少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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――ふと、乾いた炸裂音がひなた園に響いた。

「……ん?」

――あまりに突然だったが、発信源へ行ってみれば

「あっ、聖兄ちゃん」
「平太、何ださっきの音は……」

――へへへ、と無邪気な笑みの少年が、徐に掌を見せてくる。
――そこには1センチ程度の大きさの、カラフルな玉が幾つも置かれていた。

「癇癪玉か?」
「うん、師父から貰ったんだ」

――喜びを隠し切れない笑顔が、とても眩しく見える。
――余程コイツを貰った事が嬉しかったのだろう。
――それにしても師父よ、何故にこんな物を?

「兄ちゃんにもあげるよ」
「良いのか?」
「うん」

――平太の手から、俺の手へ。
――数個の癇癪玉を手渡される。

「兄ちゃん、使い方分かる?」
「あぁ、昔遊んだ事あるからな」

――手に乗った小さな感触を確かめながら、過去に思いを馳せる。
――うむ、兄さんや姉さんと一緒に鳴らしまくったのを今でも憶えている。
――唯の花火の一種なのに、あそこまで楽しめたのは非常に不思議だったな。

「ありがとな、平太」
「へへへ……」

――俺の感謝の言葉に照れ臭そうに笑う。
――そんな弟を見て微笑ましさを感じ始めたのは、いつからだろう?

「ねぇねぇ、2人共何してるの?」
「明菜、帰ってきてたのか」
「癇癪玉ですか……」
「沙耶もか。2人共、お帰り」
「はい、只今帰りました」
「たっだいまー!!」

――2人っきりだった空間が、一気に賑やかになる。
――癇癪玉の想い出も良いけど、やっぱり家族と一緒に居る方がずっと楽しい。
――掌のソレを優しく握り締め、ポケットへ詰め込んだ。
――後で別の入れ物に保管しておくかな。

「平太、アタシにもそれ頂戴」
「えぇ~、兄ちゃんにあげたから少ししか無いんだよ」
「良いじゃん良いじゃん、少し位さぁ」
「明菜、年上なんだから我が儘言わない」

――弟に玩具を強請る明菜と、それを抑える沙耶。
――ひなた園で繰り広げられるいつもの光景。
――下手に口を出そうとせず、傍から見守っている俺。

――――この時は思いもしなかった。
――――ポケットに収まっていたモノが、俺の人生を左右するものになるなんて。







A№Ⅲ「忍び寄る悪意」

 

 

 

 

 

「いやぁ、大変な事になったものだなぁ」

「はい?」

 

 気持ちの良い快晴に見舞われた今日の朝は、師父のよく分からない一言で幕を開けた。

 テレビで流れるニュースに目を向けている様子からして、その内容に対する感想なのだろう。

 そこには

 

「エンハンスグループ、不正経理発覚」

 

 とある企業の不祥事が大々的に映し出されている。

 エンハンスグループと言ったら、確か……

 

「バニングスグループのライバル会社のような所だな」

「えぇ、あっちも10以上の関連企業を持っていましたね」

 

 ニュースを見れば確実に目に入るであろう名前。

 国内外問わず、様々な方面で活動している大企業だ。

 バニングスグループとこの企業は、まさに双璧とも呼ばれている位だと言うのに、突然こんな不祥事が明るみになるとは……。

 

「実情は、上の人間が親族で固められているからな。典型的な同族経理だ」

「だから出入金等の記録改竄が容易だと?」

「あぁ。寧ろ今まで何とか出来ていたのが不思議な位だ」

「……明るみになってないだけで、過去にも着手していた可能性もありそうですね」

 

 なるほど、滅茶苦茶簡単に言うと『家族に甘い』という訳か。

 こういう事には詳しくないから、時折してくれる師父の説明はタメになる。

 流石師父、社会情勢にも詳しい。

 

「デビットさんとしては、悔しいだろうな」

「どうしてですか?」

「双璧の一角が崩れたんだからな」

 

 ふむ、つまりは競争相手が居なくなって困る、って感じか。

 デビットさんの熱い性格からして、確かにありそうな理由だなぁ。

 

「問題はこの後……」

「立ち直れますかね?」

「さぁ、分からんな」

 

 朝から何とも重い話題である。

 俺には関係無いけど、アリサの家が絡んでる以上は気にせずにはいられない。

 まぁ俺が割って入るような問題じゃないし、気にしないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――とか何とか思っていたのに。

 

「ホント、パパも少し落ち込んでたわ。」

「大変だね」

 

 昼飯時に話題に上がるのは、どうしてなんだろうか?

 一般的な中学生の会話としては、かなり異色の部類に入るだろ。

 まぁ、話題に近しい奴が居る以上、出てこないって事の方が珍しいのかな。

 

「あっちは工業系にはあまり手を伸ばしてなかったから、すずかの方は問題無さそうよね」

「うん。お父さんもお母さんも、デビットさんは大丈夫かなぁ、って心配してたから」

「師父と全く同じだな、その反応……」

 

 なるほど、相手を分かってればそういう答えなのか。

 2人共ずっと前から友人だし、親同士の親交もあるんだろう。

 当然と言えば当然になる訳だな。

 

「それにしても、アイツ等はまた休みか」

「そうだね。かなり忙しいみたいだし……」

「別に追及するつもりは無いけど、少し心配だな」

「うん」

 

 昨日の早退に引き続き、今日は朝から欠席。

 家の用事だとは分かっているが、それでも心配してしまう。

 危ない目に遭っていなければいいけど……。

 

「そんなに心配? 3人の事」

「そ、そりゃあな。友達だしさ」

「ふ~ん……」

 

 いやアリサさんや、何ですかそのジト目。

 さっきまで普通に話してたのに、急にムッとし始めたりして。

 

「……まぁ、一応そう言う事にしといてあげる」

「何だよ、その言い方。俺が嘘吐いてると思ってるのか?」

「アンタが心配してるのは分かるわよ。唯、どうしてそこまで心配するのかなって思っただけ」

 

 少し棘のある声色で呟くアリサ。

 何か裏があるように聴こえるけど、そこに含まれる意味は分からない。

 しかしアリサよ、そんな当然の事を今更言われてもな。

 

「今言ったろ、友達だから心配なんだよ」

 

 この言葉には偽りは無い。

 ハラオウンも高町も八神も強い人間だけど、やっぱり普通の女の子なんだ。

 でもアイツ等はなまじ強い分、無理して頑張る傾向がある。

 注意しないと、何処までも無理しそうな奴等だ。

 

 それは、目の前の2人にも言える事だけど……。

 視界に捉えたアリサと月村もまた、その3人と同類だからな。

 

「何よ、ジロジロ見て」

「……いや、何でもない」

 

 ――お前等も心配だ。

 そんな事を面と向かって言える筈も無く、言葉を濁して誤魔化した。

 気恥ずかしいし、アリサなら「アンタに心配されるまでも無いわよ」とか叱咤しそうだ。

 それに月村が居れば、きちんとアリサのストッパーになってくれるだろうし。

 

 ……まぁ、俺の役割は何処にも無い訳だな。

 俺は部外者な立場だったから、入り込む余地なんて最初から無かった。

 好きになった相手の力になれないのは、非常に残念ではあるけれど……。

 

「聖君、残念そうな顔してるよ?」

「え、そうか?」

「うん。フフフッ……」

 

 月村、何だその意味深げな笑みは……。

 此方を見る柔らかな視線。

 だが穏やかなソレには、俺の胸の内を見透かすような鋭さを秘めているようで……少し怖い気がする。

 アリサもチラチラと自分と俺を見比べている月村を見て、かなり不思議がっている。

 

「どうしたの、すずか」

「愛されてるなぁって思っただけ」

「誰が?」

「アリサちゃん」

「「はぁっ!? …………あっ」」

 

 彼女の言葉に、俺達の反応が頭から尻まで見事にハモった。

 お互いに顔を見合わせる所まで、別に示し合わせた訳じゃないのにピッタリだ。

 って、そんな事は今重要じゃない。

 少し大袈裟な気がするけど、自分の気持ちを暴露されたみたいで気恥ずかしい。

 あ、愛されてるって、お前……。

 

「ああああ、アンタ何言ってんのよ!!」

「さっきの聖君の顔、アリサちゃんの事を凄く心配してたもん」

「えっ!?」

 

 酷く驚いた顔で此方に視線を動かすアリサ。

 こっち見んなっての。

 

「……友人を心配しちゃ、悪いのか?」

「べ、別に悪くはないわよ」

 

 月村の言葉は間違っていない。

 俺がアリサを心配してるのは真実で、そこには一つも偽りが存在しない。

 でもやっぱり――――恥ずかしいな、これは。

 

「全く、急に変な事言わないでよ」

「言ったのは俺じゃないんだけどな……」

 

 寧ろ暴露された側だぞ、月村に。

 まぁ、言っても「似たようなもんでしょ!!」とか返されるだろう。

 彼女の機嫌を損ねる行動は自重した方が良い、と経験から来る本能が告げていた。

 別にアリサに恐れ戦いてる訳じゃないが、コイツは一度へそを曲げると中々機嫌を直さない。

 俺としては怒っている顔よりも、笑っている顔の方が好きなんだけどな。

 

「フフフッ。アリサちゃんと聖君って、ホント仲良しだよね」

「そ、そう?」

「うん、最近は特にそうだよ」

「どこがよ?」

「お互い名前で呼んでるし、一緒に帰ったりもしてるでしょ?」

「そっ、それは……その…………」

 

 ニコニコ笑顔の月村に反論しようと、焦りながら言葉を探すアリサ。

 だが中々見付からないようで、口が開きかかっては噤むの繰り返し。

 

「だからそれは、別に、アタシと聖がどうって訳じゃ」

「もう、照れちゃって」

「照れてない!! それに、一緒に帰ってるのだってすずか達が居ないからで」

「鮫島さんに校門まで来て貰えば良いんじゃないの?」

「うっ……」

 

 月村の鋭い指摘に言葉を詰まらせるアリサ。

 言っている事が的確であるが故に、言い返せないのだろう。

 握り拳をワナワナと震わせるその姿が、不覚にも可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みと言うものだろうか?

 ……やべ、言ってて滅茶苦茶恥ずかしい。

 

「ほら、アンタも何か言いなさいよ」

「なっ、何故俺に振る?」

 

 月村から俺へと矛先を変えたアリサが、容赦無く襲い掛かる。

 このタイミングでの予想外の奇襲、何と言う策士。

 流石はやり手の経営者の親を持つだけはある。

 ……デビットさん、娘さんの将来は明るそうですよ。

 って、現実逃避はここまでにしておいて、と。

 

「う~っ……」

 

 目の前で顔を赤くしながら睨みを利かせる少女の姿は、口には出さないが愛らしさを感じる。

 最近、アリサを見る度にそんな事を考えてると思うのだが、どうなんだろう?

 まぁ取り敢えず、まずは目の前のお嬢様を宥める事にしよう。

 

「いい加減、月村に遊ばれてるのに気付いたらどうだ?」

「あっ、バレちゃった?」

「す~ず~か~っ!!」

 

 怒りを露にしながら月村に掴み掛かるアリサ。

 唯のじゃれ合いみたいなもんだから、止めるつもりは毛頭無いけどな。

 その微笑ましいやり取りを、黙って見ている事にしよう。

 休み時間が終わる、その時まで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、今日も今日とて……

 

「帰るか、アリサ」

「そうね」

 

 2人揃っての帰路と相成る訳だ。

 どうやら今日も月村は用事があるらしく、昼休み終わり間際にそう伝えてきた。

 ハラオウン達は言うまでも無く……。

 俺としてはアリサと帰れるのは嬉しいのだが、コイツはどう思ってるんだろうか?

 親友と帰れない日が続くってのは、彼女自身も不安だと思う。

 今までにあまり無かった事らしいから、余計にそう感じるのかも知れないが。

 まぁ、敢えて話題にする必要も無いだろう。

 

「そう言えば……」

「何?」

「この前、またどっか行くって言ったろ?」

「あっ……うん」

 

 と、思い出したように呟く彼女の顔は、少しばかり赤みが差している。

 そんな初々しい姿に、否が応にも胸が高鳴ってしまう。

 

「アリサは、行きたい場所あるか?」

「そんな急に言われても、すぐには決められないわよ」

 

 それもそうか、俺も全く思い付かないしなぁ。

 と言っても予定は土曜か日曜を考えてるし、今すぐに決める必要も無いか。

 

「それにしても、暑くなってきたなぁ」

「ホント、早く夏休みになって涼みに行きたいわよ」

「あぁそっか、もうそろそろ1学期終わりか」

 

 ――――夏休み。

 学業を本分とする学生達の、1ヵ月半程度の休暇。

 普段学校で窮屈な思いをしている生徒にとっては、正しく天国とも呼べる期間。

 ある者は部活に精を出し、ある者は国内外へ旅行へ出掛け、ある者は家でダラダラと普段出来ない怠惰な生活を過ごしたり……。

 過ごし方に千差万別ある、長期休暇だ。

 学校生活があまりに充実していた為、アリサの言葉を聴くまで、完全に忘れていた。

 

「良い傾向なんだろうかね?」

「何がよ?」

「……いや、何でも」

「アタシは時々、アンタが分からないわ」

 

 呆れたような瞳で此方を向くアリサ。

 その視線は痛いが、今はもう慣れたものだ。

 いや、ソレに慣れていいのか?

 

「聖は夏休み、どう過ごすの?」

「特に変わらねぇかな。いつも通り、師父達の手伝いをして、弟達と遊んで、宿題やって……てなもんだ」

「本当に変わらないわね」

「言ってくれるな。嫌味に聴こえる」

 

 とは言うものの、アリサの言ってる事は至極当然なもの。

 折角の夏休みだと言うのに、やる事全てがいつもと何一つ変わりないものばかり。

 隣の少女がお嬢様らしい休日を過ごすだろうに、何たる格差だ。

 自分自身が分かってる事だから、あまり気にはしないけどな。

 

 でもやっぱり、1年に1度の夏休みだし……。

 何か特別な事が出来れば、良いんだろうけどなぁ。

 今の俺には分不相応な願いだな。

 

「――――よし、――――――――――なんだから」

「?」

 

 さっきから隣の少女が静かだと思ったら、何やら小声でブツブツ呟いている。

 表情が真剣で、少しばかり必死さを感じるだけに、気軽に声を掛ける事を躊躇ってしまう。

 アリサの奴、一体どうしたんだろうか?

 

「――――聖!!」

「のわっ!?」

 

 ななな、何だ急に大声出して!?

 こんな隣り合ってる状況で0から100を出すんじゃねぇっての!?

 耳の奥からキーンと何か響くが、今はそれよりもアリサだ。

 さっきまでブツブツしていたのに、一体全体何なんだよ?

 

「あああの、その……ね…………」

「ど、どうしたんだ?」

 

 振り向いた先には、熟したトマトのような顔が映った。

 異常に緊張してるらしく、視線があちらこちらを彷徨っている。

 呂律もきちんと回ってないようだし、表情も先程以上に必死だ。

 

 取り敢えず可愛いのは分かった、言いたい事は全く分からないが……。

 何度もどもりながら必死に言葉を探すアリサ。

 だが、結局――

 

「何でもない……」

「何だそりゃ?」

 

 

 後続は無く、意味不明なまま終わりを迎えた。

 何が言いたかったのか、正直かなり気になるんだが……。

 しかし追及すれば逆ギレされるのは目に見えてるので、大人しく引き下がっておこう。

 

「むぅ~……」

 

 と思いきや、今度は如何にも憤慨したような表情で睨んできた。

 ブツブツ言い始めたと思ったら、大声を張り上げたり、結局は何も言わなかったり。

 何と言う天邪鬼だ、この少女は。

 ……って事は、コイツを好きになった俺も天邪鬼になるのか?

 いや、その繋げ方は分からんけど。

 

「どうしたんだよ?」

「うっさいわよ」

 

 おい、取り敢えずそっぽを向くのは止めてくれ。

 明らかに拗ねてるだろ、コイツ。

 ったく、俺が何したってんだよ。

 先程とは一変し、不機嫌な表情を浮かべる彼女を改めて見やる。

 ――――何故かその横顔に、ほんの少しの悲しさを感じた。

 俺には分からないが、今の彼女の心境はきっと複雑なんだろう。

 

「何で―――――――――気が利かな――――――」

「何だよ?」

「何でもないって言ってるでしょ!!」

 

 な、何だよ……?

 また声を張り上げたが、そこに含まれる怒気は先程よりも明らかに上だ。

 だというのに、それの矛先は明らかに曖昧なものだった。

 隣に居る俺へと向けているのか、もしくは自分自身か……。

 瞳は真っ直ぐに俺を向いているにも関わらず、その先にあるものが全く見えない。

 

「…………」

 

 そのやるせない表情は、あまりにも不安を誘う。

 地に伏した双眸は、否が応にもこの胸に重みを加えていた。

 

「本当にどうしたんだ?」

「何度も言ってるでしょ、何でもないって……」

「どの顔がソレを言うんだよ?」

 

 相も変わらずつっけんどんな様子のアリサ。

 それでも俺は口を閉ざせない。

 自身の胸を圧す不定形なモノ、その引っ掛かりを取り除きたい。

 そして何より、そんな顔をアリサにはして欲しくない。

 そんな顔よりずっと、笑顔の似合う女の子なんだから……。

 俺の自分勝手な意見を突き通す為に、彼女に口を開かせる。

 

 でもやはり、俺の行動は過程の段階で捻じ曲がってしまった。

 

「うっさいって言ってるでしょ!!」

「――っ!?」

 

 先程のアリサ以上に、俺の言葉が詰まる。

 突然爆発したような声は、彼女の視線と相俟って鋭さを増した。

 こんな状況は俺にとっては予想だにしないもの。

 だから次の彼女の言葉も、俺にとっては思いも寄らないものだった。

 

「一々しつこいわよ!! 全く、恭也さんみたいに大人になりなさいよ!!」

「なっ!?」

 

 不意に頭に過ぎった姿。

 端整な顔立ち、細身ながらも屈強に鍛え上げられた肉体、そして強く優しい心。

 誰もが羨む要素の全てを内包した人―――高町恭也。

 対するのは、どこまでも中途半端な持ち物を手にし、どこまでも中途半端な―――瑞代聖。

 その差は歴然、言うまでもないだろう。

 比べれば誰だってあの人を選ぶ、目の前に居る少女でさえも……。

 

「何で恭也さんが出て来るんだよ!?」

 

 だから避けていた。

 意図的にあの人の姿を見る事を、考えてしまう事を。

 あの人の存在は、俺からすれば眩し過ぎて恐怖すら覚えてしまう。

 もし現れてしまえば、アリサの瞳に俺は絶対に映らない。

 

 ――――それだけは、この上なく嫌だった。

 好きな子の視界から消え失せてしまう事は、きっと何よりも辛い。

 俺は、そうなる事実を認めたくなかった。

 

「関係、無いだろうがっ」

 

 表情が苦々しく歪んでいくのが、自分でも理解出来る。

 無意識に握られた拳は強く震え、口は奥歯を砕かんばかりに噛み締めていた。

 

 ――――似たような感覚を憶えている。

 翠屋JFCの練習試合に、助っ人として出場した時の事だ。

 瀬田や遠藤、金月という突出したレギュラーに混じって、遊び程度にしかサッカーをやった事のない俺。

 当然ながら彼等に及ぶ筈も無く、試合には勝ったが、納得はいかなかった。

 フォワードを任されておきながら、1得点しか取れなかった自分。

 狙おうと思えば狙えた筈のチャンスはあったのに、結局何も出来なかった。

 試合が終わった夕暮れの時間、俺は1人残ってシュートを打ち続けていた。

 胸に掛かるモヤモヤを吹き飛ばす為に……。

 ――――きっと同じだ、俺はあの時と同じ『悔しさ』を感じているんだ。

 

 相手がどれだけ格上であろうとも、男だから負けたくない時もある。

 でも勝敗を握るのは目の前の少女、アリサ・バニングス。

 

『恭也さん、お久し振りです!』

 

 あの時のアリサの浮かべた笑顔は、どんな時よりも綺麗で素敵な笑顔で……。

 俺に一度だって、向けてくれた事の無いものだった。

 始めから決まっていたんだ。

 アリサが選んだのは俺なんかじゃない、恭也さんだったという事。

 お姫様(アリサ)はいつだって王子様(きょうやさん)を見ていて、兵士(オレ)には目もくれない。

 その事実が、どうしようもなく悔しくて堪らなくて、当たり前の現実として強く胸を穿つ。

 例え俺の全てがあの人に劣っていたとしても、アリサが認めてくれるなら構わない。

 そう思っていた筈なのに……。

 結局、彼女にとって俺はその程度でしかなかったのだ。

 

「そうやってムキになる所が、子供だって言って――」

「――あぁそうかよ」

「っ?」

 

 これ以上、あの人に想いを寄せるアリサを見たくない。

 呟きで彼女を圧し、半ば無理矢理その口を閉ざした。

 もう聴きたくないと、その気持ちを吐き出すように。

 

「分かってんだよそんな事!! あの人と比べれば、俺なんか石ころでしかない事も、俺がどうしようもなくガキなんだって事も!!」

 

 変えていこう、自分が良いと思った方向へ。

 例え少しずつでも、それは確実に前に進んでいるんだから。

 あの日掲げた大切な誓いすら、この胸に張り付く想いの前には容易く捻じ伏せられる。

 

「んな事、初めから分かってたんだよ!!」

 

 初めて恭也さんを見た時から、この人に追い着く事など出来ないだろうと半ば理解していた。

 思い知らされた、この世界の広さと自分の可能性の限界を。

 そして、世の中の理不尽さを突きつけられた。

 ――――お前では、一生到達出来ない場所だ。

 無情な現実が、目の前に立ち塞がった。

 焦りは自我を蝕んで、思いも寄らない言葉を吐き出させる。

 

「そんなに恭也さんが良いんなら――」

 

 これ以上は言ってはならない言葉だ。

 しかし、今の状態で冷静になれる程、目の前に突き付けられた現実は優しくなかった。

 想いを締め付ける鎖は、あまりにも非情に徹していた。

 

「――俺の事なんか放っておいて、あの人の所にでも行ってりゃいいだろ!!」

 

 腹の底から全てを吐き出すように、アリサへぶつけた。

 その言葉は本心かと問われれば――――恐らく違うと答えるだろう。

 唯の戯言で、怒りに身を任せて放つくだらないモノに過ぎない。

 あの人の全てに嫉妬した、器の小さなガキの叫びでしかない。

 

「な、何よ……。アタシそんな事言ってないでしょ」

「人を比べてる時点で、同じようなもんだろうが!!」

 

 何で比べられなきゃならない。

 俺とあの人は、どう考えたって違う筈なのに。

 どう考えたって、俺が勝るものなんて在りはしないのに……。

 そんなもどかしい気持ちを抱えたまま、俺は歩調を速めた。

 隣にはもう、誰も居ない。

 

「ちょ、ちょっと……」

「俺と居てもつまらなそうだしな、帰る」

 

 背後から追うアリサに目もくれず、感情の篭もらない言葉を吐き捨てた。

 ――何で俺は、いつだって負けてるんだろう。

 つきの時だって、今だって、俺はいつだって誰かに劣っている。

 この身の未熟を呪わずには、憤りを感じずにはいられない。

 

「聖!!」

 

 本当はこんな事はしたくない。

 でも感情に身を任せている俺に、この行動を止める冷静さは微塵も無い。

 俺を呼ぶ声も、歯を食い縛って無視する。

 今出来る事はこの足を止めない事だけだ。

 5メートル、10メートル、俺たちの距離は段々と離れていく。

 それが何を暗示しているのか、俺には分からない。

 ただ分かるのは、今の俺は冷静になる時間が欲しかった。

 

 

 

「聖、聖!! ひじっ――」

 

 おかしいと気付いたのは、アリサの叫びが掻き消された瞬間。

 まるで無理矢理口を閉ざされたような、そんな違和感が脳裏を掠めた。

 そんなあり得ない思考、現実には起こりはしない。

 今だって振り返れば、きっとアリサが不躾な視線を向けているに違いない。

 体を反転させて振り向いた先、そこには――――

 

「――なっ!?」

 

 絶句。

 視線の先の光景に、脳が一瞬でシェイクされた。

 何だ、何だよそれ……。

 それは――――2人の男がアリサを羽交い絞めにして、いつの間にか傍に止めてあった車の中へ押し込もうとしているものだった。

 1秒、結論を出すには充分過ぎる時間。

 これは…………誘拐だ。

 

「アリサっ!!」

「――っ、――っ!!」

 

 彼女は口許を押さえられ声を発せられず、身動きすら困難な状態。

 対する俺の体は既に反応しており、叫びと同時に走り出している。

 さっきまでの嫉妬という名の感情、そんなもの頭からスッパリ吹き飛んでいた。

 

 ――――アリサ、アリサ、アリサ!!

 本能は非常に素直で、頭の中を占めるのはたった一つの想いだ。

 助けなければ、守らなければいけない。

 何の為に俺は、今まで努力を重ねてきたと思っている。

 大切なものを守る為に、今度こそ間に合わないといけないんだ。

 あの時のような後悔はもう嫌だから。

 

 だから今は、此処から連れて行かれてしまう彼女を繋ぎ止める為に。

 距離は大した事は無い。

 少しばかり離れてしまったが、3秒あれば辿り着く。

 もう後3歩―――

 

「――っ、――――っ!!」

 

 目の前の少女が必死に叫んだ。

 その視線は俺を越えて背後へ、同時に彼女の視線の先で音が鳴った。

 これは足音、それも歩くではなく走る方の大きな音。

 

「っ!?」

 

 それに気付いた瞬間の判断は早かった。

 急いで真後ろへ方向転換、立ちはだかったのは俺より一回り大きな体躯。

 そして迫るのは、俺を打倒する為の正拳。

 顔面へと降り注ぐそれを左手で往なし、勢い余った胴へ強く握り締めた右拳を向ける。

 地面を強く踏み込んで、ソレは呆気無く鳩尾へと吸い込まれていった。

 

「グッ!?」

 

 衝撃に苦悶の表情を表し、体をくの字に曲げた男へ追撃。

 鳩尾に当てた拳で衣服を掴み、前へ押し出す。

 

「ふっ!!」

 

 相手が完全に重心を崩した所で思い切り引き寄せ、空いた左手で男の左手を掴む。

 そのまま一気に――――投げ飛ばす。

 踏ん張りの全く利いてない体では、いくら大きかろうが関係無い。

 引き寄せの勢いも乗って、俺を超える巨躯は軽々と宙を舞い地面へ叩き付けられた。

 受身を取れなかったのだろう、肺に残っていたであろう全ての空気を吐き出す。

 まず1人。

 

「アリサっ!!」

 

 すぐに向き直り、アリサの居た場所へ目を向ける。

 だが時既に遅し。

 彼女は車内へ押し込まれ、運転席と助手席に男達が乗り込んでいた。

 無情にもソレは、俺の目の前で走り去っていってしまう。

 

「くそっ!!」

 

 相手は文明の結晶の一端、だが構わず俺も同じように走り出す。

 倒れている男はそう簡単には起きない、だから今は知った事じゃない。

 最優先事項は、アリサだけだ。

 

「アリサっ!!」

 

 走る、走る、走る。

 でも開いていく、互いの距離が。

 更に離れていく、俺とアリサの想いが。

 

「あっ……あぁぁ…………」

 

 この瞬間の感情を、この体を襲う感覚をどう形容出来るだろうか。

 全ての血液が指先から抜けていくような、全身が虚脱していくような痛み無き痛み。

 絶対的に失ってはいけない何かを、根こそぎ奪われた。

 気付けば、目標は遥か遠くへ。

 視界に映るソレが徐々に小さく、見えなくなっていく。

 

「ああっ…………」

 

 手を差し出していた。

 水面に映った月のように、掴める筈も無いソレに向けて。

 手が震えて、指先の熱が失せていく。

 次第にその手は落ちていき、だらしなく垂れ下がった。

 排気ガスを振り撒きながら消えていく姿を視界の隅に収めながら、思い知った。

 

 あぁ――――また間に合わなかった、また守れなかった。

 

 自分はいつだって、無力なのだ。

 だって、ほら―――

 

「アリサぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 ―――大切な少女の名を、叫ぶ事しか出来ないんだから。

 自分の無力を嘆く事しか、出来ないんだから。

 

「俺は……」

 

 体が動かない。

 中身をごっそり持っていかれたように、力が入らない。

 膝から崩れ落ち、視界を地面が埋め尽くす。

 息が出来ない。

 

 

 

「…………アリサ」

 

 うわ言のように呟いたソレが、口から出た唯一のモノだった。

 

 

 

 

 

 




どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
アリサ編№Ⅲをお読み下さって、ありがとうございます。

今話は、自分の気持ちに気付きつつも素直になれないアリサと、恭也という存在に嫉妬する聖。
意地っ張りな子供である2人のすれ違いが招いてしまった、大事件です。
実は前話に伏線というかフリはしてあるので、多少の唐突感は緩和されてる……ですかね?
正直リリカルなのはのSSでアリサが誘拐されるというパターンは、割と皆さん見飽きてると思います。
まぁ、僕も何回か見ました。
でもそういうのは大体が誘拐から救ってから始まってるんですよね、吊り橋効果で恋愛感情が始まるみたいな。
でもそれって恋愛を推す場合は違うんじゃないかと思って、敢えてこのタイミングでの事件としました。
単純に言ってしまえば、もどかしい2人に対する『ダメ押し』ですね。

今回は以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
直接メッセージでも、作者的にウェルカムです。
では、失礼します( ・ω・)ノシ

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