つの大部屋。

 男部屋と女部屋1つずつ。

 それらを順に回っていって起こしていく。

 師父は堂内で朝の礼拝、シスターはキッチンで朝食の準備をしている。

 その為、子供達を起こすのは必然的に俺の役目になる。

 俺が年長者だって事もあるけど、そんな事関係無く2人の手伝いをしたいと思ったから。

 忙しい2人の仕事を少しでも減らしてあげたい、そんな純粋な想いで始めた仕事――――

 

 ―――それが意外と苦労する。

 子供達は寝る時間は早いが、その甲斐虚しく、起きる時間は決して早くない。

 もし起こさなければ、10時までは寝てそうだな。

 心の中でそう呟きながら、まずは男子部屋へ入る。

 

「うっわ……」

 

 そして次の瞬間、俺の視界一杯には異界が広がっていた。

 見た瞬間に分かる、絶妙なバランスで散らばった布団群。

 散乱した掛け布団は、まるで嵐が過ぎ去った後のようで……。

 子供達の頭の向きも四方八方に向けられていて、本当に並べて寝たのだろうかと思わずにはいられない。

 こりゃ、足場すらまともに確保出来ないな……。

 そんな事を考えながら、まるで死体のように転がっている子供達を掻い潜っていく。

 その体を避けながら右往左往して進んでいく俺は、日の光を遮っているカーテンをずらして、室内に陽光を一杯に入れる。

 

「おーい、起きろー!!」

 

 1人1人の掛け布団を剥いで、大声で何度も呼びかける。

 俺の声と太陽の光に反応して、子供達から小さな呻き声が聞こえてきた。

 しかしそれでも、起きるまでにはいかない。

 まぁこれはいつもの事だから、ここで挫けたら負けだ。

 そこで更に一言加える。

 今の所、此処限定でこれを使って起きない奴は居ない。

 

「シスターのご飯が食えなくなるぞー!!」

『えぇ~!!』

 

 俺の言葉に、今度こそ目覚めの反応をした子供達。

 そこに居る8人全員が俺を見ている。

 ったく、食い意地が張ってんなぁ。

 この年頃なら良い傾向なんだけど、流石に此処まで来ると思わず笑いが込み上げてくる。

 

「それじゃ、きちんと着替えて食堂まで来いよ」

 

  それだけ言って次の部屋へ移動、後ろからは『はぁ~い』と皆の声が聞こえてきた。

 全く、もう少し早起きする努力をしないと駄目だろ。

 

 

 

 

 

 あれから残りの女子部屋を回り、終わったら自室へ戻って制服に着替えた。

 しかし毎回思うけど、女の子だけは寝覚めが良いな。

 俺が見回った時には、半分以上が起きていたから感心してしまう。

 それに比べて男子は全く駄目だなぁ。

 少しは見習って欲しいぞ、兄ちゃんの立場としては……。

 

「まぁ、俺も昔はそうだったか」

 

 確か9歳までは俺も同じような立場だった。

 でもある出来事を切っ掛けに、このままじゃ駄目だと思って師父に相談したんだよな。

 そしたら師父は「体を鍛えなさい」と言って、俺に色々教えてくれた。

 最初は風呂に入る前だけだった鍛錬も、半年後には朝練まで始めて今に至る。

 お陰で、今まで一度も風邪も引いた事が無い健康優良児だ。

 

「よし、俺も食堂に行くか」

 

 身の回りの支度を終えた俺は、部屋を出て1階の食堂に向かう。

 

 

 

 

 

 朝食を終えた俺は、自分の支度もそこそこに小学校へ行く子供達を見送る。

 あっちの方が登校時間も早いしな。

 

「それじゃ、行ってきます」

「えぇ、気を付けて行ってらっしゃい」

 

 シスターに見送られ、俺も大した物も入ってない鞄を手に家を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗なもんだなぁ」

 

 視界に入ってきたものに、思わず感嘆の意を述べる。

 通学路の途中にある桜並木。

 それが微風によって靡いて、サラサラと清らかな音色を奏でている。

 少しだけ散っていく花弁が微風に舞い、幻想的な雰囲気を一層醸し出す

  昨日も通った筈だけど、殆んど見た記憶は無い。

 多分、初登校での緊張と不安が知らぬ間に出ていたんだろう。

 それが今は、心に余裕を持っている事でこの綺麗な景色を堪能出来る。

 良い傾向なんだろうな……。

 とか何とか、似合いもしない変な感慨に耽っていると、背後から聞きたくもない声を掛けられた。

 

「何物思いに耽っているのだ?」

「死んどけ」

 

 脳内で行動を計算、即座に弾き出された答えを実行する。

 躊躇いは――――微塵も無い。

 

「のほわぁ!?」

 

 右肘を、真後ろに居る奴の脇腹に向けて振り抜く。

 90度の助走も合わさり、その威力は通常の1.5倍(当社比)に膨れ上がる。

 当社って何処だろう?

 取り敢えず朝から悪魔退治を完遂した俺は、振り返る事無くそのまま歩き続ける。

 が――――

 

 

「全く、お前はつれないな」

「その言葉は誉め言葉として貰っておく」

 

 やはり高杉は只者ではなかった。

 その気持ち悪いほどの清々しい声は、先程のダメージを微塵も感じさせない。

 くっ、コイツに徒手空拳では殲滅出来ないか。

 現状コイツを倒す手段が無い以上、仕方ないから今は放っておこう。

 その結論達した俺は、戦略的撤退を余儀なくされた。

 後ろに居る野郎が何を言おうが、俺には関係無い。

 

「そういえば、今日は委員会決めだな」

「……」

「まっ、それはどうでもいいが、昨日の事で聞きたいことがあるのだが」

「……」

「瑞代よ、フェイト・T・ハラオウンと何を話していた?」

「……」

 

 無視無視、下手に反応したらヤツの思う壺だ。

 

「それと、アリサ・バニングスも居たようだが?」

「……」

「最初はあれだけ動揺していたお前が、まさかとは思うが――」

「……」

「――――惚れたか?」

「やっぱ殺す!!」

 

 いい加減、コイツの勝手な妄想に付き合ってられない。

 何でそんな答えが出るのか分からないし、本当は無視したい衝動に駆られそうになるが、それでも黙っていてはいけない。

 無言は肯定、コイツはそういった判断の仕方をする。

 振り向いた先に居る男子の顔面に向かって、腰の入った右フックをかます。

 

「甘い」

 

 しかし読まれていたのだろう、余裕の表情で腰を落として避けられた。

 眼下には不気味な笑みを浮かべる野郎が1人。

 だが甘いのはそっちだ。

 お前が俺の攻撃を読んでいたように、俺もお前の回避は読んでいた。

 何故なら俺の攻撃は――――

 

「ぶふぅ!!」

 

 

 ――――二段構えだ。

 避けられる事を見越していた俺は、右フック後に左足を蹴り上げていた。

 それを顎からモロに喰らったコイツは、今度こそ地に伏した。

 しかし、この馬鹿の再生能力は人間を遥かに超越する。

 目の前の馬鹿が瀕死状態の内に学校に向かおう。

 そう決めた俺は、即行で進路方向に向き直り駆け出した。

 朝っぱらからあんな碌でもない奴に係わり続けるのは御免だ。

 背後からの存在に気を配りつつ、学校への道程を行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1組の教室に着いた俺は、中身の寂しい鞄を机の横にあるフックに掛けて、椅子に腰掛けた。

 あの後、アイツが俺に接触してくる事は無かった。

 それが怪しくも感じたけど、そっちの方が助かるのも事実だ……。

 

「さて、どうしたものか」

 

 此処まで走り込んできた為、予想以上に早く着いてしまった。

 体力的には全く問題無いんだけど、手持ち無沙汰になってしまい逆に困る。

 さて、先生が来るまで何してようかね。

 とか何とか考えていると、後ろから「瑞代」と声を掛けられた。

 振り向くと、その声の主は小学校時代の知り合いだった。

 

「久し振りだな、瑞代」

「そうだな、遠藤」

 

 遠藤透、それが彼の名前だ。

 爽やかさをイメージさせるスポーツ刈り、そして顔にはやんちゃな子供っぽい笑みを浮かべている。

 まぁコイツという存在を簡単に説明するならば、『スポーツ馬鹿』という単語が一番しっくりくる。

 当時の事を振り返ってみると、自然と頬が緩みそうになる。

 小5の時から、コイツや金月、瀬田とかと色々やったものだ。

 その3人は小学校時代に『翠屋JFC』という少年サッカーチームに所属していて、レギュラーとして活躍していた。

 かくいう俺も、偶に助っ人として呼ばれた事があったりする。

 俺のクラスには運動神経が良い奴が結構居たから、良い刺激になっていたな。

 まぁサッカー以外では一度も負けてないけどな、大体互角、もしくは俺の方がちょっと上だったし。

 そうか、そういえばコイツも同じクラスだったな。

 

「金月とか瀬田も居るんだぜ、このクラス」

「そういえば、クラス表で見たような……」

「ったく、自己紹介きちんと聞かなかったのかよ」

「悪いな、それ所じゃなかった」

「……よく分からねーけど、逃げられない戦いがあったんだな」

 

  例の外国人問題が解決した為に、気が抜けてたとは言えない。

 だがコイツの脳内では、俺は一体どんな戦場へ向かわされているんだろか?

  いや、別に興味は無いけど。

 

「まぁ昨日は言えなかったけどさ、これから宜しくな」

「おう、此方こそ」

 

 互いに手を軽く上げて、挨拶を交わす。

 それだけ言うと、遠藤は席に戻っていった。

 その背中を見ながら俺は、学校生活の楽しみが増えた事に内心喜んでいた。

 さて、いつまでも後ろ向いてるのもおかしい、と思い前へ向き直った時、教室のドアから昨日見知ったばかりの生徒が入ってきた。

 フェイト・T・ハラオウンとアリサ・バニングスの2人だ。

 バニングスは一番手前の席に、ハラオウンは俺の前の席に移動してきた。

 

「おはよう、聖」

「おっす、ハラオウン」

 

 彼女が席に着く前に視線が合った為、互いに挨拶を交わす。

 そのまま席に着いた彼女は、俺と同じようにフックに鞄を掛けると、徐にこちらを向いてきた。

 何かあるのか? 微妙に言い難そうにしているけど。

 

「あのさ……」

「どうした?」

「今朝の事なんだけど……」

「今朝、何かあったのか?」

 

 突然何だろうか?

 今朝の事、と言われても、俺はハラオウンとは今会ったばかりだし。

 俺が考えを巡らしていると、目の前の彼女は再度口を開いた。

 

「えぇっと……」

「ったく、何言い渋ってるのよフェイト」

 

 と、依然として言いにくそうなハラオウンを見かねたのか、横からバニングスが割って入ってきた。

 突然の登場だが、取り敢えず挨拶をしておこう。

 

「おっす、バニングス」

「えぇ、おはよう瑞代。ところで今朝、桜並木で何してたの?」

「桜並木、…………あぁ、そう言う事か」

 

 彼女達の視線の先、此処より少し後ろにある席。

 俺の記憶が確かなら、あそこは高杉の席だ。

 桜並木に高杉、これを言われて思い付くのは1つ。

 

「つまり、通学中の俺とあの馬鹿のやり取りをみてたのか」

「あの馬鹿って?」

「高杉信也、存在自体に馬鹿の烙印を押された稀有な奴だ」

「そういえば、自己紹介の時も凄かったよね」

 

 2人して昨日の奴の自己紹介を思い出しているようだ。

 まぁアイツはいつもあんなもんだし。

 それを伝えると、2人は微妙な表情をした。

 

「何、アンタ知り合いなの?」

「小学校の頃からな」

「へぇ、そうなんだ」

 

 それから興味を持った2人に、簡単に俺とアイツの事を教えた。

 小学校の頃から全てのクラスが同じだった事や、初めて会った時アイツは校庭でダウジングをして埋蔵金を探していたとか。

 深夜の学校に忍び込んだり、いつだったか学校に監視カメラを仕掛けたとか馬鹿みたいな事も言ってたな。

 それから今朝の事も説明した。

 ああいったやり取りは日常茶飯事だから、気にするだけ無駄だと。

 どうせすぐ回復するし。

 

「時々、アイツは本当に人間なのか疑いたくなる」

 

 その言葉に、ハラオウンとバニングスは苦笑いで答えた。

 うむ、奴の異常性を分かってもらえたようで良かった。

 それから、先生が来るまでの間、3人で他愛も無い会話をして時間を潰した。

 

 

 

 

 

「と言う事で、今日は委員会決めをしたいと思いま~す」

 

 出欠を取り終えた我がクラスの担任、三沢先生は何の脈絡も無くそう告げた。

 俺としては、何が『と言う事で』なのか知りたい。

 まぁ実際聞くつもりは無いけど……。

 そんなどうでも良い事を脳内で巡らせている間に、既に委員会決めが始まっていた。

 

「クラス委員長、やりたい人居ないの~?」

 

 まずはセオリー通り、クラス委員長から決めるようだ。

 立候補者が全く出ないけど。

 まさかの初っ端から委員会決めが頓挫するのか、と思われたその時

 

「俺、立候補します」

 

 チャレンジャーが現れた。

 普通、クラス委員長などという役割は、大半の生徒にとって忌避すべきものだ。

 クラスの様々な事柄に関して引っ張り回されるのにも係わらず、その見返りなど何も無いのだから当然と言えば当然。

 そう考えれば、この立候補者はチャレンジャーと呼ぶに相応しい。

 

「えぇっと、君は……瀬田藤次君ね」

 

 先生がクラス表を見ながら確認する。

 まだ全員を覚えていないようで、少し探している間があった。

 それにしても、このクラスの委員長は瀬田か。

 当の本人の方に視線を向ける。

 眼鏡を掛けた短髪少年、見た目インテリの印象を受け易いがスポーツも万能。

 率先して前へ出る行動力、惹きつけられるような人柄の良さ、そして何事にも真面目に取り組む誠実さ。

 絵に描いたような完璧超人、それが瀬田藤次と呼ばれる少年だ。

 アイツが選ばれるなら心配事も減るだろう、と確信させてくれる存在。

 

「それじゃ、女子の方はどうかなぁ?」

 

 そうか、男女1人ずつだったけ。

 まぁ、そこら辺は特に気にしなくても大丈夫かな。

 不意に欠伸が出て、俺は机に突っ伏す事にした。

 この後も、この微妙な空気のまま続けられるんだろうな。

 元々俺はやる気が無い。

 学校で時間を削るより、家の方に労力を割いた方が俺自身助かる。

 今まで迷惑を掛けた分、これからは少しずつ返していく。

 俺が決めた誓約、こればっかりは誰にも譲れない。

 今のダラけた姿で言っても、説得力無いけどさ……

 

 

 

 

 

 それから、黒板に少しずつ名前が書かれていく。

 始めてから1時間、そこに至って漸く全ての委員会が決まった。

 勿論だが、俺の名前はどこにも無い。

 よし、作戦成功。

 

「今日は此処までね。明日は身体測定があるから、各自体操着を忘れないように。それじゃ、さようなら」

 

 それだけ告げて、先生は教室を出て行った。

 その後姿を見送って、俺は突っ伏していた体を持ち上げる。

 ふぃぃ、今日も今日とて無事終了、伸びをすると気持ち良く全身の筋肉が解れていく。

 机の横に掛けた鞄を手に取って、席から立ち上がる。

 

「今日も早いんだね」

 

 さて行くか、と意気込んだ瞬間、前から声を掛けられた。

 誰だ? 何て考える必要は無い。

 声の方を向くと、俺を珍しそうに見る金髪の少女、ハラオウン。

 

「ん、まぁな。早く帰れるのは今の内だから、せめてその間だけでも優先させる事をしたいからな」

「家の手伝いだよね?」

「そうそう」

 

 昨日少しだけ呟いた事だったが、意外にも憶えていたようだ。

 人の話をきちんと聞いてる証拠だな、偉い。

 

「どんなお手伝いしてるの?」

 

 興味津々とまではいかないが、それなりに聞きたそうな表情をしている。

 そこで俺は――――

 

「まぁ掃除が主かな、偶に買い物もするけど。家の両親はいつも忙しいから、それ位やらないと罰が当たる」

 

 と、要点だけを纏めて伝える。

 両親というのは、勿論師父とシスターの事。

 どうしてこんな曖昧な言い方をするかというと……単に俺が嫌だから。

 俺が養護施設暮らしだと知られるのが、個人的理由で困るのだ。

 境遇は人それぞれだが、俺のような立ち位置の人間は色々と珍しがられる。

 その為、他人には極力自分の事を伝えたりしない。

 知っている奴は極めて少数だ。

 

「2人共、何の話をしてるの?」

「あっ、アリサ」

「ん、バニングスか」

 

 ハラオウンと同じ金髪、こっちは短い方のバニングス。

 今話しているハラオウンとは親友同士の間柄。

 そして、妄想に於いては暴走機関車の異名を持つ。

 本人には言えないが……。

 

「聖が帰るの早いから、何してるのか聞いてたんだよ」

「へぇ……で、何してるの瑞代って?」

「家のお手伝い、掃除とか買い物らしいよ。両親が忙しい人らしくて」

 

 ふぅん、と俺に視線を向ける。

 それにしてもハラオウンよ、相手が親友だからって俺のプライバシーを簡単にバラすのってどうよ?

 まぁ、知られて困る部分は言わないから良いけど。

 

「アンタって意外と良い奴なのね」

「意外とはなんだ意外とは……」

「いやだって、」

 

 俺が手伝いとかしたらおかしいのか?

 うん、と即答されそうなのであえて訊かない。

 虚しいな、俺って。

 

「はぁ……」

「何溜息吐いてんのよ」

「いや、俺の第一印象を改めて認識して、ちょっとな」

「変な奴ね」

「ハハハ……」

 

 バニングスはジト目で、ハラオウンは渇いた笑いで答える。

 いや、こうも直球でものを言われると、切り返しに困るんだよな。

 まぁそこがバニングスの美点なんだろうな。

 

「それじゃ、そろそろ行くな」

「あ、うん。引き止めちゃってゴメンね」

 

 意外にも時間が経っていた事に気付いて、改めて帰ろうと鞄を持ち直す。

 声を掛けると、ハラオウンはちょっと困ったように謝ってきた。

 う~ん、別にハラオウンは悪くないんだけどなぁ。

 取り敢えず、目の前の少女に言葉を投げ掛ける。

 

「気にすんな、話してる分には楽しいからさ。そんじゃ、また明日な」

「うん、また明日」

「じゃ~ね」

 

 そう、楽しいんだ。

 この2人とはまだ会って2日だけど、とても楽しい気分になる。

 何と言うか、話し易い空気感があって軽い気持ちで話せるんだよなぁ。

 それは普通の人では出来ない事で、この2人ならではな感じがする。

 手を上げて挨拶し、その2人に背を向けて歩き出す。

 

「おっ、瑞代。帰るのか?」

 

 と、目の前の生徒に声を掛けられた。

 遠藤に似た雰囲気で、丸坊主の生徒と言えば……

 

「金月か」

「おう、久し振りだな」

 

 金月修。

 遠藤や瀬田、高杉と同じく俺と小学校からの知り合いで、特に遠藤と居る事が比較的多い少年。

 まぁ、アイツと同じでスポーツ馬鹿だしな。

 

「こういう時は早めに帰りたいからな」

「そっか、手伝い頑張れよ」

「あぁ」

 

 そして、俺の境遇を知っている数少ない人物。

 というか、遠藤と瀬田、高杉も知っているんだよな。

 そうなると、俺の事を知っている人物がこのクラスに集中してる。

 何かの作為を感じずには居られない……。

 片手を上げて金月とも別れると、そのまま教室を出ていく。

 

「きゃっ!?」

 

「えっ?」

 

 

 すると突然、右から柔らかく小さな衝撃を感じた。

 半ば反射的に動いた視線の先には、栗色の髪を左側に纏めている髪型。

 確か、サイドポニーだっけか?

 そんな珍しい髪形をしてる少女の体が、後ろに傾いて――――

 

 ――って、危ない!!

 気付いた時には俺は鞄を持っていない左手で彼女の手を掴んだ。

 相手の手を掴んだ瞬間、そのまま一気に引き上げる。

 

「わわっ……」

 

 少し力を入れ過ぎたか、少女は勢い余ってまたも俺にぶつかりそうになる。

 そこは何とか踏ん張って、第二波は起こらずに済んだ。

 それよりも、目の前の少女は大丈夫なのだろうか?

 とにかく声を掛ける事にした。

 

「大丈夫か?」

「あ、だっ、大丈夫です」

 

 突然の事だったからだろうか、少々呂律が回っていない。

 

「怪我は? どこか擦ってないか?」

 

 不謹慎だが彼女の体を軽く見回ってみる。

 ちょっとでも怪我をしてたら困るし、制服を汚すのもどうかと思うし。

 まぁ、見た感じは問題無さそうだな。

 

「あ、大丈夫です」

「ん、そうか。それなら良いけど」

 

 言葉尻を濁して、数瞬だけ思案する。

 はて、何か忘れてるような……。

 それに、左手に何か温かいものが……。

 

「いつまで握ってるの?」

「「えっ?」」

 

 ウェーブのかかった鮮やかな紫の髪が伸びる女生徒が、俺と目の前の少女に声を掛けてきた。

 その視線の先は、少女の手を握っている俺の手。

 ――――あっ、完全に忘れてた。

 弾かれるように自分の手を引っ込めて、今の今まで握っていた少女の手を解放する。

 

「わ、悪いっ!」

「ゴメンなさい!!」

 

 互いの声が交差するが、明らかに相手のほうが大きい。

 そこまで大きな声を出されると、何というかスゲェ拒絶されてると思ってしまう。

 バニングスに言われた第一印象云々もそうだが、俺、やっぱり何か駄目なんだろうか?

 

「あの、あのっ、本当にゴメンなさい!!」

「いやっ、そこまで謝られると逆に困るんだけど……」

 

 顔を赤くしながら矢継ぎ早に謝罪を述べてくる少女に、かなり困惑していた。

 ここまでされると、本当はこっちが悪いんじゃないかと錯覚してしまう。

 不思議だ……。

 取り敢えず、どうどう、と彼女の気を静めてみる。

 

「あ、あのぅ、私は猛獣とかそういうのではないのですが……」

 

 すると今度は、彼女が困ったような反応を返す。

 さっきまでの慌てた様子は微塵も感じない事からも、この方法は効果があったようだ。

 まぁ、此処まで冷静になれれば問題無いだろう。

 いつまでも学校に留まっている訳にはいかない俺は、目の前の少女から離れる。

 

「悪いんだけど、俺急いでるから」

「あっ、その……」

「ぶつかってゴメンな、それじゃ」

 

 何か言いたげな様子の彼女にそれだけ告げて、踵を返して帰路に着く。

 

「大丈夫? なのはちゃん」

「あ、うん。大丈夫だよ」

「なのはちゃんはそそっかしいなぁ」

「うぅ……」

 

 後ろから聞こえてきたその会話に、思わず苦笑してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 礼拝堂内の掃除を終え、外で少し休憩をしてると、元気な声が耳に入ってきた。

 

「聖兄ちゃーん!!」

「おう平太、お帰り」

「うん、ただいま!」

 

 俺より頭1つ分低い身長の少年が、俺の傍に駆け寄ってくる。

 それに続くように、目の前の少年より小柄で大人しそうな子がやってきた。

 

「ただいま、おにいちゃん」

「あぁ、一弥もおかえり」

 

 この2人は、施設に住んでいる子供達。

 つまりは、俺の家族だ。

 元気の良い方が平太、平太より小さな子が一弥。

 

「今日はお前達が一番だな」

「うん、学校が終わってすぐ来たから」

「ぼくもおんなじだよ」

 

 平太は満面の笑顔で、一弥は少し恥ずかしそうな笑みで答える。

 確か平太が4年生で、一弥は3年生だった筈だ。

 

「平太は今日もこの後、サッカーに行くのか?」

「うん。今度試合があるから、今から特訓なんだ」

「そっか、無理せずに頑張れよ」

「うん、まかせとけ!!」

 

 

 俺の激励に、拳を強く握り締めて答える。

 その力強さに、どれだけ試合に対して真剣なのかが窺える。

 うん、良い事だ。

 本人曰く『特訓』に向かう為、平太はランドセルを急いで置きに行った。

 それを見送って、今度は一弥の方に向く。

 

「一弥はこの後どうする?」

「えっとね……おにいちゃんとあそぶ」

 

 すこしばかり逡巡して、一弥は弱々しくもハッキリとそう言ってきた。

 ふむ、俺と遊ぶか……。

 

「2人じゃつまらないから、あと何人か戻ってきたらやろうぜ」

「うん。ぼく、きがえてくるね」

 

 俺の答えを聞いて、一弥は平太と同じく荷物を置きに行った。

 平太は風のように駆けていくのに対し、一弥は小動物を思わせるようなちょこちょことした小走り。

 その後姿を慈しむように見詰めてしまうのは、家族馬鹿なのだろうか?

 

 

 

 

 

「ほい、そっち行ったぞ」

「任せて、……よっと」

「わわっ、明菜おねえちゃんつよすぎだよ~」

 

 俺のトスを明菜は余計な力を加えて送った為、それを受けようとした一弥は後ろ向きにすっ転んでしまう。

 俺達は今、家の前の庭で数人だけだがバレーボールを楽しんでいる。

 バレーボールと言っても、トスとレシーブを繰り返してボールを落とさないようにするだけのゲーム。

 そんな単純な遊びに、子供達は一生懸命に楽しんでいる。

 皆が皆、弾けるような笑顔を浮かべていて、こっちも思わず笑みが零れる。

 

「明菜、もう少し加減しないと駄目だろ」

 

「分かってるって、お兄ちゃん」

 

 悪びれた様子も無く、笑顔のまま答える明菜。

 この子は一応、この家の中では俺の次に年長の女の子だ。

 性格は底抜けの明朗快活、瑞代家のお転婆娘とも言う。

 そんな彼女は今、一弥に両手を広げてバッチコーイと構えている。

 

「ん?」

 

 ふと、明菜の奥にある花壇に視線が動いた。

 周りを褐色のレンガに囲まれ、カラフルな花が咲き誇る花壇。

 そこのレンガに腰掛けて、本を読んでいる1人の少女が居た。

 眼鏡を掛けて、幼いながらも知的さを醸し出す彼女は、たった1人で黙々とページに目を走らせている。

 

「明菜」

「どしたの? お兄ちゃん」

「ちょっと外れるから、皆の相手頼むな」

「まっかせといて!」

 

 自信満々に答える彼女に、本人に気付かれない程度にプッと吹いてしまった。

 これだけ自信満々なら皆を任せられるな。

 その場から離れて、さっきまで見ていた花壇に歩いていく。

 こちらの足音に気付いたのか、彼女は突然本から俺に視線を動かした。

 彼女は瑞代家の才女こと、沙耶。

 

「兄さん、どうかしたんですか?」

「いや、沙耶が何読んでるのかな~と思って」

 

 最初は「邪魔したかな?」と思ったのだが、その考えは杞憂だったらしく、沙耶は快く俺を迎えてくれた。

 しかし本当は1人ぼっちにさせておくのが忍びなかったから……なんて言える訳無いな、本人には。

 そのまま俺は沙耶の隣に腰掛ける。

 すると彼女は、本の背表紙をこちらに向けてきた。

 そのタイトルは――――

 

「ユダの福音書」

 

「はい、そうですよ」

 

 ――――って翻訳済みの外典じゃねーか。

 いつの間にこんな絶妙な書物を見るようになったんだ、コイツは。

 一応、まだ明菜と同じ小学5年生なんだよな。

 俺が本から視線を外すと、沙耶は再びページに目を走らせた。

 

「ユダって、一般的に裏切り者にされていたじゃないですか」

「そうだな。でも、それにはユダの裏切りが実は、イエス自身が望んだ事だとも読み取れる」

 

 この外典には、イエスはユダの裏切りを予知していたと記されている。

 ならば何故、イエスはそれを回避しなかったのか?

 諸説は幾つかあり、イエスを十字架に架ける事で彼をキリストにしたという説もある。

 更に『ヨハネによる福音書』では、イエスはユダの裏切りを促した場面もあった。

 そこまでくると、ユダをただの裏切り者として扱う事は出来ない。

 その解説を手を休めて聞いていた沙耶は、真剣な眼差しで俺を見詰めていた。

 

「やっぱり、兄さんは凄いですね」

「別に、俺もそれを読んでただけだ。沙耶が見たければ、『ヨハネによる福音書』も借りてみれば?」

「はい、絶対読みます」

 

 目を輝かせて答える沙耶。

 うぅむ、かなり本に魅せられてるなぁ。

 でも本には様々な知識が詰まってるから、沢山読む事は良い事だな。

 

「んじゃ、そろそろあっちに戻るな」

 

 このまま沙耶と話し込むのも良いが、明菜達を放っておくのも駄目だ。

 皆の兄として、皆平等に接しなければいけない。

 隣の沙耶に声を掛けて、俺は立ち上がった。

 

「はい、他にも良い本があったら教えて下さいね」

「任せとけ」

 

 それだけ言って、バレーボールに勤しむ子供たちの許に歩いていく。

 いつの間にか、一弥の服が土だらけになっているのを見て、はぁと溜息を吐いてしまう。

 明菜、もうちょっとお手柔らかにな?

 

「まっ、楽しそうだからそれでいいか」

 

 空は茜色に染まり、夜が近づいてくる事を教えてくれる。

 さて、そろそろ終わらせるか。

 

「おーい、後少しで戻るぞー!!」

 

 は~い、と返ってくる声。

 うん、皆は今日も楽しく元気だな。

 明日も、今日みたいに楽しい日であれば良いな。

 

 

 

 

 




おはこんばんちはです、№Ⅱを読んで下さりありがとうございます。
名前は出ていませんが、今回でメインヒロインが全員登場しましたね。
これから彼女達とどのような学園生活を送っていくのか、その中で聖がどう成長していくのか。
見守っていてあげて下さい。

とか思ってたら、次の№Ⅲと№Ⅳはぶち抜きでソフトボール回だった事を思い出して焦る作者です。
正直、今になってどうしてそんなにソフトボールの話を書いたのか、よく憶えていません。
とは言え聖に関する秘密というか要素的なものも出てくるので、軽く流し読み程度でも構わないので読んで頂けるとこれ幸いです。

では、失礼します( ・ω・)ノシ

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