それまで見てきた世界が一変する。
気持ち一つでこうまで変わるものなのか…………なんて事はある筈も無い。
和泉との一夜限りの邂逅、あの夜から1週間が経った。
あれから俺は、劇的な変化も無く日々を過ごしている。
変わった事があるとすれば――
「おはよう、聖」
「瑞代、おはよう」
「おっすハラオウン、バニングス」
「そう言えば最近、ひなた園の皆はどうしてるの?」
「あっ、アタシもそれ訊きたかったのよ」
「最近か…………一弥が帰ってくるのが少し遅くなってきたなぁ」
「何かあったの?」
「勇気の話じゃ、友達と学校に残って遊んでるらしい」
「いっつもアンタにくっ付いてる感じだったし、良かったじゃない」
「しかもそれだけじゃない。沙耶のテスト連続満点記録が100回に達したり、他にも――」
「うんうん」
「「瑞代、一緒に帰ろうぜ!!」」
「五月蝿いぞ、サッカー馬鹿コンビ」
「HAHAHA、俺達を一纏めにしてくれるな」
「そうだそうだ、俺達は決して同じ人間なんかじゃないんだ!」
「俺は、俊足のフォワード『遠藤透』」
「そして俺は、鉄壁のディフェンダー『金月修』」
「「そして此方に御座すお方が、我等が司令塔『瀬田藤――」」
「黙れサッカー馬鹿コンビ」
「「だから一纏めじゃねぇぇ!!」」
「瑞代、それでどうだ?」
「「しかも無視かぁぁ!!」」
「まぁ良いけど」
「それじゃ行くか」
「あぁ……ほらサッカー阿呆コンビ、行くぞ」
「馬鹿の次は阿呆かよ!?」
「それはランクアップなのか? ランクダウンなのか?」
「ついでに寄りたい場所があるんだが、構わないか?」
「気にするな。少し遅くても、家は大丈夫だ」
「……そうか」
「行こうぜ」
「「無視すんなぁ~~~!!」」
――口では上手く説明出来ないが、小さな変化はあった。
今まで間違え続けてきた道。
それを受け入れた上で、自分で出来る範囲で、自分でやろうと決めた範囲で少しずつ、変わっていこうと誓った。
あの出会いと別れの夜空に、夕陽の映える茜色の空に……。
だが疑問に思う事もあった。
そう――――高杉だ。
夜の校舎に忍び込んだのは、元々アイツが発端だ。
まるで、こうなる事を予想していたかのような展開。
アイツが和泉の事を知っていたかは、本人じゃないから知りようもない。
他にも、屋上での行動も不可解。
何故ハラオウン達を抑える必要があった?
いや、それも結局は本人にしか理解出来ない。
つまり……簡単に言えばこの考えも無駄だって事だ。
相手は高杉だから、仕方ないと言えば仕方ないな。
まぁ、どうでもいいか……。
――――夜。
夏が近付くこの時期、肌に纏わり付く空気が温くて少しばかり不快感が残る。
そんな中俺は、閉店時間ギリギリだったスーパーの袋を片手に提げていた。
……かなり突発的な対応だったが、間に合ってよかった。
シスターが食材やその他諸々のチェックをしていた時、幾つか不足品が見付かった。
その為、急遽俺が不足分を買いに来た訳だ。
いやぁ『蛍の光』が流れ始めた時はかなり焦ったが、必要な物はきちんと揃える事に成功。
「ふぅ……」
小さな充足感に包まれ、軽く息を吐く。
自然と頬が緩むのは、最早直せない癖かもしれない。
きちんと家族の力になれている事を実感出来る。
と、自己満足に浸っている俺に――
「あっ……」
「ん? ……あっ」
――何とも言えない人との、何とも突然の再会がやってきた。
視界がその姿を捉えた瞬間、胸の鼓動がたった一度だけ高鳴った。
鴉羽色の髪をポニーテールにした、勝気な瞳が印象的な少女。
今までの俺、そして今の俺と切っても切れない所に居る人。
少女の名は……
「柊、月見」
「……うん、そうだよ」
雪見に会ってからは、いつかは来るであろうと思っていた。
でも意外にもそれが早くて、少し困った。
今の俺では、きっと……。
「……」
「あの、さ」
上手く言葉が出ない。
互いに相手の様子を窺いながら、自分の出方を慎重に探っている。
それを見て、改めて俺達の間にある隔たりを目の当たりにした。
――昔は、こんな他人行儀な付き合いじゃ無かったのに。
いや、俺が変えてしまったんだ。
彼女を傷付けて、自分で無理矢理離れて、不干渉の領域を作った。
つまりは拒絶、俺が力尽くでこの関係を作り上げたんだ。
ならば尚更の事、俺は変えなければいけない。
今までの行いを否定せず、受け入れた上で変えていく。
――間違いを正すには、間違いを認めないといけないのだから。
だから俺は、何の気無しに言葉を紡ぐ。
「久し振りだな」
「あっ…………うん!」
極自然に、川を流れる流水の如く呟いた言葉に、呆気に取られた顔をする『つき』
だが徐々に呆然から変化していく表情。
返事は紛れも無く、破顔した彼女だった。
「うん、うん……う………ん……」
「っておい、何泣いてるんだよ!?」
突然、一体どうしたというのか。
呆然から笑顔、気付けば今度は泣いている。
滴り落ちる雫は、その量を徐々に増やしていく。
次から次へとコロコロ変わる百面相。
だがそれを楽しんでる暇も心の余裕も、今の俺には全く無い。
「ぐすっ、せっ……ちゃ、ん……」
「あぁもう、早く泣き止めって」
時間が遅いからって、通行人が居ないって訳じゃない。
たったの数人だが、此方を突き刺すような奇異の視線が降り注ぐ。
頼むから泣き止んでくれ……割とマジで。
至って普通の買い物帰りが、無駄に疲れるイベントに変わったのは何故だろうか?
答えは誰も教えてくれない、残念……。
ついでに、この時彼女に対する警戒心が消えていた事に気付いたのは、ずっと後だったりする。
少々の時間を掛けて、何とかつきを泣き止ます事に成功。
意外と早く終わったので、ちょっと一安心。
まぁ言わずもがな、彼女を抑えている最中も奇異の視線が止む事は無かった。
親子連れからは「ママー、女の人が泣いてるよー?」「あぁなっちゃ駄目よ」なんて言われる始末。
これは、師父に知られたらかなりヤバいのではなかろうか……。
「アハハ、御免ね。折角の再会なのに」
「全くだ。何で俺がお前を泣き止まさないといけないんだ」
「でも、かなり様になってたよね」
「慣れだよ、慣れ」
何せ、こっちはかなりの大所帯。
その殆んどが俺より年下で、誰かが泣き出すのは日常茶飯事。
その度に師父かシスター、もしくは俺の中で近くに居る者が対応してるのだ。
もう何年もやっている事だけに、無駄に手馴れてしまっている状態。
まぁ同年代が相手となると、結構神経を使うのだが……。
「もしかして、『彼女』とか?」
「……んな訳ねぇだろうが」
ったく、突然何を言い出すのだろうかコイツは。
お前が振るなよ、その話題を……。
それに、いくら家の事情を知らないとは言え、話の展開が地球の裏側まで飛んで行く事には疑問を禁じ得ない。
コイツの想像力はジェットでも積んでいるのか?
星間飛行でイン・ザ・スペースでもするってのか?
……駄目だ、これは遠藤と金月バカコンビの立ち位置だ。
俺は決してアイツ等みたいな馬鹿じゃない!!
「って、握り締めた拳を掲げて何してるの?」
「気にするな」
しまった、体が心とシンクロしてしまったようだ。
外面で冷静を装って居住まいを直す俺を、クスクスと笑うつき。
何故か無性にムカついて、それでいて恥ずかしい。
遠藤と金月バカコンビだったら容赦せずに済むが、どうにも気が狂う。
……あぁ、何か空回ってるな。
「せーちゃんは今、学校楽しい?」
「えっ?」
「それとも、あの時みたいに、何もかも頑張ってるだけ?」
その言葉はあまりに唐突だった。
今はもう通う学校の違う相手だからかもしれないが、2つ目の言葉でそうでない事が分かる。
だが、言いたい事だけは伝わってきた。
――純粋に学校生活を楽しんでいるのか。
――今までのように、自分を高める事だけを考えて生活を送っているのか。
恐らく、最初は後者だったと思う。
ただ家族の為になる力を身に付けようと、自分の行動を正当化していた。
聖祥に行くのだから、それ相応のものを手に入れる事だけが、自分に必要な事なのだと。
でも今は――
「楽しいな、絶対に」
「へぇ~」
――素直に、そう思ってる自分が居る。
初めて出会った金髪の少女が、俺を違う世界へと招いてくれた。
差し詰め、ハラオウンは不思議の国のアリスに出て来るウサギだろうか。
って事は、アリスは……………………俺?
うわっ、背筋が凍りつく位に気持ち悪いぞ、その絵面。
自分で勝手に想像したくせに、何故か自分で気分が悪くなるなんて……。
俺はいつの間にそんな器用な真似が出来るようになったんだ?
「それって、もしかして……」
と、先程から無駄にニヤニヤしているつきが気になって仕様がない。
まるで新しい玩具でも見つけた子供のような、見た相手を意味も無く不安にさせる眼差し。
それは、俺の背後へと向けられていて……。
否が応にも、そちらが気になってしまう。
一体何があるのだろうか?
「あの子達?」
「へっ?」
彼女が指差した視線の先を、素っ頓狂な反応のまま追う。
此処から幾分か離れた所、商店街の照明に当てられた2人の姿があった。
純白の半袖ワイシャツに赤いリボンを結び、下は灰色のプリーツスカート。
正しくそれは、俺の通う私立聖祥大学付属中学校の女子用の夏服だ。
そして鮮やかなショートボブの金髪、艶のあるウェーブのかかった紫髪。
遠目だとしても、間違えようも無いその姿。
彼女達は――
「バニングスに月村?」
同学年にして、掛け替えの無い友人。
アリサ・バニングスと月村すずかだった。
2人は俺が自分達の存在に気付くと、此方へ歩み寄ってくる。
バニングスの何とも言えない表情と、月村の引き攣ったような笑みが不安を誘う。
何だ、このタイミングで何があるって言うんだ?
「瑞代、アンタこんな所で何してんのよ?」
「アハハ、こんな時間に奇遇だね」
決して怒ってる訳じゃないが、少し棘の見えるような見えないような、そんな音が混じったバニングスの声が問う。
そして月村は、隣の彼女の様子に困り顔を浮かべている。
つーか何故だか無性に怖い、落ち着いていつもの感じに戻ってくれバニングス。
そんな心の声も虚しく、目の前に立ちはだかる少女は此方を見据えている。
「いや、何でって。……これ」
いつもと違う少女の態度に違和感を覚えながらも、手に提げていた買い物袋を目の前まで持ち上げる。
幾つかの生活用品が詰め込まれた袋を凝視するバニングスは、「ふ~ん」と納得を見せると、続いて俺の後ろへ視線を動かした。
表情は変えずに目を細めた彼女の視線が、妙に不安を募らせるのは何故?
「で、さっきから物凄~く楽しそうに話してる相手は誰?」
「うっ……」
声色は荒げず、しかし力の篭った問いに、思わず呻くような声が絞り出された。
別にやましい気持ちがある訳ではないのに、目の前で仁王立ちをしている少女がとても怖い。
悪い事もしてないのに、どうしてか尋問を受けている容疑者の気分だ。
つきも先程から、全く言葉を発していないし……どうする?
体全体がエマージェンシーを発している、この感覚は久し振りだ。
改めて思うのは……
バニングス、中々手強いヤツだな。
「小学校時代の知り合いだ、名前は――」
「――柊月見だよ」
漸く喉から出てきた言葉も、背後のつきによって強引に奪われた。
いや、さっきまで黙ってたくせに、何故にそこまで明るい声色なんだよ?
会話の切っ掛けを掴んで俺の横に立つ少女を、ジト目で睨みつける。
だが対する彼女は屈託の無い笑顔で、此方としては溜息を吐くしかないのが現状。
「柊月見、ね。アタシはアリサ・バニングス、宜しくね」
「私は月村すずか、宜しくね柊さん」
「アリサとすずかね……。うん、宜しく」
そこで漸く、バニングスの表情がいつものソレに戻り、釣られて月村も調子を取り戻した。
だがしかし……何でそんな和やかなんだよ、お前等。
さっきまでの妙な息苦しさの蔓延る空気感は何処へ捨ててきたんだよ?
全く女と言うのは、本当に訳が分からない。
……それにしても。
「お前等、何で此処に? しかもこんな時間に」
「これだよ」
俺の問いに、月村が手に提げていた物を持ち上げた。
先程の俺の行動と微妙に似通っているが、まぁ気にしないでおこう。
彼女の胸元まで掲げられたそれは、四角い形をした黒い物体だった。
取っ手にファスナー、更に1メートルにも満たないその大きさからして、これは……
「ヴァイオリンか?」
「よく分かったね」
「習ってるって言ってただろ」
「憶えててくれたんだ?」
……まぁ、当然だろ。
嬉々とした笑みの月村を見ながら、聞こえるか聞こえないかの微妙な声で呟く。
――初めて訊いた時の2人の顔を、まだ憶えている。
心の底から楽しんでいる笑顔、ハラオウン達に負けないようにと前へ進もうとする強い瞳。
何もかもが、尊く気高かった。
果たして今の俺は、少しでも彼女達に近付けたのだろうか?
「今の時間までやってたのか?」
「うん、そうだよ」
寝るには早いが、それでもそれなりに遅い時間だ。
しかも制服って事は、家に戻った訳でも無さそうだし。
つまりは、何時間も稽古をしてたって事か?
本当にスゲェな、おい。
「明日のコンクールに備えて、ちょっとした調整のつもりだったんだけど……」
「ついつい熱が入っちゃって、こんな時間に……」
と、恥ずかしそうに答える2人。
その姿に、普段よりも可愛らしさを感じてしまう。
……いかんいかん、何を馬鹿な事を考えているんだ俺。
隣に居る奴はクスクスと忍び笑いしてるし、何かムカつくぞオイ。
それにしてもコンクールか。
しかも明日とは、これはまた突然な……。
って明日?
「学校はどうするんだ?」
「一応、公欠って扱いになるから大丈夫だよ」
「それもそうか」
用事で行けないとは言え、出る意志はあるのに欠席じゃ堪らないからなぁ。
「それで、調子の方は?」
「問題無かったよ。これなら本番でも、良い結果が残せそう」
「狙うは金賞ね!!」
月村の言葉に続いて、自信満々なバニングスが握り拳を高らかに掲げた。
その何とも頼もしい姿に、本番前日による緊張は微塵も感じない。
確かに、楽しい事をするのに緊張なんておかしいもんな。
それにしても、コイツ等の演奏か……。
「何か勿体無いなぁ」
「何がよ?」
「いや、お前等の演奏が聴けないってのが……」
何年間も続けてきたヴァイオリン。
彼女達がどれだけ努力を尽くしてきたのか、全く想像出来ない。
だからこそ、心の底から聴きたいと願う。
2人が積み上げてきた
単なる我が儘だろうけど、それ位の事を思うのは許されるだろう。
それが本音だった。
「ざ、残念だったわね。アタシ達のヴァイオリンは、そう簡単には聴かせられないわよっ!!」
ちょっとどもりながら忙しなく口を動かすバニングスは、少しだけ顔が赤かった。
その様子に、月村とつきが微笑ましそうに見ている。
「もう、アリサちゃんは素直じゃないんだから」
「でもそこが可愛いんじゃない?」
「フフ、柊さんも分かる?」
「見てて初々しいもんね~」
「ちょ、ちょっと2人共、何変な事言ってんのよ!!」
より一層顔を赤らめながら、2人に食って掛かろうとする少女。
その2人は、それでも笑みを絶やす事をせず、バニングスをからかいながら遊んでいる。
月村は分かるが、つきまで混じってくるのは意外だった。
そういったファクターが、彼女の恥ずかしさを増長させているのだろう。
本当にコイツは、真っ直ぐな言葉に弱いんだな。
「って瑞代、アンタも何笑ってんのよ!!」
「へっ?」
姦しいやり取りを完全な傍観者として見ていた俺に、突如その牙が向けられた。
どうやら彼女達の事を、俺は保護者面しながら見ていたようだ。
まぁ何か、微笑ましいっつうか……普段より近しい感覚がある。
普段の強気な面は鳴りを潜め、年頃の乙女らしい恥じらいを見せていた。
正直――――とても可愛いんじゃないかと、思わなくもない。
ぜっっっっっったいに言わないけどな!!
「そういえば、曲目は何なんだ?」
「えっ? ……あ、えっと『ヴァイオリン・ソナタ第5番《春》』よ」
「……ベートーヴェンの曲か」
バニングスの答えに、ふむと考え込む。
季節は夏に近付きつつある今の時期に……なんて事はどうでもいい。
問題は、それがベートーヴェンの曲だと言う事だ。
彼はヴァイオリン演奏にあまり通じておらず、ソナタの旋律リズムはピアノが中心となっている。
そういった曲を合奏をするには、両奏者共に作品を深く理解しなければならない。
曲目としてはポピュラーだが、かなりの難題でもある。
「いけそうか?」
2人の実力を信じていない訳じゃない。
だが今回の課題は、十代前半の少女が奏でるには厳しいものがあるというのも確かだ。
心の奥底では、少なからず不安染みたものが灯っている。
それ故の言葉だったが、受け取った側のバニングスは「はぁ?」と如何にも此方を馬鹿にしたような表情。
そして月村は、聖母のような優しげな笑み。
「当然じゃない」
「当然だよ」
俺の不安は単なる杞憂に終わった。
と言うよりも、先程言っていたではないか。
――良い結果が残せそう。
――狙うは金賞。
その何よりも頼りがいのある言葉は、虚勢なんかではなく、彼女達の自信の表れ。
俺なんかが心配する方がおかしいのだ。
「そっか……」
やっぱりこの2人は凄い。
遥か高みにその身を置いて尚、彼女達は留まる事を知らない。
心に浮かぶのは純粋な羨望と――――純粋な嫉妬。
あぁやっぱり、神様は不平等で厳しいなぁと思わざるを得ない。
でも、それでも――
「それじゃ、頑張れよ」
――彼女達の努力は、決して神様が与えたものじゃない。
自分達の意志で、自分達が行ったもの。
だから俺は、それを静かに応援する事にした。
「任せなさい!!」
「任せて」
そして2人も、それに応えてくれた。
それだけの事が、何だかとても――――嬉しかった。
車を待たせていると言う2人と別れ、俺はつきと共に帰路についている。
たった十数分の出来事だったが、つきと2人はすぐに意気投合していた。
何ともまぁ、女は適応能力が高いと嫌でも実感させられる。
「2人共、可愛い子だったねぇ」
「何が言いたいんだ?」
「べっつに~」
何故か意味深げに、それでいて満面の笑みで呟くつき。
バニングスと月村が可愛い、と言うのは傍から見ても分かる。
五大女神とまで言われていたのだから、美少女と言っても差し支えない。
だが彼女達の魅力はそれだけじゃない。
誰に対しても気さくで優しい心、それを表すように纏う雰囲気。
そして常人では持ち得ない気高い意志、時折見せる強い力を持った瞳。
外面だけでなく、寧ろそれ以上に内面に強い輝きを持つ。
それが2人を含めた、聖祥5人組の魅力だ。
「せーちゃんは、どっちがタイプ?」
「なっ、何を突然……!?」
「じゃあ言い方変えるね。……2人の事、どう思ってる?」
「…………好きか嫌いかって訊かれれば」
口が動く数瞬の間に、何度も逡巡した。
自分の素直な気持ちを口にするのか、してしまうのかと……。
内心で思うのであれば何度だって良いが、口にしてしまえば後戻りは出来ない。
「――――好き、だと思う」
そして俺は口にした。
彼女達に対する、自分自身の想いを。
未だあやふやで形を成さないそれだけど、確かに存在した気持ち。
きっとこの気持ちは、『以前』までは隣を歩く少女に向けて抱えていたものに近い。
「うんうん、良かった良かった」
「何がだよ……」
「あれからずっと、女の子の事を避けてたよね」
その言葉で、少しばかり気分が悪くなる。
やはり分かる人には分かるのだと、否が応にも理解した。
――4年前のクリスマス・イブ以降、俺は極端な変化を起こした。
大層な事ではなく、唯単に女子を避けるようになったと言う事だ。
否定と偽り、その2つを拒絶する為の措置。
それまで仲の良かった女友達とも、必要以上に距離を取った。
冬休みというワンクッションはあったが、それでも皆の懐疑的な視線が集う。
何があったのかと問われれば、別にと答え……
何か悪い事をしたのかと聞かれれば、さぁなと答えた。
後悔は無かった、元より後悔しない為に行った事なのだから。
「私のせいだって事は分かってたけど、何も出来なかった」
つきの放つ寂しそうな響きが、耳に届いた。
彼女も拒絶対象の1人、その最たる存在だった。
基本的に目を合わせず、良くても睨みつけてお終い。
そんな最低な事を何年も続けていた。
それは師父の耳にも届いて、長時間にも及ぶ説教を喰らった事もあった。
それで幾分和らいだが、結局は避けている事に変わりない行動を続け、小学校を卒業した。
つきとは、それっきりだった。
「今にして思えば……」
改めて振り返ってみる、己の行動を。
一貫して言える事は1つだけ――
「俺って、最低だったよなぁ」
たった1度、想いが実らなかっただけであれだ。
どこぞのガキが、自分の思い通りにいかなくて拗ねているのと同レベル。
「でもさ……やってしまった事は変えられないし、否定出来ないから」
そんなくだらない事でも、行った責任を取らなければならない。
それを受け入れた上で、どうしていくかを決める。
「一言だけ、言わせてくれ」
差し当たって、最初にやるべき事は……
「――ゴメンな」
過去の事だと逃げずに、きちんと謝る事だ。
隣の少女の瞳を真っ直ぐに見詰めて。
あの時は出来なかったから、今度こそはと意気込んで言葉を発した。
許されなくても構わない。
最初からそんな期待など、微塵も持っていないのだから。
唯、聴いて欲しかった。
――それだけだ。
「それじゃね」
いつの間にか彼女の家の近くまで来てたらしく、彼女は此方に一言告げると別方向へと歩を進めていった。
むぅ、どうやら相当根に持っていたようだ。
自業自得ではあるが、そこまでしてしまった自分を改めて腹立たしく思う。
家路へと向かうつきの背中を見ながら、後悔の念を心中で持て余している。
だが俺達の距離が十数メートル程開いた時、不意に彼女の歩みが止まった。
どうしたのだろうか、と疑問に思う俺へ振り向く彼女は――
「今のせーちゃん、すっごく格好良いよー!」
――それだけ告げて、走り去っていってしまった。
「……」
その後姿を、呆然と見詰める俺。
言葉は出ない。
彼女の言葉の意味を租借し、ゆっくりと理解していく。
今の俺が……。
徐々に体温が上がっていく感覚に、気持ちが動転する。
あぁくそ、どうしたってんだよ!?
否応無く火照り続ける体からは、ジワリと汗が垂れる。
「ったく、余計だっての……」
頬を滑る雫を拭って、彼女に倣い帰路につく。
依然として体は熱いまま、季節も相俟って寧ろサウナ状態だ。
だから走った。
吹く風で体を冷ます為に――
意識しないと、すぐにでも緩んでしまう頬を一喝する為に――
自室の窓を開けて、少しだけ前へ乗り出す。
体を冷ます夜風が心地良く、そのまま眠ってしまいたくなる衝動に駆られる。
「ふぃ~っ、気持ち良いなぁ」
いや、本当に眠りたいなぁこのまま。
夜空に浮かぶ月を見上げ、徐々に落ちていく瞼に喝を入れる。
……が、すぐに下降を余儀なくされた。
「いかんいかん、さっさと眠らないと」
あまりの気持ち良さを惜しみながら、ベッドに寝っ転がる。
フカフカの肌触りの良さに目を細めつつ、意識は遥か遠くへ――
「聖、少しいいか?」
――行ってはくれなかった。
「……はい」
落ちかけた意識を力尽くで浮上させ、ドアの向こうに居る人に声を掛けた。
数瞬後、それを開いて入ってきた人は――――師父だった。
まぁ、俺的に間違える方がどうかと思うが……。
取り敢えず俺は、体を起こして立ち上がった。
「寝ていたのか……。済まないな」
「いえ、気にしないで下さい」
本当に申し訳無さそうに謝罪を述べる師父を見ると、此方の方が申し訳無く感じる。
それにしてもこんな時間に何の用だろうか?
師父の双眸を見ながら、思考は別の方向で確実に回転する。
すると師父は、ポケットからあるものを取り出した。
横長の紙――何かのチケットだろうか――を2枚、それを俺に差し出す。
「『海鳴シアター』一日無料券?」
「あぁ」
反射的に受け取った紙に書かれた文字を、何故か疑問形で読み上げる。
海鳴シアターって言ったら、海鳴駅前にある映画館だよなぁ?
そこの無料券が、これ……。
手元のそれをマジマジと見詰めて、目の前に居る師父の方へ向き直る。
「学校の方で貰った物なんだが、私が行っても仕方ないのでな」
「でも……」
どうやら師父は、これを俺にくれるらしい
でも俺が持っている事の方が、絶対に仕方ないのでは無いのだろうか?
行く予定は無いし、2枚って事は2回も行かないといけない。
1人で映画を2回見にいく、人としてちょっとつまらな過ぎるだろう。
実行したらその日の夜泣くぞ、多分……。
行かなければいいんだろうけど、師父から貰った物だけにそれは出来ない。
あぁ、我ながら自分の性格が恨めしい。
「誘ってみればいいじゃないか、彼女達の誰かを」
「うぇっ!?」
唐突に切り出されたそれは、まず間違いなく爆弾級の提案だった。
彼女達、師父の言うそれは絶対にあの5人の事を言ってるのだろう。
その内の誰かを誘え、券は2枚、それはつまり――――2人っきり。
5人の内の1人と映画を見に行けと……。
「それってまさか……」
「そう。デートだな」
「っ~~~!?」
自分でもその答えを理解はしてたが、口に出されると心を大きく揺さ振られる。
デート、その単語が脳内で止め処無く響き渡っていた。
――アイツ等の中の誰かとデート。
――美少女と名高い5人の中の誰かと……。
――俺が、デートをする。
その自問自答から生まれるのは、無理だと言う諦めと恐怖。
そして……
「そんな、俺なんかじゃ無理に決まってますって!!」
「何を言うか。やりもしない内に諦めるのか?」
「で、でも……」
――もしかしたら。
声を張り上げて、その最後の可能性を否定する。
師父の言う事は最もだ。
実行もせずに、その可能性を潰すのは間違いだ。
それでも、今の自分には自信は持てない。
今の自分では、アイツ等と釣り合わない。
5人とも優しいから無碍にしないだろうけど、きっと迷惑でしかない。
そんな『ない』ばかりが、俺の思考を埋め尽くす。
「俺なんかじゃ……」
「そんなに思い詰めるな。気楽に行け、気楽に」
俺の肩に置かれた師父の手が、温かい。
ふっ、と肩の力が抜けていく感覚に襲われる。
それ程までに俺は、おかしな緊張に見舞われていたのだろう。
「券の扱いはお前に任せる。それに無理だったら無理、それでも良いじゃないか」
「…………そうです、ね」
「だが案外、上手くいくかもしれないしな」
「そうだと良いんですけどねぇ」
師父の気休めの言葉に、自嘲の笑みで答える。
まぁ何にせよ、渡せる時にでも渡してみるか。
無理な場合なら、アイツ等に2枚とも渡せばいい。
そう心に決めて財布の中に収めた。
これはいつも持ち歩く物だから、渡すのであれば丁度良い。
「それではな」
「ありがとうございます、師父」
「これも親の務めだ。お休み」
「お休みなさい」
静かに出て行く師父を、視線だけで見送る。
手渡された券をどうするか、未だに答えは出てこない。
迷っていても明日は来る以上、早い内に決めないと……。
と、答えを急かせば急かす程もっと混乱してくるのだが、どうすりゃ良いんだ?
悶々と自問を繰り返し、答えが出て来る度に打ち消して……。
気付けば俺は、一度は去った筈の眠気に襲われ、遂に眠りについた。
緑の葉が生い茂った木々が連なる並木道。
自分と同じ制服を身に纏う人が、疎らながら同じ道を歩いていく。
その流れに逆らわず、俺もまた学び舎への道を行く。
「そういえば、今日は2人の……」
刹那、頭を過ぎったのは昨日のやり取り。
一方的に傷付けてしまった少女との再会。
ぎこちなさの残った会話の中で、彼女達の存在が少なからずの救いだった。
そこで知らされた、今日という日の意味。
今日は、2人が習っているヴァイオリンのコンクールが行われる日。
自分には関係の無い事だが、無性に気になってしまう。
「アホか俺は」
朝っぱらから変な自分を叱咤するが、どうにも気分が晴れない。
と言うか、落ち着かない。
2人は今からコンクールという舞台へ歩んでいくというのに、自分は何もせずにポツンと此処に居るだけ。
何かしたい気持ちが燻って、それを余計に増長させている。
こんな精神状態では、今日の授業をまともに受けられなさそうだ。
――あぁ、どうしろってんだよ!?
今から見送りに行くなんて不可能だし、つーか何処に居るかも分からない。
残された選択肢は、ポケットの中のモノだけだ。
「メール、かな……」
空いてる手でそれを取り出し、ジッと見詰める。
俺なんかが出来る事なんて高が知れてる。
だから俺の立つ位置は、彼女達から離れた場所で充分だ。
ささやかな声援だけが、今の俺に出来る数少ない手段なのだから。
電話というのも考えたが、本番前は集中したいだろうから諦めた。
携帯のディスプレイを点け、2人宛てのメールを作成する。
着飾った文章は必要無い。
唯……
――頑張れ――
それだけに想いを込めて、送信ボタンを押した。
「ふぅ……」
送信完了の画面を最後に、携帯を閉じてポケットに突っ込んだ。
不思議と気持ちの方も、少なからず落ち着いてきた。
さて、こっちも頑張らないとな。
アイツ等が全力を尽くそうとしてるのに、普段通りの俺が馬鹿やったら最低だ。
取り敢えず、気分を入れ替える為に一発入れるとしよう。
鞄を小脇に抱え、空いた両手で顔を挟むように叩く。
「……よしっ!」
両頬にじんわりとした熱を感じて、内に巡る感情が鎮まっていく。
気分転換終了、っと。
今から頑張っているであろう2人に心で声援を送りつつ、俺は学校へと足を進めていった。
今日も今日とて、変わらない授業風景。
教師の説明に耳を傾け、ノートにペンを走らせる。
そんな難しい問題じゃないからか、頭の片隅で2人の事を考えていた。
コンクールって事はそれなりの人数が集まるのだろう。
もう2人の演奏は始まっているのか、それともまだなのだろうか?
授業に聞き耳を立てつつも、そちらの思考は止まる事を知らず……
気付いたら鐘の音、授業が終了していた。
クラス委員の瀬田の号令で立ち上がり、一礼。
「3時間目も、何事も無く終了」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
すると前に居るハラオウンがふと、此方に向いてくる。
「どうかしたの?」
「えっ……」
「授業中、何か考え事してなかった?」
「うっ……」
何とも鋭い少女である。
一度も此方を見た気配は無かったと言うのに、俺の状態を読み取るとはな。
いやまぁ、少し外を見てた時もあったから、その時に見られたかもしれないが……。
何にせよ、気を付けなければならないな。
流石にバニングスと月村の事を考えてたなんて、知られたら――
「もしかして、アリサとすずかの事?」
「ぶふっ!?」
し、知られてたぁぁぁ!!
ど真ん中ストライクな解答に、思わず噴き出してしまった。
何故どうして如何にしてバレてしまったのだ!?
そんな直球を放り込んでくれやがった少女はと言うと、「あぁやっぱり」といった表情で此方を見ている。
しかも「フフフッ」なんて微笑んで余裕ぶってる様子が、少し憎たらしい。
くそぅ、見透かされてるようで何か悔しい……。
「やっぱり、気になるよね」
「って事は、お前も?」
「うん」
微笑みが渇いた笑いに変わるのを見て、改めて気付く。
コイツの余裕は信頼から生まれるものだと思っていたけど、それで済んではいなかった。
信頼があるからこその気掛かり、目には見えないがコイツも色々と考えてたのか……。
その姿に、妙に親近感が湧いてしまう。
すると――――
「あれっ」
「どうしたの?」
「携帯が……」
ポケットから伝わる振動に、慌ててそれを取り出す。
ディスプレイには、見慣れない番号。
――って、メールじゃなくて電話かよ!?
こんな時間に一体誰だ?
そんな疑問はさて置いて、教室の端っこまで移動して着信ボタンを押した。
「もしもし」
知らない番号、しかもこんな時間での着信だからか。
声に緊張が乗り移ったみたいに、警戒心を露にしていた。
そして返って来た言葉は――
『聖様、ノエルです』
最近聴き慣れ始めた、知り合いのメイドさんの声だった。
「ノエルさん? こんな時間にどうしたんですか?」
正直、意味が分からない。
この時間に電話、しかも相手は殆んど接点の無いノエルさん。
普通に考えればあり得ない状況、それが今起こっている。
『緊急事態なので、手短にお話します』
「緊急事態?」
第一声の冷静な声を反転させて、急に捲くし立てるような口調に変わった。
突然の事だけに、思考が着いていかない。
『すずかお嬢様とアリサお嬢様がコンクールに出ている事はご存知ですね』
「えぇ、昨日聞きました」
『そこでちょっとしたトラブルが発生してしまいまして……』
「トラブル?」
そこで口篭るノエルさんに、漸く回り始めた頭で訊き返した。
口ではちょっとしたと言ってるが、声色からしてそれなりに大変な感じがするけど……。
一体、どうしたと言うのだろうか?
それで、と電話越しの女性に言葉を促す。
『このままでは、お2人は演奏が出来ないまま終わってしまうのです』
「――――えっ?」
思考が凍り付いた。
2人が演奏出来ないという言葉に、二の句が出なかった。
何故そんな状況になったのかという理由よりも、何故2人がそのような目に遭わなければならないのかという不条理に、思考が奪われていた。
どれだけの練習をしてきたのか、俺には分からない。
それでも、2人が一生懸命だった事だけは分かっているつもりだ。
なのに、こんな仕打ちはあんまりじゃないか。
『風芽丘コンサートホール』
「えっ?」
『場所は分かりますか?』
それは、つまり……。
『お力をお貸し頂きたいのです』
「でも、俺なんかじゃ……」
――きっと、何も出来ない。
コンクールがどれだけのレベルかは知らない。
だからと言って、無関係な俺が勝手に上がって良い程、敷居の低い舞台じゃない。
そんな事、電話の先に居るノエルさんだって知っている筈だ。
なのに何故、俺に助力を請うんだ?
無理だ、無茶だ、無謀だ。
『先のアリサお嬢様の出番まで後1時間、あまり時間はありません』
「だからって――」
『後は聖様にお任せ致します』
それでは、と此方の返事も聞かず早々に電話を切られた。
ノエルさんが言うにはバニングスの出番まで後1時間、リミットは刻々と近付いてる。
でもその間に、俺に出来る事なんてあるのか?
「聖……」
いつの間にか、傍らにはハラオウンが立っていた。
その暗い表情と沈んだ声に、2人が立たされている状況を知っているようだ。
メールでも送られてきたのだろう。
「無理して行く事はないよ、2人だってそれは望まないから」
その通りだ。
そんなメンタルでピアノなんて弾けないし、ましてや伴奏なんて不可能。
特に俺は、精神状態が音に出やすい人間なのだ。
行っても足を引っ張る事しか出来ない、何処までも足手纏いな半端者だ。
「出来る事なら私が行きたい。でも、私には何も出来ない」
「それは俺だって……」
「違うよ、聖は違う」
必死な瞳で訴えてくる彼女に、俺は視線を外す事が出来ない。
――――何故、お前はそんな事が言えるんだ?
「君には、2人を助けられる両手がある」
そっと、彼女の両手に俺の手が包まれる。
温かく柔らかい感触、心を静めてくれる温もり。
「聖の両手は2人を助ける事が出来る。私は知っているから」
優しく握られて、そこから彼女の想いが流れてくる。
きっと嘘偽りの無い言葉、そうである事を疑わない無垢な心。
「私だけじゃない。なのはも、はやても……。勿論、アリサやすずかも皆、それを知っている」
皆が俺を信じてくれている。
俺なら2人を助けられると、何の疑いもせずに信じていた。
「でも……」
それでも、やはり自分に力があるとは思えない。
何年もの時間を掛けて培ってきた彼女達と、家族の為に覚えただけの技術が同等な筈が無い。
俺が行って何になる?
彼女達の演奏を穢して、それでお終いだ。
例え皆が俺を信じてくれても、彼女に包まれているこの手で出来る事なんて……
「アリサとすずかが待ってるのは、上手く弾ける人じゃないよ」
「えっ……」
一瞬、何を言ってるのか分からなかった。
その言葉は、今の今までの俺の考えを真っ向から否定するものだったから。
「きっと2人は、一緒に演奏してくれる人を待ってるんだよ」
そこに上手下手なんて関係無い、と……。
真っ直ぐに見詰めてくる瞳と、両手を包む柔らかな温もりが伝えてくる。
必要なのは、彼女達と共に舞台へ進む意志を持つ者。
「きっと今、2人共凄く悲しんでる。自分達が進む筈だった舞台に立てなくなって、悔しくて堪らないと思う」
その気持ち、分かる気がする。
――昔、まだ俺より上の兄や姉が居た頃。
一緒に遊ぼうと約束したのに、用事でそれが無くなってしまった時の、胸にポッカリと穴が開いた感覚。
比べるのもおこがましいかもしれないが、きっと根本では同じなのだ。
そんな想いを、バニングスに、月村にさせてしまっていいのか、瑞代聖。
そんなの――――許せる筈が無い。
「ハラオウン、俺……」
「うん」
皆まで言わなくていい、と瞳が告げる。
彼女は俺の意志を汲み取って、握り締めていた両手を放した。
その温かさが少し名残惜しいけど、そんな事は言ってられない。
今の俺には、何よりも優先させなければならない事がある。
教室内をぐるりと見回して、ある人物を見つける。
「高杉!!」
「フッ、分かっている」
教室の後ろで、何故かL字型の棒を両手に持っている生徒に声を掛けた。
何処まで理解してるのか、ヤツは不敵な笑みを浮かべるとそう答える。
最早コイツに説明など不要か……。
「授業のカモフラージュ、頼んだ!!」
「任せておけ。時間が無いのだろう?」
「あぁ!!」
「アリサ嬢とすずか嬢に宜しく言っておいてくれ」
「さぁな!!」
クラスメイトの不可解な視線も気にせず、言いたい事だけ言って教室を出る。
すると出入り口近くで、高町と八神に遭遇。
だが今の俺に、悠長に話してる時間など無い。
「頑張ってね、聖君!」
「アリサちゃんとすずかちゃんに、宜しゅう言っといてな!」
2人に片手を上げて答え、そのまま昇降口まで一気に駆けていく。
ノエルさんとの電話から、既に数分の時間をロスしてしまった。
此処から風芽丘コンサートホールまで、全力で走ってどの位だろうか?
「って、考える前にスピード上げろっての!!」
そうだ。
今の俺に必要なのは、タイムリミットから所要時間を逆算する事じゃない。
――時間に間に合うように、死に物狂いで走り抜く。
唯、それだけだ。
待っててくれ、バニングス、月村。
絶対にお前達を、舞台の上に立たせてみせる!!
どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
№ⅩⅩⅠをお読み下さり、ありがとうございます。
今回、日常編共通ラストである『LPT編』が開始となりました。
アリサとすずかを襲うトラブル、危ぶまれるコンクールへの出場。
少女達の声援を胸に、聖は走ります。
その結末は次週、そして…………。
今回のこのイベントですが、寧ろこれがやりたかったが為に聖のピアノスキルがあったと言ってもいいでしょう。
なのは達3人と違い、魔法という強い繋がりを作れないアリサとすずかにとって、これ程のイベントはあるだろうか!! という感じで考えたので。
そういえば最近、以前使っていたWeb拍手を弄ってたら、未だにお礼画面のミニコントが残ってました。
確か時期的に『MOVIE 1st』の公開直前だったんで、CMのパロである『聖&ヴィヴィオ』、『聖&なのは』、『聖&フェイト』の3つがありました。
なのはを砲撃ネタで弄ったり、それを聴いたフェイトに諌められたり、ヴィヴィオに答え辛い質問をされたり、ぶっちゃけて暇潰しで作ったものでしたが、割と懐かしい気持ちになりました。
同時に、あれから時間が経ったんだなぁ……と思ったり。
今回は以上となります。
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では、失礼します( ・ω・)ノシ