少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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№Ⅲ「白球対決(前編)」

 

 

 

 

 

「え~と……160.2cm」

「ありがとうございます」

 

 用紙を受け取り、少し離れた所にある体重計の方へ進む。

 やっぱり、こういった所では『機械式はかり』が使われるんだな。

 デジタルの方が正確な数値が出ると思うんだけど、そこんところどうなんだろう?

 そんなどうでもいい事を思いながら、測定者の人に用紙を渡して目の前の体重計に乗る。

 

「……48.5kg」

「ありがとうございます」

 

 空欄を記入された用紙を渡され、また別の場所へ移る。

 椅子の背もたれに定規を貼り付けたような形、座高計だ。

 まぁ、この名称が正しいのかは知らんけど……。

 さっきまでと同じように用紙を渡して、その計測器に腰を下ろす。

 

「78.5cmですね」

「ありがとうございます」

 

 差し出されたものを受け取り、俺はそのまま此処を、保健室を退出する。

 ふぃぃ、毎年の事だけどめんどくさいなぁ。

 

 

 

 

 

 教室に戻るなり、俺は早速自分の机に突っ伏す。

 教室内には、男子の姿しか見えないところから、女子はまだやってる最中なのだろう。

 

 

 今日は『身体測定』の日。

 生徒の身長やら体重やらを測って、その人の健康状態とか調べるのであろう行事。

 何故『であろう』なのかは、俺自身がこの行事の意味を上手く理解出来ていない為だったりする。

 生徒から見れば自分がどれだけ成長してるのか、それを目に見える形に出来るという珍しい日でもある。

 通りで、教室内に居る男子が互いに紙を見せ合っている訳だ。

 

「おぉ、瑞代」

「ん、金月か」

 

 突然目の前に現れたのは、坊主頭の元気小僧。

 名を『金月修』と言い、小学校からの知り合いでもある。

 それにしても、コイツと遠藤はキャラが被るな。

 いつも一緒に居るから仕方ないだろうけど……。

 

「どうした?」

「なぁなぁ、お前どうだった?」

 

 ずいっ、と俺の眼前に数字が記入された紙を見せてきた。

 つーか近い、近過ぎるぞオイ。

 目の前でヒラヒラと鬱陶しいソレを手で払い、得意満面な顔をする金月を見る。

 ニヤニヤして、微妙に気持ち悪い……とは言わないでおく。

 

「やったぜ、遠藤を超えた」

 

 そしてまた、先程の紙を見せてきた。

 取り敢えず身長の欄を見てみると。

 えっと、……157.5cmか。

 

「遠藤は?」

「156.7……」

 

 半ばやつれたような声が、背後から聞こえてきた。

 って、急に声出すなよ。

 そっちに振り向くと、微妙に魂の抜けた遠藤が立っていた。

 どうやら、金月に負けたのが相当ショックらしい。

 

「今まで苦汁を舐め続けたが、此処に来てやっと報われたぜ!!」

 

 対する金月は、もう天にも昇るような勢いだ。

 でも、157.5と156.7だろ。

 ぶっちゃけた事を言うと――――

 

「どっちもどっちだよな」

「はう!!」

 

 突如、先程までお花畑を駆け回っていたようなテンションだった奴が、胸を押さえ伏した。

 俺の言葉が胸に刺さったのを、体で表しているのだろうか?

 何ともあざとい行動で、傍から見てて意味が分からん。

 

「たかだか8ミリ差だろ? その程度、幾らでもひっくり返るぞ」

「た、確かに……」

 

 

 俺の言葉に、地獄の亡霊と化していた遠藤の顔に生気が戻り始める。

 おぉ、先程までとは立場逆転だ。

 面白いな、テンションだけで生きてるコイツらの反応は。

 

「瑞代、お前はどうなんだ!?」

「ほれ」

 

 何となく来るであろうと思っていた俺は、反撃に出た金月に自分の紙を見せた。

 すると徐々に徐々に、紙を凝視する金月の顔色が悪くなっていく。

 それがリアルタイムで変化してるから面白い。

 

「160.2……」

「大袈裟だぞ、お前」

 

 特に顔が……。

 目の前で世の非情に項垂れる金月を無視して、コイツとは打って変わって希望を見ている遠藤の方を向く。

 

「身長を伸ばすのは正しい食生活と睡眠。それと牛乳が良いって言われるけど、身長は軟骨が伸びる事だからな。カルシウムを取り過ぎるとそれが硬質化して、身長の伸びが悪くなるから気を付けろ」

「おう、来年はお前も抜いてみせるぜ」

 

 おぉ頑張れよ~、とどうでもいいので心中だけでエールを送る。

 本当、小さい事で一喜一憂するな、コイツと遠藤は。

 そんな小さなものにも心を揺さぶるというのは、ある意味で美点でもあるよな。

 俺は、ハッキリ言ってもうどうでもいい。

 身長伸ばすのをどれだけ頑張ろうが、それで何か得するとも思っていない。

 それに……

 

 ――瑞代君ってさ、私より――

 

 って、いかんいかん。

 何思い出そうとしてるんだ俺は。

 さっさと忘れろっての、あんな事は。

 過去の記憶を振り払い、俺は顔を上げて周りを見る。

 

「あれっ? 金月は……」

 

 ふと気付いた。

 亡霊化していた奴が、既にその場から消え失せていた。

 流石、亡霊だな。

 周りを見てみると、何故か更に亡霊っぽくなっていた金月が、トボトボこちらへ戻ってくるのが分かる。

 いや、お前の席はあっちだから。

 ゴースト金月、ゴーホームだ。

 

「瀬田のやつ、159.6だと~」

 

 どうやらそれが原因らしい。

 瀬田の方を見ると、呆れた目で金月を見ている眼鏡の好青年。

 俺が「気にするだけ無駄だ」という意味を込めて、瀬田に手を振ってやる。

 その意を汲んだのか、彼も深く一度頷いた。

 

「うぅ、瑞代と瀬田の裏切り者ー!!」

「うっさい黙れ」

「のぅわっ!!」

 

 目の前でムンクの叫びみたいな体勢で本当に叫ぶ金月に、脳天目掛けて手刀を振り下ろす。

 奇怪な声を上げた奴はそのまま沈黙し、漸く騒がしさの種を摘み取れたようだ。

 

 と、安心したのも束の間――

 

「よっしゃー!! 来年こそは目指せ一番だ!!」

 

 金月に負けず劣らずの大声を上げる遠藤を見て、俺の学校生活の騒がしさを改めて理解した。

 頼む瀬田、呆れたようにこっちから目を逸らさないでくれ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって翌日。

 今日から通常授業が始まる日、しかも初っ端から6時間授業。

 つまり、今日から家の手伝い時間が大幅に削減されるという訳だ。

 仕方ないとは言え、ちょっと心配だ。

 師父やシスターからは、心配しなくていいとは言われてるけど……

 やっぱり心配だよなぁ。

 普段でさえ色々と忙しい2人なのに、更に子供達の相手までするとなると辛いだろう。

 甘えてた側だった頃の自分を思い出して、思わず怒りと遣る瀬無さが込み上げてきた。

 そして同時に、2人に対して申し訳無さが募る。

 

 …………と、いけない。

 この怒りと申し訳無さの渦、グルグルと脳内で駆け回るけど、一度として終止符が打たれた試しが無い。

 無理にでも抑えないと、どんどん思考の海に溺れてしまう。

 

「はぁ、ふぅ……」

 

 一度足を止めて、ゆっくりと深呼吸。

 ……良し、落ち着いた。

 偶に訪れるこの葛藤、いけないと思いつつも考えずにはいられない。

 この気持ちは決して正しいものじゃない。

 だから誰にも言えない、言ってはいけない。

 知られてはいけない、吐き出してはいけない。

 見慣れ始めた桜並木を歩きながら、俺の心だけは違う所を歩いていた。

 

 

 

 …………何か、詩人みたいだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、初授業を始めるわよ。委員長、号令お願い」

 

 教壇に立つのは、このクラスの担任である三沢先生。

 何でも、どのクラスでも一番最初の授業は担任が務めるらしい。

 つまり、このクラスの最初の授業は数学という事だ。

 

「起立」

 

 先生に促され、瀬田は号令を掛ける。

 それに従い、クラスの皆が席から立ち上がる。

 

「礼」

 

 45度の角度で一礼。

 ――――ふとその時、何か嫌な予感が過ぎった。

 

「着陸」

 

 あれ?

 聞き慣れない単語に、皆の動きが凍りつく。

 そしてその中で、ただ2人だけが何食わぬ様子で席に着く。

 両腕を横に広げて。

 

「失敗」

 

 そのまま体を斜めに傾ける。

 全員がそこを凝視、誰かなんてすぐに分かった。

 というか、こんな事する奴は限られている。

 そう――――

 

「遠藤君と金月君、何してるの?」

 

 あのスポーツ馬鹿コンビだ。

 そうか、あの時の嫌な予感はこれだったのか。

 当の2人は先生に問い詰められるが、表情を変える事無く……

 

「「飛行訓練です!!」」

 

 なんてを至極当然のように吐きやがった。

 取り敢えず思う事は、意味が分からん……。

 

「それじゃバケツ持って廊下に着陸する?」

「「すみません」」

 

 弱っ、即行で机上の土下座を敢行しやがった。

 初授業がこんな始まり方で、幸先良いのやら悪いのやら。

 いや、あの2人が居る時点でこれは確定事項だったのだろう。

 難儀なクラスだな、1年1組。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あんな始まりではあったが、授業自体は恙無く進んで、午前中の4時間は終わった。

 今はちょうど昼休み、別名『昼飯タイム』である。

 クラスの大半はそれぞれ、思い思いの過ごし方をする。

 食堂に行く者、購買と言う名の戦場へ赴く者、余裕な顔して弁当を持参してきた者。

 本当、様々である。

 そして俺はというと……

 

「持参したのか」

 

 目の前の席に座る瀬田の呟き通り、俺は弁当を持って来ている。

 と言っても、本当に簡単なサンドイッチだけであるが……。

 まぁ自分で作ったからな、これでもマシな方だ。

 早速、弁当箱を開ける。

 余談だが、瀬田の座っている席の主であるハラオウンは、昼休みになった途端、さっさと教室を出て行った。

 その時に瀬田が、きちんと本人に席の使用許可を求めたのは言うまでもない。

 

「綺麗じゃないか」

「せめて見栄えだけでもと思ってな」

 

 中には長方形の白いサンドイッチが所狭しと並べられていた。

 数は計6個で、6枚切り食パン1斤分だ。

 きちんと耳も切り落としている。

 中身は玉子、ハム、サラダの3種類で、朝食の余りや冷蔵庫にある物を使って作った。

 パンの耳も帰ったら油で揚げてお菓子にする予定。

 うん、何とも経済的で合理的だ。

 向かい合うように座っている瀬田も、自分の弁当箱(2段)を開ける。

 

「うわっ、凄いなぁ」

「親が作ってくれたからな」

 

 上の段には白米、下の段には彩りよいのおかず類が入っている。

 玉子焼き、サラダ、ミニハンバーグ、食後のデザートとしてリンゴ4分の1を2つ。

 きちんと綺麗に盛り付けられていて、見た目だけでも美味しく感じられる。

 こういうのを見ると、親が作ったって感じがするよなぁ。

 

「食うか?」

「いや、それはお前の為の弁当だろ。貰う訳にはいかねぇって」

 

 きっとこの弁当は、瀬田の親がコイツのために朝早く作ってあげた弁当なんだ。

 それを友人だからといって、貰う訳にはいかない。

 取り敢えず、長話は此処までにして食事に取り掛かる。

 まずはハムサンド、パンのサイズに合わせたハムとレタスで出来た物を一口。

 

「まぁまぁか」

 

 やっぱりありもので作ったから、味は期待できないか。

 次にサラダ、トマトの輪切りとキュウリ、レタスを挟んだ極めて一般的な物だ。

 一応、少量の塩を加えているから、多少は味のあるものに出来上がっている。

 ……こっちもまぁまぁか。

 

「そっちはどうだ?」

「ん? あぁ、美味いよ。それが?」

「いや、別に大した事じゃない」

 

 瀬田の返事を聞いて、次の玉子サンドに手を伸ばす。

 ゆで卵を細かく潰して、マヨネーズと和えれば出来上がりという物。

 まぁ他に工夫のしようがないんだけどな。

 味は……今までの中で一番好きなやつだから、美味いかな。

 

「なぁ、瑞代」

「ん、どうした」

 

 一巡終えて、今度はサラダに手を出そうとした俺に、いつの間にか箸を休めている瀬田が声を掛けてきた。

 

「シスターには、弁当頼まないのか?」

 

 うぅ、それを言うか……。

 でもコイツなら、俺の考えくらい分かるだろう。

 

「出来ないよ」

「これ以上負担になる事をさせたくない、か」

 

 やっぱり、コイツは誰よりも早く俺の考えを理解してくれる。

 

「本当は、シスターも弁当作るって言ってたんだけどさ」

 

 最初、この学校に給食制度が無い事を知らなかった。

 つーか、教えて貰えなかったのだ。

 学校説明会に行って初めてその事実を知った時、やられたと思った。

 それをシスターに話すと、シスターも大丈夫だから心配しないでと言ってきた。

 でも、それは俺自身が許せない。

 シスターには世話になりっぱなしなのに、そこまでやらせるなんて間違っている。

 だから俺は自分で作って、持ってくる事にしたのだ。

 

「シスターは優しいから、どんな事もやってくれる。でも、それに甘え過ぎたくない」

 

 あの人の笑顔は温かい、優しさがとても心地良い。

 でもそれに浸かりすぎれば、俺自身が堕落するのは目に見えている。

 自分に出来る事は、出来る限り自分の手でやらないといけない。

 それが、中学校に入学した俺の誓い。

 

「大変だな、お前も」

「俺自身、そこまで大変だと思ってないよ。いつかはやらなくちゃいけない事を、今やってるだけだし」

 

 そうか、と一言相槌を打って、瀬田は再び弁当に箸を伸ばす。

 俺もそれに倣い、サンドイッチを手に取る。

 2個目の玉子サンドの味は、何故かあまり美味しく感じられなかった。

 好きな具なのにな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5時間目は体育の授業。

 全員体操着になって校庭に整列していた。

 異様に人数が多いと思ったら、どうやら1組と2組は合同で体育をやるらしい。

 人数、多過ぎじゃないか?

 数分後、そこに来たのは青ジャージを着た、いかにも体育教師っぽい見た目の男性が現れた。

 こんなマンガのキャラみたいな人、現実に存在したのかと心中で呟く。

 先生は、体育の授業に関する一連の流れ、それから年間にやる内容を大まかに説明してくれた。

 へぇ、スポーツテストって体育の成績に反映されるのか。

 5月か……頑張ろう。

 

 

 説明も一通り終えて、残りの時間をどうするかの話し合いになった。

 校庭で且つ学校の備品で出来るもの。

 そこで決まったのが――――

 

「ソフトボールか……」

 

 との事だ。

 クラスの団結力を高める為に、1組対2組での試合。

 先生は主審に回るそうで、ポジションや打順、塁審は生徒達だけで決める。

 クラス委員長の瀬田が中心になって、1組も編成を始めた。

 

「まずは、試合をオール出場したいのは何人くらい?」

 

 挙手したのは7人、俺も勿論入っている。

 だが意外だったのは……

 

「まさかハラオウンとバニングスがこっち側に来るとは…」

「ソフトボールってやった事無いから、ちょっとやってみようかなと思って」

「フフン、そこら辺の男子よりは自信あるわよ」

 

 かなり意気込んでる2人が居た事だ。

 その後、ポジション決めも打順もすんなり決まって、1組は全ての準備を終えた。

 ポジションと打順は以下の通り。

 

1番 ショート   金月

2番 サード    遠藤

3番 ファースト  瀬田

4番 ピッチャー  瑞代

5番 セカンド   ハラオウン

6番 ライト    バニングス

7番 キャッチャー 高杉

8番 センター   山根

9番 レフト    田中

 

 改めて考えると……

 

「俺の知り合いが多いのは何故だ?」

 

 特に俺を挟んだ上位3人と下位3人。

 8、9番は知らない相手だけど……。

 意外と思われたのが5番のハラオウンだ。

 今日初めての初心者である彼女が内野でクリーンナップにいる事だ。

 それについては、少し腕試しを行ったのだが……

 正直、凄いとしか言い様が無い。

 生まれ持ったものなのか、反射神経と動体視力は並の男子では到底追い着けない程のものだった。

 打撃に関しては分からないが、これなら問題無いと感じた為、俺も瀬田も諸手で参加を歓迎。

 バニングスもハラオウンには劣るものの、本人が言うだけあってそのポテンシャルは高い。

 意外に凄いのではなかろうか、このチームは。

 チームリーダーである瀬田が、2組の代表とのジャンケンに勝って後攻を取った。

 良し、ナイスだ。

 

「何で後攻なの? 先攻の方が良いと思うんだけど」

 

 隣のハラオウンとバニングスは不思議そうに俺に聞いてきた。

 まぁ、先攻が良いっていう考えは初心者によくあるものだな。

 

「確かに先攻は先に攻撃できてゲームの主導権を握り易い。でも、後攻がそれを抑えて主導権を握れれば、先攻の時以上にその効果が高いんだよ」

 

 先に攻撃出来るから良い訳では無い、後攻にだって利点はある。

 それを説明すると、2人共納得したような顔になる。

 

「そう言う訳だ。んじゃ、ポジションに就くか」

 

 時間もあまり無いし、さっさと始めないとな。

 後攻の俺達は足早にそれぞれの守備位置へ。

 ハラオウンとバニングスには既にポジションの説明をしている為、問題無く守備に就いた。

 内野と外野がボール回しをしているのを見ながら、自身の肩を軽く回してみる。

 ふむ、問題は無さそうだな。

 それじゃあ投球練習を、と思ったら、突然キャッチャーの高杉に手招きされた。

 ったく、また変な事考えてんじゃないだろうな。

 渋々ながら、嫌な笑みを湛えた奴の許に歩いて行く。

 

「何だ? くだらない事だったら此処で張り倒すが」

「取り敢えず最初は様子見でいけ。本気は4番からでいい」

 

 様子見って、良いのかそんなんで?

 4番は最も警戒すべき打順だけど、他にも上手そうな奴は居るだろう。

 そう意見すると、高杉はフッと笑みを浮かべる。

 

「既に2組はリサーチ済みだ。4番以外は授業でしかソフトボールの経験は皆無。なら、お前が本気を出すまでも無いだろう?」

 

 コイツ、今まで学校が終わってすぐに居なくなるかと思えば、そんな調査をしていたのか。

 相変わらず、馬鹿なのか凄いのか分からない成果を持ってくるし。

 まぁコイツの情報の信憑性が高いのは確かだし、取り敢えずその話に乗ってみるか。

 

「分かった。コースはお前が決めてくれ」

「任せろ、騙し合い(しんりせん)は俺の得意分野だ」

 

 確かに、コイツほど駆け引きにおいて強い奴はそうは居ない。

 既に勝利を確信したような笑みを浮かべて、高杉はキャッチャーのポジションに戻っていった。

 しかし、先程の『心理戦』に妙なニュアンスが含まれていたと思ったのは、俺の気のせいか?

 ………きっとそうだ、そうに違いない。

 そう思わないと、何かとても嫌な気分に……。

 

「いかんいかん、気を静めろ」

 

 試合前からアイツに惑わされてどうするんだ、味方なのに……。

 さぁ気を引き締めて、俺も肩慣らしでもするか。

 キャッチャーの防具一式を装備した高杉に、投球練習をすると声を掛ける。

 だが、それが発せられる前に高杉は主審の先生にこう告げた。

 

「投球練習は必要ありません」

「そうか。なら、バッターもボックスに入れ」

 

 な、何ぃぃぃ!?

 投球練習が無いとはどういう了見だコラ!!

 勝手な事をのたまった高杉に反論しようとしたが、既に了承した先生は試合を始める気が満々だった。

 

「それじゃ、プレイボール!」

 

 や、やられた……。

 高杉、お前は俺に何をさせたいんだ?

 小動物は殺せるであろう視線で奴を見やるが、対する奴は何処吹く風。

 微笑を浮かべ、キャッチャーミットを構えている。

 くそっ、この回が終わったらあの馬鹿杉を問い詰めてやる。

 

「仕方ねぇ、今はお前の考えに乗ってやる」

 

 腹を決めた俺は、拳大のボールを握り締める。

 高杉の構えている場所は……ど真ん中。

 最初から長打に持ってかれる可能性の高いコースを選択するって事は、このバッターは経験者か?

 こういったスポーツは、経験を積めば積むほど相手を用心深く見る。

 そして高杉は無謀な事は一切しない性格。

 アイツがこのコースを選んだのには、幾つか理由がある筈だ。

 恐らく、このバッターは初球は見逃すであろうという高杉の策だろう。

 流石、他クラスの生徒をリサーチしてるだけの事はある。

 

「そんじゃ、行くぜ」

 

 左足を一歩前に出し、同時に右腕を反時計方向に回す。

 ソフトボールでは最もポピュラーなピッチングフォーム、『ウィンドミルモーション』。

 腕を1回転振る事によって遠心力を生み出し、その力をそのままボールに乗せるピッチング。

 高杉の作戦通り、最初は半分の力で腕を振り抜く。

 低空で放たれたボールは、山なりになる事無く真っ直ぐにミットに向かっていく。

 やはりと言うか、バッターは見逃すつもりのようだ。

 バシン、と快音が響く。

 

「ストラーイクッ!」

 

 ミットのポケットにジャストな位置で入った時に鳴る音で、これが聴こえると俺まで気持ち良くなる。

 しかも今の音、俺の投げたスピードではそう簡単には出せない程の音だな。

 ったく高杉の奴、今ので俺のスピードを誤魔化したな。

 あれだけの音が出る球速はかなり速いから、バッターや他の打者を混乱させるには丁度良い。

 差異によって体感スピードを誤魔化す作戦か……。

 

「子供騙しだけど、嵌まれば面白いな」

 

 事実、バッターだけでなくベンチに居る生徒達も呆然としていた。

 くくっ、此処まで上手い具合に引っ掛かるとはな。

 その様子に思わず頬が弛緩してしまうのを我慢して、高杉から送られてくるボールをグラブで受け取る。

 なるほど、他人を驚かすってのはこういう感じなのか。

 やられる側は堪ったものではないけど、やる側はかなり面白い。

 ……さて、いつまでもこの味を占めている訳にもいかない。

 高杉のミットの位置を確認、今度は外角高めのコース。

 ストライクゾーンから少し外れているところに、アイツの意地の悪さが感じられる。

 

「面倒なコースを選んでくれるな」

 

 だからといって退くつもりも無い、アイツの配球を信じると言ったのは俺自身だ。

 だったら、納得行くまで投げ続けてやる。

 先程と全く同じモーションで、同じ力を込めてボールを投げる。

 それは構えられたミットに吸い込まれるように真っ直ぐに進んでいく。

 バッターも腕を伸ばしてバットを振るが――

 

「ストラーイク、ツー!」

 

 それは空を切り、掠りもせずミットに収められた。

 ったく、良い音出してくれるな。

 早くもツーストライクと追い込み、俺と対するバッターの表情には焦りが浮かんでいる。

 まぁ恐らくは、こうなる事は全く予想出来なかったんだろう。

 相手が俺で残念だな、なんて気障な台詞を吐いている心中を鼻で笑って高杉を見る。

 低め真ん中のコース、完全に空振り狙い。

 アイツは三振でスタートを切るつもりのようだ。

 俺もそれは構わない、いやそっちの方が景気が良い。

 やってみせるか。

 

「ふぅ……」

 

 一呼吸を置いて構えを取る。

 集中し、高杉の構えるミットだけを俺の視界に収め、ボールを放った。

 コースは……バッチリ真ん中の膝下辺りに向かってる。

 バッターのアッパースイングが空を切り、ボールはそのままミットに収められた。

 

「ストラーイクッ、バッターアウト!」

 

 主審を受け持つ先生の声が強く響く。

 まずは三振、ワンアウトだな。

 トボトボ戻っていくバッターを尻目に、高杉から投げ返されるボールを受け取って後ろを振り返る。

 

「ナイスピッチ」

「おう」

 

 ショートを守る金月の言葉に、片手を上げて答える。

 やっぱり三球三振は気分が良い、スカッと晴れたような感覚だ。

 別に気分が悪かった訳でも無いけど。

 

「さて、やってやるか」

 

 2番のバッターがボックスに立ち、高杉の狙うコースを確認する。

 

 

 

 

 

「ナイスピッチ、瑞代」

「おう、まぁな」

 

 後続の2人を呆気無いほど完璧に抑えきり、1回表を無失点で終えた1組。

 ベンチに着くと同時に、今度は遠藤から賞賛の言葉を頂いた。

 悪い気分では無いな、こう言われるのも……。

 

「今度はこっちの攻撃だ。あっちを抑えられた分、取りに行かないとな」

 

 リーダーの瀬田が全員にそう伝える。

 そうだ、早い内に点を取ってゲームの主導権を握らないと。

 チャンスはいつでもある訳では無いし、1回1回を大切にする必要がある。

 

「金月、遠藤、瀬田よ。少し良いか?」

 

 バットを構えて素振りを行っていた3人に、高杉は徐に声を掛けた。

 こんな突然、何を言う気だ?

 3人を集めて小さな円陣を作り話し合いをしている4人。

 時折、頷いて答えながら進んでいく。

 俺はその間、相手チームのピッチャーを観察していた。

 身長は俺より少し高く、投球練習を見るにかなりの経験者だと分かる。

 球速も俺よりも早く、フォームの力強さから球も重いだろうな。

 これは1点を取るのも骨が折れそうだ。

 

「では以上だ」

 

 一方、4人の会議も終わったようだ。

 金月はバッターボックスに入り、2番の遠藤はネクストバッターズサークルでしゃがみ込む。

 ピッチャーがモーションに入り、金月はバットを後ろに引く。

 放たれたボールは空を切り、金月と真っ向からの勝負を仕掛ける。

 だが金月は、バットを引いたまま体を固定して全く打つ気が無い。

 ボールはバッターを通り過ぎ、ミットに収められる。

 

「ストラーイクッ!」

 

 俺の時に負けない位の快音が響く。

 やっぱり速いな、あのピッチャー。

 

「凄いね、あの人」

 

 いつの間にか隣に居たハラオウンが、感嘆するように呟く。

 確かに俺より速いし、力強さも感じられる。

 彼女の反応も至極当然のものだろう。

 ……でも何か、負けてるようで悔しいと思うのは気のせいだろうか?

 本気を出してないからとは言え、やっぱり納得いかない。

 でも次の回からは出せそうだし、まぁ良いか。

 

「ストラーイクッ、バッターアウト!」

 

 考え事をしてたら、いつの間にか金月が三振に終わっていた。

 珍しいな、アイツが簡単に終わるなんて。

 そんな俺の疑問の解は、近くに立っていた高杉が出していた。

 あの笑み、自分の作戦が成功した時に見せるものだ。

 何か吹き込んだな、アイツ。

 それを確信させるように、その後の2人も三振だったり内野ゴロで終わった。

 

「ウチの男子は情けないわね」

 

 守備交代のタイミングでのバニングスの辛辣な一言。

 少し言い返したい気持ちはあるが、まぁ強ち否定出来ない要素もあるので無理だ。

 俺は真っ直ぐにピッチャーマウンドに向かい、ボールを数回グラブに向かって投げる。

 パシン、パシンと小気味良い音が鳴る。

 何回か繰り返していた時――――

 

「あんな奴等、大した事ねぇよ。雑魚ばっかだな」

 

 その声に俺の手が不意に止まる。

 発信元へ視線を向けると、それは先程までピッチャーマウンドに立っていた生徒だった。

 表情は相手を完全に蔑むような、声は自分の力に絶対的な優位性を感じている。

 

 その声に、気分がすこぶる悪くなる。

 そんな俺の胸中を知らない彼は、そのままバットを手にして素振りを始める。

 一方、防具を着け終えた高杉はポジションに……と思ったらまたこっちに来た。

 今度はどうしたと言うのか。

 

「1回での作戦を続行だ」

「何?」

 

 コイツ、どういうつもりだ?

 続行と言う事は、このまま力を抑えて投げるって事か。

 次は4番だぞ、どう考えても打たれるのは目に見えている。

 その俺の意見を聞いても、高杉は一向に譲らない。

 先生からも早くしろと注意を受けて、仕方なく高杉の作戦を受ける事にした。

 どうなっても、俺は知らないからな。

 

「うわ、タイミング悪っ……」

 

 そういうときに限って、相手があのピッチャーなのは如何なものか。

 コイツが4番かよ。

 構えは今までの3人とは全く違う、強打者の様相を呈している。

 取り敢えずコースを確認すると、ストライクゾーンギリギリの外角高め。

 

「……よし」

 

 一呼吸吐いて、モーションに入る。

 焦らず、ミットのある場所だけを見つめて――――投げる。

 白球は寸分の狂いなく、真っ直ぐに外角高めへ。

 そのまま、構えられたミットへ吸い込まれ

 

「なっ!?」

 

 快音はミットではなくバットから放たれた。

 打球はライト方向、完全に外角を読んだ上で流したのか!?

 ボールは高く放物線を描きながら距離をグングン伸ばしていく。

 バニングスも慌てたように追い駆けるが、スピードの差は歴然。

 彼女を大きく越えて、打球は地に着いた。

 バッターは既に一塁を抜けて二塁へ、このままじゃ拙いぞ。

 

「瀬田、バニングスのカバーに回れ!!」

「分かっている!!」

 

 ファーストの瀬田に声を掛け、彼は急いで大きく下がっていったバニングスの方に走る。

 それを追うように、俺も瀬田の後に続く。

 ヤバイぞ、ランニングホームランになっちまう!!

 バニングスが漸くボールを取り、カバーに行っていた瀬田に向けて投げる。

 ワンバウンドして手元に届いたそれを受け取り、瀬田は急ぐように俺に向かって速いボールを投げる。

 

「間に合えっ!!」

 

 バッターは既に三塁を回っている、助走を付けて返球する暇は無い。

 心中から溢れ出る焦りと戦いながら、この一瞬の中での最善策を模索する。

 決まった、時間短縮の為にクイックモーションで、瀬田から受けたボールを高杉に向かって全力投球。

 山形では間に合わない、真っ直ぐライナーに。

 それはホームベース上で構えている高杉に向かって、空気の壁を突き破るように進んでいく。

 間に合えっ!! 間に合えっ!! 間に合えっ!!

 

 

 

 

 

 

 




どうもおはこんばんちは、№Ⅲを読んで下さりありがとうございます。
遂に始まってしまったソフトボール編の前半、早くもこの作品の内容が混迷しそうです。
いやしかし、次で終わるので気長にお待ち下さい。
何でソフトボール話とか考えたんだろう、自分……(・Д・`)


現状の話ですが、話数のストックは以前掲載分があるので50話分位です。
ですが、このサイトに投稿するに辺り、形式の違いが少々ネックなのですよ。
以前はメモ帳にHTML文を使って直接内容をブッ込んでいたのですが、此処ではその方法が通用しません。
なので、どうしても再構成に時間を要してしまいます。
つまり読者の皆様、気長にお待ち下さいm(_ _)m

最後に感想や意見、誤字脱字報告は遠慮無くどうぞ。
前者に関しては、ドシドシ待っております……割とマジで。
それでは、失礼します( ・ω・)ノシ



そういや、このサイトでは文章を中心や右端に設定したり、文字色を変えたり出来ないのかな?
だとしたら、以前やっていたギミックとか全部封印せなアカン……(;・ω・)

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