少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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――初めてあった時は、何処にでも居るような、普通の男の子だと思った。
――事実彼は、何ら特別な力を持ってはいなかったから。

――でも、そんな事は関係無い。
――力が特別でなくても、心に秘める意志は誰よりも特別だった。
――どんな時でも真っ直ぐで、愚直なまでに純粋で……。
――きっと他人が躊躇ってしまうような事でさえ、彼ならば突き進むのだと信じて疑わない。
――昨日のコンクールでもそうだった。
――何処までも真っ直ぐな言葉だったから、私も思わず返してしまった。

「それでも、出来ない以上どうしようもないんだよ!?」

――まさか自分がこんな風に心の叫びを露にするとは、思いもしなかった。
――こんな人は初めて。
――私を力強く怒鳴りつけたり、優しく抱き締めてくれたり。
――かと思えば、些細な言葉で凄く照れたりして、可愛い所もあって。
――そして何よりも、深い愛情を湛えた心を持っていた。
――ならば、その心はどこまでの真実を許容出来るのだろう?

――きっと彼は……私という-モノ-を受け入れる事は出来ない。
――だから私は生涯、自分を偽り続けるしかない。

――でも、だったら……
――どうして私は……
――彼の誘いを、受けたんだろう?







すずか編(№ⅩⅩⅡより分岐)
S№Ⅰ「時に非情な初デート?」


 

 

 

 ホームルームを終え、教室の空気が一気に開放的なそれに変わる。

 和気藹々とした喧噪の中、俺は何処かソワソワしていた。

 この後の事を考えると、少しばかり……いや、かなり落ち着いてられない。

 何と言っても、人生に於いて初めての体験。

 同い年の少女と、2人っきりの『お出掛け』なのだから。

 

「よし……」

「あれ、今日は早いんだね?」

「あぁ。まぁ、な」

 

 前の席のハラオウンが不思議そうに此方を見る。

 事情を知らない筈の彼女だが、何故か理解してるのではと錯覚してしまう。

 それ程までに、今の自分は落ち着きが無いのだというのが分かる。

 何故なら相手は、あの月村だからだ。

 

 静かなる水面、微風に凪ぐ柳、可憐に咲く白百合の如く物腰柔らかな少女。

 読書好きで、スポーツ全般も得意、更に成績優秀という非の打ち所の無い完璧な才媛。

 しかも親は工業機器の開発製造を担う会社の社長という本物のお嬢様。

 高嶺の花なんてレベルじゃなく、俺からしたら天上の存在。

 それが何の因果か、放課後に俺と出掛けるという事になっている。

 

 ――――冗談じゃないよな?

 いや、女っ気皆無の俺の人生に於ける、最初で最後のご褒美に違いない。

 そんな事を頭の片隅で考えながら、俺は帰り支度を済ませ立ち上がる。

 急げば余裕はあるだろうが、兎にも角にも心を落ち着ける時間が必要だ。

 そのまま教室を出ようとして、視界にバニングスが入ってきた。

 あまり話して時間を掛ける訳にはいかないから、「んじゃな」とだけ告げて横を過ぎる。

 

「まっ、頑張んなさい」

 

 何故かその声が心配そうだったのは、気のせいだろう。

 今の俺は、その声の意図を知る由も無い。

 きっとこれから起こるであろう出来事に対して、期待と不安を抱いているからだろう。

 ――そもそも、どうしてこのような状況になったのか?

 今までなら、ゆっくり帰って家の手伝いをする。

 それが、俺にとってのいつも通りである筈だった。

 原因を語るというのなら、昨日のアレが間違いなくそうなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「折角だから、貰ってやってくれ」

 

 差し出したチケットを、見詰め続ける二人の少女。

 内心、何を考えているのだろう……。

 貰える事に対する嬉しさ?

 それとも、やはり迷惑だったのだろうか?

 人の好意を無碍にするような2人ではないが、相手は俺である。

 出過ぎた真似なのか……?

 この数ヶ月で、俺個人としては友達としてそれなりにやってきたと思っていたが、それは俺だけだったのだろうか?

 俺の思い違いでしかないのか?

 

 内心で落ち込んだ気持ちを抱えたまま、チケットに目を遣る2人に視線を向ける。

 バニングスはジッとチケットに視線を向け、月村はチケットとバニングスを交互に見遣っていた。

 しかし何故、月村はそんなに視線を動かしてるのだろう?

 バニングスを気遣うような視線でありながら、何かに耐えるような視線でもある。

 一体その瞳は、何を思っているのか……。

 

「よしっ、決めた!!」

「えっ……?」

「すずか、アンタ行きなさいよ、瑞代と」

 

 へっ? という月村にしては珍しい間抜けな声を聴き、バニングスの言葉を反芻する。

 俺と、月村が……一緒…………?

 してやったりといった顔をする少女は、俺達2人に向けてそう言い放った。

 そんな表情をされるのは非情に癪だが、隣の少女はまた別の反応。

 完全に呆けている、そんな感じだ。

 

「ア……アリサちゃん?」

「何よすずか、別に行きたくないって訳じゃ無いんでしょ?」

「それはそうだけど……アリサちゃんだって!!」

 

 いつもの月村にしては珍しく慌てるその姿に、何処か新鮮味を感じる。

 この逆なら、よく見るんだけどなぁ。

 何とかバニングスに食って掛かる彼女だが、いつものような的確なツッコミは形を潜めている。

 

「何でアタシが行かなきゃいけないのよ?」

「だって、アリサちゃんは……!!」

「何が言いたいのか分かんないけど、別にアタシは行きたくないわよ」

「で、でも……」

 

 これまた珍しい月村の困惑する姿。

 腕を組んで彼女の意見を否定するバニングスは、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

 言ってる事の内容が割と失礼なのは、この際気にしないでおこう。

 そんな事より月村だ。

 何か様子が変だな、さっきまでは普通だったのに……。

 

「すずかぁ~、人の事よりそっちはどうなのよ?」

「わっ、私?」

「そうよ。本当はアンタも、瑞代なんかとは行きたくないワケ?」

「そ、そう言う訳じゃないけど」

「そんな半端な言葉で断るより、ハッキリ言った方が相手には良いのよ」

「そうかもしれないけど……」

 

 いつもの強気な発言にたじろぐ月村は、言葉尻をどんどん濁していく。

 確かにそんな煮え切らない態度よりも、ハッキリと言ってくれた方が助かる。

 儚い期待は、尽くを砕いてくれた方がスッキリするもんだ。

 

「まぁすずかが行かないって言うなら、アタシが行ってもいいわよ」

「えっ!?」

「散々引っ張り回して、扱き使ってやるわよ」

「お前、言ってる事が滅茶苦茶だぞ……」

「何言ってんのよ、このまま1人寂しく映画館に行くよりマシでしょ?」

「反論出来んのが辛い」

 

 辛辣で的確なバニングスの言葉に、苦々しい感情が浮上する。

 分かってる、そんなの自分でも分かってるから、あまり強く言わないでくれ。

 心が根元からポッキリ逝きそうだ……。

 

「じゃあそれで良いわね?」

「……」

 

 何故か了解を取るバニングスに、それに対して渋った顔をする月村。

 バニングスが了解を取るのは意味不明だが、それ以上に月村の反応が分からない。

 何か考え込んでるようだが、幾らなんでも考え過ぎだろ。

 今日のお疲れ様の意味を込めての、そんな簡単なモノだった筈なんだけど……。

 そんな月村の様子に、バニングスは更に一押しするように畳み掛ける。

 

「それじゃ瑞代、早速だけど明日にでも――」

「――待って」

 

 だが少女の快進撃に、待ったをかける声が発された。

 先程まで全く攻勢に出なかった少女が、静かに立ち上がる。

 

「月村……?」

「だってこのままじゃ、聖君がアリサちゃんに扱き使われちゃうもん」

「何か俺が途轍もなく情けない奴に聴こえるんだが……」

「アリサちゃんの暴走は私が止めなくちゃね」

 

 俺の呟きを華麗にかわして、彼女は甚く満足そうな顔でそう言った。

 まるで自分に言い聞かせるような、言葉の正当化にも聴こえる。

 それは果たして、正しいのか?

 月村のような美が付く少女とのデート(らしきもの)をするのは、決して嫌じゃない。

 寧ろ、叶うなら一度でいいから行ってみたい。

 でもそれは、月村の本心が望んでこその結果であるべきだ。

 だから知らなくてはならない、彼女の本心を……

 

「月村、苦し紛れとかそういうのは無しだぞ」

「別にそんなつもりは無いけど?」

 

 ふむぅ、何か釈然としないんだが……。

 

「もしかして、私とじゃ嫌?」

「――――っ、そんな訳無いだろ!!」

 

 月村の言葉に、思わず声を荒げてしまった。

 そんな事は無い、そんな事を言う奴が居るなら俺はソイツを問答無用でぶっ飛ばす。

 殆んど脊髄反射で出た言葉だったが、嘘偽りの無い俺の本心。

 考える暇も無く、呼吸のように自然と吐き出されたモノだ。

 つーか、対する月村の方が驚いてるのは、どうしたものか……。

 呆けているが、俺の声にビビったのだろうか?

 だが次の瞬間には、純粋な笑みを浮かべていた。

 

「それじゃ、一緒に行こう」

「…………あぁ」

 

 あまりにもそれが眩しくて、直視するだけで心臓が高鳴る。

 さっきの言葉も相俟って、相乗効果で恥ずかしさが倍加。

 月村の顔を見ると、彼女の方もそれ程嫌がってはいないらしい。

 だったらコイツと一緒に行くのも良いんじゃないのか?

 いや寧ろ、行きたいと思う自分が居る。

 だから俺は、少女の誘いを断る事をしなかった。

 

「楽しみだね」

 

 その言葉が彼女の本心である事を願って、静かに頷いた。

 きっと楽しくなるだろう。

 だって俺はもっと知りたいから。

 目の前の少女、月村すずかの事を……。

 相手を知りたいと思うのだから、きっと楽しくない筈が無い。

 

 なら、月村はどうなのだろう?

 他人の本心を知り得る方法など、この世には一つしかない。

 でも今の俺には、それを行うだけの行動力も自信も無くて……。

 唯、そうであって欲しいと願う事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私服に着替え、財布も持った。

 特に持っていく物は無かった筈だから、これだけで充分だな。

 時間もあまり無いので、さっさと自室を出て玄関まで。

 と、途中で師父と遭遇した。

 

「聖、出掛けるのか?」

「そんな遅くなる事は無いと思うので」

「ふむ……………………頑張れよ」

「――何を!?」

 

 俺の突っ込みも虚しく、それだけ言った師父は静かに去っていった。

 その背中が見た目以上に大きく見えたのは、きっと見間違いではないだろう。

 力強いその姿は、俺の目標とする到達点。

 今はまだ遠い、遠い理想郷の向こう側。

 いつか、俺はあの人と同じ場所へ立てるのだろうか?

 

「…………って、おい」

 

 今はそれを考える時間じゃないだろ?

 時間は12時30分。

 待ち合わせは駅前、時間は1時だった筈だから……。

 普通に行けば問題無く間に合う、なら善は急げってヤツだ。

 靴を履き、玄関の扉を開けて振り返る。

 

「行ってきます」

 

 離れた場所から、シスターの優しい声が聴こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Interlude by:Suzuka~

 

 行き交う人々に目を向ける。

 急ぐ人、ゆっくりな人、嬉しそうな人、悲しそうな人……。

 それぞれが様々な感情を抱えながら、私の目の前を通り過ぎていく。

 1人や2人、もしくはそれ以上の人数を傍らに、彼等は感情を振り撒いている。

 まるでそれは、小さな子供が描いた拙い絵のような……。

 視界キャンパスの中に所狭しと塗られていく感情(いろ)が世界を埋めていく。

 それぞれが混じり合わず、独立した一つの色。

 でもその中で一際目を惹くのが……恋人達の色だった。

 底抜けに明るく、溢れ出る感情を抑えようともしない。

 故にそれは、この上なく輝いて見えるのだろう。

 そんな景色から目を離して、手首に掛かる時計に移す。

 

 現在の時刻――――12時45分。

 約束の時間まで、後15分。

 

 そう、約束。

 1人の少年、瑞代聖君を待っている。

 無愛想、素直じゃない、偶に口が悪い等と好印象の少ない要素ばかりを詰め込んだ同級生。

 彼と同じ小学校だったクラスメイトも、似たような事を言っていたのを憶えている。

 最初は聖君の事が分からなかった。

 だから私は、彼をよく見るようになった。

 休み時間、昼食中、合同授業の合間、放課後……。

 気付けば彼を見ていて、そして理解した事があった。

 確かに目付きの悪さや素直じゃない所はあるけど……。

 それは彼の側面の一つでしかないのだと。

 

 

『アイツ等は何処にでも居る、普通の女の子なんだよ』

『俺は、お前に楽しんで欲しいんだよ』

『まぁ、頑張れよ』

 

『さっさと言えよ。心配掛けたって良いじゃないか、…………心配、させろよ』

『絶対に終わらせない。俺がお前等を、舞台に立たせてみせるから』

 

 

 私の中にある、彼との想い出。

 まだ出会って3ヶ月程なのに、こんなにも色々なものがある。

 どんな時でも偽りの無い真っ直ぐな言葉で、私達に向かい合っていた。

 決して特別じゃない、それでも行動に宿る意志は何よりも特別で……。

 この人は、とても勇敢で無謀で、優しい人なんだって気付いた。

 

「あっ……」

 

 今までの事を色々と考え込んでいたら、不意に私の視線が捉えた。

 少し高い身長、艶のある黒髪、真っ直ぐに此方を見詰める視線。

 私の待ち望んでいた人が、遂にやってきた。

 

「悪い、待たせたか?」

「ううん、全然」

 

 額に薄っすらと滲む汗を拭う彼に、笑みを向けながら答える。

 私の言葉に軽く息衝いて、そっか、と安堵した声を上げた。

 

「急いだつもりなんだけどなぁ」

「2組はホームルーム早く終わったからね」

「あぁだからお前を見なかった訳だ……」

 

 苦笑いを浮かべながら、得心いったような呟き。

 もしかして帰り際に様子を見に来てくれたのかな?

 そう思うと、何か悪い事をしてしまったと感じてしまう。

 

「ゴメンね、先に帰っちゃって」

「そんな事気にすんなっての。お前の家は遠いんだから当然だろ?」

 

 でもそれを、至極当然のように消し去ってしまう。

 心遣いではなく、それが当たり前のように言うから凄いと思う。

 

「そんじゃ、さっさと行くか」

「走って来たんでしょ、疲れてない?」

 

 逸る気持ちを抑えるような聖君にそう言うと、キョトンとされた。

 まるで何言ってんだコイツ? みたいな顔。

 そしてすぐに、呆れた顔に変わって……

 

「俺を嘗めんなっての。この程度、準備運動にしかならねぇよ」

 

 私の額を人差し指で小突いた。

 その行動があまりに唐突で、思考が止まってしまった。

 突付かれたそこに手を当てて、ぼうっと聖君の顔を見ている。

 

「聖、君……」

「あっ、わっ、悪い!?」

 

 聖君も何か気付いたらしく、急に顔を赤らめてそっぽを向いた。

 その慌てっぷりを見て、私の思考が元通りに巡り始める。

 普段はあまり見られない可愛い姿に、ちょっとだけ悪戯心がくすぐられた。

 

「何か、恋人同士みたいだね」

「――――っ!?」

 

 声にならない声を吐き出す彼が、真っ赤に染まる驚き顔がどうにも面白くて……。

 私は今日一日が、楽しみで仕方なくなってしまった。

 

「それじゃ、行こっか」

「お、おい月村っ!?」

 

 聖君の腕を引っ張って、その場から離れていく。

 今の私達が周囲からどう見られているか、そんな事はどうでもいい。

 今は2人きりのこの時間を、思い切り堪能しないと損だよね?

 

「取り敢えず、今日から私の事をすずかって呼んでね」

「いっ!? 何で、急に……?」

「いつまでも苗字じゃ嫌だよ、私は」

「…………か」

「はい、ワンモア」

「……ずか」

「ワンモア♪」

「すっ……すずか!!」

 

 恥ずかしそうな、困り果てた顔。

 この顔を見る度に、どうにも悪戯したくなっちゃう。

 きっと私を見てる聖君も、それは理解してると思う。

 それでも絶対に拒絶したりしない、彼なりの優しさ。

 理由は無いけど、今はそれに甘えたいと思った。

 

「ったく、意外だよ。お前がここまで引っ張ってくなんてさ」

「フフフ、私だって女の子なんだから。時には積極的にいくよ」

「お、お手柔らかに……」

 

 観念した声で呟いたそれに、思わず笑みが零れてしまう。

 赤らめた顔で目を伏せる姿は新鮮で、私にまで感染っちゃいそう。

 だって、私もさっきから――――

 

「それじゃあ先に、お昼にしようか?」

 

 ――――ドキドキしっぱなしだもん。

 

~Interlude out~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、駅前と言うものは中々便利な場所だなぁ。

 何て事を考えながら、俺は目の前のドリアを平らげていく。

 対席には月村…………すずか(何かへそを曲げるから呼び方を変更)が、ペペロンチーノを優雅に食している姿が目に付く。

 流石と言うか、お嬢様だけあって食事の所作も洗練されていて、初見では見惚れてしまう程だ。

 そんな、いつもと少し違う昼食を俺達は過ごしていた。

 

 俺達が今居るのは、駅前にあるファミリーレストラン。

 手頃な値段と多彩なメニューが売りの、老若男女問わず利用される場所だ。

 上映時間までに昼食にしようと言う彼女の提案で来たのだが、とても良い所だと思う。

 高級店のような厳かな雰囲気や、ファーストフードのような喧しさが無い雰囲気は嫌いじゃない。

 パラパラと雑談や食器の音が聴こえる程度で、不快感は形を潜めている。

 こういった場所は初めてだが、なるほど確かに利用のし易さは抜群だ。

 まぁそんな事より、目の前の少女がこのような場所に来る事に少々驚いたが……。

 

「皆と偶に来るんだよ」

 

 曰く、ハラオウン達と買い物に行ったりする際に訪れるのだとか。

 その画が容易に浮かぶのは、きっと彼女達の絆の一端を理解したが故だろう。

 仲良き事、善哉善哉。

 

「どうしたの、聖君?」

「いや……仲が良いなぁと改めて思い知っただけだ」

 

 別段、隠す事でも無いから真っ直ぐに伝えた。

 すると月……すずかは綻ぶような笑顔で答える。

 

「聖君は誰かと来たりしないの?」

 

 と返され、ムッと答えに窮する。

 こんな場所に来たのは初めてだし、誰かと一緒に遊びに行く事も無かった。

 休日は高杉に引っ張られたりもしたが、瀬田達とは翠屋JFCでの付き合いが殆んどだ。

 自業自得とは言え、今思うと少し勿体無いと思ってしまう。

 ――――だからと言って、家族の為にしてきた事を後悔する気は毛頭無いけどな。

 

「ねぇよ、来たのも初めてだし」

 

 だからこんな答えしか出ない。

 言ってて頬が微妙に動いていて、さぞかし変な自嘲的な笑みを浮かべている事だろう。

 そんな顔をしたって、コイツの気分を悪くさせるだけなのにな。

 でも彼女はそんな杞憂をものともせず、聖母のような笑顔を浮かべて……。

 

「それじゃあ、私が聖君の初めてだね」

「ぶふぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

 

 色々な意味でマズい発言を放ちやがった。

 確かに話の流れで言ってる事は間違っていないのだが、もしこれだけを聴いた人が居ればどう思うか……。

 ――――んなもん、知りたくも無いっての!!

 眼下のテーブルに吹いてしまったお冷を布巾で拭いて、色んな意味での暴言を吐いた彼女にジト目を向ける。

 恥ずかしくて真っ赤になってるであろうが、こうでもしないとやってられん。

 そんな視線を気にもせず、すずかは笑みを絶やさない。

 なるほど、気にするだけ無駄という訳か。

 

「ったく……」

 

 残り少ないドリアを口内に詰め込んで、先程の彼女の発言を脳内から払拭する。

 ワザとらしくモグモグと口を動かし、顔中の熱を遠くへと放り投げた。

 さぞかし滑稽であろうが、目の前の少女は母性溢れる表情を変えない。

 むぅ、何か負けた気がする。

 

「どうかした?」

「……何でもねぇよ。それより、さっさと食っちまおうぜ」

 

 自分でもよく分からない、どうしてそんな棘を含んだような声になったのは……。

 目の前の少女には、そんな声を向けたくないのに。

 空になった皿を前に後悔する俺の唯一の救いは、すずかが笑みを失わなかったという事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えず言おう。

 

「大誤算だった……」

「まぁまぁ、別にいいと思うよ」

 

 ガックリと項垂れる俺を、すずかが優しく宥めてくれた。

 全く、まるで姉みたいな対応だなこれは……。

 単に俺がガキっぽいだけなんだろうけどさ。

 それはそれとして、今になって問題が急浮上した。

 それは――――映画、何見ようか?

 

「せめて、今日の上映してる内容だけでも把握すればよかった」

「大丈夫だよ、時間はまだあるから。ゆっくり考えよ?」

「そうだな……」

 

 何だろうか、コイツと居るとどうにも寄り掛かってしまいそうになる。

 彼女の優しさが当然のように身に沁みてきて、抗う事を拒んでしまう。

 ――――それでは駄目だ、気をしっかりと持て。

 改めて気を取り直し、映画館のカウンターにある上映表を確認してみた。

 

「う~ん……」

「久し振りに来たけど、色々あるねぇ」

「ハラオウン達とか?」

「そうだよ」

 

 俺の問いに思い出すような声で答え、真剣に表に目を通している。

 同じように俺も見てみるが、色々あり過ぎたり内容を知らなかったりと大して意味を為していない。

 少しは役に立ちたいが、これでは本末転倒ではなかろうか?

 真面目に探しているすずかを横目に、半ば諦め気味な俺。

 だがその時、視界の隅に見覚えのあるモノがあった。

 コイツは――

 

二休(ふたやすみ)探偵の事件簿……!!」

 

 その見知ったタイトルに、思わず声を上げてしまった。

 一心不乱に探していた隣の少女もそれに反応して、こっちを向く。

 

「それって、確かテレビでやってたよね?」

「あぁ。幾つもの事件をオムニバス形式にして、それらを解決していくやつだ」

 

 二休という男性が行く先々で起こる事件を、現場の状況から瞬時に解決するという番組。

 様々なトリックを散りばめた単純な作りでありながら、それ故に様々な人が受け入れやすい作品をなっている。

 俺も観察力や思考・判断力を鍛えるという意味で、毎度放送される度に見ている。

 

「ミステリー小説程の硬さは無いし、トリックも小難しいものは殆んど無い。理解し易いものが多いから、気を張らずに見れるぞ」

「そっか、それじゃあこれにしようか」

「良いのか? そんな簡単に決めて」

 

 俺の言葉でアッサリと決定を下す少女に、少しばかり疑問を感じる。

 あれだけ真剣に探してたのだから、何か見たいものの一つでもあると思ったんだが……。

 そんな考えも、すずかは「うん」と真っ直ぐに答えた。

 

「だって聖君のお勧めだもん。きっと私も気に入ると思うよ」

「そうだと良いんだけどな」

「聖君が貸してくれた本も楽しかったもん。大丈夫だって」

 

 まるでそれが当然かのような口振り。

 そこには一切の疑う余地は無く、きっとそうである事を確信している。

 そんな裏打ちの無い筈の真実が、何故だか本当にそうなのではないかと思えてくる。

 むぅ、不思議な感じだが、同時に気恥ずかしくもあるのが困る。

 

「それじゃ行こっか」

「あぁ、そうだな」

 

 もうこれ以上は考えない事にしよう。

 隣を歩く少女の気持ちを推し量る事は出来ないが、今はその笑顔だけを信じる事にしよう。

 好奇心に満ちた、年相応のワクワクした笑みだけを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鹿打ち帽にインバネス・コート、シャーロック・ホームズを髣髴とさせる出で立ちの男性が居た。

 人は彼を、二休探偵と呼ぶ。

 彼の行く所に事件あり、だがそれを華麗に解決するのもまた彼である。

 

 

 今回の最初の事件は、国内のとある島で起こった。

 そこでは、あるグラビアアイドルが自身のプロモ映像の撮影の為に来ていた。

 他にもスタッフ数人と、アイドルの密かなファンである二休探偵。

 撮影は順調に進み、何の問題も無くスケジュールをこなしていた。

 だが、事件は起こった。

 撮影スタッフの1人が、何者かの手によって殺されてしまったのだ。

 それを引き金に、次々と殺されていくスタッフ達。

 

「二休さん、私……」

「大丈夫です。私が貴女を守ってみせます」

 

 だが、その誓いも虚しく……

 彼女もまた、同じように亡くなってしまった。

 1人になってしまった二休探偵、そして彼の口から発される真実。

 

「スタッフの方々、そして彼女も殺された。だが、犯人は私ではない」

「そう、犯人は――――」

 

 

 二つ目の事件は、都内で起こった。

 胸部を撃ち抜かれるという狙撃事件。

 被害者は無差別、私怨の可能性は無し。

 だが、それ以上に不可解な点が存在する。

 司法解剖の結果、それは――――弾丸が発見されていない事である。

 弾痕はきちんとあり、貫通した形跡は無いにも関わらずだ。

 消えた弾丸、手を拱いていた警察の許に、二休探偵が颯爽と現れた。

 彼は解剖結果の写真の数々を見て、一言。

 

「なるほど、木を隠すには森の中ですか……」

 

 何かを閃いた二休探偵は、すぐさま検死担当の者にある調査を依頼した。

 それは――――。

 

 

 さらに事件は続く。

 ある時は、車中で起こったガス中毒自殺の真相。

 そして、バレエ選手を襲った2つの弾痕と1発の弾丸消失事件。

 

 二休探偵はそれ等全ての事件を、事も無げに解決していったのだ。

 

 

 

 

 

 映画を鑑賞後、俺達は駅前をぶらぶら歩いていた。

 隣の少女は右へ左へ視線を動かし、時折何かに反応したりして見ていて面白い。

 お嬢様然としている普段より、年相応の少女らしくて純粋に良いと思った。

 

「それにしても、さっきの映画面白かったね」

「あぁ、期待以上だったな」

 

 すずかからの言葉で思い起こす、先程一緒に見た映画の内容。

 探偵が事件を華麗に解決する、オムニバス形式の映像作品。

 それぞれの事件が冗長的でなく、かと言って急ぎ足で進む訳でもない。

 解決の為のヒントは常に出て来てるし、難し過ぎるトリックも使用していない。

 ミステリーとしては初心者向けでありながら、見せる作品としては一級の素晴らしさがある。

 

「最初の事件だっけ、ラストが衝撃的だったなぁ」

「確かに、あの見せ方は素直に上手いと思ったな」

 

 閉鎖された島内で、画面には二休探偵のみ。

 そして『犯人は私ではない』と言う言葉と共に、彼は画面の先を指差した。

 ――犯人は貴方です――

 突如その場から体をずらす探偵、そこには姿見が鎮座していた。

 映ったのは――――カメラを抱えた1人の男。

 つまり俺達が見ていた映像を撮っていた者こそが、犯人であると。

 

「途中、聖君が『あっ』って言ってたから何かと思ったけど、確か食事中の場面だったよね?」

「あぁ、画面の手前にも皿が並んでたからな。撮ってる映像が独立したものじゃないって気付いてな」

「凄いよね。二つ目の事件も、レントゲン写真のシーンで何かに気付いてた」

「不自然な破片があれば、誰だって気になるだろ?」

 

 2つ目の狙撃事件。

 弾丸が見付からない理由は、正に写真にあったのだ。

 砕けた骨の破片の中に存在した、小さい弾型のナニカ。

 それは、紛れも無く『骨』だった。

 つまり弾丸自体が骨であり、故に見付ける事が出来なかった。

 探偵の『木を隠すには森の中』という言葉が良く分かる事件である。

 

「でもお前だって、3つ目とか4つ目は気付いてただろ?」

「アハハ、やっぱり分かっちゃう?」

 

 3つ目の事件、車内ガス中毒自殺。

 前日の深夜まで降っていた雪が積もった乗用車には、マフラーからホースを取り付け排気ガスを車内に送り込んでいた。

 死亡時刻を逆算して雪が止んだ後に自殺したと警察は言っていたが、その時すずかは違和感を覚えたらしい。

 もし雪が止んだ後で自殺したのなら、エンジンの熱でボンネットに雪が積もる筈は無いのだと。

 つまりこの事件は自殺ではなく、他の場所で被害者を殺し、自殺に偽装した他殺であると看破してみせた。

 

「流石、工業関係の令嬢だな。それにバレエの方もすぐに分かってたしな」

「うん。見る機会とかあったからね」

 

 4つ目のバレエ選手の事件は大腿部と胸部の弾痕に対し、弾丸が1発しか発見されなかった事件。

 これはバレエを理解出来ていれば実に簡単な、『前屈姿勢』のまま背後から撃たれたという事。

 それならば太腿を貫通し胸部にまで届くという条件が成り立つ、つまり最初から1発しか撃っていなかったのだ。

 

 他にも幾つかの事件があったが、そのどれに対しても俺達は我先にと正解を探していた。

 内容にのめり込めたのは良かったんだが、何処か競争してるような気がする。

 映画を純粋に楽しむという点では、何か違うのかも知れない。

 まぁ、でも……

 

「楽しかったね」

「あぁ」

 

 隣を歩く少女の笑顔には、込められた想いが偽りでない事が理解出来る。

 純粋に喜んでくれている事実が、今の俺には途轍もなく嬉しくて堪らなかった。

 

「さ、行こっ♪」

「おっ、おう……」

 

 徐に掴まれた手も、彼女を受け入れている。

 少し恥ずかしいけど、それ以上にこの時間をもっと楽しみたいと思ってしまったから。

 彼女と、すずかと一緒に居られる時間を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今俺達は、海鳴の臨海公園に来ている。

 映画の後、色々な店を歩き回った挙句、彼女は何も買う事無く此処に至った。

 だが当の少女は至って満足しており、これはこれで良いんじゃないかと感じてしまう。

 本当、不思議である。

 

 そして俺が両手にクレープを持ってる姿も、本当に不思議である。

 

「ほい、すずかの分」

「ありがとう」

 

 ベンチに座る彼女にブルーベリーチーズクレープを渡し、俺はその隣に座る。

 残ったフルーツミックスクレープを手に、すずかに視線を移す。

 甘い匂いに頬を緩ませ、彼女は顔を綻ばせている。

 口には出せないが、素直に可愛いと感じてしまう。

 ――ヤバい、顔が熱くなってきた。

 

「どうかした?」

「あっ、いや……何でもない」

 

 恥ずかしさを隠すように、自分のクレープに齧り付く。

 その様子に、すずかはクスクスと静かに笑っている。

 ……何だろう、何故か分からないけど負けてる気がしてきた。

 悔しいので、思い切り齧り付いてみた。

 うん、色々なフルーツの酸味がクリームの甘さと混じって美味い。

 あのクレープ屋、中々に侮れん。

 

「あっ、美味しい」

「こっちも中々イケる」

「本当?」

「あ、あぁ……」

 

 あの~、すずかさん?

 何でしょうか、その羨ましそうに此方に向けられている目は……。

 俺のクレープを見るその視線の真意は一体、何ですか?

 もしかして……

 

「食べたい、のか?」

「えっ、良いの!?」

「あ~…………うん」

「ありがとっ♪」

 

 師父、勝てません。

 すずかの物欲しそうなあの瞳と、華やいだ笑顔にはどうやっても勝てません。

 仕方なく、俺のクレープをすずかに差し出す。

 

「それじゃあ貰うね」

 

 既に俺が口を付けたクレープ、そこまでならまぁ問題は無いだろう。

 

 ――――だが、この後の彼女の行動が問題だった。

 クレープを持っている俺の手に自分の手を添え、口許に寄せる。

 はむっ、と小動物のような可愛らしい食べ方で一口。

 

「んっ、これも美味しいね」

 

 取り敢えず言える事は、――――俺が食った所をそのまま食わないでくれ。

 しかも本人は全く気付いてないし……。

 

「どうかしたの?」

「何でもねぇよ」

 

 気付いてないなら、敢えて言う必要は無いだろう。

 つーか、そんな事を馬鹿正直に言える筈も無い。

 恥ずいっての……。

 手に持つクレープには、自分のと比べて小さい食べ跡。

 

 …………意識せずにはいられない。

 だが買ってきた以上、食わずに捨てるなんて勿体無い事は出来ない。

 此処は恥ずかしさを飲み下して、一気にいくしかない。

 南無三っ!!

 口の中に広がる酸味と甘味、そしてよく分からないナニカ。

 自分の中で頑なに守ってきたモノが崩壊した気がするのは、決して間違いではないだろう。

 

「美味しいね」

「あぁ……そうだな」

 

 確固たる何かが瓦解した俺に、既に羞恥心など存在しない。

 何の躊躇いも無くクレープを食していく。

 

「んむ、美味い……」

 

 潮風を感じる公園で、一つのベンチに座る一組の男女。

 2人の間には少しの距離、きっと傍から見れば不自然な隙間だろう。

 でもそれは、俺が図りあぐねているだけだ。

 彼女との距離、月村すずかとの距離を……。

 一体、今の俺達はどれだけ近い存在なのだろう?

 隣で嬉しそうにクレープを頬張る少女は、どれだけ俺に近付いてくれているのだろう?

 

「…………」

 

 どうしてなのか、気付けばそれを考えていた。

 自分でも持て余すこの感情は、一体どんな……。

 

 

 

 

 

「あれぇ、どっかで見た事ある顔じゃん」

「――っ!?」

 

 風に乗って、芯の無い声が耳を突く。

 何の重みも想いも感じられない、ただの音波でしかないモノ。

 思考の海を漂っていた俺を、急速に引き上げる不快な声。

 そして何よりも――――それは何処かで、聞き覚えがあったものだった。

 

「おいおい、まさか……」

 

 声のした方に振り向けば、4人の少年の姿。

 俺よりも少し上だろう、学校指定の夏服に身を包んでいる。

 だがその身形は、お世辞にも良いとは言えない。

 正直、相対する俺からすれば『不良』にカテゴライズされてもおかしくない相手だ。

 目付きも姿勢も、人に向けるには不躾過ぎる。

 それもあって隣のすずかは、少しだけ顔を強張らせているのが見て取れる。

 

「何だよ、知り合いか?」

「あぁ。昔、何度も俺達に喧嘩仕掛けて、ボロボロになってる馬鹿みてぇなガキだよ」

「あぁあぁ、思い出した。弱いくせして無駄に吠えるんだよな」

 

 目の前でゲラゲラと大笑いをかます奴等。

 不快極まりないが、此処で俺がキレても仕方の無い事だ。

 過剰に反応すれば付け上がる、相手はそういった類の人間である事は明白。

 依然としてこの状況を理解し切れていないすずかの手を引いて、ベンチから立ち上がる。

 

「行くぞ」

「えっ、あっ……」

 

 ニヤニヤと気味悪い笑いを止めない奴等を放って、俺達はその場を後にする。

 こんな手合、構っていくだけ時間の無駄。

 さっさと別の場所へ行った方が建設的だ。

 

「おい待てよ」

 

 だが空気の読めない男衆は、俺の肩を掴みながら止めに入った。

 ……クソっ、邪魔するなっての。

 心底にある嫌悪感を視線に込めて、奴等の主格である男を睨む。

 

「何?」

「久し振りに会ったってのに、そんな顔すんなよ」

「何だよコイツ、こっち睨むなんてムカツクぜ」

「先輩を敬う気持ちってのは無いのかよ」

 

 未だ表情を崩さず、グチグチ言葉を吐き捨てる。

 見ていて本当に頭にくるが、隣にすずかが居る以上、感情だけを優先する行動は出来ない。

 だが、コイツ等を見ていると左腕が疼いて仕方がない。

 

「敬うって言葉の意味、分かってる?」

「んだと、テメェ」

 

 俺の言葉に集団の1人が急にキレだし、胸倉を掴んできた。

 怒りに歪んだ表情が眼前に迫るのだが、正直言って見苦しい顔にしか見えない。

 つーかそんな見たくもない顔を近付けるなっての……。

 心の嫌悪を更に深め、俺を掴む腕を本気で握り返す。

 

「痛っ、イデデデデデっ!?」

 

 突然の痛みによって振り払われ、俺の体が解放される。

 その様子に、他の奴等も此方に敵意を向けてきた。

 4対1……相手が相手だけに別段劣勢とは思わないが、面倒な事この上ない状況には違いない。

 

「お前さぁ、また俺等にボコられたいワケ?」

「本気でやっちまおうぜ」

 

 現在俺達が居る公園の一角は、普段はあまり人気が無い場所だ。

 そんな穏やかな風景が、コイツ等と、そして俺によって崩されようとしている。

 この状況は、俺もすずかも望んでいない。

 そして何より、力を誇示するだけの行動は師父の教えに反する。

 でも相手がこんな奴等では穏便な解決は望めない、なら……

 

「下がってろ、すずか」

「う、うん……」

 

 やるしかないだろう。

 自分の背後に少女を下げて、俺は全神経を眼前の相手に向けて研ぎ澄ます。

 

「今から謝ったって、許してやらねぇからな!!」

 

 1人が右腕を振りかぶり、踏み込む。

 腕の位置から叩き込まれる拳速と打点を把握、掌を使って軽く往なす。

 そのすれ違い様に腹に一発、握り拳を当てて弾き飛ばした。

 次の敵は――もう来てる。

 

「おらぁぁぁぁぁ!!」

 

 わざわざ大声上げてタイミングを教えてくれるなんて、親切な素人だ。

 顔面に迫る拳を掴んで自分の横に引き付け、勢いを殺さぬまま、縺れた足を自分の足で引っ掛けた。

 数瞬後、「ぐえっ」と情けない声を上げて地面に倒れ伏す男。

 ソレを尻目に、残りの2人に目を向ける。

 

「なっ、何だよ!?」

 

 まるで見た事無いようなモノを見たような目で、俺を見ている。

 ……無様だな。

 そこには既に、先程までの余裕は微塵も無い。

 だがこの結果は当然であり必然だ。

 お前等の知ってる俺は、もう2年前に置いてきたのだから。

 

「二度と目の前に現れるな、俺に関わるな」

 

 威圧を込めて言葉を紡ぐ。

 自分の本心を嘘偽り無く、あるがままに相手にぶつける。

 折角のすずかとの時間を、本気で楽しいと思える時間を、こんな奴等に壊されては堪らない。

 

「さっさと消えろ」

 

 今まで溜めに溜めた澱みを吐き出す。

 語気は荒げず、それでいて意志を支配する怒りだけは留めず……。

 視界に映る2人、地面に伏す2人に向けて射殺すように突きつけた。

 即座に恐怖に慄く表情へと変わり、そして――――――――風向きが変わった。

 

「っ?」

 

 分からない、一体何が変わったのか。

 分からない、この場は俺が圧倒的に優位に立っている筈なのに。

 分からない、目の前の奴等がニヤリと笑みを浮かべた事に。

 そしてそれは――――

 

「きゃっ!?」

 

 背後の短い悲鳴で、否が応にも知る事となった。

 

「っ、すずかっ!!」

 

 刹那の時を以って背後を振り返ると、すずかが囚われていた。

 見知らぬ1人の少年、恐らく奴等の仲間の1人だろう。

 全くの予想外、まさか援軍なんてものがこの状況で起こるなんて……。

 計画的なものでは無いだろうが、それでもタイミングが悪過ぎる。

 

「何だよお前等、こんなガキにやられちゃって」

「うっせーよ、これからが良い所なんだよ」

「へいへい。……うおっと、あんまり暴れるなよ」

「止めてっ、離して!!」

 

 力を振り絞って振り払おうとするが、所詮は少女の足掻き程度だ。

 一回り大きい体格の男には、勝てる道理は無い。

 その様子を目の当たりにし、彼女の許へすぐさま飛び出す。

 

「動くんじゃねぇ!!」

「――っ!?」

 

 だがその警告によって、自身を止めざるを得なくなった。

 それは、頭で理解していたからだ。

 コイツ等の言葉に従わなければ、今以上に立場が悪くなる。

 それだけは、避けないといけない。

 すぐにでも駆けつけたい衝動を理性で抑え付け、先程の2人に向き直る。

 卑下た笑いは深くなり、無用心に俺との間合いを詰めてくる。

 もしこんな状況でなければ、すぐにでも張り倒すのだが……

 

「さっき、なんつったけ、なぁ!?」

「っ!?」

「聖君!!」

 

 数瞬後、右頬の痛覚が訴えてきた。

 殴られたようだが、幸いだったのはたたらを踏む事無く体勢を保てた事だ。

 無様に倒れてしまう姿は、コイツ等に晒してはならない。

 そして、すずかにも……。

 

「消えろ、だっけか!!」

 

 今度は腹。

 息を飲み込み、声を漏らさないようにした。

 するともう1人が俺の体を後ろから羽交い絞めし、完全に固定する。

 

「よくもまぁ、俺等に偉そうな事言えたよな!!」

 

 次は左頬。

 

「テメェは、あの時から俺等に殴られるだけの癖して!!」

 

 右肩。

 

「何カッコ付けてんだよ!!」

 

 左肩。

 

「ウザいだけなんだよ!!」

「くっ!?」

 

 顎にアッパーを決められる。

 ヤバい、脳が揺れて視界がブレる……!?

 数瞬だけだが、焦点が定まらなくなった。

 これはかなり拙い、このままじゃジリ貧だ。

 何とか隙を突いて突破口を開かないと、状況を変化させないと。

 その為にはまず――――絶対に意識を手放してはいけない。

 そう意気込んで、こんな奴等に負けてやらないと心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらぁ!!」

 

 あれから、どれだけの時間が経っただろうか?

 5分か、10分か……もう憶えていない。

 何せもうずっと殴られ続けているのだから、時間の感覚なんてとうに抜け落ちている。

 もうずっと、すずかの悲痛な叫びを聴き続けているのだから。

 俺が傷付くのは構わなかったが、彼女のその声だけは我慢するのが厳しかった。

 そんな声が聴きたくて、俺は此処に居るんじゃないのに……。

 

「はぁ!!」

 

 だと言うのに、形勢は全く変動しない。

 口の中は既に血だらけ、吐き出したい所だが負けた感じがするので我慢して飲み下す。

 それにしても、こっちがどれだけ殴られ続けても、コイツ等は一向に手を緩めようとはしない。

 

 きっと俺が目を逸らさないせいだろう。

 何度殴られようとも、焦点がブレようとも、瞳だけは真っ直ぐに向ける。

 殴る係は数回の交代を経て、最初の奴に戻っていた。

 …………そう、何年も前からの因縁に結ばれた男。

 俺の大切なモノを悉く傷付けようとする、俺にとっての天敵。

 生涯相容れないであろう、名前も知らない最悪の権化。

 

「ムカつくんだよ、その目がよ!!」

 

 拳が顔面にめり込む。

 くっ、今のはかなり効いたぞ……。

 殴られ慣れた俺でも、何度、何十度も殴られ続ければダメージは蓄積する。

 瞳は真っ直ぐに、それでも視界はボヤけ、焦点が自分の意志に従わない。

 辛うじて繋ぎ止めてる意識も、半ば飛び掛けている。

 全身にも力が入らず、羽交い絞めにされなければ地面に倒れ伏してしまうだろう。

 

「おらよっ!!」

 

 そんな姿、誰にも見せたくない。

 コイツ等に見せたくない、自分が負けだと思われるから。

 すずかに見せたくない、何一つ守れない弱い奴だと思われるから。

 俺の力は何の為にある?

 そう、いつだって大切なモノを守る為に……。

 

「うらぁ!!」

 

 だったら、此処で倒れるのはお門違いだ。

 例え何があろうと、俺はこんな奴等に、自分自身の弱さに負ける訳にはいかない。

 守るんだ、負けないという意志を。

 守るんだ、大切な少女を。

 

「これで、……どうだっ!!」

 

「――――っ!?」

 

 脳天に振り下ろされた拳は、さながら全てを刈り取る鎌のよう。

 眼球を奥から押し出すような衝撃に、一瞬だが本当に意識が飛んだ。

 俺の意地も想いも虚しく、全神経が体から離れていく。

 完全な脱力は行動不能を意味し、そしてある結末を予感させた。

 

 駄目、なのか?

 また負けるのか、こんな奴等に……。

 守るという、唯一の行為すら俺には過ぎたものだったのか?

 それ程までに俺は、弱くて卑小な存在でしかなかったのか?

 もう顔は上がらない。

 本当に、もう駄目かもしれない。

 

「す…………ず……かぁ」

「っ!?」

 

 ゴメン、ゴメン、ゴメン……。

 今日一日は、絶対楽しい日にしようと思っていたのに。

 守ると決めたのに、結局俺では届かなかった。

 半ば無意識に吐き出された言葉は、喉から絞り出た滓みたいに惨めで。

 コイツ等に哄笑される程、哀れだった。

 

「ハハハハ、何だよコイツ。女々しい声出しやがって」

「何だよ気持ち悪りぃな」

「泣きそうじゃん、ソイツ」

「じゃあ泣きながら言えよ、『スミマセンでした、僕が馬鹿でした、二度と逆らいません』ってよぉ!!」

 

 髪を掴まれ、視線を無理矢理合わせられた。

 もう薄目しか開けられない顔は、滑稽でしかないだろう。

 でも、請う事だけはしない。

 もう霞の掛かった視界には、目の前の奴すら視認するのが難しい。

 だから凡その見当を付けて、声を振り絞る。

 

「ま……も、る……から…………」

「あぁん? 何言ってんだよ!?」

「ま、けな……い…………から」

 

 男としての意地、それだけが紡いだ言葉。

 滑稽でも構わない、自分の意志だけでも貫くって決めたのだから。

 だから――――

 

 

 

 

「なっ、テメェ!?」

 

 ――――――――えっ?

 もう見る事の叶わない背後で、何かが変化した。

 どうしてかは分からないけど、また風向きが変わったらしい。

 一体、何が……。

 

「うおっ!?」

「離して……」

 

 俺を締め上げていた力が消え、体がガタンと糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 だが地面の衝撃は来ない。

 代わりに、柔らかくて温かいものが、俺の体を包んでいた。

 何だろう、よく分からないけど、とても心地良い。

 ボロボロな体に残っている僅かな力を振り絞って、そこに目を向けると……

 

「あ……ぁ…………」

 

 目尻に涙を湛えた、すずかだった。

 どうして此処に? そんな疑問は自然と湧かなかった。

 唯、そんな悲しげな顔にさせてしまった事が申し訳無くて。

 

「ごめ……ん……」

 

 その謝罪も彼女は優しく首を振って答えた。

 大丈夫だから、と優しく抱き締めてくれる。

 抗えない、彼女の優しさに身を委ねてしまう。

 意識が…………遠く……に

 

「今は、休んで」

 

 最後に見た彼女は、穏やかに微笑んでいて……

 その瞳は、例えようも無い位――――――紅く染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Interlude by:Suzuka

 

 

「ごめ……ん……」

 

 必死に絞り出した声は掠れていて、かなり近付かないと聴き取る事すら出来ない。

 でも私にはその声が、この耳にハッキリと聴こえていた。

 それはきっと、彼が何よりも伝えたかった言葉だったからだと思う。

 私に一言、「ごめん」と……。

 全身をボロボロにされて、まともに動く事すら許されないその状態で。

 今にも泣きそうな瞳を真っ直ぐに、私に謝罪を述べた。

 その姿に、私は彼を抱き締める事しか出来なかった。

 

「今は、休んで」

 

 涙を流さぬよう、最大限の笑みを向ける。

 聖君はそのまま、揺蕩うように眠りに落ちた。

 

「……」

 

 これで良かった。

 今日は聖君のお陰で、本当に楽しかった。

 聖君が隣に居てくれて、一緒に色んな所に行ってくれて。

 その時間を過ごす度に、ずっと1人の女の子で居られると、信じられたかもしれなかった。

 彼となら、本当の意味で一緒に居られたかもしれなかった。

 

 ……でも、もう無理。

 私の切なる想いも、目の前の見知らぬ人達によって粉々に砕かれた。

 聖君を、私に楽しい時間をくれた人を傷付けた、最も忌むべき存在。

 しかし何よりも私は――――――自分自身が忌々しかった。

 

「……大っ嫌い」

「あぁ? 何だよ?」

 

 聖君との時間を楽しむあまり、私は自分が普通(・・)であると勘違いしてしまった。

 普通の女の子でいいんだと、思ってしまった。

 でも現実は、それを容易く否定する。

 

 ――――お前は人間(・・)じゃない、化け物(・・・)なのだ。

 どれだけ優しい世界に、優しい人達に出逢っても、結局私は相容れる事は出来ない。

 自分を偽り、最後まで線引きをした関係に留まる。

 どれだけ絆を深めても、やっぱり何処かで距離を置いてる自分。

 生涯私は、誰かを受け入れる事も、誰かに受け入れられる事も出来ない。

 

 ――――お姉ちゃんのようには、出来ない。

 

「聖君を傷付けた貴方達も、私自身も、大っ嫌い」

 

 もう止まらない、止まれない。

 目の前に居る人達を、この手でどうにかしたくて堪らない。

 聖君が負った痛み辛みを、やり返したくて堪らない。

 壊れ物を扱うように彼を優しく地面に降ろして、私は立ち上がる。

 ――もう、我慢出来ない。

 

「な、何だコイツ、目があか――」

「――黙って」

 

 別に凄みを利かせた訳じゃないのに、彼等は酷く怯えてる。

 さっきまで卑怯なやり方で、聖君を何度も何度も傷付けたクセに……。

 

 あぁ分かってるんだ、自分達がこの後どうなってしまうのか。

 私の大切な人を傷付けた、愚かな大罪人。

 ――――判決は、この手で下される。

 

 

 

 

 




鎧武ジンバーレモンアームズ恰好良いなオイ!!( ゚Д゚)
陣羽織って男の為のデザインですよね。
聖のバリアジャケットを考えるとしたら、陣羽織に少しアレンジを加えたヤツが良いかもしれません(・`ω・)

どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
すずか編№Ⅰをお読み下さり、ありがとうございます。

さて今回から始まったすずか編ですが、初っ端から暗雲が立ち込めております。
この辺りはアリサ編との対比ですね。
そして早速ボロボロな我らが聖ですが、このルートに於いては彼には今以上に頑張って貰います。
というか、今回のはジャブみたいなものですって(*・_・)
アリサ編が王道だけに、今回のすずか編は非常に変則的な流れになると思われます。
はてさて、2人の行方はどうなるのでしょうか?

それとアリサ編が終わって今更なネタではありますが、A№Ⅲでのアリサの聴き取れなかった台詞の2つを紹介します。
「よ、よし、これはチャンスよアリサ。夏は恋の季節なんだから……」
「何で言えないのよ、アタシ……。聖も気が利かないんだから」
となっておりました。
以前ならこの部分だけサイズを最小に変更して表示していたのですが、このサイトではそれが不可能らしいので今回の措置を取りました。
本当なら、キャラの台詞はきちんと書き出したいんですけどね……。

今回はこれにて以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
直接メッセージでも、作者的にウェルカムです。
では、失礼します( ・ω・)ノシ


総UA10000達成ありがとうございます!
まだまだこれからな数字ではありますが、まずは一定のハードルは越えたかなと思っております。
これからも『少年の誓い』を宜しくお願いします!(`・ω・´)ゝ

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