少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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――乾いた炸裂音が、俺の視界を閉ざした。
――憶えてるとしたら、腹部の強烈な痛みと、アリサの呆然とする表情。
――その瞬間、分かってしまった。
――男は銃を使って俺を撃ったのだと言う事を。
――高を括っていた、奴等は凶器を使わないだろうと。
――だがそんな事はあり得ない。
――どんな人間であろうと、窮地に陥れば何でも出来てしまう。
――計画が壊れてしまうなら、全て壊してしまえばいい。
――既に奴は、人としての道を外れたのだ。
――そして、俺もそろそろ人としての道から転げ落ちるのだろう。
――自分1人で大丈夫だと、調子に乗ってこのザマだ。
――少なくとも、天国へ行けるなんて期待はしていない。
――地獄で後悔し続ける、それが愚かな俺には相応しい。

「聖、お前は諦めるのか?」

――師父。

「好きになった子を助ける事も出来ないまま、お前はそのまま終わるのか?」

――俺には分不相応だった。
――誰かを守るなんて、誰かを助けるなんて。
――人として当然の行為でさえ、俺には荷が重すぎたんだ。
――ほら、俺には何も出来ないじゃないですか。

「……」

――月村も、ノエルさんも分かっていたんだ。
――俺なんかじゃアリサは救えない、だから恭也さんを頼った。
――彼女を確実に助ける為に、最良の方法を取ったんだ。
――なのに俺は、意地になってそれを無視した。
――自分1人で大丈夫だと言って、挙句の果てにこんな結末。
――俺、滑稽じゃないですか。

「……」

――誰も言わないんですよ、俺が不要だって。
――何の力も無い俺を、あくまで拒絶しないんですよ。
――それが優しさだとするなら、俺はそんなもの要らない。
――そんなモノを押し付ける位なら、最初から俺の立つ場所を作らないでくれ。
――そうすればきっと、俺は諦められた。
――アリサを守ろうなんて思わなかった。
――冷静で居られた、彼女を悲しませずに済んだ。
――俺の存在は、唯の無意味でしか

「誰かを守りたいと願い、実行する事。それをお前は、滑稽という言葉で嘲笑うのか?」

――えっ?

「好きになった子を守ろうと思わなくて、お前はそれで後悔しないのか?」

――でも現実は、俺では超えられなかった!!

「出来る事が全てか? 出来なければ全てが無駄か?」

――それは

「有り触れた言葉だが、『出来るか出来ないかじゃない、やるかやらないかだ』というのは的を射ている。やると決めたその意志こそが、その決断こそが、人が生きるという事そのものなのだから」

――それでも、出来なければ駄目なんですよ!!

「だったら出来るまでやり通せばいい。1度が駄目なら2度、それでも駄目なら3度も4度も。諦めの悪さがお前の美徳だろう?」

――でも、俺はもう死んだ。

「何だ、お前は自分が死んだと思えば死ぬのか?」

――えっ?

「だったら生きると思えばいい。お前はまだ死んでない、これからも大切な人を守りながら生きていくのだから」

――俺が、これからも?

「そう、お前が『(ひじり)』である限りな。お前は誰よりも、自分の想いに(ただ)しく生きていくのだから」

――そうだ。
――師父が俺にくれた名前の意味。
――何よりも忘れてはならない、大切な意味。

「お前の想いは何を願う?」

――後少しだけ動く体が欲しい。

「お前はそれで、何を行う?」

――自分が聖しいと思う事をします。

「ならば願え、自分自身に願え。まだやりたい事があると、まだ終われないと、まだ歩いていきたいと」

――前を向いて、ゆっくりでも進む。

「自分が聖しいと思う事を成せ」

――そうだ、自分自身の正義を……聖義を貫く。
――(ただ)しいと思う(こころ)に誓うんだ。
――それが俺自身に込められた強くて優しい、たった1つの願い。

――諦めるなんてお門違いだった。
――例え泥水を啜ろうが、腹に穴が開こうが、俺は前に進む事を諦めてはいけなかったのだ。
――体なんてものは、意地で何とかすればいい。
――ボロボロになる事なんて、今までに腐る程あったんだから。
――要は心の問題で、諦めの悪さがあったから今の俺がある。
――だったら今更、悪足掻きの一つや二つ程度じゃ大した苦にはなりはしない。
――なら、もう少しだけ頑張ったって何も問題無い。

――師父、ありがとうございます。
――俺、貴方の息子として誇れるよう、まだこんな所で終わりません。
――自分が納得出来るように、やり通してみせます。





――それは、1人の少年の誓い――

――少女の求める、たった1人の王子様になる決意――







A№End「アリサ~王子様へ至る道~」

 

 

 

 

 

~Interlude~

 

 事件は終わった。

 エンハンスグループの極一部の人間による『アリサ・バニングス誘拐事件』。

 世間を揺るがすスキャンダルである筈が、しかし公に広まる事は無かった。

 大事になる前に沈静化した事で、ニュースとして大々的に取り上げられず、これまた極一部の人間のみが知るだけのものとなったのだ。

 故にその事件を解決した功労者が、被害者の少女と同年齢の少年だという事実も、当事者以外は知る由も無い。

 もしその事実が世間に広まれば、一体どうなるのか?

 少なくとも当事者達はそれを望まず、闇に葬れる事ならそうするべきと判断した。

 エンハンスの代表者も、バニングスグループの代表者であるデビット・バニングスの許を訪れ直接謝罪した模様だ。

 当分の間は精力的な活動を自粛し、自らが犯した過ちを忘れずに行くと申したらしい。

 デビット氏もその言葉を信じ、今回の事件を大衆に公開しないと宣言。

 「自分の娘が誘拐されたというのに、器が大きいにも程がある」とは、とある少年の言。

 しかし、だからこそグループを率いていくに足る存在となり得たのだろう。

 デビット・バニングス、彼は偉大なるトップであり、偉大なる父親だった。

 

 

~Interlude out~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!!」

 

 腰に溜めた力を使い、横に薙ぎ払う。

 だがその一撃は、相手の片腕によって軌道をずらされた。

 更に一歩踏み込む。

 相手も此方の動きを先読みしていたらしく、ほぼ同時に後ろへ下がる。

 そこへ振り切った腕を返し、地を砕くような踏み込みと共に一撃。

 しかし今度は両腕で防御、完全に押さえられた。

 

「くっ……!!」

 

 拮抗する刃と刃。

 ギリギリと軋むような音が、異常に大きく聴こえる。

 目の前の相手に負けじと歯を食い縛り、力を前面に押し出す。

 目線の先の表情は、対峙し始めた時から変わらず真剣そのもの。

 だが俺と圧倒的に違うのは、そこにある余裕。

 俺はこの状況の均衡を保つのに精一杯で、焦りすら生まれている。

 だが相手の顔に、そのようなモノは存在しない。

 たとえどれだけの策を弄そうが、冷静に確実に対処してくるだろう。

 その対応力が、何よりも脅威だった。

 

 だがそれで手を拱いては、何も変えられない。

 両腕に力を込め、鍔迫り合いの状態から大きく飛び退いた。

 更に一歩退いて距離を取り、互いの仕切り直す位置まで。

 安全圏まで下がり、まずは息を整える――――――より先に前へ飛び出た。

 相手の呼吸の間を乱す追撃、彼我距離は刹那の内に縮まる。

 

「ふっ!!」

 

 互いの間合いに入る直前、徐にワンステップで右側へ。

 着地と同時に逆サイドへ切り返し、勢いを乗せて横薙ぎに一閃。

 片腕で易々と防がれるが、瞬時にもう一度反対へ切り返して踏み込みと共に真横に払った。

 

「はぁっ!!」

 

 相手の片腕の防御を崩す為の左右から放つ連続攻撃。

 だが相手も馬鹿ではなく、即座に防御を逆腕に切り替えて防ぎ切る。

 再び繰り広げられる鍔迫り合い、しかし空いた手で打ち払われ均衡はすぐさま崩れた。

 

「っ……!?」

 

 圧倒的なまでの力強さに、体ごと持っていかれそうになる。

 そして、視界の隅で迫り来る一撃。

 ――――喰らってたまるか!!

 

「っ、らぁ!!」

 

 半ば無理矢理、崩れかかった体勢から脚の力だけで飛び退く。

 あまりに力尽くの回避行動に、床に転がりながら距離を開けた。

 傍から見れば少し無様だが構わない、一太刀浴びてしまえばそれこそお仕舞いなのだ。

 

 そして、幾度目かの睨み合いが始まった。

 

「……」

 

 ――――どうする?

 目線の先に居る存在の一挙手一投足に気を配りながら、次なる手を思考する。

 相手が相手だけに、二手三手先を読んだ程度では意味は無いだろう。

 隙を生み出すなら最低でも五……いや七手、もしくはそれ以上が絶対条件。

 一切の隙の見えない構え、手詰まりの状態と言ってもいい。

 しかし……それが揺るぎないものでも、せめて裏を掻く何かを――

 

「……っ!?」

 

 ――突然、けたたましい鈴の音が鳴り響く。

 まるで目覚まし時計のような喧しさ、それを耳で感じ取った俺達は、お互いを見合った態勢を解いた。

 そしてそのまま、一礼。

 

「「ありがとうございました」」

 

 声を揃えて、試合の終わりを告げる。

 顔を上げ緊張を解くと、俺は――――ぶっ倒れた。

 恥も外聞も無く、自分の体から発される悲鳴に素直に従った。

 

「あ゙ぁ~~~っ」

 

 先程まで持っていた木刀は、既に地面に零している。

 いや、もう握力が限界だっての……。

 冷たい板張りの床で大の字になり、肺に空気を全力で送り込む。

 その様子を、傍らの男性は穏やかな表情で見守っていた。

 

「流石の聖でも、今回の長丁場はキツかったか?」

「えぇ……かなり、疲れ、ましたよ」

 

 男性、恭也さんの言葉に息を切らしながら答える。

 ったく、当たり前のように涼しい顔して……この人の体力は無尽蔵か?

 そんな悪態を吐きたかったが、余計に疲れるから止めた。

 

「しかし、最初の頃と比べれば随分と上達したな」

「いや……この状況、を見てそれ、言いますか?」

 

 どんな賛辞を貰っても、こんな情けない姿では素直に共感出来ない。

 恭也さんの言葉は事実だろうが、やはりそれを受け入れるにはまだまだ時間が足らないんだと思う。

 

「3ヶ月……。お前が俺達と鍛錬を始めて、それだけが経った」

「そう、ですね。時間が経つのは、早いもんです」

 

 3ヶ月、俺が恭也さんに師事し始めてからの月日。

 そしてあの事件(・・・・)が終わってからの月日でもあった。

 

 

 

 ――――『アリサ・バニングス誘拐事件』

 あの事件は、俺自身の弱さを苦しい程痛感させる事件だった。

 アリサを守り切れず、自分も命に関わる大怪我を負う始末。

 仕舞いには家族の皆や、友人達を必要以上に心配させてしまった。

 特に月村には、事前に諌めてくれていたにも関わらず、結果的にその気遣いを不意にした。

 …………笑顔でビンタを一発貰いました、勿論ノエルさんからも。

 

 とまぁ、誰が見ても自業自得で、反論の一言も出よう筈も無かった。

 どれだけ意気込んでも、どれだけ想いを貫こうとも、力が無ければ想いを照明する事は難しい。

 俺には何よりも、自分の想いを照明する為の確固たる力が必要だった。

 それには今までの鍛錬だけでは足らない。

 今までにした事の無い、自分を変えられる何かを得なければならない。

 これからも真っ直ぐ進んでいく為に、後悔しない道を選べるように……。

 

「だったら、家に来るかい?」

 

 自分の家の道場で稽古をしないか、と一言。

 偶々、俺の見舞いに来ていた士郎さんの提案だ。

 あまりにも唐突だったが、それ以上に嬉しかった。

 目の前の人の辿ってきた道筋、それに少しでも触れる事が出来たなら……。

 俺はまた新しい一歩を踏み出せると、新しい何かを手にする事が出来ると思ったから。

 

「はい、お願いします!!」

 

 躊躇う事無く、俺はその提案を受け入れた。

 

 

 しかし士郎さんは、言わずもがな喫茶『翠屋』のマスターだ。

 あの人無しで店を回すのは、かなり難しいのが現状。

 そこで俺の鍛錬を買って出てくれたのが、息子である恭也さんだった。

 あの事件の事もあり、少しばかり苦手意識のようなモノがあったのだが……。

 恭也さんの熱心に指導する姿勢を見て、そんな気持ちは吹っ飛んでいた。

 まぁ、当人は俺の気持ちなんぞ気付いてないだろうけど……。

 

 そして、訓練が始まった。

 正直な所、基礎的な鍛錬は問題無いのだが、実践訓練になると話は別だ。

 恭也さんが使う流派、『永全不動八門一派・御神真刀流 小太刀二刀術』。

 長いから恭也さんは『御神流』と呼んでいるそれが、俺の想像の遥か上を行っていた。

 

 文字通り二刀流を用いる流派だが、それは戦闘の軸となる主武器でしかない。

 本当の御神流では、飛針や鋼糸等の暗器を用いる殺人術である。

 だが今の恭也さんは、まだ小太刀二刀だけでの戦術で俺を圧倒する。

 最初の頃と比べれば多少は手心を減らしてくれているが、まだまだ本気の恭也さんには程遠い。

 本気のこの人の相手が出来るのは、いつになる事やら……。

 

「はぁ……遠いなぁ」

「だとしても、近道は無い。今は着実に進むしかないだろう?」

「えぇ、分かっています」

 

 今は難しくとも、そして生涯本気の恭也さんと戦えなくとも……。

 自分が変われる何かを掴めるのなら、きっと何よりも大切で、後悔は無い。

 

「……ずっと気になっていたんだが」

「何ですか?」

「聖、お前は御神流を習いたいと思った事はあるか?」

 

 御神流、小太刀と暗器を用いる殺人術。

 この人や士郎さん、それと高町の姉である高町美由紀さんが体得している流派。

 比類なき力を持つそれを、恭也さんが習いたいかと問う。

 もし俺がそれを得る事が出来れば、確かに今よりずっと強くなれるかも知れない。

 でも――

 

「別段、習いたいとも思いませんね」

 

 ――それは違うんじゃないかと、俺は思う。

 

「それは、御神流が殺人術だからか?」

「俺は御神流を、人を殺すだけのモノとは思いません」

 

 殺人術、それは否定出来ない事実だろう。

 その上で恭也さんは、その技術を守る為に使うと言っていた。

 『守る』為に『殺す』覚悟を持つという意味。

 それはきっと、想像を絶する苦悩の先にあるものだ。

 矛盾だと知りつつも、正と負を抱えて生きる道。

 

「守る為の殺す覚悟は、今の俺には抱え切れません」

 

 まだ俺は、その境地へ至っていない。

 否、もし至ったとしても手にする事は無いと思う。

 

「今の俺は、自分の意志を貫き通すだけの自信が欲しい。その為の確かな証が……」

 

 過ぎた力は破滅しか呼ばない。

 今の自分自身を支えられる力、それこそが俺に必要な力なんじゃないだろうか?

 

「まぁ、覚悟が無いだけだと思いますけどね。やっぱり臆病なんですよ、俺は……」

「少なくとも俺は、自分を貫く意志を持つ者を臆病だとは思わない」

 

 ……あぁやっぱり、この人の言葉は師父と似たものを感じる。

 嘘偽り、過大も特別も何も無い、飾らない真っ直ぐな言葉。

 それを聴くだけで、俺は安心出来る。

 

「ありがとう、ございます」

 

 目を閉じ、それだけを呟いた。

 

 

 

「それより良いのか? 確か今日は、アリサちゃんと約束があると言ってた筈だが……」

 

 

 

 

 

「……………………あっ」

 

 穏やかにたゆたう心の波紋が、その言葉で急に乱れた。

 思考が高速回転を始め、その時の彼女との会話を脳内再生する。

 

『今度の日曜、お昼に駅前ね』

『おぅ。悪いな、時間ずらして』

『別に……言ったって聖が困るじゃない』

『そっか、ありがとな』

『べっ、別にアンタの為じゃなくて……』

『まぁ、出来る限り早めに行くようにするさ』

 

 …………あったな、確かに今日だ。

 疲れて倒れていた体に鞭を打ち、何とか立ち上がる。

 はぁ、何で今日に限って15分間も実戦訓練やってんだろ……。

 いつもなら10分位で終わるのに、タイミングが悪いというか、何というか。

 ……って、弱音を吐く前にさっさと準備しないと。

 

「それじゃ、俺はこれで失礼します」

「あぁ、お疲れ」

「お疲れ様でした」

 

 落ちていた木刀を道場の壁に掛け、一礼をしてその場を後にする。

 只今の時間は11時ジャスト。

 これから家に戻って、軽く汗を流して、簡単に用意を済ませて駅前に向かう。

 

「何と言うヘヴィスケジュールだよ」

 

 鍛錬後にこれはマズいが、そんな事でアリサとの約束を反故にしたくない。

 男なら、あの時の誓いを貫き通せっての。

 心を奮い立たせ、気持ち涼しくなった空の下を駆けていく。

 アイツと一緒に居れば、どんな辛さも大丈夫だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Interlude -three months ago- side:Arisa~

 

 

 真っ白な空間に、アタシと聖は居る。

 聖はベッドに横たわり、アタシは傍にある椅子に座っていた。

 彼は静かに、静かに呼吸を繰り返している。

 時折カーテンを凪ぐ風が、前髪を揺らしていた。

 

「はぁ……」

 

 その姿で、アタシは心の底から安堵した。

 あの時(・・・)は呼吸の一つも無くて、本当に慌てちゃったから。

 ハッキリ言って、その後すぐに来たすずか達にも見せたくない位の慌てっぷりだったと思う。

 でもそれは当然、目の前で聖が血塗れで倒れていたんだから。

 もう今から、3日も前の事だ。

 

 

 真っ赤に染まる彼の体。

 明確な『死』というイメージを前に、アタシは愕然とするしかなかった。

 同時に迫り来る、アタシの死という無情の現実。

 まだ死にたくない、もっと生きたい!!

 声にならない心の叫び、でもそれは誰にも届かない。

 筈、だった……。

 

 気付けば両腕で抱いていた感触は消えていて、視界に映ったのは赤い背中。

 それは先程までの死というイメージをかなぐり捨てる、生への執着。

 華麗、秀麗、美麗、その全てとかけ離れた無骨さが表れていた。

 それでもアタシは、彼の後姿を綺麗だと思った。

 

 ――――だってそうでしょう?

 どんなに傷付いても進もうとするその意志が、穢れてる筈が無いんだから。

 偉人達の飾られた幾万の名言よりも、たった一つの無言の背中の方が尊いのだと信じてるから。

 目の前の悪意からアタシを守ってくれたその背中は、童話の中に居る王子様そのものだった。

 煌びやかな出で立ちではない、全てを斬り裂く剣を持ってる訳でもない。

 でも王子様って言うのは、見た目や力じゃなくてその姿なんじゃないかと思う。

 最後までお姫様を救おうと苦難に立ち向かう、その姿こそが王子様に足る資格。

 なら目の前の少年は、間違い無くアタシの王子様だった。

 そして、最後の最後までアタシを守ってくれた彼は、その最後が終わった瞬間に力尽きた。

 その背中を何とか受け止めて、ゆっくりと降ろしていく。

 気付けばアタシは、その体をギュッと抱いていた。

 

「聖、聖……」

 

 雫が頬を伝う。

 でもそれは、悲しみによる涙じゃない。

 

『パパ、ママ、アリサのおーじさまは、どこにいるのかな?』

『きっと居るわよ。いつか、アリサの事を好きになってくれる王子様が』

『それじゃあアリサは、可愛いお姫様にならなくちゃな』

『うん!! アリサ、おーじさまがすきになるおひめさまになる!!』

 

 アタシが小さな頃から求めていた王子様という存在、それが今目の前にあるという事。

 アタシはワガママなだけのお姫様なのに、王子様は最後まで見捨てないでくれた。

 どれだけ傷付いても、守る事を止めなかった。

 それが堪らなく嬉しくて、アタシは涙を流した。

 

 

 あの後すぐに、すずか達が来て即座に対処してくれた。

 救急車も呼んでいたらしく、ものの数分後には現場に到着。

 アタシは何も出来なかったのに、すずかは状況をきちんと見ていたのだ。

 聖が今こうして穏やかに眠っていられるのも、全てすずかのお陰。

 それがどうしても、悔しくて堪らない。

 誰よりも聖に何かしてあげたいと思ってるのに、何も出来ないでいる。

 今だって、聖の傍に居る事しか出来ていない。

 ベッドの中から彼の手を取り、ギュッと握り締める。

 

「うん……あったかい」

 

 きちんと生きてる感触が、温もりがそこにはあった。

 本当に不思議な話だと思う。

 3日前に銃で撃たれたのに、昨日には一般病棟に移り、傷も殆んど塞がっている。

 弾丸も貫通した事が幸いして、摘出手術も必要無い。

 後は――――聖が目覚めるのを待つだけ。

 

「ねぇ、早く起きてよ……」

 

 アタシより一回り大きい手を、両手で包み込んで呟く。

 目の前に居るのに、全然遠くの場所に居る聖。

 生きていてくれるだけで嬉しい筈なのに、何故か悲しくなる。

 きっとこれは、もどかしさ。

 目の前に居る大切な人に逢えない、そんなジレンマに陥っている。

 

「アンタの声、聴かせてよ……」

 

 少しでいいから、お願い。

 

「アリサって、呼んでよ……」

 

 何気無く、恥ずかしそうに、ぶっきらぼうに、優しく……。

 アタシの名前を、呼んで。

 

「そうしないとアタシ……」

 

 ――アンタを巻き込んだ事を、後悔し続ける事になる。

 きっと聖もそんな事は望まない。

 でもこれじゃ、気にするなってのが無理な話よ。

 アタシのせいで聖が傷付いたのは、紛れも無い事実なんだから。

 

「だから、目を見せて……」

 

 どんな黒より綺麗な黒を。

 強い意志を湛えた瞳を……。

 今はそれ以上は望まないから――――お願い。

 

「アタシの声を、聴いて……」

 

 何も言わずに最後まで守ってくれた聖。

 だから今度は、アタシがアンタを守ってみせるから。

 その想いを、聴いて欲しい。

 

「それでも駄目なら……」

 

 そっと、体を寄せる。

 彼の寝顔が近付く。

 更に寄せる。

 もう寝息が髪に掛かっている。

 そして、最後の一歩。

 

「んっ……」

 

 何の躊躇いもなく、自分の唇を聖のソレと重ねた。

 

「……」

 

 数瞬、数秒、数十秒。

 どれだけの時間、そうしていたかは分からない。

 カーテンの影が揺らめく姿が、どこか幻想的で……。

 まるで、時間が止まったみたいだった。

 そしてゆっくりと、アタシは聖から離れた。

 何故か恥ずかしさは無い。

 寧ろ、少し可笑しくて笑ってしまった。

 

「これじゃ、全く反対じゃない」

 

 永遠の眠りについてしまったお姫様を目覚めさせる為に、王子様はキスをする。

 なのに目の前には、眠りについた王子様。

 お姫様の事も放っておいて、静かに寝入っている。

 本当なら3日でここまで回復したのが奇跡なのだ。

 だから、これ以上の奇跡を望んじゃいけないし、望んでいる訳でもない。

 それでもやっぱり、もしかしたらを願わずにはいられない。

 だってそれが、女の子だから……。

 

「……」

 

 それに、何となくだけど……。

 確信みたいなものがあった。

 

「……ぅ、…んぁ……」

 

 きっと聖は、アタシの傍に居てくれるって。

 理由も根拠も無いけど、そう確信している自分が居た。

 

「……ぃサ?」

 

 寝ぼけ眼がアタシを見ている。

 ちょっと薄目だけど、そこに佇む黒はやっぱり綺麗で。

 いつものような凛々しく、少し無愛想な表情とは違う、無防備で緩々な顔が可愛い。

 そして何よりも、誰よりも待ち望んでいた声を聞いて……

 

「うん……おはよう」

 

 満面の笑顔と共に、一筋の涙を流した。

 

 

~interlude -three months ago- out~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂上り後の秋風は、何とも言えない心地良さがある。

 でもそれにばかり現を抜かしてる暇は無い。

 一応とはいえ、お互いが理解した上で約束をしたのだから、破る事だけはしない。

 兎に角目的地まで、走る、奔る、疾る。

 恭也さん達との鍛錬のお陰で体力は必要以上に上がってる。

 そう簡単にはくたばってやらん、元から疲弊状態だが……。

 アリサが待ってくれているのなら、どんな体でも頑張れる。

 ――――俺にとってアリサは、掛け替えの無い大切な人なのだから。

 

 

 あの事件の後、俺とアリサの関係が大きく変わった。

 世間一般で言う所の、その……『恋人』という関係。

 その想いを告白したのは、果たしてどちらが先だったか。

 あまり憶えていない。

 俺の勘違い、アリサの意地っ張り、その2つが原因となったすれ違い。

 お互いに自分の言葉を止め切れず、暴走した結果が事件の一端に繋がった。

 

 善く善く考えるまでもなく、本当に俺とアリサは似た者同士だ。

 だからだろうか、それを認識した時、お互いがかなり恥ずかしい思いをしたのは……。

 2人揃って、己の未熟さを痛感したものだ。

 でも、それを後悔したりはしない。

 惹かれ合って、意識し合って、意地になって、すれ違って、そして認め合って……。

 きっとその過程は、俺達の想いを強く結ぶ為に必要だったと思う。

 だからこそ俺はアリサを好きでいる事を誇れるし、アリサもそう思ってくれている。

 

 まだ始まったばかりの俺達だから、これから何度も喧嘩するだろうし、その度に仲直りするだろう。

 だって俺達は他人だから、趣味嗜好は違うし、感性も思考も違うんだから。

 主張がぶつかるなんて、当然であり不変の事実だ。

 実際、学校で言い合いになる事だって多少なりともあった。

 それでもその行為は、お互いを分かり合う為の大切なものだ。

 相手の分からない部分を、一つ一つ理解していく。

 相手を受け入れて、相手に受け入れて貰って、俺達は前に進んでいく。

 それは妥協ではなく、最善を探す為の歩み。

 ゆっくりと確実に、時間を掛けて積み重ねていく想い。

 俺はアリサと、そういう風に並んで歩いていきたい。

 

「あっ……!!」

 

 駅前、初めてアリサとデート(っぽいもの)をした時の待ち合わせ場所。

 同じ場所に、彼女は立っていた。

 あの時は日差しを避けていたが、今は普通に陽の下へ出ている。

 まぁ、最近は随分と秋らしく過ごし易くなったからな。

 あっちも俺の姿に気付いたようで、表情から笑顔の花が咲く。

 何度見ても綺麗だと言える、アリサの心からの笑み。

 気付けば疲れは吹っ飛び、こっちこっちと手を振る彼女の許へ。

 

「悪い、遅れちまったか?」

「まだ10分以上余裕あるわよ。疲れてるんだから、ゆっくり来れば良いのに……」

 

 俺の言葉にアリサは、少しムスっとした顔で答える。

 先程の笑顔とは天地の差があるが、これは俺を気遣っての事だと理解している。

 自分が心配げに反応すれば、俺が気を遣わせたと思うから。

 だから敢えて、怒ったように反応して誤魔化す。

 まぁ、こうして分かったら意味は無いと思うけどな……。

 それでも最近は、誰かに気を遣われるのも悪い気はしなくなってきた。

 それだけ俺の事を想ってくれてるのだから、それに負い目を感じてしまうのは駄目なんじゃないかと思うから。

 

「それで、どうだったの今日は?」

「いつも通りに滅多打ち……は防げたが、まだまだだな」

「と言う事は、追い着くにはまだ程遠いって事ね」

「手厳しいな、本当の事だけど……」

 

 そして今日も、アリサからの辛口コメントを頂く。

 最近になってだが、俺の訓練についてよく尋ねてくるようになった。

 真意は分からないが、隠す事でもないからきちんと話しているが。

 

「それじゃ、もっと頑張らないとね」

「当然。まだまだ納得出来る結果じゃない」

 

 今の状態の恭也さんに一撃でも与えられれば、少しは自信がつくだろうけど、それすらも今はまだ難しい。

 正直、今日みたいに時間一杯まで守り切れただけでも珍しいのだから。

 しかし、何でコイツはこんなに訊いてくるんだろうか?

 敢えて訊く事じゃないと思うけど、少し気になるのも確かだ。

 

「聖……」

 

 すると、突然アリサは俺の前に躍り出た。

 少し前屈みになって後ろ手を組み、赤みが差した顔で真っ直ぐに此方を見ている。

 美少女である彼女の姿はそれだけでも可愛いというのに、更に上目遣いを向けられるとか滅茶苦茶恥ずかしいんだが……。

 そんなアリサの全てにドギマギしていると

 

 

 

「言っておくけど、理想は高いわよ――――――王子様」

 

 

 

 突如、心臓が爆発するように拍動した。

 一気に跳ね上がる鼓動、全身を暴走するように駆け巡る血流。

 瞬間的に頭が沸騰しそうになる、あついアツイ熱い暑い厚い!!

 ヤバい、腹の傷が開くかもしれんぞこれはマジで……。

 そんな冗談でも言わないと、全く平静を取り戻せない精神。

 アリサは卑怯だ。

 お前はいつだって、突然そんな言葉を投げ掛ける。

 でも俺は知っている、そっぽを向いてるお前の顔が、今の俺と同じ状態になってる事を。

 だから――

 

 

 

「俺もだぜ――――――お姫様」

 

 

 

 ――これがお返しだ。

 完熟したトマトのような顔を見合わせて、俺達は手を取り合う。

 ギュッと握られたそれは、決して離れる事は無い。

 だって俺とアリサは、この繋がりを離すつもりは絶対に無いのだから。

 それに万が一、離れる事があっても――

 

「行こうぜ」

「……うん!」

 

 ――何度だって、繋ぎ直すから。

 

 

 

 

 

少年の誓い

 

それは、幼く拙い幻想(ユメ)のようなもの。

 

しかし人の幻想こそが、最も尊く輝かしい宝物だった。

 

少年は生涯を掛けて貫くだろう。

 

少女を守る、王子様になる為に……。

 

 

 

 

 

「これからも宜しくね、アタシだけの王子様!」

 

 

 

 

 

少年の誓い アリサ編 Fin.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




え、何このバカップル……(゚Д゚)
末永く爆発して下さい宜しくお願いします。

どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
アリサ編エピローグをお読み下さり、ありがとうございます。
まずは1つ目のエンディングに辿り着き、聖も1つの誓いを手に入れました。
これを書いた当時は、2008年の10月だったんですよね……随分懐かしい( -ω-)
そういう意味で、現在の皆さんが読んで楽しめるのか、かなり心配ではあります。
皆さ~ん、アリサを好きになって貰えましたか?
このストーリーで、胸キュンして貰えましたか?
して貰えたら、作者としてとても嬉しいです(して貰えなかったら僕の技量不足ですね
ラストのシーンは、ギャルゲーだと1枚絵が表示される所ですよね。
アリサが真っ赤になりながら「王子様」とか言うんだぜ……最高だろ?(・`ω・)
こういった締め方にしたのは、このSSのコンセプトが『ギャルゲー版リリカルなのは』を意識したものだからです。
今まで言ってませんでしたが、最初からそのつもりでやっていましたよ?
それと初っ端の師父との会話は、まぁ聖の中の師父と話していたと脳内補完して下さい、おざなりですが……。
そしてその中で出て来た聖の名前の由来でもある『(ただ)しさ』という言葉ですが、これは後々にも登場する重要なものです。
このルビを考えた当時の自分は中々なセンスをしていると思いました、今の自分から見ても。

さて、それでは次回からは『すずか編』が始まります。
アリサ編が王道な青春ストーリーというのに対し、すずか編は結構な切なさを感じる話になると思います。

凄い長々と語ってしまいましたが、今回は以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
直接メッセージでも、作者的にウェルカムです。
では、失礼します( ・ω・)ノシ

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